【その6】から続き

「竜胆!? どうしたんだ、竜胆!!」

 父の悲痛な叫びが今も耳に残る。正気は失っていたが、記憶はすべて残っている。どうせならば、忘れていた方がまだしも幸せだったかもしれない。しかし、これも贖罪なのだろう。心に刻み込まれたスティグマは一生消えはしないのだ。

「ひぃ」

 また、一人、使用人の男が倒れた。
 それを見て、無様に腰を抜かし、恐怖に震え、怯えた顔で年端もいかない少女を見上げる男。それが父だ。誰よりも立派で紳士で、絶対的な存在だった父親だ。そして、そうさせてしまったのは自分なのだ。
 
「やめろ、やめてくれ……」

 やめたくても、自分の身体が言うことを効かない。後から判明したことではあるが、私は、繭期の中でも稀少な症状『エディプスキル』を発症する性質だったらしい。異性の体臭を嗅ぐと、凶暴化して噛みつきイニシアティブを奪おうとするという厄介なものだ。
 繭期が終われば自然と収まる、とは、すべてが終わってからの医者の談であり、発症した時にはもう手遅れであった。

「ウウウウ……」
「ダメだ、それだけはダメだ!!……ああああ!」

 私は、あの日、父を噛んだ。

 親を噛み、イニシアティブを奪う。

 ヴァンプ最大のタブーを犯してしまったのだ。

 あの時から私の世界は一変した。
 父は器の大きな男だった。私を決して怒らなかった。許してくれた。
 繭期だから仕方ない、と。

 だが、父は私に怯えていた。絶対的な支配者が、支配していた娘にイニシアティブを握られた。主従関係は、父と私の支配的な関係は、完全に逆転してしまったのだ。
 私は、私が生きる上で最も必要な『支配者』という存在を失ってしまった。父が信じていた神も信じられなくなった。苦しい時、最後にすがる存在さえなくなった。私はゼロになった。

「竜胆、お医者様が言うには、繭期が収まるまで、やはりクランに入った方が良いらしい。どうだろう。落ち着くまで」

 平静を装うお父様。かつての優しき命令ではなく、顔色を伺っての提案。いつも凜としていた、お付きの執事の顔もひきつって見える。可愛がってくれていた屋敷中の大人たちも、あれからずっとよそよそしい。かつては「繭期になってもクランに入る必要なんてない。この屋敷の人間みんなで面倒みるぞ」なんて言ってたのにね。

 この屋敷の支配者は父だ。それが溺愛する娘であっても、自分を支配する人間を傍において、生きていけるわけがない。この提案を断って、無理に留まっていたら、もっと酷い別れ方をしなければいけなくなるだろう。

 幼い頃から育ててくれた屋敷の人間もそうだ。男たちはやはり竜胆がイニシアティブを取ってしまっている。それが竜胆の意思ではないとわかってはくれている。彼らは優しい。だからこそ、我慢を重ねて、いずれ崩壊する。みんな大好きだったからこそ、ここにいるのが耐えられなくなってきていた。

「わかりました。クランで治療して参ります。女子しかいない環境の方が私も落ち着きます」
「そうか」

 ホッとしたように見えたのは気のせいではないだろう。体の良い厄介払いだとわかっている。
 私がこの瞬間にでもイニシアティブを発動させて、ここの支配者になることはできる。父は、私が『良い子』だから、それをしないと思っているのかもしれない。ただ、私は支配される側じゃないと生きられないだけなのに。そういう私にしてしまったのは、父だというのに。

 そして、私はこの最果てのクランに辿り着いた。

 
 「!」

 銃声の音で竜胆は目を覚ました。どこまでが夢だったのか、と一瞬思うが、場所が変わってないので、やはりファルスと『噛み合った』のは現実だったとわかる。

「……殺ったか?」
「ファルスを撃ったの?」

 倒れるファルス。銃口からまだ煙を出している銃を構える紫蘭。考えるまでもないが衝撃的な事実を、しかし、竜胆は冷静に尋ねた。その後の展開に予想がついていたからだ。

「いったいなあ、無茶するなよ。僕のきれいな顔が元に戻らなかったらどうするのさ。恨むぞ、紫蘭」
「やっぱり」
 
 ファルスはムクリと何事もなかったように起きがっていた。撃たれた部分だろうか、顔の皮膚が少し蠢いているように見える。虫が中にいるかのようで少々気色が悪い。
 紫蘭が怒りに満ちた険しい目つきで叫ぶ。

「なぜ死なぬ、化け物!」
「TRUMPよ」
「え?」
 
 紫蘭が驚いて、後ろを振り返る。
 竜胆は落ち着いた瞳で紫蘭を見つめ返して繰り返した。

「TRUMP……TRUE OF VANP。真なる吸血種。我らヴァンプの真祖。始まりの吸血種。永遠の存在。つまり、不老不死の存在よ」
「そんなことは知っている! 『それ』がこいつだというのか!?」
「もうわかってるんでしょ、紫蘭。あなたが撃ったのだから」
 
 紫蘭は銃の名手だ。弾が急所に当たった手応え、何より目でその瞬間を捉えていただろう。紫蘭は不本意だというように奥歯を噛み締めている。

「……くそっ。そうだな。頭を撃ちぬかれて生きているヴァンプがいるはずがない。ならば、こいつはTRUMPなのだろう。だが、こんなチャらいファルス野郎がTRUMPだという事実に腹が立つ」
「ひでえ……あと、その罵倒、卑猥な感じになるから止めてくれ……」

 TRUMPに対して容赦がなさすぎる。肉体攻撃が効かない以上、精神攻撃は有効かもしれないが。
ファルスは一瞬よろめいたが、気を取り直し、にっこりと笑って尋ねてきた。

「で、君たちはどうするの?」

 意地の悪い笑顔。

「僕を殺すかい? 『もう一度』。ムダだとは思うけど」
「そんな! 殺すだなんて……」

 紫蘭はともかく、竜胆は考えてもいないことだ。

「ふん、私はムダなことはしない主義だ。それで? では、貴様は私たちを殺すのか?」

 紫蘭はふんぞり返って聞き返した。もはや強がりを通り越している。イニシアティブは握られ、銃で撃っても死なない。生殺与奪権は完全に握られていることはわかっているのだろう、顔は引き攣っているが、誇り高い姿に竜胆は感動を覚えた。彼女は誇りを抱いて死を選ぶかもしれない。

「やめて……紫蘭……」

 だが、竜胆が今求めているのは、そんな終着点ではない。
 竜胆は教師に教えを乞うように、右手をスッと高く掲げた。

「ねえ、ファルス。ひとつ教えて」
「ん?? なんだい」

 意表を突かれたらしく、ファルスは少し驚いた顔をした。

「さっきの話をまとめると、つまり、リリーとスノウはもう500年も生きてるの?」
「そういうことになるね。正確には512年かな」

 意外と細かい男である。

「『お薬』、つまり、あなたの血を飲んでいたから?」
「そうだね。彼女たちは『不老』になった。ただ、500年も生きてるのはあの2人だけだけどね」
「他の子は効果がなかったということ?」
「最初の頃はね。でも、今君たちが飲んでる『お薬』……『ウル』の効果は誰にでも効く。それに、全員がこのクランに残っていないのは、迎えに来る親もいるからだよ」
 
 ファルスは寂しそうな顔で説明した。

「忌み子。ダンピール。みなし子……。誰でも受け入れるから、こんな辺境のクランにも、少女たちはやって来る。とんだ面倒事の不法投棄場だけど、だからこそ、僕は気兼ねのないユートピアを作ることができた」
「……」

 気兼ねのない、とは、なんともエゴイスティックな考えではあるが、理屈としてはわかった。

「でもね、僕も意外だったんだけど、厄介だからとクランに入れたはずなのに、数年経つと情が戻って寂しくなるのか、娘を迎えに来る親が、殊のほか多い。といっても、全体の2割ぐらいだけどね。僕も面倒事は御免だから、迎えに来る親がいたら、素直にクランを卒業してもらったんだよ」

「……2割? 全然計算が合わないんだけど。他の8割は?」

 ファルスはニタッと笑って、肩をすくめた。

「それはあまり聞かない方がいいね」
「そう」

 竜胆が聞きたいのは、他の少女が消えた理由ではなかったので、深くは追及しなかった。いずれにしても、楽しい答えが返ってくる気はしない。
 
「次に長いのは誰だ?」
「え?」

 紫蘭が口を挟んだ。最初は積極的な竜胆を訝しげに見ていたが、興味が湧いたらしい。

「リリーたちの次に長くクランにいるのは誰だ?と聞いている」
「えー? 竜胆と紫蘭、キミたちじゃないかな」
『え!?』

 二人の驚きの声がハモった。

「キミたちがここに来てから、もう30年は経つよ。リリーたちとはだいぶ間が空いてるけど、もう中堅どころだね、あはは」

 軽く笑うファルスだが、竜胆たちは少なからず衝撃を受けていた。
 リリーとスノウは、記憶を消されて、ずっと少女の記憶のまま、500年を過ごした。ならば、自分たちだって、同じ目にあっていて然るべきなのだが、なぜかその考えに思い至らなかった。『記憶がない』とは、そういうことなのだ。
 
「本当はもう50歳近いのか、私は!」

 紫蘭が天を仰いで絶望している。確かにそれもそういうことなのだが、何百年と経ってないだけに、半端すぎてどこか間が抜けている気もする。竜胆は、少し笑いそうになったが、ふと、一つ残酷な事実を理解し、身を震わせた。

「ねえ、ファルス」
「なんだい竜胆」

 ファルスは先ほどと同じ寂しそうな顔で聞き返した。いや、これは寂しそう、ではなく。

「この30年で、私の家から、何か連絡はあったのか。お父様は私を迎えに来なかったのか」

 声が震えた。聞くまでもない。迎えに来たら、ファルスは返すと言ったばかりだ。果たして、ファルスは『気の毒そうな』顔で頷いた。

「ああ。連絡は一度もなかった」
「あ、ああああああ……」

 竜胆の瞳からついに大粒の涙が溢れ始めた。
 わかっていた。わかってはいたのだ。ここに入れられた時点で、とうに見捨てられていたことを。それでも、心の奥底で、父が迎えに来てくれるのではないかと、諦めきれない願いがあった。そうすれば、自分は『許す』つもりでいたのだ。そんな傲慢で卑小な考えを持っていたのは、自分だけだったのだ。

「竜胆……」

 紫蘭が不器用に泣きじゃくる竜胆の背中を撫でる。竜胆はその優しさが嬉しくて、紫蘭に抱きついた。

「ごめんなさい、紫蘭。あなたも辛いのに、私ばかり……」
「私のことはいいんだ。あの馬鹿おやじが私を迎えに来るはずがない。私の手であいつを殺せなかったことだけが心残りだがな」
「あ……」

 紫蘭の言葉を聞いて、ファルスが何か言いかけた。

「なんだ?」

 紫蘭が睨むと、ファルスは少し言い淀みながらも、告げた。

「5年ぐらい前に、君のお父さんが亡くなったと、一度だけ手紙が届いたよ。何番目かの妹だか、から」
「…………そうか。じゃあ、もう何も未練はないな」

 竜胆が心配になるほどの長い沈黙。紫蘭がその間に何を思ったかはわからない。その表情は少し憂いを帯びてはいたが、晴れ晴れとしているようでもあった。

「さて、そろそろ、君たちの記憶を消そう。これ以上争っても仕方ないだろう。僕は君たちを殺したいわけじゃない」

 ファルスはさすがに竜胆を泣かせてバツが悪かったのか、しおらしくそんなことを言った。
 しかし、竜胆は抗った。ファルスの予想もしない形で。

「待って! いや、お待ちください、御館様!」
「え?」
「竜胆?」
 
 竜胆は、両膝を折り、両手を握り締め、ファルスに祈るように頭を垂れた。

「私たちに、このクランの監督生をさせてください。自由なばかりではいけません。本当の淑女は、秩序の中でこそ生まれるのです。御館様が動けぬ分、我らが手足となって働きましょう」
「たち!? 私も巻き込まれてる!?」
「へー、それは良いね」
 
 ファルスは竜胆の急な提案に驚いたものの、内容にはいたく乗り気のようだ。有無を言わさずシステムに組み込まれている紫蘭が悲鳴を上げる。

「一日に一回は、学校のように、私たちが彼女に授業をしましょう。いくら繭期だからといって、頭がお花畑では美しくありません。それに、御館様からのご命令を伝えるにも、手紙だけでは難しいでしょう」
「そうそう! そうなんだよ。たまに読まずに捨てられたりするしさあ。一人だとトラブル起きた時に手が回りにくいし、フォローが大変なんだよねえ。リリーたちがなんとなくのリーダーではあったけど、表向きはみんなと同い年で対等の立場だし、彼女たちは性格的に不向きだからねえ」
「理解してもらえて嬉しそうだな、おい……」

 半分呆れて紫蘭がつぶやくが、盛り上がる二人の耳には入っていなかった。
 そして、竜胆はどこまでも真剣で切実だった。さらに深く深く頭を垂れた。

「お願いします。私の主となってください。私には……私は……」

 私は支配されなければ生きていけない。

 TRUMP。真なる創造主。
 
 我らヴァンプの『父』であり『神』よ。

「私をお救いください……」 
「……僕はキミが思っているようなモノじゃないかもしれないよ」

 ファルスは自嘲するかのように笑った。竜胆は首を振った。もう真実は彼女の中で完成していた。それで十分だった。

「貴様がチャラいことなど、もうバレてるだろ。これ以上酷いのか?」
「紫蘭……、キミこそ、僕に仕えるなんてできるのか? 暴言を吐き続けるなら、僕はキミをすぐに罷免するぞ」
「わかったわかった。もう金輪際、悪くは言わん。いや、言いません、御館様」

 紫蘭は神妙な顔になって、竜胆の隣で片膝をつき、服従を示した。

「私はこのクランが好きだ。過去の事情はどうあれ、少女たちはここでノビノビと明るく過ごしている。その姿を見ているのが幸せだ。私はこのクランをずっと守っていきたい。それこそ永遠にでもな」
「そいつは嬉しいねえ」
「変態と趣味が一緒というのも困ったものだがな」
「じゃあキミも変態じゃないか!?」

 紫蘭は吹っ切れたのか、呵呵と楽しそうに笑った。

「冗談だ。それに私にも戻る場所などない。たとえ30年経っていようが、いまいがな。それに……」

 紫蘭は自分で言っておきながら巻き込んだことを申し訳なさそうにしている竜胆の肩を、グッと抱き寄せた。

「隣には永遠の美しさを保つ優しくやらしい嫁がいる。そんな幸せなことがこの世にあるか?」
「ちょ、ちょっと紫蘭!?」

 顔を赤らめる竜胆とドヤ顔の紫蘭を見て、ファルスは脱力したように呆れたため息をついた。

「あー、そう……。好きにしてくれ。でも、頼むから風紀を自分たちで乱さないでくれよ」
「そんなことしません! ……って、じゃあ!?」

 竜胆が見ると、ファルスは頷いた。

「ああ。正式に任命するよ。僕の楽園作りを手伝ってくれ」
「あ、ありがとうございます」

 竜胆は震え、歓喜の涙をこぼした。

「私の『父』そして『神』よ……」

 体中が支配される充実感で満たされていくのを感じる。少し奇妙だが、それが彼女の幸せだった。

 竜胆は新たな神に拾われたのだ。


 竜胆、紫蘭、ファルス、リリー、スノウ。
 この奇妙な関係性はこの後300年続く。それはまた別の物語。

【リンドウは一人咲く 終】
【その5から続き】

「あー、ヒマだ! ヒマすぎてあっという間に即身仏!」
「うわあ、急速に干からびてミイラになってるー!?」
「なにー、ミイラだってー? ピラミッドを探検だー! 墓荒らすぞー。お宝盗むぞー!ピラミッドパワー!」
「明るい盗掘犯だな。ファラオに呪われろ!」

 今日も三馬鹿トリオは元気だ。昼食を食べて、即コントである。カトレアが「ヒマじゃないのはご飯を食べる時だけだー」と豪語(?)するだけはある。、

「ふぁ~ぁ、今日も世はなべてこともなし。桃栗3年ナスターシャム、ローズは9年で成り下がる、カトレアの馬鹿めが18年♪ ……食べたら眠くなってきた。我々は昼寝でもしよう」
「そう言いながら、当たり前のように私の太ももを枕にしないで」

 三馬鹿コントを遠目で見ながら、竜胆と紫蘭は中庭のベンチに二人座って、食後の一時を楽しんでいた。竜胆はダラダラするのは好きではないが、食後の眠気には勝てない。ウトウトとしかけた時、おもむろに紫蘭が起きあがった。

「竜胆。行こう」
「ふぇ!? どこに?」

 紫蘭はシッと人指し指を立てると、『あれだ』という風に顎をしゃくった。見れば、なるほど、リリーとスノウが、いつになく険しい顔で一心不乱にどこかに向かっている。

「どうしたのかしら? なんだか深刻そうだけど……」
「尾行すればわかる」

 紫蘭は、あっさり言うや、気配を消し、足音を殺して二人を追跡し始める。

「ええ~? いや、私はそんな尾行とか無理……、見つかっても知らないからね」

 足音を殺すなんて芸当は真似できないし、身長も大きくて目立ちやすく、はっきり言って尾行には向いてない。だが、心配は杞憂だった。リリーたちは何やら思い詰めた様子で、周囲のことなどまるで目に入っていない。難なく後を追うことができた。
 二人は滅多に使われることのない建物の端にある集会場に入っていった。

 
「話って何? 愛の告白かな」

 ドアの隙間から部屋を覗くと、リリーとスノウが、ファルスと対峙していた。ファルスは余裕のある笑顔で応じているが、リリーの顔は険しく、スノウは怯えた青ざめた表情で、よく見ると身体も小刻みに震えていた。 

「先にお礼を言わなければならないわね。この前は助けてくれてありがとう」
「どういたしまして……。うん、明らかにそれが本題じゃないみたいだね」
「私も助けてもらって問い詰めるなんてしたくないわ。でも、聞いておかなければ、私の気が収まらない。……これなんだけど」

 リリーが手に持っているのは、毎日飲む『お薬』だ。繭期の症状を抑えるために絶対に必要な薬。そう聞かされ、特に疑問なく飲んでいるが、何か問題があったのだろうか。身体に変調をきたした記憶など、少なくとも竜胆にはない。

「薬がどうしたんだい?」
「ニオイが同じなの」

 スノウがファルスから目線を逸しながら、震える声でポツリと答えた。

「この前、リリーを助けようとしたあなたが傷を負った時、飛び散った血を私も浴びたわ。その時に、嗅いだ血のニオイと、この薬を潰した時に出るニオイがまったく同じ。そうとしか思えないの」

 『お薬』は少し柔らかい固形状の物体だ。確かに噛み潰すとクセの強い味やニオイがするのは知っているので、みんなそのまま飲み込む習慣がついている。そのため、どんなニオイなのか記憶にない。

「私は大きいのを飲むのが苦手だから、いつも小さくして飲むから」
「へえ、面白い発見だ。スノウは鼻がいいんだね」
「良い訳じゃないわ……鼻につくから、残るの」

 スノウは涙をこぼさないよう懸命に堪えていた。心の優しい子だ。こうやって糾弾をしなければならないこと自体が辛いのだろう。しかし、結果的に言葉は酷くきついものになったので、ファルスも苦笑する。

「手厳しいね。偶然の一致だと思わなかったのかい?」
「私もスノウに言われて、そうとしか思えなくなったから、このクランを隅々まで調べたのよ。そしたら、見つかったわ。あなたの血を使って『薬』が作られる、地下の生産工場をね!」

 リリーが決意に満ちた眼差しでファルスを睨む。ファルスは一瞬スッと目を細め、そして、哄笑した。

「あっはははは、なーんだ、そこまで見られてたのか。きっちり証拠を揃えて裏を取ってから抗議にくるところが、キミの怖いところだよ、リリー」
「何が可笑しいの!? あなたは血を飲ませてどうしたいの」
「いやいや、あくまで繭期の症状を抑える薬だよ。血は、そうだなあ、簡単に言うと、長生きできる効果を付与してるというのかな」
「ふざけないで!」

 パァンと部屋に音が響く。リリーが激高して、ファルスの頬を張ったのだ。

「痛たた」
「何を企んでるの!? そ、それとも自分の血を飲ませて喜んでるただの変態?」
「酷いことを言うなあ。もう500年の付き合いなのに、なかなか仲良くなれない。アッハッハ」
「……え? ははっ、何を言ってるの?」

 リリーは一瞬耳を疑い、そして、悪質な冗談だと判断し、笑い飛ばした。ひきつった声で。スノウは眉を潜め、ファルスの顔を穴が空くほど見つめている。

「まさか、今、500年って言った? 子どもみたいな嘘をつくのね」
「言ったよ。だから、長生きできるって説明したじゃないか」

 ファルスは肩をすくめ、聞き分けのない子どもを諭すように、ゆっくりと話した。

「リリー。僕は『さっきから何一つ嘘もついてないし、冗談も言ってないんだ』」
「だって、意味がわからない! そんなこと信じろっていうの!?」

 リリーは涙目で悲痛に叫んだ。荒唐無稽な、お伽話としても稚拙な話である。しかし、彼女は、根っこでそれを信じてしまっているのだろう。リリーの肩を抱くスノウも顔を歪ませ、必死で叫び出すのを我慢しているようだった。
 ファルスは心底愉快そうに微笑んだ。

「キミたちは、本当に勘がいいよ。これでもう気づいたのは4度目かな。100年に1度のペースだね」
「4度目!? そんなの私、覚えてない! もう変なこと言うのは止めて!」
「そろそろ限界だね。もう大丈夫だよ。僕が、全部、忘れさせてあげるから」
「えっ……」

 リリーが反射的に耳を押さえた。あれは、おそらく、耳に、いや、脳に直接不快な音が鳴り響くような、そんな感覚が、彼女を襲っているはずだ。

「まさか! イニシアティブ!? 噛まれた記憶なんて!」
「やめて、ファルス……」
「おやすみ……。目が覚めたら、また、いつもの毎日だ。悠久の時を一緒に過ごそう」
「……うっ」
 
 ほんの少しの呻き声と共に、二人は折り重なるように、ゆっくりと床に倒れた。どうやら眠っているようだ。

「キミたちが気づくたびに、記憶は消してるからね。何も覚えてなくて当然だよ。僕の最高傑作」

 ファルスは二人の前にしゃがむと、愛おしそうに二人の髪の毛を撫でた。ファルスにとって彼女たちは何なのかわからない。しかし、とても大切にしているのはわかった。

「500年だと? そんな馬鹿な話があってたまるか」

 一連の異様な流れを扉の隙間から目撃した紫蘭が、小声で吐き捨てる。

「寿命は等しく訪れるものだ。人間でもヴァンプでも。あいつが何を企んでるのか知らんが、与太話を真に受けても仕方ない。真相を突き止めなければ」
「ひとつ、与太話じゃない、可能性はあるわ」

 竜胆は、隠しきれない興奮が声に滲むのを感じた。
 500年を生きる存在。殺しても死なない身体。材料が揃いつつある。
 紫蘭も同じ存在を思い浮かべたのか、ハッと目を見開いた。

「まさか!」
「覗き見は趣味が悪いんじゃないか?」
『!?』

 不意にかかった声に驚いて、竜胆たちは声にならない悲鳴を上げた。いつの間にか、ファルスが扉から顔を出して、二人を見下ろしていた。竜胆はヘナヘナと腰を抜かしてへたり込む。

「誰かが見てるとは思ったんだけどね。君たちだったか」

 どうやらすでに気づいていたらしい。紫蘭は肩をすくめた。

「面白い劇を見させてもらったよ。……ファルス、貴様、目撃されてもそれだけ余裕をかましてるということは、すでに私たちのイニシアティブも取っているな?」
「正解」
 
 さすが紫蘭である。こんな状況でも冷静で鋭い推理だ。
 
「ふん、せっかくだ。記憶を消される前に、真相を聞かせてはくれないか」

 紫蘭は強かにも、完全に主導権を握られた状態で、なお話のペースを握ろうとしている。おそらくは、銃を使う隙を窺っているはずだ。ファルスも紫蘭の意図に気づいてるはずだが、笑顔で同意した。

「ははっ、それはいい。僕もなかなかできない話だからね。たまに誰かに打ち明けたくなるんだよ。じゃあ、一度部屋に入って。ほら、竜胆も」

 ファルスが余裕の笑顔で、床に座ったままの竜胆に手を伸ばす。

「あ」

 竜胆も油断していた。
 ファルスは、手が届く距離まで、竜胆に近づいてしまった。
 男が、ニオイを感じるほど、すぐそばにいる。

「バカっ!」

 紫蘭の怒鳴り声が、聞こえた、気がした。

 目の前が真っ赤に染まる。
 
 朱い朱い色。

 獲物を求む、修羅の色。

「あああああああああああああああああ!!」
「うわっ!?」

 竜胆の身体がバネのように跳ね上がり、ファルスの首めがけて、頭が大砲のように食らいつく。ファルスは寸でのところでかわし、バックステップで距離を取ろうとするが、竜胆は間髪入れずに地面を蹴り上げ、距離を詰めた。

「ちょ、マジこれ!?」

 かろうじて、激しいニの撃、三の撃もかわす。いつもおしとやかな竜胆が野獣のような動きをするので、どうにもやりにくい。狂気を纏った血走った瞳も、まるで別人のようだ。紫蘭が苛立たしげに優男を罵る。

「だから近づくなと何度も警告したはずだ!」
「そういう意味だと思わないだろ!」

 異常な動きの速さに焦り気味だったファルスだが、竜胆が噛みつき以外を狙っていないことに気づき、ペースを取り戻し始めた。

「ガアァ!」
「おっと。これでも昔は剣術は得意でね。成績良かったんだよ。エリート貴族たちですら、僕には敵わなかった」

 軽口を叩きながらも、ファルスは徐々に追いつめられていた。このままでは、竜胆は自分を『噛む』まで収まらないだろう。

「仕方ない。話はまた今度にしよう。止まれ、竜胆!」

 イニシアティブを発動させる。しかし、竜胆の動きにまったく変化がない。

「効かない!? いや『届いてない』のか?」

 イニシアティブがなぜ起こるか。その詳しい仕組みは、ヴァンプたち自身でも理解できていない。だが、脳への働きかけで、相手を意のままに動かすらしい、というのが現代学説の主流だ。つまり、今の竜胆は脳がまともに動いていないのかもしれない。
 
「わかった。いいよ。噛めばいい。でも、どっちが上位か脳じゃなく『本能』に教えてあげないとね」

 ファルスは動きを止めると、両手を大きく広げた。待望の再会をした恋人同士のように、竜胆がその胸に飛び込み、そして、首に勢いよく噛みついた。

「うあうううがうううううう」

 尖った歯が容赦なく首の根本あたりに食い込む。とても少女とは思えない強い力に倒されそうになるが、何とか全力で押し返して踏ん張った。

「抱きしめられるのは嬉しいけど、もう少し加減してくれないかなあ」

 骨さえ折れてしまいそうな熱い抱擁に、汗を滲ませてファルスは苦笑した。話など無論通じるわけがない。こうなったら、獣のように、純粋な力関係で従わせるしかない。

「キミに、傷をつけるよ」

 ファルスは首筋に軽く口をつけて狙いを定めると、思いっきり噛みついた。
 イニシアティブはすでにファルスが取っているのでそれは変わらない。そうではなく、生き物としてマウントを取るつもりなのだ。
 ファルスにとっては根比べだった。少なくとも竜胆が噛み続ける限り、こちらから離すわけにはいかない。長い長い時間が過ぎた後、不意に、竜胆の力が不意に緩み始めた。牙が離れ、目から狂気が薄れ、呆然と焦点の合わない目で虚空を見つめると、クタリと崩れ落ちた。
 ファルスは額に浮かんだ大粒の汗を拭い、大きく息を吐いた。

「ふう、体力が尽きたかな。竜胆が女の子で助かったよ。女の子だから、傷跡が残りにくいように噛むのも気を遣ったけどね」
「そうだな。竜胆を止めたのは礼を言おう。だが、お別れだ、ファルス!」
「あ」

 見ると、紫蘭が銃口をファルスに向けていた。
 そうだ紫蘭が自身のイニシアティブを取られた相手を生かしておくわけがなかった。
 理解すると同時に銃声が鳴り、弾丸が三発、ファルスの頭を貫いた。

【その7へ続く】
【その4から続き】

 クランの地下には膨大な書物が収められた図書室がある。
 管理が杜撰なため、表紙が色あせたり、ところどころ虫が食っている本もあるが、クランに暮らす大半、いや、およそ9割の少女たちは本を読む習慣がないので、特に文句が出たことはない。また、本が好きな子は、目に付いた本を片っ端から読んでも読み切れない程の数があるので、文句を言う暇がないようだ。
 竜胆も数少ない読書を愛する一人である。とはいっても、難しい学術書を読むだけの頭も意欲もないので、読むのはもっぱら物語の類である。
 いつものようにお気に入りのシリーズが置いてある一角に向かおうとすると、遠く離れた机に誰かが座っていることに気づいた。

「あら」
「ん? ああ、竜胆じゃないか」 

 ここに先客がいること自体、非常に稀なのだが、それがファルスだったので二重に驚いた。

「本が好きなんて知らなかったわ」
「好きってわけじゃない。ただ、調べたいことや研究したいことがあるなら、本を読むのが一番だからね……って、おっと」
「?」
「紫蘭に、キミと話すなと警告されていたな。撃たれちまう」

 意外と真面目な一面もあるものだ。竜胆は可笑しくなってクスリと笑った。

「互いに独り言を話せばいいんじゃない。それぐらいなら、紫蘭も怒らないわよ」

 そう言うと、ファルスは意外そうに右の眉を上げた。

「へえ? 思ったより頭が柔らかいね」
「でも、そこから一歩でも近づいたら、全力で逃げて、紫蘭に言いつけるから」
「こんなに離れてるのに!?」
「良い距離感を保つのが、仲良くする秘訣よ」
「仲良くなれる気がしない距離だ……」
 
 確かに30歩分ぐらいは離れたこの物理的距離を、心理的距離で埋めるのは難しい。

「にしても、竜胆こそ珍しいね。紫蘭と一緒じゃないのかい?」
「あの子は図書室が嫌いなの。文字を読むのが苦手みたい。頭は良いんだけど……。何か覚えなければいけないことがあったら、歌にして覚えやすくしたりね。万能なんだけど、偏ってるの」
「そういえば、歌ってることが多いね。静かな夜は、たまに風にのって歌が聞こえてくるよ」
「男子寮まで聞こえてるの? それは恥ずかしいわね……。注意しておかなくちゃ」

 それを聞いて、ファルスがクックックと笑う。竜胆は少しムッとして睨み付けた。
 
「何がおかしいの」
「ごめんごめん。いや、親と娘みたいだなって」
「……まだ、そんな歳じゃ、ありませんけど?」
「わああ、目が怖い……。怒らないでくれ。そういう意味じゃなくてさ、キミたちは親子みたいだったり、時には恋人みたいに、とにかく仲が良くて……羨ましいよ。親友なんだろ」

 どこか遠い目になったファルスを不思議そうに見ながら、竜胆は首を傾げた。

「やっぱり、男の子の友だち、いないの?」
「やっぱりってなに!?」
「男友だちがいないから、女子寮にきて、女の子と遊んでるのよね」
「ああああ、それメッチャ傷つく! 違う! 僕は女の子が好きなだけ! ナンパ野郎でもチャラ男でもいいから、その理解だけは止めてくれええ!」

 ファルスが頭を抱えて悶絶している。悪気があって言ったわけではなかったのだが、思わぬダメージを与えてしまったようだ。

「わかったわ、チャラ男」
「あ、ああ……なんだこの不本意な感じ。いや、そうじゃなくて。紫蘭とはどうしてそんなに仲が良いんだ?」
「どうしても何も……気が合っただけよ。でも、とても感謝してるわ。紫蘭がいなかったら、私は、もっと死んだように生きていたはずだもの」

 もしクランに来て、紫蘭と同室になっていなかったら。もう今となっては、想像したくもない、もしもの世界だ。

「死んだように、ねえ……。でも、竜胆はお嬢様だろ? 大事に育てられたんじゃないのか?」
「お嬢様……だったのかもしれないわね。お父様とお母様、ばあやに執事、みんな私を優しく見守ってくれたわ」
「ばあやに執事か。さすが血盟議会の幹部ともなると、裕福だねえ」

 雇用主と使用人の関係ではあったが、彼らも含めて、みんな大事な家族だった。彼らも、そういった垣根を超えて、愛情を注いでくれたと思う。
 
「お父様はどんな人?」
「そうね……。支配的な人」
「支配的?」

 物騒な単語に聞こえたのか、ファルスが眉をひそめた。
 
「私の一日の行動から、毎月の目標、ひいては数年かけて私をどのような淑女に育てるか。すべての計画を自分で綿密に考えて、時間刻みで、私にその通り動くように指示したの」
「なんだよそれは。子どもは親の人形じゃないぞ」

 呆れるファルスをチラッと見て、竜胆は淡々と続けた。

「1から10まで、私のことはすべてお父様が決めてくれたわ。言いつけを守れなかった時は、とても厳しく叱られた」
「酷いなあ」
「でもね、私はそれが心地よかったの。幸せだった」
「え?」

 聞き間違いかとこちらを見たファルスに、竜胆は哀しく微笑んだ。

「言うことにさえ従っていたら、お父様はとても優しくしてくれた。可愛がってくれた。いつも愛情たっぷりに抱きしめてくれた。それで何の問題もなかったし、幸せだったわ」
「……うーん、反抗はしなかったの? お父様と違うことをしたくなった時は?」
「それがね。なかったの」
「ない?」
「私は主体性がないの。産まれたときからなのか、それとも、そんな風に育てられたからないのか、自分でも判断はつかないのだけど」
「……」

 竜胆の父は紳士だった。常識があり、知的で、判断に間違いはなかった。父の指示を疑問に思うことすらなかった。

「そんな子ども、おかしくないか?」
「子どもにとって、親は絶対的な存在でしょ。おかしくないわ」
「僕がひねくれてたのかなあ……」

 解せないとばかりに首をひねるファルス。
 
「お父様は“神”の敬虔な信徒でもあったわ。毎日の礼拝も義務だった。でも、それもイヤではなかった。お父様が信じるならば、私にとっても信じるに値するものだったから」

 『竜胆、何か辛いことがあったら祈りなさい。幸せなことがあっても祈りなさい。そうすれば辛いことはやがて消えるし、幸せは長続きする』。それも口癖だった。

「父を信じ、神を信じながら生きる。私の世界は、それで満ち足りてたの」
「じゃあ、繭期とはいえ、このクランに連れて来られたのは災難だったね。お父様から離れたら『死んでるも同然』になるはずだ」
「……そうね。繭期は厄介だわ。本当に」

 繭期は少女たちのすべてを狂わせていく。歯車がズレる。大人として生きるのは大変だというけど、大人になるのもこんなに大変なのかと思わされる。

「そういえば」
「ん?」

 唐突な話題転換にファルスは首を傾げた。

「この前、斬られたところ、大丈夫?」
「……ああ、人間にやられたあれか。まー、かすり傷だったからね」
「勇敢だったわ。リリーを助けてくれてありがとう」
「いやいや、レディを助けるのが紳士の役目だからね」

 誇らしげな顔。少年の表情。それは本当の顔なのか。
 竜胆は、身体をまっぷたつにするほど刃がめり込んだ、ファルスの姿を思い出す。

「本当に……無謀なほどに勇敢だった。ええ、まるで『自分は死なない』と確信してるみたいに」

 身を投げ出して助ける、といえば聞こえがいい。男子たるもの女性を助けるには、それぐらいの格好をつけるものなのかもしれない。しかし、それにしても、刃物を見たら、もう少し『自分の命がなくならないように』気を遣うものだ。
 あの光景が幻だったとしても、まずそれがおかしい。

「何が言いたい?」

 低い声で探るように竜胆に問うてくる。
 『おまえはそれ以上踏み込むのか、その覚悟はあるのか』というように。
 しかし、竜胆はあっさりと見当違いの答えを返した。

「私、ファルスに期待しているの」
「え?」
「私の、蜘蛛の糸は、あなたなのかもしれない」

 竜胆はそれだけ言うと、戸惑うファルスに背を向けた。
 予感はある。だが確信がない。 

(“神”に投げ捨てられてたこの身を拾うものがあるとすれば、それは……)

 竜胆は朧気な期待を胸に、友が待つ部屋へと帰った。
 
【その6へ続く】
【その3から続き】

 単調な生活が続くクランにも、ごく稀に、数年に一度は事件が起こる。
 夕飯も終わり、あとは就寝するだけという時刻に、クラン中に響き渡るような少女の悲鳴が響いた。

 「! 紫蘭、今のは」
 「行くわよ!竜胆」

 竜胆が確認するまでもなく、紫蘭が銃を手に部屋から飛び出した。慌てて竜胆も後を追う。
 騒然とする女子寮内を無視して、階段を下り、ロビーを抜けて、外へ出ようとする。

「場所はわかってるの!?」
「いや、わからんが、外だと目安をつけた。今のはスノウの悲鳴だろう。夕食の時、リリーとスノウが外を散歩しようと話していたのが偶然聞こえたからな」

 名推理というか、よく聞き分けたものである。この辺りの土地は1ヶ月のうち20日以上は雨が降るため、晴れた日は貴重だ。この特殊な地域性こそが、このクランを人間たちの目から隠す働きもあるのだが、中にいる者にとってはストレスの一因にもなる。外出禁止の禁を破ってでも、こっそりと抜け出したくなる気持ちはわかる。

「ん、ビンゴ」

 門を出て少し走った先に、人の姿が見えた。こちらに背を向けているのがファルス、スノウ、そして、その先にいるのがリリーと……。

「え、人間!?」

 ガタイのいい泥まみれの大男である。男はリリーの細い首に太い腕を巻き付け、大きな半月刀を突きつけている。

「お願い!リリーを離して!」
「うるせえ!クソヴァンプ! おまえもこいつもぶった切るぞ」

 スノウの悲痛な叫びは、しかし、男の野太い怒声にかき消された。
 ファルスがやれやれとばかりにため息をつく。

「粗野で野蛮なケダモノだなあ。美しくない」
「黙れ、バケモノのくにせ! 男のくせに女みてえなツラしやがって!」
「はいはい。で、要求は何?」

 うんざりしたようにファルスが尋ねる。

「俺をこの森から出せ」
「あー、迷い込んじゃったわけね……。昨日の大雨でどこかに穴が空いちゃったかな」

 面倒なことになったと天を仰ぐファルスに、紫蘭が背後から声をかける。

「どういう意味だ。クランの裏は迷いの森なのか?」
「ん? ああ、紫蘭か。いや、まー、普通の森なんだけどね。道案内がないと、クランにはまずたどり着けないように、目くらましがしてあるんだよ」
「ほー。初耳だ」

 竜胆も初めて聞く話だった。クランに来たときは必ず道案内の男と一緒に、と連れられてきたのだが、そういう意味があったのか。

「貴様が森の管理人のような口ぶりだな」
「いや、細工を手伝わされたことがあってね。たまたま知ってただけだよ」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる! 俺をこの薄気味悪いところから早く出せ!」

 男は恐怖で混乱しているようだ。よくよく見れば、服も擦り切れて穴だらけだし、泥まみれの顔から見える肌の血色も悪い。一日中この森で迷っていたのだろう。

「どうする? 撃つか?」
「おいおい、キミの射撃の腕を信用してないわけじゃないが、リリーがいるのにそれはないだろう。ここは僕に任せてくれ」
「任せろ? 大丈夫なのか?」

 ファルスを信用してない紫蘭が苛立った声で確認する。ファルスはそれ以上にも増して剣呑な目つきで頷いた。

「殺させないよ……絶対にね」

 言うや否や、ファルスは両手を挙げて、男にズカズカと近づき、後ろを向いて座り込んだ。

「お、おい、何の真似だ」
「道案内してやるよ。だからその子を離せ。そして僕の背中に剣を突きつけろ。そのまま後についてこい。それでいいだろ」
「なっ……?」
「ファルス!そんな……」

 要するにリリーと人質を代われということらしい。庇われたリリーも思わぬ献身的な行動に困惑している。その重さを考えると、素直に喜べないのだろう。

「正気か? 格好をつけすぎだぞ」

 紫蘭もまさかファルスがそういう身の投げ出し方をするとは想像していなかったようだ。顔をしかめながらも、いつでも撃てるようにだろう、静かに銃の撃鉄を起こしている。

「油断させておいて、反撃するつもりじゃねえだろうな。この女を先に殺すからな」
「もー、この体勢からどうしろっていうんだよ。ヴァンプは魔法が使えるわけじゃないんだぞ。何なら裸になってもいいんだけど、レディたちの前だからね」

 まだ怯えてる男に軽口を叩いているが、あれでは挑発に聞こえないだろうか。何もできない竜胆はハラハラするばかりだが、男はもはや肉体的にも精神的にも余裕がないのだろう。言われた通りに、ファルスに近づくと、リリーを突き飛ばして、ファルスの背中に剣を突きつけた。

「キャッ!」
「よし、動くなよ」
「痛っ、先っぽチクッとしたぞ」
「うるせえ、本気で刺されたくなかったら早くしろ」

 ファルスがどうするつもりなのかは知らないが、多少は事態が好転した。ホッとして竜胆が倒れたリリーに駆け寄ろうとしたのも束の間、リリーが右手に大きな石を持ち、男の頭に投げつけた。

「ぐわっ!」
「ファルス、逃げて!」
『バカっ…!』

 リリーの愚行に、ファルスと紫蘭が同時に叫んだ。責任を感じたのだろう、何とかファルスを助けたかったらしいが、完全に逆効果だ。
 極限状態にある男はファルスを無視して振り返り、リリーを睨み付けた。

「……」
「あ、ああ……」

 獣のような雄叫びを上げ突進してくる男を、リリーとその後ろにいた竜胆は蛇に睨まれた蛙のように硬直して見上げていた。逃げなければいけないと頭ではわかっているが、身体が動かない。
 男が剣を振りかぶり、力任せに振り下ろす。
 その瞬間、リリーの身体が吹き飛んだ。

「僕のリリーを、おまえのような小僧に殺させてたまるか」
 
 バシュッと鈍い音がした。大量の血しぶきが、周囲を赤黒く染める。

「いやああああああああ!」
 
 リリーが絶叫する。ファルスの倒れた姿を見て。
 ファルスがリリーを突き飛ばして庇い、斬られたのだ。

「!!! 貴様もバカだっ!」
「ぐっ!?」

 紫蘭の怒声と同時に放たれた銃弾が正確に男の眉間を貫く。男は背中から倒れると、ピクリとも動かなくなった。残酷だが、襲ってくる人間に容赦など抱かないのがヴァンプである。

「敵は躊躇いなく殺せ。殺されるぞ」
「……もう手遅れよ」

 竜胆は思わず呟いた。紫蘭のその説教は、もうファルスに届いてない。死んでから「殺されるぞ」もないものだ。
 
「何が手遅れだって?」
「ひぃ!」

 当の本人の声が聞こえ、竜胆は驚愕して飛び退いた。

「いてて。勝手に殺さないでくれよ」
「うそ……」

 右肩を左手で押さえながら、しかし、特に命に別状がある風でもなく、ファルスが立っていた。

「よかった……。ごめんなさい……ごめんね、ううう」
「ありがとうファルス……。リリーを助けてくれて」

 安堵で泣き崩れるリリーを、スノウがふわりと優しく抱きしめる。

「ふん、死んだと思ったのに、しぶといな。愚策だったが、結果的に全員助かったのだから、良しとしてやる」
「手厳しいな。でも、紫蘭がいて助かったよ。この面子じゃ戦闘力あるのはキミだけだ」

 むしろ文系で戦いからはおよそかけ離れたタイプばかりである。

「……」

 リリーたちがファルスを讃える中、竜胆は青ざめた顔で今見た光景を思い出していた。
 三人は立ち位置と角度を考えると、ファルスが人間に斬られた瞬間を正確には見ていない。だから、おそらく「剣が直撃はせず、致命傷は避けられた」と解釈したのだろう。
 しかし、目の前にいた竜胆ははっきりと見ていた。
 その剣がファルスの肩から心臓を貫通し、上半身が『取れかける』ほど食い込んだ、その凄惨な光景を。

(恐怖が私に見せた幻だった? でも、あの血は……)

 すべて夢を見ているかのように、目の前の光景に現実味が感じられない。この身に浴びたファルスの血の感触とニオイだけが、苦く竜胆の心に侵食していくようであった。

 

【その5へ続く】
(その2から続き)

 クランの一日は単調だ。しかし、苦痛が少なく、リズムが決まっているため、時が過ぎるのは意外と早い。
 朝。起床したら、最低限身なりを整えて朝食。朝食が終わったら、クラン内の掃除を30分。場所は数人で班が作られていて持ち回り。女子しかいないのであまり汚さないし、潔癖な掃除好きが各班に一人はいるので、さほど大変な作業ではない。
 唯一の義務といえば、この掃除と夕食前に飲む『お薬』の時間だけだ。朝昼夜の食事はすべて食堂に行けばクランに雇われている中年の女性が作ってくれる。洗濯も同じく専門の職人がいるので、自分の名前を書いた麻袋の中に洗濯物を入れて、所定の場所に置いておけば、夕方には自分の部屋のドアの前に届けられている。下着を他人に洗われることに抵抗がある女子は自分で洗ったりもするが、無頓着な子は「服も下着も脱いだら袋につっこんでおけばいい」と認識していない。

「ふぅ……、食事をして、風呂に入り、一日の汚れを落とす。そして、ベッドに寝転がる。今日も1日が終わったなあ……あああ……」
「ちょっと、紫蘭。まだ消灯には早いわよ。ゴロゴロしないの」

 竜胆は濡れた髪を柔らかい布で丁寧に拭きながら、紫蘭をたしなめた。寮の部屋は大部屋ではないものの、2人または3人ずつ部屋割がされている。
 ふたりは同室な上に、食事も風呂も一緒に入るので、ほぼ一日中一緒にいることが多い。それでもストレスを感じたことはまるでなく、ふたりでいることが、むしろ当たり前になっている。
 紫蘭は竜胆の小言などまるで気にした様子もなく、うつ伏せに寝たまま、トロトロに蕩けた顔だけこちらに向けて、眠そうにつぶやいた。

「そう……固いことを……言うな……。二人でいる時ぐらい……気を抜きたい……のだ……へけっ」
「はいはい。そんなにいつも気を張ってたなんて知らなかったわ、ハム太郎」

 もちろん竜胆も本気で説教しているわけではない。実際気の抜けたやり取りではある。
 温まった身体が気持ち良いのか、うとうととし始めた紫蘭だったが、おもむろに起きあがってベッドの中央にあぐらをかいて座ると、チャシャ猫のようにニヤリと笑った。

「ふふふ、しかし、こうしてると、結婚した夫婦みたいではないか? 美しい妻がいて幸せだ」
「うーん、だとしたら、もう熟年夫婦よ。枯れきってるわ」
「枯れていても、連理の枝のように永遠であればいい。水分がなければ、腐ることもないさ」
「……それは口説き文句? 格好つけてるつもり?」
「インテリジェンスがあっていいだろ。さあ、比翼の翼のように一つになろう。ささ、横に来るのじゃ。ちこうよれ」
「め、面倒くさい……。それに、そもそも、そっちが私のベッドよ」

 紫蘭はふたりでいると、時々スイッチが入って、ついていけないテンションになる。竜胆は諦めたように、隣に寝転がった。

「よしよし、枕がきた。……おお、天にも昇るような柔らかさ……」
「誰が枕か」
「いたっ」

 竜胆は調子に乗って胸に顔を埋めてくる紫蘭の脳天に手刀を落とした。紫蘭が恨めしげな目つきで見上げてくる。

「いけず……」
「あなたの言うとおりに乗っていったら、ゴールが見えなくて怖いのよ。……それにしても、今日はちょっとハイになりすぎじゃない? どうしたの?」

 一日で伸びる髪の毛ぐらい些細な変化ではあるが、いつもと少しだけ違う。はたして、紫蘭は遠い目をして、話し始めた。

「ファルスを見ていて、ちょっと思うことがあってな……」
「ファルス?」

 意外な名前に、竜胆は思わず問い返した。

「男嫌いの紫蘭が一体どうしたの?」
「まさにその男嫌いの話だ。竜胆、お前にも私が『なぜ』男を嫌いなのか話したことはなかったな」
「言われてみれば……」

 嫌い方が露骨なので、生理的に合わないのだろうと漠然と理解していたつもりだった。

「それに家族についても、話したことはなかったな」
「そうね。『田舎の豪族の出だ』とは最初に聞いたけど……」

 思えばあまりに大雑把な説明だが、竜胆も無理に他人の事情を探るタイプではない。そんなことを話さずとも、最初にこの部屋でルームメイトになってから、不思議と気が合ったのだ。

「それは嘘ではない。畑しかない田舎、豪族といっても土地が若干広い程度で、その一帯をでかい声と態度で仕切っていた程度のものだ。血盟議会など縁がない。その土地でしか通用しない典型的な内弁慶タイプだな」

「スラスラと自分の実家の悪口が出てくるわねえ……」

「そして、私はといえば、豪族の娘といえば聞こえがいいが、16人兄弟の9番目という中途半端な立場でな」

「16!?」

「ははは、驚くだろ。その数字をよく覚えておいてくれ。そんな娘の存在などあってなきがごとし。貴族の場合、次男は長男のバックアップというが、私など予備の予備のそのまた予備。いや、むしろ無駄飯食らいの穀潰し扱いだったな。このクランに預けられたのも、繭期にかこつけた『口減らし』に近い。柔らかく言っても、厄介払いだな」

「そんなこと……。心配で預けたんじゃ」

「『クランを出た後は、家に戻ってくるな。好きにしろ』と言われていても?」

「……」

 絶句。するしかない。

「いや、それが本題ではないのだ。気に病まなくていい。その16人にはある共通点があるがゆえに、共通していないことがある」

「……どういうこと?」

 突然の謎かけだが、さっぱり検討もつかない。紫蘭は淡々と続けた。

「全員、母親が違う」

「あー、そういう……ん? え? ええ!? 全員ってまさか」

「そうだ。父が女を取っ替え引っ替えして、そこら中で種付けをして、なおかつ、その女が誰一人被ってないということだ」

「……あーね」

 あんまりな話に、竜胆も少しおかしくなってきた。頭が痛い。
  
「今思うと、子どもをすべて家に引き取ったその甲斐性は大したものではあるが、しかし、子どもにとっては迷惑極まりない話だった。母親不在で、血が半分だけ繋がった子どもだけが、屋敷の中にウジャウジャいるんだぞ」

「うん……正直、想像が追いつかないわ」

「地元の娘から、都会の豪商の孫娘、娼婦……、いろいろいたな。最終的に隣家の私の幼なじみまで孕ませた時は、さすがに反射的に父を殴ったぞ」

 想像するだけで気分が悪くなってきた。しかし、毒を食らわば皿まで。もう遠慮するような話ではない。竜胆は恐る恐る気になることを質問してみた。

「……紫蘭はのお母様は?」

「私は少し厄介だぞ。血盟議会の幹部の妻だからな。不倫だ。不倫」

 聞かなきゃ良かった。

「私は不義の子というわけだ。しかし、父もクズの本領を発揮してな。幹部を怒らせるどころか、『このことを公にされたくなかったら』と脅して、私を引き取ることを条件に、養育費をガッポリぶんどったらしい。血盟議会の幹部ともなると、そういう醜聞ひとつで地位を失うこともあるからな。その弱みをついたわけだ」

「話が黒すぎるわ……」 

 加害者が被害者を脅すなんてあることを竜胆は初めて知った。知りたくなかった気もする。

「兄弟にはダンピールだって3人いたぞ。女であれば、種族も関係ないのだろう。むしろ、毛色が変わった生き物と交わることが刺激だったのかもしれぬ」

「下品……」

「そういうわけで『血は水より濃い』というが、そんな環境では、家族を保つ気にもなれなかったな。兄弟姉妹への愛情だって半分以下だ」

「……」

「まだ続きがある」

「まだあるの!?」

 さすがに竜胆も悲鳴を上げた。いい加減、精神にくるものがあるので勘弁して欲しい。しかし、ここで最後まで聞かないのも気持ちが悪い。竜胆は先を促した。

「うん。それだけで、すでに、男はどうしようもない生き物だと、根底に刷り込まれている。しかし、決定的な亀裂は、私が12歳の頃だ」

 嫌な予感しかしない。

「父に寝込みを襲われた」

「!」

「私は母親に瓜二つらしくてな。酔った勢いで、母を思い出して、夜這いをかけてきたらしい。幸いにも、すでに父親が嫌いだった私は、躊躇なく顔面に拳を叩き込むことができ、事なきを得たのだが……」

「十分におおごとだよ……」

 吐き気がする。

「だから、私は男が信用できない。もちろん、父は極端な例だとわかってはいるが」

「うん……」

 これだけのエピソードを並べられては、理解するしかない。

「家を追い出されたのはその事件のせいもあるかもな。ま、このクランに集まるのは、そんな厄介者、スネに傷を持つ者、はぐれ者、つまりは、家から疎んじられてきた者ばかりだ。どこのクランにも収容を許されなかった者たちが最後にすがりつく、最果ての場所」

 各地に点在するクランではあるが、それぞれのクランを運営するヴァンプによって、入所条件が異なる。本来、繭期のヴァンプの隔離こそが目的のため、条件などあってはならないのだが、やはり問題を抱えた子は、何らかの理由をつけて入所を断られてしまう。
 だが、ここのクランを創設した初代の『御館様』は、むしろ積極的にそういう問題のある子を集める傾向にあった。その理由はわからねど、子どもを厄介払いしたい親にとってはありがたい存在であろう。

「紫蘭も大変だったのね……」

「お前に比べれば大した事情でもないさ。それで、このクランに来て、竜胆に出会えたからな。今は幸せだ」

「もう、その流れで言われると照れくさいわ」

 竜胆は顔が赤らむのを感じた。これでは本当に口説かれてるのと変わらない。

「あ、それで、今の話とファルスに何の関係があるの?」

「ん?ああ、そうだったな。いや、竜胆がファルスを気にしてたのと」

「気にしてません」

 竜胆の即座の否定はスルーし、さらに紫蘭は続ける。

「ファルスが、男としては、少し不思議な雰囲気があると思ってな。胡散臭いとも言えるが」

「それは、そうかも」

 何かはわからぬが、妙に目立つのは、あの美しい容姿のせいだけではない気がする。

「用心した方がいい。何か裏があるかもしれんからな。ま、何かあったら、この銃で銃弾をぶち込んでやろう」

「それは最後の手段にしてね……」

「ちなみにだ」

「まだなにか!?」

「この銃は父親から唯一貰ったプレゼントだ」

「あら」

最後に心温まるエピソードだろうか。と期待したのも束の間、

「枕元にこの銃を置くようになったのも、父への用心のためだ。このクランを出たら、この銃であいつを撃ってやるのが、今の私の小さな野望だ」

最後まで殺伐としていた。竜胆は重い重いため息をつく。

「はぁ……なんだか疲れたわ。もう寝ましょう」

「私も疲れたが、今日は一人で寝るのが寂しい。このまま一緒に寝ていいかな」

「……仕方ないわね」

 欠伸をしながら、もぞもぞとにじり寄り、竜胆は小さな紫蘭の身体を優しく抱きしめ、目を瞑った。なんのかんのといって、3日に1度はこうやって寝ている。
 ふたりは胸の奥にある寂しさを紛らわすように、互いのぬくもりを感じながら、ひとときの眠りについた。

(その4に続く)