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霞ヶ関-永田町にて生活保護法改悪反対行動実施される

去る6月5日、東京・霞ヶ関ならびに永田町において、「STOP!生活保護基準引き下げ」アクションの主催による、生活保護法改正とそれに伴う生活福祉切り捨てに反対する抗議行動が実施された。


まず、13時30分頃から厚生労働省前において抗議活動と同時に、集まった参加者による個人誓願が行われた。厚労省前に並んだ参加者達から、同省職員に一人ずつ請願が手渡された。


その後、永田町に向けてデモ行進が出発。「生活保護法改悪反対!」「命綱を断ち切るな!」「申請権の侵害をやめろ!」などのシュプレヒコールを繰り返しながら、霞ヶ関の官庁街を進んだ。


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厚生労働省前で横断幕を掲げる参加者


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出発前のデモ隊

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参加者に取材するテレビ局クルー

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プラカードを掲げて抗議アピールするデモ隊


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水際作戦は全国各地で恒常化している


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「命を脅かす改悪反対!」

生活保護法改正反対を強い口調で訴えるNPO法人自立生活サポートセンター・もやいの稲葉剛氏


デモ隊は首相官邸前から国会議事堂・自民党本部方向へと進んだ。途中、日本共産党や社会民主党などの国会議員らがデモ隊を迎え、その趣旨に賛同する発言を繰り返した。


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デモ隊を拍手で迎える日本共産党の議員たち


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同じく日本共産党ならびに社会民主党の議員


最後は自民党本部前で作家の雨宮処凛氏によるアピールで締めくくられ、流れ解散となった。参加者は主催者発表で200名だった。



今回の法改正について、NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの稲葉剛氏は、「扶養義務強化では弱い世帯、とくに母子家庭が大きく影響を受ける可能性が高い」と問題点を指摘。さらに、安倍政権の進める改革について、「生活保護への締め付けはほんの入口。今後、年金や医療などにも手が加えられる可能性は大きい」とその危険性を指摘した。


なお、2013年6月14日(金)12時から13時には、社会保障切り捨てに抗議する「首相官邸前スタンディングアクション」が予定されている。



「STOP!生活保護基準引き下げ」アクション

http://nationalminimum.xrea.jp/  

今度は「生活保護支給は原則6カ月以内」と厚生労働省が自治体に通知か

先日、厚生労働省が示した生活保護改正法案の内容について、いわゆる水際作戦を合法化するなど、受給の機会を不当に困難にする可能性が高い項目が多数追加されていることは本ブログで紹介した。ところが、さらに生活保護受給について困窮者の不利益になるとしか思えない内容が、厚労省から通知されたとの報道が流れた。


5月17日、共同通信が伝えたところによれば、厚生労働省は17日までに、都道府県など各自治体に、生活保護による支援を原則6カ月以内にするとの通知を行ったという。


報道によれば、その理由は「生活保護受給者の就労を進めるため」であり、「無職の期間が長くなると就職しにくい傾向があるため、早期の対応を強化する」としている。

 

だが、「原則6ヶ月」が何を根拠にしているのか、報道ではまったくわからない。また、昨今の労働事情を考えると、6ヶ月という期間が必ずしも再就職・就業確保に十分な期間であるとは考えにくい可能性が高い。しかも、厚労省が困窮者に対してどのような具体的な支援策を準備しているのかも不明である。


さらに、就業が困難な傷病者の場合についての取り扱いなどについても報道には何の説明もない。


先日の改正法案にしろ、今回の支給を原則6カ月以内にするとの通知にしろ、厚生労働省の意図するところがまったく理解できない。これでは、生活「保護」ではなく、弱者切り捨て、困窮者排除の制度に堕してしまうのではなかろうか。


ともあれ、本日から週末となるため省庁への確認ができなくなる。週明けにでも、厚労省ならびに自治体への確認が不可欠であると考えるものである。私見ながら。



「生活保護法改正法案」への疑問と驚くべき内容

去る5月15日13時から、厚生労働省9回にある厚生労働記者会において、生活保護全国問題対策会議(代表幹事 弁護士・尾藤廣喜氏)による、「生活保護法改正法案の撤回・廃案を求める緊急声明」の記者会見が開かれた。


会見は弁護士の小久保哲郎氏のあいさつの後、発言者から生活保護の現状についての説明や、厚生労働省によって提出された「改正法案」の問題点などの指摘が進められた。


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生活保護に関する現状と「改正法案」の問題点を指摘する発言者の面々


まず、生活保護の実態として重要なことは、生活困窮者が行政の窓口で申請できない状態にされてしまう、いわゆる「水際作戦」が全国各地で続けられているということである。

この水際作戦については、役所の「施策」であると思っている向きが少なくない。だが、申請したいにもかかわらずこれを受け付けないという行為は、申請する権利の侵害であり、明確な違法行為である。そうした行為が、日本中の至る所で実行され続けているというのが現状なのである。


ところが、今回明らかとなった同法の「改正法案」は、これまでは口頭によっても申請が可能であった生活保護について、複数の書類の提示を求めるなどの項目が数多く追加されている。それは、申請のハードルを高めるというよりも、これまでは違法であった水際作戦を合法化するような内容といわざるを得ないものになっている。


改正案本文を見ると、申請に必要な書類や要件に関する項目が数多く追加されていることがすぐわかる。たとえば、預金通帳や賃貸契約書などの家賃を証明する書類などのほか、退職した場合には元勤務先の給与明細、その他、資産等についての書類も提出しなければならない。


生活に困窮している人というのは、精神的にも物質的にも疲弊しているケースが少なくない。そうした困窮者のなかには、数多くの書類の作成による負担によって、申請を断念してしまう可能性が否定できない。さらに、家賃滞納によって住居の強制退出を余儀なくされたり、野宿者すなわちホームレス状態になってしまい、所持品の盗難や紛失などで必要書類そのものが作成できないケースも十分に考えられる。


さらに、親族などの資産や収入などについての調査権限も強化される項目も追加されている。申請窓口で「親類の勤め先や収入なども調べますよ」「実家や兄弟にもあれこれ連絡するけれど、それでいいの」などと告げられれば、やはり申請者にとって圧力に感じるようになるのではなかろうか。


これら一部を取り上げただけでも、水際作戦の合法化を指摘しうる要素が極めて多いと考えざるを得ない。


事務負担の増加は、申請者の不利益になるばかりではない。ケースワーカーなどの実務を担当する職員にとっても負担となり、制度のきめ細かなサポートができなくなる可能性がある。


数々の指摘に対して、厚生労働省側は「これまでやってきたことを文章にしただけ。運用は従来と変わらない」と主張する。だが、発言者達からは、疑問の声が相次いだ。元生活保護ケースワーカーの田川英信氏は、厚生労働省の言い分を「デタラメです」と怒りをあらわにし、「水際作戦の根拠になることは明白です」と強い口調で訴えた。


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現状ですら問題点が多い生活保護申請がさらに戸口が狭まれる可能性に、「許せません」と憤慨する田川英信氏


生活保護については、現時点でも問題点が少なくない。記述のように違法行為である水際作戦は行われているし、保護の決定もスムーズに行われているとは限らない。支援団体などがサポートしている地区では保護決定が期間内に開始されることが多いが、支援の目が届かない地域では、依然として保護開始が明確な理由もなく延長されているケースが珍しくないという。


こうした問題だらけの生活保護について、どうしてさらに戸口を締め付けるような改正案が提示されたのか、出席者達からは疑問と怒りの声が絶えることはなかった。ひとつの見方として、不正受給対策が考えられるが、現実には不正受給は全体で見ればごくわずかである。そのわずかな不正に異常に過敏になるあまり、申請時の強化を進めて、現実に保護の必要な困窮者を見捨てるようなことになるとしたら、それは本末転倒ではなかろうか。「生活保護」という表現が適当ならざるようなイメージにもなりかねないのではなかろうか。



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会見後も発言者に対する質問が続いた。質問に答えるNPO法人自立生活サポートセンター・もやい代表理事の稲葉剛氏(左から2人目)


なお、明日5月17日(金)の午後12時30分から、東京・永田町の衆議院第一議員会館前において、「生活保護法改正法案の撤回・廃案を求める緊急アクション」が行われる。アピール後、有志による議員会館まわりも予定されている。



《参考》

生活保護全国問題対策会議

http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/

テント撤去と使用料請求に抗議し経産省前に座り込み

 去る5月10日、東京・霞ヶ関の経済産業省前において、原発に反対する人々によって設置された、いわゆる「経産省前テント」の撤去と使用料請求に対して抗議する集会が催された。


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経済産業省前に集まる支援者達


 集会は夕方17時から開催された。経産省前には早くから被災地の住民や支援者などが続々と集まり、手製のプラカードなどを掲げて抗議の声をあげた。

 経産省前テントに対しては、今年2月に経産省によって東京地裁に仮処分申請が行われ、3月6日にはテントの占有移転禁止仮処分決定が下された。さらに同14日にはテントの所有者に指定された2名に対して、経産省から土地使用料として約1100万円にも及ぶ請求書が届けられた。

 これらの請求に対して、テント支援者などが経産省に対して取り下げを求める請願書を、2500名を超える署名を添えて同省官房に手渡すため訪れた。


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同省職員(マスクの男性)に詰め寄るテント支援者たち


 ところが、経産省は「代表者1名のみの面会でないと許可できない」と通告。その理由につい説明が無かったため、支援者たちから「どうして1人だけなのか」「納得できない」などと反発する意見が続出した。だが、経産省側が支援者たちの意見を受け入れなかった上に、ガードマン数名が正門内側に並んで省内への立ち入りを阻止するような体制を取ったため、支援者たちも態度を硬化。対応した経産省職員と支援者たちが押し問答を続ける事態となり、やがて支援者10名ほどが正門前に座り込む事態となった。その周りでは、テント支援者や原発に反対する人々による激しい抗議が繰り返された。


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同省正門前に座り込む支援者と対応する職員


 経産省側と座り込む支援者たちとのにらみ合いが40分ほど続いた頃、経産省側から「2名まで許可する」と伝えられたため、支援者側がこれを受け入れ、テントスタッフである高瀬晴久氏と郡山市の黒田節子さんが省内に入った。

 それから30分後、退出してきた2人は、省内にある一室で請願書と署名を同省職員1名に手渡したことを報告した。経産省側の対応に、黒田さんは「ただ会って話がしたい、(請願を)手渡したいと言っているだけなのに、こんな手間をかける意味がわかりません。テントは私たち被災地の人間にとって、心の支えです」と、今後も支援していく意思であることを強調した。


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同省前テントの様子


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国などの対応に抗議する黒田節子さん


付記 

 なお、この集会に先立って、テントスタッフの一人が警視庁丸の内署に逮捕されていたことがわかった。こちらに関しては調査中である。仔細が判明次第、何らかの形で報告したい。


4月21日「日本人差別をなくせデモ」の概要

去る4月21日(日)、東京・新宿区において「日本侵略を許さない国民の会」(日侵会)主催による、『日本人差別をなくせデモin新大久保』が開催された。すでに多くのブログやサイトで報じられているが、筆者も備忘録として書きとめておくものである。


14時30分、スタート地点である新宿・歌舞伎町に程近い大久保公園には、参加者らしき人々が150人ほど集まっていた。公園の周囲には私服警官など警察関係者が多く見られ、4箇所ある公園入口は機動隊員によって固められていた。ただし、とくに入場を制限しているという風ではなかった。


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柵の外から集会会場の様子を伺う。


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公園入口に待機する機動隊員。物々しい様子だが、公園内への制限はなかった。

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会場からすぐ近くの通称・職安通りには、すでに警察車両が15台以上待機。


定刻になったが、なかなか集会が始まらない。そのうち、周囲には制服・私服・機動隊員など警官が続々と追加され、相当な人数になっていった。


やがて、14時52分頃になって、ようやく集会開始。まずは日侵会代表の菊川あけみ氏があいさつし、「日本人なのに差別を受けている」「在日(外国人)に税金を大量に投入するのはおかしい」「生活保護などの施策は日本人だけにして欲しい」などの趣旨の演説を行った。仔細については、ジャーナリスト岩本太郎氏のサイトを参照のこと。

「4月21日 日侵会『日本人差別をなくせデモin新大久保』レポート(その1)」
http://air.ap.teacup.com/taroimo/1016.html


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集会の様子。『朝日新聞』取材クルーの姿も見える。

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日章旗や旭日旗が林立する。


15時2分頃に集会終了。デモ隊がスタートする。参加者は、ジャーナリストの田中龍作氏によれば160名程度。会場内は私服警官や報道関係者などが入り混じっていたため正確な人数の把握は難しいと思われるが、筆者の目測からも田中氏のカウントはほぼ正しいと思われる。


デモ隊が職安通りに出ると、対岸にはすでにデモに抗議する「プラカード隊」が多数待機しており、警官隊に押しとどめられるような状態になっていた。



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警官隊の後ろには「プラカード隊」がひしめく。

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「レイシストは帰れ!」などと抗議の声をあげる「プラカード隊」。


デモ隊が現れると、プラカード隊は口々に「レイシスト! 」「差別はやめろ!」などの抗議の声をあげた。これに対してデモ隊は、「在日特権を廃止しろ」などといった旨のメッセージを掲げ、同種のスピーチ繰り返して対抗した。


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「通名制度を廃止せよ」などのメッセージを掲げる参加者。

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デモ隊側に対して抗議の横断幕を広げるプラカード隊。


この「プラカード隊」については誤解している人がはなはだ少なくないが、統一的に組織化された行動ではない。インターネットなどによる「差別的な行動に対して抗議しよう」という呼びかけや、配信された画像等に触発されて、自発的に集まった個人である。荒々しく声をあげるケースが目立つようだが、実際にはさまざまな形の手作りのプラカードを持参し、穏やかな文言を呼びかける人や、歌を歌う人、ただ黙ってメッセージを提示する人など、その表現は多種多様である。一部には「プラカード隊は…」などと論評する者もいるようだが、「プラカード隊」とはそうした抗議の参加する人々を便宜的に総称したものに過ぎない。いわば「抗議に集まった大衆」と同義語である。したがって、プラカード隊を概括的に論じるなど不可能な作業である。



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メッセージを掲げ、抗議の声を強くするプラカード隊の人々。

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メッセージを掲げながらデモ隊に随行する人も多い。


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警官隊に囲まれながら進むデモ隊。

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声を高くして抗議する人の姿も多い。

また、抗議活動を続けている人々として、「しばき隊」と呼ばれる一団もある。こちらはプラカード隊とはまったく別の行動で、人員についても別個である。デモ隊やその参加者に対して直接的な接触を試みる行動をとるもので、デモ隊等の周辺で臨機応変に行動している。そのため、表面的にはその存在がとてもわかりにくい。この日も、筆者はその姿を肉眼で確認することができなかった。


16時02分頃、デモ隊は北新宿一丁目の交差点で西新宿方向へと左折した。この際、プラカード隊の「帰れ、帰れ」の声がいっそう高くなった。


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新宿方向に向かって進むデモ隊。

新宿方向に進むデモ隊を、プラカード隊や取材関係者などが追った。だが、歩道が狭い上などから思うように進めない。筆者も、途中から裏路地に入り、先回りして待とうと考えた。


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大通りが人込みで進めないため、デモ隊の先回りをしようと裏通りを走る人々。


ゴール地点の柏木公園に近づいたが、すでに警官隊によって公園周囲はもちろん、路地もすべて封鎖されていた。あとから到着したプラカード隊有志も、離れた場所からの抗議を余儀なくされた。


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横断幕を掲げて「差別行動」への抗議の意思を示すプラカード隊有志。

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抗議の意思をピースサインで示すプラカード隊有志たち。

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生活道路を封鎖する警官隊。

しばらく抗議の声をあげていたプラカード隊だったが、住民からの「病人がいるから静かにして」という声が伝わると、即座に発言や行動を中止。「住民の方に迷惑をかけることは絶対にできない」と、すぐさま散会した。


警察の生活道路封鎖は、デモ隊の集会が終了し、参加者の姿がまったくいなくなるまで続いた。封鎖が解かれた後、会場の柏木公園に駆けつけたが、警察関係者らしき人以外に、公園内に人影はなかった。


同デモの主張その他については、後日改めて管見を述べることとしたい。



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閑散とした柏木公園。

茅ヶ崎にて脱原発「お散歩デモ」実施される

去る10月26日、神奈川県茅ヶ崎にて脱原発を訴える「ちがさきお散歩デモ」が実施された。


「お散歩デモ」とは、その名の通りに散歩スタイルで行うデモで、主催者の岡本棟守氏によれば、これまでの脱・反原発デモに参加した女性達などから「もっと気軽に参加できるデモはできないか」という意見があり、「お散歩」という形式を考えたとのことだ。


そのスタイルは、プラカード等によって原発に対する抗議の意思を示すものの、シュプレヒコールは一切行わない。また、車道ではなく歩道を通行する。


当日はやや風に冷たさが感じられるものの、穏やかな天候だった。茅ヶ崎中央公園に集まった参加者は、定刻の11時に出発。大半か一般の市民で、なかには他のデモの主催者などの姿も見られた。


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茅ヶ崎中央公園を出発する「デモ隊」


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中央公園を出て市街へ

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JR相模線沿線を歩く


「デモ隊」はクルマや歩行者の支障にならないよう、周囲に配慮しながら進んだ。子供達も参加しているので、それほど速くはない。参加者は、雑談などをしながら進んでいく。


時折、地元住民にすれ違う。すでにこうした脱・反原発行動が認められているからだろうか、住民の反応も穏やかだ。「原発反対のアピールね」と、普通に答える主婦も見られた。


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すでに定番となった感のある手作りのアピールアイテム


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コールや鳴り物もなく静かにアピールする


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幹線道路沿いを進むデモ隊

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比較的少ない参加者ながら年代は幅広い


すでに東日本大震災ならびに福島第一原発事故から1年7ヶ月以上が経過しているが、こうした市民レベルの脱・反原発行動は現在も続けられている。同時に、かつては「デモ」というと決まったようなスタイルの行動様式しか見られなかったが、3.11以降はさまざまなかたちのデモが工夫されるようになった。


さらに、以前は「デモ」という行動は、「異質なもの」「特別な他人がやるもの」という雰囲気が強かったが、この1年半でそうした意識は確実に変化した部分があると言えるだろう。


デモ隊は1時間ほど茅ヶ崎市内を歩いた後、正午過ぎに再び中央公園に戻り、流れ解散となった。参加者は約40名ほど。その後、公園内でランチを兼ねた交流会が行われた。


この「お散歩デモ」は今回で7回目。毎月1回開催されており、今後も続けられていく予定とのことだ。

沖縄女性暴行事件で田母神俊雄氏の見当違い発言に非難続出

 元自衛隊航空幕僚長で軍事評論家、田母神俊雄氏の発言がネットで話題になっている。その発言とは、同氏がツイッター @toshio_tamogami で10月19日につぶやいた以下の文章である。


〈沖縄女性暴行事件でテレビが連日米兵の危険性を訴えるが、この事件が起きたのは朝の4時だそうです。平成7年の女子高生暴行事件も朝の4時だったそうです。朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか。でもテレビはこの時間については全く報道しないのです。〉


 この発言に対して、「こういうことも誰かは言わなければならない」などと同意するような返信もある。しかし、「そんなことを報道しないからといって、何の問題があるのだ」「朝4時に外出していて何が悪い」「落ち度があればレイプされても文句はないというのか!」などといった、田母神氏を非難するツイートが続出した。続いてネット掲示板「2ちゃんねる」でもこの件が取り上げられ、こちらでも田母神氏を擁護する一方、「18歳以上の女性が外出して深夜に街あるいたらだめなのか」「ウヨ理論では朝4時に歩いてる女はレイプしても許されるらしい」「朝4時って散歩の時間だろカス」などの田母神氏を批判する書き込みが目立った。


 さて、はたして田母神氏の発言に、どの程度の妥当性があるだろうか。

田母神氏はツイートのなかで、明確に被害女性たちに対して落ち度を指摘してはいないものの、「米兵の危険性を訴えるが」と前置きしており、さらに「朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか」と書き添えている。この表現から、田母神氏が被害女性たちの行動に対して、何らかの問題点について疑っている可能性があると考えられる。これがます一点である。さらに、女性たちの行動についてメディア報道がなされない点を指摘している。これが第二の点である。ツイートを読む限り、田母神氏はこの2点を問題にしていると考えられる可能性がある。


 まず、女性が「朝の4時ごろに街中をうろうろ」するという行動についてであるが、この行為について果たしてどのような問題があるのか、それを導き出すことは極めて困難といわざるを得ない。被害女性たちは、いずれもごく普通の市街地を通行していたのみであり、とくに危険とされるような地区または状況に故意に侵入したわけではない。


 また、「朝の4時ごろ」という時間帯にしても、とくに危険な時刻であるとか、尋常ならざる時間であるということはできない可能性が高い。まず、これが帰宅時であるなら、残業や飲食、その他の私用でこうした時間帯となることは珍しいことではない。3交代制の事業所に勤務する女性ならば、帰宅が深夜や早朝となるケースは至極当たり前である。また、出勤が同様の時間帯にかかるケースもまた同じである。高校生ならば、部活その他の用事で早朝に外出することもある。都内でも、明け方のまだ暗いうちから市内をジョギングする高校生の姿を見かけることもあることなどから、高校生が「朝の4時ごろに街中をうろうろ」していても、何ら不思議ではない。


 さらに、沖縄においては深夜や早朝に一般市民が深夜や早朝に外出していることは珍しくない。沖縄の目抜き通りである国際通りをはじめとする繁華街では、平日でも勤め帰りの会社員などで賑わいを見せている。筆者も沖縄には何度か訪れた事があるが、深夜の2時か3時過ぎまで食事やカラオケなどを楽しみ、そして翌朝、定時には職場に出勤する若者たちをみて、その力強さに驚き感心した経験がある。


 そして何より、日本においては公序良俗に反しない限りにおいて、市街地などの公共性の高い場で通行などの生活上の必要な行為をすることに対し、何ら規制されてはいない。


かように考えれば、被害女性たちの行動に何らかの問題を見出すことは、極めて困難である可能性が非情に高いと言わざるを得ない。戒厳令が敷かれているわけでも、外出禁止令が出されているわけでもない日本国内で、「朝の4時ごろに街中をうろうろ」することについて問題視する感覚のほうが、よほど異常と言うほかはない。


また、第2の点である、被害女性の行動について「テレビはこの時間については全く報道しないのです」という指摘についても、同様の理由から何の問題もないと断言せざるを得ないだろう。


それにしても、田母神俊雄氏はいったい何が主張したかったのであろうか。仮にも、日本人女性が外国人兵士に性的な虐待を受けており、いずれの事件についても女性に落ち度はまったく見られない。この田母神俊雄氏とかいう人物、軍事評論家という肩書きで活躍しているようだが、国民としての常識はどれほど有しているのか、今回のツイートを拝見する限り、はなはだ疑問に感じざるを得ないと感じるのは、筆者だけであろうか。


『色街をゆく』 若月編集長からの要望

月刊誌『ドンドン』(日本ジャーナル出版・現在休刊)で連載を始めた「日本性風土記」は、池袋を皮切りに、五反田や西川口など都内近郊からレポートをはじめた。


やがて慣れてきた筆者は、船橋、土浦、宇都宮などとやや離れた土地にも足を伸ばし始めていった。


ところがある日、編集長の若月氏から声をかけられた。


「都心だけじゃなくて、地方も回ってよ」


そこで筆者は、水戸や群馬なども取材予定に入れていることを告げた。すると若月氏は、やや顔をゆがめて言った。


「いやそうじゃなく。関東ばかりじゃつまらないよ。関西とかも書いてよ」


この若月氏の希望に沿うため、予定を大幅に変更し、関西方面の色街を取材をすることになったのである。

(つづく)

『色街をゆく』補記 吉原 その4

吉原ソープ街というのは閉鎖的ではあるが、顔なじみになるといろいろと融通を利かせてくれるところもある。筆者も、いくつか面白い体験をさせてもらったことがある。


たとえば、ソープの屋上から花火を見たことがある。


夏のある日、しばしば通った店に行くと、店員さんが「今日はお客さんも女の子も少なくて」という。聞けば、隅田川の花火大会だという。


個室に入ってからも、馴染みの女性と花火の話になった。そのうち、女性のほうから誘われた。


「先生、上から花火、見ませんか」


彼女の言うには、この建物の屋上から隅田川の花火が見られるとのことだ。ちなみに、「先生」というのは筆者がライターだからそう呼ばれているに過ぎない。吉原では、出版関係者は誰でも先生と呼ぶ慣習があったそうだ。つまり、ライターでもカメラマンでも編集者でも、吉原の中ではすべて「先生」である。現在ではそうした慣習が続いているかどうかはわからないが、かつてはそんな感じであった。


さて、せっかくの女性からのお誘いである。それではと屋上にいくことにした。とはいえ、2人ともバスタオルを巻いただけの格好である。しかも、行き来するほかのお客や女性に出会うのも気まずい。まず女性が先導し、様子を見てから「大丈夫」と手招きしたら筆者がそそくさと後をついていく。そんな感じに、狭くて急な階段を登っていった。


階段を登りきったところの無粋な鉄のドアを開けると、そこが屋上だった。といっても、人が数名立てる程度の、とても狭いスペースだ。


そして、隅田川の花火ははるか彼方に見えた。絶景とまではいかなかったが、立ち並ぶソープランドの建物の上に、色とりどりの花火が開いては消えていくのを見るのは、それなりに風情ある光景だった。ちなみに、屋上から見たソープ街は、表通りの華やかさ、イルミネーションの明るさとは裏腹に、暗く、どこか物寂しい様子に感じられた。


吉原についてはまだまだ語りつくせないが、とりあえず今回はこの程度で。機会があれば、また続きの駄弁拙文を申し上げたい。


『色街をゆく』補記 吉原 その3

東京の「吉原」という場所は、とにかく不思議なエリアである。そして魅力ある場所である。動画不思議でどう魅力あるかについては、書き出したらキリが無いので今回はその建物のことだけにしておこう。


吉原のソープランドの建物というのは、現在残っているのは概ね赤線廃止後に建てられたものが大部分である。とはいえ、それでもすでに40年以上経ている物件も少なくないので、それなりに特徴あるものが少なくない。


筆者の感覚としては、吉原ソープの建物といえば、「狭い通路に急な階段」というところだろうか。とくに、階段はとても急なケースが多い。これは、格安店ばかりではなく、高級店でも狭くて急な階段の店はある。その急な階段を、女性がお客を先導しながら個室へと案内する。その途中で、「今日はお仕事の帰りですか」とか「おトイレは大丈夫ですか」などと、女性が話しかけてくる。こういうちょっとした会話を楽しむのも、吉原での遊びのひとつであると筆者は理解している。


とはいえ、筆者は120店以上ある吉原ソープのうち、その中を見たことのあるのはごく一部、せいぜい30店ほどに過ぎない。何より、吉原という場所はとても閉鎖的だ。取材を申し込んでも、なかなか許可してもらえない。閉鎖的というより、そういう習慣がないのだと思う。新宿や池袋の風俗店であれば、取材はもちろん、「予備取材で見学させてください」と頼めば、かなりの割合で店内を見せてもらえた。だが、吉原の場合は、見ず知らずの無名ライターがいきなり出向いても、そう簡単に覗かせてはもらえなかった。おそらく、現在でも状況はそれほど変わっていないと思われる。

(つづく)


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吉原の夜景


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昼間の吉原

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