プラリア公開用ブログ兼イルマの記録簿

プラリア公開用ブログ兼イルマの記録簿

時々、プラリアが公開されます。イルマが何か呟くこともあるかもしれません。

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シナリオ名:It’s time to say Goodbye(第1回/全3回) / 担当マスター:でっかめん


 まるで戦場のようだった。
 事実、そこはまさに戦場だった。
 半壊した建物から立ち上る黒煙が粉雪の舞う空に向かって流れていく。
 これが、半時前まで、子供たちの笑い声に満ちていた孤児院だったなんて、言って誰が信じるだろう。
 鮮血でぐっしょりと濡れたトレンチコートの袖口から垂れ下がった右手は意思に反して動かない。
 霞む視界の中、左手に持ったピストルの銃口を、男は、背を向けて屈み込んでいた女、より正確に言うなら女性型の機晶姫の背中に向けた。
「デンドロバテスッ!」
 周囲では、パトカーのサイレンがけたたましく鳴っている。
 早晩警官隊が突入してくるだろうが…
 息が苦しい。額から吹き出る汗は、暑さによるものだけではない。
 あと10年若ければともかく、50代半ばに近い身体は、かつてのようには動かない。
 まるで鉛でもぶら下げられたように負荷を感じて悲鳴をあげている。
 バチバチという木材の爆ぜると音と共に、熱風が容赦なく吹きつけてくる。
 廃墟となって今にも崩れ落ちようとする孤児院を前に…
 かつて地球の警察機関からデンドロバテスと恐れられた機晶姫は、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった。
 その腕に抱いた人間の子供の煤に汚れた顔をハンカチでぬぐって、そっと地面に横たえてから…
 機晶姫のボディーから何かが弾けるようなバチッという異音と白煙があがる。
 わずかに機晶姫の顔が苦痛に歪んだように見えた。
「気絶しているだけよ」
「そいつはよかった。都合もいい」
 地面に横たわった少年の胸はゆっくりと上下しているのが見てとれる。
「もう逃げられんぞ」
「私は最初から逃げるつもりなどなかった」
 非難に満ちた声音は、誰に向けたものだったのか。
 目の前に居る地球人の男か、それとも自分自身か…
「あと少し待ってくれれば…もう私の身体は…」
「都合いいことを言うな!」
 銃口を機晶姫の頭部に狙いを変え、男が機晶姫の言葉を遮って吼える。
「お前の手がどれだけ血で濡れていると思っている。終わりにしようや。俺が幕引きしてやる」
 男のピストルにかかった指に力がこもる。
「それがあなたの選択ならば…」
 男の決意に応じるようにメイ、いや、デンドロバテスは腰を沈める。
 その右手の爪の間から鋭いニードルが飛び出すのが見えた。
 デンドロバテスが男に向かって跳躍したのと、男が引き金を引いたのは、ほぼ同時のこと。
 その日その瞬間、一人の人間と機晶姫の運命は交錯して…
 そして…すべてが終わった。



●三日前、ヴァイシャリー市内、羽ばたき広場。

「不審者?孤児院に?」
「ええ、子供たちや近所の方々が、孤児院を伺っている人物を目撃したらしくて…」
 羽ばたき広場のベンチに腰掛けて、ブリジット・パウエルは腕組みした。
 隣に座っているのは、緑色の髪に褐色の肌を持った機晶姫の女性だ。
 名前はメイ。もっとも本名ではない。
 彼女には昨年の5月以前の記憶がない。
 5月にヴァイシャリーの郊外をふらふらとさ迷っているところを、買出しに来た孤児院の院長に保護されたのだ。
 5月に見つかったので、メイという訳だ。
 その端正な横顔に不安の影が落ちる。
「それは心配ですね。警察には連絡されたのですか?」
 橘舞の問いかけに、メイはわずかに頷いた。
「院長様が通報されました。ですが、伺っているだけでは罪にならないとか…とりあって貰えませんでした」
 ふぅっとため息をひとつ、見ていると本当に人間にしか見えない。
「院長様の投稿した動画を見た人が単に興味本位で見に来ているだけという可能性もありますから」
 メイが住み込みで働く孤児院では、難病を患い手術の必要な少年がいた。
 レイル君、5歳。
 パラミタの技術では手術が難しい為、渡米する必要があった。
 しかし、必要な治療費は渡米費用を含めると日本円で4000万、とても萎びた貧乏孤児院の出せる額ではない。
 院長は、そこで自ら撮影した募金を訴える動画をサイトに投稿した。
 そのかいもあってか、口コミで募金も集まり、レイル君は来週には渡米する手はずになっている。
 実際、舞たちが、メイと知り合うきっかけになったのも、その動画の中で切実に募金を訴えているメイの姿に感銘を受けたからだった。
 実際、温厚で優しい性格のメイは、子供たちや近隣の住民からもずいぶん慕われていた。
 その過去は…記憶の闇に包まれたままだったが…
「でも人攫いとかだったら大変ですよ。もしかすると、寄付金目当てかも…推理研に出入りしている方で警察に顔の効く人いますよ。相談してみましょうか」
 話を聞いていた舞が明るい表情になって、パンと両手を合わせた。
「寄付金って、金は銀行の口座の中じゃない…それに、うちに出入りしているって…あれは偽刑事だから無理っぽ…」
 パタパタと手を振っておどけるような仕草をするブリジットにメイが不安そうな表情を和らげて、くすりと笑った。
「そうそう、明後日レイル君の為に、パーティーをやるんです。よかった遊びに来てくださいね。子供たちも舞さんたちが来てくれたら喜びます」


●同時刻、空京、某ファミレス店内。

 地球から持ち込んだ競馬新聞を広げていた初老の男性客は、不意にポケットの中で振動を始めた携帯を懐をから取り出すと画面を確認した。
 着信したメールを素早く一読した男の顔に、苦笑と後ろめたさの混じった微妙な表情が浮かぶ。
「お父さん、このメールが届くころにはもう空京にいるのかな?旅行ゆっくり楽しんできてね。お土産すっごく期待しているからね。追伸、今日彼をお母さんのところに紹介に行きました」
 よれよれのトレンチコートに泥のついた底の磨り減った革靴、競馬新聞、タバコ、ノンシュガーのコーヒー。
 短く刈り込まれた髪には白いものが混じっていたが、その眼光は鋭い。
 まるで古いハードボイルド小説に出てくる刑事か探偵そのものの風体だ。
 正面の自動ドアが開き、一人の壮年の男が入店してきた。
 赤毛、年のころは30台前半、フライトジャケットにデニムのジーンズ、スニーカー。
 顔こそほっそりとているが、不釣合いなほど体躯はがっしりしている。
 かなり体を鍛えているのは、ジャケット越しにも想像できる。
「おい、ミッキー、こっちだ」
 開いていた携帯を素早く閉じてから、腰を少し浮かせて呼びかけると、男は細面の顔に人懐こい笑みを浮かべて近寄ってきた。
「ケイブ…お久しぶりです」
 一声掛けてから、向かいの席に腰を下ろす。
「お前も元気そうだな。一昨年の空京警察の打ち上げ以来か。育児休暇中のところを悪いな。こっちには知り合いはお前ぐらいでな」
「いいですよ、女房は実家に行かせました。まだ生まれてないですしね…ところで、依頼の件ですが…」
 ミッキーは、声のトーンを一段落とすと、ジャケットの内ポケットから一枚の写真をテーブルの上に取り出し、ケイブの前に滑らせる。
 そこには、子供たちの中央で腰をかがめて微笑んでいる女、厳密に言うと女性型の機晶姫が写っていた。
「メイというのは本名ではないですね。去年の5月に記憶をなくして郊外をさ迷っているのを発見され、そのまま孤児院に転がり込んだようです」
 ケイブは、テーブルに置かれた写真、機晶姫を指で小突きながら、
「やつだ。デンドロバテスだよ。間違いない。動画サイトで見たときはまさかと思ったが…」
「FBIの公式レポートでは、デンドロバテスは去年の4月に潜伏先のネバダで自爆していることなってますが…5月からというのはやはり…」
 デンドロバテス…日本名はヤドクガエル、猛毒を持つカエルの一種だが、地球の警察機関がデンドロバテスと呼んでいたのは、毒ガスを利用したテロ活動を行っていた機晶姫のことだった。
 日本を皮切りに、中国、ロシア、イギリス、フランスなど主要各国でテロ活動を行った後、昨年4月アメリカのネバダ州に潜伏していたところを警官隊に包囲され自爆した。
 公式にはそうなっているはだったが…
 首を捻るミッキーに、しかし、フンっと不愉快そうに鼻を鳴らした。
「FBIの連中のいうことなどあてになるか。いや、上の連中というべきか。どこでも一緒だ。暖房の効いた会議室で椅子を温めることしか能のない上の連中は、不味い真実より面子を保つことが大事なのさ」
「だとしても…慎重に進めないと。ケイブも私も、休暇中で、ヴァイシャリーでの逮捕権もない。それに公式にはすでに死亡、いや破壊されたことになっていますからね」


マスコメっぽい何か

今回はちょっと変り種のシナリオです。
1回1日で三日間のストーリーですので、あれもこれもやることは困難です。

冒頭の結果は、ひとつの可能性です。
しかし、メイ(デントロバテス)やケイブたちには、不幸属性と呼ぶべきものが付いており、何もしないと冒頭の結果となります。
ガイドに登場したNPC3人は、いわゆる死亡フラグが立った状態です。
何もしないと冒頭の結果になります。
何かしても不幸路線に戻ろうとします。
皆さんは世界に干渉し、彼らの死亡フラグをへし折り悲劇的な結末を防止することもできるし、あるいは傍観者となってその結末の目撃者となることも可能です。
フラグ折りを目指す場合は、愛の力、ギャグの力、ハンドパワーなりを利用して、へし折りましょう。
例1)盾になってもメイを守る。愛は偉大なり。
例2)ケイブの進路にバナナの皮を置いておく。きっとすべってくれるはずです。

ただし、メイに関しては機体が寿命なので活動停止は回避できません。
しかし、レイル君の出発までぐらい延長することはできるかもしれません。


※特別ルール(参加される前に必ず読んでください)
★PC(プレイヤーキャラクター)の取り扱いについて(重要)
PCにMC、LCの区別はありませんので、LC単体でも参加可能です。
むろん、MC単体でも参加できますし、MCとLCを一緒に行動させる必要もありません。
従って、MCとLCが別行動をとっても、ダブルアクションには該当しません。
それ以外のアクションについては、蒼フロのアクション準拠です。
意図・目的・動機・手段を書いて、ブリジット・パウエル宛にキャラメールしてください。
アクション文字数はだいたい500文字程度でお願いします。
注意事項:
冒頭の結末は誰も知りません。
PCに予知能力者はいませんのでPC情報として知っている前提の行動はできません。

登場オリジナルNPC概略

メイ(デンドロバテス):機晶姫、孤児院で保母をしているが、昨年5月以前の記憶がない。温厚で優しい性格から、子供たちや近隣の住民の評判もいい。その過去はデンドロバテスの異名を持つ寺院所属のテロリスト、当時の記憶はなさそうですが…
ケイブ :地球人、男性、50代前半、警官、動画サイトで見たメイの正体を探るべき、休暇を利用してパラミタにやってきた。娘がいる。
ミッキー:ネズミ獣人、男性、ケイブの協力者、警官、現在は育児休暇中。


サンプルはないアクションっぽい何か
1:パーティーの準備を手伝う
2:ケイブたちに協力する
3:不審者の正体を探る

アクション締切り
2011年01月016日10:30まで
●プロローグ【代筆になりました】

私は朝倉千歳、橘舞の従姉妹で、最近百合園にいることが多いが、蒼空学園に席を置いている。
 繰り返すが、百合生ではない。
 私に似た人物が百合園の制服を着て歩いているのを見たら、それは従姉妹の橘舞だから、勘違いしないで欲しい。
 非常に唐突だが、今、私はちょっとした窮地に陥っていた。
「なぜ、引き受けたのですか?」
 頭上から届く冷たいイルマの声音が耳に痛い。
 いつも硬質な感じの声だが、いつも以上にその響きに冷たさを感じて、私は正座したまま肩を丸めて小さくなった。
 場所は、蒼学の寮の部屋で、カーペットの上に正座した私と、それを腕組みして格好で見下ろすイルマという図になっている。
 何か粗相をして、親に叱られている子供の心境だな。
「でっかめんさん、体調不良でマスタリングできないから、助けて欲しいって言われて…つい」
「呆れてものが言えません。そんな都合よくマスタリングの遅延中に体調不良になったりしません。どこぞのPBWの新人マスターじゃないんですから」
 イルマは…時々色々とキツいことをいう時がある。
「作者急病で休載並みに胡散臭い話ですわ」
 …
「事情がどうあれ、リアクションが公開されていないのは問題だろ。それに、イルマ。私は文章力にはちょっと自信あるんだぞ。伊達に葉書ファイターをやっていないからな」
「なんですか、その葉書ファイターというのは、もしかして、ミッドナイトシャンバラの葉書投稿の話ですか?毎回一杯投稿しているようですけど、まともに採用されたことないじゃないですか…」
「この間、ちゃんと読まれたぞ」
「ああ、あれですね。公共の電波で他人経由で謝罪をされたのは私、生まれて初めてでしたわ」
 やばい、イルマの目がさらに細くなった。
 この話題には触れぬ方がよさそうだ。
「お嬢様に任せておけばよかったのですよ。お嬢様なら適当にやったでしょうに」
「ぶ、ブリジットは、主賓だし、主賓が自分の誕生パーティーのマスタリングとか変だろ」
 ここまで来て、今更引く訳にもいかない。
 私は、懐から取り出した琴音の耳を頭に乗せた。
 所謂ひとつの猫耳というやつだ。
 上目遣いにイルマに視線を向けると、イルマは戸惑ったように視線を脇に逸らした。
「そ、そんな捨てられた子猫のような目で見られても困りますわ」
「駄目かにゃ?」
「何がにゃ?ですか、何が…」
 ちらりと横目でこちらを見てイルマと、視線がぶつかる。
 暫しの沈黙の後、折れたのはイルマだった。
 ふっと肩で大きく息をつく。
「仕方が無いですわね。他に代筆する人間もいないですし」
 勝った。
「とりあえず、マスター名はちーにゃんこでいいかな?」
「好きにしてください。その代わり私、マルイことイルマ・レストがサポートさせてもらいます。千歳だけだと心配ですから」


担当マスター、ちーにゃんこ&マルイ


●誕生会

 まず、何から始めようかな。
(誕生会の趣旨辺りから入るのがモアベターですわ)
 そうだな、まず、今回の誕生会だが、これは、もともとリツの誕生日が7月7日で…ああリツというのは私の契約者のリッチェンスのことなんだが、従姉妹の舞の契約者でもあるブリジットの誕生日が同じ7月の26日だったから、一緒にやろうという話になったんだ。
(お嬢さまは賑やかな方が好きですからねぇ)
そこで、ブリジットが主催している百合園女学院の推理研究会のメンバーを招待したら、その中にも7月生まれの人がいたんだ。
 ペルディータ・マイナ
 セイ・グランドル
 後、部員ではないけど、部員の関係者とかよく推理研の関係者とかでは、
 ラーラメイフィス・ミラー
 超娘子
 月夜夢篝里…この人は、当日までまったく面識はなかったが、推理研の部員ウォーデン・オーディルーロキの契約者月詠司さんの契約者という説明だったな。
(そういえば、ペルディータさんは機晶姫ですけど、誕生日といってよいのでしょうか?)
 うーん、初起動日とか、製造年月日とか…
(電化製品みたいですわね。やっぱり誕生日の方がいいような気がしますわ)
 うむ、まったく同感だ。
 会場になったのは、過去にも推理研の懇親会で利用したヴァイシャリー市内にある建物だった。
(そうですね。あの建物はもともと民家だったものを地球人観光客向けに改装した民宿だったのですが、空き店舗になった後、パウエル商会が管理している物件ですわ)
 説明感謝だ、イルマ。
 で、パーティーの準備を任されたのは、従姉妹の舞とイルマの二人だった。
 私の所には、声をかけて来なかったな、ブリジット…
(私はパウエル家のメイドですし、舞さんは契約者ですから、無難な人選だと思いますわ。やりたかったのですか?)
 いや、まぁ、頼まれたら頼まれたで、どうせイルマに頼る事になったろうからな…
 実際、私も手伝ってはいたしな。飾り付けとかな。
 橘の家やパウエル家からも応援が来ていたし、他の参加者もいろいろ手伝っていた。
(助かりましたわ。私一人だけでは、さすがに大変ですから)
 春美さんやうさぎちゃんたちもケーキを作ったり会場の飾り付けを手伝いに来てくれていた。
舞は…昔の完璧人間だった頃の舞ならともかく、今の舞だと手配とかちょっと心配だったけど、まぁ、今の舞には言葉とか態度に棘が無いし、話しやすくていいんだがな。
(昔の舞さんというのは…いえ、何でもないですわ。先を進めてください)
うむ、パーティーの開始時間は予定では、午後5時半からになっていたが、そういうこともあって、ほとんどのメンバーは、その時間までに会場入りしていた。
 主賓だからといって、準備にはノータッチだったブリジットはわざわざ一旦百合園の女子寮、まぁ、男子寮というのは無いが、を出て自分の家から会場入りすることになっていた。
ブリジット曰く、演出なのだそうだ。
(まぁ、お嬢さまのことですから…)
会場と言えば、笹飾りがあったな。
(ありましたわね)
 だから、イルマに聞いたんだ。
 どうして笹飾りがあるんだ?七夕はもう過ぎてるぞ、って。
(あの笹飾りは宇佐木みらびさんが持ち込んだものでした。願い事を書いて飾ると…)
 それってな、完全に七夕だよな。
 まぁ、リツの誕生日は七夕の7月7日だから、それに合わせてくれたという解釈でよかったんだろう。
(楽しんだ者勝ちでしょう)
 え?
(いえ、お嬢さまならそう仰ると思いましたので)
 確かに、言いそうだ。
 そうそう、その話をしている最中に、いきなり後ろから声をかけられて、びっくりしたな。
「それ、ボクが育てたやつを持って来たんだよ」
 ボーイッシュっていうのかな、声の主は、宇佐木煌著 煌星の書。
 その名前の通り、みらびちゃんの契約者で魔道書だ。
 著者の宇佐木煌という人物は、うさぎちゃんの祖母に当たる人らしい。
 みらびちゃんは、煌おばあちゃんと呼んでいるけど、普通の人間の女の子しかみえない。
 その時は、私たちの話を聞いて気分を害したんじゃないかとちょっと心配した。
(千歳ったら、あからさまに動揺して黙りこむから、私がフォローしました)
 むぅ、面目ない…
「ケーキは間に合いそうですか?」
「はるはるとかボクの分はもう終ったよ。みらびが苦戦してるみたいだけど…間に合うんじゃない」
 頭の上で手を組んで、少し退屈そうに見えた。
 ちなみに、はるはるっていうのは、春美さんのことだ。
 そういえば、リツもイルマのことをイルイルって呼んでいるよな。
 流行っているのか?
 まいまいとかぶりぶりとか…完全に別物といか、なんというか…
(何を言っているのですか…そんな訳ありません。まったく何度注意しても聞かないのですよ、リツにも困ったものですわ。先に行きましょう)
 そうだな。みらびちゃんの名前も出たことだし、ここでケーキの話もしておこう。
 この煌星さんもそうだが、春美さんとみらびちゃんたちは、ケーキを作る為に、前日から会場入りしていた。
春美さん、料理得意なんだ。
 私も蕎の打ち方を教えてもらったしな。
(霧島春美さんは得意ですわね。ええ、春美さんは)
 …いや、言いたいことは分かるがな。
 このケーキなんだが、最初春美さんとみらびちゃん二人が厨房で作っていたが、作る量が多いということで、結局は二人のパートナーが総出で手伝いに入った。
 あれ、本当に大きかったからな。
 何度が厨房に様子を見に行ったけど、中は戦場みたいだった。
 それぞれで分担して作ったケーキを合体させて、一つのケーキにしていたんだ。
(ケーキの話はその辺にして、また後にしませんか?)
 そうだな。じゃ、出席者の話をするか。
 出席者の多くは推理研の関係者が多かった。
 春美さん、みらびちゃん、みらびちゃんの契約者のセイさん、ペルディータさん、セサミさんも部員だ。
(セイ・グランドルさんは推理研初の男性部員の方ですわね。オープン・ザ・セサミさんは魔導書の方ですね)
 顔見知りがほとんどだったが、あまり面識のない人もいた。
 ピクシコラさんとニャンコさんも春美さんの契約者だけど、会うのは久しぶりだった。
 ディオネアはよく部室にも出入りしてるから、顔みるけどな。
(あら、そうでしたか?ディオネア・マスキプラさんもですけど、ピクシコラ・ドロセラさんと超娘子さんもお嬢様主催のヒーローショーに出演しておられましたわ)
 ヒーローショー?ああ、ヴァイシャリーの羽ばたき広場でやっていたやつか…それ、私は出てなかったしな…
 後、七尾さんの契約者、守護天使のラーラメイフィス・ミラーさんとは、会うのは初めてだったな。
(そうですわね。あの方自身も七尾蒼也さんも推理研の部員という訳でもありませんしね)
 考えてみれば、推理研の部員なのはペルディータさんだけで、七尾さんも部員じゃないんだよな。
 推理研が調査に乗り出すときは、いつもペルディータさんと一緒にいるような気がするがな。
(まぁ、それは、お嬢様や私が活動する時は舞さんや千歳も一緒にいるのと同じ理由ですわ。だって、私たちは運命共同体、パートナーですもの)
 そうかもしれないな。
 それとさっきから気になるんだが、なんで他人行儀に知り合いの名前をフルネームで言うんだ?
(リアクションで登場人物が登場する時は一度はフルネームでの表記をするのが、PBWの常識です)
 なんだと!?
 そういう大事な事は先に教えてくれないと、だなぁ。
(いまさな何を…私たちも登場する時は、最初は必ずフルネームじゃないですか…)
 むぅ、言われてみれば確かにそんな気がするな…
 えっと、一方で、部員じゃないけど、よく見る人もいるな。
 推理研の部員ウォーデン・オーディルーロキの契約者月詠司さんと、月詠さんの契約者であるシオン・エヴァンジェリウスさんは、推理研でイベントする時はいつもいるよな。
(イベント好きなんでしょう)
 確かに、シオンさんは、いつもビデオ回しているイメージがあるね。
 そういえば、シオンさんは吸血鬼なんだよな。
 月読さんは、やっぱり血を吸われてて、それでシオンさんには逆らえないとか、そういうことなんだろうな。
(そうでなくても、結局いいなりになっていそうな気はしますけどね)
 そうだ、ウォーデンで思い出したけど、月読さんの執事服はともかくとしても、あの子なんでメイド服で給仕していたんだ?
(シオンさんとジャンケンで勝負して、負けたとか何とか…)
 罰ゲームの類いか。
 言っては何だが、シオンさんと勝負した時点ですでに負けてる気がするな。
(逃げるのかみたいなことを言われてムキになって勝負を受けたみたいですわ)
 戦う前にすでに負けていたか…


 外部から初参加の人も何人かいたな。
 マイト・レストレイドさんもその一人だった。
 この人は推理研の活動先で知りあった人物で、いつもトレンチコートを着ているイメージがある。
(ハードボイルド系の刑事には必須アイテムですからね。もっとも、夏場であれは暑苦しいですわね)
 あれはいつも同じコートをきてるのかな?
 それとも同じコートを何着も持っているんだろうか…ずっと気になっていたんだが…
(同じのを持っているのでしょう。私も毎日メイド服を変えているのですよ。10着ほど持っていますわ、同じように見えるでしょうけど)
 そうだったのか…
 そうそう、レストレイドさんだが、皆はレストレイド警部と呼んでいることが多い。
 もちろん本当に警部と言う訳ではないが、イギリスのスコットランドヤードから来ている人で、向こうでは警察の手伝いもしていたらしい。
 いつものトレンチコートに身を包んだレストレイド警部が会場に到着したのは、開始時間の少し前ぐらいだった。
 誕生日の人のプレゼント用に人数分の花束を両手一杯に抱えてきたんだよな。
(誕生花を一人一人選んで持ってきておられましたわ。花言葉もちゃんと調べておられたようです)
 レストレイド警部を出迎えたのは、橘家から応援に来ていた執事の笹井さんだった。
 下の名前は…
(昇さんですわ)
 そうそう、笹井昇さんだ。
 橘の屋敷で何度か顔を見たことはあったけど、直接話したのは、今回が初めてだった。
 寡黙で生真面目な人だな。
 剣道も嗜んでいるらしく、動きはキビキビしてて隙が無い。
(雰囲気がちょっと千歳に似ていますね)
 そうか?
 今は、天御柱学園のパイロット科でイコンのパイロットをしているらしい。
 そういえば、笹井さんは、イルマのことをレストさんって呼ぶんだよな。
「レストさん、来客の応対は私がしますので、おまかせください」
 レストさんって誰だ?って一瞬思った。
(千歳、それはちょっとあんまりですわ。いっそ私も苗字を朝倉にしましょうか?リツみたいに)
 いや、すまなかった。
(笹井さんはよく動かれますし、頼りになる方ですわ。それに引き換え、デビットときたら…)
デビット・オブライエンか…笹井さんの契約者らしいけど、いったいどういう人物なんだ?
申し訳ないが、いきなり初対面の相手から千歳ちゃんとか言われるのは、正直なぁ。
 ブリジットのこと、ぶりっちとか呼んでたんだが、パウエル家の使用人なんだよな?
(甚だ不本意ですが、そうですわね。デビットの父親がパウエル家の家令を勤めておられて、信頼のおける方ですが、息子はご覧の有様ですわね。今度絞めておきます)
 余計なことを言ってしまったか。
 まぁ、身から出た錆だし、あまり心は痛まないな。
 鈴倉虚雲さんと茜星さんは、完全に推理研とは無関係な外部からの参加組だったな。
(そうですわね。ですけど、茜さんは、以前百合園女学院で猿が女子生徒の髪飾りを奪って逃げた時に、一緒に探してくださったそうですわ。鈴倉さんは、その契約者の方ですわね)
 鈴倉さんは、蒼学の同級性だよな…確か
(そうですわね。まぁ、蒼学は生徒数が多いですから、同級といっても、学校内でお目にかかったことは無いですね)
 その鈴倉さんは、パーティーの余興として、別の出席者とユニット組んでライブをやってくれた。
(メトロ・ファウジゼンさんですわね)
そのメトロさんは、パラミタ各地を舞台にしてレースをしているパラミタCSの主催者の人だな。
ツァンダGPが開催された時には、推理研からも出場していた。
(ええ、確か春美さんとお嬢さまがレーサーで、ペルディータさんが、ピットクルーでしたね)
 さて、出席者の説明はこれぐらいだな。
 前に言ったがパーティーの開始は5時半だった。
 ほとんどの参加者は時間までに会場入りしていたのだが、一人だけ時間になってもまだ来てない人がいたんだよな。
 メトロさんだ。
「ねぇねぇ、もう時間だけど、合図まだなの?」
 開始時間になるまで、誕生日組の人達は応接間の隣の部屋で待機していたんだが、待ちきれなくなったブリジットが扉から顔を出して、尋ねてきた。
「えっと、まだ、お一人見えてないので…」
 舞の説明にブリジットは奥に下がったけど、明らかに不満そうだったな。
 待たされるの嫌いなんだろうな。
(まぁ、堪え性が無いですからね。お嬢様は)
「今こっちに向かっているそうだ。すでに市内には入っているから、後は10分ぐらいで到着できそうだってさ」
 携帯でメトロさんと連絡を取っていた鈴倉さんが、舞に報告した。
「じゃ、待ちましょう」
 一言だったな。
(私なら先に始めていたでしょうね。時間は時間ですから…それにこれがレースだったら、スタート時間に来てなかったら、その時点で失格だと思いますわ)
 いや、まぁ、誕生会はレースじゃないしな。
 メトロさん、イルミンスールの人だし、地元じゃ無いから。
 そのメトロさんが、到着したのは、本当に10分後ぐらいだった。
「遅れたじぇ」
 ぜーぜーと肩で息をしたメトロさんは、執事服姿の月読さんが渡した水を一気飲みして、ぷふぁー、生き返るじぇい!とか言っていた。
「遅いよ、メトロン。皆、待ってくれてたのよ」
 春美さんが、メッと子供を叱るような仕草をすると、メトロさんは、反射的に頭を手で庇った。
「はるみん、悪かったじぇ」
 私はメトロさんとは面識なかったけど、春美さんとけペルディータさんとは、親しいみたいだったな。
(まぁ、同じイルミンスールの方ですしね)
「ほれ、これ」
 鈴倉さんが、メトロさんにクラッカーを手渡して、舞が隣室のドアを開けて、メトロさんの到着を告げた。
 いい忘れたが、この時には、皆手にはクラッカー、頭には、派手な色合いで星印の柄の入った三角錐の帽子、を被っていた。
 隣室から出てくる誕生日の人たちをクラッカーと拍手で出迎えようという趣向だな。
(千歳…分かることわかるんですが、葉書ファイターなら、もう少し雰囲気のある表現はできないですか?)
 黙れ
「そろそろ始めましょうか」
 パンと手を叩いて、にっこり微笑んだのは茜さんだった。
 ちなみに茜星と書いて、せんせい、と読むらしい。
 名前の通り、先生みたいな感じがする包容力のある大人の女性という感じの人だ。
 サル探しの時に、皆が茜さんを他校の先生だと勘違いしたというのも頷けるな。
(名は体を表すですわね)
 にっこりと笑みを浮かべて、舞がマイクのスイッチを入れ、10分遅れで誕生会が始まった。
 ドアの脇には、笹井さんが控えていて、舞が合図を送ると、ちょっとした芝居がった動作で扉を開けた。
 先鋒はブリジット、ついでリツ、春美さん、ペルディータさんとラーラメイフィスさんが二人並んで、その後には、セイさんと殿は月夜夢さんだ。
(千歳…その言い方では、まるで軍隊の行進みたいですわ)
「お誕生日、おめでとう!」
 クラッカーの弾ける音がパンパンって軽い音を立て、皆が拍手で出迎えた。
 皆の拍手に出迎えられて、誕生日組の面々は、用意されていた席に着席した。 
 そして、厨房から台車に乗せられた巨大ケーキが運ばれてきた。
 台車を押していたのは、笹井さんとデビットさんの二人だ。
 笹井さん、よく動くよな。ずっと動いてるような気がする。
(よく出来た方ですわ。それに比べてデビットときたら…)
 あ、そうそう、デビットさんと言えば、私の脇を通った時、片目を閉じて何かの合図を送ってきたが意味は分からなかった。
 そういえば、何の合図だったのか聞くのを忘れたな。
(どういうつもりだったのかは今度私が聞いておきますわ)
 まぁ、イルマに任せておいた方がよさそうだな。
「へぇ、これ、春美とうさぎちゃんたちが作ったやつ?中々やるじゃないの」
 青を基調にしたパーティードレスに身を包んでいたブリジットが椅子から身を乗り出すように歓声をあげる。
「えへへ。皆の為に頑張りましたよ」
 みらびちゃんが照れたような顔をしていた。
 まぁ、精一杯頑張っていたよな、みらびちゃん…
(ですが、努力だけでは如何ともしがたいものが世の中にはあるのですわ)
 …
「ボクも手伝ったよ!」
 椅子の上でぴょんって飛び跳ねていたのは、巨大角ウサギ、ディオネアだ。
「これは本当に美味しそうですね。私まで頂いて本当にいいんですかね」
「いいじゃないですか。誕生日なんですし…それにケーキも大きいですから」
 ラーラメイフィスさんとペルディータさんのやり取りが聞こえていた。
 二人とも誕生日が偶然同じ日だったらしい。
 そういう偶然というのもあるものなんだな。
(世の中には、適当、作為、という名の偶然もありますわよ)
 それは…すでに偶然じゃないだろ…
「ケーキ買ってくる必要なかったですかね、これは…」
(月詠さんは隅のテーブルに積まれたケーキ屋のロゴの入った紙袋に視線を向けながら、隣でビデオを回し始めたシオンさんに話しかけておられましたね)
 そうだったのか。私は気づかなかったけど…
(よかったですわ。ちゃんとしたケーキを買ってきてもらっていて)
 …
 イルマ、気持ちは分かるがな…
 ところで、ケーキといえば、セサミさんもケーキを持って来てくれていたんだよな。
 なんでも、イルミンスールの料理大会で優勝したケーキだったらしくて、凄く美味しかったな。
 もっとも、全員に配るには量が少なくて、食べれたのは、誕生日組の人達がだけだったのは残念だったな。
(ちょっと待ってください、千歳。誕生日組ではない千歳が、どうして、あのケーキの味を知っているのですか?)
 いや…一口だけ、リツが分けてくれたからな…イルマもブリジットから少し貰っていたろ?
(そんなこともありましたわね)
 巨大ケーキの登場の興奮が収まらぬ会場だったが、進行役の舞が持っていたマイクを落下させて、スピーカーから派手な音が響いた。
「わわわ、ごめんなさい。手がすべっちゃいました」
 舞…
(まぁ、舞さんですから)
「えっとですねぇ、ケーキも登場したところで、えっと…次はですね…」
 舞は見事にパニクって進行を忘れたみたいだった。
「歌ですわ、歌」
 そういえば、舞にフォローを入れたのイルマだったな。
 お前たち、結構仲良くなったんだな。
 この間空京デパートで浴衣を買った時も、舞の浴衣を選んだのイルマだったしな。
(何を言っているんですか。私も誕生会を任されていましたし、進行の舞さんの不手際は私の失態にも…浴衣は、千歳と舞さんは体形も容姿も似ていますから…ついでですわ)
 わかったわかった。そうだな。そういうことにしておこう。
(何ですか、その言い方は…不愉快ですわね)
「歌ですね。それでは、ここで茜星さんによるハッピーバーディ・ツゥーユーで、皆さん一緒に歌いましょう」
「おお、やっぱこれがないと誕生パーティーって気がしないよな」
 七尾さんが誰にともなしに言った台詞に地球人参加者の多くはうんうんと頷いていた。
 同意だな。確かに誕生日は、この歌は欠かせないな。
 舞からマイクを手渡された茜さんが、誕生日組の席の正面に移動して軽く会釈した。
 ピアノの前に陣取った仙姫に頷くて合図を送る。
 仙姫は、確か6世紀頃の朝鮮半島の出身だと聞いているけど、ピアノも弾けたんだな。
 軽やかなピアノの旋律に乗って、茜さんの歌声が会場に響き渡る。
「はつぴぃぶぁあぁすでえぃつうゆぅ~」
 仙姫のピアノ演奏が上手すぎたというのもあるかもしれない。
 だが、それを差し引いても、茜さんの歌声は、明らかに音程がおかしかった。
 私も自慢できるほど歌は上手くないが、これはちょっと…
「ちょー、音程ずれてるっすよ」
「黙れ、デビット、音痴とか失礼だろ」
 デビットさんと笹井さんのやり取りが聞こえてきた。
「オレは音痴とまでは言ってねぇぞ、昇。酷いヤツだな、お前。でも、こういう欠点がある美人もポイント高いな」
 なんのポイントだ…
(端的な事実ですわね。実際、音痴でしたから)
 イルマさん、自重してください。
 予想外の状況に戸惑いもあったが、もともとこの歌は参加者全員で合唱するのが普通だからな。
 他の参加者が歌うことで、茜さんの個性的な歌声はあまり聞こえなくなった。
 皆も、茜さんも機嫌よく、ハッピーバースディツゥーユーを歌いきることが出来たんだ。
 最初は、どうなるかとヒヤリとしたがな。
(実はあれ、私が茜さんのマイクのスイッチを切ったんですよ。ステレオ側の)
 そうだったのか…今明かされる衝撃の事実というやつだな。
 GJ、イルマ。

 その後、ローソクを皆で吹き消すという恒例の行事も行われ、ここで一旦ケーキは厨房に下がった。
 その後は、自由時間というか、ディナータイムに移行。
 お目当ての料理を皿にもったり、談笑したりし始めた。
「お誕生日おめでとう。リツの誕生日まで一緒にやってもらえて感謝している」
 私は、まずブリジットに挨拶しに行った。
 この誕生会の発案者だし、お祝いと感謝の言葉を最初に言いたかったからな。
「ありがとう、千歳。リッちゃんも他の皆も嬉しそうだし、やってよかったわ」
 ブリジットは、この時、大きな花束を手に持っていた。
「これね、警部に貰ったのよ。柄にもないことするわよね」
 私の視線に気づいてブリジットが、説明してくれた。
 ヒマワリみたいな花の咲いた花束は、レストレイド警部が用意した物だった。
(ハルシャギクですわね。花言葉は上機嫌・陽気・常に快活・清い心だそうですわ。堂々と咲き誇るハルシャギクの花は、活発なお嬢様にはぴったりの花ですわね)
 当の警部は、その頃、セイ・グランドルに、ハイビスカスの花束を手渡しているところだったが、渡されたセイは微妙な表情だったな。
「誕生日おめでとう、セイ」
「あ、ありがとうな、マイト」
 ちょっとあやしい空気だったな。BL臭はあまりしなかったけどな。
(BL?何ですか、それは?まぁ、男性が男性から誕生日に花をプレゼントされても、という気はしますわね。薔薇学の人たちなら違うでしょうけど)
「わわ、セイ君、ハイビスカスですよ。綺麗です」
 セイから花束を預かったみらびちゃんは、ずいぶん喜んでいた。
 この時、みらびちゃんは淡いピンクのディナードレス姿だった。
 髪型もばっちり決まって、かなり可愛い感じだったな。
(茜さんが着付けをされた様ですわね)
「ああ、綺麗だな」
 向き合ったセイさんの言葉に、みらびちゃんの顔が熟れたトマト見たいに真っ赤になった。
「そ、そんな…セイ君、あの…」
「綺麗だよな…ハイビスカス」
 痛いな…
(痛いですわね)
 私でも殴るかもしれないな、グーで…
(千歳、パーぐらいで)
「ダーリン、今日はありがとうなのです。リツのハートにホールインワンなのです」
 テケテケって音が聞こえて来そうな勢いでやってきたのはリツだった。
 意味はいまいちわからないが喜んでいるのはわかった。
 リツはリツで、クチナシの花束を手に持っていた。
(クチナシ…花言葉はお前は黙っていろですね)
 そんな訳ないだろう…
「私も警部さんに貰ったのです」
「ちゃんとお礼をいいましたか?」
 上機嫌のリツにイルマがチクリと言った。
「ぶぅ、言ったですよ。イルイルは意地悪なのですよ」
「ですから、イルイルと言わないようにと、何度言えば…」
 なぁ、お前たち、もう少し仲良くできないのか?
 というか、よく飽きないな。
(好きでやっている訳ではないですわ)
「ブリジットさん、誕生日おめでとうございます。推理研のおかげで、いつも楽しませてもらって感謝しています。推理研がなかったら、私、この世界からすぐに地球に帰っていたと思います。これからもよろしくです。本当にありがとうございます(はーと)」
「ずいぶん大げさね、春美…でも、まぁ、そう言ってくれると、作ったかいもあったわ」
 春美さんの言葉にブリジットは上機嫌だったな。
 推理研か…そういえば、私はなぜ、推理研に入ったんだ。
 推理とかからっきしなんだが…
(お嬢様が勝手に私と千歳の分の入部届を書いて、登録したんですよ)
 ああ、そうだった。
 知らないうちに、部員になっていたんだ…
 春の合同歓迎会で、巫女さん探偵とかやらされたな…
 誕生会の間には、希望者が芸や披露したりしたな。
 一番最初はペルディータさんによる、推理研の記録の上映会だ。
(あれは芸になるのですか?)
 普通の人間にはマネ出来ないから芸でいいだろ。
 あ、説明しておくと、ペルディータさんは、見た物を映像に記録しておく機能があるんだ。
 あれ、便利だよな。授業でノートいらないだろ。
 推理研が本格的に部として調査に乗り込んだ墨死館での事件から、最新の空大の事件の映像までが、ペルディータさんの語り付きで次々に映し出されて行った。
「百物語ねぇ、ふぅーん」
 スクリーンを食い入るように眺めていたオープン・ザ・セサミが興味深げに呟く。
 セサミは、いつも好奇心が旺盛なイメージだよな。
 いつも何か調べてる感じがする。
(千歳も、いつもノートを取ってるような気がしますわ)
 誰のせいだ、私のノートはすっかりラズィーヤさんの記録ファイルになってるんだぞ。
(うっ、ごほん、セサミさんは、もともと本体というか、魔道書の内容は地球人の主婦が書いた探偵小説らしいですわ。だから、知識欲が強いのではないでしょうね。たしか、美少女探偵ササミ)
 おい、名前変わってるじゃないか…鶏肉になってどうする。
 しかし、そうだったのか…
 で、百物語は空大のオープンキャンパスの話だな…
 私は参加していなかったが推理研は大活躍だったそうだ…
 まぁ、ブリジットの自慢話は大本営発表だから、話半分ぐらいに聞いたほうがいいがな… 
 しかし、霊を題材にして、それを再現するとかは、あまり感心しない。
 霊を引き寄せてしまう事もあるからな。
 この事件も墨死館を仕掛けたノーマン・ゲインの仕業だったらしいが、この男とは、またどこかで会いそうな気がするな。
(ノーマン・ゲイン…危険な人物ですわね)
 上映会の次に、ステージにあがったのは舞だった。
 久し振りに舞のバイオリンを聞いた。
(お上手でしたわ)
 まぁ、 舞は、プロのバイオリニストに個人レッスンを受けていたからな。
 相変わらず上手かったが、以前より何か上手くなったような気もしたな。
(仙姫さんから個人レッスンを受けたようですわよ。でも、千歳の神楽舞も素晴らしかったですわ)
 仙姫は、バイオリンまで弾けるのか、すごいなぁ。
 そういえば、仙姫は朝鮮琴の名手だったか…琴もバイオリンも同じ弦楽器だしな。
 でも、神楽舞の話もしないとダメなのか…
(実際にあったイベントを説明しなかったらリアクションにならないじゃないですか)
 ブリジットが、一度見たいと言ったから、私は舞の後に神楽舞を舞った。
 最初に田楽を舞ってくれとブリジットから言われた時は、?って思ったけどな…田楽じゃないだろ、田楽じゃ。
 本来、神楽舞は、神前で舞うものだから、誕生会のようなイベントでするものではないんだがなぁ。
 ついで登場したのは、ピクシコラ・ドロセラ。
 彼女のマジックショーは、盛り上がった。
「イッツ・ショータイム!」
 お決まりのセリフとともにステージに上がったバニーガール姿のピクシコラさんは、トランプ手品から始まって、手の中からステッキを出現させたり、シルクハットから、鳩を出したりしていた。
 パーティー芸というにはかなり本格的だ。
「すごいのですよ。帽子からハトやカエルさんが出てきたのです。あれはどうなっているのですか、ダーリン」
 リツが、興奮気味に尋ねてきたけど、
 私が聞きたいぐらいだ。
「わからんな」
「ふふ、私には簡単ね」
 腕組みしたブリジットが得意気に頷く。
「まぁ、流石ですわ、お嬢様。私でも分かりませんのに」
「イルマもまだまだね。あれは、手品よ」
 いや、それは分かってるぞ?
(まぁ、お嬢様のことですから…)
 いやぁ、しかし、マジックショーは、盛り上がったよな。
 その次は、メトロさんと鈴倉さんの即席ユニットによるライブショーだった。
 そそくさと舞台の上にあがった、舞がマイク片手に、カンペ見ながら、
「続きまして、謎のアイドルRINとひょっとこ仮面さんで、曲は『みんなの心に私(俺)達の声よ、飛んでっけー☆』です」
(千歳、先に本名を出してしまったら、謎の意味ないですよ)
 し、しまった…
 盛大な拍手に包まれてステージにあがったのは、ひょっとこのお面を被ったメトロさんとドレス姿の鈴倉さん…
 なぁ、イルマ、疑問なんだが…なんで、鈴倉さんは女装していたんだ?
 なぜか鈴倉さんはフリルが一杯ついた派手なゴスロリ衣装に身を包んでいたんだ。
(趣味なんじゃないですか)
 鈴倉さんに女装趣味が…人は見かけによらないな。
 曲はアップテンポの激しい曲で、ステージで飛んだり跳ねたりしながら熱唱するひょっとこ仮面のパフォーマンスもあって、皆も盛り上がった。
 ところが演奏の途中にハプニングが起きた。
 踊っているメト、いや、ひょっとこ仮面が高くジャンプした時のことだった。
 着地の瞬間、衝撃で面が外れてしまったんだ。
 ああ…これじゃ、謎のひょっとこ仮面じゃないよ、と誰もが思った。
 だが、しかし…
(乗って来ましたね、千歳)
「な、何!?ひょっとの面の下、さらにひょっとこのマスクを被っていたっすよ!」
 デビットの驚きの声があがった。
 そうだ、メイドは見た!
(あの、千歳…、デビットはメイドじゃありませんわ。執事です)
 いや、ここは、メイドは見た!でいいんだ。地球の決まり文句の一つなんだ。
(メイドは見た!がですか…まぁ、メイドは使用人として貴人の側に仕えることが多いですから、色々秘密の話なども聞いたり見たりすることもは、確かにありますね)
 メイドは見た!
 ひょっとこ仮面の下から、おちょぼ口をした、ひょっとこの顔があらわれたのを…
「ノープロブレムだじぇい!」
 何事もなかったかの様に演奏を続けるひょっとこ仮面改めひょっとこマスク…
(普通にメトロさんの素顔じゃないですか!マスクじゃないでしょ、マスクじゃ…仮面の下にマスクって…どこの覆面レスラーですか…)
 もともとひょっとこ顔だからな、メトロさん。
 初めから、仮面つける必要なかったんじゃ?とも思ったり思わなかったりな。
(どっちですか?)

 そんなハプニングもあったが、舞台でのショータイムが一区切ついたところで、お楽しみのケーキタイムだ。
 小さく切ら分けられた巨大ケーキが紙箱に入れられ並べられていた。
 えっと、ちょっと説明する必要があるな。
 すでに言ったと思うが、あのケーキは、春美さんとみらびちゃんが中心だったが、他の協力者もそれぞれ各人がケーキを作り、それをくっ付けた物だった。
 つまり、部位ごとに作った者も違うし当然物が全く違う。
 当たり外れがある訳だ。
「皆さん、一人ずつ選んで、それを食べましょうね」
 舞のセリフが、物語るように、つまり、ゲームみたいなものなのだ。
(悪夢の類のですがね)
 参加者たちは、顔を見合わせたが、ルールはルールだ。
 各人が運を天に任せて、ケーキをとって席に戻る。
「ああ、何か嫌な予感がするんですよ。嫌な予感ってよく当たるんですよね」
 月読さんが、ケーキを取る前から不安そうだった。
 そして、月読さんの悪い予感は的中した。
「ちょ、これ何か缶詰がはいってますよ。って、しかも、猫缶じゃないですか!」
 月読さんの悲鳴が聞こえた。
「あら、私のにも入っていたわ」
 どうやら、ペルディータさんも、猫缶ケーキを当てたらしい。
「あ、それ、私の作ったケーキにゃ。当たりニャ」
 と、嬉しそうに手をあげたのは、超娘子さんだ。
 いや、どうみても外れだろう。
「ぷぷ、ちゃんと食べましょうね、ツカサ」
 ビデオを回していた月読さんの横顔を撮影するシオンさんは、凄く楽しそうだな。
 シオンさんのケーキはどうやらセーフのやつだったようだ。
「これ、金属ですし、少し消化に悪そうですね」
 ペルディータさんがフォークで猫缶をツンツンと突きながら言うと、
「いや、缶は食べなくていいと思いますが、流石に…」
 隣でラーラメイフィスさんが苦笑していた。
 しかし、ラーラメイフィスさんの余裕は、長続きしなかった。
 ケーキを口に運んだ直後、顔色がみるみる青くなったから。 
「あら?ラーラメイフィスさん、どうしました?」 
「ぷぎゃぁ!」
 いきなり、別の席から奇声があがった。
 娘子さんが奇怪な叫び声をあげて、テーブルに突っ伏したんだ。
「ニャンコ、どうしたの?」
 驚いた春美さんが声をかけると、ぷるぷると震えながら、娘子さんがようよう顔上げて、
「まっずいにゃー」
 ラーラメイフィスさんの思いは、娘子さんが引き継いだんだろうな…
「ぴ、ぴょ!?ご、ごめんなさい!」
 みらびちゃんが食べかけのケーキを見て、慌てて謝っていた所をみると、ケーキを作ったのはみらびちゃんだったようだな。
 泣き顔の娘子さんの顔をちらりと見た月読さん少し満足そうだった…
(因果応報、ですわね)
 まぁ、キャットフードを食べさせられた身とししてはその気持ちはわからないでも無い。
「わ、私のは…」
 ごくり…
 覚悟して口に運んだが、味は普通に美味しかったな。
 後でわかったんだが、セイさんが作った分だったらしい。
「ふぅ、どうやら、私のはセーフらしい。イルマ…」
 横目でイルマを眺めると、固まっていた。
「ケーキ自体は大変美味しいのですが…」
 皿の上に半分残ったショートケーキの間から、緑色の物体がでろーんと出ていた。
 あ、あれは…野菜か…より正確にいうなら、雑草だな。
「へ、ヘルシーな感じだな」
「フォローになっていませんわ。千歳」
「うわぁ、なんだ、これ!」
 今度は誰だ?
 ガタンという音を立てて、セイさんが椅子から飛び下がっていた。
 視線の先を見ると、緑色の小さなカエルがケーキの中から出て来て、テーブルの上をぴょんぴょん飛び跳ねていく。
「カエル?さすがに生でいくのは、あまりお勧めしないわね」
 ブリジットが、おかしそうに笑っていたが…
「私のは、紅茶味だったわよ。ふふふ、あはは」
 テーブルをバンバン叩いて、けらけら笑っているんだが、明らかにテンションが変だったな。
「ふん、そうかあの配合だと、あんな効果があるのか…」
 けらけら笑い続けるブリジットを見ながら、煌星さんが何かノートに書き込んでいたな。
(煌星さんのケーキ、何か入っていたようですね)
 笑い茸でも入っていたのかなぁ。
 しかし、まさかケーキの中にカエルが入っているとは…まぁ、作ったのはたぶん彼女だろうな。
 マジックショーでも同じカエル、シルクハットから出してたしな。
 焼いても煮ても、私はカエルを食べるのは、勘弁だな…
 恐ろしい…なんだこの罰ゲームは…
 カオスだったな…
(忘れましょう…まともなケーキを司さんが買ってきてくださっていて本当に助かりましたわ)

 そして、まぁ、誕生日なんだから、あって当然なのだが、プレゼントを渡すことにした。
 結構人数が多くて、あまり知らない人もいたから、選ぶのは、大変だったけど、楽しくもあったな。
 リツには、裁縫セットをプレゼントしたんだ。
「感激なのですぅ、一生大事にするのですよ」
 喜んでくれたようで何よりだったな。
 ところで、今回はプレゼント交換があったんだ。
 誕生日でもないのに、プレゼントを貰うのもおかしな気もしたが、まぁ、イベントと思えばいいかな。
 もともとそういう予定はなかったけど、春美さんとみらびちゃん、それに月読さんとウォーデンが、誕生日組以外の人の分まで、プレゼントを用意していたから、せっかくだからということで、お祝い組もプレゼントを含めてプレゼントを選ぶ事になった。
 選ぶプレゼントは、箱に入っていて中身は分からないから、ケーキの時と基本一緒だな。
 司さんとウォーデンが用意してプレゼントは、古代ルーン文字を刻まれたペンダントとかイヤリングとかのアクセサリーだった。
(ルーンというのは、呪術的な意味合いの篭った文字のようですね)
 ルーンは、北欧辺りで使われていた古代文字だったはずだ。
 私もあまり詳しい訳ではないが、ウォーデンは、北欧の出身という話だからな。
 それでは、どんな人がどんなプレゼントを貰ったのかを語らせてもらおう。
 私が手にしたプレゼントの中身は、紅茶セットだった。
 小ぶりのティーカップと皿、そして、細やかな細工も美しい小さなスプーン。
 開けた瞬間、舞の顔が浮かんだよ。
(舞さんらしいと思いますわ)
 だな。で、私は、うちの神社のお守りを入れさせてもらったのだけど…
 舞に視線を送って紅茶セットをかざして見せたら、舞は、うちの神社のお守りをぶらさげて、笑いかけてきたんだよな。
(千歳のお守りのプレゼントは、舞さんが選んだのですね)
 うむ、二人でプレゼント交換した形になってしまった。
「なんだ、舞に当たったのか」
「千歳も…私のティーセット…」
 何だか、おかしくて、お互いしばらく笑ってしまったよ。
「千歳、ボクとお揃いだね」
 そうそう、ディオネアも、同じティーセットを当てていたんだ。舞は二つ用意していたから。
 でも、ディオネアって、ティーセットで紅茶なんて飲むんだろうか…
 まぁ、ディオネアが使わなければ、きっと春美さんが使うだろう。
 イルマは、どうだったんだ?
(私ですか?私は探偵グッズを頂きましたわ)
 探偵グッズ?
(探偵ルーペ・探偵手帳・ペンライト・変装道具等探偵必須アイテムのセットですわ。変装グッズは少々おかしな方向に走っていましたけど…)
 もしかして、春美さんとみらびちゃんが用意した月夜夢さんやシオンさんも当てた探偵セットのやつか?
 何か鼻メガネとかアフロのカツラとか入ってて、シオンさんが司さんにつけて遊んでいたのを覚えている。
 月夜夢さんは、照明を落した室内で、ペンライトで下から自分の顔を照らし出したりしてホラーチックな演出していた。
「あはは、猫の餌は食べさせられるわ…私、こんなのばっかりですねぇ」
 切ない表情で愚痴っていたけど、皆笑っていたな。
 鼻眼鏡にアフロヘアだからなぁ、無理も無いが…少し不憫だったな。
 司さん…何か憑いているんじゃ…
(何か、ですか…オマカの精霊や二重人格の英霊とかイラズラ好きの吸血鬼の姿なら、私にも見えますわ)
 さっ、先に行こう。
(私の用意したプレゼントは笹井さんと、後、運の悪いことにリツに当たってしまいましたわ)
「ん、これは…」
 笹井さん、袋を開けて、小冊子を取り出したときには、正直微妙な表情に見えたが…
 ラズィーヤ・ヴァイシャリー様ファンクラブ会報発行記念特別号…
 イルマが主催しているヴァイシャリー領主の令嬢ラズィーヤ・ヴァイシャリーさんのファンクラブの会報だな。
 私がパラミタがくしゅうちょうで記録したラズィーヤさんの記録、通称ラズィーヤファイルを基にして作成されたものだ。
 あれって、確か初回刷り過ぎてあまったやつだよな。
(嫌ですわ、千歳、このようなこともあろうとか多めに刷っておいたのですわ)
 …
「まぁ、笹井さんに当たりましたのね」
 固まっている笹井さんに、すすっとイルマが近寄っていった。
「え、これレストさんのプレゼントなのですか」
 驚いた表情だったけど…笹井さん、何だか意外に嬉しそうだった。
「大事にさせて頂きます。頑張ってください」
 もしかして、実はラズィーヤさんのファンだったのか。
 言われて見れば、昔の舞って、実はラズィーヤさんにちょっと似ているんだよな…
 見た目じゃなくて、雰囲気がな。
 昔と言っても、1年前の話だから、笹井さんにとっては、今の舞より、以前の舞の方が長く接していたはずだからな。
(ファンだったかどうかは分かりませんが、新規会員一名獲得できそうですわ。笹井さんの携帯番号とメアドも聞きましたし、バッチリですわ)
 ほどほどにな。

「ん、なんだろ、携帯ストラップか?」
 煌星さんが、カラフルな房飾のついた小物を頭上にかざしていた。
 んー、どっかで見たような…
「おお、そなたが選んだのか」
 仙姫に声を掛けられて、煌星さんが首を傾げる。
「それはノリゲと言ってな、本来はチョゴリにつける装飾品なのじゃ」
 説明する仙姫の胸元に、確かに似たような小物が胸の下当たりからさがっている。
 あれ、ノリゲって言うのだな。
「パラミタ人はノリゲなどつけぬじゃろうから、それは携帯ストラップ版というやつじゃな」
「煌おばあちゃん、いいなぁ。綺麗で可愛いです」
 みらびちゃんは、カラフルなノリゲストラップを見て、ちょっとうらやましそうだった。
「うさぎもいいのが当たるといいな」
 ニコニコしながら、プレゼントを開けた、みらびちゃんだったけど…
「こ、これって…」
 中から出てきたのは、禍々しい存在感を放つ黒い小石、怨念石だ。
 あれと同じヤツをイルマが結構長い間持っていたから、覚えているんだ。
(そんなこともありましたわね。臥薪嘗胆の心意気、自らへの戒めとして持っていたのですわ)
 …
 臥薪嘗胆―仇を討ち恥をすすぐために、長い間苦心や苦労を重ねること。目的を達成するために苦労を耐え忍ぶこと。
 見る間にみらびちゃんの目じりにじわった涙が広がっていく。
「うー、あんまりです」
「誰だ!こんなの入れたのは!」
 泣き出したうさぎの頭をなでながら、セイさんが怒鳴っていた。
「ごめんごめん、ほんの冗談よ。本物はこっちよ」
 シオンさんが、さすがにマズいと思ったか、殊勝に謝っていた。
 どうやら、ちょっとしたイタズラで中身をすり替えたらしい。
 でもな、本物の方もパイ菓子が入っていたんだけど。
 美味しいカエルがパイになりました、の微妙なフレーズに、みらびちゃんの表情が再び強張っていく。
「おい、あんた、いい加減にしろよな」
「シオン…私にする分にはいいですが、他人相手の時には、冗談もほどほどにしないとですね」
 月詠さんも、少し表情を曇らせて近寄ってきた。
「ちょっと誤解よ、それは私じゃないわよ」
 怒って食って掛かるセイさんと月詠さんの疑惑の視線にシオンさんは少し困ったように苦笑しながら首を振っていた。
「ああ、それは私のよ。ケロッPカエルパイ、美味しいのよ、それ」
 ブリジットだ。
 確かに、フレーズの書かれた帯には、ブリジットの実家、パウエル商会の文字が見えた。
 あのプレゼントは、ブリジットが入れたものだったんだ。
 疑惑の晴れたシオンさんが、顔を引きつらせた月詠さんに、にこやかな微笑を浮かべてにじり寄っていくのが見えたけど、その後のことは…まぁ、いつものだろう、たぶんな。
 しかしなぁ、ブリジット…悪気は無かったのだろうけど、カエルだぞ。
(まぁ、地球の方には受けないかも知れなせんわね。パラミタ人ならよかったのでしょうが…)
 そうか?同じくカエルパイを当てたラーラメイフィスさんも、凄く微妙な表情だったぞ。
(守護天使向きではないかしれませんわね)
 そう来たか…
 悲喜こもごものプレゼント交換も終わり、後を解散というところだったけど、今回は笹飾りに願い事を書いた短冊を飾る作業が残っていた。
 七夕みたい、ではなくて完全に七夕だったが、もうなんでもありのノリだったな。
 みらびちゃんが渡してくれた白紙の短冊に、願い事を書いて笹飾りに飾る訳だ。
 そういえば、イルマ、ブリジットを追い掛けていたが、何をしていたんだ?
(その話はよしましょう)
 そうか、それは残念だ。
 最後に、セイさんとディオネアが作った推理研の看板を家のドアに取り付けた。
 そう、推理研の看板だ。
 推理研の本部は、百合園女学院にある。
 百合園女学院推理研究会なんだから、当然といえば当然だが、推理研の活動の幅が広がってきて、問題も出てきたんだよな。
 百合園は、女子高…男子禁制だから、当然、百合園の施設内になる推理研の部室にも、男性は入れない。
(建前ですわね、実際には、男の娘は百合園の名物といわれるぐらいの状態ですから…校長の桜井静香がまず、男性ですし)
 うん、しかし、さすがに一目見て男性と分かる格好で入ると、最悪袋叩きにされかねないから、今までは、推理研に用のある男性は女装して部室に入っていたんだ。
 しかし、これも不便だし、男性が入りづらいということで、会場に使った家を推理研の新しい部室に利用することにしたらしい。
 その話を聞いて、セイとディオネアが推理研の看板を作った。
 二人からのプレゼントだったんだ。
 でも、家は、ブリジット商会の管理物件という話だけど、一軒家をまるごと部室とかよかったのか?
(許可は取ってありますし、それに家は無人にするとすぐに傷んでしまうので、誰か利用してくれている方がいいのですよ)
 なるほどな。
 以上で、誕生会の説明は終わりだな。
 友達でわいわいやる誕生会は久しぶりだったから、楽しかったな。
 ああ、そうだ、最後に一つ忘れていた。
 七尾さんのプレゼントといのか、自慢というか…
(ああ、ユニコーンですわね)
 うん、七尾さんが庭に来て欲しいというので、皆で庭に出たんだ。  
 そこで私たちが見たのは、1頭の白馬だった。
 額からは、見事な一本の角が伸びている。
 ユニコーンというやつだ。
 実物を見たのは初めてだったな。
(まぁ、パラミタでもユニコーンはそんなに多くはいませんからね)
「倒しても逃げられる、って聞いてたのに突然おとなしくなって、俺の顔をじっと見るんだ・・・脚を曲げて伏せたからびっくりしたぜ。そのまま乗って帰ってきた」
 七尾さんは、得意そうに、その時の説明をしてくれた。
「へぇ、これがユニコーンね。私も見るのは初めてだわ」
 ブリジットは、目を輝かせて、ユニコーンを眺めていた。
 ブリジットって動物好きだよな。
 私も猫は好きだぞ。
「で、まだ名前がないんだよ、こいつ。そこで、皆の意見も聞こうと思ってさ。俺は推理研にちなんで、Q.E.D、クイードなんてどうかなって思っているんだが」
 七尾さんが背中を撫でている間も、ユニコーンは大人しくしていた。
 よく懐いている感じだったな。
「ユニコーンといえば、やはり乙女でしょう。ここは百合の花にちなんで、マドンナリリー…いや、これだと競争馬みたいですし、リリウムはどうですか?それにしても、素晴らしい優美さですね・・・可憐な乙女ならわかりますが、男性にも懐くとは驚きです」
 ラーラメイフィスさんがユニコーンに魅入りながら言った。
 その言葉が引き金だった。
「もしかして、蒼也、女装でもしてたんじゃ…」
 え?
 ブリジットの指摘に、周囲がざわついた。
 言われて見れば、推理研に関わる男性陣は、やたらと女装する人が多いんだよな。
 セイさんも女装したことあるそうだし、月詠さんとか、今日が初対面の虚雲さんも…
「そ、蒼也…まさか、そんな趣味が…」
「違う、女装なんてしてないぞ。んな訳ねぇだろ!何を言ってるんだよ」
 明らかに芝居がった動作ってよろめいたペルディータさんに、七尾さんが顔を真っ赤にして否定したけど、
「そんなムキになって否定するところが、逆に怪しいぜ」
 鈴倉さんが、突っ込んだ。
「え…冗談のつもりだったんだけど、マジで?」
 ブリジットが、さらに乗っかったけど、顔は笑っていた。
「お前のせいだぞ。ちょっとはフォローしろよ」
 慌てた七尾さんが、原因を作ったラーラメイフィスさんに詰め寄ったが、
「いや、そう言われてもですねぇ、女装は見てないですが、だからと言って、なかったとも言えないですから」
 と、にっこり笑いつつも、素っ気ない感じだ。
「ちょ、何でこうなるんだよ!」


●エプローグ?

「よし、終わった。ほら、私でも、ちゃんと出来ただろ」
 後の、リアクションの公開作業とかは、私たちでは出来ないから、文章ファイルを送っておけば、でっかめんが公開作業をするはずだ。
 イルマは、黒縁のメガネをかけて、ノートPCの画面を覗きこんでいた。
 私のリアクションの誤字修正とか推敲をしてくれていたのだが…
「ふぅ…」
 イルマは、メガネを外すと、目頭の辺りを指で揉んでいる。
「千歳…少しいいですか…」
「うむ」
 何か嫌な予感がして、私は背筋を伸ばした。
「大変言い難いことなのですが…」
「う、む…」
「これはリアクションというよりは、私と千歳のトークをそのまま文章にしているだけではないですか…」
 うむ…いや、それは私も途中で気づいてはいたんだ。
 でも、途中で文体変えるとか、おかしいしな。
 それに、描写とか…私は小説家じゃないし。
 投稿葉書には、そんなSSみたいな描写とか書かないからな。
「まぁ、いいでしょ。お嬢様の誕生会でもありますが、リツの誕生会も兼ねていましたし、差し引きして、この程度の出来で十分ですわね」
 酷い言われ様をした気がするのは気のせいか?

●あるうっかり者の記憶の断片


(なんですの、これ?)
 これは不幸な事故によって消滅して日の目を見ることがなたったシーンの再現だそうだ。


【皆でケーキつくり】

 誕生日に付き物の物といえば、なんだろう。
 プレゼントと、そして、やっぱりバースデーケーキだろう。
 厨房の中では、手作りケーキの作成が進められていた。
「どうだ、ちょっと手伝ってやろうか?」
 セイ・グランドルは、意外にも料理は上手だった。少なくとも宇佐木みらびよりはずっと。
 自分のケーキを作り終えていたセイは、ケーキのデコレートに悪戦苦闘しているみらびを見かねて声をかけたが、
「ぴょ!あ、ありがとう、セイ君。でも、うさぎは大丈夫ですよ」
「そうか…」
 どうにも大丈夫そうに見えないのだけどなぁ…
 しかし、頑張るといっているみらびの意気込みも尊重してやりたい。
「よし、ボクは終了、ちょっと外に出て新鮮な空気吸ってくるよ。ここにいるとボクまでケーキになった気分だよ」
 外したエプロンをテーブルの上に投げ捨てて、煌星が厨房の外にさっさと出て行く。
 確かに、厨房全体が砂糖とクリームの濃厚な匂いで満ちている。
「皆、後、一頑張りね」
 すでに自分の担当分のショートケーキを作り終えていた霧島春美はそう言って周囲を見渡した。
 長い間中腰で作業していたから、ちょっと腰が痛い。
 隣では、ディオネア・マスキプラが、何か緑色の草をケーキの中に入れていたし、さらにその横では、超娘子とピクシコラ・ドロセラも何かの缶詰やカプセルをケーキの中に仕込んでいる最中だった。
 春美と春美のパートナー、ディオネアとピクシコラ、ニャンコの4人のケーキの中には、何かしら仕込まれていた。
 春美にしてみれば、フォーチューンクッキーのケーキ版という趣向で、お楽しみ要素を付け足すつもりだった。
 少しでも誕生会を楽しいものにしたいという気持ちの表れだったのだが、現実はお楽しみというより、罰ゲームに近づいているような気がしないでもない。
 まぁ、それはそれで、楽しいことは楽しいだろう。
 きっと、おそらく、たぶん…

うん、結構楽しかったな。
(千歳はハズレじゃなかったからでしょう。私は酷い目にあいましたわ)


【君に花束を】

「あら、レストレイドさんではありませんか?」
 不意に声を掛けられて、マイト・レストレイドは声の主に振り返った。
 場所はヴァイシャリー市の商業区、広げたヴァイシャリーの地図を眺めていたところだった。
「ずいぶん難しい顔をされていましたが、どうかなさいましたの?」
 背の高い女性だった。
 1m70cm台の半ば、175cmぐらいあるはずだ。
 セミロングの栗色の髪、深く澄んだ青い瞳がこちらを見つめている。
 服装は、チェック柄のワンピース姿にサンダル履きで、右腕には買い物袋を下げている。
 地元住民だろうと推測するには十分だが、ヴァイシャリーの住民に知り合いといえば、ブリジット嬢ぐらいだが…
「ああ、君は確か…ブリジット嬢のメイドさんの…」
「イルマ・レストですわ」
「失礼、いつもと服装が違ったので」
「そうですね。お会いする時は、いつもメイド服ですから」
 いつもメイド服を着ているイメージがあったから、一瞬気づくのが遅れたのだ。
 まぁ、考えてみれば、普段からずっとメイド服で生活しているわけではない。
 イルマ・レストは、ブリジット嬢のメイドの一人、マイトの警察手帳という名の学生手帳には、そう記録されている。
 もっとも、二人の間からは主従以上の繋がりも感じてもいたが…
「誕生会のプレゼント用に花を買おうと考えて、近所の花屋の位置を地図で確認していところだ」
 隠す必要は無いので、マイトはイルマに説明した。
 マイトは、誕生会用のプレゼントに誕生花をプレゼントするつもりだったのだ。
「まぁ、誕生花のプレゼントですか。それは素敵ですわね」
 目を輝かせてイルマは嬉しそうに微笑む。
 やはり、女の子は花が好きだな。
 花にして正解だった。
「花言葉も調べていたんが、色々あるもんだな」
「花言葉ですか」
 警察手帳のページを指でなぞっていくマイトの脇から、イルマが覗き込むと、そこには、マダガスカルジャスミン、ハルシャギク、ハイビスカス、ルドベキア、アベリア、クチナチ等、各人に合う花と花言葉がびっしりと書き込んである。
 が、花の名前にざっと目を走らせたイルマは、少し眉をひそめた。
「マイトさん、申し上げ難いことですが、それらの地球の花は、普通のお店では手に入りませんわ」
「え?あっ」
 言われて、マイトは、手帳に書いた花の名前とイルマを交互に見ることになった。
 しまった!
 ヴァイシャリーの花屋には、ヴァイシャリー周辺で栽培できる花ぐらいしか置いてない。
 空京のデパートにでも行けば手に入るだろうが、時間的に今からだと厳しい。
「まいったなぁ。いい考えだと思っていたんだが…」
「いえ、ご心配には及びませんわ。地球産の花を扱うお店を知っております。普通、一見客とは取引をしない店ですが、ブリジットお嬢様の誕生日のプレゼントで、私から聞いた伝えれば、譲ってもらえるはずですわ」

(これは…つまり警部さんに花屋を教えたのは私だったのですか?)
 そういうことだろうな。


【そっくりさん】

「司って双子だったの?」
 ブリジット・パウエルは、月読司の背後から、不意に現れた司とそっくりの人物に驚いていた。
「そういう訳ではないんですが…」
「びっくりしました?ハッピーバースデー、お初にお目にかかります、月夜夢篝里ですわ」
 なんか背筋にゾクっとくる感じ女言葉だった。
 いわゆる一つのカマっぽいというか、オカマだろ、こいつ。
 司の背後から姿を表した篝里が、頬に手を当てて、目をパチクリさせて微笑んでくるが、正直、司の顔でやらえると…この際だ、はっきり言おう。
 キモい!と。
 どうやら、皆を驚かせるために、隠れていたらしいが、そんなことしなくても、存在するだけで、強烈なインパクトがある。
 司の説明によると、篝里は精霊なのだが、司の前世らしい…
 実際はどうかは分からないが、信じてしまえるぐらいにクリソツだ。
「初めまして、篝里さん、橘舞です。本当にそっくりですね。私も千歳とよく間違えられますけど、司さんと本当の御兄弟みたいですよ」
 舞が、篝里に挨拶すると、篝里は、両手を胸の前で合わせて、体をくねくねさせて喜んだ。
「こちらこそよろしくね、舞ちゃん」
 その隣にいた司は、篝里の動きをじっと観察していた。
 その目は、何だが、デパートで万引き防止に目を光らせる私服警備員のようだった。
 実際、万が一、篝里が羽目を外しすぎた場合は、何時でも取り押さえられるように身構えていたのだ。
「お願いですから、あまり他の人には迷惑かけなでくださいよ」
 眉根を寄せて、司が呟く。
 同じ顔で、トラブルを起こされては適いません。
「私からも、ハッピーバースデー、おめでとうございます、皆さん、今のうちに言っておきますね」
 ビデオカメラを準備しているシオン・エヴァンジェリウスを横目に、司もお祝いの言葉を口にする。
 何か既に諦めが入ってる気もするのは気のせいか?

月夜夢さんは…その…本当に月読さんと似ているよな
(外見に関して言えば、そうですわね)


【ドレスアップ】

「きゃー、もう皆可愛いすぎるわ~」
 茜星は、かなり舞い上がっていた。
 会場に早くから入ってた星は、女の子たちの化粧やドレスアップを手伝っていたのだ。
「うさぎは、変じゃないですか?」
 パーティードレスに編み上げられた髪、宇佐木みらびは、慣れない自分の姿に戸惑っていたが、星は、そんなみらびを安心させるようにハグをしてくる。
「大丈夫よ、みらびちゃん、とっても可愛いわよ」
「本当ですか?」
 みらびは、嬉しいような恥ずかしいような凄く微妙な表情だ。
「もちろんよ。女の子は、磨けば磨くほど綺麗になっていくんだから」
 ウインクしながら答えた星に、みらびは、はにかむようにぼそりと何かつぶやいた。
「セ…君は…くれるでしょうか?」
「うん?」
「おーい、そろそろ会場入りしろよな」
 セイ・グランドルがひょいと顔を覗かせてきたのは、この時のことだった。
「ぴょ!」
 突然みらびが奇声をあげて、星の後ろに隠れてしまう。
「あん?何やってんだ、みらび?何で隠れるんだよ」
 隠れたみらびの顔は、熟れたトマトみたいに耳の先まで真っ赤になっている。
「ブー、駄目ですよ、セイ君、化粧途中の女の子の部屋に入ってくるなんて、NGですよ」
 ちっちっと指を振る霧島春美に、セイは、戸惑ったように手を振った。
「い、いや。オレはそんなつもりじゃ…ただ、そろそろ時間だから…」
「セイくん、言い訳はよくないわ」
 ビシっと星に指差され、たじたじになったセイが後退していく。
「す、すいません」
「駄目です、セイ君は悪くなんですよ」
 
見ている方も恥ずかしいな、これは…
(続きが気になりますわ)


【アイドルRIN誕生秘話】

「ちょっと待ってくれ、メトロさんよ。何を用意してるんだ?」
 休憩室の中で、鈴倉虚雲は途方に暮れていた。
 いや、確かに、パーティーの余興に何かしようと、メトロ・ファウジセンに相談したのは自分だ。
「なら、ユニット組もうじぇ!」
 そういったメトロの提案に乗ったのも自分だ。
 いや、だが、しかし、ちょっと待って欲しい。
「俺は…女装してもいいとは言ってないよな?」
「そもそも話してないじぇ」
 サクッといい切るメトロ、二人の間に沈黙が流れた。
 ゴスロリ衣装をいそいそと用意しだすメトロのおちょぼ口を捻りたい衝動に駆られる。

 メトロンが現れた。
 メトロンは女装の用意をしている。

1攻撃する
2魔法を使う
3逃走する


3逃走する
虚雲は逃走を試みた…


しかし、メトロンに回り込まれてしまった。

「おい、先生方、頼むじぇ」
 メトロンは仲間を呼んだ。

 メトロの言葉に呼応するように部屋の扉がバタンと開いたかと思うと、どかどかと四人組の男たちがなだれ込んできた。
 月詠司、セイ・グランドル、ラーラメイフィス・ミラー、マイト・レストレイドの四人だった。
「何だ、お前らは!」
「まぁ、まぁ、少し落ち着こうや」
 宥めるような声とは裏腹に虚雲の脇に回ったマイトが得意の体術で虚雲の腕を絡め取り拘束してくる。
 それにさらにセイが加わる。
「悪く思うなよ」
「思うわ!って離せ!」
 セイに怒鳴りながら、腕を振り払おうとするが、相手は二人がかりだ。
 そうこうしているうちに、メトロからゴスロリスカートを受け取った司が、愉悦の笑みを刻んだ顔で、ゆっくりと迫ってくる。
「日頃やられる側ばっかりですけど、たまにはやる方もいいものですね」
 見た目、完全に悪の秘密組織の人である。
「諦めろ。これは、まぁ、推理研の儀式みたいなものなんですよ」
 マイトの目じりが潤んだように見えたが、何かよほどのことがあったのだろう、たぶん。
 だが、しかし…
「何の儀式だ、推理研と女装とどう関係あるんだ。ここは秘密結社か邪教の集団かよ」
「大丈夫ですよ。虚雲さん、素材いいですから、きっと似合うと思いますよ」
 と、爽やか系の天使の笑みで言うのは、カチューシャを手ににじりよってくるラーラメイフィス。
「激しく嬉しくねぇ!」
「お前ら、ちょー、勝手に着替えさすなー!」
 やめろ、ショ○カー!

何だ、このカオス…でも鈴倉さん、ステージでは結構ノリノリだったな。まさか舞台裏でこんなことが…
(確かに推理研に関わる男性は皆さん女装されてますしね。儀式かどうかはともかくとして…)


【ひょっとこ仮面&アイドルRIN オン ステージ】

 ピクシコラ・ドロセラのマジックショーが好評のうちに終わり、その興奮冷めやらぬうちに、ステージに上がったのは、鈴倉虚雲とメトロ・ファウジセンだった。
「次は、謎のアイドルRINとひょっとこ仮面によるライブショーです」
「行くぜ、RIN」
「おうですわ、ひょっとこ仮面」
 隣室から飛び出した二人の姿に、拍手と歓声があがる。
「皆さん、こんばんわ、皆のアイドルRINちゃんよ~」
「そして、皆さんのパーティーのお供におちょぼ口…ひょっとこ仮面だじぇ!」
 メトロは、顔にはひょっとの面を被り、虚雲は、なぜかドレス姿だった。
 出方が、お笑い芸人コンビぽいとか言ってはいけない。
 虚雲の女装とか、普通なら突っ込むところだが、推理研に関わる男性陣は女装することが多いので、皆特に不思議にも思わないのか、そこはスルーだ。
 それはそれでどうかとも思わないではないが、気にしない。
 エアギターのメトロ、ボーカルの虚雲、そして、舞台端で控えていたのは、ドラム担当の推理研の動く音響設備金仙姫である。
 当初の予定では、エアギターも、ドラム演奏もなかったのだが、歌だけでは寂しいので、急遽追加したのだ。
 大事なのはノリだ。
「いえーい、いくじぇ、皆!ギューィィィン!!」
 メトロはエアギターなので、弾いているフリをしながら、口で音を出していた。
「めとろん、頑張って!」
 春美とペルディータ、二人の声援がシンクロする。
 あ、あと、念のため言っておくが、ひょっとこ仮面である。
 アイドルRINとひょっとこ仮面だ。
 大事なことなので二度言いました。
「きょーん」
 席から立ち上がり、星も、虚雲に手を振る。
 あ、あと、念の為言っておくが(ry

 ドラムの演奏が始まり、全身でリズムを取るメト、もといひょっとこ仮面とRIN。
「ウィヴイン トレイニング フォオ デイズ ウィ レディー トゥ シング アス ビッグ パーティ ビギンズ ハピーバースデイ!(何日も練習したぜ。準備はバッチリ、でかいパーティが始まる。ハッピーバースディ!(訳:ブリジット・パウエル)」
「あーん、楽しそうね。私も飛び入りしちゃおうかな」
 軽快なビートにノリノリでライブを行う虚雲の姿に、星がうらやましそうに、恐ろしいことを呟いく。
 頼む、それだけはやめてくれ。

メトロさんもノリノリだったけど、女装の虚雲さんもノリノリだったな。
(飛び入りされなくて本当によかったですわ)


【ポケットの中身】

「よう、よかったな、相棒」
 ポンと肩を叩かれて、笹井昇は、契約者であるデビット・オブライエンを仰ぎ見た。
 デビットと昇は身長差が、30cm以上あるから、どうしても間近だと仰ぎ見る形になってしまうのだ。
 デビットは気のいい男だったが、女癖の悪さを除けばだが、間近で話されるのは、以上の理由から、昇は楽しい体験ではなかった。
「何がだ」
「またまたぁ、昇ちゃん。隠してもダーメダーメよ」
 急に背後から覆いかぶさるように抱きついてきたデビットを、昇をは肘で払いのける。
「ええい、やめろ、暑苦しい」
 男に抱きつかれるのは、過去の嫌な経験を思い出してしまうので、勘弁して欲しい。
 こっちにそんな趣味はないのに、何度か同性に言い寄られたことがあるのだ。
 無論、デビットにそっちの気はない。
 野郎と賞味期限の切れたオバちゃん、どちらか一人抱けと言われたら、迷うことなく、オバちゃんと答えたいっすよ。
 デビットとはそういう男だった。
 意外な程、あっさりとデビットは離れると、くるりと背を向ける。
 いったい何なんだ、こいつは…
「なになに、ラズィーヤ・ヴァイシャリー様ファンクラブ?会報特別記念号って…イルマのヤツ、ネーミングセンスねぇなぁ…」
 ケラケラ笑いながら、デビットは見覚えのある冊子をかざして眺めている。
「何!?」
 慌てて、スーツの内ポケットを確認すると、入れていたはずの小冊子が消えていた。
 プレゼント交換で、手に入れた、ファンクラブの会報…
「おま、デビット、何をするんだ、返せ」
 
(久しぶりに本気で他人に殺意を覚えてしまいましたわ)
 まぁ、ほどほどにな。



【お酒は20になってから】

「まったく、とんでない目にあったわい」
 賑やかな喧騒から離れて、隣室のソファにどかっと腰掛けたウォーデン・オーディルーロキは、片手に持ったワインボトルから、ワインをグラスに注いでいた。
 もう一つの人格ロキが、シオンの挑発に乗って勝負などするから、メイド姿で給仕する歯目になってしまったのだ。
 目蓋を閉じると、アフロヘアに付け髭メガネ姿になった司の情けない表情と、その隣でニヤニヤ笑いながらビデオを回すシオンが浮かぶ。
「付き合っておれんわ…」
 ロキの方が妙に静かだが、疲れて寝てしまったのだろう。
 ウォーデンからすれば、ゆっくりできるので助かるが。
「あら…困りますわね。まだ、仕事は残っていますわ」
 メイド姿のイルマ・レストがやってきたのはこの時のこと…
「それにアルコール類は禁止となっていたと思いますが?」
 目を細めて、イルマはウォーデンの傾けるグラスを見ている。
「はて?そうだったかのぉ…」
 すっとぼけた。
 誕生会の出席者には未成年者が多いから、そもそもアルコール類は用意されていない。
 ワインはウォーデンがこっそり持ち込んでいたものだった。
「まぁ、そう硬い事をいうでない。どうじゃ、一杯」
 ワインボトルを掲げて、ウォーデンが小首を傾げる。
 見た目は10歳の女の子がソファにどかった腰を降ろして、酒を勧める姿は、かなりシュールな光景だ。
「日本の法律ではお酒は20歳になってからと聞いておりますわ」
「ここは日本ではないじゃろ。それに、なぜ、手に空のグラスをもっておるのだ?」
 ウォーデンの視線は、イルマの右手の中のグラスに注がれていた。
「あら?」

 この後どうなったんだ?
(もちろん没収しましたわ。決まっているじゃないですか)


【守護天使のプレゼント】 

 ラーラメィフィス・ミラーは守護天使である。
「今後の皆さんの幸せをお祈りいたします。ほんの気持ちですが・・・」
 ラーラメイフィスは、バラの花を一本ずつ、参加者に配って回っていた。
 棘が刺さらないように、棘を取る気配りも忘れてはいない。
「ありがとうございます。綺麗なバラですねぇ」
 差し出されたバラを受けとった橘舞は嬉しそう微笑んだ。
 少し離れた場所でその様子を見ていた、ペルディータ・マイナは、守護天使のラーラメイフィスが花を贈っている姿は様になっている、と思った。
 その視線に気づいたわけではないだろうが、振り返ったラーラメイフィスがにこやかにほほ見えながら、こちらに歩いてくる。
「はい、どうぞ」
 差し出された一輪のバラを受け取りながら、少しを小首を傾げて問いかける。
「私も貰えるんですか?」
「もちろん、祝われる側じゃないですか。それに守護天使の愛は皆に公平なのですよ」
 冗談なんだが本気なんだか…
「ありがとうございます。あ、そうだ、手を出してください。バラのお返しです」
 ラーラメイフィスの出した手の上にペルディータは、キャラメルを一つぽんと置いてみせる。
「これは…ああ、古王国の生キャラメルじゃないですか」
「プレゼント用に用意した分に余りがあったので」

格好いい人から、バラとか渡されるとちょっと照れるよな
(棘を抜いておくとか気配りが出来るところは、さすがですわね)


【お揃いのロケット】

 橘舞は、ブリジットに近づくと、にっこりと微笑んだ。
「誕生日おめでとう」
「ありがと、ま、本当の誕生日はもうちょうと先だけどね」
 ブリジットの誕生日は26日だ。
 しかし、26日はお屋敷でパウエル家主催のヴァイシャリーの名士を招いた盛大な誕生会が予定されていて、今回のプレイべートな合同誕生会は10日近く早く15日に行われていた。
 まぁ、当日のパーティーには、ブリジットの契約者でもあり橘家の令嬢でもある舞も当然招かれているのだが…
 こんなアットホームな雰囲気には程遠い物になるのは、想像にかたくない。
「これ、本当はブリジットと出合った一年目の記念に渡そうかな、とも思っていたんだけど…」
 そっと、手渡しのは、可愛らしいリボンで結ばれてラッピングされたプレゼントだった。
「ありがと、開けてもいい?」
「うん」
 実際には、ブリジットは、舞がうんというよりも早く開け始めていたのだが、いそいそと期待に満ちた表情でラッピングを解いて、小さな小箱を取り出す。
 その様子を舞も両手を胸の前に合わせてて、期待するように見守っている。
 小さな小箱の中に入っていたのは、とても小さな愛らしい銀のロケットだった。
 もちろん、空を飛ぶほうじゃない。装飾品の方のだ。
 繊細な銀のチェーンに、品のいい細やかな装飾の施されている。
 ロケットの蓋を開けて、しばらくブリジットはじっとそれを見つめていた。
 表情がなかなか動かない。
 期待していた反応が無くて、舞は、ちょっと不安そうになった。
 もしかして、気に入らなかったのかな?
 けど、それは杞憂だったようだ。
 次の瞬間、降り注ぐ太陽のような笑みを浮かべて、ブリジットが微笑んだから…
「ありがと、舞。宝物にするね!」
「よかったわ。私も同じのを持っているの。お揃いなの」

(舞さんらしいですわね)
 そう…だな。


【イルミンミルクケーキ】

「うん?ちょ、このケーキ美味しいわ」
 諸般の事情があって、若干警戒しながらケーキを口に運んだ、ブリジットが、目を大きく見開いた。
 当たり外れ、どちからというとハズレが多かったケーキ選び、その後の口直しに司の用意した市販のケーキを食べた後だったが…
「美味しいでしょ、それ。イルミンの調理実習で優勝したメニューらしいわ」
 得意げに表情で説明するのは、ケーキを持ってきたオープン・ザ・セサミだ。
 『イルミンミルクケーキ』は、良質のバタークリームをたっぷり使ったミルクケーキで、イルミンスール魔法学校の調理実習で、セサミのパートナーが考案したものらしい。
 優勝したというだけあって、味は素晴らしかった。
 自然の素材を生かして甘さも控えめに作られたイルミンミルクケーキは、市販の濃厚な味わいのケーキを食べた後の舌には、ちょうどよかった。
「うーん、幸せー、上に乗ってる木の葉の象ったデコレートやドライフルーツは、イルミンスールの森をイメージしているのね」
 フォークでケーキを口に運んでいた月夜夢篝里も頬を緩ませる。
 イルミンミルクケーキはセサミのパートナーの手作りの為(注:セサミのパートナー仲間が主に製作に関わっているものと推測される)、量が少ない。
 そもそも、誕生日のプレゼントとして持ってきたものなので、誕生日の人の分しかないのだ。
 だが、しかし、他人の畑は青く見えるというが、他人が美味しそうに食べているケーキも、美味しそうに見えるものだ。
 実際、千歳や舞は、ブリジットやリッチェンスから少し分けてもらっている。
「篝里~、ボクにも一口」
「はい、ロキちゃん、あーん」
 ウォーデン・オーディルーロキが、手を伸ばすと、篝里は、フォークに刺さった一口サイズのケーキをウォーデンに口に近づけて…
 ウォーデンが、口を開けて、まさにパクリといこうした瞬間…
お約束のように、すぅーっと手を引っ込めた。
 ウォーデンの歯が、寸前までケーキのあった空間を虚しく噛み、ガチンと音を立てる。
「ひっどーい!」
 抗議するウォーデン、作戦成功に大笑いする篝里。
「うふふふ。あまーい、このケーキのようにあまーいわ」
「本当ね。でも、このケーキ、そんなに甘くないじゃない。甘さ控え目お替り行けそうね」
 手についたクリームを舌でぺろっと舐めとり、シオン・エヴァンジェリスが、嫣然と笑む。
「ありがと、篝里、美味しかったわ」
 その時になって、篝里は、フォークに刺さっていたはずの一口サイズのケーキが消えていることに気づいて、あーんっと呻った。
 ウォーデンの悔しそうな顔を眺めるのに夢中で、シオンの動きに注意を払っていなかった。
 地団駄を踏むウォーデンと落胆する篝里、悪びれた風もなく笑っているシオン…
 いつものことですけど…
「あなたたち…いったい何をやってるんですか」
 司の問い掛けに、もちろん、答える者はいなかった。

イルミンミルクケーキは…確かに美味しかった、うん。量が少なくて、皆に行き渡らなかったのは残念だったな。
(千歳は食べてるじゃないですか、ずるいですわ、千歳) 
  

【笹に願いを】

「笹に願いって…それって七夕じゃないの?」
 笹飾に願いを書いて欲しいといわれて、みらびから短冊を渡されたブリジットは、ちょっと疑問に思いながら、受け取ったペンと短冊を眺めた。
「パウエル代表、書いたら笹に飾ってくださいね」
 そういって、みらびは、他の参加者に白紙の短冊を配りに行った。
 他の人はどんなの書いているのかな?
 笹に飾られた短冊を見てみると、
『思いが届きますように 宇佐木みらび』
『自分の店をはやく持てるように セイ・グランドル』
『でっかい研究室が欲しい☆ 宇佐木煌著 煌星の書』
『これからも、推理研究会のみんなで調査に行けますように☆ 霧島春美』
『みんなでファンタスティックな日々をおくれますように☆ ピクシコラ・ドロセラ』
『いつまでも、みんな一緒にいたいな☆ ディオネア・マスキプラ』
『皆、仲良く暮らせますように 橘舞』
『ダーリンと一緒に幸せになりたいのです リツ』
『いいカヤグムが欲しいのぉ 金仙姫』
『世界が平和でありますように 朝倉千歳』
 うーむ。
「イルマは何書くの?」
 ブリジットは、後ろから近寄ってきた気配に振り返ることもなく話しかける。
「そうですわね、お嬢様がもう少しお淑やかになられますように、とでもしましょうか」
 ちょっとした冗談、いや、本心もあったが…
「…よし、決めた」
 屈みこんで短冊を覗き込んでいたブリジットは、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべると、短冊にさらさらと何事か願いを書き込み、笹に吊るそうとする。
 短冊に書かれていたのは、
『早くイルマに素敵な彼氏が出来ますように ブリジット・パウエル』
「な、何を書いているんですか!」
 慌てて短冊を奪い取ろうとするイルマから、ひらりと身を捻って逃れると、ブリジットはスキップを踏みながら逃げていく。
 ブリジットの願いが書かれた短冊がその指先から、ゆらゆらと揺れて見える。
「こら!待ちなさい!」

えーっと、ふっ…まぁ、微笑ましいよな。
(何を笑っているのですか…まったく、お嬢様といい、デビットといい、一体何なのですか…)


【看板】

 コンコンコン、コンコンコン
 ノックにしては、派手な音が玄関のドアに揺する。
「よし、こんなもんでどうだ」
 セイ・グランドルは、ハンマーを持った手を腰の横につけて、少し離れた位置からそれを確認した。
 木製の看板だった。
 木彫りの看板には、味わいのある字で「百合園女学院推理研究会」と掘られている。
「いいんじゃない」
 と、応えたのはブリジットだ。
「でも、勝手にドアに取り付けてよかったの?」
 隣にいた舞は少し心配そうだが、
「当面、部室として使用する予定のようですし、問題ないでしょう。ドアぐらいはいざとなれば取替えられますから」
 イルマが、問題ないというと、安心したようにほっと胸を撫で下ろす。
 看板は、セイ・グランドルが作成したもので、パーティーに使った建物を推理研の部室に利用するという話を聞き、プレゼントの一つとして用意したものだった。
「ふむ、木彫りとはなかなか赴きがあっていいな」
「それ、ボクが掘ったんだよ」
 千歳の感想にディオネア・マスキプラが、歯で何かを齧る仕草をしながら説明した。
 どうやら、掘られた文字は、ディオネアが齧ったもの、という意味のようだが…
「ほ、ほぉ、器用なもんだな」
 看板を別の角度から眺めていたマイト・レストレイドは、関心半分呆れ半分という表情だ。
「縁の装飾とかな。真ん中付近は、歯が届かないから…道具で掘った」
 セイの補足説明に、皆は一緒互いに顔を見合わせて、苦笑した。
 そりゃ、そうだ。
 
 看板のプレゼントとは、考えたものだな。しかし、あの家、本当に部室になるのか?
(ええ、そうみたいですよ。百合園内の部室だと、男性は入るたびに女装しないといけないですから、好きな方もいるようですけど、女装)

そうか、私たちが知らないところでも色々あったんだな。
(それはそうでしょうけど、千歳…ちょっと気づいたのですが…)
 うむ、何だ?
(これを一本に継いで行けば、普通のリアクションになったのでは、と…)
 …
 な、何だって!?


マスタコメントっぽい何か

 まず初めに、公開が、とんでもなく遅れてしまって申し訳ありませでした。
 前半というか、ちーにゃんこ&マルイは、遊びすぎでした。
 あれやってなかったら、もっと早く完成したと思います。普通のリアクション形式でやるべきでした。
 後、今回、ケーキとプレゼントに関して、誰の物が誰に当たるかは、ランダムで決めたのですが、面白い組み合せになったようにも思いますw
 これから、夏祭りの後半に入るので、後半は早めに公開できるように頑張ります。


● 夏祭りビデオ鑑賞


 皆さん、こんにちわ。イルマ・レストです。
 まだまだ残暑が厳しい中ですが、今日は8月末の夏祭りの映像を皆さんと一緒に観賞しています。
 ブリジットお嬢様の企画した一泊二日の夏祭り堪能弾丸ツアーの映像がまとまったのです。
 映像にはありませんが、東京から新幹線で京都駅に到着した私達は駅の改札口で待っていた千歳達と合流した後、宿泊予定の民宿差し回しの小型バス二台に分乗して、京都郊外の宿に到着いたしました。
 民宿を貸切にして、という事前の説明だったのですが、民宿というよりは、重厚な造りが歴史を感じさせる老舗の旅館ですわね。
 舞さんは庶民的な夏祭りを体験したかったようですけど、橘家の令嬢を安宿に泊める訳にはいかないという配慮が働いたのでしょう。
 このあたりは仕方ないでしょうね。
「おう、来たか」
 出迎えた女将に続いて旅館の中に入ると、ソファでくつろいでいた男性が立ち上がって手をふってこられましたわ。
 マイト・レストレイドさんのパートナー、近藤勇さんですね。
 その後、私達は夏祭用の地球の民族衣装、浴衣に着替えて大広間に集合しました。
 女性陣は全員浴衣、男性陣は、執事服の笹井昇さんと白い天御柱学園の制服を着た風音・アンディーオさん以外は、浴衣姿ですわ。
 女性の浴衣は色も柄も様々で見ても楽しめますわね。
 私と千歳、お嬢様たちの浴衣は空京デパートで購入したもので、今回のお嬢様の思いつきもこの浴衣がなければ、なかったかもしれないですわね。
 お嬢様の浴衣は、群青色に赤い朝顔、そして黄色い帯。
 青い色は、お嬢様のお気に入りですわ。
 あ、ちなみに、千歳と私の浴衣は色違いなのですよ。
 白地に赤い梅模様の浴衣に紫の帯が千歳、私のは黒字ですわ。
「春美さんの浴衣、素敵ですね」
 舞さんが、春美さんの浴衣を褒めています。
 朝顔模様の水色の浴衣に萌黄色の帯もよく映えていますわ。
「舞さんの浴衣も綺麗ですよ。八重桜ですね」
「ありがとうございます」
 それは、当然ですわ。
 舞さんの浴衣は、白地に薄紫の八重桜、薄桃色の帯。
 それも私がコーディネートしたのですから。
「ねぇねぇ、ボクのも見て」
「ディオも浴衣買ってもらったのね」
 お嬢様がディオネアの前に腰をかがめて話しかけています。
 ディオネア・マスキプラの浴衣は、ニンジン柄の黄色い浴衣に、ピンクの帯が…ニンジン柄…
 まぁ…リツのカエル柄といい勝負ですわ…
 といっても、リツは、カエル柄の浴衣は着てこずに、同時に買った花火模様の水色の浴衣に黄色の帯という無難な方を着ての参加です。
 ですけど、ウサギが着れる浴衣が売っていたとは驚きですわね。
 よく見ると、超娘子は、魚模様のオレンジの浴衣に黒の帯、ピクシコラ・ドロセラは、うさぎ模様の黒の浴衣に赤色の帯という組み合わせ。
 さすがに、カエル柄は私や千歳の良識まで疑われかねませんから、リツには無難な方を着させたのですが…
 杞憂だったかもしれませんわ。
「うむ、浴衣もよいものじゃな」
 桔梗の柄が入った薄黄の浴衣に、黄緑の帯という組み合わせは金仙姫ですね。
「あんたは、普段とそんな変わってないじゃない?」
「たわけ、チマとチョゴリと浴衣は全然違うわ。ブリの目はビー玉でも入っておるのか?」
 言わないでいいことを言うのは、お嬢様の悪い癖ですわ。
 そんな様子を止めもせずにこやかに見守っている舞さんも大したものです。
「ブラボー、いいねぇ。浴衣最高だな」
 この声は…
 デビットがにやけた顔をさらに緩ませて、パチパチと拍手していました。
「皆、めっさ可愛いっすよ」
「失礼だぞ。デビット」
「何言ってるんだよ。着飾っている女性を褒めない方がよっぽど失礼だろ、なぁ」
 窘めようとした笹井さんに、デビットが逆に言い返していますわ。
「あんたがいうと下心が透けて見えてるのよね」
「世の中には何を言ったかより誰が言ったが重要な時もありますからね」
 お嬢様の言葉に、私も一言つけたしさせてもらいましたわ。
 本当にデビットときたら…
「で、現地での行動だけど、団体でぞろぞろ移動するのもあれだし、基本個人で自由行動ってことで」
 お嬢様の提案に反対意見は特にありませんでした。
 総勢二十人近いですから、アヒルの親子みたいに後をぞろぞろというのは、私も嫌ですしね。


●夏祭り! 昼の部

 夏祭の会場へと向かう道すがら…
「えっと、のど自慢大会は昼の部なのね。仙姫以外で出る人は?」
 ブリジット・パウエルが、旅館で貰ったパンフレットを覗き込みながら問いかける。
「私は出るつもりですよ」
 ブリジットの少し前を七尾蒼也と一緒に歩いていたペルディータ・マイナが振返った。
「ボクたちも出る予定だよ」
 と、これは、ディオネア・マスキプラだ。
 その隣では、超娘子が大きくうなづいている。
「ん?ちょっと待て。言っておくがわらわはのど自慢大会に出る予定はないぞ」
 浴衣の襟元を正していた仙姫が、ブリジットに視線を向けると怪訝そうに言った。
「珍しいわね。わらわの雅で優雅な歌声をきかせてやるとするかの、とか言うと思っていたけど」
「たわけ。わらわが出てしまったら勝つに決まっておるわ。そんな大人げないことはせぬ」
 ふん、と鼻を鳴らして、仙姫はブリジットの疑問と言うか挑発をかわす。
 随分な自信だが、確かにそれぐらいの実力は持っている人物ではある。
「夜の部の盆踊りは参加するつもりじゃ」
「盆踊りも楽しそうですよね。後、花火も綺麗でしょうね」
 パンフレットから顔をあげた舞が、和み系の笑みを浮かべる。
「ヴァイシャリーの花火大会を思い出しますわね。ところで、私、盆踊りはしたことがありませんわ。見た事はあるのですが」
 ブリジットと仙姫、二人の間を歩いていた舞にイルマ・レストが反応する。
「リツも初めてなのです。ダーリンに教えてもらうのです」
 リツ、つま朝倉りリッチェンスは、朝倉千歳のすぐ脇を密着するかしないか微妙な距離を置いて歩いていた。
 千歳の浴衣が崩れるからと腕組みをイルマから禁止されていたからだ。
「いや、教えるほどの事でもないぞ」
 リツの顔を見ながら千歳は少し困ったように苦笑した。
「のど自慢は風も出るよ~」
 可愛らしいカラフルなオレンジ色の浴衣を着た鈴倉風華が、走り込んで来たのはこの時のこと。
「風、待って」
 その後を風音・アンディーオ追いかけて来る。
 大多数が浴衣を着ている中、白い天御柱学園の制服が際立っている。
「風華ちゃん、そんな早く走るとドロが跳ねて、せっかくの浴衣が汚れるっすよ」
「え~、やだぁー、おニューなのにぃ」
 デビットの注意に風華は、慌てて浴衣の裾を確認しようとしたが、浴衣の後ろはなかなか見れない。
「風音ちゃん、汚れてない?」
「ちょっと待って」
 アンディーオは、ためらうこともなく、その場に片膝をついて風華の浴衣の裾を確認する。
 その姿は、貴婦人に傅く貴公子のようでもあって、不思議な色気のようなものすら感じられる。
 まぁ、貴婦人というには、風華はまだ幼い感じだが…
「大丈夫、汚れてないよ」
「ありがと、風音ちゃん」
「ところで、デビット、あんた、まさかと思うけど、あんな小さな子に手出したら…」
 一瞬、風華とアンディーオに目を奪われていたブリジットが、我に返ってデビットに釘を指すと、
「ちょ、ぶりっちまで曻みたいなこと言わないで欲しいっすよ。しないっすよ、そんなこと」
 デビットが肩をすくめてみせる。
 が、そのオーバーアクションが、むしろ不安感を煽る。 
「どうだか…」
 じと目のイルマも容赦ない。
「お前なぁ…」

「マイト、さっきからどうした?」
 近藤勇が、やたらと浴衣をいじっているマイト・レストレイドを気にして声をかけた。
「いや、どこか変なところはないかと思って」
 金髪碧眼、マイトはイギリス人である。
 パートナーが日本人の近藤だし、マイト自身も日本通、パラミタには日本人も多いから和服は見慣れているが、自分で着ることは滅多にない。
「足元がスースーするしなぁ。涼しくていいが…」
「うむ、そこでくるっと回ってみろ」
 近藤に言われて、マイトはその場で両手をあげ、くるっと一回転する。
「どうだろう?」
「うーむ、いや、別に変なところはないな」
 この時、携帯の着信があって、マイトは懐に入れていた携帯を取り出した。
 携帯の画面を一瞥すると、犬型機晶姫ロウ・ブラックハウンドが、
「ばう!」
 と一声鳴いた。
「気にしすぎだ。落ち着け、みっともないぞ、か…」
 マイトは携帯画面とロウの顔を交互に見て、苦笑していた。
「ばうばう!」
 ロウは発声機能に問題があって人語は話せないが、携帯や端末を使って会話をすることは問題なくできるようだった。

 祭りの会場となった神社とその神社への参道沿いは、見物客で賑わっていた。
 参道の両脇には出店が立ち並び、スピーカーからは郷愁を誘う祭囃子が流れる。
 お決まりの祭と描かれた提灯は、まだ昼なので点灯していないが、夜には、さらに幻想的な夏祭りの雰囲気をかもし出すだろう。
 現地に到着した一行は、旅館でブリジットが言ったとおり、その場で、一旦解散した。
 分散しても携帯で連絡も取れるし、GPS内蔵だから、お互いの位置もすぐに分かる。
 便利な時代である。
 霧島春美は、のど自慢大会の前に、出店を回っていた。
 手には買ったばかりのりんご飴を持っている。
「夏祭りというと、やっぱりこれですよね」
 夏祭りの定番は、林檎飴、綿菓子、たこ焼き、焼き蕎麦など色々あるが、春美のこれは、りんご飴らしい。
 一緒に参加している他のパートナーたちは、のど自慢大会にエントリーする為に今は別行動中だったが、実は、彼女たちは、春美のすぐ側にいた。
「は、はる…」
 ニコニコ顔で歩いていく春美の後ろ姿に、ふわふわの体毛に覆われた前足をディオネア・マスキプラは虚しく伸ばしたが、その声も手を、歩き去っていく春美には届かない。
「喋るウサちゃんだぁ!」
「浴衣もかわいい!」
 ディオネアは名も知らない近所のちびっ子たちから、もみくしゃにされていたのだ。
 パラミタなら獣人も珍しくないが、ここは地球だ。
 しかもウサちゃんは子供から大人にも大人気のアニマルである。
 調子に乗った若いママが我が子をディオネアの上にのせ、旦那がビデオカメラを向ける。
 図らずも家族の思い出の1シーンに記録されることになったディオネアだが、その顔は少し引きつっていた。
「すいません、もう一枚お願いします」
 その近くでは、超娘子が、心が子供な大人たちの写真撮影に応じていた。
「こうかにゃ」
 特撮ヒーローっぽい決めポーズを決める娘子。
 パラミタでも、デパートなどでショーをやっているニャンコは慣れたものである。
「ここは私も手品をすべきか。二人だけに任せるのは危険だ」
 二人の様子を眺めていたピクシコラ・ドロセラが、浴衣の袖からトランプを取り出す。
 二人が心配で、自分がしっかりしないといけないという考えは間違っていないが、力の向かった方向が微妙だ。
 どうやら、この三人が春美と合流するのは、もう少し時間がかかりそうだった。
   
 足取り軽く出店に向かう春美にはお目当ての店があった。
「あ、やぶれちゃいました」
「お嬢ちゃん、残念だったな。ほれ、これはサービスしとくよ」
「いいですねぇ。リツもやってみたいのです」
 金魚すくいの出店の前には見知った先客がいた。
「舞さんたちも金魚すくいですか?」
「あ、春美さん」
 サービスの金魚の入った小さな袋を店のおじちゃんが受け取っていた舞が振り返って微笑んでくる。
 他にブリジットと千歳とイルマ、リツも一緒だった。
 どうやらこの5人は一緒に行動しているようだ。
「こういうのはだな…」
 腕組みして様子をみていた千歳が口を開く。
「水の流れ、金魚の動きを読むんだ。その動きに逆らわず、呼吸を合わせることが大事だ」
「むぅー、ダーリン…金魚すくい難しそうなのですよ」
 舞の隣で千歳を見上げていたリツの表情が暗くなった。
 千歳の説明は発想が達人すぎて常人にはちょっと難しかった。
「コツがあるんですよ。次、私がやってみますね」
 おじちゃんから網を受け取り、浴衣の裾を少し気にしながらしゃがみ込む。
 実際、金魚すくいは全国大会があるほどの競技性がある。
 簡単に見えて、奥が深いのだ。
 網は紙で出来ているから、耐久性は低い。
 この網を破らずに金魚をボールに移すには、スピードだけではなく、タイミングも重要なのだ。
 千歳の言っていることは正しい。
 ただ、言い方が難しい。
 実践した方が早い。
 春美は水面に呼吸の為にあがってきた赤い金魚、赤いからって3倍のスピードで動いたりしないのだ、に狙いをつけると、斜め上方から網を滑り込ませた。
「はい!」
 網の上で跳ねようとする金魚がローリングしながら、ボールの中に落ちる。
「わぁ、凄い。さすが春美さんですね」
「ほぉ、嬢ちゃん、結構うまいじゃねぇか」
 舞とおじちゃんから同時に声がかかる。
「えへへ、でも、まだまだこれからですよ」
 下がってきた浴衣の袖をたくしあげ、春美は次の金魚に狙いを定めた。
 
「うーむ、やはり舞様のお供をした方がよかったのでは…」
 少し離れた場所から、金魚すくいの出店を伺う者がいた。
 橘家執事笹井昇である。
「お前、舞ちゃんにあっちに行けって言われたろ?」
 と、呆れ顔でデビットが言うと、
「あっちに行けとは言われてないぞ。笹井さんも楽しんできてください、とは言われたが」
 昇は、人混みの中で舞に何かあってはいけないと警護を願い出たが、やんわりと舞に断られてしまった。
「お前さ、そんなだから空気読まないって言われるんだよ。舞ちゃんは、気のあう友達と夏祭りをエンジョイしたいんだよ。いかにもお供の者です然のお前が側をうろちょろしてたらウザイだろうが」
 ったく、お前のせいでオレまでとばっちりだよ、とぶつぶつ呟くデビット。
「お供…しかし、イルマさんが…」
「アホか、お前は。あいつは千歳ちゃんのパートナーだし、舞ちゃんのお友達にカウントされてんだろ。それにあいつがメイド服着てるか?浴衣着てんだろ。だいたい、何でお前はクソ暑苦しい執事服なんかで来てんだよ」
 もうボロクソである。
「じゃ、オレは行くわ」
 付き合ってられんとばかり、デビットは踵を返して、歩き出す。
「どこにだ?」
「決まってんだろ、祭り見物(注:ナンパの意である)だよ。お前はさっさと浴衣に着替え来い。お前の浴衣もオレが用意しといたからよ」
 手をぱたぱた振ってデビットは人混みの中に消えていく。
 どうしたものか。
 金魚すくいの出店の前では、春美のアドバイスを受けながらリッチェンスが金魚すくいに挑戦しているところだった。
 イルマが何か千歳に話しかけていて、ブリジットが派手なオーバーアクションをして舞が楽しそうに笑っている。
 声は聞こえないが、すごく楽しそうだ。
「…着替えて来よう」

「あ、こっちに来るわ」
 オープン・ザ・セサミは、歩いてくるデビットに気づかれないように、さっと看板の後ろに飛び込んだ。
 デビットは、セサミには気づかず、脇を通り過ぎていく。
 そっと顔を出して覗こうとしたその時、
「なに、やってんだよ」
 不意に背後から声を掛けられてセサミは飛び上がりそうになった。
 いや、実際ちょっと飛び上がっていた。
「わ!」
「どわぁ!」
 泉椿は、セサミのリアクションにびっくりして、楊枝に刺した状態で持っていたたこ焼きを地面に落っことした。
「何だよ、びっくりさせんなよ。もったいねぇ、一個落しちゃったじゃないか」
「びっくりしたのはこっちよ!」
 振り返ったセサミは眉を吊り上げる。
 片足をあげて下半身を捻った状態で、足元をじぃーっと見ていた椿は、
「ああ!たこ焼きソースが浴衣の裾にぃ!」
「え?嘘…どこ」
「と、思ったら柄だった!」
「どっちよ!」
 呆れてセサミが嘆息する。
「何か聞き覚えのある声がすると思ったら、やっぱり椿ちゃんとセサミちゃんじゃん?何やってんの?」
 ビクン!
 二人とも声のした方向をゆっくりと見る。
 イケメン、もとい、デビットだ。
 どうやら声に気づいて戻って来たらしい。
「急に椿が後ろから声を掛けてきたから、驚いちゃって…」
 そんなデビットとセサミのやりとりを眺めていた椿は、何事か思いついたのか、一人頷いた。
 見たところ、デビットは一人で行動しているようだし。
「そうだ、デビット一人みたいだけど、よかったら、あたしらと見物しねぇ?」
「ん?椿ちゃんたちと。もちろんOKっすよ」

 鈴倉虚雲は、雪を連れ出店が立ち並ぶ参道をそぞろ歩きながら、周囲を見渡していた。
 魔道書である雪の正式名は、アイドルレア写真集・雨雪の夜だが、虚雲含めて、誰もそんな長い名前で呼んだりはしない。
 雪は、夏祭の出店が珍しいらしく、少し進んでは立ち止まって出店を覗いている。
 雪に説明しながらだから虚雲の歩みも自然と遅い。
 他の参加者たちの姿はすでに付近には見えない。
「ふぅ、しかしまさか風と一緒になるとは…世の中広いようで狭いな」
 風というのは、鈴倉風華、虚雲の妹である。
 別に示し合わせた訳でもないが、偶然、同じ夏祭りイベントに参加していた。
「あれ?雪…」
 ふっと現実に立ち返って横を見ると、さっきまで隣にいた雪の姿がない。
「雪!」
「あなた…ここ」
 すぐに返事が返って来た。
 お面を売っていた店の前に立ち止まっている。
 狐の面を被っているが、雪だ。
 ほっとしながら、雪の元に虚雲は走りよる。
「急に居なくなったから心配したぞ」
「ごめん、仮面を見てた」
 雪は、狐の面をを外すと、並んでいたお面の棚に戻す。
「それは仮面じゃなくて、お面って言うんだ。意味は一緒だけどな。気に行ったのがあるなら、買ってやるぞ」
 虚雲は、懐から財布を取り出している。
 もう買うつもり満々のようだ。
「…いいの?それなら、私これがいい」
 そういって、雪は一つの面を手に取ると、それを被っていみせる。
 少し小首を傾げた仕草は可愛いんだが…選んだお面が…
「雪…本当にそれでいいのか…」
 虚雲は、ひょっとこ面を被って小首をかしげる雪を微妙な笑みで見ることになった。
 ひょっとこ面に何か思い出でもあるのだろう、たぶん。
「おや、虚雲君と、雪さん…でしたかね」
 ひょっとこ面を受けとっていた所にやって来たのは、月詠司とシオン・エヴァンジェリウス、ウォーデン・オーディルーロキの三人だ。
「ああ、あんたらか」
「いいわねぇ。青いわ、熱いわ。イチャラブしてるわ」
「…じゃ、俺たちはこれで、行こう、雪」
 シオンにビデオカメラを向けられた虚雲は、危険な物を感じ取り、雪の手を引いてその場を離れることにした。
 きっとその選択は間違いではない。
 逃げるように去っていく二人を見送る形になった司は、盛大なため息をついた。
「ちょっと、頼みますよ。絶対変な人たちだと思われましたよ」
 司が抗議するが、シオンは、それを無視して、ビデオカメラを構えたまま、人混みの中に歩いていく。
「どこに行くんですか?」
「お宝映像を探してくるわ~。ツカサはロキの面倒オ・ネ・ガ・イ」
 チュッと投げキス一つ残して、シオンは人混みの中に消えていく。
「何がオ・ネ・ガ・イですか。ちょっと…」
 後を追いかけようとする司だったが、この時、
「ねぇ、ツカサ。ロキもお面買って欲しいなぁ」
 くいくいとウォーデンに浴衣の袖を引っ張られた。
 ウォーデンには、老成した男性格のウォーデンと、天真爛漫というか悪戯好きな少女のロキの二つの人格をもっているのだ。
 ロキは、すでに特撮ヒーロー物っぽいお面を手に、興味津々だ。
「え?あ、いや…」
 もう一度シオンのいた辺りを見たが、すでにシオンの姿は人混みの中に完全に紛れてしまった後だ。
「それでいいんでか?すいません、これを頂けますか」
 仕方ないという素振りながらも、しっかり代金を払う司である。
 傍からみると、やっぱり家族サービス中のお父さんにしかみえなかった。
 
「のど自慢大会に出場予定の方は会場までお集りください。なお、飛び入りでの参加を歓迎して居ります」
 近くのスピーカーから、アナウンスが入った。
「あ、そろそろ始まるみたいですね」
 アクセサリーを眺めていた七尾蒼也にペルディータ・マイナが声をかける。
「お、そっか。じゃ、行くか。神社の駐車場が会場だっけ?」
 真剣な表情でアクセサリーを見ていた蒼也は、膝をポンと叩いて、よいしょっと立ち上がる。
「あれ?買わないの?」
「また後でだな。まだ色々店見て回りたいしさ」
 アクセ類は女性物ばかりかだから、きっと同行できなかった彼女へのプレゼントでもみていたのだろう。
「おお、ペルディータに蒼也ではないか」
 呼びかけられて声の方を見ると、仙姫が手をふって近寄ってくる。
 その後ろには、のど自慢大会出場組の、ディオネアや娘子の姿もある。
「ペルディータも一緒にのど自慢大会の会場に行くにゃ?」
 娘子が首をかしげながら、ペルディータに問いかける。
「そうですね。一緒に行きましょうか」
「仙姫も、のど自慢大会、 出場するんだっけ?」
「いや、わらわは出ぬ。見物させて貰うつもりじゃ」
 蒼也の問い掛けに仙姫が返答する。
「じゃ、俺と一緒か」
 ペルディータは出場するが、蒼也は出ない。
「あ、仙姫さんに聞きたいことがあったの」
 と、言ったのは娘子だ。
「どうすれば上手く歌えるようになるのかにゃ?」
「あ、それは私も聞きたいですね」
 機晶姫のペルディータは、その気になればプロのアーティストの歌声をかなりそれっぽく再現して再生することも可能だが、何かそれは違う気もする。
「うむ、上手く歌うコツか…」
 仙姫は、少し首を捻って、しばらく考え込んでいたが、
「楽しむことじゃな」

 喉自慢大会は、神社の駐車場を使っていた。
 駐車場と言っても、もちろん今は車両は止まっていない。
 参加するのは、ペルティータ・マイナ、超娘子、ディオネア・マスキプラ、鈴倉風華の4人。
 ニャンコとディオネアはユニットを組んでいるので、エントリーは3組である。
 地元ローカルラジオ局のパーソナリティーを勤めている進行役の男性の司会で大会は始まった。
 脇の審査委員席には、地元町内会の会長や高校の音楽教師などの肩書きを持った審査員がパイプ椅子に座って並んでいた。
 優勝者には、ペアで行くパラミタ、ヴァイシャリー三泊四日の旅が送られるとアナウンスされると、会場は大いに盛り上がった。
 まぁ、パラミタ在住者の一部を除いて、だが。
「協賛、橘グループって…舞の家じゃん…」
「まぁ、地元ですから」
 突っ込むブリジットに舞が応じる。
 それはともかく。
 パラミタ出場組の先頭を切ったのはペルディータだった。
 チアガールの衣装でステージにあがったペルディータは、司会役の問い掛けにも軽快に答えた。
「パラミタのイルミンスールから来ました。ペルディータ・マイナです」
「遠くから来られたんですね。チアガールの衣装似合っていますよ」
「ありがとうございます。今パラミタではろくりんが開催中です。応援するつもりでろくりん公式ソングを歌わせてもらおうと思います」
 パラミタでろくりんが開催中ということもあるからの選曲である。
 演技を勉強しているし、ナレーターなどもやっているからトークは慣れたものがある。
「ペルディータさーん!頑張ってくださーい!」
 舞が大きな声で声援を送ると、声援に気付いたペルディータが、黄色いボンボンをフリフリして、応じた。
「行け、ペルディータ!パラミタ魂を見せてやるのよ!」
 その隣では、ブリジットが両手をあげて、何か万歳のようなポーズをしている。
「元気のいい応援団が付いていますね」
 過剰な応援に司会の人は、ちょっと苦笑気味だ。
「なんだよ、パラミタ魂って…」
 蒼也のツッコミは当然スルーだ。
 が、肝心の歌の結果は、残念ながら、鐘2つだった。
「いやぁ、残念でしたね。元気いっぱい歌っていだけましたが…」
 マイクを向けた司会も残念そうだ。
「合格したかったですけど、歌はまだまだ勉強中なので。でも最後まで歌えたし、出てよかったです」
 見物人たちの暖かい拍手で見送られて端に下がって行くペルディータを蒼也が視線で追う。
「あいつ、演技は勉強しているけど、歌唱はなぁ」
「うむ、先鋒は討ち死にね。今思ったんだけど、長ネギ持って貰って、Levan Polkkaでも歌って貰った方がよかったかもしれないわね。歌唱がアレならネタ的に、だけど」
「まさかのリアルミク降臨…しかし、それは…」
 ブリジットの呟きに司が、鋭く反応した。
「確かに髪も緑だが…マニアックすぎだろ」
 虚雲も、ちょっと呆れ顔だ。
 しかし、過ぎてしまったことは仕方ない。
 福助盆に帰らずである。
 ついで登場したのは、ディオネアと娘子のコンビだ。
「二人とも、頑張ってね!」
 春美の声援に、ニャンコが元気一杯に手を振って応える。
「ディオネアがギターを弾けるとはな」
 仙姫は、ディオネアがギターを持ってステージにあがったことにちょっと驚いている。
 ギュインギュイーン
 ギターを弾くウサギの登場に会場から歓声があがった。
「可愛い!」
 特に子供と女性からの声援が大きい。
「うさたろー!」
 誰だ、うさたろーって?
 てか、誤解のないように付け加えておくと、ディオネアは、女の子である。
「ディオ…大丈夫?食べ過ぎてない?」
 声援に手を振って応えるディオネアに、娘子がぼそっっと呼びかける。
 実はディオ、ここに来るまで屋台を梯子して食べ歩いていた。
 先ほど絡まれていた子供や野次馬たちからも、御礼のお菓子を沢山貰ったりもした。
 店の人も色々サービスしてくれた上に、さらに、通行人からも食べ物を貰っていたのだ。
 明らかにディオネアのお腹が膨らんでいる。
 ディオネアには餌を与えないで下さいの注意書きはなかったのだ。
「ちょっとね。でも、うぷぅ、だ、大丈夫だよ」
 青い顔になっている。
 どう見ても、大丈夫そうではない。
 先に結果を言ってしまうと、この二人も鐘2つだった。
 選んだ曲が、アップテンポの動きの多い曲だっただけに、食べすぎたディオネアにはちょっとキツイ展開になった。
 その分、娘子が張り切ってアクロバティックなアクションで場を盛り上げたが…これは喉自慢大会であって、ヒーローショーではないので、動きは採点に考慮されない。
「ダイナミックな演奏でしたね。結果は鐘二つ、うーん、ちょっと残念でした?」
 最後に司会の人から、コメントを求められた娘子は、マイクを受け取ると、
「優勝できなくて残念だったけど、気持ちよく歌えたし、楽しかったにゃ!最後まで聞いてくれてありがとうにゃ!」
 二人もまた、盛大な拍手に包まれて、舞台を降りた。

「二戦二敗…風華ちゃん、パラミタ代表の意地を見せるのよ!」
 最後にステージにあがることになった鈴倉風華に、ブリジットが声援を送る。
「おっけー、風がんばるよぉ~」
 地球人だし、天御柱学園の生徒なので、パラミタ代表と言えるかは相当微妙だったが、細かいことは気にしない。
 喉自慢大会に出るために、屋台全制覇を我慢して、両手一杯の濃厚こってりソース焼きソバとたこ焼き、綿菓子だけにして、食べ過ぎないようしていた。
 それだけで十分重いだろ、というツッコミはしてはいけない。
 ディオネアとは真逆なのだ。ここが重要である。
 風華の選曲は、渋く演歌だ。
 浴衣姿の少女で演歌を歌うというある意味狙った演出とも言える。
 みんな、風の歌に酔いしれればいいよ。
 そんな心の声が聞こえたような気がした。
 この娘、可愛い顔して計算高い。
 顔で元気に笑って、心では黒く笑い、風華は、マイクを握る手に力を込めた。
 こぶしの効いた歌声が、ステージのスピーカーを通して流れ出した。
「いい感じゃないっすか」
 デビットがそんな感想を言う。
 そして、その結果は…
 キコカコキコカコキンコンカ~ン
 合格を告げる鐘が高らかに鳴り響き、客席からも歓声があがった。
「合格、おめでとう」
 司会と合格のメダルをかける女性アシスタントがステージ端から現れる。
「ありがとー、風、すっごく嬉しいよー」
 メダルをかけてもらった風華は、本当に嬉しそう。
 客席にいるのが耐えられなくなったのだろう、アンディーオがステージの前まで走りよってくる。
「風…おめでとう!凄くよかった」

「以上を持ちまして、喉自慢大会を終了いたします。また、来年ここでお会いしましょう」
 合格した風華に優勝の期待もかかったが、残念ながら、優勝者は、最後にステージにあがった素人演歌歌手だった。
「優勝した侍元仁って、地元で演歌教室開いている演歌歌手って話しだけど、そんな上手いとは思わなかったけど?」
 ブリジットは、ちょっと不満げだ。
「いや、参加者の中では確かに一番歌唱力があったぞ」
 仙姫がばっさりと否定する。
「地元の祭りのイベントですから、こんなものだと思いますわ」
 それでも不満そうなブリジットにイルマも宥めていた。

 さて、最終的な皆の成績はと、言うと、
 敢闘賞 高級神戸牛ステーキセット 2人前
  鈴倉風華
  
 ドレッサー賞 商品券 5千円分
  ペルディータ・マイナ

 ハッスル賞 商品券 3千円分
  ディオネア・マスキプラ&超娘子 


「風…」
 審査結果が終わり、ステージから降りてきた風華にアンディーオが心配そうに駆け寄る。
 が、アンディーオの心配とは裏腹に、敢闘賞の盾と賞品を手にした風華は嬉しそう。
「優勝は逃したけど、美味しそうなお肉貰っちゃった、こーべぎゅーだよ、高級だよー、風音ちゃん、後で焼いて食べよー」
 優勝できなくて風が悲しい思いをしているかと心配したけど、杞憂だったようだ。


●夏祭りビデオ観賞、休憩中

 正面のスクリーンから映像が消え、室内がぱっと明るくなる。
「この辺で10分休憩にします。後半は10分後からですよ」
 橘舞の宣言で、小休止が入った。
 明るくなった室内で、ぐっと背伸びをする者や、隣と雑談する者、立ち上がってトイレに向かう者もいる。
「風の歌声よかったよね。楽しかった~」
 最前列の椅子に陣取って映像を見ていた、鈴倉風華がきゃきゃと喜んでいる。
 その隣のアンディーオも、うんうんと頷く。
 一方、最後列では、
「私、あんなこと言ったっけ?」
 椅子に座ったままブリジット・パウエルは腕を組み、首を捻った。
「言ってましたよ。それに言ったから、映像に残っているんです」
「ふん、今頃自分がいかに考えなしに発言しておるか気づいたのか?」
 苦笑気味の舞の言葉に金仙姫の呆れ声が重なる。
「これで、オレが意地悪な姉妹から陰湿ないじめを受けているという事実が白日の元にさらされたわけっすよね」
 腕で目元の涙をゴシゴシと拭う仕草をしながらデビット・オブライエンがわざとらしく泣きまねをする。
「お前のは身から出た錆というんだよ」
 ドスっと笹井昇の肘鉄がデビットのわき腹に刺さった。
「助けて、魔法使いのお姉さん…」
 床に倒れたデビットの芝居がかった台詞に、手を伸ばされた春美が、ぷっと吹いた。
「何ですか、それ?意地悪姉妹とか魔法使い…あ、もしかしてシンデレラネタですか?」
「毒りんごでも食わせてやればいいわよ」
 ブリジットは容赦なかったが、毒りんごは眠り姫である。

「うーん、私の出番が少ないなぁ…台詞も二個しかない」
 ウーロン茶の入った紙コップを持っていた朝倉千歳が、少し、いや、かなり寂しそうに呟く。
「え?ま、まぁ…千歳、実際しゃべってなかったですし」
 デビットを睨んでいたイルマ・レストは、はっとしたように顔を千歳に向ける。
 気にしていたのですね…
「大丈夫なのですよ、ダーリン。後半があるのです。野球は7回からなのですよ」
 反対側にいたリッチェンスが拳を作って千歳を励ました。
「そ、そうですわ。まったく出番がなかった人もいますし」
「出番がない人って、カリギュラさんか?もともと参加者じゃないだろ、あの人は」
 少し膨れた表情の千歳が、ちょっと可愛いと思うイルマだった。

「しかし…あの映像、誰が撮っていたんだ?」
 鈴倉虚雲は、腕組みしたまま首を傾げている。
 ペルディータ?
 いやいや、本人も映ってるし…
 シオン…ブリジットもビデオカメラを持参していたが…
「わたしも…ぜひ知りたいわね」 
 ちょっと表情を引きつらせたオープン・ザ・セサミの隣で、泉椿が後半の夜の部の映像を想像して、深いため息をついた。
「何かもうここで帰っちゃいたい心境ですね」
 あはは、って月詠司が笑うのを、隣でシオン・エヴァンジェリウスがにっこり笑ってみている。
「いやぁ、後半が楽しみやね。期待大ですわ」
 ニカっと笑うカリギュラ・ネベンテス。
 前半まったく出番がなかった分、後半に期待しているらしい。
 人それぞれの思惑を孕みつつ、後半の夜の部の上映時間が近づいていてた。
 ●パラミタサイド

 日本の本場の夏祭りを京都で体験、一泊二日の弾丸ツアー。
 ブリジットの言い出した夏祭りイベントの当日、空京の軌道エレベーターの近く。
 集合場所は、とりあえず、目印になりやすい大型液晶スクリーンの前だ。
 朝もまだ早い時刻だというのに、時期も時期だから、地球に帰省する地球人やら観光に向かうパラミタ人やらでスペースは、かなりごった返していた。
 集合時間より少し早めにやってきたブリジット・パウエルと橘舞、そしてイルマ・レストの三人は、スクリーンの近くで三人固まり、他の参加者がやってくるのを待っていた。
「今日もいい天気ですね。向こうの天気もいいといいですけど…」
 晴れ渡った空を見上げた舞が、京都の天気を心配すると、
「それは大丈夫だと思いますわ。笹井さんが、天気を調べてメールで送って来てくださいました。それによると、今日の京都周辺の天気は終日晴れということですわ」
 携帯のメールをみながら、イルマが答えた。
「笹井さんが?後で御礼を言わないといけませんね」
 笹井昇は橘家の執事のひとりである。
 今は天御柱学園に在籍して、イコンのパイロットをしている。
 今回の夏祭りイベントでも、パートナーのデビット・オブライエンと共に同行することになっていた。
「笹井さんはよく動かれますし、気配りのできる方ですわね。それに比べてデビットと来たら…」
 嘆かわしいとばかりに、イルマが首を振る。
 昇のパートナー、デビットは、パウエル家の使用人でもあり、イルマからすると同僚に当たるが…
 ルックスはいいものの、やることは適当だし、女を見たらナンパすることしか考えていないような人物だった。
 先日、ヴァイシャリーの羽ばたき広場で行ったヒーローショーには戦闘員役で出演する予定だったのに、女の家で夜明かしした上げてくに寝過ごしたことが発覚して、とうとう屋敷への出入を禁止された。
 父親はパウエル家の家令で、有能で信頼できる人物だが、息子はごらんの有様だ。
「デビットさんは…その…悪い人ではないと思いますよ。何と言うか、少しフランクな方ですよね」
「いいよ、舞。あいつのことは無理にフォローしなくて。あれは、フランクというより軽すぎるだけ…ヘリウムガス並にね。イルマが庇わなかったら、とっくにお父様に直談判して、クビにしてたわよ」
「お嬢様…私はデビットを庇ったつもりはありませんが…ただ、彼の父親セバスチャン様には、私がまだ見習いだった頃からお世話になっておりますし、その恩返しのつもりでした」
 それは庇ったということではないのだろうか?と舞は思ったが、言わないほうがいいと思って黙った。
 ブリジットの印象もかなり悪いようだった。
 ただ、ブリジットが他人を悪くいう時は、相手に興味を持っていることが多いことを知っているだけに、舞には本当にブリジットがデビットを嫌っているかどうかの判断はつきかねた。
 不機嫌そうな表情をしていたブリジットは、しかし、ふとあることに気づいた。
「あれ?そうすると、笹井から舞のところには連絡なし?」
「笹井さんからですか?いえ、来てないですね」
 笹井は舞の実家の執事だから、舞に連絡すればいいのにね。
「主従の形式に拘る方のようですから、直接舞さんにメールするのを憚られたのでしょう」
「でも、イルマは私のところには、メールも電話もしてくるよね」
「私と笹井さんは、ブリジットとイルマさんほど…」
「私が連絡しなかったら誰がお嬢さまに連絡するのですか?だいたい年頃の令嬢に異性の使用人が直接メールしたりすると、あらぬ噂を立てられかねません」
 舞の言葉を遮ったイルマが不機嫌そうに言い切ると、パチンと大きな音を立てて携帯を閉じた。
 ブリジットは、イルマの態度に目をパチクリさせていたが、すぐに関心は、まだ姿を見せない他の参加者たちのことに移った。
 しきりに周囲を見渡したり、携帯を取り出しては、時間を気にしている。
「お嬢様…少し落ち着いてください」
「ブリジット、まだ予定の時間じゃないから」
 ブリジットは、人に待たされるのが嫌いだった。
 待たされることに慣れていないし、そもそも生来の性分なのだろう。
「いや、それは分かっているのよ。けど、もうそろそろ来てもいい頃合いじゃない?」
 言うが早いか再び背伸びして周囲を見渡しだしたブリジットの姿を見ていた舞の脳裏に何かが閃いた。
 ピキーンというやつだ。
 ブリジット、ちょっとイタチみたい。
 以前動物番組で見たことのある、立ち上がって周囲を伺うイタチの姿と、背伸びしてきょろきょろしているブリジットの姿がよく似ている。
 金髪だし!(注:別にイタチは金髪ではありません)
 妄想に入って和んでいた舞は、突き刺さる視線を感じて現実に引き戻された。
 ブリジットの傍らにいたイルマが、じっとこっちを見ていた。
 も、もしかして、ブリジットがイタチに似ていると思ったのが分かったのかな。
 とりあえず、舞は誤魔化すように、にっこりと笑った。
 イルマはイルマで、営業スマイルで返した。
 お嬢様を見て、急にニヤニヤして…何だったのかしら?
 読めないですわね…

「あ、来た来た!」
 ブリジットが、興奮気味に声をあげたのはこの時のこと。
「え、どこですか?」
「あれは…蒼也さんとペルディータさんですね」
 ブリジットの指差す方向を確認したイルマが説明してくれたが、通行人の波に遮られて、舞には二人の姿は確認できなかった。
 ブリジットとイルマは176cmの長身だから、通行人の頭越しに近づいてくる二人を視認できたが、10cm以上低い舞からは、視認できなかったのだ。
 ほどなくして、人混みの間から、二人が姿を現した。
「おはようございます」
 ペルディータ・マイナがにこやかに挨拶してきた。
 それからしばらくして、今度は、霧島春美とそのパートナーたちもやってきた。
 ディオネア・マスキプラ、ピクシコラ・ドロセラと超娘子と、いつものメンバーだった。
「おはようございます。舞さん、千歳さんは現地集合なんですね」
 千歳の姿が無いことに気づいて春美が舞に話しかける。
「そうなんですよ、実家に戻っていて。それと、春美さん、聞きました。うさぎちゃん来れないみたいで…何か残念ですね」
「実家で急用ができたみたいです。とっても残念ですけど、来れなかったうさぎちゃんの分まで楽しみましょう」
 今回のイベントに参加予定だった宇佐木みらびは、急用ができて、不参加になってしまった。
 春美も、やはり残念そうだ。
「そうそう、ボク、みらびちゃんの分まで美味しい物一杯食べるよ」
 右手をというか、右前足を突き上げて、ディオネアは、早くも気合十分だ。
 しかし、女子が三人集まるとかしましいとは古来より言うが、今は三人以上いるので、かなり騒がしい。
「あれぇ?ソニさんは?」
 金仙姫は舞のパートナーの英霊だが、その姿が見えないので、娘子が舞に話しかけてきた。
「仙姫も先に地球に戻っているんですよ。民宿で待ってるはずです」
「そっかぁ、よかったニャ」
「ところでさ、ペルディータ、なんか蒼也からマイナスオーラが出ているようだけど、何かあったの?マイナスイオンなら空気清浄効果もあるだろうけどさ」
「え、蒼也ですか?」
 ブリジットに耳打ちされたペルディータが蒼也を見ると、賑やかな女子の集団から少し離れて一人佇む蒼也の周囲からは確かにブルーな空気が漂っていた。
「はぁ…」
 こちらの視線にも気づかず、ため息をもらしている。
 今の蒼也の周辺だけは、気温が1,2度ぐらい低いに違いない。
 でも、じめっとしてそうだから、不快度指数は高そうだ。
「蒼也、彼女を誘ったんですよ。皆に紹介したかったみたいで。でも、彼女の都合が悪くて来れくて、それでちょっと凹んでいるんです」
「え?彼女?」
 ブリジットが驚いたようにペルディータの顔を凝視したので、ペルディータは不思議そうに首を傾けた。
「蒼也、ちゃんと付き合っている彼女いるんですよ。言ってなかったですけど…」
「いや、そういうんじゃなくて…ああ、そうか。いや、いいわ、私の勘違い。気にしないで」
「?勘違いですか?」
 
「Good morning」
 流暢なクイーンズイングリッシュが聞こえてきた。
 挨拶してきたのは、トレードマークのトレンチコートに身を包んだマイト・レストレイド警部。
 その傍らには、犬型の機晶姫ロウ・ブラックハウンドが従っている。
「おはようございます、レストレイドさん」
「Good morning,Mr.Lestrade.」
 舞とブリジットがそれぞれの言葉で挨拶を返す。
「えっと、その子は…」
「こいつはロウ・ブラックハウンド。喋ることはできないが、会話は理解できている」
 マイトが、犬、もとい犬型機晶姫の頭を撫でながら、舞たちに紹介する。
「ばう!」
 ロウが一声鳴いて、首を縦に振った。
 マイトの説明によると、発声機能に問題があって、人語をしゃべることはできないらしいが、人語そのものはちゃんと理解できているらしい。
「私と同じだ機晶姫ですね」
 同じ機晶姫ということで興味を覚えたペルディータが、ロウの前で腰を屈める。
「ばう」
 ペルディータに向かってロウが挨拶するように吠えると、ペルディータがうんうんとう頷きながら、
「ばうばう」
「ばう?」
 ペルディータの鳴き真似に、ロウが少し首を傾げる仕草をした。
「す、すごいですね。通じてるんですか?私何をいっているんだかさっぱりですよ」
「なるほどな。やはり機晶姫同士だと、わかるものか」
 驚く春美と感心するレストレイド…が、しかし。 
「いえ、さっぱり。単に言ってみただけですよ」
 腰をあげて、立ち上がったペルディータがあっさりと否定した。
 あ、ロウがずっこけた。
「それはそうと、もう一人は?」
 ペルディータとロウの漫才を華麗にスルーしたブリジットが、マイトに問いかけた。
 レストレイドはロウと二人というか、一人と一匹でやって来た。
 しかし、申し込みでは後一人いたはずだから、ブリジットは小首をかしげて、理由を尋ねた。
「ああ、近藤さんな。近藤さんは先に京都に入ってる。近藤さんは元新撰組の局長だから、京都の街を少し見て回りたいと言ってな。大丈夫だ、民宿の位置も伝えてある。現地で合流するよ」
 近藤勇…言わずと知れた幕末の京都で活躍した、あの泣く子も黙る新撰組局長である。
「ふぅん、そうすると現地集合組は4人か…」
「他にもいるのか?」
 ブリジットの呟きに、マイトが問いかけると、ブリジットが頷いて見せた。
「千歳は先週から実家に帰ってるのよ。リッちゃんも一緒ね。それと仙姫も韓国旅行に行ってるから、そのまま現地で集合になってんのよ」
「私は、こちらに大事な用事がありましたので、一足早く地球から戻ってきたのですけど、リツが千歳のご両親に迷惑をかけていないか心配ですわ」
 ギリっとイルマが奥歯をかみ締める。
 イルマは、大事な用事、ヴァイシャリーでラズィーヤ様と一緒に花火見物ですわ、の為に、千歳とリツを置いて、一人パラミタに戻ってきていたのだ。
「仙姫は朝鮮半島の出身なので、里帰りですね」
「でも、仙姫って千五百年近く昔の人間でしょ?里帰りって言うのも微妙じゃない?ほとんど別世界だと思うけど」
 首を捻りながらブリジットが指摘すると、なるほどなという風にマイトも頷く。
「千五百年か…確かにそれだけ差があると街並とかも違うだろうしな。近藤さんは百五十年だが…」
 近藤さんは大丈夫だろうか?
 京都の街も変わっているし、少し時代錯誤なところがあるしな。
 
「鈴倉さんがお見えになりましたよ」
 鈴倉虚雲の姿を見つけて、舞が虚雲に手を振る。
「おはよう、今回はよろしくな」
 虚雲のすぐ後ろには、すでに浴衣に着替えていたアイドルレア写真集・雨雪の夜が、控えていた。
「それと、こいつは雪、今回一緒させてもらう」
 虚雲は、後ろに控えていた雪を促して、前に進ませた。
「初めまして。よろしく」
 虚雲に紹介された雨雪の夜が、無表情で抑揚のない口調ながらも礼儀正しく低頭する。
 繊細で儚げな印象のある中性的な美しさを持った美少女だ。
 ハマギク柄の薄青色の浴衣と相まって、目を離したら夏の夜の夢のように儚く消えてしまいそうな印象がある。
「雪さんですね。私は橘舞です。舞と呼んでください。こちらこそよろしくお願いいたします」
 他の参加者たちもそれぞれ雪に挨拶していったが、雪の表情は最後まで無表情のままだ。
「私はブリジットよ、ブリジット・パウエル。へぇ、もう浴衣に着替えてるのね。気合入ってるじゃない?」
「気合…服を着るのに?どうして?」
 ブリジットの言葉が理解できないと言う風に雪が首を捻る。
 虚雲が、頭の後ろを掻きながら、少し申し訳なさそうに、
「悪いな。雪はまだ人間の感情に疎くてな。悪気は無いんだ」
 困惑の表情を浮かべていたブリッットに、弁解した。
「雪が浴衣着て来たのも、単に着付けを手伝ってもらったからなんだ」

「あ、いたいた」
 ウォーデン・オーディルーロキは、集まっているブリジットたちを見つけて、駆け出した。
「ロキ、そんなに早く走るとぶつかりますよ!」
 人混みを縫うように走っていくウォーデンの後から月詠司が声を掛けたが聞いちゃいない。
 はしゃぐのはいいですけど、羽目外しすぎて怪我したり、他の人に迷惑かけないでくれるといいんですがね…
 本当に幼稚園児ぐらいの子供を持つ親の心境だ。
 ウォーデンは、老成した老人の人格ウォーデンと、幼い少女の人格ロキの二つの人格を持っている。
 ロキの方は、昨日の夜から、あの調子だ。
 ふぅと、ため息をつく司の傍らには、見た目小さな子供を連れた若夫婦に見えなくもないが、シオン・エヴァンジェリウスが、いつものようにビデオカメラを片手に持っている。
「夏祭り楽しみだわ」
 艶やかに微笑むシオンの横顔を盗み見た司は再びため息をつく。
 楽しみなのは、夏祭りそのものじゃないでしょ、あなたの場合は…
「夏祭りといったら、隠れてイチャラブよね」
 やっぱり…
「お願いですから、宿じゃなくて留置所で夜明かしになるようなことだけはやめてくださいよ」
「大丈夫よ、私は捕まるようなヘマはしないもの」
 あなたが大丈夫でも、私はいつも大丈夫じゃないんですよ。
「ほら、そんなところで突っ立ってないで、いくわよ、司」
 シオンに促されて顔を上げると、すでに皆の所にたどり着いたウォーデンが満面の笑みで手を振っているのが見えた。
 仕方ないですね、なるようにしかならないでしょう。
 達観というか、諦めと言うか、少し気が楽になったような気がして、司は一歩前に足を踏み出した。

 最後にやってきた参加者は、泉椿だった。
「おっす、もう皆集まってるのな」
 軽く手をあげて、駆け寄ってくると参加者の輪に加わる。
 パートナーでもあり、推理研の部員でもあるオープン・ザ・セサミは少し遅れて、歩いてきた。
「遅刻よ、椿。今、罰ゲームに何をさせようか皆で話していたところだったのよ」
 腕組みしていたブリジットがビシっと椿の鼻先に指をつき付け、宣言する。
「そうそう、ここでストリートパフォーマンスを見せてもらおうという話をですね…」
「いい映像が撮れそうだわ」
 ペルディータが頷きながら言うと、シオンがビデオカメラを椿に向けてくる。
「マジかよ。でも、遅刻はしてねぇだろ!?」
 慌てて時間を確認しようとする椿の姿に、ブリジットが肩を震わせて面白そうに笑い出す。
「冗談よ、冗談」
「罰ゲームなんてないし、遅刻でもないですよ」
 舞の言葉に、椿がほっと胸を撫で下ろす。
 どうやら、からかわれただけらしい。
「ひでぇな。お前ら、覚えておけよ」
「参加者は全員揃いましたわね」
 話し合いが一段落ついたところで、人数を数えていたイルマが言った。
 その言葉に参加者の顔を確認したセサミが、
「全員というと、あの…デビットさんや笹井さんたちは参加されないのかしら?」
 当然、デビットも参加するものと、自分が勝手に思い込んでいたことに気づいて少々狼狽した。
「デビット?あいつは別に来なくてもいいわよ。どうせナンパしかしないだろうしさ」
 ブリジットが、悪気もなく冗談のつもりで言ったが、セサミの表情が一気に暗くなった。
「呼んでねぇのかよ?そんな意地悪しないで呼んでやれよ」
 セサミの落ち込み具合を見てとった椿が、ブリジットに抗議する。
「いえ、参加します。二人とも天学生ですので、海京で合流する予定なのです」
 イルマの説明に、ようやくセサミの顔に安堵の表情が浮かんだ。
 が、じっとこちらを伺うイルマの視線に気づいて、視線を脇に逸らした。
 いつも観察している側だが、今は逆に他者から観察されているようで、少し居心地が悪い。
 パーンとブリジットが手を打ち鳴らす。
「よし、そんじゃ、そろそろ行きましょうか、地球に向かって出発よ」
 まさか空気に気づいて気を使ってくれた訳じゃないだろうけど…
 場の空気を変えてくれたブリジットにセサミはちょっとだけ感謝した。

軌道エレベーターに向かう途中のことだった。
「春美、どうかしたの?」
 ジィーっと一点を真剣に見つめている春美に気づいて、ブリジットが問いかける。
「いえ、ちょっと知り合いに似た人がいたような気がしたので…」
 ブリジットたちと一緒に軌道エレベーターに向かう途中、春美は受付に見知ったものに似た姿を見かけたような気がして凝視していたのだ。
「今、カリギュラが居たような…」
「え?兄貴が?まさか…」
 ピクシコラは、春美の見ていた先に視線を向けるが、人ごみが多くて何も確認できない。
「ごめん、きっと人違いだと思うわ」
「だよね、まさか、ここにいる訳ないよね」
 ディオネアも居ないほうに同意する。
 が、春美のパートナーの一人は、実はそこに確かにいたのだ。
「ボクはカリギュラ・ネンテスっていいますねん。地球渡航の目的でっか、観光ですわ」
 彼の名前はカリギュラ・ネンテス、関西弁を喋る守護天使である。
 長身の守護天使は、涼やかな目元の美青年で通る容姿の持ち主だが、関西弁のせいか、なぜか口調が軽く感じてしまう。
 係官に身分証明書を提示するカリギュラだったが、係官は怪訝そうに、証明書の文字を指でなぞる。
「失礼ですが、もう一度お名前を」
「カリギュラ・ネンテスです」
 自信満々に答えるカリギュラ。
 しかし、係官は渋い表情になって、証明書の氏名欄を示した。
「あの…証明書には、ネンテスになっているんですが?」
「…」
 彼の名前はカリギュラ・ネンテス、関西弁を喋る守護天使である。
 大事なことなので二度いいました。
「どうやら、事務処理のミスのようですね」
「何とかなりまへんか?」
「いやぁ…このままだと他人ですしね」
 両手をあわせて懇願するカリギュラに、係官はちらりと視線を向けて、
「もう一度聞きましょう。あなたのお名前は?」
 な、なるほど、ボクはすべて分かったで。つまり…
「ボクの名前は…」
「名前は?」
「カリギュラ・ネンテスですわ」
 一瞬の沈黙、地球へと向かう人々のざわめきがその一瞬だけ消えたような錯覚を感じる一瞬。
 今この瞬間だけ、この閉ざされた世界に存在するのはカリギュラと名も知らない地球人係官二人だけ。
 係官は、鷹揚にうなずきながら、カリギュラに証明書を手渡した。
「カリギュラ・ネンテスさん、いってらっしゃい、よい旅を…」



●海京サイド

 天御柱学園校内…
「デビット!デビットはどこだ?」
 そろそろ海京の駅、厳密にはパラミタと地球を繋いでいる軌道エレベーターの乗り込み口だが、に向かわないとお嬢さまたちの出迎えに間に合わないのというのに、いったい、あいつはどこに行ったんだ。
 Where is David?
 パートナーのデビット・オブラエンと契約してまだ日が浅いが、その言葉はすっかり昇の口癖になっていた。
 デビットはパウエル家に使える使用人でもある。
 昇と舞がそうであるように、デビットとブリジットとは主従の関係にある。
 出迎えに遅参とかありえないだろう…
 それに、あいつは、以前、ブリジット嬢との約束を忘れて遅刻した前科がある。
 それが原因で、パウエル邸への出入が禁止になっているというのに、自分の置かれている立場が分かっているのだろうか?
 あいつには、貴人に仕えているという自覚が足りないのだ。
 デビットは気のいい男だし、頭も悪くないし、自分よりもずっと要領がいい。
 だが、なぜか、執事としての心構えだけが、抜けている。
 そこが昇には不思議でならない。
 しかし、まずい。
 万が一、遅参などしたら舞様に恥をかかせることになるし、イルマさんからも白い目で見られる…
「おーい、昇。そんな大声で人の名前連呼すんな、恥ずいだろ。ここだよ、ここ」
 声が聞こえた。
 黙っていたら美形、喋ったらアレな男が、壁に背をもたせかけ、女の子に話しかけていた。
 10歳ぐらいの少女だ。
 こいつは…
「紹介しとくわ。この子、鈴倉風華ちゃん」
「こいつはオレのパートナーの笹井昇、見ての通り、堅物」
「おっはよー、よろしくねぇ~」
「初めまして、鈴倉さん」
 こみ上げる苛立ちを圧し止めて、昇は、風華に笑む。
 この子は何も悪くない。
 しかし、鈴倉?どこかで聞いた名前だが?
 が、それよりも今はもっと重要なことがあった。
「デビット、ちょっと話がある。こっちに来てくれ」
 風華から離れるように歩き出しながら、デビットを手招きする。
 有無を言わさぬ言葉の響きにデビットは肩をすくめたて従った。
「風華ちゃん、お兄さん、ちょっと話してくるから、待っててね」
 それでも、風華に爽やかな笑みを送ることは忘れない。
「なんだよ。野郎と耳打ちとかキモいちゅうのに」
 と、いいつつも、デビットは曻の前で屈み込むように顔を近づけてくる。
 小柄な曻に対して、デビットが長身である為、耳打ちしようとすると、そういう姿勢にならざるを得ないのだ。
 身長にはコンプレックスを感じていた曻も、この構図は遠慮したかったが、間違いが起きてからでは遅い。
「言っておくが、日本の法律では十六歳以下の女子にいかがわしい行為をすると犯罪になるぞ。例え、同意の上でもだ」
 風華は見たところ、どうみても10歳ぐらいだ。
 デビットの女好きを正すのは、半ばすでに諦めつつある昇だったが、これは流石に洒落にならない。
 しかし、その言葉を聞いた途端にデビットは傷ついたといわんばかりに顔をしかめた。
「ちげぇ!そんなんじゃねぇーよ、あの子も夏祭りに行きたいっていうから話をしてただけだっちゅーの。オレはそこまで飢えてねぇって。あの子の食べ頃は八年後ぐらいだろ」
 後半部分は聞かなかったことにしよう。
 ちらりと風華に視線を向けると、満面の笑みで風華が手を振ってくる。
「そうだったのか…それは悪かった」
「てか、今が旬な舞ちゃんとか千歳ちゃんとかいるのに、あえて今、光源氏に走る必要ないっすよ。あー、シオンさんみたいな大人の女性も捨てがたい…でも、彼女はなんかオレの危険レーダーがビンビン反応してるんで、スルーかな、残念だけど」
 前言撤回だ。その危険レーダー、可及的速やかに俺の怒りにも反応するように、改良できないのか?
 まぁ、それはともかく…
「しかし、そうすると、一人追加で宿に申し込みをしないとな」
 天学の制服を着ている以上、少女とはいえコントラクターなのだろうから、保護者の許可とか考えなくてもいいだろう。
 今回の夏祭りツアーは、外部にも参加者を募集していたから、部外者の参加も特に問題はないはずだが、ブリジット嬢には伝える必要があるだろうし、宿側にも人数の追加を伝えないといけない。
「いや、二人だ」
 携帯を取り出そうとした昇にデビットが修正を入れる。
「風音・アンディーオ、風華ちゃんのパートナー…あいつだろう」
 デビットが指差した先で、20代前半と思しき人物が風華に駆け寄ってくるのが見えた。
「風、ここに居た…居なくなったから、心配したよ…」
「風、あの人たちと日本のお夏祭りを見に行くの。風音ちゃんも行こう。おにゅーの浴衣も着たいと思っていたしね~」
 きゃきゃとはしゃいでいる姿は、やはり10歳の子供そのものだ。
 アンディーオは、あまり表情の変わらない顔で、それでも風華に慈しむような笑みをかすかに向ける。
「風がそれを望むなら…自分はどこまでも付いて行くよ」
 それが自分の存在意義そのものだから。
 

 ●地球サイド

 近藤勇という男がいる。
 かつて幕末という激動の時代を駈け足で走り抜けていった男達の一人。
 京都守護職松平容保の命を受けて京都の治安維持の任意ついた新撰組の局長である。
 時はながれ2020年、英霊となって復活した近藤は再び京都の地に立っていた。
 契約者であるマイト・レストレイドが知人と京都の夏祭に参加することになったので、久方ぶりに京都の地にやってきていたのだ。
「さて、少々小腹がすいたな…」 
 近藤は、通行人の流れを避け、甘味どころの前で立ち止まった。
 厳つく強面の男ではあるが、近藤は甘い物に目がない。
 だが、しかしだ…
 近藤の脳裏に、苦い思い出が過ぎる。。
 京都についてすぐ、あまりの暑さに氷を食べたくてアイスクリーム専門店に入ったら、中はカップルと女の子ばかりだった。
 まぁ、そりゃそうなのだが、男一人で入店した近藤は肩身の狭い思いをしたのだ。
 類似の甘味処に入るのを躊躇わせるに十分な経験だった。
 近藤が立ち止まっていた店は、本来は抹茶を扱う茶屋だが、二階が喫茶店になっており、駅で買った美味しいものガイド、京都食べ歩き、スイーツ特集によると、抹茶パフェが特にオススメらしい。
 「近藤さんじゃないですか?」
 入るか入るまいか悩んでいた所に、背後から声を掛けられた。
 朝倉千歳と朝倉リッチェンスは、東京から新幹線でやって来る他の参加者と京都駅で合流する為に、二人で京都の街を歩いていた。
 JRの京都駅に行く前に、リツが甘い物が食べたいと言うので、一度いってみたいと思っていた店にやってきたのだ。
 そこで偶然、店内を覗いていた近藤と出くわした。

「近藤さんも先に京都に入っていたんですね」
 運ばれて来た抹茶オーレをストローで一口飲んでから、千歳が話しかける。
「ああ、壬生寺に寄って来た。あそこが変わらずにの残っていて良かったよ」
 京都中京区壬生にある壬生寺は、正式な寺号は宝憧三昧寺、院号を心浄光院という律宗大本山の寺院である。
 もっとも、多くの日本人には、新撰組が屯所、つまり本部を置いていたことでその名を知られている。
「同志たちの墓にも参って来た。しかし、俺の銅像まであるとはな…こそばゆいというか不思議な気分だった」
 近藤のオーダーは、もちろんお勧めの抹茶パフェだ。
 上に乗っていたウエハスごと上段の抹茶アイスを一口でパクリといく。
 同じ抹茶パフェをオーダーして、ちまちまと小さなスプーンで食べていたリッチェンスが、えーという表情になったが、それに動じる近藤でもない。
「私達はこれから京都駅に舞たちを迎えに行きますけど、近藤さんはどうされるんですか?」
 千歳とリツは、今から京都駅に、東京から新幹線で到着する一行を出迎えるのだという。
「いや…俺はもう少し街を見ていく」
 千歳はともかく、隣のリッチェンスから、明らかに負のオーラが伝わって来る。
 店内に入ってから隣に座った千歳に寄り添って、自分には一言も話し掛けてこない。
 千歳には、ダーリンダーリンと盛んに話し掛けていたが…
 何か自分が他人の恋路を邪魔する無粋な男になった心境だった。
 男性が苦手なので、という千歳の説明だったが、そういう理由なら、なおさら一緒にいかない方がいいだろう。
 
 同じ頃、金仙姫は、鴨川沿いをてくてくと歩いていた。
 京都は、舞と契約した直後にも一度来たことがったが、舞の実家にいる時間の方が長くて、ゆっくりと街を見て歩くのはこれが初めてだった。
 服装はいつもの霊衣(チマチョゴリ)ではなく、京都地下街で衝動買いしたキャミソールにサンダル履きである。
 ちなみに空京デパートで舞たちと一緒に買った浴衣は先にパラミタから宿の方に送ってあるので、手元にはない。
「それにしても暑いのぉ…これはたまらんわ…」
 日差しが、ではなく、空気が暑いのだ。
 京都の夏は暑いですよ、と舞が言っていたが、なるほどと思う。
 だが、これがいいんですよという言葉には同意はしかねる。
 不意にかばんの中にいれていた携帯がなった。
 舞からじゃな。
 着信音から、掛けてきたのは舞の携帯からなのはすぐにわかった。
「もしもし」
「今新幹線の中か。韓国か?すっかり変わっておったが、それもまた一興じゃ。土産も買って来たぞ。安心するが良い。辛いものはわらわも好かぬ」
 知っている物がほとんどなくて、寂しくもあったがな…
 まぁ、行く前からそれはわかっておったことじゃし、観光は楽しかったので問題はない。
 土産物とかかさばる荷物は宅配でパラミタに輸送してもらったから、ほとんど手ぶらに近い。
 余談だが、仙姫は辛い物は苦手だった。
 朝鮮半島に唐辛子が普及するのは16世紀以降であり、仙姫が生きた6世紀頃の朝鮮半島にはまだ唐辛子はない。
 むしろ、舞好みの薄味の京料理の方が、仙姫の舌にも合っていた。
「さて、それでは、舞たちを迎えにいくとするかな」 
  

プライベートシナリオ【夏祭りを一緒に】シナリオガイドっぽい何か


シナリオ名:夏祭りを一緒に / 担当マスター:でっかめん


 皆さん、こんにちは、イルマ・レスト です。
 連日、暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしですか?
 突然ではありますが、今度、夏休みの二日間を利用して、日本の夏祭り見物に行くことになりました。
 企画自体は、いつも通り、お嬢様 の思いつきなので、突然なのはいつものことですね。
「ねぇ、イルマ…さっきから壁に向かって誰にしゃべってるの?」
 いったい、誰の為にやっていると?
 もちろん、パラミタにも日本の風習に習った夏祭りは、存在します。
 サルヴィン川の花火大会や空京神社などの夏祭りもシャンバラ人地球人どちらにも人気です。
 それが、どうして、日本行きになったのかと申しますと、
 この間、空京デパートで夏祭り用に浴衣を買ったじゃない?
 どうせなら、本場の日本の夏祭りに行きましょうよ
 という、お嬢様の鶴の一声があったからです、はい。
 お嬢様の夏祭りのイメージは、神社に続く参道に出店が出ていて、祭囃子が聞こえてくるというタイプのもののようです。
 きっとネットか何かで見たのでしょう。
 千歳 の実家は神社ですから、千歳から聞いたのかもしれませんが…
「うん、祭りを見に行くのはいいが…参加者は何人ぐらいになるかな?当日は遠くからも結構な見物客が来てごった返すから…事前に参加者の数ぐらいは把握しておきたいな」
 見物する夏祭りの場所は、千歳の実家が管理している神社の一つです。
 それほど大きな社ではないようですが、当日は神社の参道沿いに出店が立ち、境内では盆踊り大会や喉自慢大会も開かれるそうですわ。
 夜には、近くを流れる川沿いで花火大会も開催され、高台にある境内からの眺めは素晴らしいそうです。
 それはちょっと楽しみですね。カップルが多そうですけど…
「皆で旅行なんて楽しみですね、一泊二日のプチ旅行ですよ。宿泊場所は、私の家でもよかったのですけど…私も旅行気分を楽しみたいので、神社の近くの旅館を手配してもらうことにしました」
  さんの実家のお屋敷も京都にあるのですが、今回は、旅行気分を楽しみたいということで、あえてお屋敷には泊まらず、他の参加者と一緒に旅館に宿泊されるようです。
「喉自慢大会があるのか…うーむ、出たいところじゃが、わらわが出るとわらわが勝つに決まっておるしのぉ。素人相手に大人気ないか…盆踊りも楽しそうじゃし、こっちにするか」
「ヨーヨーつりとかやってみたいのですよ。後、たこ焼きも食べてみたいのです」
 仙姫 さんは、喉自慢大会に出たがるかと思いましたが、意外に大人の対応ですわ。
 リツ は…どうでもいいですわね。
「お嬢様、どなたをお呼びになるおつもりですか?」
「んー、とりあえず、部員とか知っている面子には声掛けるとして…まぁ、あれよ、来る者は拒まずっていうじゃないの。大々的に募集して、本場の夏祭りを皆で楽しんじゃいましょうよ」
 

担当マスター でっかめん

マスターコメントっぽい何か

こんにちは、初めての方は初めまして、でっかめんです。
季節柄、夏祭りイベントです。
今回の舞台はパラミタから離れ、日本の京都のどっかそのへんになります。
日程全体としては、一泊二日ですが、描写範囲は祭り当日のお昼から夜の8時ぐらいまでです。
当日は、近くを流れる川の川沿いで、花火大会が開かれるので、神社の境内からも、打ち上げられる花火が見れたりします。
綿菓子や林檎飴を食べながら散策するのもよし、金魚すくいに挑戦したり射的で景品を狙ってもいいです。
夜には夜空に打ちあがる花火を楽しめますし、盆踊りで踊ったり太鼓を叩いたりもできます。
夏祭りにあるそうなことは、大体ありますので、祭囃子を聞きながら一杯楽しんでください。

※特別ルール(参加される前に必ず読んでください)
★PC(プレイヤーキャラクター)の取り扱いについて(重要)
PCにMC、LCの区別はありませんので、LC単体でも参加可能です。
むろん、MC単体でも参加できますし、MCとLCを一緒に行動させる必要もありません。
従って、MCとLCが別行動をとっても、ダブルアクションには該当しません。
それ以外のアクションについては、蒼フロのアクション準拠です。
意図・目的・動機・手段を書いて、ブリジット・パウエル宛にキャラメール してください。
アクション文字数はだいたい500文字程度でお願いします。

★キャラクターの描写について
 キャラクター描写を重視する方向性なので、参加した公式シナリオでの登場シーンなどあれば記載してもらえると、参考になります。
 その場合は、何ページ目かは併記してください。何行目まで書いてくれると、より助かります。


サンプルは無いアクションっぽい何か

出店で買い物
喉自慢大会に出場する
盆踊りを楽しむ


参加者募集締切日
2010年08月20日10:30 まで(25日まで追加参加を受け付けます)

アクション締切り日
2010年08月20日10:30まで(25日まで修正を受け付けます)

リアクション公開予定日
2010年09月 5日

現時点の参加者一覧

鈴倉虚雲
霧島春美
ピクシコラ・ドロセラ
ディオネア・マスキプラ
超 娘子
カリギュラ・ネペンテス
宇左木みらび
セイ・グランドル
宇佐木煌著 煌星の書
ペルディータ・マイナ
七尾蒼也
泉椿
オープン・ザ・セサミ
月詠司
シオン・エヴァンジェリウス
ウォーデン・オーデルーロキ
鈴倉風華
風音・アンディーオ

マイト・レストレイド

ロウ・ブラックハウンド

近藤勇


敬省略順適当

第三回プライベートシナリオ【ヒーローショーをしよう】



プロローグ 今日は何の日?

 みなさん、おはようございます、橘舞 です。
 今日はいよいよ、ヒーローショーの当日ですね。
 よく寝れましたか?
 私はドキドキして中々寝付けなかったですよ。
 ショー自体には私は出演しないんですけどね…
 お弁当は持ちましたか?
 ティッシュとハンカチも忘れずにですよ。
 え?お前は誰だって?
 …
 そうですよね、私、ブリジットと比べると、空気みたいな存在ですし…
 あははは…はぁ…



6月某日 AM5:30 百合園女学院寮

 ピロロロロロ
 枕元に置いた携帯のアラーム音が徐々に大きくなってくる。
「うーん…」
 ブリジット・パウエル がアラームの鳴り続ける携帯を手で適当に叩いてアラーム音を止めるのと、室内がぱっと明るくなったのはほぼ同時だった。
 カーテンレールの滑る軽やかな音に混じって、聞き馴染んだ優しい声が降ってくる。
「ブリジット…もう朝よ」
「今何時?」
 眠い目を擦りながら、ブリジットは、窓際でカーテンを束ねている橘舞に話しかけた。
「5時半。もう、ブリジットったら…昨日自分でアラームセットして寝たでしょ」
 少し呆れたように苦笑している舞に、ベットに腰掛けたブリジットは腕組みして、部屋の天井を見上げた。
「そうだった?私、朝は苦手なのよねぇ」
 あくびをしながら、両手を伸ばして背伸びをする。
 今日はブリジットが企画したヒーローショーの当日。
 地球人とシャンバラ人の友好の為というのが本来の目的だが、単にやってみたかったというのもある。
 開演は10時30分からだが、会場の準備もあるから7時に羽ばたき広場に集合することになっている。
 まずは顔を洗ってシャワーを浴びて着替えて、それから…
 まだ本調子でない頭の中で手順を考えながら、携帯で新着メールをチェックする…と
 推理研のメンバーや、参加者・知人のメールに混じって、知らないアドレスからのメールが届いることに気づいてブリジットは一気に眠気から覚めた。
「ん?あれこれ…参加希望のメール着てるわ…」
 題名は「ヒーローショー、参加するぜ、ヒャッハー」
 何これ?悪戯?
 少し怪訝なものも感じながら本文を確認すると、
「ヒーローショー、俺も炎魔人 魔異都役で参加するぜ、ヒャッハー」
 From マイト・オーバーウェルム
「マイト・オーバーウェルムさん…私の知らない人だけど、ブリジットの知り合いの人?」
 携帯の画面を覗き込んできた舞が少し首を傾げながら問いかけてくる。
 メールを閉じてから、ブリジットは、顔だけ舞に向けて一言だけ答えた。
「いや、知らない人」



 AM7:30 羽ばたき広場

 ヒーローショーの会場はヴァイシャリー市の中央に位置する羽ばたき広場である。
 ブリジットと舞の二人が広場に到着した頃には、一足早く現場入りしていたボランティアスタッフによって、ステージの設営も最後の追い込みに入っていた。
「よっしゃ、どうよ、ステージはこんなもんだろ」
 朝焼けの中、ステージ中央で仁王立ちになる小柄な女性のシルエットが一つ、パラ実生の泉椿 である。
 椿は契約者のオープン・ザ・セサミがブリジットが代表を務める百合園女学院推理研究会に所属している関係もあって、ブリジットや舞とも面識がある。
 セサミから、ブリジットたちがヒーローショーをやるという話を聞き、ボランティアで会場の設営を手伝に来ていたのだ。
「いやぁ、あなたにこんな特技があるとは思わなかったわ」
 手際のいい作業にブリジットが素直に関心したように声を掛けると、泉は得意げに胸を張って見せる。 
「人は見かけによらないってか。パラ実式工法舐めんなよってな」
「まぁ…注文をつければ、もう少し見た目にも拘ってくれれば、なおよかったけどね…」
 建設速度の速さと部材そのままの良さを最大限に利用することに比重を置いたパラ実式工法 ゆえ、若干様式美と耐久性に欠ける部分もある…
 継ぎはぎ部分が見えてたりとか釘が一本抜け落ちていたりとかしてるが…決して手抜き工事と呼ぶ無かれ。
 大事なことなのでもう一度言おう、これはパラ実式工法である。
「ああん…わかってねぇな、ブリジット。見かけより中身、ハートが大事なんだよ」
 立てた親指で胸元を示しながら椿が、にっと笑う。
 ブリジットはうーんという今ひとつ納得できない顔つきだったが、まぁ、いいか、と返した。
 まぁ、そういう性格だ。
 この時、耳障りで甲高いハウリング音が周囲に反響した。
 ステージ端でナレーション担当の紅射月 がマイクのスイッチを入れたのだ。
「あーあー、テストテスト。本日は晴天なり本日は晴天なり…聞こえてますかね?」
「聞こえてるぞー。OKなんじゃね?」
 ステージ上から頭上に腕で丸を作りながら椿が答える。
「スピーカーの位置ですけど、もう少し客席よりの方がいいんじゃないでしょうか」
 と、スピーカーの位置の調整を提案してきたのは機晶姫のペルディータ・マイナ だ。
 彼女は、ショーでは、メモリープロジェクターの機能を使って背景やBGMを主に担当することになっている。
「そだね。ステージで聞こえても仕方ないか。客席に聞こえてないとね」
 ブリジットがしたり顔で頷くが、そりゃそうである。
「OK、じゃ、動かすぞ」
 さっそくステージ近くに設置してあったスピーカーを抱えて、七尾蒼也 が客席寄りに運んでいこうとするが…
「おい、コードの長さが足りないんだけど…」
 電源コードの長さが足りない。
「えっと…」
 困惑の表情を浮かべるペルディータに、
「延長コードなら休憩用テントにあるはずですよ」
 と、ブリジットの傍らにいた舞が答えた。
 休憩用テントとは、出演者が着替えたり休憩できるようにステージから少し離れた場所に設置されたテントのことである。
「ああ、じゃ、僕が行ってちょっと取ってきますよ」
 マイクのスイッチをオフにして、射月が軽く右手をあげた。
 ステージの設置は問題なく順調に進んでいた。



AM9:00 羽ばたき広場 

 ステージの設営が終了した頃、ヒーローショーの出演予定者たちが、メイド服姿のイルマ・レスト に先導されて公園にやってきた。
「あちらが皆さんのステージに…」
 すまし顔で説明しようとするイルマの脇を、一陣の風が走り抜けていく。
 突風に煽られて、イルマのメイド服の裾がふわっとまくれ上がる。
 ピクっとイルマの頬が危険なモノを含んで引きつったが、その時には、突風の主、飛鳥桜 はステージの前にたどり着いていた。
「Oh、これが僕たちのステージ、もう完成してるね」
「はぁ…朝っぱらから元気だな。こっちは仕方ないから付き合ってやるんだ。ありがたく思えよ」
 そんな桜のはしゃぎぶりに、契約者でもあるアルフ・グラディオス はため息交じりだ。
「ふん、なかなかそれっぽいじゃねぇか」
 水路を背にする形で設置されたステージの背後には無地の大型スクリーンが配置されていて、舞台袖の左右に隣接したテントは、出演者の待機所だろう。
 胸ポケットから取り出しながら煙草にライターで火をつけながら万願・ミュラホーク がステージを見渡した。
「今から楽しみだな。頑張ちゃうぞぉ」
「気合入れすぎて、暴走して大失敗とかやめてくれよな」
 早くも気合入りまくりの桜に傍らのアレフが、苦笑しながら冗談半分で一言釘を刺す。
 だが、これが実はこの後、冗談でなくなるのだが、それはまた後の話だ。
「わたくしもとても楽しみですわ」
 ハールカリッツァ・ビェルナツカ が、控え目な態度で少しぎこちない微笑を浮かべる。
 劇を通して、内気な性格を変える切っ掛けになればと思って参加したのだが、開演が近くなると、緊張と不安もあって、表情が硬くなってきている。
「おい、今からそんなガチガチになっていたら本番までにへばるぞ。俺たちの衣装は先に届いているはずだな」
 ハールカリッツァの緊張に気づいた松平岩蔵が忠告をしつつ、念の為衣装の所在を確認した。
 出演者の衣装や小道具は当日持ってくるのも大変なので、事前にブリジットの元に送って、それを当日会場で受け取るという手はずになっているのである。
「皆様の舞台衣装は、休憩所のテントに運び込んであります」
 桜の先行で出鼻を挫かれた格好になったイルマが、気を取り直して、説明を続ける。
「あと、飛び入りの方も3名ほどおられます。ヒーロー役が2名、怪人役1名の3人です」
「ヒーロー大集合ニャ」
 超娘子 が驚いたように声をあげた。
 今の時点でも、ヒーロー役はウルトラニャンコ役の娘子を含めて、岩蔵の暴れん坊軍人、桜のヴァルキュリア・サクラの三人だが、岩蔵が仲間を二人、桜も一人連れて来たから、ヒーロー側が6人いる計算になる。
 一方の悪役側は、悪の女幹部役のハールカリッツァと、怪人役の万願・ミュラホークとピクシコラ・ドロセラの3人、それにくわせて戦闘員5人という構成だ。
「ヒーロー役は百々目鬼迅様がヒーローで、契約者のネロ・ステイメン様は、守護霊のような存在なので1名カウントでよいかと思いますが…怪人役のマイト・オーバーウェルム様は、少し遅れて登場されるようですわ」
「なに、マイトだと?あいつが来るのか…」
 岩造は、予想外の名前が出たことに驚いて聞き返した。
「知ってる人か?」」
 興味を覚えたらしい娘子の問い掛けに、岩蔵は少し困惑した表情で応えた。
「まぁ、イルミンスール魔法学校で武術部の部長をしている奴でな…その筋では結構有名な奴ではある」
 その筋ってどの筋ですか…
 岩蔵の歯切れの悪いトークに、得体の知れぬ不安を覚える面々だった。

 

AM 9:30 ステージ端

 開演までにはまだ時間がある。
 ナレーション役を買って出た紅射月は、ステージ脇にパイプ椅子を置き、そこに座って、メモ帳に書き込んだ出演者の役名や特徴を頭に叩き込み、何度も反芻していた。
 ナレーションが、役名を間違えたり、セリフを噛んだりすると、非常に恥ずかしいことになる。
 責任は結構重大だ。
「ウルトラニャンコに、ヴァルキュリア・サクラ、暴れん坊将ぐ、いや、軍人か…ここは要チェックですね」
 間違えやすそうな箇所には赤いマーカーでチェックしていく。
「よぉ、あんたが今日のナレーション役だってな」
 不意に頭上に影が差し、ぶっきらぼうな声が落ちてきて、射月は顔をあげた。
 オールバックの一癖ありそうな風貌の青年と、その傍らにボーイッシュな感じの長身の女性が立っていた。
 自分の背丈と大してかわらないだろうから、180cm近くありそうである。
「ヒーロー役一名追加でお願いします。これが設定です」
 長身の女性がズボンのポケットから紙を取り出すと、射月はそれを受け取った。
 ざっと設定に目を通してみた。
 百々目鬼迅 がヒーロー役で波羅蜜多救世主アトラスマスクと、ネロ・ステイメン が、アトラスマスクの傍らに立つ者(Stand by me)『N』となっている。
「ああ…これはどうも。ブリジットさんから話は聞いていますよ。百々目鬼くんと、ステイメンさんですね」
「ああ、そうだ。あー」
 迅は、少し言いよどんで首を捻る。
「射月です。ナレーション担当の紅射月。よろしくお願いします」
 椅子から立ち上がり、さっと、ごく自然な動作で手を差し出す。
 迅は少し戸惑ったような表情になったが…
「百々目鬼迅だ。よろしくな、射月」
 短い時間ではあったが、迅は射月の手を握って握手に応じた。
 見た目は不良っぽいですけど、悪い人間ではないようですね。
 まぁ、根っからの悪人なら、ボランティアのヒーローショーに参加しようとも思わないでしょうが…
「司会さん、僕たちの出番も盛り上げてくれよな」
 飛鳥桜とハールカリッツァ・ビェルナツカの二人も近寄ってきた。
「ご苦労様です。わたくしの設定ややこしくありませんか?」
 と、これはハールカリッツァ。
 彼女の設定は、悪の女幹部だが、基は心優しい一般人の少女を悪の組織が実験目的で改造された為、まだ中に少女の自我が二重人格のように残っているというちょっと込み入った設定になっている。
 桜の方は、本当に顔を見せに来ただけのようだが、ハールカリッツァは、心配して様子を見に来た感じだ。
「いやいや、大丈夫ですよ。任された仕事はやり遂げて見せます」
「おい、そこのお前たち。そこで何をしている」
 不意に野太い声が掛けられたのはこの時のこと。
 ヴァイシャリー軍の軍服に身を包んだ二人組の兵士がズンズンと近寄ってくる。
「んだ?てめぇは…」
 迅が近寄ってきた兵士の進路を遮るようにして立ちはだかろうとする。
「ちょ、待ってください」
 予想外の展開に射月が二人の間に素早く割って入った。
 ここで騒ぎを起こせば逮捕されかねない。
 ヴァイシャリーでは、空京のような日本的な警察機構はなく、軍が警察権を握っているから、軍に逆らうのは、司法警察を敵にするのに等しい。
「何かあったのでしょうか?私たちはヒーローショーの出演者なのですけど…」
 ハールカリッツァが努めて穏やかに兵士に問いかけると、軍人の表情が少し軟化した。
「うむ、確かにその話なら聞いているが…」
「軍曹、逃走中の犯人は20代前半の男ですよ。特徴に合う者はこの中には見当たらないようですが…」
 軍人のやや後ろに控えていた部下らしい兵士も仲裁に入ってくる。
「犯人?何か事件ですか…」
 ポケットから取り出した角砂糖を口に放り込み、ネロが逆に兵士に問いかけると、兵士はちっと舌打ちして、くるりと背を向けた。
「もういい、いくぞ。お前も捜査情報をぺらぺら喋るんじゃない!」
「申し訳ありませんでした、軍曹。君たち、邪魔して悪かったね」
 上官はあれだが、部下は人が出来ているらしい。
「何だ、あれ。上司の方、感じ悪いなぁ」
 桜がむっとした表情になって、立ち去っていく軍人の背中をにらみ付けた。

 同じ頃、霧島春美 は、舞台端で立ち回りの練習をしている超娘子を待機所のテントの端からこっそり伺っていた。
「ニャンコ、張り切ってるみたいね」
「大丈夫っぽいね」
 角ウサギの獣人ディオネア・マスキプラ も、春美の後ろから覗き見の格好でこっそり娘子の様子を伺う。
 娘子は春美の契約者の一人であり、ディオネアからみると、パートナー仲間にあたる。
 デパートの屋上などで娘子はしばしばショーをやっているから、ショー出演暦では参加者の中では一番ベテランになるのだが、それだけに気負ってないか少し心配だったが、杞憂のようだ。
 と、この時、テントから見知った顔が出てきた。
「あれ?ブリジットさん、どうしたんですか?」
 眉間に皴を寄せて出てきたのは、今回のショーの企画者でもあり、春美も所属する百合園女学院推理研究会の代表ブリジット・パウエルである。
「あ、春美。聞いてよ、うちの屋敷の使用人に戦闘員役を頼んだおいたのよ。そしたら、一人来ないのよ。もうすぐ時間だっていうのに。電話にも出ないの」
 右手に持った携帯をちらつかせえて、ブリジットは頬を膨らませている。
 話によると、戦闘員役の使用人の一人が定時になっても姿を見せず、自宅に電話しても携帯に掛けても通じないらしい。
 腕組みしたブリジットは、苛立たしげに足を踏み鳴らす。
「戦闘員は舞台に子供たちが上がった時に、側について誘導役もするから…まぁ、一人代役は見つけてあるんだけど…来ると言って来ないなんて馬鹿にするにも程があるわよ」
 客席の方に視線を転じると、そろそろ席が埋まり始めている。
「えっと…何か事情があって遅れているのかもしれませんよ」
「だと、いいんだけど…とりあえず、もう一度だけ休憩用テントを見てくるわ」
 そう言って、ブリジットは休憩所になっているテントに向かって行った。
 ほどなくして、彼女は教導団の軍服を来た男性と黒いコスチュームに身を包んだ戦闘員を連れて戻ってきた。
 春美とディオネアは互いに顔を見合わせて安堵の息をついた。
 どうやら、遅れていた使用人もショーの開始に間に合ったようだ。


AM 10:30 ステージ

 大きく深呼吸を一つして、紅射月は、マイクを握る手に力を込めた。
 さすがに緊張してきましたよ…
 いよいよ、ヒーローショーの開演時間だ。
 覚悟を決めるしかない。
「それじゃ、射月さん、挨拶に出ましょうか」
 ペルディータ・マイナに促されて、射月は、もう一度深く深呼吸してから、マイクのスイッチをオンにした。
「ヴァイシャリーのちびっ子たちのみなさん、こんにちわ。ヒーローショーが始まりますよ」
 舞台に上がった射月と音響兼映像担当のペルディータの二人は、視線を客席に巡らせる。
 ヒーローショー自体が珍しいこともあるのだろうが、客席はほぼ満員御礼の状態だった。
 多くは小さな子供をつれた家族連れだが、中には、身体は大人心は子供、の人たちや、観光客らしい姿もある。
 射月は、ペルディータに目で合図してから、マイクを手渡す。
「はーい、みんな、こんにちわ!」
 マイクを受け取ったペルディータが会場に手を振りながら挨拶すると、会場からも、こんにちわー、という子供たちの声が返ってくる。
 ちなみに今の射月とペルディータはカラフルな色彩の戦隊ヒーロー物のオペレーターみたいなコスプレ衣装姿だ。
 射月はナレーションは地味な裏方の仕事と考えて目立たないだろうと考えていたのだが、それは甘かった。
「これからこわーい怪人さんや格好いいヒーローさんが登場するんだけど、その前に、ちょっとお姉さんのお話聞いてくれるかな?」
 最前列に陣取っている子供たちによく聞こえるように、ペルディータはゆっくりとした口調で、ショーの途中で急に立ち上がったりしないことや、ヒーローがピンチになったら、隣のお兄さんと声を揃えて、ヒーローに声援を送って欲しいこととか、お土産のお菓子は皆の分もあるから慌てなくてもいいことなどなど、いつくかの基本的な注意を説明した。
 説明が終わると、ペルディータがマイクを射月に返し、二人はそれぞれの定位置に移動する。
 ナレーション役の射月は舞台脇、ペルディータはステージ正面の位置で、音響とスクリーンへの投影を行う。
 ハードロックテーストのBGMに乗って、反対側のテントから、悪の組織のメンバーたちがステージに現れる。
 女幹部の衣装に身を包んだハールカリッツァ・ビェルナツカこと、シャダー・アジュールを中心にして、ワニと犬を合体させたような衣装の怪人ワニケルベロスの万願・ミュラホーク、黒いラビットガール姿のピクシコラ・ドロセラと黒い海賊ルックの男(ロランアルト・カリエド )、そして黒い衣装に身を包んだ戦闘員たちだ。
「あら、僕たちにお譲ちゃんたち、こんにちわ」
 ステージの中央で弓を手に立つシャダーが挨拶すると、会場からはまばらに挨拶が返ってくる。
 いきなり悪役然として悪の女幹部に挨拶されて戸惑っているのだろう。
「こら、お前ら、声小さいぞ。ちゃんと飯食ってきたか?」
 ワニケルベロスが耳を側立てる仕草をしてみせる。
「そやそや、そんな小さな声だしていると、力もでぇへんでぇ」
 肩に斧を担いだ海賊キャプテンブラックがステージの前を右から左、左から右にゆっくりと動きながら、もっと大きな声でと催促する。
 2回目、まだ小さい
 3回目、もう少し
 4回目、で、ようやくシャダーから、合格のサインが出る。
「よし、今のはなかなかいい挨拶だったわね。あなたたちには私たちの組織に入る素質があるようね。今日は、皆の為に、美味しいお菓子を用意してきたわ。さぁ、ステージに上がってこの美味しいクッキーを食べれる子は誰かな?」
 おいしそうな焼きたてのクッキーの入ったバスケットを手に黒いバニーガール姿の怪人ブラックラビットがにっこり微笑みながら、客席に見えるようにステージの前を横断していく。
 これは余談だが、実際そのクッキー、ワニケルベロスの中の人万願・ミュラホークの手作りだ。
 彼はジャダの森で猫華という名のパン屋を実際に切り盛りしているのだ。
「はいはいはいはい!」
 さっそく、やたら元気一杯な声をあげて10歳ぐらいの女の子が、最前列のロープのところまでやってきた。
 長い銀髪に青い瞳、人形のようなという形容が出来そうな美少女なのだが…
「よぉし、じゃ、まずはお嬢ちゃんな。元気な嬢ちゃんやな」
 子供の選抜役の一人になっていた海賊キャプテンブラックが女の子の手を握って、客席からステージに連れてあげる。
 他の戦闘員5人もそれぞれ一人ずつ子供をステージの中央につれて来る。
 合計6人の子供がステージ中央で一列に整列する。
「やっぱ子供てかわええなぁ・・・」
 ステージ上だから許されるが、黒ずくめの海賊男が言うセリフとしては、犯罪として立件できるレベルの危険なセリフである。
 何を言ったかよりも、誰が言ったが重要な時があると、言ったのは誰だったろうか…
 少女が客席に手を振る。
 キャプテンブラックが客席に視線を向けると、ビデオカメラを手にした女性が、手を振っているのが見えた。
 キャプテンブラックことロランアルトは、ヴァルキュリア・サクラこと飛鳥桜の契約者の一人なのだが、たまたまショーの様子を覗きに来たところを、戦闘員役の一人が来ないことに苛立っていたブリジットに見つかり、半ば強引に悪の組織側に参加させられてしまったのだ。
 けど、何で海賊やねんとツッコミたくもなったが、マスクを被って顔も見えない上に、ヴァーしかセリフのない戦闘員よりは百倍マシなのも事実だ。
「さ、あんたたち、まずは自己紹介なさい」
 シャダーがステージに上がった子供たちに自己紹介するように促す。
「1番、ウォーデン・オーディルーロキ 、10歳だよ、ロキでいいよ」
 と答えたのは、キャプテンブラックが連れて来た女の子だ。
「あら、ウォーデンが名前じゃないのかしら?ロキは、どこから来たのかしら?」
「うーんとね、ロキは北欧から来たんだよ」
「ほくおー?」
 聞きなれない地名に首を捻るアジャーにワニケルベロスがそっと耳打ちする。
「恐らく北欧です、アジュール様。地球のヨーロッパ大陸の北方のことです」
「ああ、北欧ね。もちろん知っていたわよ。ずいぶん、遠くから来たのね」
 そのやり取りを客席で見ていた、月詠司 は、額に手を当てて嘆息した。
「あーあー…ロキ、ステージにあがっちゃいましたよ」
 ロキに手を振っていた母親、もとい、シオン・エヴェンジェリウス は隣でビデオカメラを回している。
「なかなか愉しいイベントじゃない♪」
 シオンは他の子供たちと並んでステージ上にはしゃいでいるロキの姿を撮影しながら、ときおりロキに向かって手を振る。
 見た感じ完全にわが子の思い出を記録に残す母親そのものである。
 隣の知らないおっちゃんから、お子さん可愛いですね、奥さんも美人だし、と声を掛けられた司は、ありがとうございます、と答えておいた。
 いちいち否定するのもいい加減疲れた。
 司にしてみれば、今日はシオンとロキを連れて買い物に出て、帰り道に公園で散歩をするだけの簡単なお仕事、いや、休暇になるはずだったのだ。
 どうして、こうなってしまったのか…
 確かに空京の掲示板にヒーローショーの出演者募集の書き込みがあったのも知っていたが今日だったとは…
「ところで…蒼也君、君、さっきから何を見てるの?」
 すぐ隣の席でステージを見ずに携帯画面を覗いている七尾蒼也に気づいて、司が声を掛ける。
 蒼也とは、ロキが参加している百合園女学院の推理研究会主催の懇親会でも顔を合わせたことがあった。
 確か、ステージ正面でプロジェクターになっている機晶姫の契約者だったはずだ。
「ああ…ぱらみったーを見ていたんです…宝石店に強盗が入って、犯人がこの辺に逃げ込んだそうなんですよ」
 ぱらみったーは、呟きを携帯から打ち込むとそれがリアルタイムに配信されていくサービスで、何気ない呟きに反応が返ってくるのが面白く、最近流行っている。
「強盗ですか?」
「滅多なことはないだろうが…ペルディータにも知らせたいけど、携帯切ってるだろうしな」
 今、ペルディータはステージ最前列の椅子に座ってプロジェクター役をしている。
 ショーの間に流れているBGMは生前「鶯の君」と呼ばれていた自称金剛山の女仙金仙姫 が編曲したものを編集してペルディータが流しているのだが、ショーの途中に携帯が鳴ったりしたらショーが台無しだ。
 当然、携帯の電源は切っているだろう。
「それでさっきから兵隊がうろうろしているんですね。でも、公園に潜伏しているとは限らないですから」
 司の言葉の半分は本気、残り半分は願望だ。しかも、かなり切実な。
 ちらりとシオンに視線を向けるが、シオンは撮影に夢中なのか無反応だった。
 また、面白そうとか言い出して、首を突っ込むんじゃないか…
 そんな不安が一瞬頭を過ぎったとしても、誰が司を責められるだろう。
 買い物に来ただけのはずだったのに、一番肝心な物を買い忘れてましたねぇ。
「なぁ、蒼也君、どこに行けば売ってますかね?安息って…」
「え?さぁ、ちょっとわからないですねぇ…」

 二人がそんなやり取りをしている間にもショーは進行していた。
 子供たちの自己紹介が終わり、ブラックラビットが、綺麗にラッピングされたクッキーを子供たちに渡している。
「ふふふ、さぁ、子供たち。私たちの仲間になるなら、もっとたくさんお菓子もあげるわよ」
 シャダーの甘い言葉に子供たちの純真無垢なピュアハートが悪の色に染まろうとする。
「大変だ。このままでは、皆の友達が悪の手先にされてしまうぞ。さぁ、皆で正義の味方を呼ぼう」
 湧き出す羞恥心を強引にねじ伏せ、紅射月がマイク片手に会場の子供たちに呼びかける。
「ウルトラニャンコ!」
 思い切って声を出した射月に対して、しかし、会場からの子供たち声はまだまばらだ。
 あれ?
 ヴァイシャリーの子供たちには、ヒーローショーというものに慣れてないのだろう。
 声を出すタイミングが掴めないのか、恥ずかしがっているのか…
 舞台端でスタンバイしているウルトラニャンコも、これでは出れない。
「…ああん、何だぁ、今のは…蚊でも飛んでるのかぁ」
 ワニケルベルスが耳をそばだてる仕草をする。
「ふふ、この分では戦わずして私たちの勝利のようね」
 シャダーも、会場を睥睨しながら、ツンと顔をあげて、高笑いするようなポーズを取って、挑発してくる。
 射月は覚悟を決めた。
「声が小さいぞ、皆ぁ!そんなことじゃヒーロー来てくれないぞぉ!もう一度、お兄さんと一緒に呼ぼう、さぁ!ウルトラニャンコォォ!!」
 両手を広げ身体を仰け反らせて絶叫する射月。
「ウルトラニャンコ!」
「ニャンコ、ニャンコ」
 その熱意が通じたのか、それとも射月を不憫に思ったのか父兄の皆さんも一緒に会場からニャンココールが沸き起こる。
 そして、その時だ!
「そこまでだニャ、シャダー!皆もそのお菓子食べたらお腹ピーピーニャ!」
「何者だ!俺様の菓子を愚弄する奴は」
 若干私情も入って、声の主を探すようにワニケルベロスの怒声が辺りに響く。
 軽やかなアップテンポの曲と共に舞台端から颯爽と姿を表す影一つ。
「ウルトラニャンコがいる限り、このシャンバラでの悪事は許さない」
 空中で体の捻りを加えた宙返りを決め、ひらりとステージの中央に着地。
 派手なエフェクトと共に舞い上がる白煙の中に決めポーズを取るウルトラニャンコ。
「正義のヒロイン☆ウルトラニャンコ、ここに参上!」
 ヒーローの決めポーズと決めセリフが終わるのは待つのは、マナーである。
 シャンコの決め台詞が終わったのを確認したキャプテンブラックが、
「くっくっくっ、一人で現れるとは、飛んでい火にいる夏の虫だな。ウラトラニャンコ。いや猫だから、動物やな」
 手に持った斧(もちろん作り物だ)を娘子に向けて、邪悪な笑みを浮かべる。
 ワニケルベロスとブラックラビットが、キャプテンブラックの横に並び、その背後の指揮官位置にシャダーが立つ。
「アジュール様、今回はどうヒーローめを倒しますか?」
 ワニケルベロスが口を大きく開いて(実際には万願の頭の上についている飾りだが、リモコン操作で開閉可能なのだ)、会場を威嚇する。
「ふん、一人でやってくるとはこのシャダー様も舐められたものだね。お前たち、やっておしない」
 腕を力強く振り抜き号令するシャダー。
 まずは控えていた戦闘員たちが「ヴァ!」と叫びながら、一斉にニャンコに襲い掛かる。
 むろん、戦闘員が束になっても倒されるヒーローではない。
 うなるニャンコの肉球パンチ!
 肉球パンチを頬に受けた戦闘員が、少し幸せな表情になって、まぁ、実際にはマスクしているから顔は見えないが、空中でアクション映画ばりの横回転をしながら吹き飛ぶ。
 轟く怒涛の稲妻キック!
「ヴァ~」
 数で押す戦闘員たちだが、バタバタと倒されて逃げ戻ってくる。
「ええい、お前たち、なんて様なの、後でおしおきよ!」
 足もとに倒れ込んできた戦闘員の頭を蹴り、シャダーが怒鳴る。
 シャンコたちの迫真の演技と、悔しがるシャダーに会場から拍手と笑いが起こった。
「ここは私にお任せください、シャダー様、この私のダークマジック、とくと見せてあげるわ、勝負よ、ニャンコ」
 リアルでは、ウルトラニャンコの超娘子とブラックラビットのピクシコラ・ドロセラは、同じ霧島春美のパートナー同士だが、今は敵と味方だ。
 手の中からステッキを出現させた(手品だ)ブラックラビットがニャンコと対峙する。
 その間、残りの怪人二人のうち、キャプテンブラックは、斧を構えて待機していたが、ワニケルベロスはステージの端で、運動前のストレッチ運動を始めていた。
 意外に健康的だぞ、ワニケルベロス。
「解説しよう!ブラックラビットの正体は悪の道に落ちたマジシャンなのだ。彼女の身に纏う漆黒のラビットガール服が闇のオーラを帯びる時、ブラックラビットの力は、最高潮に達するのだぁ!」
 さっきのニャンココールで燃え尽きたかに見えた射月のコメントが場を盛り上げる。
 何か吹っ切れたようだ。
 ハットの中から飛び出した虹色のテープの束が、パンパパンというクラッカーのような(本当にクラッカーだが)音とともに飛び出し、ニャンコに絡みつく。
「もろたでぇ!」
 斧を振りかざしたキャプテンブラックが動きを封じられたニャンコに襲い掛かる。
「させない!」
 間一髪、ブラックラビットの呪縛から逃れたニャンコがキャプテンブラックの斧をかわす。
 ブォォォーン
 甲高い駆動音を会場に響き渡る。
 準備運動を終えたワニケルベロスが戦闘員から受け取ったチェーンソー(歯はゴム製です)を手に、ゆっくりとニャンコに迫る。
「俺様は史上最恐怪人ワニケルベロス!!その命…俺様に、消されなさい!ってか?ギャハハ!!」
 普通に悪いヤツだぞ、ワニケルベロス。
 ブラックラビットのダークマジックによって身動きを封じられたニャンコに、キャプテンブラックのアックスとワニケルベロスのチェーンソーが迫る。
 危うし、ニャンコ…
「このままではニャンコが危ないぞぉ!皆、彼女を呼ぼう。太陽の如く、悪の闇を照らす正義の大輪、ヴァルキュリア・サクラを!」
 沸き起こるサクラコールに、緊迫した戦闘用BGMが一転して、熱いヒーロー物OP調に変化する。
「僕を忘れてもらっては困るな」
 同時に虹色の閃光がチェーンソーを構えたワニケルベロスの頭部を直撃。
「ぐわぁ」
 派手な演技で大きく仰け反るワニケルベロス。
「ワニケルベロス!」
 ジャダーの叫び声と共に、新たなヒーローが、太陽を(実際にはペルディータが背後のスクリーンに投影した映像だが)をバックに、ひらりとステージに舞い降りる。
「悪の闇に咲く正義の大輪!」
 眩いライトの中に浮かび上がるシルエット
「ヴァルキュリア・サクラ参上!」
 制服と和服を合わせた衣装は、サクラの名の通りに、桜をイメージしたものだ。
「おっとぉ!みんなの声に応えてヴァルキュリア・サクラが来てくれたぞ!さぁ、皆でサクラに声援を送ろう、頑張れぇ、サクラ!」
「がんばれぇ、サクラ!」
 今度は会場も最初から大合唱でサクラへの声援が送られる。
 どうやら、会場もノリを理解してくれたらしい。
「OK!まかせとけって。このヴァルキュリア・サクラが来たからにはもう悪人たちの好き勝手にはさせない。ニャンコ、大丈夫か」
「大丈夫ニャ。助かったニャ」
 疲れたニャンコを庇うように、ステージ中央に進み出るサクラ。
「ふん、性懲りもなくまた現れたたね、サクラ。しかし、今日はいつものようにはいかないわよ」
 弓を構えてシャダーがポーズを決めると、さらにサクラのパートナー沈黙の剣士アンノウン(アルフ・グラディオス)が巨大な大剣(プラスチック製です)を肩に乗せ、ゆっくりとステージの端から姿を見せる。
「…?」
 サクラの横で大剣を構えたアンノウンは、斧を手にしたキャプテンブラックの顔を見て、渋い表情になったが、ヒーローになりきっているいる桜は気づいていない。
 とにかく、これで戦いは4対3の勝負だ。
 弓の乱れ撃ちでヒーローたちを威嚇するシャダー(矢はペルディータによる投影です)。
「おお、すごいレインアローだぁ!悪の女幹部シャダーのリカーブボウから放たれる青く輝く矢は、一度に最大八つまでの目標を狙い打つ事が可能なのだぁ!」
 接近戦を挑むべく接近しようとするサクラが、シャダーの繰り出す矢の雨を見事なフットワークでかわす。
 その傍らでは、ブラックラビットのシルクハットから召喚された鴉(手品です)を、ウルトラニャンコが迎え撃つ。
 出演者たちは、役者ではないもののに契約者やそのパートナーである。
 その常人離れした動きに、客席の一般人は固唾を呑んで展開を見守り、派手な演出がある度に歓声をあげる。
 剣士アンノウンとキャプテンブラックも斧とグレートソードで激しい鍔迫り合いを繰り広げて…いなかった。
(ちょ、お前何やってんだよ。しかも、なんで海賊なんだよ)
(これにはパラミタ内海より深い理由があんねんて。そのいろいろ複雑な経緯があったんや)
 剣士アンノウンの詰問にキャプテンブラックが言い訳するように応える。
(なんだ、そのパラミタ内海より深い訳というのは…)
 この時、事件は起きた。
 後に関係者は語る…
 俺もアイツも話に夢中になっててな…あれは、まぁ、不幸な事故やったんや(海賊キャプテンブラック AS ロランアルト・カリエド氏談)
「どうしたのかしら、サクラ?その程度かしら?」
 リカーブボウの乱れ撃ちに戦闘の間合いに近づくことが出来ないサクラにシャダーが挑発の言葉をぶつける。
 サクラの本気の炎が、ちょっと間違った方向に点火した。
「なんの、これが僕の本気だ、行くぞ、全力トマティーナァァァ!!!」
「何!?」
 懐から取り出した赤い球体を握り、大きく振りかぶるサクラ。
「おお、これは何だぁ。サクラの必殺技かぁ!?」
 しかし、サクラは接近戦を得意とするヒーローという設定になっているのだが…
 光条兵器は銃型だが、赤い球体が光条兵器でないのは明らかだ。
 射月もシャダーもこの展開は知らない。
 危険なものを察して警戒態勢に入るシャダー…来るか、サクラの必殺技。
 が、ここでちょっとしたイレギュラーが起きた。
 力みすぎたのか、文字通りの全力投球された赤い物体は、コースを外れてシャダーの脇を飛び越していく。
 その先にいたのは…
「お、あぶ…」
 キャプテンブラックの言葉が最後まで紡がれる猶予などあるはずもなく、それはブラックと鍔迫り合いを演じるフリをして会話していてアンノウンの後頭部を直撃した、
 グチャァ!という嫌な音を立てて、ステージに真っ赤な花が咲く。
 いや、もちろん、アンノウンの頭が砕けたとかそういうことではない。
 そりゃそうである。ヒーローショーが惨劇の舞台になってしまっては洒落にならない。
 そうではなく、砕け散ったのは、投げられた赤い球体の方、トマトだ。
 そう、あの野菜のトマトだったのだ。
 なんで、サクラがトマトを投げたのかって?それは聞かない約束なんだ。
「ぬぐぉ!」
 とても普通のトマトが当たったとは思えぬほどの勢いで派手に吹っ飛ぶアンノウン。
「えーっ!」
 とスピーカーに絶叫が響く。
 ナレーションをしていた紅射月の声だ。
 アンノウンは相棒でしょう…あの子、味方をやっちゃいましたよ。
「あ、あれ?ちょっと手元がくるちゃったな」
 テヘっっとか舌を出して誤魔化そうとするサクラである。
「お、おい、今の後頭部直撃だったぞ。大丈夫…」
 あまりの衝撃に役を忘れてワニケルベロスが思わず助けようとする。
 と、ステージ上で馬車に轢かれたカエルみたいになっていたアンノウンの手がピクリと動き、やがてゆっくりとした動作で立ち上がる。
 どす黒い怒りのオーラを身に纏いながら…邪剣士アンノウン大地に立つ。
 そのあまりの禍々しい瘴気にシャダーですら思わず後ずさるほどだ。
 ゆらっと上体を揺らしながら振り返るアンノウンの血走った目が頭を掻いてヘラっと笑っているサクラを捕らえる。
「っ何しやがる畜生が!俺を巻き込むんじゃねぇよ阿呆!」
 沈黙の剣士の口から罵声がサクラに叩きつけられる。
「あ、アホじゃない、アホじゃ。ちょっと手元が狂ったんだろ!」
 アホ呼ばわりされたのが腹に据えかねたのか、それまで照れ笑いしていたサクラも猛然と反論する。
「避けない方が悪いんだよ。アレフがトロいだけだろ」
「言ったなぁ、このアホ垂れぇ!!」
「アレフちゃう、アンノウンやろ、アンノウン」
 キャプテンブラックがとりなそうとするよりも早く、アンノウンは大剣を振り上げて、サクラ目掛けて突進していく。
 負けじと拳を構えて、アンノウンに迎え撃つサクラ。

 VALKYEIA SAKURA VS SOWRDMAN UNKNOWN

 ROUND1 FIGHT!

 大ジャンプで一気に距離を詰め、着地様に、構えた大剣を振り下ろすアンノウン。
 が、一瞬早くサクラがバックステップを踏んで斬撃をかわす。
 剣がステージの床をぶち抜き、木片が飛び散る。
 「あ!てめぇ、何しやがるぅ!」
 客席でステージが壊されるのを見た泉椿が悲鳴をあげた。
 剣を引き抜くのに手間取るアンノウンに対して、溜め状態からダッシュパンチ攻撃を繰り出したサクラの攻撃を受けてアンノウンの身体が後方に飛ぶ。
 「どうだ!」
 「何のぉ、爆炎剣!」
 剣に爆炎波を乗せたアンノウンの反撃に、追撃を入れようとしたサクラがガードに入る。
 「熱いじゃないかよ!」
 「もういっちょ、爆炎け…」
 「させるかぁ!」
 さらに爆炎波を放とうとするアンノウンのモーション途中に、サクラのしゃがみ弱キック足払いがHITする。
「いっくぞぉ!!」
 続け様に中パンチ連打からのコンボを狙うサクラ、だが、それを読んでいたアンノウンのガードからのカウンターが入った。
 「ばばば爆炎剣!」
 「はう~はう~はう~」
 下段からの切り上げ爆炎剣を受けたサクラが燃え上がりながら、中に舞った。
「ちょっと、カットよ、カット!何やってのよ、あの二人は!正義の味方が仲間割れしてどうすんのよ!」
 舞台端からステージを見ていたブリジット・パウエルが喧嘩を始めた桜とアレフに驚いて、ステージに出て行こうとする。
 それを手で制する者がいた。
「まぁ、待て。ここは俺たちが行く。ここで劇を中断させる訳にもいくまい」
 暴れん坊軍人(松平岩蔵)である。
 その名前の割には常識人のようだ。
「それがよい。ここは私たちに任せていただきたい。悪いようにはせぬ」
 暴れん坊軍人は、部下の隼(ファルコン・ナイト )がそういい切る。
 断定的な物言いだが自信が感じられる。
「うん…まぁ、あんたらがそういうなら、任せてみてもいいけどね。確かに舞台を中断したくないし…」
「でも、舞台の床、穴が開いちゃってるわよ」
 怒りで震える泉椿の傍らにいたオープン・ザ・セサミが椿を横目に指摘した。
 アンノウンの一撃で、ステージの中央に穴が開いてしまっているのだ。
「ぶっとばす…」
 椿が怖いことを言っている。
「まぁ、お嬢ちゃんたちはここで大人しく俺たちの活躍を見てろよ」
 竜(ドラニオ・フェイロン )が椿の肩をポンと叩いて暴れん坊軍人と隼の後に続いてステージに出て行く。
 ちなみに、隼と竜は、岩蔵の契約者で、隼はファルコンに変形可能な機晶姫で、竜はドラゴニュートである。
 名は体を表すのである。
 舞台の中央では、サクラとアンノウンが、口汚く罵りあいながら、互いにパンチを出したりキックを出したりしてけん制しあっている。
 岩蔵は腰に手をあて、嘆息してから、下腹に力をこめて、
「こぉらぁ、お前らぁ、いい加減にせんかぁ!」
 サクラとアンノウンを一喝する。
 突然の登場に、一瞬BGMが止まったが、それもつかの間。
 すぐに暴れん坊軍人用に用意された時代劇のラスト5分みたいな曲が流れ出した。
 何か、成敗されてしまいそうだ。
 一方、射月はナレーションに困った。
 暴れん坊軍人用のナレーションも用意はしていたが、仲間割れ状態なので使うに使えないからだ。
「えっと…あ、あれは、暴れん坊軍人だ。暴れん坊だけど暴れないぞ。サクラとアンノウンを仲直りさせに来てくれたんだ」
 もうグダグダである。
「いや、そもそもこいつが…」
 トマトをぶつけたのが悪いと弁解しようとするアンノウンだが、先に切れたのは自分だから、言葉が力がない。
「そうですよ。皆仲良くですよ」
 と、今度は舞台端からひょいと顔を出す者がいた。
「ちょっと舞、顔出てるわよ!顔」
 舞台端から顔を出してきた舞をブリジットが押し戻そうとしていた。
 何が起きたのか理解できずに固まっていた会場の空気が再び動き出した。
 忍び笑いが聞こえてくる。
「いいから、お前たち、ちょっと来い!」
「はい…」
「あ、わかった…」
 暴れん坊軍人たちに連れられ、サクラとアンノウンは頭を掻きながら舞台端に下がる。
 最後に一人残された超娘子は、まだ呆気に取られている悪の組織に向き直り、
「出直してくるニャ」
 スタタタっと早足で退場した。
「あ…えっと…」
 な、なんなのかしら、この展開…い、いったいどう取り繕えば…
 退散したニャンコに伸ばしてしまったこの手が空しい…
 ハールカリッツァ・ビェルナツカは、悪の女幹部アジャー的はどう振舞うべきが思い悩んだ。
 基本はアドリブだから、いろんな展開を想定はしていたが、さすがにこれは想定外だ。
 それに、問題もあった。
 ステージの中央の床には、さきほどアンノウンが大ジャンプ斬りでぶちぬいた大穴が開いていて、このままでは立ち回りの障害になる。
 ナレーション役の射月も今にも泣きそうな顔になって沈黙している。
「せ…」
 キャプテンブラックが口を開いた。
「せ?」
 何か起死回生の秘策が…と、一縷の望みを託してシャダーは、ブラックに向き直り、先を促す。
「正義は…滅んだ」
「なんじゃ、そりゃ!」
 隣で聞いていたワニケルベロスが頭をキャプテン・ブラックの方に回した。
 ところで、ワニケルベロスの口(正確には万願の頭の上の飾りだが)はリーゼントのように前方に突き出している。
 そのワニケルベルスの長く突き出たワニの口が、キャプテン・ブラックの被っていたパイレーツハットを跳ね飛ばす。
 何が起きたのかと放物線を描いて飛んでいくハットの行方を視線で追う面々。
 飛んでいったパイレーツハットは、ステージ最前列でスクリーンに映像を投影していたペルディータの頭に、すとんとジャストフットした。
「え?」
 これには映像を投射に集中していたペルディータも驚いた。
「おおー、ワンダホー」
 思わず拍手するブラックラビットの声が、沸き起こる感情に震えている。
 これが笑いというモノか…
 それまでシーンと水を打ったように静まり返っていた客席で、誰かがプッと吹いて笑い声をあげた。
 それが起爆剤になったのだろう。
 堪えきれなくなった会場が一斉に爆笑の渦に包まれていく。
 慌ててパイレーツハットを外したペルディータの視線が外れた為に、スクリーンの映像が途切れて、背景が白くなった。
「えーっと、ここで10分の休憩を取りたいと思います。後半にご期待くださいっ!」



AM11:00 ステージ脇待機所

「悪い…」
「すまななかった。ついカッっとなっちまって、ちょっとやりすぎちまった」
 飛鳥桜とアルフ・グラディオスが頭を下げている。
「お前、ふざけんなよ、あのステージ作るのに、どんだけ苦労したと思ってんだよ」
「駄目ですよ、椿さん。気持ちは分かりますけど、喧嘩はよくないですよ」
 泉椿がアルフに掴みかかろうとするのを、舞が間に入って制止する。
「まぁ、ここは相手の話も聞いてあげなさい」
 と、椿のパートナー、セサミも言葉を添えてくる。
「すまなかった。ステージを壊すつもりはなかったんだ」
 椿に頭を下げるアレフを睨みつけていた椿だったが、
「ち、仕方ねぇな」
 さすがに舞を突き飛ばしてアレフに殴り掛かる訳にもいかず、握っていた拳を解いた。
「とりあえず、あたしはステージの応急修理してくる。あんな大穴開いたままじゃ、演技できないだろ。後半には間に合うようにするよ」
 怒りのエネルギーを修理作業に向けるべく、椿は踵を返すとテントを出て行く。
 ノシノシという擬音が聞こえきそうな歩き方で出て行く椿の後姿を見送るセサミが、小さく肩をすくめて苦笑した。
 一方、さすがに反省している二人を、腕組みしたままじっと睨んでいたブリジットは…やがて、ふっと息をついた。
「まぁ…会場は何か受けてるみたいだし。でも、後でちゃんと椿には謝っときなさいよ」
 傍で成り行きを心配そうに見守っていた橘舞が周囲の緊張が解けていくのを感じてほっと胸を撫で下ろす。
「帽子が飛んできたのは、ちょっと、びっくりしました」
 と、これはペルディータ・マイナだ。
 ペルディータは、パイレーツハットを、ロランアルト・カリエドに返しながら苦笑している。
「いや、あれは俺が悪かった。まさか、当たるとは…」
「あ?あれれ?狙ってやったんとちゃうんか?やるな、オッサン思とったで」
 ワニケルベロスの尖った口先を叩いて謝罪した万願・ミュラホークの言葉にアルフ・グラディオスが、意外そうな顔をする。
「あんなもん、狙ってやれるわけ無いだろうが…」
「申し訳ありません、皆様。わたくしにもっと何か気の効いたフォローが出来ればよかったのですが…」
 ハールカリッツァ・ビェルナツカは、アジャー役のツンな性格から、生真面目で内向的な本来の性格に戻っている。
「まぁ、あの状況で気の効いたフォローは難しかったと思いますよ。私も頭真っ白になりましたし、まさかヒーロショーの司会で膝が笑う経験をするとは…」
「笑っていたのは膝だけじゃなかったようだけど…」
 ブリジットの指摘に、射月の顔に、ゴボンと咳払いして誤魔化そうとする。
「な、何のことですか…嫌ですね。あははは」
 会場の爆笑に釣られて笑ってしまったのを見られていたのか。
 まぁ、さすがにあの状況ではインターバルを入れるぐらいしか思いつかなかったのも事実である。
「済んじゃった事は仕方ないわよ。後半で挽回して頂戴ね」
 この時、ひょこり顔の覗かせてきたのは、七尾蒼也だった。
「よぉ、なかなか楽しいショーだったな。特に最後の面白かったよ。あの帽子の芸には思わず吹いちゃったよ」
「蒼也だったの、あれ…聞き覚えのある笑い声だとは思ってはいたけど…」
「へ?」
 咎めるような口調でペルディータに睨まれて、蒼也は戸惑った表情を浮かべながら、
「ところで、今ちょっと時間あるか?」
「ごめん、今から後半のすり合わせしたいのよ。大事な用事?遅れてる参加者の一人も直に到着するし…」
 困惑の表情を浮かべるブリジットに、蒼也はあっさりと引き下がる。
「いや、なら、いいや。大したことじゃないしな。また後でな」
軽く右手をあげてから、蒼也は、それじゃまた後でといい置いてテントを出た。



AM11:05 羽ばたき広場

 テントの外に出た直後に蒼也の携帯がなった。
「もしもし…すいません、事件と逃走中の犯人のことブリジットかペルディータに話そうと思ったんですけど、打ち合わせ中で話出来そうな雰囲気じゃなかったです。ぱらみったーでもう少し情報を集めてみましょうか?そうですか、気をつけてください。犯人銃を持っているようですから」
 携帯でしばらく話していた蒼也は、携帯を切ると再び携帯の操作をしながら、客席の方に移動していく。
 その様子をこっそり蒼也の後についてテントを出ていたオープン・ザ・セサミは、興味深げに見ていた。
「ふぅーん、何かあるなぁ、とは思ったのだけど…今日はショー参加者の人間観察のつもりだったけど事件に逃走中の犯人か…何かそっちはそっちで面白いことがおきてるみたいね」
 好奇心に満ちた笑みを浮かべて、セサミは蒼也の電話の相手は誰だろうかと思いを巡らせた。
 話し方からして電話の相手は彼より年長者よね。
 司?違う違う…推理研のメンバーだとすると…たぶんあの人よね
「そうですか。ショーも大事ですし、仕方ないですね。私は少し周辺を調べてみます。何かあればまた連絡しますね」
 携帯を切ってから、霧島春美は契約者でもあるディオネア・マスキプラと共に、公園を歩き出した。
 宝石店を襲った強盗犯が、近くに潜んでいる可能性がある。
 兵士が公園に沢山要るのは、地球人とシャンバラ人の友好を快く思わないテロリストがショーを狙っているからに違いないと勘違いしたディオネアが、兵士の会話を盗み聞きしてきたのだ。
 強盗犯の追跡の方が、テロリストよりは現実味はある話だとは思う。
 客席にいた七尾蒼也から、ぱらみったーでも同じ情報が流れていることを聞いたから、強盗犯が逃走しているのは間違いないだろう。
 公園を巡回する兵士の数もさっきより増えてきてるのも気になる。
 現在判明している犯人の手がかりは、20代の男性で銃を持っていて、逃走中にカラーボールが足に当たった可能性があるってことぐらい…
 カラーボールが当たっているのなら、塗料の臭いから辿れるかもしれない。
 超感覚のスキルを使い、場に似つかわしくない塗料の臭いを探ってみる。
 すぐにそれは見つかった。
「ねぇねぇ、春美。犯人は足にペンキが付いているんだよ。ボクの推理によれば、犯人はまず着替えようとするはずだよ。犯人は着替えできる場所にいるんじゃないかな」
「なるほど、それはいい推理ね、ディオ。それじゃ、そうね、ショーの休憩用テントで着替えが出来るはずだから、そこに行って見ましょう」
 実際には、超感覚を使った時点で、テントの位置が怪しいことは把握できていたが、ここはディオを立てて、気づかないフリをする春美である。
 休憩用テントはステージからそんなに離れた距離ではないから、すぐにたどり着いた。
強烈な塗料の臭いが中から漂ってきているのを感じて、春美は緊張した。
 このテントの向こうでひょっとすると銃を持った強盗犯が息を潜めているかもしれない。
 応援を呼んだほうがいいかしら?
「よし、突撃」
 そんな春美の心配を知る由もなく、ディオネアがテントの中に飛び込んでいく。
「ちょっと、ディオ、待って」
 慌ててディオネアに続いてテントの中に入って、素早く内部を見渡すが、春美が恐れていた展開はなく、人が隠れている気配は無い。
「すんません!遅れたっすぅ!」
 突然テントの中に人が飛び込んで来たのはこの時のことだった。
「きゃぁぁ、誰!」
 飛び上がりそうになるほど驚いた春美の声に、入ってきた青年も驚いて固まる。
「しゅ…出演者の方っすよね。うゎ、魔法少女っすか。めがっさ似合ってるっすよぉ、それ。一枚いっすかね、写真」
「それはどうも…ただ、私は出演者じゃなくて本物の魔法使いですよ。ところ、あなたは…」
 何かしら、この軽いノリの人…敵意は見られないし犯人じゃないのは確かみたいだけど。
「え、俺?いやぁ、戦闘員役で出演することになってたんすけど、明け方まで彼じ、いや、友人の家でエンジョイしちゃってて、うっかり寝過ごちゃったっす。ブリジットのお嬢様、めっさ怒ってるっすよね、やっぱ」
 この人は、ブリジットさんの言ってた連絡なく時間にやってこなかった出演者の使用人みたいね。
 ちょっと頭痛を感じて春美は額を抑えてしまったが、重大な事を思い出した。
「あれ?ちょっと待って。戦闘員の出演者は全員ショーに出ていますよ。最後の一人もブリジットさんが連れて行くのも見たし…」
「え…いや…でも…あー、誰か代役してくれたのかもっすよね。じゃ、俺もう帰ってもいいすっかね。実はもう眠くって…」
 どうすればそういう発想になるのか…
「ねぇ、春美、こ、これ。僕凄い物発見しちゃったよ」
 ディオネアが驚きと興奮の入り混じった表情で、ソレを持ってきた。
「うぁ、何っすか、その汚ったねぇズボンとスニーカー。うぁ、ペンキついてるっすよ」
「すいません、少し黙っていてもらえますか」
 テントの中に逃走犯のものと思われる塗料のついたズボンとスニーカーだけが残されていて、いはいなずの出演者がショーに出演している。
 考えられる可能性は一つ…
「大変だわ。すぐにブリジットさんに知らせないと」
「あのー」
 物言いげな顔の青年に、
「あなたはここにいててください。外に出ないくださいね」
「え?ちょっと…」
戸惑う青年を置いて、春美とディオネアは外に飛び出していった。

「あはは、ヒーローショーって面白いね(最後の方はお笑いになっておった気がするがのぉ)
 ウォーデン・オーディルーロキは楽しそうにステージの体験をシオンと司に話していた。
 インタバールで休憩に入っている間に、戻ってきたのだ。
「まったく、いきなりステージあがるなんて信じられないですよ」
 呆れ顔の司はガン無視で、ウォーデンは上機嫌である。
 ウォーデンには、二つの人格が存在していて、老練な男性格であるウォーデンと好奇心旺盛な少女格のロキが一つの身体を共有している。
 もちろん、ショーを楽しんでいたのは、少女格のロキの方である。
 ウォーデンの方は呆れて今までは黙り込んでいたのだ。
「そろそろ後半始まるんじゃないの?」
 シオンに言われて、ロキがステージの方を振り返ると、壊れたステージの修復作業も終わったらしい。
 ペルディータがステージ正面の定位置について、舞台端には、射月もマイクを持ってスタンバイしている。
「よぉし、後半も楽しんでこよっと(まだ出るつもりかぁ!)」
 駆け出していくロキを疲れた笑顔で見送る司と対照的に満面の笑みのシオンのコントラストが何とも…
 まぁ、いつもの情景というものであろう。
 そこに席を外していた蒼也が戻ってきた。
「おや、蒼也君。長かったですね。混んでましたか、トイレ」
 いや…俺、トイレに行ってたんじゃないんだが…と内心思いつつ司の問い掛けに蒼也はあいまいな笑みで応える。
「うー、うーん、んん?」
 ビデオカメラでステージを撮影していたシオンが、何やら呻くような声をあげている。
「なんですか、さっきから…あまり変な声出さないくださいよ。周囲の方々の私たちを見る目がどんどん冷たくなって来てるんですよ。お願いですから、もうやめてくださいよ」
 来たときは、若い夫婦者と暖かい目で見て貰えていたものの、ロキやシオンの言動から、そろそろ不審者扱いにされかかっている。。
 当のシオンはと言うと、ステージにあがったロキをビデオカメラで追いかけていたのだが、今はズームを最大にしてステージの一点を拡大して凝視していた。
「このショーって本物の武器とかも出してるのかしら?拳銃とか」
 カメラを覗いたままシオンが誰ともなしに問いかける。
「どういう意味ですか?本物の拳銃なんて使わないでしょう。子供が大勢要るんですし、危ないじゃないですか。だいたい、本物なんて使う意味もないですしね」
 意味が分からないといわんばかりに首を振る司。
「本物?ちょっと待ってくれ。本物の拳銃がステージにあるって?」
 二人の夫婦漫才にも見えるやり取りを聞いていた蒼也が、はっとしたように表情を強張らせたのはその時のこと。
「ええ、黒い衣装を着た5人組のうち一人だけ腰のベルトに拳銃を挟んでいるんだけど、なんか本物に見えるのよね」



AM11:10 ステージ上

 ステージではシャダーとその部下たちが勢ぞろいしてショーの後半が始まっていた。
「先ほどはとんだ邪魔が入っていしまったわね」
 シャダーがゆっくりとステージの中央に進み、尊大な印象を与えるよう前髪を掻き揚げる。
「しかし、時は満ちた。もはや誰にも我らの邪魔はさせぬ」
 ワニケルベロスが恭しく頭を垂れる。
「アジュール様、本部から援軍、炎魔人魔異都殿も参られます。さすれば、このパラミタは我らのモノとなったも同然」
「おめでとうございます、アジュール様。総統もお喜びになられるでしょう」
 ブラックラビットが、シルクハットを胸の前に添え、深々と低頭する。
「その言葉は、もう少し先までとっておきなさい、ブラックラビット。あの忌々しいヒーローどもを血祭りに上げた後までね」
 ククッと邪悪な笑みを浮かべるシャダーが、背後に並んでいた子供たちに向き直る。
「さて、お前たちには偉大な計画の為に生贄となってもらうわ」
「えー、ひっどーい。お菓子くれるって言ったよね?」
 シャダーの言葉に、頬を膨らませたのは、銀髪の少女ウォーデンである。
「そうだ、そうだ」
「嘘つきは泥棒の始まりってお母さんが言ってた」
 他の子供たちもウォーデンの言葉に釣られて口々に反論する。
「黙れ、今頃気づいても遅いのよ。知らない人について行っちゃ駄目とも言われていたでしょう。お母さんの言うことを聞かないから罰が当たったのよ」
 腰に手を当てて、諭すように告げるシャダーに子供たちが不満そうにぷっと頬を膨らせていた。
「何とか、うまく行っているわね」
 舞台端から後半の様子を眺めていたブリジットが、ほっと胸を撫で下ろす。
「前半の失敗は取り戻して見せるよ。あの、僕が先発で行っちゃ駄目かな」
 サクラが一番手に名乗りをあげる。
 先ほどステージ上で喧嘩してしまったことを、気にしているらしい。
「俺からも頼む。頼める義理でもないだろうが…」
 と、剣士アンノウンもサクラと一緒に頼んでくるので、ブリジットは他の出演者たちに視線を送った。
 普通に考えれば、後半の一番手は、暴れん坊軍人か波羅蜜多救世主アトラスマスクが出るべきだろうが…
「俺は構わんよ」
「先発ってやられる役だろう。だったら後発でいいぜ」
 暴れん坊軍人と波羅蜜多救世主アトラスマスクは承諾してくれたので、ブリジットは、
「じゃ、サクラに行ってもらうわ。それでいいわよね」
と告げる。
「ニャンコもOKにゃ。サクラが頑張ってきてね」
「ありがとう、皆。僕頑張ってくるよ」
「ちょっと待てよ」
 と、呼び止めたのは、テントの柱にもたれかかって腕組みしていた椿だ。
「また意味も無くステージに穴開けたら許さないからな。修理結構大変だったんだぜ、今度、イケメンの一人でも紹介しろよな」
「ごめん、今度は気をつけるよ…って、え?イケメン?」
 言われた意味を図りかねて思わず問い返す桜に、目を細めてから椿はふぅと息をついた。
「イケメンだ、イケてるメンでいい男ってことだ、付け麺じゃねぇぞ。ただし、アレフ、てめぇは駄目だ」
 ええーという表情になって凹んだアレフに、周囲から笑いが起こる。
「残念だったわね。まぁ、頑張って、株上げてくるのね」
 ブリジットの声援?に送られて、サクラとアンノウンが再び、ステージに飛び出していく。
「お嬢様、マイト様をお連れいたしました」
「ヒャッハー、遅れたぜ、ヒャッハー」
 ブリジット付きのメイド(元だが)イルマ・レストが遅れていた炎魔人魔異都役のマイト・オーバーウェルムを伴ってやってきたのはこの時のことだ。
「あ、あなたがマイト?遅かったじゃない。もしかして来ないのかと思ったわよ」
 遅刻にちょっとナーバスになっていたブリジットが、マイトの姿を見て、安心すると同時に不満も口にした。
「いやぁ、悪ぃな。途中で兵士に何度も呼び止められちまってな。俺は不審者じゃねぇぜ、ヒャッハーって行っても、信じてもらえなくてな」
 そりゃそうだ。ヒャッハーという人種が私は不審者ではありませんと言って、誰が信じるんだ?
「兵士に連行されかかっていたところを、見つけてお連れしました」
 さらっとイルマがマイトが遅れた理由を補足してくれる。
 ちなみに、マイトの格好は銀色の防火スーツに背中には燃料タンクと火炎放射器を担いでいるといういでたちである。
 まぁ、あれだ、こんな人物が目の前を横切って職質しなかったら、街の治安を預かる者としては職務怠慢だといわれても仕方あるまい。
 税金泥棒である。
「で、俺の出番はどうなってる?」
「えーと、マイトさん。あなたの設定は、本部からの増援の炎魔人 魔異都ということになっているから、戦闘の中盤で登場して暴れてもらうつもりだから…」
 ブリジットが、マイトに出演内容の説明を始めとした、その時、七尾蒼也と霧島春美の二人がテントに飛び込んできた。
「ちょっと…皆、大変ですよ。強盗犯のショーに出てます」 

 春美の説明を聞いていた松平岩蔵が、己の額をパンと叩いた。
「ん?ああ、くそぉ、あいつか。アイツが犯人だったのか」
「あいつ?」
「戦闘員役のヤツが一人遅れててテントに迎えにいったろ。アイツが強盗犯だったんだよ」
 怪訝な表情になったブリジットに岩蔵が説明する。
 強盗事件があったことは、ファルコン・ナイトとドラニオ・フェイロンからも聞いていた。
 ショーの客に紛れて追跡をやり過ごす可能性はあると思ったが、参加者の中に紛れ込んでいたとは…
「しかし、お前は使用人と強盗犯の区別がつかんのか?休憩所で顔を見てるだろう」
「いや…あんた、うちの屋敷に何人使用人がいると思ってるのよ。だいたい、パンツ一丁の男なんてそんなじろじろみたくないわよ」
 岩蔵が遅れて来た戦闘員役の男が強盗犯だと気づかなかったのは、ブリジットが直接男と会っているのだから、あの男は間違いなくパウエル家の使用人だと思ったからだが…
 実際にはブリジットがテントに入った時は、すでに男は着替え中で、背中を向けてしか話をしていない。
 つまり、顔を見ていなかったのだ。
「ど、どうしましょう。すぐに犯人さんを捕まえましょうか」
 動揺する舞に対して、腕組みして話を聞いていたネロ・ステイメンは冷静だった。
「いや、それは得策じゃないですね。おそらく彼はショーの出演者のフリをして、追跡をやり過ごすつもりでしょう。彼も捕まりたくはないでしょうから、こちらから下手に動いて犯人を刺激するのは危険ですよ」
「うむ、その通りだな。犯人はまだ自分の正体が露見したとは思っていない。戦闘員役の役者でいられる間はすくなくとも兵士から問い詰められる心配も無いからな、自分から正体を明かすようなマネはすまい。つまりステージにいる間は寧ろ危険はない」
 ファルコン・ナイトが、テントの影から、戦闘員役を演じている強盗犯の男の様子を観察しつつ、推論を展開する。
「つまり、俺が兵士に捕まったのは、そいつのせいってことだな」
 顎をしゃくっていたマイトが、合点がいったとばかりに頷く。
 いや、それはちょっと違うだろ、と露骨に不審者にしか見えないマイトの姿に視線を送りつつ、テントの中にいた他の面子は思ったが、敢えて誰も言わなかった。
「俺らもそいつのせいで兵士からガン飛ばされたしな。ショーが終わるまで演技を続けて、終わってから張り倒すか?」
 百々目鬼迅の言葉に、
「そうだな、ステージには子供もいるし。犯人は拳銃を持っている。ショーの間は下手に刺激せず、テントに戻ってきたことろを拘束して、軍に引き渡そう」
 岩蔵が提案に、その場にいた者たちが同意する。
「それじゃ、予定通りショーを続行するわ。万が一に備えて犯人の動向には注意してね」
 意見がまとまったところで、ブリジットがショーの続行を宣言する。
「OK、じゃ、俺は向こうのテントに移動するぜ」
 軽く手を振って、ガスタンクを背負ったマイトがステージの反対側の悪の組織メンバー用の控えテントに向かった。

AM11:20 ステージ上

 「おっとここで新たな怪人が登場だぁ!」
 ナレーションの声がステージに響き渡るのと同時に、ステージ端から、文字通りの熱気が吹きつきてきた。
 ステージ上に、全身を炎に包まれた炎魔人 魔異都が登場すると客席からどよめきが沸き起こる。
「燃えてるぞ」
「派手だな、あれは幻影か何かなのかな」
 マイトは着込んだ防火スーツに油を撒いて火だるまになり、炎の魔人を演出しているのだ。
 防火スーツなどは一般のシャンバラ人は知らないから、派手な演出に興味津々である。
「炎魔人、魔異都は、悪の組織によって改造された改造人間だ。その全身は炎に包まれ、直視することも出来ないぞ」
「ヒャッハー、汚物は消毒してやるぜ」
 ナレーションに合わせて、ステージ中央に立った魔異都が火炎放射を空に向かって構える。
 ボォォォっと音と共に炎の柱が垂直に立ち上り、会場のボルテージも最高潮だ。
「おお、炎魔人 魔異都殿も到着された。これで勝ったも当然だな」
「ちょ、ほんまに燃えとるで、危ないやっちゃなぁ」
 側に近寄られると、それだけでも熱い。
 ワニケルベロスは演技を続けているが、薄着のキャプテンブラックは、迫ってくる熱さに一歩後退する。
「さぁ、炎魔人魔異都、お前の力をみせてやるがよいわ」
 あの火炎放射器…本物みたいですけど、まさか本気で使わないですわよね。
 ハールカリッツァは、内心戸惑いつつも、アジャーとして振舞い続ける。
 が、すぐにその考えが甘いことを思い知る。
「ヒャッハー、任せろ!」
 ボォォォっという炎が水平にステージを舐める。
 炎に撒かれかかった暴れん坊軍人が慌てて跳び下がる。
「ちょ、マイト、てめぇ!」
「危ないなぁ、あれ、目がマジだよ」
 ファインティポーズをとったままのサクラも戸惑い気味だ。
「おい、まず、あいつを何とかしようぜ」
 大剣をガード状態で構えるアンノウンの言葉に、ヒーローたちが互いに頷きあう。
 しかし、どうしたものか…危なくてうっかり近寄るとバーベキューにされかねない。
 この時、マイク片手にメモ帳を見ていた射月が、ヒーローたちの意図を汲んで、ナレーションを追加する。
「でも、炎魔人は、女と猫には弱いんだ」
 いきなり弱点をばらされる炎魔人。
「What the hell…」
 射月に抗議しようとする炎魔人に隙が生まれた。
 女+猫だと…いるじゃないか、まさのぴったりのヒーローが一人。
「ニャンコ行きまーすぅ!」
 DAAAASH!
 ダッシュから跳躍、棒立ちになった魔異都に、宙に待ったニャンコが派手なエフェクトと共にニャンコキックを見舞う。
「Wait!」
 BAGOOOOM!!
 ニャッコのキックをもともに食らい、背後のスクリーンに大写しにされた派手な擬音と共に魔異都の身体が勢いよく後方に吹き飛ぶ。
「NOOOO!!」
 派手な登場シーンの割りに、あっけなくやれらる炎魔人魔異都。
 ナレーターまで敵にしてたのが、運の尽きか…
「くぅ、お前たち、こうなれば総力戦よ」
 アジャーの号令のもと、一斉に戦闘員と怪人たちが動く。
 だが、一人だけ子供の肩を掴んだまま動かない戦闘員がいる。
「何をしているの。あなたも行くのよ」
 アジャーがいらだった口調で促す。
 アジャーはまだその人物が戦闘員に扮した強盗犯とは知らないのである。
 この時のことだ。
 立ち見の客を押しのけて、軍服を着た兵士が前に進んでくるのが見えた。
「どけ!道をあけろ!」
「あいつじゃっすかね、たぶんあいつっすよ」
 20代ぐらいの男が兵士たちに顔を向けて指差すのは、ステージに立つ戦闘員だ。
「あ、あの人!テントで待っててくださいって言ったのに…」
 舞台端から客席を見た霧島春美が、兵士を連れて来た男の正体に気づいた。
 遅れてきた戦闘員役をするはずだったパウエル家の使用人の男だ。
「ちょ、何考えてるのよ、あいつ、何、兵士なんて連れてきてるのよ」
 ブリジットも慌てたが、後の祭りだ。
 ステージに向かってくる兵士に気づいた強盗犯が腰の拳銃に手を伸ばす。
「アジャー、そいつは偽物だ。組織の裏切り者だぜ」
 床に転がりうつ伏せに倒れていた魔異都が、片膝立ちになって火炎放射器の強盗犯に向ける。
 が、強盗犯は女の子を人質に盾にしているから、火炎放射器の引き金は引けない。
「くそぉ!」
 強盗犯が引き抜いた拳銃を魔異都に向けて引き金を…
「させねぇ」
 舞台端にいた泉椿の遠当てが一瞬早く、早く男の腕を弾き、銃口が反れる。
 放たれた弾丸は、魔異都の脇を掠め、ステージの縁を削った。
「いつまで、掴んでおるんじゃ!」
 人質の女の子もとい、ウォーデン・オーディルーロキが振り向き様に強盗犯の股間を蹴り上げる。
 思いもせぬ人質の反抗を受けて、強盗犯は痛む股間を押さえて蹲る。
「この糞餓鬼がぁ!」
 怒りに銃口をウォーデンに向けようとする強盗犯。
 しかし、銃が本物だと気づいたハールカリッツァの放った蹴りが男の手の中から拳銃を跳ね飛ばしていた。
 ステージを滑ってきた拳銃を、素早くキャプテンブラックが拾い上げて回収する。
「この野郎!ふざけんなよ」
 事情を察したワニケルベロスの怒りのアッパーカットが男の顎に炸裂、強盗犯は宙に舞い、ドウっとステージに倒れた。
 契約者を敵にして一般人が適うわけもない…
 ノックアウトされた強盗犯はピクピク動いている口から泡を吹いていた。
「いったい何だったのですか?」
 ファルコン・ナイトととドラニオ・フェイロンが伸びている男の身柄を確保するのを眺めながらハールカリッツァは、岩蔵に問いかける。
「ああ、近くの宝石店で強盗は入ってな。こいつがその犯人だよ」
 顎をしゃくって取り押された男を示す岩蔵に、ハールカリッツァは驚きに目を見開いた。
 ヴァイシャリー軍の兵士がステージに上がってくる。
 突然現れた兵士たちに何事が起きたのかと客席が固唾を呑んで見守る中、上がってきた軍曹の階級章をつけた男に、岩蔵は歩み寄って敬礼した。
「俺は教導団龍雷連隊の松平岩蔵だ。逃走中の犯罪者の身柄を拘束したので、引き渡したい。君たちの現場指揮官は誰か?」


エピローグ

 皆さん、ご機嫌いかがですか?
 今日は、先日のヒーローショーを撮影したビデオ上映会です。
 兵隊さんたちがステージに上がってきた時は、もうどうなることかと思ったのですけど、松平さんやブリジジットから事情を聞いた兵隊さんたちは、犯人さんを身柄を受け取ると、協力を感謝しますって言って帰っていかれました。
 ショーが中断しましたけど、ほどなく再開する事ができました。
 参加したお客さんの中には、あれも演出の一つだと思っていた人もいるみたいですよ。
 えっと、今回は、知り合いのシオン・エヴァンジェリウスさんがショーの様子も撮影されていたので、そのビデオをお借りしてきたんですよ。
 ペルディータさんも記録しているですけど、別の角度から見た映像も新鮮ですね。
 ちょうど、場面はクラマックスです。
「えっ……?私は、何を……いっ、いやぁぁぁぁぁ!な、何ですか、これは!」
 悪の組織の女幹部アジャー・アジュール役のハルカさんが突然頭を抱えて蹲り、ヒーロー役の桜さんが心配して近寄ります。
 私もここはちょっとびっくりしましたね。
 本当に、ハルカさんの具合悪くなったのかなぁって。
 でも、演技だったんですね。
「バーカ♪」
 ハルカさんの嘲りの言葉とガントレットの隠されていた武器のアームブレードっていうんですか?それで桜さんをばっさりとやっちゃんたですよ。
 あれ、ハルカさんの必殺技だったそうです。シャダー・オブ・オルシナスって言うんですよ。
 格好いいですよね。
「本気で騙されちゃったぜ」
「そうだったのですか。ちょっと演出過剰だったかなぁ、と心配でしたけど」
 桜さんが椅子の背にもれかかってテーブルを手でバンバンって叩いてちょっと本当に悔しそう。
 それを見たハルカさんが苦笑しています。
 桜さんがリタイアしちゃってヒーローさんたち大ピンチです。
「推理させてみよう。私の傍らに立つ者は精密な分析と推理とパズル操作をする」
 舞台を写したり、歓声をあげる子供たちを写したりしていた画面が激しくぶれて発言したヒーロー役の百々目鬼 迅さんにズームされます。
 推理研の部員でもあるネロさんの契約者さんですね。
 私、この日初めて拝見しましたよ。
 ちょっと見た目は怖い感じの人ですけど、ネロさんの契約者の方ですし、いい人みたいです。
 迅さんの傍らに立っていたネロさん、役名は傍らに立つ者『N』さんですね、が、額に人差し指を当て、考えるポーズをします。
「分析終了、アジャーの中にもう一つ人格があることは事実。彼女の心の中では、悪の女幹部アジャーと本来の人格とか鬩ぎあっていると結論付けます。必殺技を使って疲弊している今がチャンスです」
 そのネロさんの分析は事実だったのです。
 ハルカさんは、動きに精彩がなくて、時々頭を抱えて苦しそう。
 ナレーション役の紅射月さんのナレーションに合わせて会場から、頑張れコールが沸き起こります。
「最初はこれは無理だぁって思いましたけど、慣れたら結構クセになりそうですね」
 射月さんが、少し照れたような笑みを浮かべながら画面を見つめています。
「けど、マイトのあれは、びっくりしましたよ」
 そうそう、マイトさん…
 マイトさんが最後凄かったんですよ。
 声援を受けて復活した桜さんの銃型光条兵器の一撃がマイトさんの背負っていたタンクに当たったかと思ったら、マイトさんは、タンクから炎を噴射しながら空に飛んで行っちゃったんですよ。
 ぴゅーーーって
「ヒャッハー!」
 空中でドカーンって爆発して、後には真っ黒な黒い煙が空に浮かんでいました。
 凄い演出ですね。ハリウッドも真っ青ですよ。
「たーまやー」
 桜さんの声が入っているのが、ちょっとお茶目ですね。
 遅れて来たマイトさんとはあまりお話できなくて、ちょっと残念でした。
 今頃はイルミンスールに戻られているんでしょうか。

 映像が終わり、白くなったスクリーンを背にするようにブリジット・パウエルが立つ。
「皆ご苦労様。ちょっとしたハプニングもあったけど、無事にヒーローショーも成功したわ」
「うむ、無事という表現が適切かどうかはかなり微妙だがな…」
 疲れた表情で、松平岩蔵がため息をつく。
「でも、本物の悪党も退治できたし、本当にヒーローしてたよな」
 打ち上げ用にと万願・ミュラホークが作ってきたケーキを頬張りながら、飛鳥桜は上機嫌だった。
 ショーの中で本当に犯罪者を捕らえるなんて、まぁ、そう滅多にあることではない。
 途中感じの悪い兵士にもあったが、最後には褒められて悪い気はしない。
「でも、本当に最後までやれてよかったですね。本当に途中からどうなるかとドキドキでしたよ」
 今でも考えると胸がドキドキしているのか、橘舞が胸を押さえながら息をついていいる。
「何か自分の演技を見るのは、ちょっと恥ずかしいですけどね」
 ハールカリッツァ・ビェルナツカが、はにかんだ笑みを浮かべる。
「結構はアジャー役まってたわよ、ハルカ」
 それはそれで…あまり嬉しくない気がするのですが…
「まぁ、それはそうと…次回なんだけど、次は空京あたりでやれるといいわね。今度はもっと舞台を大きくして…そうそう、大学の講堂使わせてもらえないかな」
 まだやる気だったのか…夢を語りだすブリジットに、出演者たちが顔を見合わせる。
「さてと、俺はそろそろ猫華に戻って明日の仕込みしないとな」
 万願が付き合ってられんとばかりに椅子を引いて立ち上がると、松平岩蔵も、それにつられるように立ち上がる。
「あー、俺も黒羊郷の戦況が気になるな」
「そうですわね。わたくしもそろそろ戻らないと。名残惜しいですがこの辺りで失礼いたしますわ」
 と、これは、ハールカリッツァだ。
「えー、ちょっと何よ、これからいいところなんだし、もう少し付き合いなさいよ」
 ぷっと頬を膨らませるブリジットに、隣に控えていたイルマ・レストがため息をつく。
 そんなやり取りを暖かい眼差しで眺めながら橘舞はちらりと窓の外に視線を送る。
 夏の日差しの中で、ヴァイシャリーの街並が光り輝いている。
 今日はヴァイシャリーは平和です。



 担当マスター でっかめん

 マスターコメント
 でっかめんです。
 今回は大幅に予定より公開がずれ込みました。
 申しわけありませんでした。
 ヒーロー物難しいですね。
 マスタリングに関してですが、強盗犯に関わろうとする方は結構多かったのですが、遅れてきた使用人が途中で現れる可能性に触れた人はいませんでした。
 なので、ショーの途中ででしゃばってきちゃいました。
 ま、何事もなくショーが終わった後で犯人の身柄を押させるというのは一番無難ながら、ドラマ的に地味な展開になるので、結果オーライじゃないかと勝手に思ってます。
 後、出演者の中で、役名の記載が無かった方に関しては、ブリジットが勝手に見た目で命名しましたw
 今回の反省点としては、ヒーローと怪人の戦闘描写が、十分取れてないこと。
 全員分の戦闘描写を入れると、シーン自体を増やさねばならず、文章量が大幅に増量になってしまうので、割愛された部分もあります。
 次回は8月に夏祭りを題材にしたイベント物を考えています。
 それでは、今回はこれにて。
シナリオ名:ヒーローショーをやろう / 担当マスター:でっかめん


 4月中頃に『ヒーローショー参加者募集中』の張り紙が空京の掲示板に張り出された。
 依頼主は、ブリジット・パウエル ―ヴァイシャリーの豪商パウエル家の令嬢である。
 内容は、ヴァイシャリー市のはばたき広場で地球人とシャンバラ人との交流を目的にしたヒーローショーをボランティアで行うので、その参加者を募集するというものだった。
 その募集に手を上げた参加者たちが、その日、ヴァイシャリー市内の民家に集められた。
 集まった5人の男女の前には、苺をふんだんに使ったデザート・スイーツの甘い香りとティーカップに注がれた紅茶の香ばしい香りが絶妙なハーモニーを奏でている。
「ブリジットお嬢様を直に参られます。皆様方にはおかれまして、しばしお寛ぎになって、お待ちくださいませ」
 恭しく低頭してから、運んできたメイド が退席した。
 完璧な立ち居振る舞い…いかにも上流階級に仕えるメイドという感じだ。
 参加者のうち四人は何とも言えない居心地の悪さを感じはじめたが、一人だけは違った。
「それじゃ、いただきますニャ」
 超娘子(うるとら・にゃんこ) はメイドが退席するや否や、さっそくスイーツにフォークを入れてパクリと行く。
「あれ?あー、じゃ、あたしもー、なにこれ!凄くおいしー!」
 豪快にケーキをパクつく娘子を見た飛鳥桜 もそれに負けじとばかりに豪快に一口でスイーツを運んだ。
 そして、感動のあまりに激しく身悶えた。
「あら?確かにこれは…なかなかですわね」
 あくまで上品に一切れ口に運んだハールカリッツァ・ビェルナツカ も感想を述べる。
 男性陣二人のうち、教導団の制服に身を包んだ松平岩造 は背筋を伸ばしたまま微動たりとしない。
「ふーん、茶葉も陶器もいい物つかってやがるな…」
 ティーカップと皿を持ち上げて、万願・ミュラホーク が呟いた。
 ほどなくして、ドアがノックされ、三人の少女が室内に入ってきた。
 金髪碧眼の少女と、黒髪の品のよさそうな、いかにもお嬢様然とした少女の二人と、先ほどお茶を運んできたメイドの三人である。
 金髪の少女が、正面に進んでい来ると、
「皆さん、お初にお目にかかります。ブリジット・パウエルと申します。この度はわたくしが主催したボランティア企画にご賛同頂き、まことに有難うございます」
 柔らかく微笑んでから、軽く頭を下げた、が…
「ブリジット、言葉使いが変だニャ」
 ブリジットと面識のある娘子が、いつもと違いすぎるブリジットの態度に不思議そうに首を傾げると、ブリジットは咳払いした。
「ちょっと娘子。初対面の人もいるんだから。物には順序があるのよ」
 言葉遣いが変わった。どうやら、こっちが地らしい。
「まぁ、いいわ。私もこっちの方が楽だしね。皆も硬くならないで楽にしてて」
 他の4人もどうやらそれほど気を使う相手ではないと理解して、緊張を解いた。
 最後まで最初の挨拶の調子だったら、肩が凝って仕方ない。
 そこでもう一人黒髪の女の子がにこやかな微笑を浮かべたて話しかけてきた。
「私は橘舞 と申します。私はブリジットの助手のようなものです。舞とお呼びください。それでは、皆さん、初対面の方もいらっしゃると思いますので、自己紹介をお願いします」
 
「じゃ、私から行くね。私は超娘子(うるとらにゃんんこ)。ヒーロー名もウルトラニャンコ。そもままだにゃ。空京デパートの屋上でショーもやってます。よかった見に来て欲しいにゃ」
 最初に名乗りをあげたのは、ゆる族の超娘子だった。
 つづいて、それまで腕組みして座っていた松平岩造がガタっと椅子を引いて立ちが上がる。
「俺はシャンバラ教導団、龍雷連隊の松平岩造だ。今回は暴れん坊軍人という役名でヒーロー役をやらせてもらうことなった。皆、力を合わせて成功させようじゃないか!」
 それまで無言だったが結構熱血キャラみたいだ。
「次は僕ね。美少女戦士部ヒーロー飛鳥桜、ヒーロー名はヴァルキュリア・サクラ、皆、よろしくー」
 太陽のような満面の笑みを浮かべて元気一杯。こちらも中々熱いキャラを持っているようだ。
 残ったのは二人。中年男と美少女の悪役組コンビである。
 ちらりと視線を送ってきたハールカリッツァに万顔は、軽く手をあげてお先にどうぞという仕草をした。
 ハールカリッツァは軽く頷いて応じてから、
「わたくしはハールカリッツァ・ビェルナツカと申します。この度は悪の組織の女幹部シャダー・アジュール(慄然の青)として出演させていただくことになっております。皆様よろしくお願いいたします。わたくしの事は気軽にハルカとお呼び下さいね」
「そして、最後に俺。万願・ミュラホーク。ジャダの森の中で猫華ってパン屋を商ってる。今回は怪人ワニケルベロス役で出ることになってる。よろしくな」
 万顔はいい終えるとドカッと椅子に座りなおして、胸ポケットからタバコを取り出そうとして…メイドの無言の圧力の篭った視線に気づいて、それをポケットに戻した。
 
 ブリジットから説明された当日のプログラムの内容の次の通りだった。
 まず、悪の組織二人と戦闘員が子供たち何人かを舞台にあげて一人一人自己紹介。
 そのして、お菓子をダシにして組織に勧誘しているところに、ヒーローたちが現れ、戦いになる。
 最初有利に戦いを進めているヒーローたちだったが、途中で本気を出した幹部とパワーアップした怪人の反撃を受けてピンチに陥る。
 最後は、ちびっ子たちの声援を受けたヒーローたちが逆転して終了というヒーローショーには定番の展開だった。
 ちなみに戦闘員に関しては、ブリジットの実家パウエル家の使用人の中から当日非番の者がボランティアで参加してくれることになっているという説明が付け足された。
「台本のようなものはないのか…」
 説明が一通り終わった後、岩造の疑問にブリジットが頷いた。
「おおまかな流れだけで細かい演技やセリフはアドリブでいいと思うのよ。皆プロの役者って訳でもないし、それにガチガチに固まった台本作っても、皆本業があるし、何回も集まって練習とかもできないでしょ?」
「あー、確かに俺もパン屋の仕事があるからなぁ。そう抜けられねぇしな」
 と、これは万願だ。
「つまり、僕らで自由にやっていいってことだよね!」
 桜の期待に満ちた瞳を見返して、ブリジットは少し首を捻ってから、頷いて見せる。
「基本的には自由でOKね。でも、説明した全体の流れからは逸脱しないでね」

 ショー当日…ヴァイシャリー市はばたき広場
 広場の一角に設置された特設ステージの周りには、開始一時間前ぐらいには、噂を聞きつけた子供や親たちが徐々に集まりだしていた。
「へぇ、見てくださいよ。何かヒーローショーやるらしいですよ」
 市内警備中のヴァイシャリー軍の兵士はステージの前で立ち止まり、上官である下士官に話しかける。
「ふん、くだらんな。所詮お遊びだろう。本物のヒーローにちょっと仕事を手伝ってもらいたいものだね。まぁ、いればだが…おっと」
 この時、下士官の携帯してた無線が本部からの通信を受信した。
「本部より警備中の各員へ。ヴァイシャリー繁華街の宝石店で強盗傷害事件発生。犯人は商品を奪って市中央方面に逃走した模様、20代男、中肉中背、カラーボールが足元に命中したとの情報あり。なお、犯人は拳銃を所持している」
 兵士と下士官は真剣な表情になり、お互いに顔を見合わせる。
「繁華街から中央って事は…こっちに来るかもしれまんね」
 ヴァイシャリーの繁華街は市の北西部にあり橋で市の中心に位置するはばたき広場とも繋がっているからだ。
「あるいはもう来てるかもな。よし、周辺を捜索するぞ。油断するな。相手は武装してるぞ」
 
 その頃、ヒーローショー参加者たちは、特設ステージと隣接した待機所となったテントの中に居た。
 中では衣装に着替えた出演者たちが、最後の打ち合わせを行っていたのだが…
「ちょっと、一人まだ来てないってどゆこと~?あたしを舐めてんのかなぁ~ねぇねぇ、あんたら?」
 蓮っ葉な口調で戦闘員のコスに着替えた戦闘員たちを並ばせて説教しているのはハールカリッツァである。
 彼女は、早くもすっかり悪の組織の女幹部の役に成り切っている。
 実は戦闘員役の一人がまだ到着していないのだ。
「ちょっと、私、テントを見てくるわ」
 待機所を出たブリジットは不機嫌そうに眉を吊り上げて、広場の裏手に当たる位置に建てられた大きめのテントに向かってズンズンと歩いていく。
 その大きめのテントは、衣装や小道具が置いてある。
 出演者は着替え室にもなっていて、ショーが終わったら、そこで休憩や食事も出きる様に椅子やテーブルも運び込んであった。
 テントの幕を乱暴に跳ね除けて中に入ったブリジットは、そこでトランクス一丁になっている男を目撃して、慌てて回り右をしながら、
「あなたね!家の電話にも携帯にも出ないし、心配したじゃないの」
 ギョっとして振り返って硬直する男にお構いなしに、ブリジットが一気にまくし立てる。
 ブリジットは男には顔を向けずにハンガーに吊るしてあった戦闘員のコスチュームを投げた。
「さっさと着替えてよ。遅刻した言い訳は後でゆっくり聞くから」
「お、来たのか。来ないなら連隊の部下でも呼ぼうかと思っていたところだったぞ」
 と、この時、テントの中に松平が入ってきた。
 男は、しばらくとまどっていたようだったが、松平の鋭い視線に睨まれ、しぶしぶという感じで戦闘員のコスチュームに腕を通していく。
 ブリジットは男が戦闘員のコスチュームに着替え終わるのを待ってから、
「それと、舞台では、あなたはヴァー以外は喋っちゃ駄目よ。戦闘員は洗脳されていてヴァーとしか言わないってことになってるから?分かった?」
 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、指先を戦闘員の鼻先に突きつけながら続けた。
「…」
 一瞬の間があった。
 と、戦闘員は素早い動作で踵を揃えると、右手を突き上げてポーズを取る。
「ヴァー!!」


担当マスター でっかめん

マスターコメントっぽい何か

こんにちは、初めての方は初めまして、でっかめんです。
今回のシナリオは皆の力でヒーローショーを成功させましょうというモノです。
内容は基本はコメディーですが、実はシリアスにも成りえます。
というもの、ちょとしたトラブルが生じているからです。
えー、具体的に何とはいいません。
ガイドから推測してくださいw
まぁ、基本ベースはコメディーなので、そう神経質になることはないので、肩の力を抜いて楽しんで頂ければ幸いです。


※特別ルール(参加される前に必ず読んでください)
★PC(プレイヤーキャラクター)の取り扱いについて(重要)
PCにMC、LCの区別はありませんので、LC単体でも参加可能です。
参加したPCは他のNPCや脇役とは区別され、小説でいうところの主人公クラスのヒーローキャラ又はヒロインキャラ(HC)という扱いになり(本当に主人公クラスの活躍がでできるかどうかはアクション次第です)、そのサポートとして最大2キャラまで他のMCまたはLCを同行させることが可能です(SC
なお、各シナリオの定員はHCの定員です。HCが同行させるSCは定員の数に含まれません
SCはシステム上は蒼空のLCですが、LCである必要はありません。MCをSCにすることも可能です。
他PLのMCやLCをSCにしても構いませんが必ず事前に許可はとってください。
こちらからは中の人が一緒なのか違うのかを知る術がないので、お願いします。
SCは原則蒼フロのLC扱いなので、HCの行動と無関係な行動はダブルアクションになりますので、その辺はLCのルールに従ってください。
アクションについては、蒼フロのアクション準拠です。
意図・目的・動機・手段を書いて、ブリジット・パウエル宛にキャラメール してください。
アクション文字数はだいたい500文字程度でお願いします。

★キャラクターの描写について
 キャラクター描写を重視する方向性なので、参加した公式シナリオでの登場シーンなどあれば記載してもらえると、参考になります。
 その場合は、何ページ目かは併記してください。何行目まで書いてくれると、より助かります。

★登場PCについて。
 今回ガイド中に登場している各PCは、本編に招待扱いで無条件で参加可能なPCとなっています。
NPCではありませんので、各PLさんがアクションを提出してきます。
なので、連絡を取ることで、そのPLさんとGAをすることも可能です。
注):ブリジットと舞、メイドはNPCです。
それでは、参加をお待ちしております。


サンプルはないアクションっぽい何か

ヒーローショーを成功させる
ヒーローショーを楽しむ
ヒーローショーに飛び入り参加する
屋台を出して儲ける

▼定員15名(HCの数です):残り枠5名

▼予約参加募集締切日(推理研関係者優先枠)
2010年06月2日10:30まで

▼一般参加者募集締切日

2010年06月4日10:30まで


▼アクション締切日

2010年06月8日10:30まで

▼リアクション公開予定日

2010年06月18日

▼参加者一覧
HC:オープン・ザ・セサミ
SC:泉椿

HC:霧島春美
SC:ディオネア・マスキプラ

HC:超娘子
SC:ピクシコラ・ドロセラ

HC:松平岩造
SC:ファルコン・ナイト
SC:ドラニ・フェイロン

HC:ウォーデン・オーディルーロキ
SC:月詠司
SC:シオン・エヴァンジェリウス

HC:万願・ミュラホーク

HC:紅 射月

HC:ベルディータ・マイナ
SC:七尾 蒼也

HC:飛鳥 桜
SC:アルフ・グラディオス
SC:ロランアルト・カリエド

HC:ネロ・ステイメン
SC:百々目鬼 迅