コロナ禍の中でスポーツを含め様々なイベントが中止に追い込まれているが、その中でも特に注目を浴びたのが高校野球ではないだろうか。春の選抜大会に続き、夏の選手権も中止になってしまった。高校野球をやっていた身として、球児の絶望たるや想像を絶するが、各都道府県において独自の大会は何とか開催されることになり、多くの球児に集大成の場が与えられたことは本当に良かったと思う。甲子園を舞台にした小説は数多くあるが、今回は異色の小説を紹介したい。朝倉宏景『あめつちのうた』(講談社/1600円)である。なんと、甲子園を整備して、時に「神整備」としてファンの中では有名な阪神園芸株式会社という実在の会社が舞台の小説なのである。極度の運動音痴の雨宮大地は、家族への鬱屈を抱えながら東京から単身、阪神園芸へ就職し、希望通り甲子園球場の整備をすることになる。意外なストーリーも交えつつ、裏方と呼ばれる仕事をリアルに描きながら読ませる骨太の人間関係の物語だ。

 実在の会社が舞台の小説の次は、実在の人物の半生記を描いたフィクションを。歌川たいじ『バケモンの涙』(光文社/1500円)は、敗色の濃くなった太平洋戦争時の大阪が舞台。旧家の長女で国民学校の教師を勤めていた橘トシ子は、極度の食糧難で命を落とす子どもに心を痛めていた。そんな中、少ない燃料で大量の穀物が食べられるポン菓子の存在を知る。子どもたちを救うべくポン菓子製造機械を製造するため、単身、製鉄所のある北九州の八幡へ行く決心をする。これが実話なのが驚きなのだが、このとき橘トシ子(実在の人物の名は吉村利子)は19歳。現実は非常に厳しいのだが、軽やかな筆致で鮮やかに描きだし、終盤は志の高さに目頭が熱くなる。

 ちょっと異様で魅惑的な装丁の本である横田順彌『幻綺行 完全版』(竹書房文庫/1200円)も実在の人物をモデルにしているが、中身は完全な創作。ジャンルは“ハチャハチャSF”とも呼ばれる、ユーモアSFである。自転車世界一周旅行に挑んだ実在の中村春吉を主人公にした、破天荒、荒唐無稽、奇想天外、痛快無比な冒険譚だ。同行の雨宮志保、石峰省吾の造形も見事。初出は1989年の作品だが、今でも十分に楽しめる。雑誌掲載時の挿絵や日下三蔵の編者解説を含めて文字通りの完全版である。

 最後は新進気鋭の若手作家の傑作を。辻堂ゆめ『あの日の交換日記』(中央公論新社/1600円)は、様々な立場にある二人の交換日記からなる小説だ。例えば入院患者と見舞客。あるいは教師と児童。母と息子。加害者と被害者に上司と部下。一見、その関係性で交換日記なんてあり得ないと思われるが、七編の交換日記がある真相に繋がったとき、驚きの感動がおとずれるはずだ。各交換日記にもちょっとした仕掛けが施されているのでそれだけでも楽しめるが、最後まで読むとまた違った感想が味わえる稀有な作品である。
 

 新型コロナウイルスが再び猛威をふるっています。4月7日から5月の連休明けまでの非常事態宣言、様々な経済活動の自粛を経て、いったんは鎮静化したかと思われましたが、7月の中頃から再び感染者が増え始め、恐れていた“第二波”襲来の様相を呈している状況です。
 国や政府は、本来はオリンピックの日程調整のために祝日を移動して設けられた連休を機に、GoToキャンペーンで経済を活性化させるつもりでしたが、結局、感染者が急増した東京都を除外せざるを得なくなるなど中途半端になってしまいました。在宅ワーク7割を推奨しながら一方でGoToキャンペーンを展開するなど、ちぐはぐな印象は否めません。

 もはやここまで感染が拡大するとアフターコロナではなく、ウィズコロナを意識せざるを得ないと思います。厚生労働省でも「新しい生活様式」の実践例を公開していますが、今後はこういったことが新しい常識となっていくのでしょうか。また、感染拡大を防ぐために「ソーシャルディスタンス」なる言葉も広く認知されるようになりました。ただ、これは「社会的距離」=「社会的分断」をイメージしまうので、あまり推奨していないようです。とらなければいけないのは身体的、物理的な距離であり、「フィジカルディタンス」であるべきとのことです。
 ありとあらゆるイベントが中止に追い込まれ、スポーツも無観客や入場制限を余儀なくされている状況に心が痛むばかりですが、何はともあれ、仕事においても、生活においても、試行錯誤しながら感染予防に努めつつ対応していく必要がありそうです。

 事業者に対しても持続化給付金、雇用調整助成金やコロナ融資等々で対策は取られていますがとても十分とはいえない状況です。これまではサービス業で特に甚大な影響が出ていましたが徐々に製造業にも深刻な影響が出始めています。コロナ以前の状況に完全に戻ることは考えづらい状況ですので、経営者には非常に厳しい舵取りが求められますが、ぜひ将来的な経営環境を見据えて様々な判断をしていきたいものです。

 長い梅雨が明けたとたん、猛暑が続いています。マスク装着がマナーになった今年は例年に増して暑さ対策を十分にとり体調に配慮していかなければなりません。どうぞご自愛ください。
 

 外出自粛が続くなか、ステイホームを楽しむ手段のひとつとして本を読むことがある。読書好きな方はもちろん、今まであまり本を読んでこなかった方もぜひこれを機に読書をしてみたらいかがだろうか。

 今回は早見和真『ザ・ロイヤルファミリー』(新潮社/2000円)から。ひょんなことからワンマン社長の山王の秘書になった栗須。山王がのめりこんでいるのが競馬、それも馬主としての栄光だ。栗須が山王のために奔走するのが第一部。一方、山王の息子中条耕一は父親を知らずに育つが、同じく馬に魅せられていく。耕一と山王家の運命が交差していく第二部は圧巻だ。馬も夢も親から子、孫へと継承されていく、その歴史を垣間見ることができる。たくさん登場する競馬シーンもリアリティ抜群の興奮ものだし、競馬の知識がなくても十分楽しめる。ラスト1ページに託された夢を確かめてほしい。

 競馬の次は野球の歴史だ。日本に野球が普及し始めた頃、今では考えられないが朝日新聞による「野球害毒論」なる大キャンペーンが行われたのをご存じだろうか。木内昇『球道恋々』(新潮文庫/1000円)は史実をもとにして描かれた痛快長編だ。一高(現在の東大)野球部の窮地にコーチを託されたしがない業界紙編集長の銀平(現役時代は万年補欠)が、周囲の怪訝な顔をよそにどんどん野球に魅せられていく様が愛しい。こういう時代を経て今の野球があるのだ。

 小説を読む楽しさを味わうなら佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波文庫的/850円)が最適だ。最初はストーリーを追うのに少し戸惑うかもしれないが、読んでいるうちになんとなく繋がりがみえてくる。フィクションではあるが、もしかしたらこんなこともあり得るんじゃないかと思わせる構成の妙、語りの巧さといい、この物語の虜になること請け合いだ。長い年月の評価を得た古典しか収録されない「岩波文庫的」に刊行後三年足らずの本書が発売されたところからも、この本に対する信頼が見て取れる。マークや装丁の配色にも「岩波文庫的」な遊び心が加えられていたりするのだが、そんなところまで楽しめたりする、堂々の直木賞受賞作だ。

 少し学術的で知的好奇心を満たすような本がよければマーク・チャンギージー『ヒトの目、驚異の進化』(ハヤカワノンフィクション文庫/1060円)は超のつくおすすめ本だ。なぜ、人間の目は前方に二つあるのか。例えば、前と後ろに一つずつあったらどうだろうか。人間が他の動物と違いここまで進化したのは実は目によるところが大きいという。章立てだけみるとテレパシーや透視、未来予見、霊読という言葉が並んでいてトンデモ系の本かと思うが、国際的にも評価の高い科学的なエンタメ論文である。難解なところもあるが、そこは読み飛ばして問題ない(私もそうした)。驚くべき「常識」に出会えるだろう。まさに目からウロコ本。あなたに見えているのは本当にこの文字なのだろうか。実は見えないものが見えているかもしれないですよ。
 

 毎号この欄では3冊本を紹介させていただくことにしているが、その3冊を選ぶ作業は楽しくもあり苦労するときもある。今回はおすすめしたい本が多すぎて特に選ぶのに苦労し、泣く泣く4作品に絞った。選りすぐりの作品たちを紹介したい。 

 まず、翻訳モノにも関わらずとても読みやすく、ミステリとしても抜群の面白さなのがアンソニー・ホロヴィッツ『メインテーマは殺人』(創元推理文庫/1100円)。このコーナーで同じ著者の『カササギ殺人事件』を紹介したことがあるけれど、それに並ぶ傑作。資産家の老婦人が自らの葬儀の手配をしたその日に殺されてしまう。彼女は自ら殺されることを知っていたのか?という興味をそそられる導入部から、偏屈な元刑事ホーソーンが登場し、なんと著名な脚本家でもある著者本人が登場してワトソン役を務めるという凝りよう。もちろん謎解きとしても一級品の出来。イギリス本国ではシリーズとして作品が続いているようなので、今後も楽しみなシリーズの開幕である。

 スタジオジブリでアニメ化された「海がきこえる」で知られる氷室冴子の功績を讃えて創設された氷室冴子青春文学大賞の第1回受賞作 櫻井とりお『虹いろ図書館のへびおとこ』(河出書房新社/1200円)は、小さい頃から本に親しんでこられた方なら間違いなく楽しめる作品。転校先でいじめにあってしまう主人公が学校に行くふりをしてみつけた行先はおんぼろな図書館。そこでみどり色の司書と謎の少年とたくさんの本に出会う。その先には美しい感動のラストが待っている。

 少し読み応えがあって重厚で熱い小説がお好みなら川越宗一『熱源』(文藝春秋/1850円)がおすすめ。明治維新のあと、樺太(サハリン)でどういうことが行われていたのか。実在の人物で史実をもとにアイヌの闘いと冒険を描いた直木賞受賞作。「文明」という大義のもとに時代に翻弄された民族の葛藤。読了後、当時のアイヌのことがより知りたくなっていろいろ調べてしまった。

 その『熱源』と今回の直木賞を争った小川哲の出世作が文庫になった。山本周五郎賞と日本SF大賞を受賞している小川哲『ゲームの王国(上下)』(ハヤカワ文庫/各840円)がそれだ。単行本刊行時には、そのボリュームに慄いて読み逃していたのを猛烈に後悔した。
 後にポル・ポトと呼ばれることとなるサロト・サルの隠し子ソリヤと、貧村に生まれた神童ムイタック。1975年以降のカンボジアの歴史は秘密警察、恐怖政治、革命とあらゆる不条理が横行していた。そんな中、ソリヤとムイタックが運命に翻弄されるように邂逅する。重厚でありながら、奇妙な現象や超能力、ゲームの描写が面白く飽きさせない。そして特筆したいのが、本書下巻417頁からの著者あとがきだ。これは本を読む人には必読とさえ思える文章なのでこの作品が気になった方はぜひご一読されたい。もちろん本書の内容には触れていないので未読でも問題ない。最後に山本周五郎賞の荻原浩氏の本書選評が秀逸すぎるので引いておく。「見てきたようなホラを吹くのが小説家だとしたら、この作者は大ボラ吹きだ。つまり、凄い才能の持ち主ということだ。」

 本を読み終わったときに「面白かった」「感動した」「驚いた」などなど様々な感想を抱くのだが、たまに深く考えさせられ、やるせない思いになる本がある。凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社/1500円)もそんな1冊だ。あらすじを説明するのは難しい。単にストーリーを紹介しただけではこの本の特徴は伝えられないだろう。むしろ敬遠してしまう向きもあるかもしれない。
 9歳の少女、更紗は複雑な理由で伯母の家に預けられる。その家で居場所のなかった更紗は公園にいた大学生の文の家に行くことになる。男子大学生と少女の奇妙な共同生活が始まるが、やがてその生活も警察により文が逮捕されることで終わる…。おそらくこのあらすじとその後の展開は想像できるものではないだろう。かと言って「驚きの展開」が用意されているわけでもない。淡々としているようで、深い。帯の惹句「せっかくの善意を、わたしは捨てていく。そんなものでは、わたしはかけらも救われない。」が読了後、胸に響く。

 2013年7月、山口県のわずか12人が暮らす限界集落で5人が殺害され、放火される事件があった。逮捕された同じ集落に暮らす犯人の家には「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という不気味な貼り紙があった。高橋ユキ『つけびの村』(晶文社/1600円)は、裁判傍聴ライターが遺族やその集落を取材して事件の真相に迫るルポタージュである。
 2017年に取材した前半部と2019年に取材した後半部の二部構成になっているが、やはり興味深いのは後半部だ。お蔵入りかと思われた前半部に思わぬ形で光があたり、後半部が執筆された経緯は本書をあたっていただければと思うが、単に「精神に異常をきたした者の犯行」と片付けるにはあまりまる村の実像が見え隠れしている。「噂が5人を殺したのか?」という副題に込められた意味は深い。

 天才・筒井康隆の世紀の奇書が37年ぶりに復刊!というわけで最後に紹介するのは筒井康隆『定本 バブリング創世記』(徳間文庫/730円)。「ドンドンはドンドコの父なり。ドンドンの子ドンドコ、ドンドコドンを生み、ドンドコドン、ドコドンドンドンとドンタカタを生む。ドンタカタ、ドカタンタンを生めり。ドンタカタ…」奇想天外なパロディ聖書として世間を驚愕させた(?)表題作のほか、大真面目にふざけている(?)作品の数々、全十篇を収録。書下ろしの自作解説もついている完全版だ。「裏小倉」も本当にすごい(くだらない)し、傑作と名高くテレビ番組「世にも奇妙な物語」でドラマ化された「鍵」という逸品もある。気になる方はぜひ手に取ってみるべし。ハマるか投げ捨てるか、どちらかだ。