日々修行

日々修行

ほったらかしでしたが、タイトルをかえて再開することにしました。さて、いったい何を書いてゆくか?それが問題です。


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実は、お店のことでかなり悩んでいます。
そこで、タロットカードを使って占いをやってみました。まぁ、こういうのは振り回されてはいけませんが、上手にやれば結構あたるものですしね。

で、結果は写真のような感じなのですけど、意味を1つづ読み解いていきましょう。

占い


とりあえず、カードの配置される位置と意味から解釈してゆきます。

1.現在 ワールド
ワールドは完成、頂点、ゴール、そういう意味を表しています。
つまり、すでに頂点に達してしまっているので後は下がるだけ、という状態です。私が感じていた不安、不満はこういうことだったのか・・・。わかっていましたが、こうはっきりでるとショックでもありますね。

2.試練 教皇
法王の意味は、良きアドバイス、誰かの助け、信頼する人、指導力など。
これまたはっきりと意味がわかります。自分自身ではどうにもできない状況にはまっているので、信頼できる人のアドバイスを求めなさい。きっとそういう事なのでしょうね。実際、3ヶ月ぐらい前からアドバイスがほしくて様々な人から話を聞いて助言をしてもらっていました。
また、人でなくても本や書物、お店のお客さんなど、そういう人たちからも気づきを得ていかないといけないのかなとも思います。

3.目標 スター
スターのカードは希望を現します。新しい可能性、純粋な気持ち、初心へ帰って新しい高い目標を目指しなさいということなのでしょう。自分でやっててびっくりしますけど、今の自分の行動がそのまま現されていてかなりびっくりです。

4.原因 サン
サンのカードの意味は、成功、名誉、明るさなどです。解釈がちょっと難しいのですが、現状の大きな問題点はこれまでの成功体験ということではないかと思います。なまじ様々な経験と実績を積んできたせいで、かえってそこから離れられないということなのでしょう。新しい事をやりなさい、未経験のことに取り組みなさい。そういう風にいわれているような気がします。

5.過去 隠者
隠者の解釈はちょっと難しいのですけど、時間をかけてやる、コツコツする、周囲に流されないというような意味です。場所の意味は近い過去ですから、コツコツ仕事をすることができていたと考えてよいように思います。

6.未来 吊られた男
ひぇー!って感じですね。これから起こりそうな所にハングドマンがでてしまいました。このカードはスランプ、試練、目標を見失う、そんな意味で、やるべきことが見えないなんて意味も・・・。しばらく結構、苦労しそうですね・・・。ただ、吊られた男は、逆さまに吊られることで不自由な思いはしますが逆に自由な発想ができる状態でもあるのですよね。と、いい事を考えておきましょう。逆転の発想です。

7.本音 正義
気持ちはめげているのですけど、心の底ではうまく決断ができているのでしょうか?自分では気づいていない本音のところに、決断の意味を持つ正義のカードがでました。もう後にはひけない、確かにそのとおりの状況です。
また、このカードには、感情に流されない、バランスのとれた状態といった意味もあります。案外、冷静に物事に対処しているのかもしれません。

8.周囲 デス
私をとりまく周囲の人がどう思っているいるか?答えはデスです。どうやらこれまでの人間関係は終わりをつげてしまったようですね。現在の状況がそれを示してもいますしね。デスのカードの意味は、終わり、失敗これまでの自分を捨てるなどなど。人間関係や、今までの自分の終わりを意味し、新しく生まれ変わる必要があるよという事を意味しています。ちょうどこれまでのお客さんを切り捨てて新しいお客さんと関係を作っていこうと思っていましたから納得のカードでもあります。

9.将来 ムーン
将来に対する気持ちは、不安、不信。どうやら、私は心理的にはかなり追いつめられてしまいそうですね。そういうマイナスな感情とうまくつきあうのがポイントでしょう。

10.結果 皇帝
実行力、リーダー、責任感などが皇帝のカードの意味です。でも、得られる結果に皇帝のカードというのはちょっとできすぎですけど、かなり嬉しいですね。得られる物は自分の強い意志とか責任感と思うと確かに、そんな自分になりたいと思います。商売なんて水ものですしね。うまくいかなくていろいろ失っても、結果、人間として成長できればそれで結構満足できそうな気がします。



正直、ちょっと前までタロットカードって馬鹿にしていた面もありました。あんなランダムなものに意味なんてあるのか?なんて感じです。でも、こうやって読み解いていくと、腹の中にすとんと落ちる物が確かにあります。
お客さんをこれまでの半分に減らしています。
100%確信的にやっているので、まぁ、当たり前といえばあたりまえなんですけどね。

自分のやりたいこと、こだわりをつきつめて、新たなお店作りをしてゆく必要性がでてきたからやっています。平たく言うと、いままでのお客さんを切り捨てて新しいお客さんを獲得してゆく必要がでてきました。

一方で、言っていることと矛盾してますが、ほんのちょっとした変化をさせただけでここまでお客さん減ってしまうというのはちょっとショックでもあります。頭の中でわかっているからといっても、感情というのはやはり「嫌だなぁ」という方向に動く物なのですね。人間というのは難儀な生き物です。

そういう複雑な心境をふまえて思索をしています。
あきらかに、今まで培ってきた自信とか経験とかそういう物が一瞬で壊れていっているような気がしています。自分で壊しているのですから、当たり前なんですけどね。自分で壊しつつもやっぱり、それが惜しい気もするわけです。

「人生、終わりだぁ~」

という気持ちで一杯です。


ただ、私がいままで学んできたことを実践してゆくと、こういう事になってしまいます。大きくジャンプしようと思うと1回、低くしゃがまないと駄目なんですよねぇ。

言葉にしてしまえばとても陳腐です。

でも、わかっていてもやっぱりしんどい。
ここでくじけてしまうと、やっぱり駄目になっていくのでしょうねぇ。
タロットカードに興味があったんです。
で、いいのがないかなぁと思っていたら、これに私の視線は釘付け。

はじめてのタロット/鏡 リュウジ
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表紙が、愚者のカードなんです。
愚者はるんるん気分で旅に出ます。でも、よ~くみると、足元が崖からふみはずしそうでしょ。で、周りからみると

「あぶないっ!」

って言いたくなるんですけど、本人はいたってご機嫌なんです。子供ができるときっとそんな感じですよね。

はじまりとか挑戦とか、そういう事を意味しています。ちなみに、世の中を変えていくのはこういう愚者なんですよね。
最近、

・体調が悪い
・いろいろ思い通りにいかない

ということでかなり気分がめげています。正直、全部投げ出して辞めちゃいたい気分です。ただ、まだやれること、考えることが残っている。と思うと、そういうわけにもいきません。

そんで、そんな時にたまにみるんです。

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どう感じるかは、人それぞれでしょうけど、少なくとも私は少し元気がでてきますね。
少し前ですけど、切れそうになったお客がきました。
初老のおっさんだったのですが、

「お客の事を考えてもっとこういう仕事をせなあかん。」

とか、私に説教をしだしてきたからでした。


まぁ、私自身がちょいと疲れていて余裕がなかったせいもあるでしょうけど、

「他人がこの店のやり方に口を出すんじゃねぇ」

と、言いそうになるのをぐっと、こらえて「あぁ、そうですね。」と答えました。
でも、きっと私の怒気に気がついたのでしょう。その後はあんまり私に話しかけてこなくなりました。

後からこんな事を考えていました。
年寄りというのは、道徳的な事で説教をはじめるからたまりません。まぁ、自分自身の若さ故の過ちに気づいていないという可能性もありますけど、だったらそれなりの物言いをして欲しいなぁと思うわけです。わかりやすくいうなら『気づかせよう』という配慮が全然ありません。単に、自分の言いたいことを歳を傘にきて、偉そうにしゃべってるわけです。

無駄に歳をとるというのはこういうことかなぁなんて思ったわけです。



で、こんな事をいっていると、

「お年寄りには耳を傾けて、話をきかなきゃ駄目です。」

みたいな道徳論を言い出す人がでてきて、私に説教をしはじめます。


「老いも若きもかわらんなぁ。」


そんな感想を漏らしてふと気がつきました。


人間なんて、歳をとってもきっと大してかわらんのだろうなぁと・・・。
悪いことは重なるものです。

今月は、いくつかの事情が重なってお店の売り上げが過去最低になりそうです。開店月より下がりそうなんで、ちょっと青い顔をしていたのでしょうか?
すると、たまりたまった疲れが一気に噴出してここ1週間微熱が続いてしまっています。薬を飲みながらだましだまし仕事をしてきましたが、昨日には38度の熱がでて、ついに2日間ほどダウンしてしまいました。

泣きっ面に蜂

とはこういう事をいうのかもしれませんね。

ただ、あとから振り返ってみるとこういう事って、ベストなタイミングで起こっていることが多いですよね。だから、あとで笑ってはなせるようになります。


そう思って考えてみると、今、やろうとしていることは、お店のコンセプトのチェンジだったりします。
わかりやすくいうなら、いままでのお客さんを全部すてて、新しいお客さんを相手に商売をしましょうということです。そう考えると、今までたまりたまった膿みたいなものがこのタイミングで一気にふきでてきた。というとらえ方もできそうですね。(でも、それだとこれぐらいで済むわけがないはずで、この状況はもっと長く続くのかもしれませんが・・・。)

こういう大きな改革って簡単にできるわけじゃありませんから、あと2~3つぐらいハードルがおそらくあるのでしょうけどね。ただ、ハードルを乗り越える作業は、今、起こっている膿だしにくらべれ、気分的にはずいぶんと楽なような気がします。

まぁ、単なるプラス思考も問題ありますけどね。
たまにゃぁ、こういう事を考えないと、仕事がしんどすぎますしね。
「なんでもかんでも責任とかつければいい」

そう考えているとしか思えない単語だと勝手に解釈しています。
ニュースとかみていると、便利なんで使いまわされて考えて使われていないような気がします。

なんか腑に落ちないことがあれば、

「説明責任を果たしていない!」

なんていって、批判すして、

なんかトラブルにあった人に対して対応が面倒なときには、

「そんなことは自己責任だ」

といってごまかすわけです。


まぁ、税金を使っている人はその使い方をきっちり説明できないといけないと思いますし、なんでもかんでも政府や役所のせいにしてしまう人たちにも問題はあるのですけどね。

ただ、完全に気分だけのことばで意味がないですよね。
いったいどこまで説明する必要があるのか?いったいどこまでが自己責任なのか?そういう問題はほっておいて、とりえず、

「おまえは責任を果たしていない。」

なんていって、人を非難しているだけのように感じます。
最近、無職なのは自己責任だ!なんてことが議論になっているようですけど、馬鹿馬鹿しいことこの上ないと感じます。ですから、こう表現すればいいんです。

・無職なのは努力が足りないんだ
・無職なのは考えが足りないんだ
・無職なのは甘えがあるからだ。

と言えばいいんです。
それにたいしての反論は、

・がんばったけどうまく就職できません。
・何をどうがんばればいいんだ。
・仕事したっていいことないし。

といいかえさえばいいんです。

これだと単純明快になってきますよね。

とりあえずこの2つの言葉を禁句にしてくれれば、少なくともニュース番組はかなり見やすくなるんじゃないかなぁと思うわけです。
3ヶ月ぐらい前からダイエットをはじめて5kg減りました。

と、いうと怪しげなサービスの広告文を思い出します。が、今回は、全然別の話です。

今回は、レコーディングダイエットというやり方をやっています。この方法の秀逸なところは、無理な食事制限をする必要がないところでしょうか?5kgほど体重を落としましたけど、食生活は多少変わりはしましたが、別に食べる量はあまりかわっていません。むしろ、積極的に間食をするようにしているぐらいです。

ところが、今日、小さな変化に気がつきました。

味覚がかわってきている・・・。

ということです。

お店の近所には割りと有名なラーメン店が二件あるんですけど、先日、1件のお店にいくとおいしいと感じませんでした。

「味が落ちたのかな?」

と思っていたのですけど、どうもそうではなかったのです。
今日、もう一件の店にいったらやっぱり美味しいと思いませんでした。半年前まではうまい、うまいといいながら食っていたのですけどね。

有名な2件のお店が揃って、味がおちることはまず考えられませんから、ほぼ間違いありません。
これは、

「私の味覚の感覚がかわった。」

ということです。
ダイエットがうまくいっていると、味覚がかわっていくのだとか・・・。
そういう情報がありましたので、どうやらうまくいっているらしいということがわかりました。

それで、うまくいっている事をふまえて振り返ってみると、さらに気づきがありました。
それは、

「いかに痩せるか?いかに食べないか?」

ということを考えるより、

「いかに食べるか?」

ということを考えるほうがダイエットはよほどうまくいくということです。



話が変わります。
時を同じくして私のお店ではちょいとした理由がありまして、積極的に広告をだしていました。
すると、新しい気づきが、どんどんやってきます。

「次はこれ、その次はこれ」

といった具合にやってみたいこと、テストしてみたいアイデアがどんどんわいてくるわけです。

このことから、あることに気がつきました。
それは、

「お金は上手に使わないとダメだ」

ということです。
お金を上手に使うと新しいアイデアがどんどんわいてくるのです。

これは、ちょっと怖いことの示唆もしています。
ちょっと儲かったぐらいで喜んで、必要以上にため込んでいると、新しい気づきやアイデアがなくなっていくことです。

と、いうことで、

「商売をしていたら、何があっても広告だけはずっとやっておけ!」

これが、長くうまくやるコツなのじゃないだろうか?
ということに今日、気がついたわけです。