2年間を終えて振り返ってみると、まず元気に無事にやりきれたことが素直に嬉しい。
2年間を終えての感想を少し書いてようかと。
【プル族の村人との関わりを通じて、、、】
電気も水道も学校も病院もない村で、自給自足で生きる村人。お金があまり価値をもたない社会で生きる村人の姿は、俺の価値観をぶっ壊してくれるものでした。みんな穏やかで笑顔で助け合いながらイキイキと生き、自然と向き合いながら生きるために働き、家族や仲間や家畜と関わりながら、JAM(平和)に溢れる日々を過ごす。いろんな問題もあるけど、村人と生きる日々は、めっちゃ素敵なものでした。
日本の企業で5年間働いた自分、この2年の経験をした自分。幅広い価値観を経験し、生き方を見て、感じることも考えることも多かった。これからの生き方にどんな影響を及ぼすんやろ。どっちがいいかではなく、自分にとっての大切なことを大切にできる自分でいたいなとは思います。
【クサナールで向き合って積み重ねた2年間】
当初誰も知り合いがいない中で、人間関係を作り、生活環境を整え、現地語を学び、地域の状況を理解し、村を回り、活動を決め、村人と向き合いながら活動を進め、それを2年間やりきれたという経験。
誰も指示してくれず、進む道は自分で決めるしかない環境で、不安の中でいっぱい悩みながらやってきて、最後に村人に惜しまれて充実した思いで帰国きたことは、自分にとって大きな自信になりました。
ああすればよかったなんて言えばキリないけど、どこへ行ってもそこで「なんとかする」というたくましさは身についたかな。
【隊員仲間の繋がり】
セネガル同期やクサナールの隊員など、2年間で関わった隊員仲間と過ごした日々は一生の宝物。彼らと出会えただけでこの道を選んでよかったなと思う。弱いとこいっぱい見せて甘えたし、助けられたことばっかりで、彼らのおかげでやりきれたと思う。いっぱいバカやって飲んで語って過ごした日々は最高でした。この繋がりはこれからも大切にしたいな。
【協力隊事業について】
今、世間では事業仕訳けやらで、青年海外協力隊事業に対する風当たりはいいとは言えない。隊員の様子はセネガルしか見てないけれど、この事業は現地にとっても隊員にとっても、とても意味のある事業だと思う。
日本では経験できないことばかりだったし、隊員は現地の住民から必要とされる活動を頑張っていると思うし、これからもこの事業が継続的に続く事を願いたい。
そしてこの事業の一員として活動できたことを光栄に思う。
皆さんもやってみてはいかが??
後輩隊員が作ってくれました。
【ブログを始めて3年】
数えてみると、全部で448の記事を書いてました。毎月最低10回更新の目標はやりきれたのかなと思う。最後まで事実を俺なりに素直に書きました。
自分の経験の記録としても続けてよかったと思ってる。今まで読んでくれた人、ありがとうございました。
当初は閲覧数が1日10件以下だったのに、最近は毎日200台前後のPCから見てもらってるようで、ありがたい限り。
このブログで、隊員仲間に俺を理解してもらったり、日本の人に協力隊やセネガルを知ってもらえたのなら嬉しいです。
これからどう生きるかは、まだ全然わからないけど、それはまた別の話。
そして関わってくれた人、家族、友人、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
この記事をラストにこのブログは終了とさせていただきます。ありがとうございました。
ではでは。