孤高の美しさと気高さ…
ハムレットの叔父クローディアスは去年、俳優デビュー35周年を迎えた吉田栄作さん。吉田鋼太郎さん演出の「ハムレット」を観たばかり。
今回、翻訳を手掛けるのはシェイクスピア劇全37作品の翻訳を達成した松岡和子さん。松岡さんによると3つある原本のうち最初に出版されたのがこの〈Q1〉で
他と比べて特徴はコンパクトだということ。1番短い〈Q1〉は舞台の上演台本としてスピーディーで魅力があるとのこと。ハムレットと言えば独白が有名ですがあまり物思いに耽らないと松岡さん。
誰がハムレットを演じるかによって大きく変化するのがシェークスピアですが、やはり藤原竜也さんや柿澤勇人さんのハムレットとは一味違いました。
「これといって"男"であることを意識した役作りはしていない」と語っていた吉田さん。声音は抑えめですが宝塚風ではなく、とてもナチュラルで青年の凛々しさを感じさせました。
佇まいも女性が演じているという違和感はなく、先王が亡くなったばかりなのに結婚するという母と叔父を見つめる眼差しは鋭く、憂いをたたえたナイーブさを醸し出す吉田ハムレット。
そう来たかと膝を打ったのはハムレットが気が触れたフリをしている時の話し方を、パペットを操っているような高いトーンにしたこと。切り替えが難しそうでしたが
愛するからこそ愛憎が募る母に詰め寄る場面や、事情を知る親友ホレイショーにしか本音を話せない苦悩するハムレットがくっきりと浮かび上がるようでした。
吉田栄作さんはすっきりとしたスーツ姿で、これまで観たクローディアスと比べあまり威圧感はないものの、「息子よ」とハムレットに語りかけ甘えるように寄り添う妻を優しく包み込む姿に冷徹な政略家の香りが。
恋人オフィーリアをドラマなどで活躍中の飯豊まりえさんで舞台は初めて観ましたが、結婚の報道があったばかりで舞台とプライベートは別モノとは思いつつ…
無垢な少女から大人の女性へと孵化するタイミングで愛する人の狂気に触れ、自らも心が砕けてしまう繊細さを美しく表現していました。
また出番は短いものの悲劇の中の希望の光となる、次世代を担う若き王子フォーティンブラスも飯豊さんだったのも、他のハムレットではあり得ない配役でサプライズでした。
そしてPARCO劇場のお芝居には欠かせない名バイプレイヤーの役者さんでずっと応援している仲良しの俳優さん佐藤誓さんが、オフィーリアの父親ボローニアス役。
コロナ禍で4年あまり終演後に面会できず寂しい限りでしたが、今回はようやく会うことが出来て感無量でした🍀
「おっしゃる通り」とある意味で王家に忠実なボローニアス。その一方で家族を愛していて息子を過剰に心配し、娘がハムレットに騙されないようにと先回りする良き父親の一面も。
またオフィーリアと兄レアティーズも仲が良く、2人も父親を大切に思っていて、叔父と母親の婚姻に嫌悪感を示し家族の愛を渇望していたハムレットとは
実は対極だったボローニアスファミリー。復讐劇に巻き込まれ全員命を落とすのが切ない…。誓さんのボローニアスにフューチャーして観ていたので新たな発見でした
吉田羊さん主演のシェークスピアはシリーズになる予感がしますが、吉田羊さんの孤高の美しさと気高さを堪能できる「ハムレットQ1」はPARCO劇場にて来月2日まで上演しています
歌舞伎町に歌舞伎が♪
歌舞伎座もないのに何故"歌舞伎町"なのかとずっと不思議に思っていましたが、戦後の復興事業として歌舞伎の劇場の誘致を図っていたことから先に街の名前が「歌舞伎町」に。
建設予定地は新宿コマ劇場があった場所で、ちなみに「菊座」という名称も内定していましたが、結果として歌舞伎の劇場建設は実現しなかったそうです。
そんな由来のある歌舞伎町で歌舞伎が上演されるなんてワクワクしかありません。父親の勘三郎さんの遺志を継ぎ新しいチャレンジをしてきた勘九郎さんと七之助さん。
「コクーン歌舞伎」を上演していたシアターコクーンは27年まで休館中、赤坂ACTシアターもハリーポッターシアターに衣替えしましたので、東急歌舞伎町タワーかなと思ってました
落語「貧乏神」をもとにした新作歌舞伎「福叶神恋噺」では、設定を男神から女神に変え貧乏神なのにやたらギラギラ派手な装いの〈おびんちゃん〉を七之助さん。
おびんちゃんに憑り付かれる大工の辰五郎を虎之介くん。腕は良いのにぐうたらで仕事に行かず、妹にも愛想を尽かされ大事な道具も質に入れてしまう
年下ダメンズという感じですが、どこか憎めず放っておけないキャラクターを好演。おびんちゃんだけでなく長屋の大家さんやおばさん達もたらしこむ愛嬌のある辰五郎ははまり役でした。
一生懸命に働いている人から搾り取るのが貧乏神の仕事ですが、あまりにも働かないので「ちゃんと働きなさい!」と辰五郎に説教するおびんちゃん。
それでも働こうとしない辰五郎のためにびんちゃんが内職を始めて生活費を稼ぎ、まるで女房のように甲斐甲斐しく身の回りの世話まで焼いて甘やかしてしまう始末
ボロボロで汚かった部屋もすっかり綺麗にしてしまいますが、おびんちゃんが掃除をする場面で京鹿子娘道成寺などの唄や振りを取り入れているのも歌舞伎らしく。
歌舞伎版のオリジナルキャラクターで、途中で意外な所から現れておびんに「甘過ぎる」と忠告する、こちらはイメージ通りの貧乏神〈すかんぴん〉を勘九郎さん。
花道を作れない分、客席脇の扉から登場したり引っ込んだりしますが、去り際にすかんぴんが服を叩くとブワッと埃が舞うという演出がありましたが、一緒に行った友達は龍角散の香がしたと言ってました
キャピキャピしたギャル風の町娘が黒服を連れてやってきて「全然店に来てくれないじゃな〜い」と、いきなり登場したのは新宿歌舞伎町ということでシャンパンタワーならぬ"味噌汁タワー"
ダメンズでも超えてはいけない一線があります。悪魔の囁きに負けておびんちゃんがいつも身に付けている頭陀袋から、お金を持ち出そうとするところを見咎められてしまう辰五郎…。
最終的には改心し真面目に働くと決心した辰五郎。さらに千両の富くじが当たるという幸運も舞い込み、びんちゃんともよりを戻してハッピーエンド
脚本は落語作家の小佐田定雄さんで「廓噺山名屋浦里」「心中月夜星野屋」に続いて新作歌舞伎は3作目。両方とも観ていますが
どれもユーモアもありながらホロリとさせられる良作ばかり。「福叶神恋噺」も分かりやすいストーリーで歌舞伎初心者にもお勧めです
七夕の夜、年に1度の逢瀬を楽しむ牽牛と織女のロマンチックな恋模様が描かれる舞踊「流星」で、牽牛と織女に扮するのは勘太郎くんと長三郎くん。
13歳と10歳の兄弟が見つめ合う姿はとても微笑ましく、さらにお顔がまん丸で福々しい長三郎くんの愛らしさに客席からは温かい笑いが。勘太郎くんはすらりと背が伸びてお兄さんらしくなっていました。
勘三郎さんが亡くなったのは2012年。もう12年も経つんですね。勘太郎くんも長三郎くんも大きくなるはずです。中村屋一門をまとめ舞台に立ち続ける勘九郎さんと七之助さん。
インタビューで七之助さんはこう話していました。「兄は一生懸命歩んできた戦友であり、その存在は計り知れない」と…。想いを受け継いでいくということは決して当たり前でも簡単でもありません。
来月の歌舞伎座は中村獅童さんの長男陽喜くんと次男夏幹くんの初舞台、そして中村時蔵さん、梅枝さん、息子で孫の小川大晴くんの親子三代の襲名披露があります。楽しみがまた増えます
優しい社会に近づいてるよ…
春には菜の花や桜を、夏には海や蛍を、秋には紅葉を、冬には梅を一緒に見に行きました。思えばたいしたところには連れて行っていませんが、写真の中の母はいつも笑ってくれていました。
今は車椅子用のトイレがあるのが当たり前ですが当時はどこに行っても和式ばかり。外出の際は行先に電話をして洋式かどうかを必ず確認しなければなりませんでした。
「梨狩りに連れて行こう!」そう思い立ち母の親友のおばさんと3人で出かけた時のこと。背が高い母は車椅子に座って手を伸ばすとちょうど梨に手が届き
次第に楽しくなったようで次から次へと籠の中に。「お母さん、採った梨は全部買わなきゃいけないんだよ」と言うと慌てて梨を下に置こうとするお茶目な行動も
もちろん出掛ける前にトイレをチェックしました。実は以前は和式だったそうですが、別の車椅子の方が利用した時に和式が使えないということに梨園の方が気付き洋式に変えたとのこと。その人のおかげで母は梨狩りを体験できました。
そんな<気づき>の輪が広がってくれたらと私達もどんどん出かけて行きました。100%のバリアフリーを実現するのは不可能ですが、さり気なく手を差し伸べてくれる優しさがあればバリアはいとも簡単にクリアできます。
私もお手伝いしている車椅子ユーザーが実際に走行したルートや利用したスポットなどのバリアフリー情報を集約した無料アプリを提供しているNPO法人「WheeLog!」
私も資格を持っていますが外出に不安のある人の旅をサポートしてくれる「トラベルヘルパー」、末期がんなどかなり難しい状況でも本人の希望を叶えるお手伝いをしてくれる「トラベルドクター」を紹介しました。
障害があっても当たり前の暮らしが送れる社会を実現することは、母亡き後も私の変わらぬ目標ですが「優しい社会に近づいているよ」と天国の母に伝えたいです🍀