乙津枯様 と 五九朗さん

乙津枯様 と 五九朗さん

今日も一日お疲れさまでした。
 今日は新鮮なのがあがってますよ!風呂上がりにでも一息つきながら見ていってください。

疲れたときはしっかりと休む。けれど僕らはときどき、自分がどれくらい疲れているかわからないでいる。だからそんなことにならないように、ときにはこうして空を見上げてその景色に感動できるかどうかを診るといい。空を見て、晴れていようが曇りだろうが気分がすうっと軽くなれたらラッキーだし。その時々でいろいろな自分の気持ちがみえる、名前のない空を見上げよう。

Amebaでブログを始めよう!

オツカレ様 と ゴクロウさん

第一話 五九朗 と 長介

 今から昔、それほど遠くない頃、富士山が見下ろす山間の村にひとりの男が現れました。
 
 その村は、大きな湖の周りに集落が複数 集まり、人々は大層平穏な暮らしをしていました。
 
 村の長の家は乙津枯家といい、代々この村の産業を護り、村と共に栄えてきた一族です。
 
 家長の長介は齢85歳にして武芸の達人でもあり、いまだに村の中で諍いが起こると腕力で鎮め、黙らせた後で双方の意見に耳を傾け、皆が納得のいく采配をとる。そんな豪傑な老人で、長です。
 
 そんな長のいる村に、流れ着いたその男。名を五九朗といいました。
 
 五九朗はどうやら都会の方で何かをやらかし、そうして逃げるようにこの地へと渡りついたようです。持っているものは小さなバックが一つだけ。着ている者は、茶色の古びた皮のジャケットに、白いティーシャツ、黒のジーンズ、それとボロボロの革靴。なんともちぐはぐな服装です。
 
 年齢はまだ十代でしょうか、ずいぶんと若い風体なのにも関わらず、すさんだ目をしています。いったい都会で何をしてきたら、まだ十代のうちにこれほどまで人相が悪くなるのでしょう。
 
 そんな様子の五九朗ですから、もともと村の外の者には慎重な姿勢の村民たち、声もかけず目も合わせません。
 
 村の入り口にある、農産物の販売所を経営している主が、あわてて家の電話を使い村長へと連絡を入れたくらいです。
 
 五九朗の歩く道すがら、すれ違う村人たちは怯えたようにすーっと距離をとり、そうして暫く行った先で振り返ってコソコソと噂をしていきます。
 
 そんなことが何回か続いたころ、すれ違った村民に振り返り、五九朗がこう話しかけました。
 
 「あんだよ?何がそんなに珍しいんだ?」
 
 その言い方は、つとめて冷静でいようとしながらもなんとかようやっと怒りを抑えている……。そんな感じに村人には感じられたようです。話しかけられた村人の二人は、驚いて悲鳴をあげ、走り出して逃げてしまいました。
 
 「……なんだってんだ……」
 
 残された五九朗はキョトンとした顔で、逃げていった村人たちの背を眺めていました。
 
 すると、そんな五九朗の頭に、突然ゴツンと大きな響きと共に、強い痛みが走りました。
 
 「っつ!いってえぇぇぇぇ!」
 
 あまりの痛みに頭頂部を両手で抑えて、五九朗はその場にしゃがみこんでしまいました。するとその頭上から、凄みのある声が聞こえました。
 
 「うちの連中に何か恨みでもあるのか、小僧」
 
 頭頂部を抑え、座り込んだまま、涙目になっている五九朗に向けて、声は続きます。
 
 「無用の諍いを起こそうと言うのであれば、村長であるこの私が相手になるが、どうする?」
 
 声の主はどうやら村長の長介のようです。まるでそこらに転がる冷えた溶岩のようなこぶしを握り締めて、五九朗の背後に仁王立ちしています。
 
 「な、なんだよ……。俺はただ、声をかけただけじゃねえか……」
 
 ようやく、五九朗がそう答えました。
 
 「ふん。ただ声をかけただけで、あのように脱兎のごとく逃げ出すものか」
 
 「しらねえよ!俺は本当にただ声をかけただけだっ、て……」
 
 言いながら五九朗は振り返り、文句をつけてやろうと思いながら立ち上がって見てみると、長介の背は2メートル近くあり、170センチほどの五九朗には見上げることしかできません。
 
 「……で、でかいな、爺さん……」
 
 「バカモン!初対面の高齢者に対してなんという口の利き方だ!」
 
 そう長介は言い放つと、再び拳が五九朗の頭頂部にゴン!と音をたてて落されました。
 
 「ぃってぇぇぇぇって!それ、暴力だろ!って、痛てぇぇぇ」
 
 再びしゃがみこんだ五九朗の様子を、長介はじーっと眺めています。見られている五九朗の方はと言えば、先程までと同じように頭を両手で抱えるように包み、痛みを我慢しているようです。
 
 「……それほど痛くはなかろうに。大袈裟な芝居じゃのう……」
 
 ぽつり、と長介がそう漏らします。
 
 「!?」
 
 言われた五九朗はというと、しゃがみこんだまま驚いたように長介を見上げ、目を見開きました。
 
 「……お主、芸人くずれか、役者くずれか?」
 
 長介がそう五九朗にたずねると
 
 「お、……おう。役者やってた。ぶ、舞台だ。テレビや映画みたいなミーハーなもんじゃねえ」
 
 「ふん。よりにもよって、か。下らん。大成したところでたいして食えもしない舞台役者など、何を好き好んで目指そうと思った?」
 
 「……知らねえよ。成り行きだ……」
 
 「……ふん。ならばなんで、はじめて間もないだろうに、こんな所まで逃げて来た」
 
 「……知らねえよ!」
 
 五九朗はそう答えると、その場にうずくまるように座り込みました。
 
 「どっちも成り行きだ!俺がそうしたいと思ってこうなったわけじゃねえ!周りの連中が俺のことを、散々に扱うからこうなっただけだ!」
 
 そう強く言うと、五九朗は膝を抱えるように座りなおし、顔を膝にうずめてしまいました。
 
 その様子を見ていた長介は、しばらく考えるような様子で首を傾げると、次いで何を思いついたのか、右手のこぶしをポンと、左手に打ち付け、そうしてこう言いました。
 
 「小僧、うちへ来い。ちょっとだけ頼みがある。その頼みを聞いてくれたら、報酬に金を出そう。それと飯と酒もだ。……と、酒はまだ早いか?」
 
 「……19」
 
 「なんぞ?」
 
 「だから、俺はまだ19だって。酒はまだ飲めねえ……。飲むと、頭痛くなって吐くから、嫌いだ……」
 
 「……なんじゃ、飲んだことがあるような言い草じゃな……」
 
 「飲まされたんだよ!事務所の連中に!まだ未成年だって言ってるのに無理やりに……」
 
 「ほう、そうか。ならば酒はなし、代わりに……何がいい?」
 
 少しだけ呆れたような、けれど先程までよりもずっと優しい顔で、長介は五九朗にそう尋ねました。
 
 「……そんなら……おはぎ、あるか?」
 
 「おはぎかぁ……。あれは夏場にこさえて食うものだからなぁ。しかし、まあ、嫁や娘らに頼めばなんとかはなるかもしれん」
 
 「……粒あんが、いい」
 
 五九朗は膝に顔をうずめたまま、そう続けます。するとそれを聞いた長介は、声をたてて笑いはじめました。
 
 「わははははははははは!粒あん派か。これはいい。これで、言い負かされることなく粒あんのおはぎや大福が食えそうじゃ」
 
 そう言ってまだ笑う長介を、五九朗は少しだけ顔をあげて見上げました。
 
 「しかし粒あんか。あはははははは。なんの因果かのう。わはははははは」
 
 こうして、この村にはじめて訪れた、韮咲 五九朗 は、乙津枯 長介 の家に厄介になることとなりました。
 
 これからいったい何が起きていくのか?それはこの先のお楽しみと相成ります。
 
第一話 五九朗 と 長介

 

若かりし日の乙津枯 長介

若かりし日の 乙津枯 長介