向 むこう
        



 こないだテレビでハリポタのアズカバンの囚人やってて思い出したんだけど、わたしの「頭よくなりたい」の理由ってハーマイオニーだったんだと思う。
 全編通してそうなんだけど、特にアズカバンのハーマイオニーは、まじでほんとに「かしこい女の子、かっこいい!」って思わせる大活躍なのですね。

 そんで今ねえ『魔法陣グルグル』読み終わったとこで大興奮中なんだけど、
 ククリが「そうだククリは 大人になったら あんなふうに 幸せそうに 本を読める女の人に なろう…」って思うところがあるんだよね
 あーそうだよねえ、そうそう、とか思ってしまった。

 そういうことでよかったのかもしれない。

 春に『風呂上がりの夜空に』を読んで心がザワザワしたのも間違ってなかったなと思う。
 自分の中のいろんな気持ちとその重みがわかってきた今だからこそグルグルが本当に響く。


 自分のことを考えるっていうとなんか聞こえが悪くて利己的な感じするけど、「自分と向き合う」だったら誠実だよね。
 自分と向き合うことをトコトン避けてきたツケは、年を取れば取るほど大きく重たくなっていく。
 ハタチになるまえに間に合ってよかったよ〜。
 自分がどういう人間か素直に認めないと、こっからずーっと進まない。
 そういう面でも、グルグルはホントに教科書だった。
 
(1:34 2013/08/14)

▽23:49 2013/07/24

 ほんとはスペイン語やんないとマズイんだけど、部屋にカナブンが入ってきて暴れてるので全然集中できないんだわ。どっから入り込んできたんだろう困ったなあ。

 終わらせると思ったらなんかどうでもよくなってきた。
 さらけ出してみよう。

 高校生のとき、わたしは自分勝手にたくさん苦しみました。
 その要因は、家のことが主でしたが、進学のことや自分自身のこともたくさん考えました。
 そのなかで大きなウェイトを占めていたのは「弟子の後輩」という肩書きでした。
 「弟子の後輩」という肩書きをつけられるのは、わたしにとっては「○○の妹」とか「○○の子ども」みたいな言葉よりずっと“遠い”言葉でした。自分のことなんか誰も見てくれやしないんじゃないのかなと思って勝手に辛くなっていました。「弟子」という人とは仲良しで、実際その人の後輩なので何も間違っていないのですが、とても辛かったのです。
 それとはまた全く別に、「弟子」という人はとても魅力的でした。「わたしには、ああはなれない」と頻繁に思っていました。ああなりたいわけじゃなく、ただ「ああはなれない」と思っていました。彼女を見ることで、「では自分はどうなんだ?」ということを考えていました。
 でも、彼女を見ているだけでは自分は見つかりません。
 そのことに気付けるまでかなり時間がかかり、たいそう苦しみました。
 「弟子」という人は何も悪くない、「弟子の後輩」と位置づけてくる人々も何も悪くない、魅力的じゃないわたしも悪くない。いや、わたしは本当に魅力的ではないのだろうか?わたしには何があるのか?ということをずっと考えていたような気がします。
 自分で自分を苦しめていた「弟子の後輩」という言葉から自由になったのは、彼女が高校を卒業してからでした。それからはとても自由でした。彼女がホームページを更新しなくなってからずいぶん経っていましたし(よね?)、単に接する機会が減ったということなのかもしれません。とにかくわたしは勝手に縛られて勝手に自由になりました。
 気がついたらわたしのことを「弟子の後輩」と言う人はいなくなりました。わたしは「西間木ちゃん」になりました。わたしはわたしを手に入れました。
 西間木という名前はとても気に入っています。今では本当にしっくりきます。
 西間木という人格をインターネット上で手に入れてからは、学校にいるときの自分とインターネット上で自由にしている西間木との差に苦しむようになりました。なので、学校の友達にも西間木を見てもらおうとおもってmixiで日記を書いたりここのURLを友達に知らせてみたりしましたが、なんとなくどれも中途半端でした。(高校のときの友達で今でも連絡を取り合うようなひとはわたしのことを「西間木さん」と呼んでくれたりして、それはそれでとても嬉しいです。)
 学校でのわたしは、ほんとうにへらへらしていて、クラスに居場所はありませんでしたし、特定のグループみたいなものにも属していませんでした。友達はたくさんいましたが、一緒にどこかへ遊びに行くことなんてことはほぼ皆無でした。自転車で学校に行って、終わったらさっさと帰る、みたいな感じでした。そういう意味ではとても寂しかったです。うわあ。さみしかったなー
 西間木がいたから学校に熱中できなかったのか、それとも西間木がいたから学校に熱中できなくても死なずに済んだのかは、もうわからないことです。
 でも、そういう冴えない3年間はただ冴えないだけじゃなくて、別の角度から見たらとっても濃密でした。それはここには書けないような個人的なことばかりです。
 だからここも更新できなくなったのだと思います。
 このサイトは本当にパッとしないですねえ。自分でやってても楽しくない時の方が多くなってきました。
 わたしは文章の人ではないのだなとつくづく思います。

 わたしはわたしの感性が好きだけど、それだけじゃ他の人は楽しめないですよね。
 筋肉をつけよう。

(0:45 2013/07/25 なんと、1時間も経ってしまった……)



 いろいろ思い改めました!というかいっこ皮むけました!

 モモの特技が「ひとの話を聞くこと」というのを友人のブログでしった。
 小4のときに読もうと思ったけど「むりだー」と挫折したのが心残りだったんだけど
 今が読み時な気がする!


 と、下書きの状態で残ってたんだけどどういうことだったんでしょうかねぇ。


 お知らせをば。

 実を言うとこのサイトはもうだめです。
 突然こんなこと言ってごめんね。
 でも本当です。

 夏休みの終わり頃にものすごく
 大がかりなリニューアルをします。

 それが終わりの合図です。
 程なく大きめの更新があるので
 気をつけて。

 それがやんだら、少しだけ間をおいて
 終わりがきます。


 突然でもないし、何に気をつけるのだ。
 でも終わりが来るのはほんとです。

 このサイトは完全凍結します。
 過去ログは永遠に葬られるかもしれません。
 いつかひょっこりまた出すかもしれませんが、今はその気は無いです。
 おそらく、日記の形式をとったサイトは、もう二度とやらないでしょう。
 なんというか、こういう感じはもう許されない年頃になってきたなと思っています。
 思春期のどろどろとした感情はとっておいていい事なんて一つもないんです。それは、大事に保管するんじゃなくて、消化して、わたしのなかのいろんなものごとの一つになればいいのです。
 ここに書いてきたことがまさにそうです。
 後生大切に抱えていたら、いつまでも大人になれません。
 歴史に学ぶだけじゃだめだということ。
 過去を見つめていれば自然と今がわかると思ってたけど、そんなことはないんだとようやく気付きました。
 そのときの感情とか気持ちとか思いを忘れたくないから日記書いてたんだけど、そういうのは、うっかり捨てちゃうようなノートのなかにあればいい。
 わたしは過去にこだわりすぎる。
 たぶん、次に超えなきゃいけないのはそこなんじゃないかなと思います。
 そのために手放す勇気を。
 いつまでも、何も知らないで守られている少女のままではいられないのだ。
 少しずつゆっくりと、大人になる準備をしていきます。

(2013/07/24)

▽0:49 2013/07/19

 きりりと素敵な女の子でいたい
 って思った瞬間にもうダメなんだ

 ああもっともっと 素直になれ
 心の中身を 空にして
 涙も溶かして 素直になれ


 素直になったら素直になったでひどい言葉ばかりでてくるし
 かといってほんとの気持ち隠したら辛くて苦しくてもうだめぽ

 素直と気持ちと相手のこと、まんなか見つけていられたらいいんだけどまだまだむずかしいみたいです。

 高一の時みたい
 頭で書いてない。
 きもちと指で書いている。

 なんでこんなにさみしくなっちゃうんだろか。
 気にしなかったら何もかも変わらないのに。
 ついさっきまでなんともなかったことたちが
 クリッと音を立てて全部変わっちゃって
 何もかもに見捨てられた気分になるのです

 目の奥と喉が熱くなってきたらもうかえってこれないので
 しばらくうまくいかないでしょう。


▽23:37 2013/07/18

 レポートとりあえず一本埋まりました^_^

 友達から「西間木はなんでも夢を実現させちゃうすげーやつだ」みたいなことを言われて驚いた話。お世辞でもちょっと嬉しかった。もしホントにそういう風に見えてるんだとしたらそれほどかっこいいことってないよね。

 まあ実際そんなことはないんだけどねえ。
 でも、ちょっと調子に乗ったことを言えば、今のところかなりうまくいっているとは思う。
 もしかしたらわたしは「あがいてもがいて何とか手を伸ばして、精一杯ジャンプしたら届くかもしれない」くらいのものを欲しがるようにしてるのかもしれないなーと今日人と話していて思いました。
 作文コンクールで優勝を狙いたいなんて思ったことは一度もないけど、学年で一番小論文書けたらいいな、くらいのことは思って、がんばっちゃうわけですよ。
 で、ということは、これってもしかしたら、わたしは気づかないうちに自分の適性とレベルをわかってるのかもしれない、という話になります。
 高2くらいまではずっと、自分の出来ることが全然わからなくて、本気で毎日困っていたので、ちょっとだけみらいにきぼうがもてるような気になってきました。自分に何が出来るのかわかるためには、ホント、何でもやってみるしかないんだよね。やってみたいことは何でもやってみるって決めて高校生活を過ごしたのは、我ながら偉かったかもしれない。おかげで助走みたいに勢いがついて、今となってはやりたいこと見つけるたびに結構なんでも踏み出していける。

 基本的に貪欲で、やりたいこととか欲しいものはあきらめたくないので、がんばるしかない、ということばかりを繰り返しながら生きてきた気がします。
 たぶんきっと、これからも概ねそうやっていくんだと思います。
 でも、最近はちょっとだけ変わってきていて、それがなんか自分でもおもしろいし楽しいです。
 もっとわかってきたら、またご報告します。

 ということでレポート2本目とつにゅ〜

(23:59 2013/07/18)

▽0:24 2013/07/18

 テストこわいこわいいいながら勉強してなくて焦り始めました。よくないパターンです。とりあえず計画を立てます。

 ●レポート
  二本。どちらも31日締め切り。

 ●テスト日程
  22日 英語
  23日 生徒指導、生徒理解
  24日 授業あり
  25日 スペ語、漢文
  26日 文学史、教育心理学
 (27日 午後バイト)
 (28日 一日空き)
 (29日 午後バイト)
 (30日 送別会)
  31日 憲法、午後バイト


 どっからどうみても31日の憲法がやっかいである。なんで24日にやってくれないんだ、バイトいれちゃったよ。ってか働き過ぎなのでは感ヤバイ。
 明日までにレポートは書ききり、金は生徒指導と文学史の答案をつくる。土は昼法事に夜バイト、合間を縫ってスペ語。日は英語と漢文。教育心理学の覚えるべき箇所のまとめもつくりたい(ノートを一太郎で作り直そうとしたけどキツくて断念した)。
 
 八月入ったら1日はA組会。2日はバイト入れようかと思ってたけどそしたら魔方陣グルグル展にいけない。こまった。
 3日から岩手です。




 何か言うと誰かが傷つくってことを意識すると何も言えなくなるというこの世の定めに対してわれわれは、がんばって工夫しながら戦っていくべきなのか、猫や犬のように生きていくべきなのか、どっちがいいのかわたしにはまだきちんとした答えを持っていない。この世界に正しいことが本当にあったとして、「ねえほんとうはなにかほんとうがあるはず」の「ほんとう」とその正しさがぴったり重なるのかわからない。急ぎすぎているのだろうか。

(2013/07/12)



 ずっと大切に使ってきたはさみが壊れてました^_^
 指を入れるところが折れてました^_^
 一瞬ガーンってなったけど、なんか急にいとおしいもののように見えてきてびっくりしました^_^

 バイト中に多用するので、お守りみたいなかんじでもってたんだよね……。わたしの身代わりになってくれたのだろうか。ありがとう。アロンアルフアかってこねば……。


 大学慣れてきたような気もするけどなんかまだまだつらい。新しい環境ってそれだけでつらい仕様になってるらしい。嫌なこと特にないし学校楽しいんだけどつらいよお。ああ。長年の温室育ちが祟って、外気に触れて弱ってゐる。嫌いだったあの場所に今は戻りたい、というわけでもないが、家にずっといたい、バイトもいきたくねー。
 ついに生徒指導論の授業にありおかくんの写真持って行きました^_^机に出してから我に返ってへこみました^_^

 さみしくてしにそう、だれか遊びに来てください。副都心線で渋谷から一本なんで、すぐつくんで、なんなら行くんで、よんでください。さみしい。


 みたいなことを、高校の時の友達(!)をむりやり呼び出して、聞いてよ〜〜!ってしゃべりまくってたらすごい優しく聞いてくれて、救われました。ほんといつもそうだった、わたしのきもちの話をウンウンって聞いてくれて、ありがたかった……。結婚式をやるとしたら絶対呼びたい人のうちの一人です。


 うまくいってないカポーの話を聞くことが最近多くて、話を聞くのは全然問題ないし参考にもなるなあとか思うんだけど、なんだかんだで少しずつ気が滅入ります。別れを意識したり、決意したり、それで別れたりするふたりの心の動きというものを想像するだけで悲しくなってきます。中学校の時はそういうのにちょっとあこがれてて、別れ話みたいなドリ小をうっとりしながら書いてたけど、それってやっぱ全然ゆめものがたりで、生々しさのかけらもないから書けたんだろうなあ。

 Amikaさんの「星の光」という歌を聞いて勝手にしんみりしてます。

(2013/07/09)



 何もかもやる気が出ない。やらなきゃいけないことたくさんあるんだけど( ^ω^)
 最近はもう完全にヘイセイジャンプ。キスマイデビューんときに横尾仕様の全種買いしてからジャニーズの新譜なんてもう二度と買わないだろうと思ってたけど、妹にそそのかされてカモナマイハウス二種買っちゃいました^_^ セクシーゾーンは聡マリ問題でにっちもさっちも。少蔵司会もセクゾン兄三人になっちゃっておじゃんぷちゃんたちレギュラー外されちゃったし。ゆるせん。なんというかミーハー心でおじゃんぷなどをテレビで見てきゃっきゃしてます。だってバイト終わって家帰ったら妹がカモナTV露出とかやまpのサマーヌードとか全部録画してくれてんだもん。見るでしょ。見たら盛り上がるから寝る時間遅くなるし困ったな。こんな純粋にキャッキャするの小6ぶりくらいだよ。ドル誌は買い始めるとキリないからもう何年も買ってません^_^ だからテレビ(少蔵か歌番組)に出てない人のことはあんまりわかりません。学校では大体妄想してます(さみしくて)。あの人に思いをはせてるときがほとんどだけど、授業中、特に教職の大教室とかだと、ありおかくんとかが見えてます(※いません)。ありおかくんの二列くらい後ろに座って見てます(※いません)。週の後半は空きコマが多くて孤独。こないだついに、数年ぶりにドリ小書いちゃった。わたしは##name1##はあんまり使わない派です。当時は名前変換いらないようなSSをたくさん書いてましたなつかしい。こないだおなごたちとそういう話になって、思い出してたらすげえ笑えるからやっちゃった。本当にキモイからここに載せて笑いたいけどそれはマナー違反なので希望者いたらメールで送りますよろ。
 

 自分の考えの組み立て方を理解した。
 たぶん頭の中の三次元的な模様を読んでるんだと思う。



 大学、どれくらい手を抜いていいのかまだわからなくて不安。テストにおびえてウワーってなってる。

(2013/07/07)

▽人身事故があったので

 今日は偶然が重なって、同級生と学校の外でお茶をした(リア充奴っぽい)。
 自分たちはなぜこうなったのか、という話をしていた。正反対ということが分かった。前にひみよこちゃんと話したときもそうだった。正反対だね、ということが分かった。でも、同級生の彼とひみよこちゃんは全然違う人である。正反対みたいなものだ。


 なにか話したいことが無意識のうちにある人から話を聞くのが好きだなと思う。話を聞くのもたぶん得意だと思う。話を聞くときに心がけていることがあるんだけど、こないだ生徒理解の授業で習った「カウンセラーの話のきき方」と全く同じだったから、きっとそういうことなんだと思っている。

 一方で、わたしは話すのがあんまり得意じゃない。話したいことはあるんだけど、それは頭の中で一つの絵みたいに浮かんでいる。だから、わたしだけに見える絵を他人に説明するみたいな感じで話して、結局ぜんぜんうまくいってる気がしない。話しながらいつも「こうじゃないんだけどなあ」と思う。想像力で補ってくれるひとには何となく伝わっている気がするけど、それでは困る。

 今日話してた彼はわたしのことを面白いという。そう言ってもらえるときは、結構自分でもわりかしうまく話せてるなと思う。いつもこういう感じで話せたらいいなと思うんだけど、やっぱたくさん人がいると途端にむずかしくなる。とくに、クラスみたいに「これからこの何十人かの固定メンバーでやっていきます」みたいな感じのところだと全然ダメだ。からだも心臓もぎゅっとなってしまう。こわいよーって本気で思う。
 小中学生のとき、みんなになじめない自分をいつも責めていた。みんなと一緒にならなきゃいけないと思っていたし、自分だけなんかなじめてないのが本当につらかった。そのときのわたし対みんな、みたいな感じがトラウマで、今でも身体がこわばるのは関係あるだろうなと思う。
 でも、昔の「みんなになじめない自分」対みんなだったころとは違って、今のわたしはとても自由だ。なじめなくていいと思ってるし、みんなとかもう別に気にしなくていい、わたしは適当にいればいいと本気で思っている。だから今はなんとかなっている。スペ語も文学演習もクラスでわたしの立ち位置みたいなのが見えてきた。

 「なんで教育学部なの?」という話をしていて、わたしは初めて他人に正直なことを言った。
 クラスみたいな集団があると、絶対浮いてしまう子ってのがいる。そういう、ある意味変と言わざるを得ない子の存在をずっと考えていて、中学の時は心理系に行こうかなと思っていた。でも、教育という面からそういう子のことを考えたいなと思うようになった。どうしたらそういう子が育つのか、なんで浮いてしまうことみんなでウェイウェイ出来る子たちとあそこまでパッキリ分かれてしまうのか、そういうことを考えたかった。
 まあけっきょく国語国文で文学部みたいなことばっかりしてるんだけどねーという話を、なんとなくした。
 そしたら、彼は「君は、自分に出来ることとか、やりたいこととか、好きなこととか、そういうもののために勉強したいんじゃなくて、世の中における自分の立ち位置を知りたいんだね」みたいなことを言ってきて、本当に納得してしまった。
 確かにそうだ。自分のことがよくわからない。好きなこととか聞かれてもよくわかんないし、やりたいことや出来ることもあるけど、それが何のために役に立つかと言われると、いつか育てる自分の子供のため?とかそういうぼんやりしたことしか想像も出来ない。
 前に、別の人から「自分にとって大事なことは決めないで、ずっと保留してきたんだね」と言われたことを思い出す。
 ずっとずっと何かを決めかねている気がする。
 好きなことも、自分がみんなのために出来るって思えることも、全て。
 それってけっきょく自分に自信がないって事なのかもしれないけど、なんかそういうことでもないよなと何となく思う。
 でも、わたしが本当に大事だと思うのは、いつか産む自分たちの子供がリストカットとかはしないで自分の力で生きていけるように育てる事なんだと、今は本気で思っている。

(2013/07/01)

▽固有名詞ぜめ

 Hey!Say!JUMPのファーストアルバムと、Hazel Nuts Chocolateのセカンドアルバムばかりきいている。ジャンプは安定のジャニーズってかんじでほっとします。さいきん大学にひとりぼっちでいるときは、ヘイセイジャンプのことばっかり考えてます。ジャンプ研究がしたい。
 ヘーゼルナッツチョコレートは、中身は別にないんだけど、女の子の空想っぽい感じとリアリストっぽい感じがちょうど両立してるかんじが嫌いじゃないなと思う。小6とか中学くらいだったらたぶんすごくはまってた。


 一月に良質なななめがけのかばんを購入したわけですが、けっきょく大学生になっても荷物が多いので肩が取れそうです。なのでリュック登校してみますが、わたしのリュックは大きすぎてバイト先のロッカーに入りきらないので、大きいトートバッグを検討しています。トートは臨機応変に両肩で交代できるのがよい。あと、中身をすぐ確認できるところとか…。
 小4んときにママンがくれたホームズアンダーウェアのおまけのトートがちょうどよくて今使ってるんだけど(物持ちの良さにわらう)、お給料日で浮ついてたら新宿のルミネ2で「これだ!」というやつに出会った。かたちが何より理想的で、持ち手は細くなく長すぎず短すぎず完璧。プリントは宇宙の機械みたいなよくわかんないやつで、ぎりぎりのところでかわいい。財布忘れたのでお取り置きにしてもらった。そしたら店員さんが唐突に「これ、藤子不二雄って呼んでるんですよ、勝手に」とか言い出したのでびっくりした。この感じ、わかるひと少ないのでは?店員さん賭けに出たのでは? そこでわたしも「SF短編っぽいですよね」とこたえたら「伝わってよかったです〜」と言われて、今日のヒキはあたりだったな〜と思いながらルンルンで帰りました。
 で、肝心の手鏡を買うのを忘れたわ。ぶりぶりのかわいいやつがほしくてスイマーに行って、めぼしいのがなかったかわりにBGMで流れてたのがへなちょこだったというわけです(勇気出して店員さんにきいたんだよ)。

 (2013/06/27)



 今日の総移動距離はたいしたもんだった。
 家→大学→下落合→新宿→銀座→新橋→大学→新宿→渋谷→遠回りして、ママのお店よって帰宅。

 くたびれた。3限、苦痛なので切りました。4回目くらいまでちゃんと聞いてたけど、まさに懐古厨のおじいさんというかんじでストレスフルだったので、以降出席だけ書いてずっと寝ていた。でもそれもなんかもったいないし、もういいや、しらん。その授業のせいで金曜日を憂鬱にしてしまうのはなんともくだらない。
 あいちゃった四時間どうしようかしら、とりあえず新宿中央図書館に本返しに行った。移転作業中なのでポストに入れてくださいみたいな話だったのに、「CDは入れないでください」って書いてあって難儀。結局入れちゃった。
 かわまこの「雨に唄えば」歌ってたらモシャな髪切りに行こー!ってなったので、思い立ったが吉日。あとすこしで髪ブラできそうなとこまでのばしたけど、もーいいやと「妻」に戻りました。完全に妻……(「福満しげゆき 妻」で検索かけたらご本人らしき写真が出てくるんですけど全然まるくない、わたしの方が絵に忠実)。

 帰り道。最近ようやくAmikaさんの歌を空で歌えるようになってきた。あれほど歌詞と曲が必然的にくっついてる歌ってなかなかないんじゃないのかと思う。どっちも完全に染みつかないと歌えない仕組みになっている気がする。
 身体と頭と心を一緒に動かさないと詰まってしまうのですよ。
 でも、かといって難解な歌というわけでもない。
 歌い始めるとすらすらと当たり前のように出てくる。
 歌ってると、歌うってこういうものなんだなあ、と思う。
 単に覚えてきたってことでしょうか、いやそうでもないとおもうんだよな。
 なんか合唱部のときに、一曲一曲自分自身に染みこませて、その曲になって歌ってるような気分でいた感じをおもいだして、けっこうすごいことやってたのかもしれない、とおもいました。
 合唱はまたいつかぜったいやりたい。二人とかでハモるのもたのしいけど、大人数で四部合唱をがっつりやってピッタリはまるあの感じをいつかまた味わいたいな〜。友人が大学で合唱団に入ったそうなので、楽しそうにしている彼女を見ているとそんなことを思います。

(2013/06/21)



 大学にいると、女の子は、適当だけどダサすぎないようにしている黒髪の人って少ないな〜と思う。ダサくならないように気遣っている人は大抵茶色くて、黒髪ロングのひとはどうやらなんらかの思想を持っているような気がする。あとの黒髪はださいかんじの人が多い。

 自分が自然でいられる格好がしたいなあと思っている。格好で中身の焦点を合わせるのではなく、中身がにじみでるみたいな格好でいられたらいいだろうなと。
 最近はかなり、そのへんは一致してるんじゃないかなとおもっていて、たのしいですし楽ちんです。
 私服で学校いくとかネタ切れするだろとおもってたけど、意外とそうでもないし、ネタ切れしてんだけど別になんとも気にならない。だから楽しいと思えるんだろうなあ。
 ということを、なんとなく毎朝思いながら準備をしてます。。

(2013/06/17)



 眠すぎる。二日間で26時間くらい寝て、ようやく二重が治った。
 サークルについてわたしが思うのは、あれは恋人のいない暇人がやることなのではないだろうか?ということだ。詳しく書いたら刺されそうだからやめとく。

 ああ早く夏休みにならないかなあ。
 アルバイトの仕事を少しずつ覚えてきて、心がぐっと軽くなってきた。

 たぶんこの世には良いデブと悪いデブがいて
 さいきん悪いデブばっかりにいやなことされてめげてんだけど
 良いデブもいるだろうって信じてデブを憎まず生きていきたいなあ
 わたしももうちょっとすっきりしたいですしおすし。

 バイト先のおねえさんに「おすしみたい。おすしすき?」って言われた。

(2013/06/06)



 金曜日、思い切って3限さぼって、からおけーじょん。
 おんなのこの歌縛りで2.5h(妹に「よくもったね」といわれた)。
 チャットモンチーの「青春の一番札所」という歌をうたって泣いてしまった。この歌はこういううただったのか、と手に取るようにわかった瞬間だった。
 ほかにも入れたチャットの曲ぜんぶ、作詞が高橋久美子先生だったので笑いました。


 「風呂上がりの夜空に」という漫画を少し前によんで、私も知らなかった自分を知った。新しい自分と今まで通りの自分との折り合いを見つけるのがほんとうにたいへんで、とてもくろうしました。良くも悪くもざわざわさせられた漫画だったなあ。
 去年、古文で嫉妬の気持ちを我慢して我慢して我慢しまくっていたら手の指が十本すべて蛇になってしまった女の話を読んだ。
 我慢すべきことと、我慢しないほうがいいことの区別ってとても難しい。わたしはいまだによくわからない。小5のとき、おなか痛いの我慢してたら盲腸で、あと一日病院にくるの遅れていたら死んでたかもしれない、って病院の先生に怒られたんだけど、あのときから何も変わってないのかもしれない。
 あと一日遅れてたら、ってところまで思い切れない。我慢した方がいいんじゃないかと思ってしまう。
 たぶん、ほんとは我慢した方がいいことなんて、わたしたちが思っているよりは、そんなにないのだと思う。
 我慢というのは実は怠惰の現れなのかもしれない。

(2013/06/05)



 今週のうちにやっとかないとまずいものが5つくらいあったとして、わたしは結局4つくらいまでしかできないことが多いということに今更気づいた。
 受験勉強も、秋くらいまではそういう感じだった気がする。本気でやればたぶんできそうなのに、遊んだり寝たりぼーっとしたくて、残りのひとつができない。自分に甘いのです。中学を卒業するとき、大好きな先生に「最後の最後でツメが甘いところをなおしたいです」と言ったら「自分のことよくわかってるのね!」と言われたことを思い出しました。当時から全然変わっていないと言うことになります。

 ツメが甘いのに、ぎりぎりのところでそこそこできてしまうから、達成感はあっても自信にならない。
 わたしの自信のなさは、こういうことの積み重ねだなあとおもう。

 と、ここまで考えて、
 受験直前に英語の先生と話したことってこのことだったのか!と思った。
 あのときはもういっぱいいっぱいで、先生とゆっくり話せてよかった〜っていう印象が強かったけど、とても大事なことを話していたのだなと今ジンとしている。



 ところで最近、恋する乙女の古い日記帳がネット上でひらきっぱなしになっていたので読んでしまった、ということがあった。言っちゃ悪いがグロテスクであった。ここまでみっともないところを公にさらけだせるほど、恋愛は人を狂わせるのだなぁとかいろいろショックで、本当に信用できるものって何だろうということを考えて、もともと落ち込んでいたのがさらに落ち込んだ。
 ここで思い出すのは、小沢健二さんの『犬は吠えるがキャラバンは進む』のライナーノーツです。
 是非読んでみてください。
 読んだことある人も、たまには読み返してみましょう。
 暗記してる人も、今日は確認しながら音読してみてください。
 名文ですね。

 んでまあ今日になってだいぶ冷静になったんだけど、
 人の人生のある一部だけを主観的に切り取って、よく検証することもなく「おまえなんかサイアクな人間なんだ!」って言うのは、あまりにも短絡的で単細胞な考え方だなぁと思います(いや日記の書き主に対してそう思ったわけではないよ念のため)。

 いろいろ、分けて考えられるように、悲しみはいつか麻痺していくことを悲しみの中でもわかるように、
 豊かで優しい嫌みのない人間にわたしはなりたひ。

(2013/06/02)

▽Singin' for you 時が過ぎて 大人になっても大好きだよ

 かつて、ジャニーズのYa-Ya-Yahというグループが歌っていた「Singin' for you」という歌について、ちょっと書こうかなって思ったんだけど、もう頭がぼーっとして考える元気が出ません。


 な〜んかけっきょくここは停滞してしまいますね。
 大学に入ったら何もかも解決するって何となく思ってたけど、そんなにうまい話はありません。
 わたしはあいかわらず嫉妬深いです。そして、発作の周期が回ってくるのが明らかに早くなりました。PMSなのではないかなと強く疑っていましたが、それにしては多い……。苦しいです。去年の夏から頻繁にできる口唇ヘルペスも、もう治っているときが一日くらいしか持ちません。
 このふたつに関係があるのかないのかはわからないけど、たぶんないわけじゃないんだろうなと思います。
 何科の病院に行けばいいんですかね。皮膚科と婦人科ですかね。あ〜誰か一緒についてきて……。
 みたいなことばっかり考えていますよ。ばっかりはいいすぎだけど……

 たぶん、「ラブロマ」とかいう名作恋愛漫画を読めばおおむね解決すると思うんだけど、だめだ。漫画を読む気力がない。
 女の子と愚痴を言い合うあの遊びがしたい。聞いてほしいことがあったら「語ろうよ〜」って友達にお願いして、マックとかでぐだぐだ愚痴りあっていた。帰りの電車では、しっかりリアタイに「○○と語った〜」って送って。
 わたしが10分くらいしゃべったから次は10分くらい相手の話を聞く、みたいな、そういう女の子の会話で、喉がかれるまで、ウーロン茶一杯で放課後をつぶしたい。

 そういう会話って、中学生くらいの女の子のまだ自我が確立してない頃だからできるものなんだと思うよ。プライバシーなんて存在しない。自分のも、他人のも。知ってることはぜんぶ、話したくなったら言っちゃう。「誰にも言わないでね」「ここだけの話にしてね」とかいってね。
 で、そのまんまの女の子たちはそのまま大人になって、おばあちゃんになって、死んでいくんだろうよ。


 大学で友達ができてきました。たのしいです。

(2013/05/28)

▽忘れる/愚痴

 忘れたいことばっかりしつこくおぼえてて、「あ!なんで忘れちゃったんだろう、思い出せない〜〜」ってことがいくつもある。
 高1くらいんときは、そういうことが本当に嫌で嫌で、だからホームページに日記を書いていたような気がする。
 でも、もう、これは、けっこうしょうがないことなんだろうな。と、今では思う。
 こういうことを織り込んで生きていけたら、ずいぶん楽だろうな。

 先日、受験生の友達にオススメの参考書について語ったんだけど、もう相当忘れてきている。当時の計画が書いてある手帳を見ていても、なにがなんだかよくわからない。たぶん、これから夏が来たらいろいろ思い出すんだろうなと思う。秋も冬もきっとそうで。頭の中の引き出しはさびついてても、からだがふと感じて思い出すと、すごく胸がきゅんとしますよ。

 関係ないような話だけど
 高校に進学した妹がこれからたくさんお世話になるであろう先生は、わたしもたくさんお世話になった先生です。その先生がいなかったらたぶんわたしは浪人してます。先生もそういうようなことを妹に話したらしいです。あの関西人め、わたしが年号と人名に弱いってこと、いろんな人に言いふらしすぎだから……受かったからいいけど。
 去年、社会科室で彼だけがわたしの味方であった。本当にありがたかったなー。
 妹とそんな話をしていると、たった半年ちょい前のことなのに懐かしく感じます。忘れていたのです。
 いったん思い出すと、せきを切ったように他のこともたくさん思い出します。「高校のカレー」だけで、半月ぶんくらいの日記が書けてしまいそうです。
 ちゃんと蓄積はされているな、と自信がわいてきます。
 忘れっぽいのはどうしたらいいのかなー。やっぱ毎日なんか書くしかないかな。いよいよ復活かな。


 と、書いていると一階からおばあちゃんが忍び足で上がってきて二階の電気を消していくのです。そういうちょっとしたことの積み重ねで、家にいるとぐったりします。でも、経済的自立はまだ遠いので、なんとか良い感じてやっていくしかないのです。家にいてぐったりするのは、わたしがもう小さな子供じゃなくてそれなりの人間になったということなのだなとおもいます。精神的にも物理的にも自分の範囲をもつようになったのだなと。うちのおばあさんは自分の範囲が広すぎるのですよ。

(2013/05/12)

▽不安

 最近何かと落ち込んでいて、もうまさに五月病ってかんじなんだけど、まあ落ち着いて一つ一つ考えてみると、どうやらわたしは今手持ちのお金がないことに不安を感じていたようです。これはまあ、ぼちぼちバイトを続けていきながら貯金するしかない。
 お金に関して自分が思うことは、「お金だけが判断基準であってはいけない」ということです。気が付くと人間はお金お金ばっかり気にしてしまいますが、そうなってしまうと本当に本当に疲れてしまうので、できるだけ他の判断基準を、お金以外の価値判断を忘れてしまわないようにしないと、わたしは結構ぐったりして死にたくなります。あああー。だから、いちいちお金お金ってならないように、できるだけカツカツになることを避けて生活してきたんだけど、最近何かと物入りで、カツカツだったんだよね。自転車撤去されたし。たぶんそれで無意識にアワアワどうしよーってなってたんだと思う。


 もう一つの不安は大学です。自分は大学に進学すべき人間だったのかどうか、なんだかずんずん考えてしまって、へこんでいた。五月病でしょん^^
 まだいまいち腑に落ちない感はあるんだけど、「教員免許」とるために通ってるんだと割り切りながらしばらくいようと思います。
 てか、たぶん近代文学の先生がこわくてビビってるんだよね、たぶん。教育学部のいじわるな名物先生に「大学生の書くレポートを想像して好きに書いてこい」って課題出されてアワワワワ状態ですよ。四二体。

 なんとか頑張ります。はよ夏休みこいや。
 でも夏休み前の試験期間のことかんがえるとまた不安で。
 あああ。

(2013/05/11)

▽思い込みがエネルギー

 自分としては「わたしってすごい気遣いだよな〜」って思ってたんだけど、はたからみるとそういうわけでもないらしくて、これってなんなんだ?っておもってたんだけど
 たぶんわたしが熱心に気遣ってたのって、未来の王子様のためだったんだなって「風呂上がりの夜空に」を読んで思った
 なるほどね〜〜〜


 いつか王子様があらわれたときのためにいろいろとっといてたし、気を付けていたこともあった。
 それでも、実際王子様があらわれたら「うわーしまったやめときゃよかったな」って思うことがいくつもあった。
 もし気を遣って生きてこなかったら、もう自殺したくなってただろうなと思う。

(2013/05/05)


 やっぱ自分の核心的なことを書こうとするとどうしても生々しくなるし、そこまでいんたーねっとにさらし上げる必要はないよねってなるから結局何もかも中途半端なんだよな。

 だいじなのは誰に伝えたいのかって話で


▽さみしいときー さみしいときー

 妹が合宿にいってしまったときー


 いや、そんなにさみしくないです、実際




 わたしはけっこうばかなので、「みないほうがいいってわかりきってるもの」を何度も見てしまいます。
 見て、うわああああううううってなって、つらくなります。
 ばかだなとおもいます。
 やめとけばいいのにね。


 よっぱらってるみたいなかんじになると、よくわらいます。
 今日は、なみだがでるまでの距離が短くなるということも知りました。
 
(2013/05/04)

▽悩ましい

 強烈に悲しいこと、悲しかったこと、っていうのは多かれ少なかれみんなにあって、それぞれ事情もちがってて、




 不登校になって、卒業できなかった女の子がいる。

 おかあさんがよそで聞いたことによると、「クラスで馴染めなくて」「家庭環境もよくなくて」そういうことになってしまったらしい。

 おかあさんは、わたしに、あなただってそうなのにね、って言って苦笑いしていた。
 そうなのだ。

 うつ病になっちゃうひとと、そうでないひとの違いってなんなんだろうかってたまに思う。
 わたしは自分のことを、そうでないひとだと思う。

 病院に行ったらうつ病ですって言われるんだろうなってくらいよくない状態になることもあるけど、病院にはいかない。

 つらくてしかたなくても、病院にいかなくて生活できてしまう。




 本当につらくて、もう何もしたくなくなると、保健室にいって眠っていた。

 自分の悩みは馬鹿げてるって判断しちゃえる理性があった。本当に底辺だったころはつらいつらいって保健室の先生に甘えられていたけど、つらい原因は「本当に底辺だったころのこと」とは別にあった。「本当に底辺だったころのこと」の状況がよくなっても、つらいことは別にあって、変わらない。つらいことは「本当に底辺だったころのこと」じゃない。いつの間にか、自分の悩みは馬鹿げてると思うようになった。そうすると、本当に本当につらくても、馬鹿げてますよねアハハって感じになって、上手く話せなくて、保健室にくることをただのさぼりだと思われるようになった。もうきちゃだめだと言われた。わたしが本当に甘えられるひとはこの人じゃなかったんだと思った。




 わたしの悩みは根が深くて、単純なくせに絡み合っていて、馬鹿げていて、もうずいぶん長くわたしを苦しめている。少しずつよくなってきてはいるけど、がん細胞をとってしまわなければまたジワジワわたしは辛くなる。

 たぶん誰にもわかってもらえない。
 わたしに隙がなくて、壁をつくっているようにみえるなら、ここなんだろうなと思う。
 でも、わたしがほんとうに「誰にもわかってもらえない」って思いながら生きてるなら、それが何よりいちばん馬鹿げてるよねってこころから思うよ。

 発狂もできないし、腕を切るわけにもいかないし、泣きわめいてもどうにもならない。

 こう思えてるうちは、わたしは大丈夫なんだろうなと思う。
 ほんとは大丈夫じゃないって思ってるのに、大丈夫なんだろうなって思える。

 こうやっていられるひとは、壊れられないんだろう。
 だって、壊れちゃえたらって思う日もあるけど、基本的には全然壊れたくないんだもん。
 「強い」ってこういうことなのかしら。

(2013/05/04)

▽戦場のボーイズライフ

 女の子はたいてい「体験」と「感想」しかいわない。

 で、女の子が自分のことを丁寧に考えるには、「体験」と「感想」に「分析」と「批評」を加えることが一番良いと思う。
 この三年間、そういうことに気を付けて暮らしてみた。
 そしたら、最初は反省ばっかりしていたけど、最近結構いろんなことがわかってきて、つながって、筋が見えてきた気がする。

 ほんとは、考えたことを全部日記にしちゃうのが手っ取り早かったんだと思う。
 でも、わたしはそれがどうしてもできなかった。というか、やりたくなかった。
 なぜなら、内容がとっても個人的になってしまうからである。
 あの時こういうことが起こって、わたしはああいう風に行動した、今はそれをこのように思う、
 みたいなことをインターネットに晒すのはなかなか難しい。ある特定の誰かに対する正直な感情や思いは、公開せずになるべく秘めておいた方がよかったりする。そういうことは、なにかとデリケートなのである。


 最近気付いたのですが、わたしは今まで、「将来の自分の家族をヤキモキさせるような過去はつくらないようにしよう」と思いながら生きてきたようです。そう考えるといろんなことにつじつまが合います。

 内面的なことを大っぴらにするのは、とても難しいことです。
 もしやるなら、伝えたい人だけに誤解なくぬかりなくしっかり伝わるように、覚悟して言葉にしないといけません。
 そういうことを考えると、自分についての考察めいた文章はネットにあげられなくなってしまいました。ここに自分のことを書けなくなってしまったのです。それで空白がたくさんできました。


 例をあげて具体的にいうと
 仲の良い、あるいは仲の良かった異性との関係について、しっかり考えてみるのはとても有意義なことです。思わぬところで、自分のことを理解するのに重要なカギになったりします。
 でも、そういう具体的すぎることは、あんまり公にしないほうがいいのです。
 将来の家族が読んでしまうことがあったら、おそらくとってもヤキモキさせてしまうからです。
 わたしは、将来の家族が余計なモヤモヤを抱えるのはかわいそうだから、なるべくモヤモヤを減らせるように、恋人へ本当のことを伝えたいと思います。伝えたいと思う人だけにしっかりと全部伝わるように伝えたいです。中途半端に伝わったりするなんてことはあってはならないのです。他の人に伝えたくなったら、その都度その人に合わせた伝え方で伝えなきゃいけません。ここでの手抜きは許されないのです。

 将来結婚するかもしれない相手には、わたしのことをわかってほしいと思うから、わたしがわたし自身についてわかったことは、やっぱり聞いてほしいと思ってしまいます。
 なるべくヤキモキさせないですむように、丁寧に、誠実に、言葉にすることを徹底したいのです。
 そういうことを嫌がらず、付き合ってくれる人と末永く一緒に歩いて行けたらいいと思います。
 重たい女だと思われるかもしれないけど、とっても大事なことのはずだから、わたしは信じているのです。

 とか書いといてあれなんだけど
 今日の日記は、じぶんでもちょっとわかりづらい。
 うまくかけたきがしない

(2013/4/23)

▽本日の感想

 もう5年くらいずっと、仲の良い異性のことをきょうだい扱いする人たちのことを考えています。最近ようやくもやが消えかかってきたので、いずれ文章にしたいけど、まだ固まらなくてウガウガしています。
 なんとなく軸になるだろうなと思っているのは「誠実であるかどうか」ということです。
 わたしは、他人のことも自分のことも丁寧に考える姿勢を誠実だと思っています。

 それはひとまずおいといて。
 一週間が早いです。週の前半はわりとゆったりとしていて、木曜日からギュッと詰まってきます。それで気が付いたら月曜日になっています。

 サークルには入らないつもりだったけど、腐れ縁ぽくなってきた友人が誘ってくれたので、野草を食べる的な会合に入ることにしました

 んで、とうとう明日からバイトや。ドキドキ。
 免許は、のんびり夏までにとることにしたよ。
 夏休みに車動かせたらいろいろ便利そうだなーとか思います。
 どこにいくのかわからんけど、友達と約束したから名古屋まで行くのはありだな。自分に自信がつきそうだな。

 とにかく本を読んで勉強してお金をかせぎたいけど、どこまでやれるかって感じです。試されてる感あります。

(2013/4/22)

▽英語中級コンプリヘンション(サイエンス)

 "How's school going?"

 "I'm socially awkward at school.
  I have lunch alone every day.
  I have no friends.
  I wanna die!"

 今日、大学で習った英語です。
 爆笑しました。

(2013/4/22)

▽化粧と顔の話

 年を取るのは避けられないことです。
 だからこそ目を背けないで、いろんなことをサボらないようにしたいなあと思います。

 というのも、バイトの面接に行くにあたって「薄化粧」ができるようになった方がいいなと思うようになりました。ちょっと前までは「化粧しなくて済むところでしか働きたくない」と思っていたのですが、それはお化粧から逃げているだけだなぁと思ったのです。このままでは化粧のできない人になってしまいます。それはまずいです。いい年して冠婚葬祭のときとかにもすっぴんというわけにはいきません。
 それでお母さんに泣きついて、いろいろ教えてもらいました。今は 練習中です。
 練習していて思うのは、化粧に大事なのっておそらく「自分の顔との相談」と「加減」と「TPO」なのだなということです。
 具体的にいうと、大学生ががっつりフルメイクする必要はあるのか?という問題と、若い人がファンデーションする必要ってあるのか?という問題です。
 ファンデーションをすると、一気に「化粧してる感」がでますよね。してないほうがきれいなんじゃ?ってひともたくさん見かけます。そうなると、本末転倒なんだよねえ。こういう感じがとても嫌いです。

 だから、なんかこう、自分で考えてやりたいもんですよね。

 わたしが化粧したがらないのってたぶん、もともと性格がものぐさなのもあるけど、「自分の顔がこうなったらいいのになあ」っていう願望が化粧じゃどうしようもならないからなのかなって気がします。わたしは、ほっぺたがもう少しちいさくなったらいいなっていうのと、もう少し鼻がスッとしないかなっていうことを、三日にいっぺんくらいは思います。
 でも、超不満というほどでもないので、そこまで気にしていません。
 肌と髪さえきれいでいられるなら、わたしはそれで満足なのです。だから、これからはちょっと気合入れて、歳に見合ったお手入れをしないとなと思っています。

(2013/4/15)

▽気楽にやろうぜ

 この一週間くらい、本気でここを閉鎖しようと考えていた。それ用の、最後の日記も書いてあった。
 なんかもう全部めんどくさくなってしまって、もうやめだやめだーという気分になっていたのだった。

 でも、昨日と今日がくっついていく間くらいからまたいろいろ考えて、やっぱりやめないことにした。冷静になってみると、やめてもどうせまたはじめたくなるだろうな、と、思ってさー。

 大学は授業が結構楽しそうです。まだどの科目も一回目のさわりの部分だけだけど、なんとなく楽しそうです。テストとかレポートとかはちょっと大変そうだけど、ほとんどの人が二年生になれるんだから、わたしもきっと一生懸命頑張れば大丈夫だろうと自分に言い聞かせて、自信をなくしすぎないようにしています。
 昨日、一昨日はどういうわけか本当にさみしくてさみしくて仕方なくてどうしようかと思いましたが、今日復活しました。

 圧倒的に、ひとりで過ごす時間が増えました。
 あと、ウォークマンの充電をほったらかしていたので、何かと頭の中でしゃべりことばを並べています。大体いつも一人でツッコミをしています。だからか、無性に文章が書きたくなります。今日一番思っていたのは「バイトしなきゃなー」です。勇気を出して生協で履歴書を買いました。いっぱい考えて、とりあえず短期バイトのサイトに登録しました。

 大きな変化は、移動手段です。電車とバスの定期券を買ったので、あんまり自転車に乗らなくなりました。ものすごく疲れます。それでかなり憂鬱でした。疲れるのはよくないです。早く慣れたいです。慣れたら相当楽しいんだろうなと思います。今はまだ、寄り道しても「つっかれた〜」ってなってしまいます。
 今日試してみたところ、自転車で行くのと電車・バスで行くのとは、大体同じくらいの時間がかかります。一時間くらいです。気が滅入ってきたら思い切って自転車で行こうと思います。あと、帰れないよ〜ってなった時のために、二軍の自転車を学校に置いておいたので、一気に気持ちが楽になりました。
 朝の山手線と学バスは、ものすごいたくさん本数があって便利だなあと思います。ほんとにすごいです。助かります。

 なんとなく決めかねているのは「図書部」です。頑張って部室の真ん前まで行きましたが、ドアを開ける勇気が出ませんでした。わたしは、ほんとにやりたいことなら迷わず進める自信があるのです。だから、こんなに渋るなら今がタイミングというわけでもないのかな、と判断することにしました。


 今日は、ひとりで堂々とご飯を食べられる自分に驚いたり納得したりして、はれやかな午後でした。
 毎朝着る服を考えるのが思った以上に楽しいので、働いて、靴とかを買おうと思います。自分が好きな恰好がようやくわかってきました。

(2013/4/11)

▽うさぎと亀

 中学生くらいまで、一番になったら油断できるのだと思っていた。
 本当は、一番でいつづけるためには油断なんてしてはいけない。このことに気付いたのは結構最近で、たぶんわたしの詰めの甘さってここだったんだろうなと思う。
 油断そのものは、しようと思えばいつでもできる。一番でも二番でも三番でも、十番でも百番でも、油断した分追い抜かれるだけで。

 わたしがうさぎだったらあの子は亀だな、と思える友達がいる。彼女はほんとうにコツコツコツコツと生きている。わたしはうさぎのように、進んでは気を抜きながら小手先でなんとかして生きていた。
 彼女は強かった。コツコツと勉強して、余裕で早稲田に受かった。
 わたしはギリギリのところをなんとかすり抜けて受かった。いつも甘かった。
 差が開き始めたときにはもう追いつけなかった。英語のクラス分けで、わたしは三年になってから一番目のクラスには一度も戻れなかった。それでいいと思っていたのはわたしの甘えだ。
 他人に過程など伝わらない。わたしたちのことを知らない人にとっては同じ合格だけど、わたしは全然違うんだと思っている。

 小さい頃、ずっと手を抜いてみたかった。通っていた公文と水泳がほんとうに辛くて、どんなに頑張ってもそこそこの成績しか残せないのが嫌だった。はたからみたら結構やれてたんだろうけど、上には上がいるってことばかり思い知らされていた小学校時代だった。クラスでもいつも一番の子がいて、彼女には歯が立たなかった(ちなみにその子は現役で東大に受かった)。だから、これ以上大変なら別に一番なんかとれなくてもいいや、と思っていた。別に大して勉強しているわけでもないのに。
 中学のテストで、三回くらいクラス内の一番をとったことがあった。嬉しかったけど、学年でみたらさらに上がいることもわかっていた。それでまた劣等感を感じていた。
 そこまでがんばんなくてもいいや、勉強をするだけが学びじゃないのだ、と開き直ってからの油断はものすごく気持ちが楽だった。どうせ一番になれないし、そこそこやれてるし、まあ上の下くらいをキープしていればいいやとおごっていたら、高3の英語のクラスで二番目に落ちた。しかも徐々に下降していき、最後には二番目のビリになった。結構こたえたけど、受験勉強で自分にかしていたノルマさえ頑張ればいいやと思っていた。
 わたしがそうやって甘えているときも、彼女はずっと一番上にいたのだった。いつ抜かれたのかもう思い出せないけど。


 恥ずかしいことに、順位に固執していてはいけないなと本当に思えるようになったのは受験が終わってからだ。大事なのは順位じゃなくて、勉強時間じゃなくて、わたしがどれだけやったかということだった。
 いつも順位でしか自分のことを評価できなくて、劣等感にうちひしがれていた。他人からほめられることがあっても「それはそれ、これはこれ」状態だった(この件についてはまた考えてることがあるので今度文章にしなきゃと思ってる)。いつだってわたしはそれなりにやれていたのに、「みんなはがんばっているけど、わたしはそれなり以下だ。わたしより勉強できないひとはわたし以下だ」と思っていた。ほんと嫌なやつだ…。

 なんで順位ばっかり気にしてたのかというと、たぶんそれは親や祖父母に報告するときに「でも、もっと上がいるでしょう」と毎回言われていたことが強く影響しているとおもう。みんな、わたしを何にしたかったんだろう。わたしは普通のこどもだったし、今だって普通の女の子だよ。
 でも、もう親のせいにしててもしょうがなくて、わたしがどうにかしないとなんにもならないってことを自分で痛いほどにわかっている。あ〜。
 泣きそうだ。寝よう。
 早寝早起きをして、綺麗な肌の健康な人間になりたい。心もシェイプアップして。

(2013/3/20)

▽自由に服を買ってみたい

 これから春になるというのに大学に来ていく服がない!どうしよう!
 と思ってお母さんと街に繰り出したんだけど、お母さんといるとなんか服買えないあの現象ってなんなんでしょうか。
 もともと服を買うのはあんまり得意じゃないです。
 雑誌とかネットとか見て「かわいい〜」って言ってる時が一番楽しくてわくわくする。実際にお店に行ってみるとそんなに可愛くなかったり、お店の店員さんの感じもまだまだこわいと思ってしまうくらいにはこどもで、なんか苦手なんだよね。
 というか、そもそも、わたしが服を買わなくても、母と母の妹とその旦那さんが揃っておしゃれなので、すてきなのをプレゼントしてくれたり、おさがりをくれたりするので困らないのです。
 自分で自由に服を買えるようになったらわたしの自律レベルはそうとう上がるんじゃないかと思う。

(2013/3/19)

▽春休み

 おとといくらいに、なんとなく、もう一度国語の自己採点をしてみた。受験直後とは別の予備校の解答でやってみた。いくつか答えが割れている問題もあったようだけど、全体的に正答率は変わらなかった。六割くらいである。
 不思議だ。よく先生たちは「試験で満点なんかめざすな。合格最低点を一点でも上回れば受かるんだ」みたいなことをいうけど、まさに自分はそういうことだったんだと思う。政経は五割弱(政経の先生に言ったら落ち込まれた)、英語は八割いったから、ほんとに英語のおかげだったのだ。まーこんなことグダグダ言っててもしょうがないけど……。この、なんともぎりぎりの危うい受かり方が、わたしの受験をすべて表している感じがするよ。


 なんか、むしょうに日記が書きたいんだけど、受験後の今の気持ちを忘れないようにしたくて、何を書いても自慢みたいになる。「まじ受かった〜じぶんすげ〜!!」って気持ちと「いやでもわせだくらい受かるやつは受かるよな。どうせ文系三科目だし、国語国文のくせに国語六割だし」みたいな理性の部分がせめぎあって、思い切り増長することもできません。もーいっそ合格体験記でも書いとく?みたいな。

 早く大学に通いたい。
 教習所いってんだけど、こみこみでまだ車乗れないし。
 入学手続きは終わったんだけど、科目手続の書類がまだこね〜から、なんかほんとに受かったのかね?て、感じ。「やっぱ間違いでした〜〜」とか言い出したらほんとどうしよう。

 いっぱいあると思ってた春休みも、今週でのんびり期間が終わってしまう。おかあさんとぐーたらできるのももうこれで終わりだ。さみしい。
 桜が咲き始めてるから、ああホントに一年たったんだなあとしみじみ感じてる。行きたいとこ受かって花見とか、まさにのぞんでた春じゃんね。花粉症になったのも許せるわ。

(2013/3/18)

▽今の気持ち

 「奇跡的に合格した」とか言ってたら、まるで鉛筆転がして受かったみたいに思う人が少しいたらしくて、それはそれで癪ですな!


 ぐうたらする気持ちよさと罪悪感を思い出しながら、思う存分ぐうたらしています。
 昨日高校を卒業しました。
 わたしは、12年間通った学校から脱出するために受験しました。いつの日からか、そのことばかり考えていました。初めて意識したのは小学校の時、一番仲の良かった友達とメールしていて「東大に行きたいんだ」と言われたときでした。そのときわたしは「大学受験というものがあるらしいぞ」くらいの気持ちだったけど、彼女と話していて「早稲田くらいならいけるよ」みたいなことになって、それからぼんやりと早稲田に行きたいなと思うようになったんだと思います。わたしの記憶が正しければ…。
 ようやく終わって、すがすがしい気持ちです。
 とはいえ、わたしは自分の学校が嫌いというわけではないのです。むしろどっちかというと大好きです。ただ、人生の半分以上をすごしたあの場所について、わたしはまだ冷静に語る言葉を持っていません。あまりにも巨大で、簡単に好きとも言えないのです。この気持ちをうまく説明できなくて、人と衝突してしまうこともあったけど、わたしがもう少し大人になったら、いつか分かり合えるといいなと思います。そのために外に出るのです。
 今は、新しい街に通うことが楽しみです。そういう気分です。
 
 結果として望むところにいけることになったけど、なんかこう、いざそうなると不思議な気持ちがします。入学手続きはまだ完了してないし、実感もそんなにありません。本当にあの学校から離れるということをまだよくわからないのです。学校はあそこしか知らないから、ピンときません。卒業してもあんまりさみしくなかった。しんみりはしたけど。


 さて、ノートパソコンが届いたので部屋で日記を書くようになりました。スタートアップを完了したのですが、なんか変なので具合を見てくれる人を募集してます……。

(2013/3/11)

▽作文といえば

 ひろりんこさんの、三月五日の「書き直す」という文章を読んで、思い出したことがある。

 ちょうど三年前の今頃、わたしは作文発表会で自分の書いた作文を読んだ。わたしはその作文が大切だったけど、あんまりすきではなかった。内容は、涙についてだった。当時は今よりも文章を書くことに対して全然自信がなくて、作文もそんなに好きじゃなかったけど、その作文は、はじめて自分の思い出と考えの両方を書けたかなりの力作だった。
 最初に先生から「作文発表会、おねがいね」と言われたとき、とてつもなく嫌な予感がした。「あの作文は嫌です」と言ったけど、こっちの意見など全く聞いてくれやしない。「あれはあなたにしか書けないから」の一点張りだった。この時点でもう嫌だったし、自分の内面的な部分を詰め込んだこの作文を、先生以外の誰かに見せるのはなおさら嫌だった。でも、それよりずっと嫌だったのは、その作文は採点される前に先生の直しの赤ペンでいっぱいにされてしまっていて、自分でももう読みたくないと思っていたものということだった。自分自身を踏みにじられているような気がして辛かったし、先生から「この子はいいなりになる」とか思われているのかも、と思ってしまった自分も嫌だった。中学校の三年間国語を持ってくれた先生だから信頼して書けたのに、そんな仕打ちはないよ……と心から思った。こんな作文を全校生徒の前で読むなんて絶対に嫌だった。
 でも、作文発表会に選ばれたという事実は嬉しかった。ちょっとした優越感みたいなものもあった。「少し書き直させてください」と言って引き受けたけど、家に帰って落ち着いて読み直せば読み直すほど、書き直す気が起きなかった。どこから書き直せば本当のことが書けるんだろうか、いくら考えてもわからなかった。この作文は先生の直しが入って完結されたんだから、付け焼刃の訂正じゃわたしの作文にはならない、ゼロから書き直すしかないんだと思った。すっかりやる気を失って、お母さんや仲のいい子には「わたしが読むのはほぼ先生の直しが入っていて、わたしの書いた作文じゃない」ということを説明して回っていた気がする。ぼーっと眺めては時間だけが経っていって、気づいたらもう予行練習だった。最初に壇上で読んだとき、あまりにも下手くそで、先生たちが苦笑いしていたのを覚えている。そういう感じの精神状態だったのだ。
 結局発表会ではほぼ書き直すことなく読んだ気がする。その数日後に卒業式だったから、忘れるにはちょうどよかったのだ。でも、いつかちゃんと書き直したかった。けじめはつけないといけないなと思っていた。確か、この日記の初期にもそういうことは書いていたと思う。まあ、未だに実行できてはいないけど。

 その作文のことを思い出すと、まっさきに浮かぶのは先生の顔だ。それが本当に本当に辛かったし、今でも嫌な思い出の中で三本の指に入ると言っても過言ではない。

 でも、ひろりんこさんの文章を読んでちょっと救われた。今度直接会うことができたら、お礼を言いたいなと思った。


 明日は高校の卒業式だ。

(2013/03/10)

▽お祝い。

 ようやく地に足がつきました。第一志望の大学に奇跡的に合格しました。神様はいると思っただよ。疲れが吹っ飛びました。でも疲れています。
 この一週間、合否発表が出る前に精神を病んでしんでしまうのではないかと何度も思いました。わせだのことを考えると心臓がバクバクして、いっそのこと一思いにころしてほしいとさえ思いました。「けっこうがんばったんだからいれてくれよ」「こんなに入りたいんだから入れてくれよ」と、うわごとのように何度も唱えてはみんなに励ましてもらったことを、一生忘れないようにいようと思います。
 なんというか、見事に受かってました。びっくりしたけど、受かると信じていてよかったなと思いました。自分で言うのもアレですが、テストはきっと難しかったのです。ギリギリのラインをなんとか超えられたのだと思います。


 この受験期間を振り返ると、「最終的には、選ぶのも行動するのも自分なんだ」ってことが全てだったような気がします。
 受験で使う社会科目を世界史から政経に変えてキチガイ扱いされたのは去年の今頃でした。今年こそはやらないつもりだった文化祭実行委員も、「お前がいなきゃ駄目なんだ」みたいな事を言われてホイホイやってしまいました。ちょくちょく漫画も読みました。冬には衝動的にミシンを出してきたり、絵を描いたりもしました。こういうことを後悔しないためには、絶対に成功させないといけないんだなぁとぼんやり感じていましたが、実際受かってみると、達成感が半端ではないです。
 わたしに勉強のやり方を教えてくれた三人の先生には本当に感謝しています。感謝してもしきれないとはこのことです。

 夏休みからは「これが逆境か…」と思わざるを得ないような状況になることもしばしばありました。そ れでも押し潰されずに済んだのは、『逆境ナイン』という漫画を読みなおしたからだと思います。「ここでさぼったら、今までの自分と変わらない」とか「まわりのひとが良い人ばっかりだから、がっかりさせたくない」とか「受かったらみんなに恩返しができる」とか「友達と約束したのにわたしだけ落ちたら笑えない」とか「ぷらいどが」みたいなことをずっと考えてました。

 あと、自分ときちんと向きあえて本当に良かったと思います。
 本命の試験の一週間前くらいにいろいろあって絶望の谷へと吸い込まれてしまったのですが、そこでまあまたいろいろあって、はじめて自分のことを上手く考えることが出来ました。自分のことがスルスルと紐解くようにわかりました。これまでの点と今の点が線で結ばれて、この先に道がぱぁっと開けたような気持ちになりました。夏前に「わたし、人生の第三章あけたわ!」とか思ってたんですけど、本当に第三章が始まるのはこの春のような気がします。

 落ちこんでしまったとき、手を差し伸べてくれるひとがいても、結局這い上がることができるのは自分しかいないのだなとか思います。
 自分で元気を出そうとすることはかなり大切だと思います。誰かのおかげで元気になることは確かにありますが、それってとてもありがたいことであって、待ってばかりいてはどうしようもないことがあります。そういう時は自分でなんとかするしかないのだなと実感しました。いかに今まで甘ったれていたことかと思いますが、しかし、すぐには性格など変わらないのだから、これからずっと気をつけて暮らしていかなくてはならないのだと思います。

 受験してよかったなーと思います。これでもし早稲田が受かってなくて、滑り止めの大学に行くことになっていたら…と考えると恐ろしいので今はあまり考えません。
 頑張ってよかったな。めっちゃ清々しい。

 BGMは、まっすぐ大作戦でお願いします(なんとなく)

(2013/02/28)

▽帰国。

 宙ぶらりんの一週間が始まった。試験はもうなくて、あとはほんめいの結果発表だけです。もういっそ殺してくれって感じです。死にそう。
 何かしようにも、体力が全然なくてすぐ疲れてしまう。
 昨日はおかあさまのウォーキングに付いて行って死にそうになった。今日もいとこの家に遊びに行って、沢山歩いた。くたくたである。さすがにやばい。でも腰には良さそう。
 今までそんなに勉強したことなかったから、たったの一年で腰が悪くなった。浪人は身体的に無理だと思う。

 一昨日くらいまではあんなにしたいことがたくさんあったのに、いざ「すきなことしていいよ」と言われるとのんびりしてしまいます。結果出るまではゆっくりさせてくれよ、とか思いながら、人生で一番人と会う約束を詰めています。ひとりきりだと不安で何も手に付かないから、誰かと会っていないと気が狂いそうです。それかもう、ずっと寝ていたい。でもそんな体力もない。
 今夜はひさびさにラジオをききながら、部屋を片付けようと思う。
 社会復帰しなきゃ。
 友達が、この一年間のことを「受験留学行ってたから」と言っていて、なんかカッコイイなと思った。

 とりあえず浪人はしません、とだけ。

(2013/02/21)

▽私の好きなじゃにーず

 ツキノミチ/亀梨和也
 Brand New Season/Kis-My-Ft2
 Fly high/Kity
 Shining Day! No.1/ジャニーズJr.(KAT-TUN)
 オリジナル・ブルー/KAT-TUN
 完全マイウェイ/Sexy Zone

 とりあえずパッと見つかったものを。
 こういう歌がすごくすきでした。いまもすきです。

 ちなみに、キスマイがローラースケート履いてない問題ですが、デビュー前はこんなかんじでした。画質粗すぎだけど、雰囲気は伝わると思います。結構激しく動いて、えむすてで生歌ですよ!(私信)

(2013/02/16)

▽真っ赤なかばんを買ってしまった(2013/01/26)

 センター試験を受けに行ったら、斜めがけのかばんが欲しくなった。
 中高の通学はリュックが最強なんだけど、家と学校以外でも頻繁にかばんを開ける必要があるときはこれじゃ不便だと心から思った。重たいリュックを前にもってきて、手袋とか受験票とかお財布みたいなものを出し入れするのが、いちいちだるい。
 三年間の気軽な自転車通学のおかげで忘れてたんだけど、小学校の通学でどうして斜めがけかばんを使っていたかといったら、電車で本とかマンガとか定期を出し入れするのが楽だったからだ。中学生のときはリュックで電車に乗っていたけど、やっぱり出し入れがめんどくさくて小さなトートバックを持っていた。そうだったそうだった。

 そういうことを考えていたらもう、斜めがけかばんがどうしても欲しくなってしまった。
 A4が入るくらい大きくて、あんまりペラペラじゃないキャンバス地で、がっしりしていて長く使えそうで、ひもが太くて、軽いやつ。かたちは単純なやつがよくて、出し入れも簡単そうなの。小さいころ、「魔女の宅急便」のキキのかばんがなんでもはいりそうで欲しかった。ああいうやつもいいよな〜、と寝る前にネットを見てたら、なんと、マリメッコにたどり着いてしまった。
 マリメッコというのはフィンランドのブランドで、布をはじめとして服とか雑貨とか結構いろんなものを取り扱っている。13歳の誕生日プレゼントに、表参道でお母さんがななめがけかばんを買ってくれたことがあって、それからマリメッコと聞くと「お!」となる。学校で「誕生日に何買ってもらった〜?」と聞かれて、マリメッコのかばんだよと答えたときのまわりの反応から「どうやらマリメッコっつうのは中学生の流行りではないらしいな」と確信して、それからは静かに大切にずっと使っているかばん。通学には小さいんだけど、テストで荷物が少ないときとか、休日の部活のときとかにもよく使っていた。B5がすっぽり入るし、何より丈夫なのである。(実は中3のときに虫に食われて穴が開いちゃったんだけど、どうにかならないかなと思いながら恐る恐る使ってる…。)見た目は黒とグレーの太めのボーダーで、そんなに派手じゃなくて、単純なかたちで使いやすい。買ってもらったときは、お母さんの「これかわいいよ!」という言葉に納得して決めたという感じだったけど、今では一番お気に入りのかばんである。ここぞというときにも、学校にいくときにも使いたいと思えるすてきなかばん。小沢健二さんのあれこれにもこれで行ったなあ。そういえば、中2の二学期の始業式かなんかのときに、クラスの女の子が「あ、マリメッコ」と話しかけてくれた。それからその子とはだんだんなかよしになった。

 そういう感じのいい思い入れがたくさんあって、すっかり買う気になってしまった。かばんってのは「使いやすそうさ」と「長く使えそうさ」と「見た目が良い感じ」っていう3つが揃っていないとなかなか買えない。だからこそ、なんとなく完璧な匂いがするこのかばんがよかった。実際使ってみて実は色移りするとか、微妙な欠点があったとしても、マリメッコなら許せる気がするし。
 とはいえ、働いていない身としては大きな買い物であります。でも、お母さんのゴーサインが出たので、お年玉をつぎ込む決心がつきました。楽しみだな〜。昨日の夜から一日体調があんまりよくなくて、気分ももっさりしてたんだけど、明日マリメッコがわたしに届くんだ!と思うとなんか全てがうまくいくような気がします。大学に受かったら、このかばんで通うだろうな〜。遠出もできそうな大きさだ。夢がひろがります。もし残念なことに受かんなかったとしても使うけど、受かったらもっとうれしいな。あたりまえか。おやすみなさい。


▽続・えんぴつ(2013/01/20)

 センター試験を受けてきた。
 試験らしい試験は高二の英検ぶりで、それを除いてしまえば小学校受験以来だった。
 前日は不思議な気持ちでいた。
 緊張してなかったといえば嘘だし、不安と焦りもそれなりにあったんだけど、なにより現実味が無かった。「ほんとに明日センター? これがほんとに今後の人生にかかわるの?」みたいな。
 過去問演習は相当やっていたし、本命はまだ先だし、もういっそ模試の気持ちでいこうと覚悟して、友達とケイタイで確認しながら荷造りをして寝た。
 あまり眠れなかったけど、朝の目覚めは今年一だった。いつもの時間に起きて、いつもの時間にご飯を食べたら、中途半端に時間ができてしまった。リビングでちょこっと勉強していたら、どきどきしているらしいお母さんが気を使ってか教育テレビ(今Eテレっていうんだっけ)にチャンネルをかえてきたので、少し泣きそうになったけど笑った。お母さんありがとう。

 会場でたくさん友達にあえてすっごく安心したけど、いちばんほっとしたのはいつものえんぴつだった。トンボの「木物語」という、3年生くらいのときにお母さんがくれたものを4本くらいと、例の入学祝いの名前が掘ってあるものを1本持っていった。万一折れたりなくしたりしたら嫌だから、わたしの持っているHBえんぴつを総動員した。受験票の上にばらっと並べて何となく眺めていると、自分の空間ができたみたいで安心した。数ヶ月間このえんぴつで勉強しててよかったなと思った。
 不安で持っていったいつもの鉛筆削りはさすがに使わなかったけど、いつものリュックに入ってるってことがよかった。
 本命の予行練習みたいなもんだと思って行ったのは正解だったと思う。ひとまずおつかれさまでしたよ。


▽誠実(2013/01/11)

「じゃあわたしに今何かアプローチして!」
「アプローチ?」
「いつかわたしがあなたの奥さんになるなら
 ――それを証明するようなアプローチを行動にして示して!」


▽クリスマス(2012/12/24)

 完全なるこども扱いをしてもらったクリスマスは久しぶりだった。
 プレゼントとかもらってしまった。ありがとうサンタサン。

 日本のクリスマスってのはこどものためのもので
 大人は裏方役なのだ。その美しさは絶対にある。
 みたいなことを、二年くらいは考えている。

 こども扱いされてまじで嬉しかった。
 もう大人になっちゃったのかもしれない。
 正直まだこどもでいたいっすな〜。


▽センターまで一ヶ月切った(2012/12/21)

 毎日続けなきゃいけないことがあるってーのは、たまにものすごいしんどい。
 続けなきゃいけないプレッシャーと、やりたくなくなる波がきたときにつらい。
 でも基本的には楽しい。やってるうちに楽しくなってくるし。
 何より、「やらなきゃいけないことがある」っていう状況は楽だ。
 迷うヒマがない。
 ヒマじゃないから、こころがあんまり揺れない。
 そういう意味では楽だ。

 今、寝てる時と食べてる時が一番フワァっとしてる。
 つらいときは早寝する。早起きは気持ちがいい。部屋の掃除も昔よりはよくやってる。
 たまに絵を描いたり、文房具や本類を買ったりするのが意外と重要。


 たまに、テーブルタグがズレて表示されるのはなんでなんだろう。再読み込みしたらなおるんだけど。

▽えんぴつ(2012/12/02)

 ついに今日、学校の小論文の授業が終わった。
 土曜日、みんなでお腹すかせながら、異常な集中力を発揮して文章書くことってもう二度とないんだー。さみしい。
 いやあ、ホント、この授業だけはまじで大変だった。受験で小論文をつかう人のための授業だったので。
 評価は10点満点で、最初のころは2点とか3点しかとれなかった。
 本当に凹んだし焦った。この授業のせいで卒業できなかったらどうしようと本気で悩んだ。あまりにも辛かったので、一学期には何度も「わたし小論文つかわないのに!小論文なんて書いたことないもん!」って思ったし、口にも出してた。今となっては可愛い。
 11月に入ってから、「感動するのはよいことか」というテーマで書いた文章にはじめて9点をつけてもらった。それでようやく、小論文には答えがちゃんとあるんだと実感した。答えっていうか、こういうふうに書けばいいんだっていうことを、身を持って知った、というか。
 それにしても、文章書いたら誰かが読んで採点してコメントまでくれるってのは幸せなことよ。思い切って選択してよかったな。


 小論文を毎週書いてわかったのは、えんぴつの素晴らしさである。今更。
 ずっと重たいシャーペンが好きだった。握った時に安心する感じがよかった。あと、わたしはえんぴつのキャップをすぐなくすから、芯がしまえるのも重要だった。
 でも、いっぱい書くときはえんぴつが何より楽だ。
 シャーペンは、ノッている時に限って芯が折れたりすり減ってしまうし、重たいのはやっぱり疲れて手首がだるくなる。
 あと、今こうしていて感じるのは、キーボードは速く打てすぎて考える速さに追いついてしまうけど、その点えんぴつはものすごくちょうどいいのかも。
 筆記用具は「安心」より「使いやすさ」だなとおもった。どれだけ身体に馴染むかということ。
 あくまで道具なんだ。足りないところに補うものではない。


 机の中の奥の奥に、小学校進学祝いのえんぴつがいくらか残ってたので、嬉々として削る。名前が掘ってあるやつが一本だけ新品で残ってたので、それはそのままとっておくことにした。今まで、人類が創ったもののなかで「自転車」と「扇風機」は群を抜いて素晴らしいと思ってたけど「鉛筆削り器」も相当ヤバいなと思った。すごすぎる。


▽2012/12/01 フライング気味に

 軽くりにゅーあるです。
 心機一転です。
 春になって時間が出来たら、もっと変えるつもりです。
 たのしみだな〜。

 さて、ホームページ名を「向」に改めました。

 辞書を引いたりして調べたところ、どうやらこの字は、会意文字らしいです。
 「「宀(やね)+口(あな)」で、家屋の北壁にあけた通気孔を示す。通風窓から空気が出ていくように、気体や物がある方向に進行すること。」

 もう、煙突の生えた、窓のある家にしか見えなくなってきました。

 あと「{副}さきに。日時が先にむかって進行したことから、転じて、過ぎ去った意をあらわすことば。」というのもみつけて、気に入りました。

 高1の夏にここを開設してから、ようやく自分で名前を決められたよ。
 なんかうれしいな。
 ということで、よろしくおねがいします。
 トップ以外のページもこういうでざいんにしたいんだけど、今はめんどくさい。
 がんばるぞー


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