昨年 たまたま みた番組

『セブンルール』

たじはる ちゃんが 出ていた。

彼女は、とても魅力的。

世界中を 旅して 

すごい景色をカメラにおさめてきてくれる。

みたこともない世界。

息をのむほどの 美しさで

地球上に こんなにも 美しい場所があるんだ。。

と 感激だった。

そんな彼女の写真が たくさんつまった本。

ずっと 欲しいなと思っていた本。

ついに 私の手元に やってきたラブ



わたしは海外旅行が 大好きだ。

だけど いまは

時間も
費用も
体力も

ない。

だから私は

この本を ながめて

行ったつもりになるチュー

何度みても うっとりする写真集は

なかなか 出会えないハート

毎晩 寝る前に 読もうと思う照れ

ハタチで免許をとってから

1度だけ 家の車を運転。

それからまるまる 12年 

ペーパードライバーだった車

高い身分証明だったな。。と思っていた。

でも大阪に越してから

タァとサリーちゃんを療育園に通わせることになり、

電動ではない自転車の 前後に2人を乗せて

ものすごい坂道をのぼり

体力に自信は あったものの

私の想像をはるかに越える 険しい道のりだったのだ。

もう心が折れて

まだ友達も知り合いもいない地で

心細くなり

大人げなく  泣いてしまった。

泣きながら自転車を押していると

いかにも『大阪のおばちゃん』ってかんじの おばさまたちが

声をかけてきた。

泣いてる私を励ますように

不機嫌な タァ たちを

あやしてくれて

飴ちゃんや、手作りっぽいキーホルダーをくれたのだ。

なんて優しいのえーん

あのときの気持ちは、8年たった今も忘れない。

それからすぐに

こんな道のりを通えるかーガーン

ってなって

ついに私は

車のハンドルを握ることになった。

ペーパードライバー教習を受けて

車道へ出た。

心臓が飛び出そうなくらい

こわかったけど。。。。

私が頑張らなきゃ だれがやる!

と なんとか乗り越え

今では、行きなれたところのみ大丈夫になった。

しかーし‼️

運転は なんとか出来るようになったものの。。

わたしは あれがムリなのだ!

そうビックリマーク

セルフのガソリンスタンドえーん

ひとりで、海外の旅に行く勇気はあるのに

なぜ ガソリンスタンド でガソリンを入れる勇気がないのか。。

自分でも、わからない。

なので いつも ガソリンがなくなりかけていると、マーに入れてもらうのだ。

8年も乗っていれば

1度くらいはピンチがあるもので

うっかりだった。。

ガソリン入れないと家に帰れないってときに

勇気をふりしぼって、ガソリンスタンドに入ったのだ。

どうしよどうしよ!まず、えっと。。

と アタフタしていると

スタッフのお兄ちゃんが来てくれて

なんと❗️ガソリンを入れてくれたのだ!

レクチャーしてくれてたのだけど、あまりにも私の手際がわるく

結局ほとんど やってくれたのだ。

何度も何度もお礼を言って

その時は 助かった。

しかーーーーーーーし

今日 2度目のピンチがやってきたのだ!

ガソリンがない。。

あれ?マーは 足を骨折してる。。

だれが入れるの?ガソリン。。。。

私じゃんガーン

めちゃめちゃ不安がる私を心配したのか
(いやきっと、とんでもないことするんじゃないかと思われて信用されてない)

車の中から 指示を出してくれて

ガソリン補充 完了笑い泣き

やればできる〰️
なんか私も ひとつ成長したな


良い気分ニヤリ

次は ひとりで できそうだ音譜


2020年になりました爆笑

白血病と診断をうけたとき

2020年のオリンピックは みれるのだろうか。。

と思ってたけど、

わたし、ちゃんと ここにいる!

2020年を迎えてるかに座

ありがたいことに

移植後2年たち、3年目に はいった。

本退院してから これまで 

入院することはなくこれた。

本退院するときに 先生から

『長い外泊だと思っていたほうがいい』

と言われた。

だから、いつ 何かで 入院することになるか

いつもびくびく 心の準備だけは

してきた。

1年の闘病で 22㎏ 痩せた体重は

現在 10㎏ リバウンドびっくり

あれだけ、食べれなかった 白米も

普通に、美味しく、食べれるようになって

食べることが 楽しい❗️


12月に タァから インフルエンザを ソッコーもらい。。

タァ→わたし→マー  と感染。

サリーちゃんだけ 逃れたガーン(マジですごい)

タァと マーは 薬をのんで、すぐに熱も下がったけど。。

わたしの高熱が❗️なかなか 下がらず

合併症おこしてるんじゃないかって

CTとったり、レントゲンとったり、

あれこれと 調べても

異常はなく。。

やっぱ、まだ 免疫力 弱めなのね。。

と自覚した。

インフルエンザが治った❗️とおもったら

血尿出て、膀胱炎なるし。。

なかなか治らず しぶといし

とにかく、昨年末は 大変だった〰️えーん

そして、いまは マーが あしを骨折中ガーン

松葉杖生活を頑張ってます。。

日々、ほんとに いろいろあるし

考えなきゃいけないこと

決めなきゃいけないこと

たくさんあって、

時間も足りない笑い泣きあせる

って感じだけど、

無事に1日を 過ごせることが

ほんとに ありがたいですおねがい


移植前の入院中

ランドリールームに

洗濯物をとりにいったとき

1人の女の人がいた。

わたしは、なんだか

その人のことが 無性に気になった。

わたし、人見知りなんだけど

なんだか

めちゃくちゃ惹かれる人に出逢うと

自ら 話しかけてしまうんです。

とりあえず、その子に

挨拶をすると。。。。

なんだか、あっという間に

仲良くなり

話が弾み、

びっくりした。


わたしと、病気は違うけど

彼女は 『移植仲間』であることが

わかった。

彼女は

心臓移植

をしたそうです。


骨髄移植とは、ちがうけど

でも、

闘病年数もながく

とてもとても

大変だったんだと

わたしは、多くを聞かなくても

わかりました。


その子とは、

なんと同じ歳でした。

しかも、同じ誕生月。

『退院したら ランチいこう!』

その約束が 先月 果たされました。

『お互い無事に 39歳になれたね笑い泣き

その喜びを かみしめながら

一緒に お祝いケーキ 食べにいきました。

新鮮な生クリームなら食べてもいいって

許可でたので。。



すんごい 美味しかった❗️

そして、それぞれ

39歳の 目標のようなものを

語り合いました。

わたしは、まず

体力をつけること。

それから

今の自分にできること。。

探せたらいいなって

思ってます。




骨髄移植を受けることが決まったとき

移植日が 待ち遠しかった。

怖い反面

長い長い入院生活から

解放されたかった。

でも、先生は

『移植は、ゴールじゃないからね。スタートだから。』

と 、何度も言ってきた。


だけど、わたしは

そのときの先生の言葉の意味を

完全に理解できてなかった。

その時を 生きるのに必死で

先のことを じっくり あれこれ

考える余裕がなかったから。


でも、いま

あの言葉の意味がわかる。

すごく!わかる!!

たしかに、ゴールではない!

スタートだ!


でも、よくよく考えたら

ゴールって何?

移植した日から 5年後?

時間って、

『あぁ。。あと5年もあるのか。』

と思っても

過ぎてしまえば

『え!もう5年たったの?!はやっ!』

と思ってしまう。

私だけ?


今日は 青空がキレイです太陽曇り

そんなことを思える自分の

今の状態。

今日も ありがたく

思うのです。

治療で たくさんの抗がん剤をつかい

移植で 致死量ギリギリの放射線を

あびた。


これだけ身体に負担かけといて

卵巣が無事とは 思ってないし

覚悟はしていたけど。。

月1  女子の日

は、こない。

かんぜん 閉経状態。

更年期障害が きてます。。

フットフラッシュ

というやつです。。

医師から

『ホルモン治療しようか?』

と言われてる。


早く閉経なると

骨粗鬆症になりやすいから。

いろいろと 問題なのだ。


だけど、ホルモン治療をするのも

デメリットもある。。


どうしよう


また選択しなければいけない事が!

わたし、優柔不断だからな。。

次回の通院日に

骨密度を計測することになった。

わたしの骨は大丈夫なのだろうか


女性ホルモンを 作り出すには

どうすればいいのか。


食べ物から 摂取できない?

医師に聞いてみた。

だけど、

人間の身体に もともとある

女性ホルモンおとめ座

食べ物摂取で 作り出せる女性ホルモンおとめ座

似ているけど

同じもんではないらしい。


次回の骨密度をみて

また ホルモン治療のことは

考えたらいいか。。


まさか 30代で
(かなりの後半だけど)

骨粗鬆症ドクロの心配するとは。。

人生とは、何がおこるか

ほんとにわからないものです。


たまに、

『元気?』

と聞かれると。。。。

返答に困る。

だって。。正直

元気では ない!

病気になる前の 自分の体調を思い出す

それに比べると

明らかに 弱ってる。


だけど、絶不調  でもない。

あの治療中に 地獄のような苦しみを

味わっているから。。

あれに比べたら

元気である。

『元気ではないけど。。元気!』

こんな返事されても

相手は困っちゃうよね。


でも、正直なわたしの気持ちなんです。


体が いつ、悲鳴をあげるか

びくびく、おどおど

してしまう。


時に 皮膚が ピリッとしたら

『帯状疱疹きたか?!ガーン

咳が出だしたら

『肺炎なってる?!ガーン

頭痛。。熱っぽい。。関節の痛み。。

GVHD  きたかー!!!!!!

心のなかは 常に 不安。


いま、わたしの体調として、

これが 普通になりつつあって

フル元気だった頃の感覚を

だんだん忘れつつあるけど

きっと今、あのころの体調に

戻ったとしたら

その、軽快さに

わたしは、

飛びはねて、走り回るだろうな〰️。


わたしの体

少しずつでいい。

がんばっていこうね!


と 日々、語りかけてます❇️

1年前の誕生日

わたしは病室の

ベッドの上で

抗がん剤の副作用による

吐き気で ぐったりしてましたえーん

ひとりぼっちの

嘔吐ばかりの

つらい1日でした。


移植のため転院した

大きな病院では

とても可愛らしい看護師さんが

担当になってくれました。

その看護師さんが

誕生日の

メッセージカードを

もってきてくれたんです。


とてもとても

嬉しかった。


1年前の 誕生日を

思い出すと

まだ涙が出てきますえーん




ケーキがなくても
パーティーしてもらわなくても

それでもいい。

大好きな人たちと

同じ時を過ごし

笑いあって

歳をとる。

この上ない

プレゼントですプレゼント


病気になるまえに

何も感じず 過ごしてきた

『日常』が

どんなに贅沢なことなのか

いまは、すごく わかる。

家族の洗濯物を干すとき

家族に 食事を作るとき

それが できる喜び。


今日も1日

ありがとう!

って思うのですおねがい
久しぶりの更新になってしまいました。

闘病中、余裕がなく

更新できませんでした。


わたし!
生きてますおねがい

昨年の5月

急性骨髄性白血病 といわれ

即入院ガーン

ほぼ1年 入院していました。

人生で こんなに長期 入院したのは

初めてのことでした。

自分が どうなるのか、不安で怖くて

たくさん泣きましたえーん

家族や友達が たくさんたくさん

応援してくれました。



先のみえない毎日

治療の辛さに耐えれなくて

逃げたくなったときもありました。

心境など、ここには 書ききれませんが

かなり弱虫のわたしでも

なんとか今 こうして無事に

39歳の誕生日を迎えることができました笑い泣き


2017年   

5月 
 寛解導入法

7月 
 地固め1回目
(予後中間群と言われ骨髄移植を決意)

8月 
 痔核の手術をうける

9月 
 移植を受ける病院へ転院
地固め2回目

10月 
 痔ろうの手術

11月 
 地固め 3回目


2018年 

1月
 痔ろうの手術2回目
骨髄移植

4月 
 本退院


というかんじです。

治療中、免疫力が落ちたとき

痔ろうになりました。。。。

それはそれは おしりが痛く

ベッドから動けないほど痛くなり

少しでも動くだけで

おしりにナイフを突き刺されたような

そんな 激痛で

我慢の限界に達し

医療用麻薬に 頼りました。

でもそれでも、痛みは 消えず

結局、白血病の治療中に

おしりの手術を3回も しました。

おまけに 卵巣嚢腫まで再発してて

白血病&痔ろう&卵巣嚢腫

こんなに 抱えきれず

めちゃくちゃ泣きました。

骨髄移植は、とても 悩みました。

中間群と言われたので

先生も どっちつかず でした。

移植はせずに、化学療法だけで治療

もし再発したら移植。

その選択肢もありました。

だけど、この白血病は

再発率が 半々といわれました。

もし 再発したとき

こんな治療を

また いちから やる。。

わたしは、耐えられないかも。

と思い

移植に踏み切りました。

ありがたいことに、

姉とフルマッチしたのですキラキラ

正直いうと、壮絶でした。

大量の抗がん剤

移植前の前処置

致死量ギリギリの抗がん剤

放射線フルの12グレイ


吐きまくり、寝込み、

辛くて泣きまくり。。

20キロ 痩せました。

髪の毛もなくなって、まるで別人でした

歩けなくて、

院内移動を車椅子でお願いすることも

ありました。

ほんとに、ほんとに、

大変でした。

でも、いま

わたしは、ここに 居ます!

全てのことに感謝してますキラキラ
入院して  

抗がん剤治療前にすること。

それは

カテーテルを入れること。

カテーテルってなに?!

医師『首から管をいれるんだよ』

ゾッとした。

でも、そのまえに 

血小板が少なすぎるから 

輸血ね!

ってことで、腕から点滴です。

血小板って、黄色なんだ。。。。

初めて知りました。

しかも 血小板って 

有効?期限3日らしい。

ということは

この血小板は 3日以内に 

誰かが献血してくれたもの。

ありがとうおねがいラブラブ

あなたのおかげで 

助かってます!

そんな気持ちで血小板を

いただきました。

そのあと、カテーテルです。

首からって、聞いてたのに!

いきなりの  鎖骨から!?

ブスッと。。

心臓の近くの静脈?まで

管をいれる?

肺にささったらやばい?

なんか、

ブツブツ 声が聞こえてくるんです。

しかも、

わたしの肉付きがよかったからか

何回も失敗され。。。。

8回目か 9回目のとき 

あまりの恐怖に涙が!

痛みも感じてきて。。

もー 涙がとまらない!!

変な汗ダラダラ

たすけて。。。。


そのとき、看護婦さんが 私の手を

ぎゅっ とつかんでくれて

『こわいよね?いたいよね?私の手をおもいっきり握っていいよ!』

って。

おまけに

わたしの涙を

ティッシュで拭いてくれて

どんなに励まされたことか。。

結局 最終的に 首から入れることになり、

無事 入りました。


さいしょから、こんなに弱気で 

どうする!

って、おもったけど。。

耳元で がさがさごそごそ

おまけに、カテーテル縫い付けてるし。。

こわかったんですえーん