シングルマザーのルートの母杏子は、事故の後遺症で記憶が80分しかもたないという数学博士の家政婦となる。彼女に幼い息子がいることを知った博士は、放課後は家へ来るようにいう。博士と杏子、ルートは次第に距離を縮めていくのだが…。
小川洋子原作のベストセラー小説の映画化。80分しか記憶が持たない数学者の博士と、その家政婦、家政婦の息子、そして数学者の義姉。その登場人物たちが、小川洋子の作る小さな小さな世界の中でとても輝いて存在している、不思議な物語。日常生活の中に埋もれている数字がつなぐ、思いもよらない糸に心が癒される作品だ。
監督の小泉堯史は、原作の持つ空気、世界観を見事に映像化した。それは原作ファンの期待を裏切らない出来である。そして、原作とのある大きな違い、これがこの作品を成功に導いている。それは、吉岡秀隆演じる数学教師ルート先生の創作である。映画は彼の数学の授業からはじまる。そこで彼は、自分の名前の由来を語りながら、数字の持つ美しさ、数式の表す奇跡を伝えはじめるのである。これが、生徒だけでなく、我々観客を数字がいざなう世界へ、違和感を覚えることなく連れていってくれるのだ。
この映画は人間の優しさと思いやりに満ちている。幼いルートを一人にできず、家へ通わせる博士、博士が何度同じことを言っても、その話聞いたよ、と言わないようにしようねと約束する杏子とルート、罪の意識に苛まれ、杏子に嫉妬しながらも博士のため二人を受け入れる義姉。それぞれがお互いを思いやって、博士の暖かな世界は築かれていくのである。
2005(日本)
監督 小泉堯史
出演 寺尾聰
深津絵里
吉岡秀隆
浅丘ルリ子