「〜してもらっていいですか」
ここに、ある人気俳優AさんとマネージャーのMさんがいます。
移動中のAさん・Mさん。仕事でTV局に入ろうとすると、あっというまにファンに取り囲まれてしまいました。
身動きが取れないため、たまりかねたMさんがファンに叫ぶような口調で言います。
「押さないでもらっていいですか」
前に進めない。歩けない。遅れてしまう。だから「押さないでほしい」と言いたいのです。
それなのに、ずいぶん控えめです。
「(あなたがたファンに)Aさんを押さないでもらいたい。いいですか?」という意味です。
なぜ「押さないでください」ではないのでしょう。それはおそらく、近年「〜してください」「〜しないでください」という言葉を命令口調だと感じる人が増えているためです。
本来は目の前の相手に対して第三者の行為について尋ねる表現
「〜してもらっていいですか」は、本来目の前の相手に第三者の行為について尋ねるときに使われます。
Aさんの大ファンだという女性が、楽屋まで番組スタッフとともにやってきた。
どうやら関係者の身内らしい。
そこで、マネージャーのM さんが次のように尋ねます。
「Aさん、今ドアの外でAさんの大ファンだという方がいらっしゃいます。
一目だけでも会いたいと……(ファンの女性に)入ってもらっていいですか」
この場合の「〜してもらっていいですか」は、正しい用法です。
さしつかえなければ、Aさんは「いいですよ」と答えてくれるでしょう。
「〜してもらっていいですか」の誤った用法
しかし、例えば、マネージャーのMさんが、ファンの女性に
「ここで少々待ってもらっていいですか」と尋ねることには違和感があります。
また別の場面ですが
楽屋の室温が暑いからとAさんがMさんに
「ちょっと暑いですね。エアコンの温度、下げてもらっていいですか」と尋ねたりする表現には
違和感があります。
「〜してもらってよろしいでしょうか」でも不自然さは変わらない
なお、ここまでの「〜してもらってもいいですか」をより丁寧にすると
「〜していただいてもよろしいですか」「〜していただいてもよろしいでしょうか」となります。
しかし、いくら「してもらう→ していただく」「いいですか→よろしいですか(よろしいでしょうか)」としたところで
違和感は消えません。
相手の行動を促したいのに、相手の許可を求めるところにそもそもの違和感があるからです。
【誤った用法と正しい用法】
(マネージャーのMさんから、Aさんを押している大勢のファンに)
×「押さないでもらっていいですか」
○「押さないでください」
(マネージャーのMさんから、Aさんに)
○(ファンの女性に)入ってもらっていいですか」
*許可を求める正しい用法
(マネージャーのMさんから、ファンの女性に)
×「ここで少々待ってもらっていいですか」
○「ここで少々お待ちください」
(AさんからマネージャーのMさんに)
×「ちょっと暑いですね。エアコンの温度、下げてもらっていいですか」
○「ちょっと暑いですね。エアコンの温度を下げてください」
○「ちょっと暑いですね。エアコンの温度を下げてもらいたいです」
○「ちょっと暑いですね。エアコンの温度を下げてほしいです」
○「ちょっと暑いですね。エアコンの温度を下げてもらえますか」
(スタッフからAさんに)
×「Aさん、そろそろお時間です。お越しいただいてもよろしいですか」
○「Aさん、そろそろお時間です。お越しください」
○「Aさん、そろそろお時間です。お越しいただけますか」
○「Aさん、そろそろお時間です。お越し願えますか」
濫用される「〜してもらっていいですか(よろしいでしょうか」」
「〜してもらっていいですか」「〜してもらってよろしいですか」「〜してもらってよろしいでしょうか」は、
あらゆる場面であらゆる業界で増殖中です。
本来「〜してください」「〜しないでください」というべき、相手の行動を促す場面で
「〜してもらっていいですか」が取って代わっているのです。
飲食店の店長がスタッフに「Bテーブルに運んでもらっていいですか」
中堅美容師が新人美容師に「〇〇さまのシャンプーをしてもらっていいですか」
言われたアルバイトスタッフも新人美容師も「わかりました」と言いつつ、どこかモヤモヤするでしょう。
仕事だから「〜してください」でいいのに、許可を求める不自然さから違和感が生じるのです。
そのうち、「〜してもらっていいですか」が何かを依頼したり促したりするときの
ありふれた丁寧な表現になる日がやってくるのでしょうか。
もしもそんな日が来たら、教師が生徒に
「宿題をしてきてもらっていいですか」
「これから皆さんに質問をします。答えてもらっていいですか」とでも言うのでしょうか。
どうかそんな日は来ないでもらいたいものです。
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