最初はごくごく親しい友人達に向けた、単なる生存証明のつもりで始めたブログだった。

元々日記みたいな継続性を要求されるような習慣は、二日坊主で終わってしまうキャラだったし、基本、奥さんがいたりするからそんなにのめり込んで毎日書いてる暇なんて無いだろうと思っていた。

しかし初っ端から青天の霹靂チックな悲劇に見舞われ、期せずして異国で一人毎晩自問せねばならない状況に追い込まれ、なんかいつの間にブログを更新することが、自分にとっても日々とても重要な所作となっていった。

まるでそれ自体がraison d'etreとなっていった。











一方でこのブログを通じていろんな人達と知り合うことができた。

ブログをやってなければ決して知り合うことはなかっただろう、かけがえのない人達。

留学開始早々孤独に突き落とされたものの、それを埋めてなおかつ余りある程に僕の心の隙間を埋めてくれた。

そのうちの何人かの人達は、一生の友人になるだろう。

さらにはこのブログを通じて彼女ができて、その人が奥さんになって、さらには子供まで産まれた。

なんてこった(笑)

某出版社の社長から、このブログの書籍化の話を頂いた。

(そのうち、出るのか、な・・・?)

某TV局から、ドキュメンタリー番組化の話を頂いた。

(これはお断りさせていただきましたん)

元から確かに文章を書くのは好きだったし得意だったが、ここまで芸が身を助くとは正直全く想像だにしなかった。











Offである読者の方に会った時に、「pittsblogさんって、明石屋さんまみたいなキャラの人だと思ってた」と言われた。

まぁブログでは雄弁かもしれないけど、普段の素の僕は明石屋さんまキャラの対極のキャラクターでしょうね。

基本、べしゃりは苦手でつ。

ちなみにアメリカに3年間留学してても、ちっとも英語は上達しませんでしたん。

確かに何人かの留学の先輩に「自分でもびっくりするほど英語は上手くならないぜ」と言われてましたが、確かに、その通りでした(笑)

とりあえずは今後知り合う人には、アメリカに3年いたとか絶対内緒です。

まるで英語が理解できてしゃべれるかのような誤解を与えてしまうので。

っていうか実は僕はこの留学の早い時期から、英語で会話することが苦手以前に大嫌いになってましたが。











今ワシントンDCにいるが、いろんな意味でピッツバーグの特殊性を感じる。

まぁもちろんここと比べればピッツバーグはかなり田舎だというのは当たり前なのだが、それプラス、よく言われることですがピッツバーグは元来肉体労働者の街なので、品が無い人が多いですね。

まぁそれでいろいろ気分の悪い嫌な目に遭いましたけどね。

田舎なら田舎らしくのどかならいいんだけど、そこまで田舎じゃないのがまたいろんな問題なんだな。

アメリカに来たんだから、せめても車社会に住みたかったな。

モータリゼーションは日本の地方都市の方が、少なくともピッツバーグよりは進んでいる。

ま、いろいろ恨み辛みはありますが、もう済んだことで。












むしろこれからスッテンテンの状態で日本に帰る方が、チャレンジャーかな?

家財道具も何も無いぞ。

お金はマイナスだじょ。

奥さんは田舎暮らしは初めてなので、ピッツバーグに来た時よりもカルチャーショックが強いかもしれぬ。

住民票や医療保険どころか、まず国籍や戸籍を作んなきゃならなかったり。

ってか、久々の臨床だなぁ~。












とにかく長い長い夢から醒めて、現実に戻ります。

ホントにいろんな人達の助けてもらいながらここまでやってきて、そしてまたお世話になります。

最後にそれらの方々に感謝を捧げつつ、このブログを終わります。

皆様ありがとうございました。




6月26日 バージニア州アーリントンにて




P.S. 日本で金策にお伺いしたら、よろぴくお願いいたしまする~


ピッツバーグでの最後の更新でつ。

もうすぐネットも止まって、すぐにワシントンDCに向けて出発になります。

やっぱり最後の数日は忙しくてバタバタですね。

そして今日までラボで仕事を命じられてたし。

まぁボス達やフェロー達とも穏便にお別れいたしました。

そして皆様、大変お世話になりました。

そろそろおしまいですが、DCで少しゆっくり時間が取れそうなので、そちらで最後の更新ができるかもしれないです。

それではピッツバーグの皆様、さようなら。

また会えればいいですね。

いろいろありましたがいい経験でした。

お元気で。




早いものでこのピッツバーグの地にやってきて、このブログを始めて今日で3年。

いろいろあり過ぎましたなぁ~。

まぁこんな結末で留学が終わるとは、当初は全く想像してませんでしたがwww

アメリカ人の娘を伴って帰国するとは(笑)

今日娘のパスポートが届いたが、アメリカのってカッコイイのね~。

やっぱこういう愛国心を高めるグッズ(たとえば国歌や国旗とか)って、日本のは(敢えて?)ダサく作られてるけど、こっちのは直感的にかっこいいよね。

まぁ考えてみれば日本以外のほとんどの国家は、他国と戦争に突入する可能性を常に念頭に置いているので、平時から国民の愛国心を育んでおかないと戦時(いや、今の時代平時でも)に足元をすくわれる可能性があるからね。

憲法9条、バンザイっ!!(lol)















こちらの生活の撤収&帰国準備が忙しい。

ボス達は帰国ギリギリまで働かせる(笑)

まぁそれで論文がさらに1本増えるなら、しょうがないけど・・・。

奥ちゃんもだいぶ元気になってきてるし、赤ちゃんはすげぇ元気。

父親に似て、デヴ。

でもアメリカンらしいwww

出産後&帰国前なので、人の出入りがすごく多い。

明日はお別れBBQ。

連日外出したりいろんな人にかわいがられたりで、赤ん坊も一時期ぐったりだったが、しかしそれでも肥え続け成長曲線のmaxを移行する我が娘でしたん。

それにしても帰国目前にして、やはり手続きなどがすごく多い。

先日はトラック借りてコロンバスまで船便荷物を送ってきました。

ライフラインを順々にクローズしていく訳ですが、その一方で自分、奥さんや赤ちゃんのいろんな手続きがある訳なんですねぇ。

今は僕は無職なので、家族を保険に入れたり、赤ん坊を一人前のアメリカ人に仕立て上げたり。

しかも前代未聞、僕と奥さんの婚姻関係が「期限切れ (expired)」しちゃったりして、法的に夫婦なのかそうじゃないのかもう分かんない状態(笑)

でも婚姻関係があいまいなアメリカなんで、あんまりそこら辺気にされない。

夫婦別姓でも役所や公的サービスで結婚証明書を要求されることはほとんど無い(だからexpireしてることに気が付かなかったんだが)。

まぁいろんな愛の形、パートナーシップの形態に寛容な国なので、legalに結婚しているか否かなんて、あんまり大事なことじゃないのかもしれない。

逆に日本だと夫婦同姓でも、ダメ押しで戸籍抄本などをことある度に要求されるんだから、不思議だよね。

それにしてもゴタゴタ続きで、ウチの夫婦は結婚記念日がいつなんだか、全然分からなくなってる状態です(法的にはまだなのか?)。

でもこの国にいる限りはそんなに大事なことじゃないようなので(「結婚するんだ」と口で言ったらビザでさえ簡単に下りた)、できれば滞在中に法的に結婚して、もし間に合わなければ日本で結婚ってことでいいかぁ~、という感じになってますwww

それにしても知らない間に結婚が期限切れって、世の男性方には羨ましい話でしょうねぇ。

あぁ、「ピッツバーグ便利帳」には、唯一「結婚の仕方」についての記載が無いんですよねぇ。

僕は結局日本でもアメリカでも2回ずつ結婚することになりそうなので、なんでも聞いてねドキドキ












ここでの生活ももうわずか。

ムービングセールは内輪だけでほとんど完売しそうな勢いで、家具も日に日に減っていく。

来週には最終セールだけメーリングリストに流して、ピッツバーグとはおさらばかな?

一応昨年末の雪辱を晴らしにワシントンDCをゆっくり観光してから帰りますが。

こちらにある程度長くいらっしゃる方には、日本に帰りたくてしょうがない方が結構多いですよね。

こっちで頑張ってる人ならではの無力感みたいのは、分かるような気がします。

僕も今は正直こんな国は早く出て、日本で自分のやりたいように働けるのを楽しみにしてます。

そりゃ、日本は日本で大変ですし、ポジション的にもかなりストレスがかかる可能性があるけどね。

ま、幸い結果オーライで留学を終えることができて良かったですな。





奥さんの産後の具合がいまいちだったので、体力の回復を待つために帰国を延期した。

ったって10日位ですけどね。

結局J-1のgrace period、いっぱいいっぱいまで滞在することになりますが。

まぁその分いろんな時間的な余裕も生まれて、ちょっとした旅行にも行ける時間ができたり。

ただ今のところは相変わらず結婚、出産を含めたいろんな手続きに追われる日々ですが・・・。














最近ふと考えるのだが、普通日本の医師が海外研究留学する場合、大部分の人は大学医局に所属したまま出かけ、また医局に戻るんだろう。

でもこっちではポスドクを2~3年やったらassistant professorになって、完全な独り立ちは難しくても一人の独立した研究者となって、自分でグラントを取って自分のラボのマネージメントを学び、自分で研究をまとめてcorresponding authorとして論文を出すトレーニングを始める。

でも日本人Dr.は日本に帰ったところで、助手のポストに付ければまだ良い方で、それも難しいことが多い。

アメリカ的にいきなり講師就任、って人は少ないだろうし、さらに准教授や教授がいない部門での講師、っていうチャンスは非常に稀だろう。

だから日本人医師で、2~3年のポスドク留学後に帰国して即PI、ってのは難しいんだろうなぁ。

まぁだから日本で僕のように、ポスドク留学後すぐに独立してラボを持って研究できる(もちろん臨床の仕事もかなりあるが)のはラッキーなんだろうなぁ。

もちろん大変な点はまたいくらでもあるが、ポスドク→PIにダイレクトに行けるメリットの一つとしては、今までやっていた研究を(日本の上司の顔色を窺うこと無く)そのまま続けられることだろう。

という訳で最近は今のボスとの話は、帰国後のコラボの件、グラント取得の件が多くなってきた。

幸い今のボスは彼しか持っていないツールをたくさん持っているので、大して頭を使わなくてもそれを使ってありきたりのことをやっても、普通に論文が出る仕組みになっている。

さらに患者サンプルを移動するのを昔は散々嫌がったボスだったが(書類が面倒なので)、僕の帰国後はいろいろ送ってくれるらしい。

患者サンプルを10個、20個・・・~100個単位で手に入れるのは日本の方が楽だが、ある病気の100個、200個・・・~1000個以上のサンプルを手に入れるのは、医局の壁がある日本よりもアメリカの方が楽だ。

特に最近は技術の進歩のおかげで、数百人分のサンプルを小さなチップの上に簡単に乗っけることができるので、サンプルの輸送も解析も楽になって来ているし。

鯛の尾より鰯の頭。

鶏口となるとも牛後となることなかれ。

定年直前の人望の無い無為無策無能な教授の下に帰って、こき使われつつひたすらその死を祈り続ける日々ってのもエキサイティングかもしれないが(笑)、まぁ、これでよかったんでしょう。

明日から2人の耳鼻咽喉科医が、新たにピッツバーグの餌食になりに来る。

そもそもピッツバーグ大の耳鼻咽喉科は、ハーバードと並んで世界でも三本指~五本指に入る名門だ(ま、僕には関係ありませんがwww)。

是非ともそこから何かを学んでいって欲しいものだ。














今年はペンギンズはプレーオフ第2ラウンドで、しょぼく敗退。

特に最終戦は歴史に残る世紀のダメ試合を演じる(笑)。

今年のStanley Cupの決勝の組み合わせは、とにかくPittsburgherにとっては悪夢のような2チーム。

もはやこのHockey City(あ、Steelers Countryか)で誰もStanley Cupの話をする人はいない。

でも毎年元旦恒例となった野外スタジアムでのWinter Classic、今年はPittsburghで行われる。

やっぱりペンギンズじゃないと客が入らなくて盛り上がらないようだ。

今年のボストンvsフィラデルフィアのWinter Classicは、5~6万人入るアメフトのスタジアムではなく、野球のRed Soxのフェンウェイパークで行われたが、寂しい限り。

んで来年の元旦はペンギンズなのでSteelersの本拠地Heinz Fieldで開催。

そして相手はOvechkin擁するWashington Capitals。

最高の人気カードだから、Heinz Fieldは超満員だろう。

いいなぁ~。

僕は生で見ることができないだけでなく、NBCの地上波TV中継も見れない。

まぁネットで見れると思うけど・・・。

それとも年末年始はカリフォルニア辺りでTV観戦かな?



5月11日昼前、女の子が無事に産まれました。

母子共に健康ですが、ウチの家系らしくchubbyな子でした。

第一印象は・・・亀田三兄弟のオヤジ、もしくは朝青龍・・・って、ちょっと顔の不自由な女の子でしたが、そのうち美人ちゃんになることを祈って。










帰国後の新しい職場も決まりそうで、結局前に決まっておじゃんになった病院と大体同じような感じになりそう。

ま、無理せず子育てに励みますよ。












そろそろこのブログ、「ピッツバーグ研究留学日記」も終わりになりますね。

まぁ、このブログをやって良かったこと、嫌だったこと、いろんな思い出ができました。

もう何回も更新できないと思いますが、皆様いろいろとありがとうございました。

またどこかでお会いできることを祈りつつ。

あ、もうしばらくブログはやりませんよ。

そんな暇はもう無いですからね。

多分もう、一生。