元常務秘書が何も考えずに

旅するミュージカル劇団に入団し

はからずも抜擢されてしまった…

あの頃…の話。







私が抜擢された役
酪農跡継ぎ娘の夏美は

北海道の酪農大学で
お婿さんタカシ君つかまえて

実家で
チーズやヨーグルトも作る
デンマーク方式の酪農を
することを夢見ていた。



それを喜んだ
夏美のお父さんが張り切って

一億円借金し
牛舎や家をデンマーク風に増改築。



酪農、畜産は
とかく他の農業に比べて
設備の投資金額が大きくなりがちらしい。


お婿さんに入った
タカシ君は
一億円の借金にびっくり狼狽し

「少し考えさせてくれ」


と言い残しイキナリ

北海道へ帰ってしまう。


そこから事件がいろいろ起きて

……



いろいろあって…


最後の最後にタカシは
自分の持っている獣医の資格を活かし

「札幌でペット専門病院を
一緒にやって借金を返して行こう」

と夏美を迎えに来る。


が、


タカシ君が居なくなった後も
夏美は借金を返すために地元で
酪農に打ち込んできたことで


酪農が
父親の夢だけではなく

自分の人生そのものに
なりつつあり

「牛舎を離れて札幌へ行く」

という選択肢を
考えられない状況になって
しまっていた。


そこで

泣きながらも
タカシ君を振って
地元で酪農をする道を選び取る。






ここのワタシの演技が
いつも問題になった。
(そりゃそうだ。クライマックスだ。)






ある日。

福岡県久山町で公演した翌日

皆んなで移動する
バス・トラックではなく

「お前は作演出家が
運転するクルマで移動だ」

と言われた。

すごく天気が良い日で
窓の外には菜の花がたくさん咲いていた。


作演出家は

「お前の芝居が
女々しくて弱いから、
『酪農業の娘は結婚出来ない』
というマイナスイメージに
見えてしまって
農業新聞で
問題になっている。
これはかなりマズイ
状況なんだよ」



と言った。



………

…………、





作演出家は


コラム欄に掲載された
作品批評をワタシに見せた。

ワタシの演技については
もちろん何一つ
触れられてはいなかったが

だいたいの内容は


酪農や畜産農家の
後継者問題は簡単にはいかない


……


みたいなことが
書いてあったような。


………


たしか記憶によると
夏美がタカシを振る時のト書に


「わーっと泣く夏美」

みたいなのがあって…


その

わーっ

が女々しくてダメなんだと。





かくして…

翌日から続く

福岡県内公演地

浮羽町、大牟田、柳川、八女、
黒木町、星野村、久留米、筑後市…
ナドナドで

開演3時間半前から
開演直前まで


わーーーっ!!

違う!!

わぁーーっ!

違う!!!

わぁーーーー
ーーーっ!だっ!


わぁぁーーっ!

違うぅぅ!!


…………


の千本ノック稽古が始まり

作演出家のガミガミは
さらにヒートアップしていった。











元常務秘書が何も考えずに

旅するミュージカル劇団に入団し

はからずも抜擢されてしまった…

あの頃…の話。




私がいた劇団では


「カントリーミュージカル」


という独自のジャンルを

展開していた。


文字通り現代日本の農業を

描いた作品で


昨今、時折見かける

エコ、ロハス、自然回帰…的な?

テイストの作品の先駆けだった。


しかもかなり独自路線で

独走・爆走状態で他の追随を

許さなかった。


あまりに独自過ぎて

イワユルミュージカル業界とは

全く別の所に存在していて



全く違う独自の客層を

日本全国に持っていた。



山田洋次監督の1975年の

「同胞(はらから)」

という松竹の映画作品で

劇団の原形がわかる。





そして


ワタシが抜擢された

風見夏美さんという役は


酪農の跡継ぎ娘。


北海道の酪農大学在学中に

お婿さんをつかまえて結婚して


酪農が盛んなデンマークへ

新婚旅行へ行き

帰ってきたところから話が始まる。



実際北海道の酪農は

デンマーク酪農がモデルになっている)


夏美もチーズやヨーグルトを

作る酪農に憧れを持っている。








そんなわけで


わずかな時間を惜しんで

東京でも旅先の地方でも

劇団がセッティングしてくれた


取材へ行く。


取材と言っても

「取材を受ける側」ではなく


もちろん


「取材をする側」。



全国に散らばって住み着いて

公演実行委員会を作り

公演を打っている

優秀な劇団制作部の人脈で


畜産農家さんや

酪農家さんを紹介していただき



牛舎で牛の世話をさせてもらったり


チーズやヨーグルトを作っているところを

見学させていただいたり


もちろんお話しを

聞かせていただくのだ。




工業デザイナーの父と

小学校教諭の母の元で

育ったワタシには


農業、酪農で生計を立てている

家庭や環境は未知。


さらに


入団当時から

「装子には生活感が無いからダメだ」

と言われてきたから

なんとかしなければいけない。



この劇団では

生活感が無い=マイナス採点なのだ。



これは


牛が食べる牧草の刈り取り作業。




…色んな人の気持ちを傷つけたり

踏みにじってまで

この役をやると決めたので


自分の全てを

役と劇団に捧げようと思っていた。



劇団内部で元々評判が悪く

公演班内でも嫌われているワタシは


誰よりも必死にやるしかなかった。




公演が無い日には

長野県や北海道の

牧場でも作業させてもらった。




幸い動物好きなので

牛の可愛さにはすぐにも魅了された。


しかし


ペットとして可愛い感覚


ではなく


酪農、畜産、として

飼うとはどういうことか、


というリアルな感覚を

学ぶために


牛だけでなく




豚舎での作業

にも入った。


(カワイイ子豚ちゃん達に

スーパーやコンビニで

期限切れで破棄されたカップヨーグルトを

食べさせる楽しい作業をさせてくれた。

子豚ちゃん達が集団で走って行く

後ろ姿のお尻とシッポが

モンゼツ並みに可愛かった!!)




旅の移動日に

少しでも時間が取れれば

その村、町に牧場があるか調べ

路線バスを乗り継いで行く。



こういった取材は

作品立ち上げ初期段階に

やればいいというものではなく


3年間の公演期間の

最後まで続いた。









これは高千穂牧場。

ジャージー種の牛を見に。











元常務秘書が何も考えずに

旅するミュージカル劇団に入団し

はからずも抜擢されてしまった…

あの頃…の話。







和歌山県上富田町から
公演の旅が始まった。


初日はそんなに
輝かしくもキラキラした日、
でもなんでもなく

開演ギリギリまで
体育館中に
作演出家の怒鳴る声が
わんわんと笑鳴り響き


モウロウとして
前を見ると


お客様が座っていた。



一幕終わった後すぐに
作演出家が裏に飛んできて
またワタシにガミガミ言って、

二幕始まって

なにがなんだかわからないまま
終演していて


すぐにバラシ作業に入ったが

バラシ中にも
作演出家にワタシは呼ばれて
ダメ出しがしばらくあり

モウロウと
トラックの積み込みしていた。


セットの積み込み方が
定まっていないので
新作の積み込みは時間がかかる…




ワタシの役、
『風見夏美さん』を探し求める
長い旅が始まった。




作演出家からは

「この話は『夏美』に
街や村の皆んなが
心を寄せて変わっていくんだ。

でも、
お前は劇団に
馴染んでいないから
皆に好かれているとは言えない。
そういう面からも
お前は変わらないと
皆んなもやりにくい」

と言われた。





ワタシは

①作演出家と制作部の言うことは
全部言う通りにする

②劇団のカラーに誰よりも濃く染まり
劇団と一心同体になる

彼氏は作らない


を心に決めた。







「芝居ができるわけではないのだから、
日常からも役で生きなければ
『自分じゃない誰か』は掴めない

と作演出家は
よく言っていた。


そうして
この劇団では

稽古から大千秋楽まで
朝起きた瞬間から眠りにつくまで
仕込みバラシの間も移動日も
役名で呼ばれる。

プライベート時間がほとんど無い
劇団生活だったので


「装子」という
自分の名前で呼ばれることは
少なくなった。




芝居をちゃんと
勉強したこともないのに
毎日試合に出場するような日々。




もう一つ。

弟の生命を助けてもらえるよう
祈るつもりで
連日稽古し舞台に立っていた。

一つ頑張れば
一つでも神様に伝わるように。




関西から岡山県を巡演していた
5月頃だろうか。

神様に祈りが通じたのか

幸運なことに
弟は昏睡から目を覚ました。

その後しばらくリハビリは
必要だったが

生きてるだけで感謝。











典型的な体育館公演の楽屋風景。

この劇団の楽屋と衣裳部屋は

別の部屋だった。


(今、外の世界では

楽屋=メイクもして

自分の衣裳も置いてある部屋)


毎日毎日、移動して

違う条件の劇場又は体育館で

公演するためには

これが合理的になったんだろうと思う。


早替えにも対応できるように

衣裳部屋、着替えは

なるべく舞台近くに。


メイクとお弁当と

打ち合わせだけやる楽屋は

開演したら二度帰らないから


舞台から遠く離れた

隣りの棟の会議室でもいい、


ということなんだろう。





元常務秘書が何も考えずに

旅するミュージカル劇団に

入ってしまったあの頃…の話。





劇団員全員が
なんとも言えない空気のまま

新作ミュージカルの稽古が始まった。



「日本中の人々から集めた
リアルに生きるエピソードをもとに
作品を書いた」

作演出家のアタマの中には
各シーン、各役に
確固たるイメージがあり


そのイメージから離れるような
的外れな演技や動きをすると


「違う!違う!!違う!!
違うんだよ!!」


と烈火のごとく大声で指導し
何時間でも稽古を止めた。

何が違うのか
どこが違うのか
どこをどうすればよいか
全くわからない暗闇を手探り。

まず

作演出家が
何を言ってるのか
さっぱり
全然わからない。



これまで先輩方々や
同期Yちゃんが詰められていた
大きな役での稽古を
遠くで見ていたワタシが
渦中の人になった。



更衣室で少し咳をしたら

「気をつけてねぇー
色んな人が色んな役を
狙ってるからね!アハハ!」


と先輩に言われた。

彼女は制作部や公演班が
「まぁ、彼女なら安心して
ポジションを任せられる」
思うような最有力候補の
先輩だったが、

別の企画立ち上げのメンバーに
なっていた。




身に染みて…

「抜擢」
とは‥



もともと
実力も名前もない者が

分不相応な位置に
イキナリ置かれること。


なんだなぁ…と。


目の前にこれまで見たこともない
高い山が置かれて

誰よりも速くその山に
登らなければいけない

「与えられた役」に
追いつかなければいけない

追いつくためには
何が自分に足りないのか

それすらも全く見えない闇の中に
1人ぽつんといる感じ。



そういうことなんだなぁと
遅ればせながら気がついた。


決して
輝かしくワクワク
キラキラするようなもの…
ではない。




ワタシはとりあえず
その稽古を録音した
約7.8時間の音声を
アパートに帰ってからも流し


睡眠学習のように
寝る時も作演出家の
ダメ出しを聴きながら
寝ることにした。





そうでもしないと
母から電話で

「まだ昏睡から目覚めない弟を
『どちらの家の墓に入れるか』を
離婚した父が言い出した。
まだ生きているのにひどい!」


…などと聞いた後は

一晩中弟のことばかり考えて
どうしようもなくなるから

作演出家の怒鳴り声を
聴きながら寝ることにした。






その頃、同居者は
同期Yちゃんから何人か変わり

制作部に入団してきた
Kに変わっていた。


Kからは後々に

「作演出家が怒鳴る音声で
びっくりして朝起きたら
そーちゃんが流す録音だった笑」

と後から言われた。








仲良し後輩チカと。

釧路湿原。


抜擢されてしまってからは

旅先でチカとどこかへ行く

機会も少なくなってしまったなぁ…

元常務秘書が何も考えずに

旅するミュージカル劇団に

入ってしまったあの頃…の話。








制作部、公演班、

劇団員合わせて
だいたい100人くらいいた頃…

この先三年間日本中を巡演していく
新作ミュージカルの配役発表。


その場にいた100人くらい全員が
内心



「…え…‼️❓…マジで⁉️
マジで⁉️…えーー!
これで行くか?⁉️新作⁉️」


「まず。こいつで大丈夫なのか⁉️」

「日本中でまわしていけるような
作品にするには装子ではダメだろう」


「まず、こいつ、やれるのか⁉️…
〇〇がやったの方がいいんじゃないか⁉️」


「え⁉️なんでこの役、
△△△じゃないの⁉️」


「この役は◇◇◇が
やるべきだろうよ‼️」


「この役のキャラクターは
◆◆◆ちゃんにピッタリ。
なんで装子なんだ?!」


「あー…また、はじまったよ、
作演出家のよくわからない
ワンマン判断…!」



などなど
思ったに違いない。


実際
後に作曲担当のテラさんには

「オレはそーこよりも
〇〇〇がやった方がいいと思ったよ‼️
これは〇〇〇のキャラクターの
役だ、ってオレは正直反対だった」



と言われた。




そんな悪い意味での
衝撃の配役発表と本読みが終わり。


休憩になった時


一階事務所から
地下稽古場に内線電話があり

外線だと呼ばれた。


電話に出ると


母が泣きじゃくっていた。

「ノブが…ノブが…」




…弟の名前を言っている。



「ノブが…、冬休みから
あの後もずっと熱が下がらなくて…
今日、年明けだからって
国立病院に連れて行ったら…
その場でバターン!!と倒れて
意識不明になって…
そのまま
集中治療室に入って…

ヘルペスウィルスが
脊髄から脳に入ったらしくて
このまま意識が戻らず
死んじゃう可能性は約7割、
仮に意識が戻っても
植物人間になる可能性が
高いって…」






……


呆然と電話を切った後、

「弟が死んじゃう!
弟が!弟が死んじゃう!
弟が死んじゃう!」


コンクリートむき出しの階段に
泣き崩れたような…
気がする…


…そのアタマの上で

さっきまで本読みをしてた
女優であり作演出家の片腕でもある
No.2のAさんが

「ダメよ。
大阪なんかには
帰れないわよ。
だってこの子、
主役だもん」

と言ったのが聞こえた。
















四国の海…?

いや、新潟…かな