灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし
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ルチオ・フルチ,ビヨンド再見:幽霊屋敷ものとゾンビ映画のハイブリッド

 

思想の科学研究会編『民衆の座』(河出新書)★★★☆☆

 

生活者には、生活者自身の思想の表現方法がある。それは、それぞれの毎日をどう生きているかということ。この点でとらえるなら、大学の教師などは実に貧しい思索力しかもっていないと言えます。

それぞれの個人の生活の中に、どういう問題があらわれ、それらがどういう生き方によって解かれているか。哲学の問題を、この仕方で問うとき、私たちは、現代日本の哲学の根本的課題が、大学の研究室における海外新刊書の解読よりも、日本の民衆の思想的な肖像をつくることに、より深くつながっていることを確信するのです。

 

との、いかにも鶴見俊輔らしい力強い序文で始まる本書は、職業別に市井の人々の伝記を集めたものとなっている。

 

伝記とはいえ、ここに登場するのは英雄でもなんでもなく、あくまで中心となるのは、経済的苦境を主とした日々の暮しの描写であり、そしてそれぞれの職業がいかに苦境を乗り越えるかという点である。

 

それは宗教やひとの絆であったり、ただただ耐え忍ぶとか諦念といったようなものばかりで、積極的な何かが提示されるわけではない。

 

それでも、鶴見がいう「現代日本の哲学」が、日々の生活について貧しい思索力しか発揮し得ないのに対し、ここで描かれる「生活者自身の思想の表現方法」が具体的にどのように生活のなかで発現するかを、読み取るべきなのである。

 

それが成功しているかというと、ただのライフヒストリー以上のものではないようにも思えるが、敗戦の雰囲気を漂わせるの日本のなかでの彼らの生き様を読めるのは貴重。

 

本書の五年後に上梓される傑作ドキュメンタリー『現代日本の底辺』(三一書房)と合わせて読むと、さらによいかと思われる。


伝記について 鶴見俊輔/p3
農民―横山仙太郎の生活と思想― 安達生恒/p22
炭やき―郷田丑松の生活と思想― 安達生恒/p37
漁師―磯田虎蔵の生活と思想― 判沢弘/p52
職人(板場)―山本春市と鈴木伊太郎の生活と思想― 佃実夫/p66
商家の妻―門田いねの生活と思想― 鶴見俊輔/p82
保母さん―佐田さよ子の生活と思想― 牧瀬菊枝/p94
小使さん―井上トクの生活と思想― 板倉ミチ/p112
サラリーマンー小林明の生活と思想― 足立巻一/p126
部落民―砂原宗四郎の生活と思想― 多田道太郎/p142
朝鮮人―李春善の生活と思想― 判沢弘/p158
浮浪児―前田昌三の生活と思想― 加藤秀俊/p174
[ハンセン]病人―西木延作の生活と思想― 志樹逸馬/p187
伝記のつくり方に就て 判沢弘/p202
参考文献/p219
伝記グループ名簿/p220

 

★★★☆☆

 

 

 

 

 

森村誠一『鍵のかかる棺』(角川文庫)★★★☆☆

 

 

タイトルはいかにも森村的で大げさなのだが、客室を「棺」と見て取る彼の怨念めいた思いは、ホテルマン時代に培われたものだろう。

 

本書はその経験をフルに活かし、「これでホテルについては全て書き尽した」というだけあり、ホテルを舞台として飽かせぬ人間群像劇となっている。とはいえ、ここで「全て書き尽した」というのは、本編にはほとんど無関係な、ホテルで起こった小話みたいなトラブルのことなんだが。

 

さて冒頭のA国大物が秘密裏に来日、同日、そのホテルに宿泊した美女が熊谷某所で死体となって発見されるときたら、両者に繋がりがあるのは当たり前で、この点に期待するの筋違い。

 

それよりも、これまた同じ日にホテルの外観を撮影したのち、理不尽に殺害されたジャーナリストからネガを託されたホテルマンと、その友人の活躍がなかなか読ませる。もちろん、ネガをめぐる醜悪な陰謀に巻き込まれるわけだ。

 

ただし二人がただ巻き込まれたというだけでなく、ホテルへの怨恨や被害者への思慕といったように、首を突っ込む理由がしっかりとしているのは、さすが、ありきたりな話をしっかりと読ませる手管というべきだろう。

 

残念ながら、全体を貫く謎というものの魅力は薄く、あくまで二人のドタバタにも似た活躍、ホテルの経営層の争い、宿泊客の奇妙なトラブルといったサイドメニューで読ませるタイプの一篇である。ホテルをネタにした密室殺人のようなガチの本格ではないことは、覚悟する必要がある。

 

★★★☆☆

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