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シアターイメージフォーラムで、ワン・ビン監督の「青春」を観た!

 

シアターイメージフォーラムで、ワン・ビン監督の「青春」を観てきました。

 

映画はしばしば、大海から一匹の魚を釣り上げるように、

一人の個人を選び、英雄に仕立て上げます。

私はそれを好みません。

全ての登場人物たちが日常生活という海の中で

一緒に泳いでいるのを眺めるのが好きです。――ワン・ビン/王兵

 

以下、シネマトゥデイによる。

 

見どころ:

第76回カンヌ国際映画祭に出品されたドキュメンタリー。上海を中心に広がる中国の巨大経済地域・長江デルタにある衣料品工場で働く10代後半から20代の若者たちの青春の日々を記録する。監督は『黒衣人』などのワン・ビン。

 

あらすじ:

上海からおよそ150キロメートルの位置にある浙江省湖州市の街・織里。子供用衣料品製造の中心地である織里には、安徽省や河南省などの農村地域から若い労働者が集まってくる。工場でミシン作業などを行う一方で、彼らは寮の部屋をシェアし、その廊下で軽食を食べ、スマートフォンで仲間と連絡を取り合いながら自由時間を楽しむ。そうした日々の中で、思いがけない妊娠や恋の駆け引き、不毛な争い、賃金交渉、帰省など、さまざまな出来事が起こる。

 

9つのセグメント

ワン・ビン監督は本作を編集するにあたり、9つにセグメント分けし、それぞれを約20分のエピソードで構成するようにしました。映画本編は一つの大きな連なりであり、各エピソードは表記されませんが、作品理解の参考に主な内容とともにご紹介します。

 

第1エピソード/利民路93号工場

ションナン(20歳・女)、ズーグオ(19歳・男)

ジョンナンの妊娠。相手はズーグオ。彼女の両親は工場の経営者と中絶、結婚について語る。どちらがどちらの家に入るのか、子供はどちらの家のものか、結婚はややこしい。

 

第2エピソード/益民路178号工場

シャオウェイ(24歳・男)、シャンシャン(32歳・女)

ションドン(24歳・男)、チェン(22歳・女)

ラジオに合わせ大声で歌いながらミシンをかけるシャオウェイ。シャンシャンは誕生パーティーではしゃぐ。シャオウェイはチェンと一蝕即発となり、同じ工場で清掃の仕事をする母親が体を張って立ち向かう。ションドンは故郷に残した家族に電話する。

 

第3エピソード/幸福路110号工場

ヤン(18歳・男)、カイジー(21歳・男)

おしゃれが気になる男子たち。帰省の前のクリスマス。なんとか女の子と付き合いたい。でも、フラレまくり。ヤンとカイジーは帰省のバスに乗る。

 

第4エピソード/幸福路76号工場

ニー(20歳・女)、グアンチョン(19歳・男)

若い男女が集まる工場。いつもどこかでじゃれ合いがある。隣り合ったミシンをかけながら、グアンチョンはニーを熱心に口説く。どうもニーが主導権を取っているようだ。

 

第5エピソード/幸福路78号工場

チンタオ(20歳・男)、社長

賃金に不満がある。みんなで社長に交渉しよう。この型の縫い賃はあげてもらおう。意見を言う者、様子を見る者、いろいろ。チンタオたちは社長に談判にいくが、「この忙しい時に!」と一喝される。

 

第6エピソード/益民路178号工場

ハイイェン(19歳・女)、チー(20歳・男)

ハイイェンとチーは恋人同士。時間があれば二人でいたい。もうすぐ賃金の支払い日。この工場でも賃上げ交渉の話が出ている。働き手だけじゃない、社長の方だって儲けがない。金の交渉は時間がかかる。

 

第7エピソード/幸福路76号工場

ジン(21歳・女)、ジーウェン(19歳・男)

恋には、すきま風が吹く日もある。隣り合ってミシンをかけながら、ジンがジーウェンに言う。「私が死んでもあんたは気にしないわ」。

 

第8エピソード/幸福路78号工場

チンタオ(20歳・男)、スーウェン(20歳・男)

ウェンビン(21歳・男)、社長

再びチンタオさちは賃上げ交渉。最初は聞く耳を持たなかった社長も、苦しい懐事情の中で対応しようとしている。チンタオ、スーウェン、ウェンビンの男3人。女の子の話だけじゃない。誰かが服を縫い損じた時には助け合うことだってある。

 

第9エピソード/迎春路109号工場

シャオウェイ(24歳・男)、ワン社長(27歳・男)

シャンシャン(32歳・女)、ファンファン(34歳・女)

ワンは出稼ぎでやってきて今は社長になった。シャオウェイは今はその工場で働くがいつも転職を考えている。シャンシャンも転職するという。安黴省宣城。シャオウェイ、シャンシャンとファンファンの3人は一緒に帰省する。シャオウェイはシャンシャンを口説こうとするがたしなめられる。

 

 

以下の画像は、「青春」パンフレットによる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「青春」パンフレット

発行日:2024年4月20日

発行:ムヴィオラ

 

ワン・ビン監督「青春」

2024/4/20(土)公開ワン・ビン監督『青春』 - YouTube

 

朝日新聞:2024年4月19日

 

朝日新聞:2024年4月26日

 

 

寺澤行忠の「西行 歌と旅と人生」を読んだ!

 

寺澤行忠の「西行 歌と旅と人生」(新潮社:2024年1月25日発行):を読みました。

 

西行のように

清々しく生きたい。

日本人を惹きつける

魅力のすべてを

西行歌集研究の

第一人者が語り尽くす。

 

184首の名歌とともに語られる、西行の魅力のすべて。

「願はくは花の下にて春死なむ」――どうすれば西行のように清々しく生きられるのか。出家の背景、秀歌の創作秘話、漂泊の旅の意味、桜への情愛、無常を乗り越えた「道」の思想、定家との意外な関係、芭蕉への影響・・・偉才の知られざる素顔に迫る。西行一筋60年、西行歌集研究の第一人者がその魅力を語り尽くすワンランク上の入門書。

 

知られざる西行の素顔に迫る!

「潔癖説」「恋愛説」「数寄説」・・・出家した理由とは?

「平家」が好きで、「源氏」が嫌いだったのはなぜか?

「仏教と神道の共存」に果たした役割とは?

「抒情派・西行VS構成派・定家」の対立は本当か?

「俳聖・松尾芭蕉」に与えた絶大な影響の内実とは?

 

目次

はじめに

1 生い立ち

2 出家

3 西行と蹴鞠

4 西行と桜

5 西行と旅

6 山里の西行

7 自然へのまなざし

8 大峰修業

9 江口遊女

10 四国の旅

11 地獄絵を見て

12 平家と西行 

13 海洋詩人・西行

14 鴫立つ沢

15 西行の知友

16 神道と西行

17 円熟

18 示寂

19 西行と定家

20 西行から芭蕉へ

21 文化史の巨人・西行

おわりに

 

寺澤行忠:

1942年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了・慶応義塾大学助教授・教授を経て、現在は名誉教授。文学博士。専攻は日本文学・日本文化論。著書に「山家集の校本と研究」「西行集の校本と研究」(いずれも笠間書院)、「アメリカに渡った日本文化」(淡交社)、「ドイツに渡った日本文化」(明石書店)など。

 

「西行花伝」

1995年4月30日発行

1996年11月5日21刷

著者:辻邦生

発行所:新潮社

練馬区立美術館で「池上秀畝展 高精細画人」を観た!その3

「池上秀畝展」チラシ

 

「池上秀畝展」案内板

 

「池上秀畝展」垂れ幕

 

練馬区立美術館で「池上秀畝展 高精細画人」を観てきました。

 

池上秀畝(1874-1944)は、長野県上伊那郡高遠町(現在の伊那市)に生まれ、明治22年(1889)、本格的に絵を学ぶため上京し、当時まだ無名だった荒木寛畝の最初の門人・内弟子となりました。1916年から3年連続で文展特選を受賞、帝展で無鑑査、審査員を務めるなど官展内の旧派を代表する画家として活躍しました。

同じ長野県の出身で同い年の菱田春草(1874-1911)らが牽引した「新派」の日本画に比べ秀畝らの「旧派」と呼ばれる作品は近年展覧会等で取り上げられることはほとんどなく、その知名度は限られたものに過ぎませんでした。しかし、伝統に基ずく旧派の画家たちは、会場芸術として当時の展覧会で評価されたことのみならず、屏風や建具に描かれた作品は屋敷や御殿を飾る装飾美術としても認められていました。特に秀畝は徹底した写生に基ずく描写に、新派の画家たちが取り組んだ空気館なども取り入れ、伝統に固執しない日本画の表現を見せています。

生誕150年にあたり、秀畝の人生と代表作をたどり、画歴の検証を行うと共に、あらたなる視点で「旧派」と呼ばれた画家にスポットを当てるものです。

 

画像が多いので3回の分けて、前期、後期に関わりなく、載せることにします。

 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

PROLOGUE 池上秀畝と菱田春草

第1章 「國山」から「秀畝」へ

第2章 秀畝の精華

第3章 秀畝と写生

第4章 屏風と秀畝

EPILOGUE 晩年の秀畝

 

ここでは第3章秀畝と写生、第4章屏風と秀畝、EPILOGUEを載せます。

 

第3章 秀畝と写生

 

「桜下美雉」制作年不詳

 

「老杉にふくろう」
明治44年(1911)

 

「牡丹双孔雀」
大正4年(1915)

 

「磯松双鶴」
制作年不詳

 

「雪中遊鹿」
大正4年(1915)

 

第4章 屏風と秀畝

 

「盛夏」昭和8年(1933)

 

「桜花雙鳩・秋草群鶉図」大正10年(1921)

 

「桐に鳳凰図」左隻、大正12年(1923)

 

「桐に鳳凰図」右隻、大正12年(1923)

 

EPILOGUE 晩年の秀畝

 

「春和・夏殷・秋爽・冬静」昭和15年(1940)

 

「神風」右隻、昭和18年(1943)」

 

「神風」左隻、昭和18年(1943)

 

「池上秀畝 高精細画人」

発行日:2024年3月30日初版発行

編著:松浦千栄子(長野県立美術館学芸員)

    加藤陽介(練馬区立美術館学芸員)

    木内真由美(長野県伊那文化会館学芸員)

発行所:株式会社青玄舎

 

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練馬区立美術館で「池上秀畝展 高精細画人」を観た!その2

「池上秀畝展」チラシ

 

「池上秀畝展」案内板

 

「池上秀畝展」垂れ幕

 

練馬区立美術館で「池上秀畝展 高精細画人」を観てきました。

 

池上秀畝(1874-1944)は、長野県上伊那郡高遠町(現在の伊那市)に生まれ、明治22年(1889)、本格的に絵を学ぶため上京し、当時まだ無名だった荒木寛畝の最初の門人・内弟子となりました。1916年から3年連続で文展特選を受賞、帝展で無鑑査、審査員を務めるなど官展内の旧派を代表する画家として活躍しました。

同じ長野県の出身で同い年の菱田春草(1874-1911)らが牽引した「新派」の日本画に比べ秀畝らの「旧派」と呼ばれる作品は近年展覧会等で取り上げられることはほとんどなく、その知名度は限られたものに過ぎませんでした。しかし、伝統に基ずく旧派の画家たちは、会場芸術として当時の展覧会で評価されたことのみならず、屏風や建具に描かれた作品は屋敷や御殿を飾る装飾美術としても認められていました。特に秀畝は徹底した写生に基ずく描写に、新派の画家たちが取り組んだ空気館なども取り入れ、伝統に固執しない日本画の表現を見せています。

生誕150年にあたり、秀畝の人生と代表作をたどり、画歴の検証を行うと共に、あらたなる視点で「旧派」と呼ばれた画家にスポットを当てるものです。

 

画像が多いので3回の分けて、前期、後期に関わりなく、載せることにします。

 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

PROLOGUE 池上秀畝と菱田春草

第1章 「國山」から「秀畝」へ

第2章 秀畝の精華

第3章 秀畝と写生

第4章 屏風と秀畝

EPILOGUE 晩年の秀畝

 

ここからはその2として、第2章 秀畝の精華を載せます。

 

第2章 秀畝の精華

 

「初冬」右隻、明治43年(1910)

 

「初冬」左隻、明治43年(1910)

 

「晴潭(紅葉谷川)」右隻、大正3年(1914)

 

「晴潭(紅葉谷川)」左隻、大正3年(1914)
 
「四季花鳥」大正7年(1918)
 

「翠禽紅珠」昭和4年(1929)

 

「秋日和」昭和9年(1934)

 

「松韻双鶴」大正3-5年頃(1914-1916頃)

 

「楊柳観音像」
大正3年(1914)

 

「高士観瀑」
大正15/昭和元年(1926)
 

「桃に青鸞・松に白鷹図」昭和3年(1928)

 

「時雨」昭和6年(1931)

 

「渓澖野雉・威震八荒」
昭和9年(1934)
 
以下、 その3として第3章 秀畝と写生、第4章 屏風と秀畝が続きます。
 

「池上秀畝 高精細画人」

発行日:2024年3月30日初版発行

編著:松浦千栄子(長野県立美術館学芸員)

    加藤陽介(練馬区立美術館学芸員)

    木内真由美(長野県伊那文化会館学芸員)

発行所:株式会社青玄舎

 

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練馬区立美術館で「池上秀畝展 高精細画人」を観た!その1

「池上秀畝展」チラシ

 

「池上秀畝展」案内板

 

「池上秀畝展」垂れ幕

 

練馬区立美術館で「池上秀畝展 高精細画人」を観てきました。

 

池上秀畝(1874-1944)は、長野県上伊那郡高遠町(現在の伊那市)に生まれ、明治22年(1889)、本格的に絵を学ぶため上京し、当時まだ無名だった荒木寛畝の最初の門人・内弟子となりました。1916年から3年連続で文展特選を受賞、帝展で無鑑査、審査員を務めるなど官展内の旧派を代表する画家として活躍しました。

同じ長野県の出身で同い年の菱田春草(1874-1911)らが牽引した「新派」の日本画に比べ秀畝らの「旧派」と呼ばれる作品は近年展覧会等で取り上げられることはほとんどなく、その知名度は限られたものに過ぎませんでした。しかし、伝統に基ずく旧派の画家たちは、会場芸術として当時の展覧会で評価されたことのみならず、屏風や建具に描かれた作品は屋敷や御殿を飾る装飾美術としても認められていました。特に秀畝は徹底した写生に基ずく描写に、新派の画家たちが取り組んだ空気館なども取り入れ、伝統に固執しない日本画の表現を見せています。

生誕150年にあたり、秀畝の人生と代表作をたどり、画歴の検証を行うと共に、あらたなる視点で「旧派」と呼ばれた画家にスポットを当てるものです。

 

画像が多いので3回の分けて、前期、後期に関わりなく、載せることにします。

 

展覧会の構成は、以下の通りです。

 

PROLOGUE 池上秀畝と菱田春草

第1章 「國山」から「秀畝」へ

第2章 秀畝の精華

第3章 秀畝と写生

第4章 屏風と秀畝

EPILOGUE 晩年の秀畝

 

ここからはその1としてPROLOGUE 池上秀畝と菱田春草と第1章 「國山」から「秀畝」へを載せます。

 

PROLOGUE 池上秀畝と菱田春草

 

「秋晴(秋色)」
明治40年(1907)

 

「劉女」大正4年(1915)

 

第1章 「國山」から「秀畝」へ

 

「がま仙人」
明治16年(1883)

 

池上秀畝・画、池上秀花・書「猩々」明治29年(1896)

 

「大江山鬼賊退治図」右隻、明治26年(1893)

 

「大江山鬼賊退治図」左隻、明治26年(1893)

 

「源為朝之図」
明治30年頃(1897頃)

 

「十六善神図」明治29年(1896)

 

「菊花闘鶏之図」
明治33年(1900)

 

「秋山帰樵」
明治41年(1908」

 

「日蓮上人避難之図」
明治44年(1911)

 

以下、 その2、その3と続きます。

 

「池上秀畝 高精細画人」

発行日:2024年3月30日初版発行

編著:松浦千栄子(長野県立美術館学芸員)

    加藤陽介(練馬区立美術館学芸員)

    木内真由美(長野県伊那文化会館学芸員)

発行所:株式会社青玄舎

 

過去の関連記事:順不同

練馬区立美術館で「没後50年 坂本繁二郎展」を観た!

練馬区立美術館で「芳年 激動の時代を生きた鬼才浮世絵師」を観た!

練馬区立美術館で「生誕150年記念 藤島武二展」を観た!

練馬区立美術館で「磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才」展、再訪!

練馬区立美術館で「磯江毅=グスタボ・イソエ マドリード・リアリズムの異才」展を観た!

練馬区立美術館で「牧野邦夫―写実の神髄―展」を観た!

練馬区立美術館で「石田徹也―僕たちの自画像―展」を観た!

練馬区立美術館で「高山辰雄遺作展 人間の風景」を観る!

練馬区立美術館で「棚田康司『たちのぼる。』展」を観た!

練馬区立美術館で「生誕130年 松岡映丘」展を観た!

 

「みんなの建築大賞」吹くか新風!

「みんなの建築大賞」という文字が!

 

本屋大賞を参考にして設立されたというこの賞、建築界に新しい風を吹かせることができるか、と述べている。

 

発案者は、日経アーキテクチュア編集長を務めた編集者の宮沢洋さん。日本建築学会賞をはじめ、国内に建築賞はいくつもあるが、「ほとんど一般の人には伝わっていない」と感じていたことが出発点だった。

 

朝日新聞:2024年4月21日

 

第1回「みんなの建築大賞」大賞および推薦委員会ベスト1決定1st “Japan Architecture Award—Architecture Awards for Everyone—” Announces Grand Prize and Nomination Committee’s Top Selection |COMPETITION & EVENT|TECTURE MAG(テクチャーマガジン)

みんなの建築大賞推薦委員会(委員⻑:五十嵐太郎)は2月15日、文化庁協力のもとで実施した「みんなの建築大賞2024」の大賞を〈学ぶ、学び舎〉(設計:VUILD)に、推薦委員会ベスト1を〈天神町place〉(設計:伊藤博之建築設計事務所)にそれぞれ授与することを発表しました。

 

〈学ぶ、学び舎〉(設計:VUILD)

 

〈天神町place〉(設計:伊藤博之建築設計事務所)

 

 

ファン・ボルムの「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」を読んだ!

 

ファン・ボルムの「ようこそ、ヒュナム洞書店へ」(集英社:2023年9月30日第1刷発行、2024年2月7日第4刷発行)を読みました。

 

本屋のない町は、町ではない。

町だと名乗ることはできるだろうが

魂まで欺くことができないことを、

自身も知っているはずだ。

――ニール・ゲイマン(小説家)

 

「この小説にはわたしの好きなものが詰まっています。本、町の本屋さん、本で読んだ良いフレーズ、思考、省察、思いやりと親切。お互いの距離感を保てる人同士のゆるやかな連帯、成長、率直で深みのある対話、そっして、いい人たち」――著者

 

目次

書店はどんな姿であるべきか?

もう泣かなくてもいい

今日のコーヒーはどんな味ですか?

去ってきた人たちの物語

良い本を推薦できるだろうか?

沈黙する時間、対話する時間

書店主みずから司会を務めるトークイベント

コーヒーとヤギ

ボタンはあるのに穴がない

常連客たち

たわしイベントは無事に

ごくたまにはいい人

和音あるいは不協和音

あなたの文章はあなた自身とどれくらい似てますか?

下手な文章が良い声を隠す

心満たされる日曜日を過ごした夜には

なんでそんな顔してんの?

仕事に対するわたしたちの姿勢

書店が根を下ろすということ

きっぱり断りたかったけれど

受け入れられる感覚

怒りを鎮める能力が必要

ライティング講座スタート

あなたを応援します

オンマたちの読書クラブ

書店を開いて食べていけるだろうか?

今日はバリスタのいる月曜日

わたしが添削しましょう

率直に、心を込めて

コーヒーを淹れるときはコーヒーのことだけを考える

ヨンジュを訪ねてきた男性は誰なのか?

過去を解き放つ

なんどもないように

ただお互いに好きでいようということ

いい人が周りにたくさんいる人生

気持ちを確認するテスト

自分をもっといい人間にする空間

ベルリンで会いましょう

何が書店を存続させるのか?

 作者のことば

 訳者あとがき

 

ファン・ボルム:

小説家、エッセイスト。大学でコンピューター工学を専攻し、LG電子にソフトウェア開発者として勤務した。転職を繰り返しながら、「毎日読み、書く人間」としてのアイデンティティーを保っている。

著書に「毎日読みます」「生まれて初めてのキックボクシング」「このくらいの距離がちょうどいい」がある(いずれもエッセイ、未邦訳)。本書が初の長編小説となる。

 

牧野美加:

1968年、大阪生まれ。釜慶大学言語教育院で韓国語を学んだ後、新聞記事や広報誌の翻訳に携わる。

第1回「日本語で読みたい韓国の本翻訳コンクール」最優秀賞受賞。

チェ・ウニョン「ショウコの微笑」(共訳、クオン)、チャン・リュジン「仕事の喜びと哀しみ」(クオン)、ジェヨン「書籍修繕という仕事:刻まれた記憶、思い出、物語の守り手として生きる」(原書房)など訳書多数。

 

朝日新聞:2024年4月17日

 

朝日新聞:2024年4月20日

 

土門拳「祈りの風景――土門拳自選作品集より」写大ギャラリー・コレクション

「土門拳展」チラシ
 

「写大ギャラリー・エントランス」

 

土門拳展「祈りの風景〜土門拳自選作品集より」

〜写大ギャラリー・コレクション〜土門 拳

 

本展は、写大ギャラリーに収蔵されている1200点を超える土門拳コレクションの中から、『土門拳自選作品集』(世界文化社、1977年)に掲載された作品のうち、風景写真に焦点を当て、仏像や自然の作品を展示いたします。

 

 『土門拳自選作品集』の「構成−レイアウト・造本」(*1)は、亀倉雄策の手によるものです。亀倉は、日本を代表するグラフィックデザイナーで、東京オリンピック(1964年)や大阪万博(1970年)のポスター、ニコンやNTTのロゴマーク等を手掛けています。土門とは10代で出会い、義兄弟と呼ばれるほど深い信頼関係を築き、多くの仕事を共にしています。

 

この作品集のデザインを依頼された亀倉は、3分冊に仕立てられた1巻目をカラーの風景写真でスタートさせ、日本の伝統や仏像等が続きます。2巻目は初期の作品や「筑豊のこどもたち」、「ヒロシマ」等の写真でまとめ、3巻目は「風貌」や「文楽」等の名作の後、巻末はモノクロの仏像、風景で締めくくられています。

 

このように、土門の自信作の最初と最後はカラーとモノクロの風景写真で飾られています。亀倉は自著(*2)の中で、土門の写真について「彼の写真は強い。そして彼の写真は涙もろい」、「私は昔から彼の風景が好きだった」と評し、「風景写真をほめると、ひどくてれた」と土門本人のことにも言及しています。そうしたことから、亀倉は作品集の構成を考えたのでしょうか。ところが同じ著書の中で、土門は「全部自分の神経で目を通して納得するまでしつように食い下がる。それはテーマに対する態度もそうだが、造本にもそうだ。特にレイアウトは自分の意志通りでないと承知しない」とも述べており、土門の強い要望のもと構成された可能性も考えられます。ますます、土門拳の風景写真への興味が高まるのではないでしょうか。

 

今回の展覧会は、作品集の構成が誰の手によるものなのかを検証することが目的ではなく、日本を代表するデザイナーが認め、本人も「てれた」という土門拳の風景への眼差しをあらためて見てみようというものです。

なお、本展覧会は、毎日新聞社が主催する土門拳賞との連携企画として、同賞の発表にあわせて開催しています。

*1『土門拳自選作品集』の表記より

*2 『デザイン随想 離陸着陸』(美術出版社、1972年)

 

企画構成 菅沼比呂志

土門拳展「祈りの風景〜土門拳自選作品集より」

 〜写大ギャラリー・コレクション〜

 会 期:2024年4月15日(月)~2024年6月1日(土)10:00 ~ 19:00

 休館日:木曜日、日曜日、祝日

 入場料:無料

会 場:東京工芸大学 写大ギャラリー

〒164-8678 中野区本町2-4-7 5号館(芸術情報館)2F

TEL 03-3372-1321(代)

地下鉄丸ノ内線/大江戸線 中野坂上駅下車 1番出口・徒歩7分

 

東京工芸大学の写大ギャラリーでは、1200点を超える土門拳コレクションを収蔵しています。本展ではその中から、『土門拳自選作品集』(1977年) に掲載された作品のうち風景写真に焦点を当て、仏像や自然の作品を展示します。

 

『土門拳自選作品集』の構成−レイアウト・造本は、日本を代表するグラフィックデザイナー・亀倉雄策 (1915年〜1997年) の手によるもの。東京オリンピック (1964年) や大阪万博 (1970年) のポスター、ニコンやNTTのロゴマークなどを手がけた亀倉は、土門とも多くの仕事を共にしました。

 

昔から土門が撮る風景が好きだったという亀倉は、土門について「彼の写真は強い。そして彼の写真は涙もろい」「風景写真をほめると、ひどくてれた」と述べています。日本を代表するグラフィックデザイナーが認め、本人も「てれた」という土門拳の風景への眼差しを、あらためて見てみようというのが本展の趣旨です。毎日新聞社が主催する土門拳賞との連携企画として開催されます。

 

展示作品の一部(順不同)

 

「北山杉」1965年

 

「雪中石仏」1966年

 

「那智の滝」1963年

 

「紀三井寺の桜」1965年

 

「キリギリス」1959年

 

「浄瑠璃寺金堂吉祥天立像面相」1965年

 

「広隆寺弥勒菩薩半跏像」1939年

 

「室生寺金堂木像立像(末神)珊底羅大将頭部」
1942~43年

 

「石庭」1961年

 

「神護寺金堂薬師如来立像頭部」1964年

 

「延段」1966年

 

「羊歯」1967年

 

「藁ぼっち」1963年

 

「山里の秋」1965年

 

土門拳: 

1909年、山形県酒田市生まれ。中学時代より画家を志すが、家の事情で断念。1933年に営業写真館である宮内幸太郎写真場の内弟子となるが、報道写真家を目指し、1935年、ドイツから帰国した名取洋之助が設立した日本工房に入社。戦後は絶対非演出の「リアリズム写真」をカメラ雑誌などで提唱し、写真界に大きな影響を与えた。1958年に写真集『ヒロシマ』を刊行、国内外で高い評価を得る。筑豊炭鉱地帯の窮状を取材した1960年刊行の写真集『筑豊のこどもたち』は10万部を超えるベストセラーとなる。ライフワークとなった「古寺巡礼」シリーズでは、仏像や寺院の撮影を約40年にわたって続けるなど、一貫して日本を撮り続けた。1990年没。

 

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江國香織の「物語のなかとそと」を読んだ!

 

江國香織の「物語のなかとそと」(朝日新聞出版:2021年3月30日第1刷発行)を読みました。

 

田中みな実さん推薦

読み終えて確信する。私は作品にとどまらず、

江國さんという人物を丸ごと愛しているのだと。

 

書くこと、読むこと、その周辺。

豊かな物語を届ける著者の最新刊

 

読むことと、書くことにあけくれて暮らす著者の日常は、現実を生きている時間より、物語のなかにいる時間のほうがはるかにながい。散歩も、旅も、お風呂も、その延長のなかにある。創作と生活の「秘密」がひもとかれるスリリングな散文集。<解説・町屋良平>

 

すばらしい本を一冊読んだとき、いま自分のいる世界まで読む前とは違ってしまうあの力、架空の世界から現実にはみだしてくる、あの途方もない力。それについて、つまり私はこの散文集のなかで、言いたかったのだと思います。

(あとがきより)

 

目次

Ⅰ 書くこと

  無題

  秘密

  「飛ぶ教室」のこと

  パンのこと

Ⅱ 読むこと

  読書ノート

  模索と判断――私の人生を変えたこの小説

  自由

  マーガレット・ワイズ・ブラウンのこと

  奇妙な場所

  川上さんへの手紙

Ⅲ その周辺

  散歩がついてくる

  上海の雨

  外で遊ぶ

  所有する街

あとがき

解説 町屋良平

 

江國香織:

1964年東京都生まれ。87年「草之丞の話」で「小さな童話」大賞、89年「409ラドクリフ」でフェミナ賞、92年「きらきらひかる」で紫式部文学賞、2002年「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」で山本周五郎賞、04年「号泣する準備はできていた」で直木賞、07年「がらくた」で島清恋愛文学賞、10年「真昼なのに昏い部屋」で中央公論文芸賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、15年「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」で谷崎潤一郎賞を受賞。著書に「抱擁、あるいはライスに塩を」「なかなか暮れない夏の夕暮れ」「彼女たちの場合は」「去年の雪」など。

 

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江國香織の「シェニール織とか黄肉のメロンとか」を読んだ!

江國香織の「ちょうちんそで」を読んだ!

江國香織の「犬とハモニカ」を読んだ!

江國香織の「抱擁、あるいはライスには塩を」を読んだ!

江國香織の「真昼なのに昏い部屋」を読んだ!

江國香織の「スイートリトルライズ」を読んだ!

江國香織の「日のあたる白い壁」を読む!

江國香織の「がらくた」を読んだ!

江國香織の「間宮兄弟」を読んだ!
江國香織の「ぬるい眠り」を読んだ!

江國香織の「きらきらひかる」読了。

「東京タワー」、あるいは江國香織について・1

「東京タワー」、あるいは江國香織について・2

 

宮島未奈の「成瀬は天下を取りにいく」を読んだ!

 

宮島未奈の「成瀬は天下を取りにいく」(新潮社:2023年3月15日発行、2024年2月5日11刷)を読みました。

 

2024年本屋大賞受賞作!
成瀬の天下取り!
【坪田譲治文学賞】
【「静岡書店大賞」小説部門 第1位】
【ダ・ヴィンチ「BOOK OF THE YEAR 2023」小説部門第1位】
【「読書メーター OF THE TEAR 2023-2024」第1位】
【「中高生におすすめする司書のイチオシ本 2023年版」第1位】
【第17回「神奈川学校図書館員大賞(KO本大賞)」受賞】
【「キノベス!2024」第1位】
など続々受賞。

2020年、中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。M-1に挑戦したかと思えば、自身の髪で長期実験に取り組み、市民憲章は暗記して全うする。今日も全力で我が道を突き進む成瀬あかりから、きっと誰もが目を離せない。2023年、最注目の新人が贈る傑作青春小説!

 

成瀬あかり

滋賀県大津市生まれ、同市在住。島崎曰く一人でなんでもできてしまうがゆえ、他人の目を気にすることなくマイペースに生きている。いつもスケールの大きなことを言うが、日頃から口に出して種をまいておくのが大事だという考えを持っており、たとえ目標に届かなくても落ち込まない。もちろん目標達成することも多数で、かつては天才シャボン玉少女としてローカル番組で名を馳せたことも。将来の夢は、二百歳まで生きること。

 

島崎みゆき

自称成瀬と同じマンションに生まれついた凡人。成瀬家とは家族ぐるみの付き合いがある。私立あけび幼稚園に通う頃から、成瀬あかり史の大部分を間近で見てきたという自負があり、成瀬を見守るのが己の務めだと考えている。コミュニケーション能力が高く、友人も多い。両親は県外出身。

 

目次

ありがとう西武大津店

膳所から来ました

階段は走らない

線がつながる

レッツゴーミシガン

ときめき江州音頭

 

宮島未奈:

1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。

2018年「二位の君」で第196回コバルト短編小説新人賞を受賞(宮島ムー名義)。2021年「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。同作を含む本書がデビュー作。

 

朝日新聞:2024年4月13日

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