前回は農薬批判について、正しく批判するなら良いことだし世の中の役にも立つよという話をしました。
 で今回は、農薬ってそもそも何なんだ?という話をします。これが実は、農薬を正しく批判するためには最も重要なポイントなのです。

 農家のおっさんに、「農薬って要するに、どういうもののことですか?」と尋ねると、普通は「田んぼとか畑とかで、農作物の害になるもんをやっつけるものや。農業での薬や。」のような答えが、少ししどろもどろになりつつ返ってくるんじゃないかと思います。

 農薬って何?とは正確には農薬の定義ですが、それは農薬取締法にあります。

第1条の2 この法律において「農薬」とは、農作物(樹木及び農林産物を含む。以下「農作物等」という。)を害する薗、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物又はウイルス(以下「病害虫」と総称する。)の防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤(その薬剤を原料又は材料として使用した資材で当該防除に用いられるもののうち政令で定めるものを含む。)及び農作物等の生理機能の増進又は抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう。

 2 前項の防除のために利用される天敵は、この法律の適用については、これを農薬とみなす。

 平たく言うと、農作物の育成に使う資材のことを農薬といいます。害になるもの(病気、害虫、雑草等)をやっつけるだけでなく、例えばブドウの種をなくして種無しブドウを作るジベレリンも農薬のうちなので、害にだけ対抗するものではないのですが、まあ大まかに言ってさっきの農家のおっさんの答えは間違ってはいません。

 ただ実は、言葉そのものは間違っていないのですが、おっさんの認識のほうも間違っていないかどうかは微妙なのです。
 そこで農薬の定義を確かめるために○×クイズを出します。

1・田んぼの畦に雑草がたくさん生えてきたので、除草剤のラウンドアップを撒いた。このラウンドアップは農薬か?

2・田舎の山道では道路のすぐ脇が山肌で、雑草がたくさん生えるために除草剤で処理することがあるが、このときに除草剤のラウンドアップを使った場合これは農薬か?

3・一般家庭の主婦が住居のベランダでミニトマト栽培をした。トマトの葉にアブラムシがたくさんついたので殺虫剤のダントツを買ってきてつけた。このダントツは農薬か?

4・一般家庭の主婦が住居のベランダでミニトマト栽培をした。トマトの葉にアブラムシがたくさんついたのでネットや雑誌などで効果があると書いてあった牛乳を撒いた。この牛乳は農薬か?

 答えですが、1はもちろん文句なしに農薬です2は、1と同じラウンドアップを使っていても定義上農薬ではありません。農業で、農作物に使っているわけではないからです。ちなみにホームセンターにはそういう用途向けに非農地用除草剤というのが売ってあります。農薬として売っている除草剤よりは安いですが、農地に使ってはいけません(ボトルなどにも必ず表示してあります)。
 答えを続けると3は農薬です。ミニトマトだって農作物ですしダントツは農薬コーナーで売っていますしもちろん農薬です。そして4ですが、これは農薬になります。牛乳といえど、農作物に対して害虫退治を目的に使っているのですから、ちゃんと定義を満たしています。

 この4を農薬ではないと勘違いしている人が結構多いのです。一般的なイメージともかけ離れているとは思うのですが実は、実際には牛乳は農薬として使用することはできません。それは農薬取締法の11条にこうあるからです。

第11条 何人も、次の各号に掲げる農薬以外の農薬を使用してはならない。ただし、試験研究の目的で使用する場合、第2条第1項の登録を受けた者が製造し若しくは加工し、又は輸入したその登録に係る農薬を自己の使用に供する場合その他の農林水産省令・環境省令で定める場合は、この限りでない。

 1.容器又は包装に第7条の規定による表示のある農薬(第9条第2項の規定によりその販売が禁止されているものを除く。)
 2.特定農薬

 牛乳はこれを満たしていないため、「使用してはいけない農薬」なのです。で、使用しても良い農薬というのが、一般的なイメージどおりの農薬というようなものになります。この、農取法11条の1でいう農薬(一般的に農薬と呼ばれるもの)を登録農薬といいます。登録農薬かそうでないかを区別するのは簡単で、登録農薬ならばボトルや袋などの包装に必ず「農水省登録第○○○○○○号」というような登録番号が書いてあります。

 この話の何が大事なのかというと、まず第一に、「農薬とは、ものの名前ではない」ということです。
 農薬は定義の上では、病気や害虫などの対策として農産物に使用するならばありとあらゆるものが該当します。一般的な意味での農薬というのも、除草剤や殺虫剤などを農業の現場で使うから農薬というのであって、クイズの2で挙げたように同じ除草剤でも使う場所によって農薬だったり農薬でなかったりします。農薬という名前は分類のラベルのようなもので、ものの性質そのものをあらわす名前ではないのです。
 これが農薬批判において決定的に重要なのは、農薬かどうかと安全・危険かどうかは何の関係もない所です。農薬批判では、その農薬が何かをあまり特定せずに「農薬」という塊を指して批判が行われることがよくあり、その上で無農薬栽培などが薦められることがありますが、農薬には危険な農薬もあれば安全な農薬もあるので、危険な農薬を指して危険だと批判するのでなければ意味がないのです。

 農薬全体を一緒くたに批判するのはどこがまずいのでしょうか。

 例え話をしますが、4年ほど前に名古屋の小学校で授業参観に来る保護者に向けて匂いのきつい香水や整髪剤は控えてほしいと呼びかけをしたことがありました。
 常識的に、匂いがきつい香水を授業参観で控えることはそれなりに理解が得られやすい話なのではないかと思います。どうしてもこの香水じゃなきゃ嫌だという人もいるでしょうがたぶん少数派で、そういうのはおかしいよねと思う人のほうが多いだろうと思います。
 これが、匂いがきつかろうがきつくなかろうが香水自体をやめてくださいという呼びかけだったらどうでしょうか。反発は大きくなるだろうと思います。個人の事情もいろいろなので、ソフトなものまで全部駄目とはちょっと厳しいのではないかと思われます
 そしてこれをさらに突き詰めて、化粧品全てを使うなと通達されたらどうなるでしょうか。問題外だと思います。香水も化粧品の一部でしょうが、それ以外にもさまざまなものがあり、匂いがきつかったりするものばかりではないからです。きっと保護者からの賛同はほとんど得られないでしょう
 この「化粧品全てを禁止する」やり方がまずいのは、化粧を控えさせる効果が見込めないばかりか、そのせいで本来は出来るはずだった「匂いがきつい香水を控えてもらうこと」まで出来なくなる事です

 同じ事を農薬に当てはめると、「危険な農薬を名指しして批判する」事は比較的実現性が高いと思われます。それに対して農薬全体を批判して無農薬栽培を主流にさせることは、どう考えても不可能なばかりか、本来もしかしたら達成できて、農業/食品の安全性向上につながったかもしれない「農薬の中でも危険な農薬」すら排除できないわけです

 農薬の定義の話が重要になるもうひとつのポイントは、「無農薬栽培」です。私は上で農薬の定義について、特にクイズの4番のような事例で誤解が多いと書きました。つまり登録農薬以外の農薬を農薬だと思っていないという事ですが、これに関しては普通一般の消費者の方々がこう考えている分には別にかまわないし、仕方ないと思います。普通の人が農薬取締法を知らないなんて、当たり前でしょうし。
 ただ問題は、農家でもそういう勘違いをしている人が多いということです。具体的にいうと「無農薬栽培」をしている農家がそういう、牛乳は農薬ではないというような勘違いをしていたらどうなるでしょうか?

 困ったことに、「登録農薬さえ使わないならば、ほかにどんなものを使ったとしても無農薬栽培だ」と思っている無農薬栽培農家は実際に存在します。そこで使われるものがちゃんと安全ならまだしも、トウガラシ粉やらタバコ抽出液やら、勝手に海外から輸入した植物活性資材を使ったら日本で禁止されてる農薬成分が検出されたとか、ストリキニーネを使って「無農薬ならそれが常識」と豪語したりとか、そういう変な農家だっています。

 そんなものが「無農薬」のラベルをつけて販売されるのはどう考えてもおかしい事でしょう。安全性だって怪しいものです。ストリキニーネみたいな極端なものに限らず、上で挙げた牛乳だってとてもとても安全な資材ではありません。
 もちろん牛乳は飲み物ですし、私も毎日飲んでいます。が、アブラムシ退治としてミニトマトに撒いたとしたらしばらくの間はいいとしても、当然日向にあるわけですから牛乳は腐ります。ひどい匂いはするし、もしも実に腐った牛乳が引っ付いて残っていたりしたらとうてい安全とはいえません。登録農薬なら、収穫○日前より後には使用不可というような基準が決まっていて、それを守るならば農薬はその期間で分解されるのでそのまま食べても大丈夫というような研究が行われていますし、また残留農薬の調査も行われています。わけのわからない資材は調査もされないので、果たしてどれくらい残留しているのかもわかりません。

 ちゃんとした農薬の定義を踏まえた批判を行えば農薬の、そして食品の安全性は高まるよという話をしましたが、ところで今現在というのは、過去にさまざまな農薬批判があり、その裏にはたくさんの問題やひどい農薬があり、というような歴史を踏まえてきてきているのです。というわけで次回は農薬の歴史について少し説明します
 去る7月21日、横浜で、ネット上のお友達であるぶたやまさんhttp://butayama3.hatenablog.com/に招いていただき、横浜で農薬についてのお話をしてきました。
 内容は普通の消費者向けにということで、農薬の定義みたいな基本の話から残留農薬規制についてと、かなり堅い話をしたのですが、ぶたやまさんのブログに写真が上がっているように大量の食べ物に囲まれて、しかも和室で座り込んでというたいへんだらっとした(良い意味)雰囲気で行われたため、全体的にはそれほど硬くならずに楽しく話ができました。

 もっとも楽しくできたとはいえ、自分は決してしゃべるのが本職ではなく、しかもけっこうテンパりやすく(おしゃべりがどんどん加速していき果てには猛スピードでしゃべるようになるのですぐわかる)、それなのに原稿も用意しないので、内容が上手に伝えられたのかは自分なりに疑問があります。
 まあ集まった方々が、自分よりもよっぽどプロだといえる猛者ばっかりだったので(本当に本職の人もいるもの)、フォローもしていただきつつの流れだったのでまったくダメだったわけではないと思いますが(というかあの猛者たちはいったい何しに来たんだ・・・そうかご飯目当てか・・・まあいいか)。

 さてそんなわけで、今更ですが、あの時どんなことを話したのか、またはあの時本当はどんなことを話したかったのか、というのをまとめてみようかと思います。
 で一番初めになんですが、なぜ農薬のお話、それも「農薬って何?」なんて基礎のところからやるのか、という理由なんですけど。

 私はブログやツイッターなどでよく残留農薬の安全性について述べ、へんな農薬批判に突っ込みをしたりしているので、いわゆる農薬擁護の立場というか、最近のあるブクマでは農薬村とかいうところの住人だと思っている人もいるようですが、ちゃんとした農薬批判が行われるならそれは全然悪いことだと思いません。
 私が農薬批判を批判するのは、その農薬批判の内容が間違っているからです。私は「農薬批判をするな」ではなく、「正しい農薬批判をしろ」と言っているのだとしてもいいです。

 ぶっちゃけ私がちゃんと農薬批判をするならば、普通にその手の検索ワードで見つかる農薬批判などよりはるかにレベルの高い農薬批判ができると思います。個人的には、もう使用禁止したり別のものを使ったりしたほうがいいと思うような農薬も実際にいくつかあります。
 正しい農薬批判は、ちゃんとメーカーなり行政なりに届いた場合、その批判を通して農薬そのものや農薬規制が更新され、農薬全体の安全性が向上する作用があります。それは私たち農家にとって非常に大きなメリットになります。もちろん消費者の方々にも利益になるでしょう。そしてそういう正しい農薬批判は日々現場で実際に農薬を使用する農家や扱う業者たちが情報交換しながら行われ、メーカーなどに届き分析や改良などが行われ新製品ができ・・・というサイクルがすでに動いています。そういうのは農薬に限らずほとんどすべての商品でよくある形ですね。

 ところがダメな農薬批判と言うのはこういう流れに乗っていません。たいていが現実の農薬そのものや農薬規制を無視して、架空の「ものすごい毒農薬」みたいなものを妄想して、架空の被害を作り、それを批判しています。
 最近見た例で言えばネオニコチノイド系農薬について「人の脳神経にも悪影響を及ぼす」と言い出す人がいたり(そいつが言っているだけ)、残留農薬基準値の関係でよくある話で「健康な大人が対象の基準だから(子供や体の弱い人には)意味ないだろう」と言われたり、ある農薬被害の話を聞いていたらとても実在の農薬の話だと思えなかったので「あなたが言うその農薬の性質はいったいどこから出てきた話ですか?」と問うと「過去の自分の症状から類推して、こういう性質を持っていると思った」と言われて仰天したこともあります。
 ほかにも「農薬の猛烈な発がん性」や「トキの絶滅は農薬のせい」などなどと昔から農薬についての「デマ」はよくあります。で、デマはいくら流れても農薬あるいは食品の安全性の向上にまったく役立ちません。架空の農薬など規制しようがないし、架空の農薬被害にも対処しようがないので当たり前です。

 「農薬って何?」という定義の話から始めたのも、すでにその段階から大いなる誤解が蔓延っていると思うからで、具体的に上げると先日話題になった「奇跡のりんご」ですが、いわゆる登録農薬さえ使わなければそれ以外の物質(たとえば酢)をいくら使っても無農薬栽培だろうと思っている人がたくさんいるからあの話は成り立っているのです。実際には農薬の定義はそうではないので、誤解が生じるわけです。

 では正しい農薬の定義って何じゃ、ということで次回に続きます。
 有名な木村秋則の「奇跡のりんご」をモチーフにした映画が公開されたそうで、それに関係するお話を最近よく見ます。
 ところで木村農法はよく無農薬無肥料と言われていますが、なぜそれが可能なのかというと、それは彼が農薬等のことを全く知らないからであり、事実として奇跡のりんごは無農薬栽培でも無肥料栽培でもありません

 というのは本人が著書や講演などでも言っている通り、普通に言われる農薬は使っていなくても酢やワサビを使っているらしいので農取法の定義上無農薬ではなく、肥料については菌根菌との共生が肝らしいですが必要に応じて緑肥も使っているらしいので無肥料でもないからです。

 緑肥を使っているのに無肥料というのは正直言って全く意味がわかりませんが、無農薬の方に関してはよくある勘違いではあります。農家でも、登録農薬のみを指して農薬であると思っている人は多いです。ただしそういう認識の人が「無農薬栽培」を行うのはいろいろ危ないことは指摘できるでしょう。

 農薬の定義に関しては以前のブログ記事(農薬取締法についてhttp://ameblo.jp/vin/theme2-10007267107.html)で説明しています。
 それを踏まえて言うと、酢は、食酢であれば特定防除資材に該当します。ワサビはいちおう特定防除資材の保留資材区分Aに入っているので自己責任での使用は可能です。両方とも防除目的で使用すればもちろん農薬にあたります。
 農薬農薬といって、普通の農薬に比べれば酢やわさびの方が安全だろうからいいだろう!と思う方がおられるかもしれませんが、酢が食酢ならまだしも酢酸や氷酢酸だったりしたらそれを散布している現場には絶対近づきたくないですし、わさびにだって当然毒性はあって赤ん坊や犬などに与えるのははばかられるでしょう。そもそもりんごに与えても本当に安全なのかさっぱり調べられていません。だいたい無農薬という表記が間違いである事実はなんら変わりません。

 また前回のブログ記事で少し指摘しましたが、農薬取締法などの農薬規制が厳しくなってきたのは農薬リスクを問題視する人たちの運動の成果で、木村農法のファンにもそういう人は多そうです。本来、そういう人たちこそ、厳しくなった農薬取締法をちゃんと把握して守っていくべきであって、農薬規制的にグレーな物をありがたがっている場合ではありません。

 木村農法は、正しく表現すると無登録農薬・無化学肥料栽培となりますが、無登録農薬農法については酢とわさびはたまたまOKでしたがほかのものもなんでも使えるというわけでもなく農薬取締法違反の影はついてまわり(ストリキニーネのような毒を殺虫剤がわりに使う「無農薬栽培」の農家も実在します)、無化学肥料栽培はいまどき珍しくもなんともありません。
 また「奇跡のりんご」の奇跡の部分は「腐らない」というお話に大きく拠っているようですが、本人がそう言っているだけで特に確かめられているわけでもありません。

 奇跡のりんごのお話がスピリチュアルとか自己啓発とかいう文脈で語られるならまあそういうものかと思いますが、少なくとも農業技術としては意味がないでしょう。商売としては、良く言えば非常に変わった6次産業化というか、農業のメディアミックスの先駆けとは言えるでしょうが。
 もっとも普通のりんご農家が普通にりんごを作っている様を映画化するのはものすごく難しいでしょうけど、そういう普通のひとの頑張りが評価されるようになるほうが世の中は良くなるような気がするなぁ。
 地元の石川県で、近々にモンサント陰謀論の映画の上映会があるそうです。

 全く個人的には、モンサントや遺伝子組み換え農産物が馬鹿げた形で批判されようと特に不利益はありません。ラウンドアップが使えなくなることはありえないし、GM作物はもともと商業栽培出来ないし、食品を買うときに加工品も含めて「遺伝子組み換え不分別」など気にしたこともないので。逆に陰謀論を叩いたところで利益があるわけでもありません。
 ただそれでもこういう風説が気に食わないのは大きく二つ理由があって、一つにはデタラメで他者を叩き、そのカウンターの位置に立ってお金儲けをする遣り口が気に食わない(農薬を叩いて有機栽培野菜を売る業者やハイブリッド種の野菜のデタラメを流して固定種?の種を売る業者なども同様)のと、もう一つにはそういう人の意見を汲み取るマスコミや一部政治家のおかげで食品規制が異常な状態になっていると思えるからです。

 私は、例えば残留農薬規制について普通の人に話すとき、「非常に厳しい規制です」ということがありますが、本当は「異常に厳しい規制だ」と思っています。この異常というのは、その厳しさの量がとても・ものすごく・並外れてとかいう意味ではなく、質的になにかおかしいというか、規制の背景にある思想がどっかいっちゃってるように感じるものということです。

 例えば残留農薬で言うと食品衛生法に基づいて、残留農薬が基準を超えるほど残留した野菜は回収され廃棄されていますが、農薬取締法違反・・・つまり農薬の適用外使用(規定の回数以上使ったとか、使用が認められていない・農薬を/野菜に対して・使ったとか)が見つかった場合は、結果としてその野菜の残留農薬が基準以内でも/検査限界以下で残留がわからなくても回収廃棄されてしまうことがままあります。農薬取締法には農薬の適用外使用で使用農家への罰則はあっても農産物を回収したりする規定など無いのにです。
 使用違反は決して良い事ではありえませんが、なぜ野菜の方まで罰を受けるのでしょうか。より罰則を重くしたいのなら農薬取締法の罰則を厳しくすべきですし、野菜の安全性に関してはその農薬が基準内に収まっている以上は問題などありません。(当然ですが残留農薬も基準を超えていたならば処分は両方に行われて何の問題もありません)

 そもそも、ほんのわずかでも残留農薬基準を超えれば回収処分というのが重いです。以前紹介したように、(http://www.geocities.jp/vin_suzu/nouyaku.htm)何十倍もオーバーしていたというならともかく2倍や3倍くらいはみ出ても問題にならないことのほうがほとんどです。海外ではARfDの基準を用いて、多少の残留農薬が見つかっても健康に影響がないと判断される場合には普通に流通してしまうことがあるようです。

 要するに、残留農薬規制は食べ物の安全性を確保するためにあるはずなのに、安全であろう食べ物であっても基準をわずかでもはみ出せば廃棄、それをさらに踏み越えてはみ出していなくても断罪、というようなものになっているのです。

 こういう事例はほかにいくらもあり、例えばBSE騒動の時始まった牛の全頭検査や、放射線規制の100Bq/kgも異様に厳しいものです。科学的根拠から安全を確保できるラインはもっと手前にあり、しかしそれでも遥か厳しいところに基準を引いてしまうのは、安全を確保する以外の目的が何かあるようにしか思えません。

 そしてその目的が、異常に安全に厳しい一部の消費者団体やマスコミへの配慮であろうとは思うのですが、ここでさらに上乗せで虚しいことに、そういった一部の消費者団体やマスコミはこれほど厳しい規制が行われていることを知らないか、知ってもどうとも思っていません
 本来はこれで充分安全と思われるラインを大幅に超えて作られた規制を守るのは大変なコストがかかるのですが、現実的には特に安全性に影響しない手間であること、その恩恵を受ける人が実質的に存在しないこと(大多数の普通の消費者は知らない・安全性にうるさい消費者団体も勉強しないので知らない)という2重の無意味さで精神的に疲弊させられます。

 食の危険を訴える人は、せめてその具体的な危険はどういうものでどれくらいの規模のものか、それに対して既にある規制がどういうものなのか勉強して欲しいです。例えば、モンサント陰謀論の映画上映会ではカルタヘナ法についての解説が同時に行われたりはするのでしょうか?現実にはもしかしたら主催者であってもその存在すら知らないかもしれません。おそろしく馬鹿馬鹿しいことです。
 私は、農薬に関する記事を読む際に最も重要なのは、その農薬が「どの農薬」なのか把握することだと思っています。

 新聞記事やテレビニュースにはありがちですが、「農薬」や「○○系農薬」とだけ書いて、個別には一体どの農薬のことなのかさっぱりわからないものがよくあります。
 そういう記事の問題は、問題の前提の把握が非常に難しくなることにあり、そのため対処が余計に難しくなることにもあります。単純に言えば、問題の種類が「農薬のせい」なのか「その農薬のせい」なのかがわからないためです。この違いは特に農薬反対運動をするならば極めて重要なはずですが、不思議なことに自分が知る限りほとんどの反農薬活動家はこの違いを無視してすべての農薬を忌み嫌い、結果として運動が実を結ぶことはほとんどありません。

 それを踏まえて、読んでみたい話があります。今朝の地元紙にネオニコチノイド系農薬がミツバチの帰巣本能に影響を与えていることを確かめたとする記事が載りました。

ハチ大量失踪、原因は農薬 金大グループ実験
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/HT20130321401.htm


 世界各地で報告されているミツバチが大量失踪する問題で、金大理工研究域自然システ ム学系の山田敏郎教授らの研究グループは20日までに、1990年代に登場した新種の 農薬によって、ハチが大量失踪することを世界で初めて実証した。研究グループは、この 農薬の毒性がハチの帰巣本能を失わせたとみている。実証結果は、養蜂業だけではなく生 態系にも影響を及ぼすとみられる大量失踪の解明・対策につながると期待される。
 大量失踪は「蜂群(ほうぐん)崩壊症候群(CCD)」と呼ばれる。女王バチや幼虫、 ハチミツを残したまま巣箱から働きバチが突然いなくなり、巣箱周辺では、その死骸が見 当たらないのが特徴である。1990年代初めから欧米などで発生し、北半球から4分の 1のハチが消えたとされ、その数は300億匹に上るという。国内でも2000年代後半 から問題化している。

 農薬や寄生ダニ、ハチ自体の病気、電磁波などが原因として挙げられているが、特定に は至っていない。

 金大の研究グループは、この謎を解明するため、原因の一つに指摘されているネオニコ チノイド系農薬に着目した。ネオニコチノイドはニコチンと似た成分を持つ。有機リン系 農薬に代わり90年代から登場し、現在、100カ国以上で販売されている。

 研究グループは、1万匹のセイヨウミツバチの群れ8群に、濃度を変えるなどしてこの 農薬を投与。カメムシ駆除に使われる濃度の10倍に薄めたものを高濃度、50倍を中濃 度、100倍を低濃度とした。

 その結果、高濃度では急性毒性によって、ほとんどの働きバチが即死。中濃度では7~ 9週間、低濃度では12週間後には働きバチが巣箱からほとんどいなくなった。大量失踪 の事例と同様、いずれも巣箱周辺に死骸は見られなかった。

 このことから、研究グループは、散布後に拡散されて濃度の低くなったネオニコチノイ ド系農薬が花粉などにつき、それを働きバチが長期にわたり摂取。帰巣本能に障害が生じ 、巣に戻れなくなって大量失踪が起きている可能性があるとしている。

 実証実験をまとめた論文は日本臨床環境医学会の学会誌に発表された。山田教授は「ミ ツバチがいなくなれば、養蜂業だけでなく生態系にも大きな影響がある。ネオニコチノイ ド系農薬の使用を規制するなどの早急な対策が必要だろう」としている。


 ところで私は、ブログなどではよく残留農薬の安全について書いていますが、すべての農薬が完全に安全だなどとは思っておらず、危険性が高い農薬や規制した方がいい農薬もあると思っています。上の記事もそういう実験結果が出たことを否定する気はありません。研究の結果、未知だったリスクが見つかる農薬もあるでしょう。ただしそれらは個別にあるのであって、だから農薬全体の規制を強化しようという話とはレイヤーが違います。
 そういう目での記事を読むと、これには「ネオニコチノイド系農薬」とだけあり、それがネオニコ系の「どの農薬」なのかさっぱりわからない点が引っかかります

 実際にはこの蜂群崩壊症候群で話題になっているのはおもにイミダクロプリドクロチアニジンという二つのネオニコ系農薬なのですが、ほかにもいろいろあるネオニコ系農薬において蜂への影響の強さはそれぞれまちまちで、弱いものもあるのです。
 ということはどういうことかというと、こういう研究結果を受けて対策なり規制なりを行うとき、イミダクロプリド及びクロチアニジンを避けようというのと、ネオニコチノイド系農薬全てを避けようというのでは難易度がまるで変わってくるわけです

 3年前のものになりますが、特定非営利活動法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議というところが「ネオニコチノイド系農薬の使用中止等を求める緊急提言」というのを出したことがあります。
http://kokumin-kaigi.sakura.ne.jp/kokumin/wp-content/uploads/2011/03/100219neonicotinoid.pdf
 内容の妥当性などはとりあえず置いて、中身を読むと「なぜこれは『イミダクロプリドとクロチアニジンの使用中止等を求める緊急提言』ではないのだろう?」と思います。内容はほとんどその両者への批判ですし、また先に言ったようにネオニコ系農薬すべてを使用中止にさせるよりは特定の農薬のみに絞ったほうが実現性は高くなるでしょう。それ以外のネオニコ系農薬に関しては、特に危ない(とされる)イミダクロプリドの規制が達成された後に改めて行えば良いのではないでしょうか。
 もっと過激に、農薬そのものの使用をやめろとか言う人もたまにいますが、それこそ絶対に実現するはずがありません。全くの無駄です。

 また、例えばイミダクロプリドが特異的にミツバチに影響するという主張が強くなれば、ではネオニコ系の中でなぜイミダクロプリドが特に危ないのか?という調査研究を経て、ミツバチに影響がないように改良された新型ネオニコ系農薬がつくられるかもしれません。が、仮にネオニコ系農薬全体が規制されるという流れになるならばそんな研究はまず行われないのではないでしょうか。

 記事には、ネオニコ系農薬は有機リン系農薬にとって変わって広まった農薬だと書かれています。実際に有機リン系農薬は、長い間批判にさらされ続けた結果としてその勢力は激減していますが、全部が全部危険な農薬だったわけではありません。有機リン系農薬の中で危険なものを指摘し、安全な有機リン系農薬に関しては容認するという流れがあれば、もしかしたら「危険な」ネオニコチノイド系農薬はこれほど広がっていないかもしれません。

 危険は全体にあるのか部分にあるのか、農薬が絡むとそれが全く見えなくなる人は多いように感じます。検討の結果として全体にあったという可能性もあるでしょうが、大概は部分にあるわけで、その危険な部分を改善して全体の安全性を高めるという流れにしたいものです。一部が危険だから全体を無くせというのでは、逆にいつまでたっても目的は果たせません。それは「全原発即時廃炉」と同じです。反対運動はもっと戦略的に行うべきです。