だいぶ前にコメントをいただきましたが、「本門戒壇の大御本尊を受持の対象としない」という宣言は、大きな衝撃でした。

創価学会創立以来の大方針を一大転換したことになりますからね。

「大きな衝撃」という表現を使いましたが「ショックを受けた」ということではなく、何の前触れもなく突然の発表だったので驚いたという感じです。

いや、任用試験の内容も徐々に変化してきていたので、まったく前触れが無かったわけでもないですかね。

いずれにしても「いよいよ発表したのか」という興奮とともに、原田会長の発表を読み、自分としては、逆にすっきりしたというのが正直な感想です。

私は、青年部時代に森中教学部長に質問したことがあります。

十数年前なので細かい内容は再現できませんが以下のような趣旨です。

「我々は、もう大石寺に行くことはできず、大御本尊を拝むこともできません。大御本尊が後世の偽作であるという話も昔からあります。創価学会として、もう拝むことができない大御本尊と決別するという方向性は、考えられるでしょうか?」と。

これに対して教学部長は、「あなたは、どう思いますが?」と答えられ、私が「難しい問題で結論は出ていません」と言うと、「そういうことです」と一言だけ答えられました。

そんな経緯があったため、原田会長の発表に興奮し、「いよいよか」との思いを強くしたのです。

ブログを休止してから約1年後に壮年部に進出しました。

壮年部では、良くも悪くもマイペースを貫いてきたと言えます。

青年部時代から継続していることと言えば、朝晩の勤行後の御書拝読くらいでしょうか。

「Tommyのブログ」さんが作成してくれている昔の御書講義集を読みながらの拝読であり、

老眼も進んだことから遅々として進みませんが、これからも継続していきます。

しかし、昔の講義集を読むと、今の学会教学とだいぶ違うことがよく分かります。

創価大学の宮田教授の論文なども興味深く拝見していますが、歴史学や宗教学の

観点からも学会教学が見直される時がきているようです。

宗門と別れてから、創価学会公式のものだけでなく個人の方からも教学的観点の様々な

出版物が出されるようになり、自由に教学が論じられる時代になりました。

本当に素晴らしいことだと思います。

当ブログを更新しなくなってから、早いもので9年が経ちました。

今でも創価学会の壮年部として信心に取り組んでいます。

この9年間で創価学会を取り巻く環境は、だいぶ変わりましたね。

1月5日にいただいたコメントにもある通り、創価学会は、会則改正により

大きく舵を切りました。

また、元本部職員3人組などのように池田先生を師匠と仰ぎながら、

創価学会執行部に戦いを挑む人たちも現れました。

同じ師匠を持ちながらも分裂していく様は、日蓮系宗派の運命でしょうか?

というよりも、世界中の宗教、あらゆる組織において分裂が繰り返されてきたことを思えば、

当たり前のことかも知れません。

昔に比べれば更新頻度は低いと思いますが、時折、更新したいと思います。

今年は、壮年部に行くだろうと思っていましたが、壮年進出は、私の地域では全面凍結。私自身は、思いもしない立場を受けることになり、青年部最後の戦いに突入しました。副役職のまま男子部生活を終えると思っていましたが、そうはいかなかったようです。もう今年で40歳になるんですけどね。(笑)

誠に勝手ながら、毎朝御書及び教学関連の記事は、しばらくお休みとさせていただきます。復活するかどうかは、来年の夏以降に壮年部に進出できた時に考えたいと思います。そんなわけで、しばらくブログの更新は滞ってしまうと思いますが、今後も御書根本の姿勢で信行学に取り組んでいくことに変わりありません。


ともあれ、大聖人の仏法を、また創価三代の思想を学び尽くすには、人生は短すぎると感じています。

「譬(たと)えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこびて今一日に成りて歩(あゆみ)をさしをきては何として都の月をば詠(なが)め候べき、何としても此の経の心をしれる僧に近づき弥(いよいよ)法の道理を聴聞(ちょうもん)して信心の歩を運ぶべし。」

P1440 新池御書)


「此の経の心をしれる僧」とは、日蓮大聖人のことであり、御書に肉薄していくことによって、信心を磨くことができます。また、現代で言えば、御書を身で読み、不惜身命で広宣流布を進めてきた創価三代なかんずく池田先生が「此の経の心をしれる僧」と言えます。

臨終のその時まで師匠を求め抜くことによって、来世もまた創価三代の師匠にめぐり会えるのではないでしょうか。

共々に仏法探求の歩みを止めずに突き進んでまいりましょう。

今まで、いろいろとありがとうございました。

法華講員との対話の番外編を紹介します。
私が、「御本尊には三十二相も心法も具わっているので開眼供養する必要はありませんよ」と御書を通して教えてあげたことに対して、彼らは、以下のように難癖をつけてきました。
「だったら、あなたの家の御本尊をコピーして、それが御本尊になるなら、どんどん作っちゃえば良いじゃないですか。何故、やらないんですか?」との難癖です。私が「自分の御本尊を実際にコピーしてる学会員なんていないのに、そんな話をしても意味ないでしょ。」と説明しても執拗に迫ってきます。御書では太刀打ちできないので、ここは一歩も引けないという感じでしょうか?
聞く耳持たない輩でしたが、誠意を持って回答させてもらいました。
「創価学会では、御本尊のことは会長に権限があると規定されています。ですから、一会員が勝手に御本尊をコピーして配ったりするのは、創価学会という和合僧の規律を破る破和合僧になるから謗法であり、誰もコピーなんてしないのですよ」と。
それでも、ごちゃごちゃ言ってきたので、こちらから逆に質問させてもらいました。
「それでは、あなたの家にある御本尊をコンビニでコピーして、そのコピーした御本尊に対して、法主に開眼供養してもらったら、御本尊になるんですか?」と。それに対する法華講員の回答は以下のとおりです。
「私たちは、自分の御本尊をコピーなどしません。そんな“仮の話”をしないでくださいよ。」
これを聞いて、皆さんは、どう思うでしょうか?
彼は、真剣な顔をしていたので、冗談ではなさそうです。さんざん、私に対して“仮の話”をしておきながら、自分が同じ内容で詰められると上記のような回答を平気でする。日顕宗など、所詮こんなレベルで、誠意もへったくれもありません。ちなみに彼は妙観講です。私の経験ですが、純粋な法華講員の方がもう少し、まともなように思います。
いずれにしても私たちは、これからも堂々と正論を語っていきます。御本尊を蔑む輩を許すわけにはいきませんから。

本日の御書です。

「日蓮又ほうじがたし、しかれども又返すべきにあらず此の帷(かたびら)をきて日天の御前にして此の子細を申し上げば定めて釈梵諸天しろしめすべし、帷は一なれども十方の諸天此れをしり給うべし」

(P968富木殿御返事)


富木殿からの帷のご供養に大聖人も報いることができないと仰せになります。しかし、せっかくのご供養なので、返すべきではないと言われながら、日天に対して、この帷のご供養にまつわる子細を申し上げ、全ての諸天善神に知れ渡らせると仰せになります。事実、この帷は、富木殿のお母さまが丹精込めて作られたものでした。帷一つであっても大聖人にとっては、その奥底にある門下の思い、ご供養の精神を知るのに十分だったことでしょう。これが御本仏の大慈大悲の御心です。
残念なことに、日顕宗には、もはやその精神は全く流れていません。
創価学会も、この大聖人の御精神を絶対に忘れてはなりませんね。

本日の御書です。

「仏返して告げて云く「汝が身をば誰か生みしぞや汝が母これを生む此の袈裟の恩報じぬべし」」(P968富木殿御返事)


比丘の問い掛けに対して、仏は次のように答えられます。「あなたを誰が生んでくれたのだ。あなたの母が生んでくれたのではないのか。であるならば、この袈裟のご供養は母に報いるべきであろう」と。
差別的な思想をくつがえし、恩に報いる生き方、道理を教えられます。
本来のご供養の精神とは、このように恩に報いる心から生まれてくるのでしょう。

本日の御書です。

「此の比丘、仏に云く「仏は此れ三界の中第一の特尊なり一切衆生の眼目にてをはす、設い十方世界を覆う衣なりとも大地にしく袈裟なりとも能く報じ給うべし、我が母は無智なる事、牛のごとし羊よりもはかなしいかでか袈裟の信施をほうぜん」と云云」(P968富木殿御返事)


尊い仏に供養すればこそ報いられるのであり、牛のように無智で、羊よりもはかない母に供養すべきとは、どういうことでしょうか?という比丘の問い掛けです。これが当時の常識的な考え方だったのでしょう。あまりにも差別的で悲しい発言ですね。創価学会が財務を始めた頃、宗門も同じような感覚で学会に対して「在家の団体が供養を集めるのは、けしからん」と批判したようです。浅はかで冷たい差別思想に凝り固まった宗団が日顕宗だと言えます。

本日の御書です。

「仏云く「袈裟はこれ三世の諸仏・解脱の法衣なり、このあたひをば我ほうじがたし」と辞退しましまししかば此の比丘申すは「この袈裟あたひをば、いかんがせん」と申しけれ」(P968富木殿御返事)


比丘が袈裟を売ってご供養しようとしたことに対し、仏は、「袈裟は、解脱のための大切な法衣であり、このご供養に報いることができません」とご供養を辞退しました。それに対して比丘は、「しかし、この袈裟を売って得たお金をどうすれば宜しいでしょうか?」と問いかけます。
果たして、仏はどのように答えられるでしょうか?


「仏の云く「汝悲母有りや不や」答えて云く「有り」仏云く「此の袈裟をば汝母に供養すべし」」(P968富木殿御返事)


仏は、言いました。「あなたにお母様はいらっしゃいますか?」
比丘は答えます。「はい。おります。」
それに対して仏は次のように仰せになります。
「ならば、この袈裟は、あなたのお母様に供養しなさい」と。
袈裟を売って得た尊いお金を誰に供養すべきかという話しが続きますが、仏ではなく、母に供養しなさいという仏の言葉に比丘は、大変驚いたようです。

本日の御書です。

「夫れ仏弟子の中、比丘一人はんべり、飢饉(ききん)の世に仏の御時事かけて候いければ比丘袈裟(けさ)をうて其のあたいを仏に奉る」

(P968富木殿御返事)


大聖人は、富木殿からご供養をいただいたお返しに、一人の比丘(僧侶)の物語を語られます。
その比丘は、飢饉で仏に供養するものが無かったため、自身の袈裟を売って、そのお金を仏に供養しようとしました。
ご供養の精神、また、ご供養を受ける側の御心に触れることができる御書ですので、数回に分けて、仏と比丘のやり取りを確認していきたいと思います。