かつて「ミスターOPEC」と呼ばれた男がいた。
1962年から86年までの24年間、サウジアラビア(サウジ)の石油大臣を務め、1973年のオイルショックをリードする一方、米資本だった「アラムコ」をサウジ国営石油「サウジアラムコ」へと変身させた民間人だ。
詳細はぜひ「Reuters」2024年2月24日『Obituary : Yamani, the Saudi oil minister who brought the West to its knees』(*1)をお読みいただきたい。
お時間のある方は『ヤマニ 石油外交秘録』(ジェフリー・ロビンソン、ダイヤモンド社、1989年)をお読みなることをお勧めする。OPEC誕生秘話から、ヤマニが立ち会うことになってしまった第3代ファイサル国王の暗殺や、「ジャッカル」とも呼ばれたプロ・パレスチナのテロリスト、カルロスに誘拐され人質にされた事件、あるいはヤマニ解任の背景等、まさに「石油外交秘録」が満載の書である。
OPECは2017年1月からロシアを筆頭とする非OPEC産油国と手を組み、いわゆるOPECプラスとして石油価格決定権を手にしていると言われている。
なぜOPECプラスにその力があるのだろうか?
端的に言って、OPECプラスとして世界の生産量の約4割を占めていることと、サウジやUAEが必要となれば短期間で増産することができる余剰生産能力を持っていることが力の源泉である。
つまり、需給バランスを左右させる力があるとみなされているのだ。
だが同時に、メディア作戦の勝利という面もあることに留意が必要だろう。
実態があまり理解されないままに、様々な言説が世の中に流布、定着している側面があるのだ。
たとえば、自主減産と組織決定としての協調減産とでは、本質的に異なるはずだが、市場ではほぼ同じものとして受け止められている、といった具合だ。
そもそもOPECは、ジェントルマン・アグリーメントに基づく組織だ。加盟国が合意違反をしても、ペナルティを課すことにはなっていない。罰則規定はないのだ(*2、*3)。
したがって違反行為を行っても、内部で批判されるだけのこと。特段、物質的、経済的損失を被るわけではない。
ましてや自主減産となれば尚のことである。
OPEプラスとは、面の皮が厚い奴が結局は得をする組織体なのである。ロシアがその代表例だと言えるであろう。
たとえば現在、OPECプラスは協調して減産をしている、と理解されている。
但し、事態は単純ではなく、次の図のように三重構造となっている、と。
一番下の青色が2022年10月、OPECプラスとして組織決定し、実行しているとされる200万BDの協調減産だ(①)。
その上の赤色は、2023年4月、サウジを筆頭とする9か国が行った166万BDのサプライズ自主減産である(②)。
そして一番上の灰色が、2023年12月に合意し、今も6月末まで有効な8か国による220万BDの自主減産である(③)。
これだけを見ると、OPECプラスは今、合計586万BDの協調減産を行っているように見える。
だが、これは実態を表してはいない。
なぜなら、それぞれ何を「基準生産量」として「減産」しているのか、あいまいに見せているだからだ。
振り返ってみよう。
サウジがロシアに「石油戦争」を仕掛け、同時にコロナ禍による需要「蒸発」が生じた2020年4月、NYMEXのWTI原油市場で初の「マイナス価格」が生じた。未曽有の時代である。
筆者は、OPECプラスは「海図のない航海」に乗り出した、と評した。
かかる緊急特別事態への対応としてOPECプラスは、970万BDの協調減産を実行した。
この協調減産は漸次緩和(=増産)され、2022年8月にすべて解消された。
ところが需給バランスの悪化が懸念されたためサウジが主導して2022年10月、200万BDの協調減産を組織決定し、実行したのである。
このときの「基準生産量」は、2020年4月に970万BDの大型協調減産を合意した時の原則と同じ「2018年10月生産量」だった。
ところが2022年8月に2020年4月に合意し、実行した大型協調減産を解消したとされる2022年8月までに約2年半の時間が経っている。この間、十分な投資・管理ができずに生産能力を減少させてしまった産油国があった。アンゴラやナイジェリアがその代表例である。
これらの国々は、減産緩和=増産となっても計画通り増産することができなかった。
その結果、2022年10月、新たに200万BDの協調減産に合意したものの実効100万BDの減産でしかない、と評価されていた(たとえば2022年10月6日「エネブロ#868」、*4)。
一方、この間にも長期国家目標から生産能力を拡大するための投資を行っている国もあった。UAEがその代表である。
これらの事態からOPECプラスは、あらたな「基準生産量」を決める必要性に迫られた。
かくて2023年6月の第35回共同閣僚会合(ONOMM=OPEC & Non-OPEC Ministerial Meting)でOPECプラスは、2024年1月以降の新たな「基準生産量」について合意した。
現在有効な減産幅というものは、2024年1月以降の新たな「基準生産量」をベースに考えるべきなのである。
すなわち先ほど紹介した三重構造の減産グラフで言えば、一番下の①青色200万BDの協調減産は対象外だ。
つまり、現在行われているのは②赤色と③灰色の自主減産なのである。
これらは共に組織決定に基づくものではない。
では、自主減産の実態はどうなのか。
組織としてのOPECはどのように位置づけているのであろうか。
最近の動静から見てみよう。
2024年4月3日に開催された第53回共同閣僚監視委員会(JMMC=Joint Ministerial Monitoring Committee)に関してOPECホームページは、次のような声明を発表している(*2)。
短い文章だが読者諸氏の便宜のため、あえて拙訳を紹介しておこう。
・第53回共同閣僚監視委員会(JMMC)は2024年4月3日、ビデオ会議で開催された。
・JMMCは、2024年1月と2月の原油生産データをレビューし、協力宣言(DOC=Declaration of Cooperation)に参加しているOPECおよび非OPECの産油国が高い順守率であることを確認した(noted)。同時にJMMCは、ロシアが2024年第2四半期の自主的供給削減を、輸出量ではなく生産量に基づいて行うと発表したことを歓迎した。
・2024年1月、2月および3月に過剰生産しているDOC参加国(注:OPECプラス)は、2024年4月末までに詳細な補填計画を提出することとなった。
・JMMCは引き続き、2023年6月4日の第35回ONOMMの決定事項、2023年4月のOPECプラス数か国による自主減産、2023年11月ならびに2024年12月の自主的生産調整とその期間延長の順守状況を監視する。
・JMMCはまた、引き続き市況動向を詳細に分析・評価し、DOC参加国が喜んで市況の変化に対応する心づもりがあること、並びにOPECプラスの力強い団結力に基づいて必要な手段を採る用意があることを確認した。
・次の第54回JMMCは2024年6月1日に開催予定である。
このように、組織決定としての減産は合意されていないものの、あたかも協調減産が合意され、実効されているかのような収め方である。たとえば「補填計画」なるものが象徴的だ。
自主的とはいえ現在の減産量は、2023年4月の自主減産166万BDと2023年11月の自主減産220万BDの合計、386万BDである。
これはどの程度順守されているのだろうか。
生産量データが入手可能なOPECに限って生産実績を「基準生産量から自主減産量を差し引いた量=枠」と比較すると、次のようになっている。
なお、2024年1月から脱退したアンゴラは除外してあるのでご了解願いたい。
(実績:OPEC月報、単位:千BD)
24年基準 4月減産 11月減産 減産後枠 1月実績 2月実績
アルジェリア 1,007 ▲48 ▲51 908 911 918
コンゴ 276 - - 276 244 251
赤道ギニア 70 - - 70 55 61
ガボン 177 ▲8 - 169 205 205
イラク 4,431 ▲211 ▲223 3,997 4,217 4,203
クウエート 2,676 ▲128 ▲135 2,413 2,429 2,421
ナイジェリア 1,380 - - 1,380 1,429 1,476
サウジ 10,478 ▲500 ▲1,000 8,978 8,962 8,980
UAE 3,219 ▲144 ▲163 2,912 2,926 2,933
OPEC 9か国 23,714 ▲1,039 ▲1,572 21,103 21,378 21,458
このようにOPEC9か国のうち7か国が「枠」を超えて生産しており、その量は355千BDとなっている。
はてさて「高い順守率」とは何を指しているのだろうか?
石油価格を決めているのは、市場参加者が将来の需給バランスをどう見るか、それに基づいてどのような売り買いをするか、である。
その意味では、「自主的」とはいえOPECプラスとして386万BD、OPEC9か国で261.1万BDの減産を行っているという事実は重要である。しかもそのうちの150万BDはサウジが一か国で行っている減産だ。
市場参加者は、サウジの生産政策により供給量が上下する可能性を絶えず念頭に置く必要に迫られる。
一方、長いあいだインフレによる景気悪化が懸念されてきているが、米経済もソフトランディングが可能な展開だ。
サウジが望む「少なくとも80ドル、望むらくは100ドル」という油価が当面維持されそうな状況にある。
したがってサウジも、イラクやナイジェリアのように「枠」を超えて生産している国があっても、大騒ぎはしないのではないだろうか。
また、2022年10月以降、一度も組織決定できていないことに一時は苛立っているように見えたが、現状、あえて問題視していないのだろう。
かくて石油価格はOPECプラスが決めているという、サウジにとって有利な言説が広まるのも放置しているのでは、と筆者は判断しているが如何なものであろうか。
*1 Obituary: Yamani, the Saudi oil minister who brought the West to its knees | Reuters
*3 石油輸出国機構(OPEC:Organization of the Petroleum Exporting Countries)の概要|外務省 (mofa.go.jp)
*4 #868 減産「名目200万BD」「実質100万BD」ガソリン価格はどうなる? | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)
*5 OPEC : 53rd Meeting of the Joint Ministerial Monitoring Committee