【蓬莱学園の密林】最終話へ

「すいません。起きていただけませんか」
肩を優しく揺すられて目が覚める。
さすがに疲労が溜まっていたのだろう。いつの間にか寝ていたようだ。ともすればまた眠りに落ちそうになる意識を、頭を振ってはっきりさせる。
いつの間にかヘリは何処かに着陸したようだ。既にエンジンの音も止まっている。
「お疲れでしょう。休憩室を用意してありますから、そこでお休み下さい」
起こしてくれたのは、どうやら風紀委員のようだ。その腕に腕章が見える。
委員長の姿は、見えない。沢田は、ナオミに連行されて扉の向こうへ消えていくのが見えた。他には数人の生徒がバタバタと忙しそうに走り回っている。
どうやら、ここはどうやら委員会センターの屋上ヘリポートのようだ。

「気遣いありがとうございます。委員長は何処に?さっき向こうへ行ったナオミや沢田は?」
委員に手を引かれて屋上へと降り立ちながら質問する新に、風紀委員が答える。
「ええと、委員長は部隊を連れてすぐヘリで弓美島へ向かいましたよ。なんかものものしい雰囲気だったなあ。ナオミさんは、たそペンのメンバーを補習個室に連れていくって言ってました。後でまたすぐ来るそうです」
「そうですが、迅速な対処ですね。しかし、近代兵器の効かない場所で、一体どうするつもりなのでしょうね。まあ、委員長はともかくとして。私達にはまだ休息が必要なようです。案内お願いします」
「はい。こちらになります」

風紀委員に案内された休憩室、そこは休憩室とは名ばかりの、ホテル並みに設備の整った部屋だった。キッチンやバスルーム、トイレを始め生活に必要な設備は全て整っており、この部屋で暮らす事も十分可能だろう。寝室に至っては複数部屋有るようだ。
「ここならゆっくり休めそうですね。ありがとうございます。ああ、ナオミが来たら起こしてください」
と、その部屋に着くなり、さっさとベッドの上の布団を部屋の出入り口まで運び、そこで布団にくるまって丸くなる。
くぅくぅ。直ぐに寝息が聞こえてくる。どうやら、そのまま寝てしまったようだ。何故ベッドではなく、わざわざそんな所で。
やれやれ、仕方ないな。密林から無事に戻って来られた事に、ホッと安堵のため息をこぼしつつ、床で丸くなって眠る新のくるまっている布団を整えて、頭を枕に乗せてやる狐斗。
さて、寝る前にご飯の準備だけでもしておくか。疲れも取れるよう、精のつく料理が良いかな。そう考えながらキッチンへ向かう途中、気付いた。服も手も、髪も埃と泥にまみれている。考えてみれば丸二日も密林に籠もっていたんだから当然と言えば当然か。
うん、そうだな。こんな状態で料理はするものではないな。まずは…。
「悪いけど、先にシャワー借りるよ」
起きている千尋と真啓、染井へと告げ、バスルームへと足を運ぶ。
しばらくして、閉じられた扉の向こうから心地よさそうなシャワーの音が聞こえてきた。

そんな二人の様子を見ながら、やっと帰ってきたと、蓮水兄妹も安堵のため息を吐く。
「シャワーは狐斗ちゃんが使ってるけど、とりあえずは着替えてきたらどうだ?」
そう言いながら、部屋に有ったパソコンを立ち上げる真啓。
「そうですね。まずは人心地付けましょうか」
シャワーで身を清めなくても、汚れた服を着替えるだけでずいぶん変るだろう。別室に入っていく千尋。それを眺めながら、真啓は自分宛のメールを確認する。
…ダダダダダ。
しばらく待たされた後、大量のメールがメールボックスに溜まっていく。その膨大な量は、とてもじゃないがすぐに全てを確認するのは無理だ。
そう判断した真啓は、取りあえず寝る事にした。とりあえず、色々するのは疲れを取った後だ。幸い休憩室と言いながら、部屋数は十分だ。寝室の一つを借りる事にして、簡単に着替えベッドに横たわると、眠りはすぐに訪れた。
簡単に身を清めた千尋が部屋に戻ると、パソコンが閉じられ、真啓の姿が消えていた。その代わり、別室の僅かに開いた扉から灯りが漏れている。
「兄様?もう、仕方ありませんわね」
部屋を覗くと、真啓がベッドの上で布団も掛けず眠っていた。そんな兄にそっと布団を掛けて、静かに部屋を出る。兄を起こさないようにそっと静かに。
そして、もう一つの寝室に入った千尋は鞄から手入れセットを取り出し、愛刀寒椿の手入れを始めた。
「いくら疲れているとはいえ、手入れを怠っては師匠に頂いた寒椿に申し訳ないですわ」
疲れているとは思えない集中力で、黙々と手入れに励む。そして、手入れの終わった寒椿を光に掲げ、その姿を確認する。問題ない、次も、きっと力になってくれるだろう。傷も汚れもない美しい刃。
頼みますよ。そう心の中で語りかけ、寒椿を鞘に戻した直後。ベッドに横たった体と意識は、深い眠りについた。緊張を解き、疲れを癒やす為に。

狐斗がシャワーから上がると、部屋は静まりかえっていた。どうやらみんな、思い思いの場所で眠りに就いているようだ。
さすがに、移動中寝てたくらいじゃ疲れは取れないよな。狐斗自身も、疲れが重く溜まっている。しかし、眠る前にやる事はやっておかないとな。
そう呟いて、料理の下準備をする為にキッチンへと赴く狐斗。大きな冷蔵庫の中には、様々な、大量の食材が揃っていた。これなら、家庭料理はもちろん、フレンチや中華も、何でも作れそうだ。
間違いなく委員長の仕業だろう。まったく、妙な所で気が利くヤツだ。苦笑しながら、その中から幾つかの食材を見繕い、手早く刻む。
レストランの厨房を思わせる大鍋に、下拵えされた食材がスープと共に入っている。これであらかたの準備は出来た。後は、起きてからでも大丈夫だろう。鍋にタイマーをセットして、キッチンを出る。
部屋に戻った狐斗は、壁に立てかけておいた月詠を手に取り、手入れを始めた。
色々無理させちゃったな。弦も丁寧に張り替えて、骸骨兵相手に、カラス相手に、頑張ってくれた愛弓を愛おしげに一撫でする狐斗の視界が徐々にぼやける。
さすがに…疲れたなぁ…。やっぱ狩りとは違うや。何も考えずゆっくり休みたいけど…あんまり悠長にもしてられない…か…。まだやることは沢山…残ってるし…、今回の件が終わったら終わったでアイツ…の…望月の……こと…も…。
朧気になる意識の中、そう考えながら、狐斗の意識も深い深淵へ、眠りの淵へと沈んでいった。


コンコン。
軽いノックの音と共に扉が開く。
「すまん、入るぞ。委員長がもどっ…!」
返事を待たずに入ってきたナオミは、扉の脇で寝ていた新を発見し、ビクッと身を震わせる。
何でこんな所で。怪訝な顔をしてため息を吐く。
「…。すまないが、みんな起きてくれないか?」
ナオミの言葉に、気怠げながらも体を起こす一同。
「起こして済まないな。委員長が戻って来たんだ。5時から対策会議をやるので、できれば出席してもらえると助かる」
そう告げるナオミの言葉に、壁の時計を見る。
3時23分。
どうやら予想外にぐっすり寝てしまっていたようだ。
「5時前にまた迎えに来る。それまで準備していてくれ」
それだけ告げて、ナオミは静かに、そっと扉を閉めて出て行く。
どうやら気を遣われたらしい。
5時か。まだ少し時間がある。新と千尋、染井は順にシャワーを浴びる事にした。

バスルームへと入る新を見ながら、狐斗は大きく伸びをしてキッチンへと向かう。
うん、寝かけの頭で作ったにしては上出来だ。鍋の具合を確かめ、普段と何の遜色もない、とまではさすがにいかないが、十分に美味しくできているミネストローネを温め直し、トースターにパンを放り込む。
さて、その間に。フライパンを熱し、卵とベーコンを焼く。
三人がシャワーから上がる頃には、テーブルの上には(時間的には朝ではないが)朝食が美味しそうな湯気を立てて並べられていた。
「さぁ、みんな揃ったことだし、委員長のトコへ行く前に腹ごしらえしとかなきゃね。ああ、お代わりは沢山あるから遠慮するなよ」
そう言いながら狐斗が示した先には、ちょっとしたレストランなら賄えそうな大鍋が、暖かな、美味しそうな湯気を立てていた。一体何人前作ったのだろう。それは謎だが、どうやらお代りは必須らしい事は確かだ。もっとも、全員お代りした所で果たして食べきれるだろうか。非常に疑問だった。

「それにしてもすごい量ですね…」
みんなで美味しい食事を取りながらも、食べきれるかなぁという顔で大鍋を振り返る染井。
「あれ?」
その視線の先で、美味しそうな湯気を立てているはずの大鍋は、既に湯気を立てていない。
おかしいなあ。そんなにすぐ冷めるはず無いのに。染井が不思議に思っていると、それまで一言も喋らずにもっきゅもっきゅと食事をしていた新が空になった器を差し出してくる。
「あ、はい。お代わりですね」
染井は疑問が解けないまま、新から器を受け取って、大鍋に向かう。
大鍋に近付くにつれ感じるのはおいしそうな料理の香り…ではなく、なにやら不思議な音。
何の音だろ?何かの鳴き声?でもそんな音が鍋からするはずないし。
その不思議な音に、ますます首を傾げる染井。しばらく眺めていると、その音が時折大きくなる。
間違いない。この鍋の中から、変な音が聞こえる。ナニカが居る。
恐る恐る大鍋を覗きこむと…
そこには湯気を立てるおいしそうな料理…は既に無く。
空っぽになった鍋の中で、
「美味しいにゃー。満足にゃー。お代りにゃー」
と寝言を言いながら、すやすやと満足そうな寝息を鍋に反響させながら丸まって寝ているみおの姿。
「つ、月代先輩!?」
一気に眠気も飛んだような染井の大声が休憩室に響き渡った。

驚きにいっぱいになった染井の顔が、次の瞬間には喜びでくしゃくしゃになる。泣きながらみおを引っ張り出して、ぎゅーっとハグする。
「月代先輩ー!無事で嬉しいです!良かった、もう会えないんじゃないかと思いましたー!」
そのまま有らん限りの力を込めてハグ圧力を高める染井。どうやらこの際、突如鍋に現れた事はどうでもいいらしい。そういうことにしたらしい。
「ぎゅ、ぎゅぎゅぐぅー」
そのハグ圧に、きつく締め上げられ、身悶えしながら目を覚ますみお。
「一体何事だ!?」
突然上がった染井の歓喜の叫びに、何事かと驚きキッチンへと詰め寄る一同。その視線の先に、泣きながら喜びいっぱいにみおをハグする、というより抱き潰そうとしているかのような染井の姿。
「みおさん!無事だったのですね。良かったです」
「みおちゃん!帰って来れたんだね!怪我はないかい?」
「月代、今まで何処にいたのですか?」
みおを囲み、口々に尋ねる声が交差する中、圧迫にぐぬぬと鳴く小動物が、襟を掴まれて持ち上げられる。
抱き締めていたものを取り上げられ驚く染井と、目を覚ましたものの未だに自分の置かれた状況を理解できていない様子のみお、彼女らの視線を受けて、みおを持ち上げた張本人、狐斗が、ニッコリと、不自然なまでにニッコリと、笑う。
「『いただきます』は?」
「にゅ?」
「いただきますと、ごちそうさまは?挨拶もナシにみんなの食事を一人で平らげちゃうなんて。私はそんな、マナーも守れないような躾をした覚えはないんだけどなあ?」
「う?みゅぅぅぅ!」
狐斗の怒りのオーラに当てられ、速射砲のように発せられるマシンガン説教。母親になった新の言葉ではないが、『躾』の前には多少の事なんてどうでも良いらしい。何処かに跳んでいったみおが、鍋から突然現れたことも、同じくどうでも良い事のようだった。

再会の喜びもそこそこに狐斗の説教をたっぷり受けて、へろへろになってキッチンを逃亡するみお。そこへ近付く黒い影。へにゃっと寝転がるみおの後ろにそれは座り込み、
「ご飯」
ぼそりと呟く。
「にゅ?」
振り向いたみおが見たものは、すぐ後ろに座り込み、無表情なままニッコリと笑う新。
「私のご飯がなくなってしまってるんです。困りましたね。私、まだお腹が空いているんですよ。犯人をどうしたら良いと思いますか?」
「うにゃー!」
逃げるみお。追う新。
一難去ってまた一難。
再会を喜ぶ笑い声に包まれて、みおの受難はどうやらまだ続くようだった。
そよぐ風に揺れる梢。その揺れが、果実を落とす。
「うにゃ!?」
ぽてん。落ちてきた果実が頭に当たり、ぱちっと目を開けるみお。
「にゃにゃ?蓬莱学園の密林にいたはずなのに…ここどこにゃ?」
風紀委員として蓬莱学園の密林に赴いていたはずなのに、気付けば密林とは程遠い、心地よい林の木の根元で寝転んでいた。毛並みを撫でるそよ風が気持ちいい。
そう、毛並み。首飾りの魔力により人型になっていたはずのその姿も本来の猫の姿へと戻っていた。通常なら1時間しか持たないはずの【変化】も、師匠から譲り受けた鈴のアクセサリーの効果で12時間は保つはず。ではそんなにも寝ていたのだろうか?それにしてはまだ日差しは、太陽の位置は昼前のようだが。それに何より…
「うにゃ~?この空気は…」
ぴくぴくと、辺りの空気に何かを感じ取っているように耳とひげを震わせ…
「んにゃ!」
だっ!と駆け出し、林を抜けるのだった。落ちてきた果物を食べながら。


林の側に立つ一軒家。ともすれば庵にも見えるが、その実それなりに立派で住み心地も良さそうだ。昼食を作っているところなのだろうか。美味しそうな匂いが漂ってくる。
「みおがいないと食事の準備も平和ですね」
「そうだな…食費もずいぶん安くなった」
台所で調理しながら、そう話しかけてくる若い女性の声。それにテーブルで本を読みながら、漂うおいしそうな匂いと音を味わいつつ答える師匠。
「ははは。でも…実は寂しいんじゃないですかー?」
そんな答えに、師匠の方へ顔を覗かせて、笑いながら重ねて尋ねる楽しそうな、からかうような声。
「な、何を!平和で何よりだ。みおが居たら食事の準備にしても、つまみ食いで無くならないように気をつけなければならないわ、食事は食事でまるで戦争のような有様になるわ、食費は一体何十人分だ!?ってくらいかかるは…」
憮然とした表情で、狼狽したような口調でぶつぶつと呟く師匠に、台所に立つ女性はおかしそうに笑いながら覗かせた顔を引っ込め、料理を続ける。
可愛いんだから。クスクス笑いながら、そんなことを言う女性に。顔を紅潮させて、そしてそれに自ら気付いていっそうと憮然とした表情になり、
「そ、そんなつまらないことはどうでも良い!それよりもう昼になるが食事はまだかかるのか?」
ごまかすように、八つ当たりするように、話を変えようとする師匠。
「あらあら。私はあなたほど寂しがってませんから、そんなみおの真似はしなくて良いんですよ?それに、もうすぐ出来ますよ」
ふふふ。実に楽しそうな台所の女性。割と酷いことを言ってくる。色んな意味で。
「なっ!」
あんまりなことを言われ、絶句する師匠が、我に返り何かを反論するより早く。
「あら?調味料が…ちょっと買い足して来ますね」
などとわざとらしく言いながら、出て行く。
ごゆっくり。満面の笑みでそんなことを言いながら。

「まったく…何を言い出すのやら」
読んでいた本を閉じ、目を瞑ってやれやれと頭を振りながら呟く師匠。しかし。そうは言っても、やはりこうして話題に上ると色々物思いにも耽ってしまう。
「しかし…みおはちゃんと役目を果たしているのか?なんとか捕まって任務についているみたいだが…」
あいつも猫神族の一員とはいえまだまだ未熟。自覚さえないからな。普通に猫族だと思っているだろうし。それに、なんといっても。どうしてもアイツが真面目に任務をこなしている姿は想像できない。食欲、本能何より優先。チームを組んで任務に当たっているらしいが、その仲間に食欲や本能で迷惑掛けてなければいいが。何より、うかつな所が多いからな。
まるきり信用がないのだろうか。自分で送り出しておきながら、酷い言い様だ。
しかし、そんな言葉を浮かべつつも、その表情は心配げだった。無事だと良いが…。

ことっ。
今頃、一体何をしているのだろうか。思いを馳せる師匠の耳に台所からの物音が入る。
「おや?ずいぶん早いな」
料理をしていた女性が調味料の買出しから帰ってきたのだと思い、声をかける師匠。
ごとっ!
その声に反応するかのように響く物音。
「ん?何をそんなに慌ててるみたいに…大丈夫か?」
ごとごとっ!
「だ、大丈夫に、はっ!」
「む…?」
更に慌てたような物音の後に聞き覚えのある声。
そういえば買出しから戻ったにしては一体どこを通って台所に…?そんな疑問と共に、にゃぁと笑う顔が、姿が浮かび、師匠の口元が、こめかみが引きつる。
「ま、まさかな。アイツは任務に就いているはずだしな…」
嫌な予感を振り払うかのように頭を振り、幻聴幻聴と口の中で繰り返す師匠。
「そ、そうにゃ幻聴にゃ気のせいにゃ」
「て、そんなわけあるかー!!」
がー!とばかりに本を叩きつけ火を吐く勢いで台所に飛び込む師匠。
飛び込んできた師匠に目を丸くし、驚きながらも鍋の中身を喰らうのを止めないみお。
「みぃおー!!なぜここにいる!?」
「うにゃー!」

これが…みおの久しぶりの帰郷だった。


久しぶりの再会を喜び合った後。過激に喜び合った後。喜び合った?いや、間違いなく再会を喜び合いもした後。
「さて…蓬莱学園側に連絡したところ…って聞いてるのか!?」
のん気に寝転んで、うにゃうにゃと眠そうにしているみおを掴み上げ、声を荒げる師匠。
「にゃ!き、聞いてるにゃ!風紀委員長が何か言ってきたのかにゃ?」
びしっ!わざとらしい敬礼をするみお。
「…まぁ良い」
こいつの態度を今更どうこう言っても仕方ない。ため息をつくとぽーいとみおを放る。
師匠、教育者の責務はどこに?自分の教育結果から目を逸らしちゃ行けない。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。
もっとも、相手はみお。どうしたところで、大して変らない結果が待っている予感も激しいのは人徳か。猫だけど。『徳』というにはアレだけど。
「今回の相手は『魔法』を使うそうだな。異世界の人間だというのに気合いの入ったことだ。敵性ファンタジーに接触したとはいえ、誰もが覚えられるものでもないのだがな。まあ、使えるものは仕方がない。今回の任務に派遣された者達は、いずれも『魔法』への対処は苦手だろう。それに、今回の事件はどうにかなったとしても、昔から蓬莱学園には度々『魔法』が存在していた。異世界にあって、最もこちらに近い場所の一つだからな。そして今、再度のファンタジーの侵蝕だ。今後、『魔法』への対抗策は重要となる」
目を閉じ、考え込むように腕を組む師匠。風紀委員会から報告された情報と、委員長との話し合いを頭に浮かべる。このタイミングでみおが戻ってきたのも、そう考えれば都合が良い事態かもしれない。
「そこで、風紀委員長と私の意見は一致した。ちょうど良い機会だから…『再訓練』だ」
ニヤリと笑い、掲げた手に雷を纏いながら、告げる。


「うにゃー!」
悲鳴を上げながら駆けるみお。その身体は、所々焦げ、羽根やひげ、毛並みもへんにゃりとしている。
「こら!逃げるな、みお!これはお前の為の訓練なんだ。さあ、続けるぞ?」
みおを追い詰めるように、その後を追う師匠。実に楽しそうだ。
「ふ、ふふふ…。これは訓練とは言わないにゃ…。弟子虐待にゃ…」
やがて。逃げ場の無い、袋小路に追い詰められ、虚ろに視線を彷徨わせながら呟くみお。
「何を言っている、立派な特訓だ。今回の事件の相手は魔法を使ってくるんだろ?だったらなおさら【対抗魔法】(※相手の魔法を逸らしたり、解除することが出来る魔法)は必要だろう」
「だ、だからってお師匠さまの魔法の餌食になって覚えるのは何か違うにゃー!!」
カリカリと壁を引っかきながらなんとか逃げようとするみお。
「私も前回から少しは学んだ…。お前に対してまともな方法で教えようとすることが、どうやら間違いだ」
腕を組み、うんうんとうなずきながら告げる師匠。
「そ、そんなことないにゃ!普通の方法が一番にゃ!」
首を振りながら必死に否定するみお。
「いやいや、遠慮するな。お前らしくない」
「遠慮じゃないにゃ!みおは褒められて育つ子にゃ!」
既に涙目を超えて滂沱の域。
「ほほう。褒められて育つ、か。だがお前、今回全く何も、欠片も役に立たなかったそうだな?」
どこを褒めろと言うんだ?そう問いかける師匠の目に、つっと思わず目を逸らすみお。
「さて、お互い納得がいった所で。さあ、いくぞ」
震えるみおに向かって、手を伸ばし呪文を唱える師匠。
納得してないにゃ。光を放ちだすその手を見ながら、涙を流してイヤイヤをするみお。
「ちなみに…魔法を打ち消せるまでご飯抜きだ。いい加減お腹空いただろ?」
ニヤリと笑いながら告げ、空いた手に串焼きを掲げる師匠。
ぴきぃーん!
逃げ場を求めて彷徨っていたみおの視線が一点に固まる。
「さぁいくぞ?」
掛け声を共に師匠の手から放たれる稲妻。
それが、まさにみおに直撃するかと思われた刹那。
しゅぽぉ~ん☆
間の抜けた音と共に、閃光が瞬いた。
「む!」
閃光からとっさに目をかばう師匠の視界が一瞬塞がれる。
そして、刹那の閃光が収まった後、目を開けた師匠の前から、みおは消えており、その手からは串焼きが消えていた。
「どうにか【対抗魔法】を身に付けたようだな」
後ろを振り返りながら告げる、その視線の先には…しびしびと痺れながらも串焼きをおいしそうに食べるみおの姿があった。
「まだまだ微妙なようだがな…」
やれやれと首を振りながらも微笑む師匠だった。
十二話:【決戦】へ

白旗のつもりか、必死に白いハンカチを振り続ける沢田を前に。
さて、どうしたものか。そう考え込む狐斗の耳に、足音が聞こえてきた。さすがにあれだけカラスと、ヒノモトが騒げば中にも聞こえたのだろう。振り向いた狐斗の目に、駆けつけてきた仲間の姿が映った。

駆けつけてきた千尋達が見たもの、それは巨大な、鳥のものだとしたら(そうとしか見えなかったが)あまりにも巨大すぎる黒羽根を持ち、悔しさと呆れの入り混じった表情の狐斗。そして、その目の前で、必死に、懸命な顔で白いハンカチを振り続ける四天王の一人、沢田だった。
「…一体、何が有ったのですか?さっきの声は何事です?」
新の質問に、狐斗がいきさつを簡潔に説明する。
「では、この人はもう戦うつもりが無いということですね。なら、これからの予定を立てるためにも、よくお話を聞きませんとね。ね?蓮水」
だいたいの事は判りました。うなずきながら、千尋に振り向く新。
「そうですね。そう言えば、似たような事が数日前にも有りましたね。私、腕が鳴りますわ」
にっこり笑い、返事をする千尋。その言葉に、トラウマでも甦ったのか、
「…はぅ」
と何故か胃を押さえて倒れ込む染井。泣いている。がっくし、と俯いて泣いている。
「そうとなれば、朝はまだ冷え込みます。沢田。暖かい場所を提供してくれませんか?時間がかかるかもしれませんので」
時間が掛かる。何に?とは問うまでもないだろう。何故自分の尋問の為に、長時間尋問を可能にする為に、尽力せねばならないのか。そんな気持ちが、無かった訳もないが、もしかしたら、多少は、有ったが。どちらにしても沢田に拒否権は無かった。弁護士を呼ぶ権利もないようだった。黙秘する権利はどうだろう?
それでも、ぺこぺこ頭を下げる沢田。
「で、ではこちらへ。さささ。あ、足下悪いですからお気を付けて?」
どうやら素直に建物の中へ戻るらしい。そして、プライド無いらしい。まるで絶対服従の様子だった。
自信を持って呼び出した骸骨兵、沢田にとって最強の切り札。それがどうなったか。その惨状が頭から離れないのだろう。完全に怯えていた。目を合わそうともしない。目が合いそうになると、さっと逸らす。そしてその先に居た染井と目が合いそうになって、今度はお互いに目を逸らす。そんな事を繰り返している。
やれやれ。まあ、変に反抗心残ってるよりはましか。若干苛つきつつも、何とか納得する狐斗達だった。

建物の中に戻り、二階への階段を登る。沢田の話によると、ヒノモトはこの奧に逃げ込み、二階のその部屋から呼び出したカラスに乗ったらしい。だとすれば、この扉を開けなければ奧へは入れないことになる。
「じゃあさっさとこの扉開けな」
「はい!直ちに!」
めんどくさそうに言う狐斗に、絶対服従の様子の沢田。そそくさと扉の前に立ち、手を掛ける。掛けるが。
「あ、鍵…」
どうやら持っていないらしい。そういえば、ヒノモトが逃げる時、鍵の掛かる音がしたような。
「…」
沈黙が広がる。そこへ、すっと無言で上げられる新の手。その手には、鍵開けセットが掲げられていた。
「おおー」
ぱちぱちぱち。思わず拍手する一同。
拍手と期待の視線に囲まれて、無表情に扉を観察する新。しばし後、取り出したピッキングツールをシャキーンと構え、扉の前にしゃがみ込む。
待つ事数秒。
がちゃん。
ずいぶんあっさりと一仕事終えて立ち上がる。
「とても古い鍵で幸いでしたね。最近の鍵ではこうあっさりとはいきません」
あなた達は何者ですか。いくら古いと言っても、普通鍵を開けられる人はいませんよ?それ以前に、なんで鍵開け道具なんて持ち歩いてるんですか。思わず浮かぶその言葉の数々を、賢明にも飲み込む沢田。うかつな事を言えば身も心も打ちのめされそうだ。
まあ、それ以前に人の事は言えまいが。

扉を抜けた先、二階は一階に比べて天井が低めだが、それでも一般の建物よりも高い印象がある。本来はそれなりに広いであろうその部屋は、工具や機械類が混沌と散らばり、一階よりも雑多な感じを受ける。入ってきた扉の向こう、反対側の壁に開きっぱなしのドアを通して外が見える。本来は非常口なのだろう。見慣れたピクトの駆ける姿勢が見える。しかし、それが機能していたのも昔の事。今は階段も崩れ、地上に降りる事も出来ない。
もっとも、ヒノモト達はここからカラスに乗って逃げたのだから、ある意味非常口としての役割を果たした訳だが。

どうやらめぼしいものは何も無さそうな二階を抜け、三階へと上がる。
階段を上り、三階のその部屋に入った一行は、絶句した。
「うわぁ…」
目の前に広がる混沌に、染井の呆れかえった絶句の声。
床に転がる弁当のくず、ジュースの缶やペットボトル、果てはつけっぱなしのTVにつながれたPS2と各種クソゲー。うずたかく積もるゴミ達で床が見えない。
ここから先は幹部室だから。そう言われて入れてもらえなかった染井だが、今は心底そのことを良かったと思った。まさに惨状。出来れば、入りたくなかった。入れなかった今までの自分が、正直羨ましい。
混沌たる惨状、その中で。狐斗達はその部屋の一番奥、『立ち入り禁止』と書かれた木の扉に気付いた。
床に散乱する物体を蹴飛ばし、蹴散らし部屋の奥へと進む狐斗。
がしっ、ぱきっ。
とても足音とは思えない破壊音。さすがに沢田の顔が引きつるが、誰も気にも留めない。
蹴散らし、踏みつぶし、道無き床を進み、扉の前に立った狐斗は、沢田を振り返り尋ねる。
「で、この奧には何が有るのさ?」
「…」
沈黙を持って答えた沢田だが、瞬時に下がる室温に、鋭さを増した視線に、ビクッと震え、目を逸らしながらぽつぽつと答える。どうやら、判っていた事だが、黙秘権も無かったようだ。
「中は…ロンさんと総長しか入った事ないので…わかりません」
ロン。たそペンに魔術を持ち込んだ中国系の男、だったか。染井によると、大掛かりな魔術などは全てロンが仕切っていたらし。どうやら四天王とはまた別格の存在のようだ。
なるほどね。頷き、扉から少し離れて身構える狐斗。
「な、何を…」
沢田のその言葉を遮り、鳴る風切り音。狐斗の蹴りは鋭く大気を切り裂き、古びた木の扉を打ち砕いた。
がらがらがら。
砕けた木の破片があちこちに散らばり、倒れた扉の衝撃に埃が舞い上がる。
けほけほっ。
「ら、乱暴です…」
視界を塞ぐ埃に、咳き込む染井。
やがて、舞い上がった埃も落ち着く。しかし、その部屋は依然、薄暗いままだった。窓という窓は全て木で打ち付けられており、灯りと言えばその隙間から僅かに漏れる数条の光の筋だけ。
その薄暗い部屋の中央に、一目瞭然に怪しいものが鎮座していた。

一階にあった魔方陣を、そのまま小さくしたかのような装置。やはり同じく、八角形のその陣の中央には丸い鏡が鏡面を上にして置かれている。下にあったものと異なるのは、その鏡の上に厚紙で作られた四角い箱が有ることと、八角形のそれぞれの頂点に置かれた小石。手の平サイズのその箱とその下の鏡には、うっすらと埃が積もっており、しばらく動かされた形跡がない。それを言うなら、床に積もった埃が、この部屋にしばらく誰も踏み入っていない事を教えてくれた。
「あの鏡、一階にもありましたね。結局のところなんなのでしょうか?」
靂に注意を払いながら、すたすたとその鏡に近付く新。鏡の前まで来たが、何の反応もない。
「反応しませんね。封印が解かれた、ということなのでしょうか」
ふむ。と手に載せた蒼い石、靂を見る。
「沢田。新しいペンダントが有れば渡してくれませんか?靂の新しい家にします」
やはり、落ち着ける部屋は有った方が良いだろう。靂の、石のサイズなら、やはりあのペンダントは丁度良い大きさだろう。
「えっと…」
鏡に興味を無くしたらしい新に呼びかけられ、おずおずと部屋の角を指さす沢田。そこは入ってきた入り口の辺り、今にも崩れそうなぼろぼろの棚。その棚から、棚に置かれた同じくぼろぼろの段ボールから、『たそペングッズ』がはみ出していた。
たそペン旗、たそペンTシャツ、たそペンボールペン、などなど。何を考えているのかペナントまである。
「何処かの寂れた観光地のようですね。一体あなた達は何を考えているのですか」
目的のペンダントを貰いながら、冷ややかな声と視線を投げかける新に、目を逸らし俯く沢田だった。
全く何考えてんだか。貰って嬉しくないお土産ランキングでも見るかのような品々に、呆れかえりつつ、新の横に立つ狐斗が、その魔方陣を見詰める。
「んー反応無しか。ほんと、なんだろうね。下にあったののミニチュアみたいだけど、それにしてはお粗末だよなあ」
そう言いながら、鏡を取ろうと箱をどかす。その時。
ぐらり。
足下が揺れた気がした。地震ではない。一瞬で収まる目眩のような、あやふやな揺れ。
「なんだ…?」
様子を窺うが、何も起きない。
気のせいか?そう思いつつ、持った箱を目の前に持ち上げる。
軽い。まるで何も入っていないかのように軽い。
「なんだ、これ?」
狐斗はそう呟きながら、箱を振ってみる。何の音もしない。まるで空箱のようだった。
何でこんな空箱をあんな安置するみたいに?
そう疑問に思う狐斗の耳に、微かな電子音が聞こえた。
ピッ、ピッ、ピッ。
規則的な電子音、それは新のバッグの中から聞こえてくるようだった。
「何の音だ?」
「ああ。そういえば委員長から持たされていましたね、発信器。それが使えるようになったと言う事は…ふむ。柊、どうやらその魔方陣は電子機器を使用不能にする効果があるようですよ」
狐斗の問いに、バッグの中から規則的に電子音を発する発信器を取り出し、その液晶画面を見ながら推測を告げる。
「え!?このしょぼいのがっ!?」
一抱えほどの大きさの、小さな魔方陣が、そんな効果を?しかも、手の平サイズの空き箱を除けただけ、それだけで効果が無くなるなんて。あまりにもしょぼすぎる。信じられない!と驚きの声を上げる狐斗に、操作を促す液晶画面を見せる新。
「ええ。ほら、この通り。今、委員長に連絡をしますね」
ピッ。
GPSを操作し、電子音を止めてデータ送信を行う。
ピッ、ピピピ、ポーン。
データ送信完了を告げる電子音が鳴り、静かになる。
「多分、これでお迎えが来ると思います。帰りは歩かなくて済むはずですよ」
発信器をバッグに戻しながら言う新の言葉に、安堵の吐息を吐く狐斗達。
「やっとひとまず終了かぁ。正直、さすがに疲れたよ。さて、帰りは歩かないで良いとなれば…遠慮は要らないね!」
解き放たれた猛獣の笑みで、沢田を振り返る狐斗だった。

ミニ魔方陣の他何も無いその部屋を出て、荒れ果てた幹部専用室に戻る一同。
とりあえずそこらに転がるものを適当に脇に放り、積み上げ、簡単ながら座れる場所を作る。
「さて。じゃあ、気楽に全部話して貰おうか。ああ、大丈夫だよ。嘘吐いたり黙秘したりしなければ、何も痛い事なんて起きないから」
ニヤリと、猛獣の笑みでニコヤカに告げる狐斗。
つまり下手な事言えば痛い目に合う、そういうことだろうか。恐怖のあまりこくこくと赤べこも斯くやという頷きっぷりを見せる沢田。
「ん。良いね。人間素直が一番だよ。じゃあ、まずは新にかけられた賞金についてだ。あれはお前らの仕業か?」
「ち、違います!朝起きたら突然あんなニュースが流れてて、我々も何が何やらさっぱりなんです」
どうやら本当に何も知らないようだ。
「ふむ。じゃあ次だ。あんたら、なんであんな儀式をしようとしたんだ?はた迷惑な」
チッと吐き捨てるように。うんうんと、その狐斗の言葉にうなずく新に千尋。
「はた迷惑って、我々だって一生懸命ですね?あっごめんなさい!なんでもないです!えっと、儀式についてですよね?あれは、無名石に命と名前を与える為の儀式なんです。そのそも、『髪切り魔』から既に儀式は始まっていましてね…」
「長くなるようでしたら、短くまとめて頂けると嬉しいですわね」
沢田の、自分の世界に没頭しかけた話を、やんわりと、だが冷ややかに笑顔で遮る千尋。
「あ、すみません、ごめんなさい。つまり、応石は全て失われているので、一から新しく作ろうとしたんです。でも、そのためにはここで名前を付けてから、弓美島(※星祭りの舞台ともなる無人島。干潮時には浅瀬でつながり歩いて渡ることも出来る)で大規模な儀式を行う必要があったんです。ここで行われていたのは、その儀式の為の準備の一つだったんですよ」
なるほど。本命の儀式は他にあったのか。だから、ここにほとんど団員が居なかったのか。
30人は居るという情報だったのに、現れたのはヒノモトと四天王のみ。その理由が分かり納得顔の一同。
「ということは、他にも応石が有るのですか?」
新のその問いに、
「はい。他にいくつあるのかは判りませんが、複数の無名石があるのは確かです。それらのほとんどはロンさんが管理していて、他には誰もそれがどこにあるのかさえ知らないんです」
どうやら、ロンとやらが黒幕のようだ。まあ、事の発端はそいつが『魔術』なんて言い出したから。ある意味黒幕なのは当然か。
「ロンってのは、一体何者なんだ?」
うさんくさそうに尋ねる狐斗。
「それが、あまり詳しくは知らないんです。あ、本当です!嘘なんて吐かないです!」
ビクッと怯えた声で、必死に主張する沢田に、誰もまだ何もしてないだろう、と憮然とする狐斗達。まあ、脅したからね。必死にもなるだろう。
「名前や言葉の訛りからすると中国系だと思います。まだ若いのに色んな魔術を使いこなしてて、応石に名前を付ける方法を教えてくれたのも、結界を張ったのも、全部ロンさんがやってくれたんです。そうですね、ロンさんは団員というよりも、コンサルタントみたいなものでしょうか?」
その後もいくつかの狐斗や千尋、新からの問いに答え、話が終わる頃には、沢田はすっかりぐったりしていた。肉体的な疲労も然る物ながら、精神的な疲労も大きいようだった。
やれやれ。一つの企みを潰したと思ったら。ヒノモトには逃げられるし、その上ロンなんて黒幕がはっきりするし、まったく。
狐斗達が、沢田から得た情報を、これからの事を考えていると、遠くの空から響く音がある。
バタバタバタバタ。
それは、ヘリコプターのようだった。
どうやら委員長達のご到着のようだ。

「さて。ようやく風紀委員長達もやって来たようですね。狐斗さん、新さん、彼にはまだまだ訊かなければならない事があります。それに、この先やらなければならない事も出来ましたし、私達も休息をしなければなりません。ここで、終わりではないのですから」
ふふふ。穏やかな笑みを浮かべ、仲間を見る千尋。そして、柔らかい笑みと声で、沢田を振り返り、
「沢田さん?調べ物に、ご協力頂けますわよね?」
その物腰も、声も、柔らかなものだったが、どうやら拒否権は相変わらずないようだ。
それを、痛いほど感じ、沢田は無言で頷いた。
「では皆さん。帰りましょうか」

建物の前には、輸送ヘリが止まっていた。特殊部隊の装備に身を固めた生徒達が、建物を包囲し、手際よく捜索を行っている。
「お迎えありがとうございます。ここは、もうものけのから。最初から、儀式目当てだけの場所だったようですよ。もちろん、その儀式も失敗に終わりましたが」
建物から出てきた人影に、銃口を突きつけ警戒する特殊部隊。しかし、新の言葉に、緊張を解く。
「おや、無事でしたか」
その背後から、変らず制服姿の委員長が現れる。綺麗に分けられた髪は、不思議な事にさほどの乱れはないようだった。
「任務成功何よりです。…月代さんは?」
狐斗達の姿を見て、微笑む委員長だったが、その人数、全員の姿を確認し、その笑みが曇る。
一人足りない。
「委員長、申し訳ありません。私たちがもっと慎重に行動を起こしていれば…」
みおの姿が無い事に気付き、感情の乱れを、ほんの僅かだがその声を乱す委員長に、千尋は深々と頭を下げ、みおが飛ばされた経緯を、その時の様子を伝える。
話を聞き、全く何の役にも立っていない時点での離脱に、頭を抱える委員長。
まったく、このういう時の為の人員だというのに…。それが、敵にまみえる前に、しかも『魔法』による罠で脱落とは。役に立たない。全く役に立っていない。
「まあ…彼女なら大丈夫でしょう。きっとその内帰ってきますよ」
とりあえず、『あちら』と連絡を取らなければ。全く、仕事を増やす事ばかりして。
「彼女は、後できっちり叱っておきます。だからお気になさらず」
そして、一人うな垂れて、ドナドナと歩いてきた男子生徒に目をやる。
「ああ、こいつは沢田っていうらしい。たそペン四天王の一人だそうだ」
狐斗が、骸骨兵なんて呼び出してたぞ、そう告げる。
「ふむ、なるほど。拘束」
頷き、告げる委員長のその言葉に。
がしっ。
特殊部隊員二人が、その両脇をがっちり拘束する。そのままヘリに連行される沢田。
「えっ…はっ…ひぇ?」
情けない声を上げながら、引き摺られ、無情にもヘリに積み込まれた。
「さて。では、私達も行きましょうか。お送りしますよ」
そんな沢田の様子を、なんでもないことのように流して。狐斗達を連れてヘリに乗り込む。
バタバタバタバタ。
エンジンの音が大きくなる。長い一日が、ようやく明けた。


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