昨年の10月に始まったイスラエルとハマスとの戦闘は、ハマス排除のためにイスラエル軍がガザ地区を壊滅させる様相となってきている。

 この戦争が起こったとき、レヴィットは完全に虚脱状態に陥った。しかし音楽家にできることは音楽を奏でることだと思い直し、急遽このアルバムを制作した。ただしユダヤ人としての彼の立場はあくまでイスラエル側だ。本アルバムの収益は反セミティズムに曝された人々の支援および若者を反セミティズムに陥ることから守るベルリンの団体に贈られるという。

 だがいまガザで起こっていることは、反セミティズムではない。ハマスが行ったのは、十数年にわたってガザ地区を封鎖し、パレスティナ人の生活をじわじわと絞め殺してきたイスラエルへの報復である。もちろん顧みれば鶏が先か卵が先か状態に陥るのがパレスティナ問題の解決困難さだ。ハマスの脅威を根絶しようとすれば、中途半端では終われないというのが今のイスラエルの立ち位置だろうが、それでハマスがいなくなっても、ガザ地区に行った仕打ちは新たなハマスを生む。

 レヴィットがメンデルスゾーンを取り上げたのは、われらがフェリックスがユダヤ人だからだろうか。しかし音楽は素晴らしい。メンデルスゾーンの《無言歌集》なんて曲数も多いし、まるで聴いたことがなかったが、心を打つ。いや心に染みる。すべての「反」を癒して欲しい。

 《無言歌》を14曲選り出したあとレヴィットはアルカンを添える。《海辺の狂女の歌》。アルカンもユダヤ人だ。感情がすべてすべり落ちて、凍て付いていくような恐ろしい音楽。わたしはガザの海岸で肉親を殺されて狂ったように泣き叫ぶパレスティナ人の幻影を見る。

 なんと心癒され、やりきれないディスクであることか。