が、実務庁に来るらしいですね。


自分が修習生だった時のことは、結構まだ覚えているつもりで、まだまだ駆け出し気分なんですが、何年か前に

「まだ若手のつもりか」

と先輩から言われたので、もう周りが許してくれないポジションなのかも知れません。

修習生から見ると、今の自分がどう見えるのか…


だらしがない先輩?

あるいは優秀な実務家?


ま、後者でないことは確かなんで、大して修習生に教えられることもないんですが、もし、わたしのところに来る新修習生がいるならば、一生懸命やってもらいたいです。


いい人が来るといいなぁ。




激動の毎日ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。


明るいニュースは、やっぱり少ないですな。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


少年審判に限らず、家裁の仕事は、世間のニーズが意外と高いというのに「わかっている」人が少ないです。

前にも書きましたが、わたしは関係者の多くに苦手意識があると思っています。

いい表現でいうと、専門的な仕事だ…と無意識的に思われている…。


ま、わるく言うと、バカにされている。


少年の仕事についていた頃は、年がら年じゅう世間の無理解に怒っていました。

しかし、こういった事態にただ怒っているだけというのは、易しいことであります。

そういった中で、局面の打開を図るというのは、難しい…。


「わかってねえ奴が多すぎる」と思うんだったら、「わかってる人」をなんとか見つけなくては…


でも、見つからなかったら?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


N君の審判の日を迎えました。


「…というわけで、さっきの質問の答は、なかなか出ないみたいだから、休廷して、よく考えてくるかい?」

N君はふてくされた顔で、ちょっとこっちを見ました。

「じゃ、休廷します。さっきの部屋で、よく考えてきなさい。」

押送の職員が立ち上がり、N君を連れて行きます。

審判廷には、自分のほかに、

 担当調査官

 付添人弁護士

 両親

 書記官

が残りました。

調査官が、ご両親と付添人弁護士を控え室に案内しようとします。


「あ、ちょっと先生…進行についてご相談が」

美人で独身の付添人弁護士には審判廷に残ってもらいました。


「先日、弁護士会で少年事件のビデオ作ったでしょう?」

「ああ…はい」

「あのパッケージの写真に先生が写っていませんでしたか?」

付添人弁護士は、ちょっとのけぞってこっちを見ました。 「顔は写ってなかったのに…」

「わかる」

「ど、どうして…」

「ふくらはぎでわかる」


付添人弁護士は、言葉を失い、固まりました。


「で、相談なんですけど、先生、○○○○行ったことありますか?」関西弁調査官が空席を確保した有名な委託先の名前を挙げました。

「いえ…名前は聞いたことあります…が…」

「ぶっちゃけたところ…先生」身を乗り出します。「N君を○○○○に預けるとした場合、ちゃんと会いに行って、向こうの管理者とも連絡を取り合いながら面倒みていただける?」

「え」 付添人弁護士は固まったまま口をモゴモゴさせました。 「えっと」

「やっぱり忙しいかなぁ…無理かなぁ」

「い、いや」

「向こうにお願いする以上、付添人にもちゃんとみてもらえないと、実効性がないかもしれないなぁ」

「し、試験観察ってことですよね? それって調査官が…」

「よく調査官まかせにしちゃって、付添人がなにもしてくれなくなると…」

「い、行きます、行きます」 付添人弁護士は笑いだしました。そして女性調査官に向かって言いました。 「こんなぶっちゃけトーク、ありなの…?」

女性調査官は「ジェイさん、一体どこ見てるんだか」と応じました。

「じゃ、N君入れますよ」

再開のため、先に両親に審判廷に入ってもらいます。



書記官は受話器を取り上げ、「N君お願いします」と言いました。




それにしても、裁判傍聴に訪れる方々は、ここ5年ぐらいでだいぶ増えた気がします。

本当に増えました。

前にも書きましたが、傍聴席というのは、こちらからかなり見えるもので、

「あの人は記者だな」

とか

「あの人達は被害者の関係者の人達だ」

とか

「あの人は、警察の関係者ね…」

とか、

そういったところは結構わかるもんなんです。

いちいち正解を確かめるわけではないので、本当に合っているかどうかはわかりません。


そして、最近は

「あの人は、傍聴マニアの人だな」

ということも、多くなりました。

いま仕事している所では、もう、一人や二人じゃないですね。かなりの人数いらっしゃいます。

なにやらメモをとっている人…

いつもわるい姿勢でジッと聞いている人…

妙にこっちを睨んでいる人…

発言者の方に顔を向けて、頷きながら聞いている人…

午前も午後も来ている人…

寝ている人…

別に「わたしは傍聴マニアです」と名乗られるわけではないのですが、なぜ「あの人は傍聴マニアの人だな」と思えるのか?  それはやっぱりオーラが出ているとしか言いようがないです。


わたし自身は、司法修習生になるまで、実際の法廷を傍聴した経験はありませんでした。

大学のゼミは、民事訴訟法のゼミに入っていましたが、そこでも裁判傍聴に行く人いなかったです。

今は、いかにも学生らしい人もぞろぞろと来ますからね。

時代が違うんだろう、きっと。


刑事の法廷の方が人気があるんだろうと思いますが、入りきれない時には、民事の法廷にも流れていくようです。

いやいや、すごいな…






一般に、少年審判の結果が少年院送致であるより、試験観察となる方が

 軽い処分

と思われているようです。


本当は、試験観察は、保護観察と違って中間処分なので、軽い・重いで比較できないんですが

 試験観察で済んだ

なんて表現を耳にすることがあるので、そういう捉え方をされることがあるようです。


そういえば、試験観察を終局処分だと付添人弁護士さんに誤解されたこともありました…(これは前にもこのブログで書きました。)


たしかに、試験観察だと、自宅に帰ることもあるし、そうでなくても補導委託でお願いする施設は少年院じゃあないので、少年の立場からすれば

「今ごろ少年院に入っていたかもしれないと思うと…よかった!」

という具合に感じて 「軽い処分」 で済んだと捉えられるのかも知れないです。


しかし

補導委託でお願いしていた施設は、民間の施設であり、その中味はさまざまなのです。

開放的で自由度が高いところが多いですが、施設ごとにルールがあります。中には、厳しいルールがあるところもあるんです。


試験観察と告げた途端、審判廷で目を輝かせる少年と親 (でも、たいがいは目を合わせない) を見ていると

「これから入ってもらう施設は、あまりラクなところじゃないんだけどなぁ」

と思うこともありました。

個人的には、

「あそこに入るのは、少年にとって、少年院にはいるより厳しいだろうなぁ」

と思うような施設も、あるのです。


○●○●○●○●○●


関西弁調査官が空きをみつけてきた施設は、わたしからすると

「厳しいルールがあるところ」

で、少年によっては、少年院よりも厳しいと受け止めるのではないかと思うような施設でした。

「厳しいルール」といっても、単なるアナクロなスパルタ式というわけではなくて、

「それは施設管理者ご自身やそのご家族にとってもさぞ大変だろう」

と思わず頭が下がってしまうような、そういう厳しいルールがあるところなのです。


(考えてみれば、委託施設であれば多かれ少なかれどこでもそうなんですが、一応、ここではこの辺の表現にしておきます)


そこは、われわれからすると有名なところで、だからこそ人気があってなかなか「空き」がでないのでした。


「よく空いてましたねぇ」と言うと

「実は、前々からあそこにお願いしたくて、狙っとったんですわ。まだやったことがなかったもんで…」

と関西弁調査官は言いました。

「とりあえず、もう一回記録読ませてもらって…」

「まさか」 関西弁調査官は目をむきました。ワイシャツの襟が汗で汚れています。 「せっかくのこの話、もし駄目になるならそれも早めに先方に伝えなきゃいかんので…」

「あ、わかってます。もう、明日か明後日か、そのくらい…あ、でも今日明日はずっと審判が入っているから、しあさってかな…」

関西弁調査官は、不安げな顔をしたまま、部屋を出て行きました。


その施設は、それまでに1回、担当した少年を預けたことがあり、その管理者の方…というか代表者の方というか…まぁ便宜上管理者としておきますが、その人と会ったことがありました。

会ったところ、やはりその並々ならない日々の努力とこれまでの体験に感服し、その委託施設に対する信頼が一層高まる思いだったのですが、なんというか、管理者の方のお話ぶりが、なんともいえない独特の落ち着いたトーンで、ま、ぶっちゃけ陰気なムード満点だったのです。

そして、次々と出てくる既存の制度に対する批判、怒り、世間の無理解に対するやるせなさ…


「に、苦手だな…この人…」


率直なところ、そう思いました。

管理者の方の声は、小さく、低く、延々と続きます。

この人の話を直接聞くのは、15分…いや10分が限度か…いや…

そんなことを思うだけで、相手に伝わってしまって、自分自身が非難の対象になってしまうかもしれない…

そんな心配をした途端、管理者の方は

「これは前にお会いした○○家裁の裁判官なんですがぁ、ちっとも少年の更生のことがおわかりでない…それなのにわたしの前ではねぇ…まるでわかったフリしてねぇ…」

と語りだします。

背中を冷や汗が流れます。



そういう思い出があったのでした。

あの施設なのか…また、あの施設に頼むのか…

関西弁調査官が置いていってくれた社会記録を読みながら、あれこれ考えました。

熱心だなぁあの調査官。


○●○●○●○●○●

翌日、昼休み、部屋からその関西弁調査官に電話しました。

「あのう、ジェイですけど、おりいって相談があるんですが…」

「なんですか?」

「ちょっと一緒にお昼たべに行かない?」




また、自分が影響を受けてきた人の訃報に接し、少々めげています。

自分が影響を受けた人は、身のまわりにいた人もあれば、とおくにいる有名人なんて人もいるわけです。

今回は、有名な人ですな。


サディスティック・ミカ・バンドのCDは、今でもよく聴いていたのですよ。

昔のものも聴きますが、「ナルキッソス」もかなり聴いていました。


受験時代、ラジカセで深夜放送や音楽聴きながら机に向かった世代なので、つい先日の忌野清志郎氏の訃報にも動揺が大きかったですが、加藤和彦氏の訃報もまた…


か な し く て や り き れ な い







政権が変わったり、スマトラやサモアで大きな地震があったり、2016年のオリンピック開催地が決まったりと、日々世の中の動きは激しいです。

自分の仕事も、激し過ぎて、ついていけなくなりそう…


○●○●○●○●○●


N君の付添人には、これに懲りずに面会に行ってあげて欲しい、と伝えました。

それから、最後に送致されてきた窃盗の否認事件は、先行している事件と併合しないこと、家裁から警察に補充捜査の援助依頼をだすので、その結果をふまえて否認事件の審理をする予定であることも、話しました。

それから、調査官も繰り返し面接に行くので、付添人の面接の状況と合わせて、またカンファレンスをしましょうと誘いました。

「援助依頼って…なんですか…ってゆうか、やっぱりN君と面接しなきゃいけないですかね…」

付添人の美人女性弁護士は、なにやら不安な様子で、頼りなげに帰っていきました。


「あ、それから」 残った調査官に聞きました。「N君の補導委託を考えているという話でしたが、委託先はもう考えているんですか?」

「そこまでは、まだです。」

「そうですか。」

「具体的なところ、考えてみていいでしょうか。」

「いいですよ。」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ジェイさん、忙しいところすんません。」 別の調査官が、あわただしく部屋に入ってきました。 「この少年のことなんですが…おぼえていらっしゃらないですよねぇ?」

「あ、うーん」

その調査官は,関西弁のイントネーションでたたみかけてきました。

「この少年、なんとも弱々しくて自分に自信がもてんのですわ。恐喝するくせに…」

調査官は、記録をパッと広げてみせて、また閉じてしましました。

「これ、今度で3度目なんですよ。恐喝ばっかり。それでですね、委託に出そうと思っているんですが」

「 …そうですか、えっと」

「委託先は、○○○○です。」

調査官は、有名な委託先を挙げました。

「え!」

「そこがちょうど空きがあったんです。これはチャンスと思うて…」


その調査官は、N君の担当調査官と違って、もう委託先を決めてきているようです。

「えっと…記録みせてもらって…」

「あ、駄目ですか? でも○○○○はなかなか空きがないから、つい裁判官に話する前に当たってみたんですわ…あかんでしたか…」

「あ、いや…そういう意味でなくって」


そこの委託先は…そこは…





あっという間に秋ですが、季節だけでなく時間そのものが早く過ぎています。

おれがだらだらしているからか…いや、やっぱり忙しいのか…

もうそういったことさえ、よくわかりません。


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前に、付添人も交えてカンファレンスしてましたという話を書いたことがあるんですが、もうその記事がどこにあるか、探すのも面倒なので、リンクできません。

できませんが、ま、やっていたのです。


で、N君の件についても、法律扶助を使って…


(※ いまさら断るのもナンですが、わたしが少年事件を担当していたのは前の話で、このブログは現在のモノではありません。現在は国選付添人の制度もありますが、当時はなかったのです。なかったのですが、家裁サイドから少年に弁護士をつけてあげることはできたのです。できたのですが、全件つけるといったことはできません。付添人なら、弁護士でなくても、少年友の会を通じて、付添人をお願いしてましたし…で、どんな時に弁護士付添人をつけるようにしていたかというと、わたしの場合は、例えば、N君のようなケースだったわけです。)


弁護士付添人をお願いしたところ、これがまた、偶然というか、狙いどおりというか、例の「攻める付添人」の先生になりました。

そこで、さっそく鑑別所に会いに行ってもらって、その後に調査官と付添人とわたしとで、カンファレンスをすることにしました。


(※ これもクドいようですが、前に書いたとおり、審判の直前にやる調査官,書記官と裁判官との打ち合わせをカンファレンスと呼ぶことが多いのですが、本来、そんなシバリはなく、いつやったっていいんです。場合によっては、付添人を交えたっていい。しかし、それをカンファレンスと呼ぶのがまずいなら、進行協議と呼び変えてもいいのです。要は、これから行う少年審判を、どうするのか、関係者で真剣に考えて実りのあるモノにすればよいわけで、そのことは大いに強調したいところですが、今回はこの辺でやめて、話を先に進めます。)


付添人となった例の女性弁護士、審判廷とはうってかわって、恐縮しています。

「ほんとにもう、こうやって打ち合わせができて助かります~。少年事件のことって全然わかんなくって…その上今回は急に法律扶助協会の関係で本件を担当することになってしまって…」

「いやいや、先生を頼りにしてますから」

調査官のいうとおりに、鑑別所でN君の様子が頑なになっているのだとしても、この女性弁護士のように強く少年に接してくれる付添人なら、頼りになるというものです…


「それがですね~」

若くて美人の女性弁護士、ノートを広げながら眉をひそめて声をおとしました。

「ぜんぜん、意思疎通できなかったんです。」


「えっ」


「なにが悪かったんだか…大声だされて、話すことなんかねぇ~っ! ほっといてくれえ! って…」


「少年が…ですか…? 先生と?」


「そうなんですよ。もう、全然。凄い勢いでしたよ。机を投げられるんじゃないかと思った。」


「 … 」

思わず調査官と顔を見合わせました。





ジェイです。


ボ2ネタ経由のニュースですが、

  知人施設に少年次々送致、見返りに巨額金銭 米の元判事

というニュース、そういうコトもあり得るのかとかなり笑いました。

はぁ~どのくらい貰ったんだろう?

巨額金銭ですよ巨額金銭。

一応、リンクをはりましたが、ニュースなので、すぐに見られなくなるかも知れません。


ニュースといえば、法科大学院への風当たりが強いですな。

確かに、新○○期と呼ばれる修習生と接する機会があると、なにやら表現しにくい不安を感じます。

ちょっと話をすれば、相手の法律的な知識や経験がある程度わかるもんですが、最近は、実務に出るまで口述試験というものがないのですねぇ。

だいじょうぶ?

ま、そのへんの事情は、法科大学院がどうのこうのという話に限らず、修習制度全体の話になるわけですが…

ともあれ、地道な勉強をお勧めします。

結果は、あとからついてくる。


あと、やっぱり裁判員裁判のニュースはどうしても目を引きます。

でも4号事件あたりから、各地で審理するようになってきて、マスコミの取り上げ方も相対的に小さくなってきました。

そのうち、ニュースバリューとしては小さい日常的な話題になるかもしれません。






9月に入って、なにやら秋めいて参りました。


世の中の動きは大きいなぁ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




前にも書きましたが、法律記録というのは、その事件について捜査機関が捜査した結果が綴られている記録です。


新件が送致されてきたら、調査命令の際に、ざっと法律記録に目を通しますが、わたしの場合、ナナメ読みです。


中には、この段階でじっくり読み込んから調査命令を出す裁判官もいて、そこのところは個人差があります。


少しでも早く調査官に調査の着手をして欲しいので、法律記録をナナメ読みして調査命令を出し、法律記録も調査官に渡す…というのが、わたしのやり方だったわけです。




で、N君の法律記録を読み返した結果…


  こりゃ、確かにやってないんじゃないかな?


というのが感想(心証)でした。




「前から係属している無免許や恐喝の記録も、全部出してください。」


書記官にお願いしました。


ちょっと、時系列表を作ってみよう…


あと、社会記録に綴られた資料は、まだないのかな。あればそれも読まなければ。


急がないと…




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「N君の件なんですけど、ちょっと相談させてもらっていいですか?」


翌日、書記官と調査官に声をかけました。


「早急に、法律扶助で付添人をつけようと思います。つけた上で、少年に会いに行ってもらって、窃盗を否認するかどうか確定してもらおう。」


書記官と調査官は、メモをとりながら聞いています。


「否認は、維持されると思います。」


わたしがそう言うと、書記官が顔を上げましたが、調査官はメモをとりながら頷きました。


「それから、援助依頼を出します。……の点について補充捜査してもらいます。」


書記官が「でもそれはあの」と言いかけました。


「確かに、そんな援助依頼、すぐやってもらえるかどうか、わからない。」 書記官に言いました。「で、窃盗は、ほかのと分離しておいて、ほかの事件についての審判期日を入れます。」


書記官が、また何か言いかけましたが、調査官が先に発言しました。


「N君については、在試を考えて入るんですけど…まだ決めてませんが…」


これには、わたしも機先を制された感じで、黙ってしまいました。




そうか、窃盗の事件送致から、まだ3、4日しか経っていないけど、調査官は先行する係属事件からずっと担当しているんだった…在試意見は、前からあたためていたのかも知れないな…




急に、頭の中で考えが広がりました。


これは、いい条件が整ったかも知れない…ふっふっふ




「あのう」 書記官がわざわざ手を挙げて言いました。


「なに?」


「窃盗の分離は、できません。」


「え?」 面食らいました。「ど、どうして?」


「なぜなら、そもそも併合していないからです。」


「えーっ ウソ!」


「ほんとです。」 書記官が記録を広げました。


「調査命令と合わせて併合もお願いしてあったのですが、調査命令だけ判子押してもらってて、併合決定の方は押してもらっていません。」


「そ、そうだっけ。」


「そうです。」




覗き込むと、確かに印もれです。


ええっと…思い返せば、なんとなく押してなかったかも…あの時、なんか違う話してたからな


でも…




でも…だったら分離の決定の手間が省けてなおさら条件いいかも…!






N君には、先行する事件について、すでに担当の調査官が決まっていました。




無免許と恐喝と傷害ですでに家裁の手続が始まっていたところ、後から今回の事件があることがわかったのです。


そして、無免許と恐喝と傷害の事件の手続が終わらないうちに、今回の事件の手続も始まることになった…というわけです。




担当調査官は、そのまま引き続いて、N君を担当します。




「失礼します」 とN君の担当調査官が入ってきました。 「N君なんですけど」




「あ…なんですか」




「先日、追送致された原付の窃盗で、鑑別所に行ってきました。」




その調査官は、女性でまじめな調査官でした。任官してもう何年も経っていて、中堅どころといった感じです。




「そうですか。」




「今後のことで相談です。」 調査官は、スイスイと話を進めます。要領がよくて、非常によろしい。 「追送致は自白事件なんですが、どうも否認に転ずるようです。」




「あ…そうですか。観護措置に付する時も自白だったみたいだけど…」




こういったことは、時々あります。




「そうです。でも、私が会いに行ったら、『気が変わった』と…」




「ふうん」




「あと」 ちょっと調査官が言い淀みました。 「ちょっとですね…」




何か言いかけた調査官を遮って 「否認の内容はどういう内容ですか?」 と聞きました。ひとくちに否認といったって、いろいろです。


  事実の一部が違う


  盗んだわけではなくてもらったものだ


  実際、そこには行ったことがない


こういったお話ぜんぶひっくるめて「否認」です。




「あ…それは」 調査官はテキパキと話しました。 「『警察のでっち上げだ』と言っています。」




「 … 」 テキパキすぎて咄嗟に返事がでませんでした。




「あと、ちょっとですね」 調査官は言いかけていた話をしました。「N君の態度が、追送致の事件で逮捕される前と変わっています。」




「変わってる?」




「はい…鑑別所で暴れているみたいです。これまでは落ち着いていたんですけど。」




「暴れてる?」 調査官の顔を見つめてしまいました。「暴れてる…って、調査でも暴れたの?」




「いえ、調査ではわりと平静でした。鑑別所に入った初日の夜に、ちょっとあっただけみたいです…」




「そうなんだ」 と安心しかけたわたしに向かって、「でも、次回は不安です」と調査官は言いました。




「警察のでっち上げねぇ…ところであのN君、付添人ついてなかったよね?」




調査官は「はい」と答えました。わたしは、美人で、少年を責め立てていた若い弁護士さんを思い浮かべていました。




「わかりました…ちょっと…もう一回法律記録借りようかな?」