【騙されるな! ロックを聴いていれば全てお見通し】

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「Won't Get Fooled Again」  原災はROCKの凄さを信じて、もう騙されない!

原災関係に気をもみ、いまこそROCKの凄さを信じて意見します。

ニール・ヤング & クレイジー・ホースの「Big Time:ビッグタイム」で、アルバムは96年『Broken Arrow』ですね。

ニール・ヤング、 クレイジー・ホースらしい、爆音ノイジーなブルースですね。この前95年がジム・ジャームッシュ監督ジョニー・デップ主演映画『デッドマン』のサントラでした。

音色、曲風は延長線上にちかい、ニールのフォーク調も大好きですが、ノイジーなギターの下手うまも好きなもんで、たまらんですが、あんまり注目されなかったアルバムだったのですね。


 


Broken Arrow


 


このアルバムはニール・ヤング、60年代デビュー時から見出してくれたプロデューサー、デヴィッド・ブリッグスが亡くなった後、自らニールがプロディースしたアルバムで、彼とクレイジー・ホースで苦労しながら、制作だったようですが、素・元のままは変わらじのアルバムと思う。カバーでジミー・リードの曲も演ってますが、初期エレクトリック・ブルースへの敬愛でも、ノイジーなブルースロックへ繋げるのも、ニール・ヤングらしい!

で、ニール・ヤング

なんかスポティファイに復活していた。2年前スポティファイのポットキャストの「コロナ番組」へ不信から、楽曲提供を撤収だったのに、今日UP発見で、ビックリ。変心なんだ。

1年間で約5千万から8千万ぐらいの使用料の売上も我慢して、我を通した。ニールらしいと思っていましたが。乗り換えたアマゾン、アップルでも同様なポットキャスト番組があるとの事で、復活らしい。

スポティファイを「世界No.1の低解像度音楽ストリーマー」と言ってますが、私は使いやすいのと個人向け曲集がセンスありで、辞めませんでした。ニール親分に逆らった(笑)

曲集が他ストリーマーより格段の差がありましたが、AIの力だと思うけど、今は拮抗した。でも、これまでのストックあるから、スポティファイが一番聴いているかも、止める気もしない。

 ニール・ヤング、自社ブランドのハイレゾ音源プレーヤーを販売したぐらいだから、アルバム音源がローファイになるのが許せないらしいが、今回は我慢で復活のようです。

あれ…ポットキャストの「コロナ番組」への不信が音源提供停止の理由だったのではないの(笑)

あと、2014年米バーモント州の遺伝子組み換え作物(GMO)を含んだ食品の表示を義務づける法律へ応援するため「スターバックスにさよならを!」を掲げたニール・ヤング、小生もそれにならい、この10年間で1回しかスターバックスを飲んでいない。

甘党でもお高めのスターバックス・フラペチーノが飲めなかったが本音ちかい(笑)

今回スポティファイへ復活、お金の事もあるようで、なんかどっちつかずで親分の心が読めんまんが、それでもついていきます。楽曲は心の糧ですから!!

と云うことでおまけは同アルバムからで

Neil Young with Crazy Horse-Slip Away



































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お~~~ 話題の街に住んでいるのかな?
(笑)
グレッグ・キーン・バンドの「Jeopardy:ジェパディ」で、アルバムは83年『Kihnspiracy:シスコ大好き』ですね。

当時はCD出始めの頃ですが、まだまだレコードが主だったと思いますが、なかなか見かけないレコードだったかなと、当時はレコード探しは新作・旧作とも新宿、時々六本木でしたが。

邦題は忘却の彼方で、今回UPするのにネット調べで、大爆笑一人ぽっちで、家族不在で良かった、それでなくても、頭おかしいと思われているのに(笑)



邦題力技ですが、原題も中心メンバー、グレッグ・キーンのKihn・spiracyと遊んでいますが。
この曲は、マイケル・ジャクソンの83年「今夜はビート・イット」のため、シングルヒット1位になれなかったようですが、これも忘却の彼方。

日本ではグンバツにヒット・認知があったわけでないけど、そこそこ耳にしましたね。チープ感満載のPVもファニー感ありで、悪くない。


 


Kihnspiracy


 


ニュー・ウェイヴ終わりの頃ですが、この手の曲風でアメリカンPOPロックは受けていたようで、そして作りはディスコミュージック風ロックンロール。

UKでも、パブロック流れからグレアム・パーカーやニックロー、イアン・デューリーあたりがありましたが、ここらへんも好き嫌いありでしたので、純ロックやニュー・ウェイヴ好きの私的には、なんだかな~退化と思ったのも本音でしたが(笑)のれるロックンロールなんですが。

アメリカンのグレッグ・キーン・バンドはさらに明るくですので、パワーPOP風、でも一過性?の一発屋??…今も現役なんですね、好きな方はいるのですね。

と云うことでおまけは前作82年『Kihntinued』からで、こちらの方がメロは印象大ですね

Greg Kihn Band - The Breakup Song



































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スティーヴ・ウィンウッドの「Every Day (Oh Lord):エヴリディ(オー・ロード)」で、アルバムは90年『Refugees of the Heart:リフュジーズ・オブ・ザ・ハート』ですね。

大好きスティーヴ・ウィンウッドは、81年『アーク・オブ・ア・ダイヴァー』から時節の音楽ならいで、シンセPOP、ダンスミュージックを上手く、ブリティッシュロック・ボーカルを合わせて、ヒットチューンに。

86年『バック・イン・ザ・ハイ・ライフ』88年『ロール・ウィズ・イット』は大ヒットで10年間、少し温故知新で『リフュジーズ・オブ・ザ・ハート』だったかなと思いますが、このアルバムでヒットは、ひと段落だったのですね。

えれえ、品は良いと思いますが。ここらへんは賛否両論になるブルー・アイド・ソウルかな~今頃、解釈ですが(笑)


 


Refugees Of The Heart


 


まあ、スティーヴ・ウィンウッドは70年代は後追いで、スペンサー・ディヴィス・グループ、トラフィックこれは前期は最高ですが、実験的POPロックでもあるので、今もけっこう聴くは大変ですが、メンバー、ジム・キャパルディ、デイヴ・メイスンですから、ジミヘンとも演ってた頃ですからレベル高。

そしてブラインド・フェイス、1枚だけのアルバム69年『スーパー・ジャイアンツ』の「Can't Find My Way Home:マイ・ウェイ・ホーム」は座右の曲だし、いまだに家路(自人生)探しは生きてるかぎり続くと…

それぐらい好きなスティーヴ・ウィンウッドが、80年代は売れて90年の『リフュジーズ・オブ・ザ・ハート』では、前作から参加ジム・キャパルディを入れて、豪華伴奏メンバーの入れながら、ウィンウッドは多くの楽器も演奏でパーソナル出して、60年代・70年代サウンドもリフレッシュかなと…気持ち良いアルバムになっていたと思うのです。

Refugees of the Heart:リフュジーズ・オブ・ザ・ハート:心の難民たち…俺もそうかもしれない…かな?

と云うことで同アルバムから好きな曲で

Steve Winwood - I Will Be Here

































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多摩川から富士山、少しはなれて南アルプス白根三山も見えた! 北岳バットレスで夢中になったロッククライミング 懐かしい 40年前ですが😆
K.C.&ザ・サンシャイン・バンドの「(Shake, Shake, Shake) Shake Your Booty:シェイク・ユア・ブティ」で、アルバムは76年『Part 3:シェイク・ユア・ブティ』ですね。  

ブログ14年目になるのに表題字数制限わからず、相変わらず表題が長いと入れられない、もちろん字数制限必要と思うが、長いバンド名で長い曲名は打てるようにしてくれると嬉しいのですが。

私的には75年「That's the way I like it:ザッツ・ザ・ウェイ」で、アルバム『KC And The Sunshine Band 』から、これもようラジオでかかっていました「ゲット・ダウン・トゥナイト」「ブギー・マン」「シェイク・ユア・ブティ」も最高ノリ。


 


パート3


 


愁いありカウンターカルチャーのスライとは、対極と、今になって講釈できますが、音楽好き洋楽好きなら、耳にしたK.C.&ザ・サンシャイン・バンドと思う。

ファンク、明るくのれる曲で、白人黒人の混合バンドで久しぶり本気聴いたら、リズム感しっかりで演奏も凄いと気がつきましたが、ネット調べたら、スタジオミュージシャンと録音エンジニアのバンドだったようで、道理でしっかり感に納得…今頃(笑)

70年代に知ったディスコミュージックは、78年映画『サタデーナイトフィーバー』のビージーズの前に、K.C.&ザ・サンシャイン・バンドやこれも黒人白人混合バンドの英のホットチョコレート、アース・ウィンド・アンド・ファイアーでしたね。ファンクがディスコミュージックへの流れで聴いていたのですね。



3月末から、息子は高熱、インフルとコロナは陰性でも部屋に隔離、小生も高熱にインフルとコロナとも陰性でしたが、医者いわく当家はインフル・コロナでないと断言、でも関節痛とそれによる悪夢(起きているのか寝てるが区別ができないほどリアルな夢)数日つづきましたが、K.C.&ザ・サンシャイン・バンドで元気に。メインで聴いたバンドではなかったけど、三つ子の魂百まで で、70年代に聴いた音楽はほんと体にすり込まれています。



K.C.&ザ・サンシャイン・バンドは80年代に解散して、90年代に復活して今の活動しているのですね。ボーカル・コンポーザー・プロデューサーのハリー・ウェイン・ケイシーはしっかりオジサンになっていました。写真では激変、まあ、ひとのこと言えんけど(笑)

と云うことでおまけは同アルバムからこれもヒット曲で

KC and the Sunshine Band - I'm Your Boogie Man



少し元気になって近所散歩、桜は満開































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ラモーンズのカバー「My Back Pages:マイ・バック・ページズ」で、アルバムは93年『Acid Eaters:アシッド・イーターズ』ですね。

ボブ・ディランの64年作ですが、私的にはバーズの67年『Younger Than Yesterday:昨日よりも若く』で知ったのが正解で、70年代からのロックファンですので後追い、UKRock好きでも、60年代アメリカン・ロックのバーズとドアーズとジェファーソン・エアプレインが思入れ強しです。

ラモーンズ後期、96年解散間際前のアルバムは、60年代ロック名曲のカバー集ですが、US・Uk集め、その選曲が好み、曲時間も短く、聴いていて疲れない、ロックンロール。

どこをとっても切っても、ラモーンズ調子は崩れずで、ZZTOP同様に、俊逸一芸。


 


Acid Eaters


 


まあ、ラモーンズを本気聴いたのは、ニュー・ウェイヴから80年代になり、上京してからビートルズ系列でロックを聴いてない輸入盤を持っている東京の友を得てから。これがブリティッシュロック筋として、けっこう驚異で、ここで田舎とは違う東京の文化を知った、そもそも輸入盤なんって知らなかったし。

セックスピストル・クラッシュのパンクは、UKばかりでなく、米・日で派生し、ライブハウスに通う事にもなるのですが。

90年代になり、昔回帰と言うかラモーンズがルーツの60年代名曲をパンキッシュのカバーで、そこにはロック同好の志、初期70年代ラモーンズ同様になエナジーを感じのです。
で、本家より、ラモーンズの方がカッコイイなんって、おもちゃいます(笑)

本家も素晴らしく、時代の音・曲、アンボイ・デュークス、ローリングストーンズ、ジェファーソン・エアプレイン、フー、アニマルズ、ラブ、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、etcをラモーンズ調で楽しめる。

と云うことでおまけはこの『Acid Eaters:アシッド・イーターズ』前作の92年『モンド・ビザーロ』では、ドアーズもカバーもありました

Ramones - Take It As It Comes





インスタとアメーバ―の連結は切れていると思っていたら、インスタUPしたら、ブログで前頁で自動で上がってた。ちと、びっくっり、連携無しなんでしばらくインスタUPやって無かった。また都内の名所の季節替わりUPする気が湧いてきた。

本日、鑑賞で、何故公開が遅れたか…観る事で知りえる事があると…オッペンハイマーは名前だけしか知らなかったの者が、当時の状況を映画で知る事に意味があると…思う。

クリストファー・ノーラン監督は、映画業界では初期作『メメント』から注目されてましたが…深考させても商業映画がなり立つのは天賦の才。
この映画は、原爆を作ってしましった【オッペンハイマー】が主。

まあ、映画は観てなんぼ、ご興味ある方はご覧ください。































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サードワールドの「Satta Massa gana:サタ マサ ガナ」で、アルバムは76年1st『Third World:サードワールド」ですね。

 サードワールドは79年上京して、西新宿のリスリングルームで、只でレコードが聴けるスペース(テクニクスだったと思う)で覚えたレゲエのバンドでしたが、浪人なのに名画座で3本立て映画、高田馬場でビリヤードやって、時々予備校で志望校に落ちた(笑)当たり前。

サードワールドはジャマイカ出ですが、上手く精練されていて、この直ぐ後、スティーヴィー・ワンダーのプロディースが楽曲提供で、当時のダンスミュージック(ディスコ)ブームもありで、ボブ・マーリー、ジミー・クリフに次ぐ、認知が日本でもあったと思う。

レコード会社はレゲエブームの立役者クリス・ブラックウェルのアイランド・レコードでもあり、ジャマイカ時代がインナー・サークル派生ですが、サードワールドが一走し早く、世界的にヒットになったようです。ジェイコブ・ミラーのインナー・サークルも大好きなバンドですが。


 


Third World


 


「Satta Massa gana:サタ マサ ガナ」はルーツレゲエのアビシニアンズの元曲69年のカバーですね。元曲も素朴ですが、無垢なジャマイカン・ミュージックの元祖・元素でしみいります。大好きレゲエ80年映画『ロッカーズ』の冒頭で楽曲でなく劇中歌で使われました。

サードワールドをそれを聴きやすく、POPに、ここらへんはボブ・マーリー、ピータートッシュの洗脳で、反骨=レゲエと思いこんでいた私には、これは青天の霹靂で…

もちろんサードワールドも77年『華氏96度』78年『エチオピアへの道』で、ジャマイカへの迫害、苦難の独立運動の歴史、ラスタを唄ってるですが、そこをクールにインストもやるし、ファンク、ディスコ、ソウル、テクノと合わせ昇華させていったと思うし、そこが聴きやすかったかなと思うのです。

と云うことでおまけは元曲、アビシニアンズのアルバム化も同年76年なんですね。知らんかった。

The Abyssinians - Satta Massa gana






























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