御丁寧亭日乗

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やってます。

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父の容態は、日に日に悪くなって来ている。背中の癌が痛いので、ベッドで寝ることができず、椅子で仮眠を取ることが多い。その椅子も、痩せ過ぎのため長時間座っていることがしんどいということで、しっかりした低反発の座布団を買い与える。夜中、突然起きて来て、椅子に座りぼんやりしていることもある。胃の逆流というより、咳のし過ぎで吐いたりする、その上血も混じることも増えてきたようだ。「むくみ」も出てきた。参考にはならないが、「むくみ」はかなり進行した状態らしい。心配だが、どうにもならない。

緩和ケアの資料を読んだりしたが、ターミナル期で考えると、父があんまりにも早く「受容」の状態まで行っているので、参考にならない。しかし、実際痛みがヒドくなったり、肉体による死へのカウントダウンが始まると絶対に取り乱すであろう。ただ、取り乱しても大したことはないだろう、体力も精神もだいぶ削がれている状態だろうから。

姉がなかなか来ないことでやきもきしているようだ。ここのところ、誰が父をどう思っていたのか、非常に分り易い図ができていると感じる。また、人というのは、一人の死に対して、どういう形で関わって行くのかというのも見える。

私は、父の死を傍観することで、何かを学ぶことができる、そんな立場にあるのだなと思う。

とりあえず、心の平穏を得るために、私は『不機嫌なジーン』にハマっている。
良い役者も多いし、向田邦子賞を受賞しただけあって、脚本が面白い。
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 今となってはものすごくどうでも良いことだが「ガイガーカウンター」という言葉がとても好きで、漠然と欲しいなあと思ったり、夫に呟いてみたりしていた震災前。
 まあ原発諸問題については、平素から「あーどうしよっかなあ」という感じなのだが、どうにも息子の保育園の放射能対応が気になってしょうがないので、一応皆に聞いてみようと思っている。サンプルとして、以前同じ保育園に通わせていた1コ上の元ママ友(既に「ママ友」というカテゴリを超えて友人になっている)に聞くと「できることがあるならやった方がええよ」的な反応。そうだよなああぁ…。ここで面倒臭くなって思考停止するのはイカン、という風に思う。でも「原発問題」というとどうも政治的煽動がチラツイてしまうのはある、もちろん、今はそんなことを考えている場合ではない。
 まー、聞くだけ聞いての反応なので、その後はどうなるか不明。ただ、ある程度の声が集まることによってできるのは、市議とかに直接話を持って行ったり(役所に持って行ってもあんまり効果ないしな)、何らかの徒党を組むことで、抜本的でなくても多少の効果は期待できるかもしれん。せめて「任意・弁当所持許可」くらいは獲得したい。

 これは闘争だ!(少し本気)


 んで、父は普通だ。ただ、昨夜吐いていた。しかし、彼は胃癌の手術以降、よく吐くので(胃がほぼ無いので、食道から食べ物がよく逆流するのだ)、直接死に繋がるということではない。ただ、「吐いたものが詰まる」ことは、非常にキケンなので、ちょっと気をつけなければならない。窒息というのは相当苦しいらしいし、そんなことで穏やかな死を汚されるのは許されない!(酒が入っている時にブログなど更新するべきではない/!とか、翌日恥ずかしい“捻り言葉”などが無駄に増えるからである)昨日は、夫、息子と3人で家から30m程の銭湯へ行っていた。来週は中華街へ行こう、と言っている。せっかくこちらへ来たのだから、中華の美味しい店ぐらい行きたいと宣った。重慶飯店のランチだったら良いだろう。そうこう書いていると麻婆豆腐が食べたい。ラ・テンダ・ロッサへも連れて行こう。ポルチーニ茸が入っていれば良いが。お世話になっている社長のお陰で、美味い店だけは知っているし。あ、牛鍋も行かないとな…。
(続く)

Meetsの「横浜本」は、元大阪住みのワタシにとっては本当嬉しかった。
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先日より実家から父が来たる。
別にただ来た訳ではなく、父はもうすぐ死ぬらしいので、その最後の地として我が家にやって来たのだ。

3月11日以降、地震やら原発やらで思考停止した我が家は、その時私の実家に居た。夕方、病院から浮かない顔をして帰って来た父が、「背中が痛いのはどうも大変なことらしい」ということだった。父には、背中に大きな腫れがあった。
 4月5日、「家族で来て下さい」ということだったので、父、兄と私(姉は欠席)で地元の総合病院へ行き、主治医から話を聞く。肺癌のステージⅣで、肺はもとより、背中肩甲骨の腫れは癌細胞であるとのこと。更に肺リンパ節と副腎に転移しており、切除は不可能、抗がん剤の投与もできない状態だと言う。
 ということで、その後、いずれ寝たきりになるかもしれないし、とにかく「年単位で生きられないだろう」父を我が家に呼び暮らすこととなった。兄も姉もいる私だが、その話を聞いて何故か「我が家へ来て」と最初に言ったのは夫であった。変わった価値観の持ち主であるが、改めて良い夫だと思った。彼なりの色々はあるだろうが、彼はそういう人だ。ちなみに、父はちょうど10年前に胃がんを患っており、既に母と別離していた当時、学生であった私が父の身の回り全てを面倒看た。そんなこともあり、父の面倒を看ることは特に問題なかったのだが、それを夫が汲み取り積極的に誘導してくれたことは、本当に嬉しかった。もちろん、寝たきりを介護したいとか、偽善的な感じでの受け入れたい、という意識ではない。単純に親が、自分のすぐ側で死にゆくことが、何となく落ち着く気持ちがあったからだ。

そういえば10年前の一件以降、私に対する家族の対応が変わった。それまで末っ子の珍奇な社会活動ばかりで変わった子、という感じの扱いであった。しかし、亡き祖母が私を非常に頼りにするようになった。あの当時私は、何かの叙勲を賜ったようだった。祖母が女帝のように振る舞っていた我が家での、何の見返りもない地位であるが。あれは面白かった。

そして、父は火曜日からウチに居る。今日で4日目だ。父はいつも通り生きている。息子(孫1)と話をし、娘(孫2)の面倒を看てくれている。私が朝起きるとみそ汁ができている。夫は、まだ慣れていないようだ。多分、夫が一番慣れるのが遅いだろう。そこが心配なのだが。

まずは、何となく一日が平和に過ぎて欲しい、と、ダラダラ考えている。
ここも忘れないうちに、なるべく書こうと思う。でもいつも通り滞ってくれるだろうが。


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