皆さんご無沙汰です。
色々と自身の中で格闘をしていましたが、7月下旬から8月にかけて被災地(岩手県)での復興支援業務に従事してきました。もちろん支援業務は現在進行形ですし長い目で見たら何年…いや何十年というスパンになることも十分に予想されます。
一時期のブームではなく、社会人・企業人として長い目で支援が出来るようなスキームを作れたら良いと思っております。
で、今回のタイトルについてですが…
昨日の余震で思い出したのが震災当日から数日間の行動とかを思いだすと、どうしてもカラーではなく鉛色のようなモノクローム写真のような光景になるんですよね。
計画停電の中の帰宅、混雑する電車、物資不足による買出し、余震と原発事故の中での業務 etc…
元来、メンタル部分に自信が無いのもあってか終わりの無い恐怖との戦いには弱い部分があるからかもしれませんね。まあそれでも復興に携わる仕事やら何やらで忙殺されるようになり、物資がある程度行き届くようになってからの記憶からは段々と「色」が戻ってきたので、多分精神的な余裕とリンクしているのかもしれませんね。
まだまだ東北3県の状況を自身の目で見たら落ち着いたなんて言えませんし、原発事故は収束なんて正直まだ言えない状況ですが、関東地方に住んでいる私が必要以上に落ち込んでも何もなりませんよね。
少しでも前を向いて歩いていきたいです。
取り急ぎ近況報告まで。
色々と自身の中で格闘をしていましたが、7月下旬から8月にかけて被災地(岩手県)での復興支援業務に従事してきました。もちろん支援業務は現在進行形ですし長い目で見たら何年…いや何十年というスパンになることも十分に予想されます。
一時期のブームではなく、社会人・企業人として長い目で支援が出来るようなスキームを作れたら良いと思っております。
で、今回のタイトルについてですが…
昨日の余震で思い出したのが震災当日から数日間の行動とかを思いだすと、どうしてもカラーではなく鉛色のようなモノクローム写真のような光景になるんですよね。
計画停電の中の帰宅、混雑する電車、物資不足による買出し、余震と原発事故の中での業務 etc…
元来、メンタル部分に自信が無いのもあってか終わりの無い恐怖との戦いには弱い部分があるからかもしれませんね。まあそれでも復興に携わる仕事やら何やらで忙殺されるようになり、物資がある程度行き届くようになってからの記憶からは段々と「色」が戻ってきたので、多分精神的な余裕とリンクしているのかもしれませんね。
まだまだ東北3県の状況を自身の目で見たら落ち着いたなんて言えませんし、原発事故は収束なんて正直まだ言えない状況ですが、関東地方に住んでいる私が必要以上に落ち込んでも何もなりませんよね。
少しでも前を向いて歩いていきたいです。
取り急ぎ近況報告まで。