蔵元駄文
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あけましておめでとうございます! 

あけました

みなさまあけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します。

新木桶

今年も酒造りに励んでおります!
今年私は40歳になってしまいました!
33歳直前で蔵に戻りまして、7年以上が過ぎてしまいましたが、
酒造の謎は深まるばかりです………。
今年も試行錯誤しながら、楽しく酒造りをやっております。

同年代の2トップ、醸造長の古関、また貯蔵管理長の鈴木を軸に今年も頑張ってますが、
みな年齢が近いもので、
私を含め順に、本厄、前厄、後厄という、三厄そろい踏みなんですね。

「何事も自重せよ!」という年ですので、体力的には、あんまり無理をしないよう
気をつけながら、心は昨年以上に燃えており、実験的な仕込みをエスカレートさせております。


木桶内

木桶は、新しい桶を3つ仕入れました。
「やまユ」は新桶で造るというルールがございますので、毎年、常に複数の新桶を導入することにしているのです。
なお、一年以上使用した旧桶は当蔵の重要な大吟醸クラスで用いられます。


さらに今年は、やまユの酒母を、旧来の山廃スタイルから、生酛仕込みへと酒母を変更いたしました。
この変更により、もろみの配合などもより繊細になりまして、
もっと仕込み一本一本に集中する必要に迫られています。
このため、今まで4色造っていた「やまユ」を、今年は安全を見て3色で展開することにいたしました……。酒米がひとつ減ってしまいますが、そのぶん充実した内容の酒をお届けできればと思います。




nextizm 2015

さて、ここでお知らせです!

1月31日(土)に、久しぶりに、NEXT5のイベントを行うことにいたしました!!


昨年は、日本酒のイベントも大変多く、また我々も共同醸造酒が一段落いたしましたので、
一旦、イベント類はお休みして鋭気を養っておりましたが、
またそろそろ、活動を開始いたします!!


なお、このたびは秋田での開催でございます。
(夏には、また趣向を凝らしまくったものを、他地域でやりたいと思っておりますが、
それはまたいずれ---)

今回は、2013年の"Echo"に引き続いての、音楽イベントの再来でございます!!

NEXTIZM (ネクスティズム)
~2015 next5 New Year Live Collection~



新酒なまざけをテイスティング可能な音楽イベントです。

各蔵、一押しの新酒3種類。これにプラスして、提供時間限定で、
なかなか飲めないようなものを持って来てもらいますよ!
合計20種類、フリーティスティングでお楽しみいただけます。

時間は午後7:30~11:00で、
会場は秋田駅からほど近いクラブ「JAM HOUSE」。

そして出演のDJ陣------

セクスィー 山本  (*注:これは……「白瀑」さん、です、ね………)

DJ KRIBA  (「春霞」の蔵元の栗林直章さん)

DJ Koeichin  (「一白水成」の渡邉康衛くん)

DJ Yamayu  (私です)

DJ Kikka     (我々NEXT5とのイベント共催者である、音楽家/建築家の木川伸一さん)

さらに~、スペシャルゲストDJとして、秋田で創作活動中の若手陶芸家、田村 一 さんが登場!
(モーニング連載の人気漫画「へうげもの」とリンクして活動する陶芸家集団「へうげ十作」のメンバーとしても知られております。超・私事になるのですが-----彼は私の親戚でございます。私が酒造り、彼は陶芸家ということで実に面白い関係でございます)

とかかな? 順不同、演奏時間未定です!

ライブもございます。秋田はダンスが暑い!
前回同様にベリーダンサー(belly dancer tae)と、今回は舞子文化を復活させようと活動中の「秋田舞子」にもご出演いただきます。
お楽しみに!

さらに、
DJ KRIBA こと「春霞」の栗林直章氏が、自身のバンド、KAMEYAMA BAND(カメヤマバンド)を率いて再臨! 

トリは、共同主催者の木川伸一氏の率いるバンド Next Fighters の
演奏を楽しんでいただきます。

なお、フードは内部でお買い求めいただけます!
チケットは、会場の収容人数が少ないため、前売りのみとさせていただきます。イープラスチケット 
にて、「next5」で検索願います。

それでは今年もよろしくお願い申し上げます。





26By(平成26酒造年度)(2014ー2015)のスタートです

ご無沙汰しております。
新政酒造も、平成26酒造年度(26BY)、
2014~2015年の酒造りがはじまりました。

私にとっては、はやくも帰郷7年目・・・。
酒造りを、若手メンバーで始めてからは、6年目となります。
現在、製造部門のトップである古関弘は、現場運営の2年目で、
ややなれてきたところでしょうか。造りのメンバーも、皆たいへん
気合いが入っており、ここ数年まれに見る充実ぶりです。
今年は、昨年までの様々な弱点を克服しようと、用意周到に臨んでおります。

昨年の造りで後悔するところといえば・・・
醸造期間が後ろにずれ込んでしまったため、非常に酒造りがしづらい6~7月にまで
仕込みを継続しなくてはならなかったことです。

当蔵は、純米大吟醸クラスの酒などが多くなったり、実験のお酒も増えているので、
仕込みのサイズが小さくなって、仕込み本数ばかりが増えてゆく状況です。
製造量はどんどん少なくなってきていますが、仕込み本数は減りません。

当蔵は、通年雇用の社員で酒造りしているので、ある程度醸造期間を長くする必要があります。
雇用の維持のための仕事を潤沢に用意する必要があるためです。

しかしどんなに長くなっても、6月には仕込みを終える必要があります。梅雨が来ると
麹造りも難しく、蔵の衛生状況も悪化するのでお手上げになってしまいます。

しかし昨年は、設備投資の遅れのため、醸造の開始が一ヶ月以上遅れ、
11月中頃からとなってしまったので、かなりのハードスケジュールの上、造りの
終了がいつもより、かなり遅くなってしまい、相当に難しい酒造りを迫られました。

当蔵は、「平造り(ひらづくり)」といって、
昔ながらの構造の酒蔵です。平面上にすべての作業場が配置されています。
面積が広く、工程ごとの移動距離が長いです。
蔵全体を冷房するなどとうてい不可能です。

(これが、近代では、ビルのような造りにしたりすることで、
工程が上下に配置されて、効率が良くなった上、
全館空調ができたりして、夏場でも酒造りが容易になってきました)

しかしながら昔ながらの醸造場である当蔵は、
暖かい時期に酒造りをするのが、さほどむいてはいるタイプではありません。
あんまり暑い時期に酒造りしますと、なかなかいい酒になりにくいのです。
衛生状態の悪化もさることながら・・・特に「麹」の質が変わってしまいます。
それによって、酒の質が激変してしまう可能性があるのです。

もともと秋田は、冬場は湿気が多い県です。

というか、日本海側は、太平洋側に比べて、湿気が多いのですね。
北西の風が吹く冬場だけでなく、年間通じても、
明らかに湿気が多いとのことです。

湿気が多いとカビが生えやすい。
そして、酒造りに用いられる麹菌もカビの一種です。
湿気が多いと、麹菌がよく繁殖した、しっかりとした麹になります。

ですから、日本海側の蔵の麹のほうが、見た目もパワフルだし、米を溶かす力も強いものになりがちなようです。
製麹中に、麹があまり乾かないので、どんどん菌糸が生えて、強い麹になってしまうのです。
そうした麹で作られた酒は、甘口タイプだったり、辛口でも輪郭がしっかりした酒ができやすいのです。バランスが損なわれると、くどく重くなったりします。

東北を見ても、
日本海側の秋田~山形の酒質と、
太平洋側の岩手~宮城の酒質は全く違います。
秋田はどっしり甘いスタイルだというイメージが多いのではないでしょうか?

ここ数年、秋田県では、どこの蔵でも、ラインナップの上から下まで、吟醸造り(特に
よく乾いた吟醸麹を造ること)を徹底したので、「軽くて甘い」スタイルになったと思います。


全国を見ても、味ががっちりしたイメージのあるのあ、北陸~山陰地方でしょうか。
やはり、湿気が多い傾向があります。
逆に、神奈川、静岡、高知なんかは、イメージ通りさっぱり乾いた味の酒が多いですね。

日本海側ですが、「淡麗辛口」で売っている新潟県など、例外の県もありますし、
食生活の違いからも説明できますが、酒の味の傾向は、気候風土による麹の出来とも
やや関連があるような感じがします。
(ちなみに新潟はもともと、甘口のどっしりした酒が多い県だったようです)

話が飛びましたが・・・・
そういうわけで、秋田は湿気が多いので、ただでさえ麹が強くなりやすいです。
それでもって、平造りの旧式の酒蔵で、梅雨時に近い頃まで酒など作っていると、
酒質を保つのが難しいのです。

そういうわけで、昨季は大変な思いをしましたので、
今年は、ちゃんと10月の頭には仕込みをはじめるように心がけました。
今のところ、頭の2~3本の仕込みで苦戦したくらいで、
なんとか幸先の良い出だしでございます。

今年の当蔵の設備投資の最大の目玉は、瓶詰の充填機です。
(まだ機材は到着しておらず、これから搬入、組み立てになるのですが……)

通常の充填機は、瓶の上部にノズルが降りてきて、瓶の中に、上部から、酒をばしゃばしゃ撒き散らしながら詰めるものです。

しかし、今年、我々が導入するものは、ノズルが一旦瓶底まで降りてから、液面にそって上昇するという手の込んだ動きをするものです。もともと、酸化を嫌うワインや、泡立つといけない「みりん」のための充填機だったそうです。
空気を巻き込まないで瓶詰できるので、瓶詰時点での酸化を防ぐことが可能です。

また、今季は、「やまユ」用に新しい木桶を3つ導入しました。このブランドは
毎年、新しい木桶で仕込みたいのです。

なお、昨年購入した4つの木桶は、今年は精米歩合40%以上の酒に使用します。
その場合は、生モトと木桶の組み合わせとなります。

そうです。
昨年から取り組みはじめた「生モト」が、今年は、かなり多くなってきます。
基本は、「6号酵母」を用いる通常スタイルの「生モト」が多くを占めますが、
折りを見計らって、例の培養酵母無添加の「古式」スタイルもまたやるつもりです。

そして、数年以内にオール「生モト」を達成する予定です。
生モトの技術をブラッシュアップして、誰でも安定的に、
安全にできるスタイルを見つけて、公表したいものだと考えています。

あとは、仕込配合や発酵スタイルにも、かなり過激な改変を行いました。
これについては、また後でお知らせしますが、今までの技術を応用した発酵形式で、
今のところとても有望に発酵しています。
いくらか調整が必要かもしれませんが、間違いなく以前よりも、
さらにエレガントな味わいになると思います。

ではまた。

酵母無添加の生酛ができるでしょうか LAST

今年は、まったくブログが書けませんで、残念至極です。
ここ1年間くらい、なかなかブログを書く時間が
とれてませんね。申し訳ありません。

虚弱な私は、今季は、体力の限界を超えて飲み過ぎました。
5月から6月にかけて、2週間ほど酒を飲む機会が連続したあたりで、
体調は最悪になりまして……。
連続飲酒の最後のあたりには、たいした量も飲んでいないのに、
翌日、酷い二日酔い。全身が痛み、まったくやる気がでなくなるという有様……。
とはいえ、病院に行く時間すらとれません。

私のような体質の酒飲みは、本来、要注意です。
ご存知の方も多いと思いますが、アルコールは体内で、2段階を経て無害化されます。

アルコール

アセトアルデヒド(悪酔い成分)

酢酸

です。

私の場合、一段階目のアルコールを分解する酵素はあるが、
二段階目のアセトアルデヒドを酢酸まで分解する酵素が少ないという、
典型的な日本人体質です。

アセトアルデヒドは、相当、体に悪い成分です!!
これはみなさん超危険物質なので、二日酔いになるのは絶対に避けてほしいと思います。
(などといいながら、私もそれが守れていなかったわけなのですが……)

ちなみに、
アルコールを分解する酵素以上に、アセトアルデヒドを分解する酵素が強ければいいなあ………
と思ったりもしますが、
そういう人は、アルコールでハッピーな体験しかしないので、無制限に飲み過ぎてアル中になります。私の大好きな映画「リービング・ラスベガス」状態になります。

実際、アメリカ人はアル中だらけといっても過言ではないのでは?
今現在でも、アル中更生施設がうんざりするほどにあります。
美味しい日本酒がこれ以上アメリカに輸出されたら大変なことになるような気がします。

ところで、日本では、そんなにアル中はいないですよね。
日本人は、アセトアルデヒド分解酵素が少ない人が大半なので、
連続飲酒が不可能な傾向があり、ひいては際限なく酒を飲むことができないので
アル中が少ないような気がします。
逆にいうと、アル中になる前に、どっか臓器を壊したりするわけなんですが………

それはまずい!!!
さすがに造り手が酒のせいで体を壊したらまずいので、
8月末頃から、断酒をはじめて、体力回復モードに生活を切り替えました。

おかげさまでやっと休みらしきものが取れたので、
先日、満を持して、やっと腎臓やら肝臓やら、臓器関係を調べてもらいましたが……
大丈夫でした。ありがとうございます。

とにかく、一番恐れていた肝臓の数値が変わってなかったので、ほっとしました。
酒飲みの方には重要な指標である GPT、GOTともに20。
安全圏です。


ちなみにこのGOT、GPTは、酒造りにも関係する酵素です。細菌から、あらゆる動物の臓器細胞など、みんな持ってる「アミノ酸を作る」酵素なんですね。

GPTは、グルタミン酸ピルビン酸トランスアミラーゼという酵素で、
ブドウ糖がちょっと変化した「ピルビン酸」という物質と、グルタミン酸というアミノ酸を
くっつけてアラニンというアミノ酸に、さらに変換してしまう酵素です。
アラニンは、甘くておいしいアミノ酸で、日本酒には相当多く含まれています。

GOTは、グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼという酵素です。
同じようにアミノ酸を、肝臓の中で造ってくれる酵素です。

アルコールを飲み過ぎて、肝臓がぶっこわれてくると、こういう肝臓の中にあるはずの酵素が、血の中に漏れて出てきてしまうので、血液検査でわかってしまう。
これが肝臓の健康数値の指標となるわけです。


日本酒造りにおいても、同じようなことが起こります。
もろみのアルコール度数が高くなると、酵素の働きで、ピルビン酸という酸が、どんどん減少し、アミノ酸に変化してゆきます。しまいに、酵母の体が壊れて、タンパク質やらアミノ酸そのものがぐちゃぐちゃ出てきて、本格的に酒のアミノ酸が多くなってきます(自己消化)。これでは、飲み物というより、どんどん調味料のようになってゆきます。重くて、ごつくて飲みにくくなります。
ですから、アミノ酸の数値を指標に、酵母が痛みすぎないうちに搾らなくてはなりません。


私なんかは、自分の血液検査の表を見ると、なんだか酒造りの分析数値を見ているような
気になります。肝臓がダメージをくらいすぎれば、酵母よろしく肝臓も自己消化を起こしてしまいます。そうなる前に、すみやかに断酒しなくてはならないのですね。

もろみ期間が長いと、酵母もへばりやすい。ちょっとアルコール度数が高くなるだけで
もろみでバタバタ死んでゆきます。

私もしかり。やはり年です。
なんといっても、あと3ヶ月で40になります。
前厄です。
本格的に酒が弱くなっています。

考えてみれば、30歳で日本酒に目覚めて、32歳で蔵に帰ってまいりましたが、
いつのまに、こんなに経ったのかと愕然としております。
来年は本厄なので、出張等はほぼ控えさせていただき、肝臓をいたわりながら、
家に閉じこもって、初心に帰ってブログばかり書いていたいと思う次第です。




それはさておき………、
しつこく生酛の話ですが、まとめます!!!

予想以上に生酛がうまくいき、野生酵母の淘汰ができたのですが、
その後、酵母が自然に入ってきて湧いたりしそうにないことがわかりました。
そこで、酵母を立ち上げるため、できたてほやほやの麹を追加で振りかけたところ、
見事、麹についていた酵母(まず間違いなく蔵中の空気に漂ってる6号酵母)が
立ち上がりました。
こうして、無事、培養酵母を投入せずとも、(当初の目論見とは同じくはなりません
でしたが)自然な成り行きで、酵母無添加の生酛ができたのでした。
万歳!



まとめです。

今回、この貴重な体験でわかりましたことは、昔(江戸時代)は、
良くも悪くも、常に、酵母などの微生物のに汚染する機会が多い環境であったので、
「酵母無添加」も可能だったのだなあ……ということです。

江戸時代は、木材の道具しかありません。
使い込んでくると乳酸菌やら酵母やらいろいろな菌が棲み着きます。
こういう木材の道具で、酒母を仕込んだり、櫂入れしたり、暖気を入れたりしているわけですから、常に、微生物のコンタミ(汚染)が起こっていたと考えられます。

それに、昔は、殺菌用の熱湯も豊富になかったでしょう。米を蒸した釜の熱湯くらいしか
使えなかったともいいます。そうしたら酒造用具の熱湯殺菌の機会も限られています。
現在のように、いつも好きな時に大量の湯を使って……というわけにいかないのだから、
衛生度のほども知れています。

ということで、一旦、酒母の中で乳酸菌以外の生命体が絶滅しても、常に酵母が供給されるため、
(亜硝酸反応消滅後には)また、すみやかに酵母が増殖することができたのでしょう。


さて。
現代では、衛生環境が高いので、酵母添加しない生酛は、湧きにくいでしょう。

私も、これから酵母無添加でやる場合は、考えなくてはなりません。
今回のように、手順だけ真似ても、うまくいかないのです。

酒母タンクまで木製にする、暖気樽を木製にするなど、
環境全体を、江戸時代に持ってゆくことが要請されているのかもしれません………。
うーん、実にいいですね。


また同時に、そろそろ、生酛そのもののあり方に関しても、
見方を改める必要があるような気がします。

培養酵母を添加して造る一般的な生酛系酒母についてのおさらいですが、
野生酵母の完全滅菌が達成された上での酵母添加になりますから、
これは、当然、速醸酒母や高温糖化酒母よりも酵母純度が高い酒母になります。
生酛(山廃)は、もっとも優れた酒母なのです。

ですから、一般的に生酛系の酒にまつわる誤解は、見当違いも甚だしいのです。

生酛系の酒は「独特のクセがある」ようなイメージが広まっているような気がいたしますが、
あれはまったくの誤解です。

クセがあるのは、単にその酒が(悪い方向に)老ねているか、
あるいは、香味を害するバクテリアなどの侵入を許してしまった失敗作だからに過ぎません。

きちんと造られた生酛系酒母には、一切、不快なクセなどはありません。
それは、もっとも衛生的な酒母なのですから。

では、なぜ、生酛・山廃の酒に、「くどい」「重い」などのネガティブなイメージが着いたのか?

かつて、「昔ながらの酒」として、一旦途絶えた生酛・山廃系酒母の酒を復活させる際、
わかりやすくするため、熟成した味わいで提案したから………かもしれません。
でもそれはマーケティングであって、生酛の本質とは違った印象操作でしかありません。

完璧な生酛や山廃には、目に見えるクセ等はないということを強調して、
この続き物を終えることにしたいと思います。

ありがとうございました。













酵母無添加の生酛ができるでしょうか 5

さて、長く続いた古式生酛についてですが、今回が最終回となります。

さて前回までは・・・?
確か、乳酸菌が立ち上がったあたりまで書きましたね。

しかしその直後、「どうも酵母まで全滅している」という、
我々にとっては、意図しない出来事が起こり、窮地に立たされてしまったのでした。

そう。私としては、酒母内に、ちょっとでも強健な酵母が生き残ってくれることを前提に、
酒母造りを進めていたのですね。

しかし、今回は、このように予想が裏切られ、なんと乳酸菌(しかも単一種。ラクトバチルス・サケイであろうと思います)以外のあらゆる菌が死滅してしまいました。

これから、この乳酸菌しかいない液体を、どうやって立ち上げたらいいのか・・・
つまりこれから強健な酵母を、いかに「自然に」生やせば良いのか、途方に暮れてしまいました。

確かに・・・。
もともと、生酛系酒母において、乳酸菌以外の菌が、途中でうまく淘汰されることは、教科書で示されている事実であります。

醸造家には周知の図表『生酛系酒母における微生物の増減カーブ表』では、
(主に麹から持ち込まれた)酵母やら雑菌やらは、硝酸還元菌が「亜硝酸」を生成しだすと、そのショックで増殖が止まってしまいます。
すると、「亜硝酸」なんてへいちゃらという体質の乳酸菌群が急激に増殖しはじめ、
主に乳酸などの酸がいっぱい放出されて、酸度は上昇してきます。(乳酸菌は乳酸だけでなく、酢酸とかも出します)

すると、乳酸菌が生み出す酸と、亜硝酸、さらには糖分による浸透圧の「トリプルパンチ」で、
多種多様に含まれている細菌たちは、弱い順から、どんどん滅亡してゆきます。

そして、最終的には乳酸菌以外いなくなるのですね。
このころは亜硝酸反応もなくなっており、これが、一般的な生酛における培養酵母使用のポイントです。

亜硝酸反応さえなくなれば、酵母はオーケーなんですね。かなり高い酸度や糖度でも耐えられます。イキの良い培養酵母が投入されれば、この酒母は出来たも同然。

乳酸菌(ラクトバチルス・サケイ)は、アルコール5%くらいで死んでしまいますから、
酒母が完成した時には(アルコール12~13%)、とっくに存在していません。
まさしく酵母だけが生きているということになります。

酵母純度100%。
しかも酵母は、かなり酸が高く糖分が高い環境で育ったため、細胞膜も超強靭!!
もろみでも滅多に死なない!! これをもとに仕込みが行われると、さぞかし強い酵母たちが発酵を行ってくれるので、すばらしい酒になるのは間違いなしです!!

しかし。
個人的にはどうにも、こりゃ~~、ちょっと話が出来すぎていませんかね? と思ってました。
これは一種の「実験室」的モデルケースにすぎず、現場で、常に起こりえるような事実ではないのでは? と思っていました。

実際、自分でも経験はありますし、様々なお蔵さまと情報交換して知見を得ることもあります。
よく聞くのは、生酛系酒母を造ってると、添加した培養酵母では、ありえない酒になったりすることが、ざらにあるということ。

例えば「香り系酵母」(大吟醸とかに使われる濃いリンゴ様香がする酵母)を添加した山廃だけど、実際はぜんぜん派手な香りが出ない、とか。

これはなぜか?
通常の酒で使用している清酒酵母が、麹由来で酒母に忍び込んでいて、
培養した酵母を添加する頃には、かなり増えて、優勢になっていた・・・からに違いありません。

また、多くの生酛・山廃で、野生酵母や産膜酵母、あるいは乳酸菌なのか、
ヨーグルト、酸臭、糠様などのオフフレーバーが、感じられることが、よくあります。
これは、酒母で、性質の悪い雑菌の類いが淘汰されていない証であります。


一方で、理論的に完全な生酛では、そんなことはありえません。
教科書の生酛理論が指し示していることは、「完璧に決まった生酛」は、いっさいの雑菌が滅した状況において、純粋培養された「きょうかい酵母」が加わるということです。
これは、「速醸」や「高温糖化」といった、明治大正以降に開発された
近代的な酒母を凌駕する、真に衛生的な酒ができることを示しています。

しかし、そんなことがありえるのでしょうか・・・。
市販されている生酛・山廃の多くには、未完成な代物が少なくないとでも言うのでしょうか。

麹の中、1gあたり、数千、数万もくっついている多様な雑菌群が、酒母の中で、いつの間にか、完璧にゼロになるなどということが、ありえるのでしょうか。

そもそも、酵母が全滅したら、培養酵母の技術がない江戸時代はどうやって醸していたでしょうか? 空気から入ってくる? 相当に酵母が含まれた空気が大量に吹き込まれないと難しいはずだ。

ワインだって、そうです。
例えば、圧搾前のぶどうを、亜硫酸を使用して殺菌してしまえば、
もちろん酵母も全滅しますから、培養酵母を使用しないわけにはいきません。
実際は、ワインも日本酒同様に、特別に選抜された酵母を培養して加えて造られるのが通常なのです。
(というか世界を席巻するワイン市場は、日本酒市場とは桁外れにでかいです。
世界中で醸造され、日夜、研究が行われています。動く金からしてレベルが違うわけですね。
ワイン酵母などを買う場合は、分厚いリストから選ぶことになります。
その多様さは、日本酒の酵母どころの騒ぎではないようです)


というわけで・・・ワイン醸造においても、ブドウを収穫したら、即、仕込みに
うつることができる環境でないと、培養酵母の使用は必須と言えます。
ブドウにそもそも付いていた野外の自然酵母を使用して醸造することが可能なのは、
まさにフランスのブルゴーニュ地区に典型的な、農業主体の小規模ドメーヌなどに
限られてきます。

日本酒でも、原料の殺菌が行き過ぎれば、面倒なことが起こります。
完全に酒母で酵母が滅菌されたら、その原料液を、「速やかに」「完全に」占有するに十分な、
初発数の酵母をどうやって用意するのか?
というか……そもそも、江戸時代はどうやってたのか?



私が予想していたのは、生酛系酒母においては、多くの場合、酵母は完全淘汰されない。
ある程度生き残っているから、培養酵母は無添加でも、きっと比較的速やかに、
発酵にうつることができるだろう、という流れでした。そういうことで、江戸時代でも、
培養酵母なしでも別にフツーに発酵できたはずです。
それを再現すればいいだけの話でした。

しかしそうはなりませんでした。

教科書の記述の通り、完全な生酛は、酵母を含むあらゆる菌を、一時的に完全に滅菌する、類いまれなシステムを備えているということがわかりました。





正直申しますと、今回の酒母仕込みにつきましては、以前、山廃を造っていた時とは違ったことが起こってはいました。「亜硝酸反応」が思ったより出たのですね。
当蔵で、定石通りの山廃酒母をやるときには、あまり「亜硝酸反応」が出ないのです。
しかし、今回は、フツーに出てしまいました。

いわゆる亜硝酸は、マックスで8~10ppmくらいという数値が教科書的な値です。
しかし、当蔵で普通に山廃をやった場合は、2~3pmしか出ていませんでした。
「このレベルでは、あまり雑菌淘汰のための殺菌効果は、期待できない」と言われたものです。

(ラベル記載義務のない副原料であるミネラル剤「硝酸カリウム」を酒母仕込みの際に添加すれば、亜硝酸レベルは、もっと上がります。
当蔵も、数年前までは用いていましたが、2013年から副原料の使用を自主規制したため、我々は
十分な亜硝酸レベルを得ることが不可能になりました。試行錯誤の末、「酒母工程の途中で、酒母を、酒造道具の煮沸用の釜の湯に漬けて熱殺菌する」という独自な山廃スタイルへと進化していったのであります)


今回、通常の山廃とは違う仕込み配合ということで、
いちおう秋田県醸造試験場に、亜硝酸反応のほどを、調べてもらったところ……。

大野先生
↑ 仕込水の知識と、衛生管理について常にお世話になっている、試験場の大野先生が
直々に当蔵でチェックしてくれました。

亜硝酸スティック

これは紙で測定するタイプ。反応が強いとピンクが強くなります。
おおまかに調べるとき使います。

測定キット
↑ 
これは、薄めて使うもので、細かい数値を知るために使います。これも色で判別。



結果として、今回の当蔵の生酛は、マックスの値で「8ppm」という、まさに教科書的な値をたたき出しました。

以前はそんなに出なかったのに・・・と驚きましたが、いくつかの理由が複合してこうなったようです。
まずは、単純に仕込みに加えている水が極端に少ないので、液が濃くなってしまいオーダーが上がったのでしょう。
ほか、いつもより強い硝酸還元菌がいたかもしれません。
また、掛米が65%と案外磨いていないのもあるでしょう。
さらに、今回は酵母無添加ということで、あらゆるレベルで衛生度を高める取り組みをしましたので、亜硝酸を還元してしまうような雑菌(グラム陽性菌)そのものが、そもそも少なかったのかもしれません。
結果としてじゅうぶんな亜硝酸が出て、順調に乳酸菌も立ち上がりました。

そして、それからも毎日、細心の注意を払いながら、酒母を育成いたしました。
そして、酸度もかなり上がって、亜硝酸反応も消えたころ………。

亜硝酸ゼロ

ちなみに、これは亜硝酸反応が完全に消失したことを示す状況です。色がついてない。
真っ白ですね。(教科書的には、雑菌がいなくなって、培養酵母を添加する時期です)



だが、今回は、「酵母無添加」。
初めに考えていたのは、単に、酒母を暖めるだけ。
酒母の中で、きっと、生き残ってくれている酵母ちゃん(たぶん、強い酵母で発酵力がある)が増えてくれるはず。私は暖機(酒母を暖めるための湯が入った筒)を入れようとして、じーっと酒母の表面を見ました。

つるーんとした真っ白の、きれいな表面です。泡ひとつありませんね。
酵母の増殖は、現在のところまで完璧に抑えられている証拠です。完璧な流れです。
しかし、この中には、麹にくっついて入ってきたすばらしい酵母(たぶん蔵中に蔓延している6号酵母)が、生きるか死ぬかという厳しい環境で、こらえているはず。
これを立ち上げる。

しかし・・ふと、勘ですが、なんとなく、酒母がおとなしすぎるような気がしました。単に、勘です。暖める前に、どのくらい酵母が生き残っているか知りたくなりました。
酵母数がわかれば、だいたいその後の経過もわかろうというものです。やっておくべきだろう。


顕微鏡でのぞけば、すぐわかるのですが、ちょうど秋田県試験場さんにも、今までの経過を説明して、参考にしてもらおうと思い、連絡をとりました。
試験場で酵母数をカウントしてくれるというので、酒母をチューブに入れて車に乗り込みました。

こうして、秋田県試験場で、酒母の内容物をチェックしてもらった結果は・・・
そうです。

酵母は一匹もいない、乳酸菌以外の生物が存在しないというものでした。


×0

これは、もろみを乳酸菌が生えるプレートに塗りたくって、何が生えるか見ている検査です。
これは酒母の原液を塗りたくったシャーレ。乳酸菌は多すぎてコロニーが極少のため、見えません。
たくさん、白くぼやっと生えているのは、麹菌です。
あ。そう。乳酸菌以外に唯一、麹菌は生きているんでした。
亜硝酸にも酸にも糖にも負けず。かなり高等生物だから
でしょうか、麹菌は、アルコールが生産されるまでは、もろみの中でも、ずっと死なないで生き続けるんですね。酵素も生産しているのでしょうか……?
とはいえ、アルコールがちょっとでも出ると、弱まってすぐに死んでしまいます。

×10:3

これは1000倍に薄めました。
まだ、乳酸菌は多いのでコロニーが小さくて良く見えない。
麹菌がまだいますね。

×10:5

これは10万倍に薄めました。やっと、コロニーが見えますね。10万倍に希釈してもこれほど。かなりの菌密度になります。

一覧

並べるとこういう感じ。右に行くほど、希釈されています。しかしどれほど希釈しても、コロニーは、すべて乳酸菌のコロニー。酵母のコロニーがあらわれません。

そう。どれだけ拡大培養しても、乳酸菌以外の生き物が見当たらないというのです。
そして、どのコロニーの菌を顕微鏡でみても、細長い桿菌のみ。そう、生きている乳酸菌は、すべて、間違いなくラクトバチルス・サケイです。


私は、衝撃を受けました。
こんなに古い蔵の中で、蔵人がよってたかって、ごちゃごちゃと素手で米をさわって麹を作り、
同じく蒸米をかきまわし、殺菌してない水を加え、木の入れ物に入れて、木の櫂棒で米をすりつぶし、それ以降も、ステンレスの筒を突っ込んだりなんだりと、いろいろと操作をいたしました。

いろいろな微生物がこの液体に入ってきて、もろに感染しまくったはずなのに・・・
現在、この液体の中に生きている生物は、なんと乳酸菌だけというわけです。
さらに乳酸菌だって、球体、杖型、連鎖型、さまざまあります。
しかし、この酒母には、単一のサケイしかいないとのこと。
どうしてそうなるのか。理屈はわかりますが、実際に目の当たりにすると、現実味がありません。

この現象は、無菌のクリーンブースの中ではなく、築160年の蔵の中で起こったことです。
現象自体が、理解を超えているだけなく、
こんな恐るべき手法が、江戸時代に完成している点も、想像を絶します。


試験場さんには、「今、培養酵母を添加したら、お手本のようないい酒になるよ!」
とありがたい言葉をいただきましたが、実際のところ、これは想定外です。

というのも、この「酵母無添加古式生酛」は、本年度の頒布会の専用製品です。超目玉作品。
最終月の6月頒布ですが、ちゃんと出さないとなりません。

なお、当蔵は、酒母の後のもろみ期間が結構長い。だいたい完成までに40日はかかります。
また、搾った後も、火入れまで、余裕をもって2週間くらいは置きたい。
火入れした後、出荷までさらに一ヶ月くらいはおかないといけません。

そうこう逆算して酒母の日数を決めましたが、最長でも40日で仕上げる予定でした。

だが、もはや、間に合いそうもありません。
さらに延ばすにしても、ギリギリ50日以内に仕込みにもってゆかないと、
6月中の発売が難しくなります。

なんてことだ!
やっぱり古式生酛なんて、大見得切らなきゃ良かった!!と悔やみましたがもう遅い……。



念のため、実は酵母がビミョーに潜んでいないかな? と淡~~~すぎる期待を抱き、
試験場さまに頼んで、この酒母もろみを、チューブに入れたまま5日以上、30度の空間に置きっぱなしにしてもらいました。

ファルコン

結果として「何も変わらない」との報告でした。

試験場さまの結論としては、このまま温度を上げても、この酒母にはしばらく何も起きないということでした。
「空気中から酵母が降ってくるのを期待できますか」と聞きましたが、
ぽつぽつ入ってくる程度では、きちんと湧くまでにどれくらいかかるかわからないということでした。やはり、かなりの量の初発酵母がいないと、通常の期間で酒母は仕上がらないようです。

そもそも、この酒母自体の糖分も酸度もかなり高く、いまさら、容易に湧き着きにくい状況です。酒母室自体の衛生環境も高いので、空気中の酵母が入って、すみやかに湧くのは難しいということでした。

*なお、他の湧いている酒母からもろみをちょいと取って、それを入れる「差しモト」という手法もあります。江戸時代などは、普通に行われてました。「差しモト」的によく出来た酒母から酵母を採取して別の酒母に使うやり方はいろいろとあって、中には「紙」を突っ込んで酵母を採取し、保存するようなこともされていたみたいです。
しかし、今回そういうことはしません。他の酒母は、培養酵母を使用していますから、それを差しモトしたのでは、酵母無添加の意義から離れてしまいます)



さらに、恐るべき事実も発覚しました。どうも、あまり考えている時間はないようなのです。
というのも、こうした乳酸発酵液を、そのままほっておくと、さらに乳酸菌の同士の中での遷移がさらに進み、いずれ、別のもっと酸度が高い乳酸菌が来るかもしれないということでした。
実は、生酛の乳酸菌遷移は、

1、乳酸球菌(ロイコノストック・メセンテロイデスとか)

がはじめに増殖し、それから

2、乳酸桿菌(ラクトバチルス・サケイとか)

が追っかけて増殖します。で、最後はサケイだけになるわけです。今、この段階ですね。

しかし、これをほっておくと、さらに強烈な乳酸菌(これも桿菌)が生えてくるかもしれないということです。

第3ステージの主役の乳酸菌は、ラクトバチルス・ブレビス、(あるいはラクトバチルス・プランタラム)といったさらにタフな乳酸菌。もっと高い酸度まで発酵レベルを押し上げる、乳酸菌のリーサルウェポンです。

実は、乳酸発酵食品全般において、3段階くらい乳酸菌が遷移するのは、ざらということです。
生酛は、二段階目の中程度の強さの乳酸菌が来たくらいで終わりで、酵母発酵に移行させます。
奥が深いですね・・・

きゅうりの漬けもので説明すると、

・菌が全然生えてない状況は、単なる「浅漬け」。全然酸っぱくない。

・初期の球菌が生えたくらいは、やっと酸っぱくなったくらい。初心者向けの漬け物。

・中期の桿菌が生えたくらいは、いわゆる普通の漬け物レベルかな。ちゃんと酸っぱい。普通に売ってる類いといえまるらしいです。

・さらに強い菌が来ると、ややプロ向けの漬け物。かなり発酵させた炭酸ガスみたいな刺激が感じられるような本場ものキムチ、あるいは「すぐき」「柴漬け」のようなハードな酸味になります。


なぜ、生酛ではここまで乳酸発酵させることがないのか?

これには、理由があります。このように最終段階で出現するブレビスといった乳酸菌は、たいていアルコールへの抵抗性も高く、キムチみたいに冷蔵庫でもがんがん酸っぱくなるくらい、低温にも強い。日本酒造りでは「腐造性乳酸菌」といって恐れられている菌です。

こんな菌が、酒母で優勢になったら!! かなり恐ろしいですね。
酸もかなり高くなって、なかなか酵母が増えられなくなったり。
無事に酒母ができても、これら強靭な乳酸菌はアルコールで淘汰されにくいので、
もろみまで引き継がれて、最悪もろみが失敗してしまう(腐造)可能性が高くなってしまうかも・・・・。

生酛系酒母でこういったレベルの乳酸菌が降臨してしまうと、超危険ということだからでしょう。(昔から「涌き遅(わきおそ)」の生酛は、酒造上、危険をはらむもので、うまくいっても酒が鈍重になるのは避けられないと言われていましたが、そういうわけなのです)

とはいえ、こういう乳酸菌は、現代の日本では超メジャーな乳酸菌。キムチとかヨーグルトとか、サプリメントなどで盛んに使われているので、もはや酒蔵への侵入を防ぐのは至難の業です。
乳酸菌同士の遷移は起こりやすいようですし、警戒しなくてはなりませんね。
・・・・ということで、あまりこの酒母をほっとくわけにもいかないのでした。なのです)

さて、時間がありません。
どうしたら良いのでしょうか。

そこで、まあ、醸造家として考えることはひとつなんですね。
私の酒造の先生的な存在の「ゆきの美人」の蔵元、小林忠彦氏にも相談しましたが、
即答で、

「今から、また麹入れればいいじゃん」

そう。そうなんですね。さすが師匠。

培養酵母を入れないとしたら、そして速やかに酵母を供給するには、それしかないんです。
麹は、醸造関係の研究者の方々からは、常々「雑菌の巣」と言われるくらい、
様々な菌がくっついています。

もちろん、酵母も大量にくっついてますから、これを補給するのが得策なのですね。
イレギュラーな手ですし、衛生的にも不安は残りますので、
あまりやりたくはないのですが、これよりほかに手がありません。

あ、終わらなかったです・・・。
次回が本当の最終回ということで・・・ではまた。

酵母無添加の生酛ができるでしょうか? 4

さて、生酛ですが………。
なんとかかんとか、孤独な酛摺作業を終えました。
ここからは、「折り込み」という作業です。
酛摺で、麹が破砕され、じっくりと酵素液が掛米にしみ込んでゆきますね。
酛摺の回数を重ね、また時間が経つにつれて、どんどん米が溶けると、
全体はペースト状になってゆきます。
それに従って、複数の半切り桶(酛摺するためのひらべったい桶)の中身を、だんだんまとめていきます。表面積が広いと雑菌汚染しますので、米の溶け具合と相談しながら、合併してゆくのです。
半切りが5枚あるならば、まず2枚にまとめ、最終的には、酒母タンク(壷台)ひとつに入れることになります。

さて、すべてが、ひとつの酒母タンクに入ったら「打瀬」という低温期間が始まります。
5~6度という低温を数日続けることが重要です。
ここで温度が高いのは御法度。
アルコール発酵能力が低い、レベルの低い酵母がいきなり発育してしまい、
まともな酒を醸すことができない、失敗酒母になってしまいます。
「打瀬」期間の目的は、かなりの低温で、酵母類の活動を押さえることに主眼が置かれます。

現在の知見では、酵母の発育の前に、2つの菌が繁殖するのが望ましいとされています。
まずは、「硝酸還元菌」というなんだか難しい名前の菌。
そして、「乳酸菌」が相次いで発育することになっています。

酵母は低温に弱く、硝酸還元菌と乳酸菌は比較的低温に強い。
この違いをうまく利用して、生酛は造られます。

つまり生酛は、前半部分をかなりの低温でやらなければ、うまくいきません。
年がら年中酒造りをしていた時代でも、真冬限定の技術だったのでしょう。





硝酸還元菌は、水垢の原因になる「シュードモナス」という菌です。
硝酸という窒素由来の成分を、亜硝酸というちょっと危険性のある、
殺菌作用のある物質に変えてしまいます。


また、乳酸菌はご存知ですね。糖分などのエネルギー源から「乳酸」を造ってくれる、すばらしい微生物です。さまざまなタイプがありますが、有用なものは、ヨーグルト、チーズ、キムチ、漬け物などを造ってくれますね。生物の体にも住み着いています。人間の口腔、腸、肌、皮脂腺などにもおりして、例えば、我々の唾液にだって、うじゃうじゃと生きております。
例えばある種の乳酸菌が口に多い人は、虫歯にならないそうです。また口臭の発生源も性質の悪い
乳酸菌が一因だとか………? こうした知見は、健康食品等に技術転用されています。
例えば、スウェーデンでは虫歯にならない人の口からとった乳酸菌を乾燥させたタブレットで、口臭を防ぐような商品も開発しているようです。(バイオガイアという企業の製品です)
おそるべし乳酸菌……発酵産業どころか人間の生存そのものにも密接に関与している菌ですね。


さて………
生酛の打瀬期間中、低温に強い、この硝酸還元菌と乳酸菌が、相次いで生酛に増えることになります。
硝酸還元菌が、硝酸から「亜硝酸」を生成します。
また、ちょっと遅れて、乳酸菌が生育し、「乳酸」を主体とした酸を出します。

またこうした酸が出てくる頃は、米も溶けて糖分が生成され、ジャムのように糖分が高い状況になっています。微生物にとってはたいへんハードな環境です。

こうして生酛液の中の、野生酵母や産膜酵母、酢酸菌や酪酸菌など、様々な望まれない雑菌は、
抑圧され、そのうちに淘汰されるのです。
すると結局、生酛の中には乳酸菌だけが残ります。

この乳酸菌だけが生きているタイミングで、酒造教科書にのっとり「培養酵母」を添加すると、「生酛」は成功したも同然です。

*なお……生酛も山廃も、基本は、培養した酵母を、適量加えて造られるのが普通です。
生酛・山廃は「自然な造り」だから、培養酵母を用いないで造られると思ってらっしゃる方
が少なくないようですが、それは違うんですね。培養酵母を入れない生酛・山廃は、実に難易度が高いので、別途、その旨を表記しているはずです。



さて。酵母類は(亜硝酸にはめっぽう弱いのですが)、酸だけだったら、いくら高くても平気の平左です。濃糖にも強いので、培養酵母が加えられたら、酒母液の温度を上げてやるだけで、乳酸菌と共存して、どんどんその酵母は増えてくれます。
やがて酵母はアルコールを出しはじめます。
すると、乳酸菌は死んでしまうので、最終的に酒母は、
純粋な清酒酵母だけが存在する酒母になる、という理屈でした。



ところが、今回の当蔵の取り組みは、「酵母無添加」でやるというものです。
「江戸時代の手法を再現したもので、教科書の生酛造りとは違い、培養酵母は入れない」
というものですね。これは難しいです。

また、当蔵には特別なハンディもありました。
先述した「亜硝酸」が、経験上、あまり出ない……このため、その抗菌力に頼れない、
という問題もありました。



この2点の難題を抱えた造りのため、相当、設計を練り込む必要があったわけです。

まず「亜硝酸」が少ないことへの対策としては……。
「亜硝酸」がないと、野生酵母を、途中で抑制・淘汰することが難しい。
このため、酒母の仕込み水を徹底的に減らしてスタートして、通常よりも酵母が
繁殖しにくい状況を演出したのでした。

次に、「培養酵母」を使用しないで、ちゃんとした酒になるのか? という点です。
これは、麹にくっついて酒母に持ち込まれてくる、様々な酵母の中で、6号系統のものが必ずいるだろうから、これを、自然選択的に増やすのだ、と考えていました。

そう。一般的に麹には、大量の微生物がついています。
研究者に言わせると「麹は雑菌の巣」のようなものだといいます。
様々な酵母が、空気にのってそこらじゅうを漂っていますから、これらは麹に大量に付着しています。

衛生に徹底的に気を使い、酒母の初期で、レベルの低い野生酵母などが、
絶対に立ち上がらないように、じっくりと低温で「打瀬」をすすめれば、
酵母の中でも、とりわけタフなはずの「きょうかい酵母」、
つまり6号酵母が、きっと優先的に生えてきてくるはず!
これで、酵母無添加でも、いい酒母ができるだろう。
これが、私の戦術でした。

しかし、この目論みが、完全に崩れてしまう事件が起こったのです。

予想しなかったことに、今年は予想よりも亜硝酸反応が出てしまいました。
ひいては、教科書通りの理想的な酒母経過になったわけです。

しかし我々は、「亜硝酸反応」に頼られないとばかりに、酒母の仕込水を異常に少なくしたり、独自の「衛生度アップ作戦」も徹底的に行っていました。
結果的に、相当クリーンな酒母になっていたのでしょう………。
乳酸菌が増え切る頃には、麹由来の酵母は、ほかの雑菌ともども、一匹残らず全滅してしまいました。

こうしたことが現実に起こるとは、信じられませんでした。
実は私は、仮に亜硝酸反応が出たとしても、酵母や雑菌の類いが、
完璧に全滅するようなことが、酒母の中で起こりうるとは、信じていなかったのです。
あくまでも「理論上、起こりうること」としか思っていなかった現象を、我々は
目の当たりにすることになりました。

困ったことに、このように酵母がゼロレベルまでに根絶されてしまっては「酵母無添加」の酒母になりません。
培養酵母を添加すれば、まさに「教科書的には」理想的な酒母になるとはいえ、
今回は、それができないのです。

次回は写真入りでいろいろと解説いたしますが、
こうした予期せぬ展開のため、我々は新たな奇手を放つ必要に迫られ、
結果としてこの生酛は、完成まで50日近くかかるという、とてつもなく
難儀な代物と化してしまいました……。


続く……

酵母無添加の生酛ができるでしょうか 3

パソコンが異常に遅くなりました……このせいで、ブログを書くのも
一苦労で、ストレスのたまる日々が長らく続いておりましたが……
やっと5年ぶりにノートパソコンを新調致しました。
MacBook → MacBook Air
と相成りました!
思えば、昔はかなり高かったのに、こんなハイスペックな軽量ノートブックが
10万切るほどになるとは驚きですね。


さて、生酛です。
酛摺直前まで書いていましたね。
私は今回、一人で生酛をやっていました。というのは、この仕込みは頒布会専用仕込み。
750キロ総米くらいの、いわゆる大吟醸サイズの酒母なので、
労力的にはさほどでもないということ。

そして、完全に現象を把握するため、つきっきりで見ていたいと思ったからです。


しかし、もういい歳です。39歳ですよ。
蔵に帰った時は、32歳でしたが、7年近くたったんですね! 信じられません。
2年くらい前から、麹の泊まり番をやると、どうも体力的に翌日もたなく
なっていました。

ところが、生酛造りは、麹どころの騒ぎではありませんよ。

生酛をまともにやると、3日くらい眠れません。(まあ、一人でやる人はいませんが)
「埋け飯」も「手もと」も、表面が汚染するのを防ぐために2~3時間毎にいじくる
必要があります。昔の人はよく、こんなのを、すべての仕込みでやってたと思います。
麹造りももちろん大変です。2日束縛され、後半の管理がつきっきりになるのですから。

しかし、生酛は心理的にも重労働です。しかも今回は酵母無添加なので、ちょっとでも汚染の
機会を減らさないとならないため、気が気でありません。
操作は複雑だわ、意味がよくわからないわ、眠れないわ、すべての酒造工程の中で、おそらくもっとも重労働なのではないかと思います。しかも今回は酵母無添加なので、ちょっとでも汚染の
機会を減らさないとならないため、気が気でありません。
これに比べれば、速醸酒母なんて、労力はまさに1/10以下、いやイメージ的には1/100以下ですよ。

(実際は、昔は、仕込みのはじめに、まずは生酛酒母をまとめて造ってしまったようですね。
ある程度酒母が溜まったら、それからもろみの仕込みに入ったらしいですね。生酛は、現代の速醸酒母とは違い、1~2ヶ月くらい枯らしに耐えますからできたのですね)

私も、前半戦は、数時間毎のお手入れのため、
仮眠をとりながらやりましたが、そのうち、心が折れ始めました。

とにかく疲労困憊で眠い。
仮眠をとるのはいいが、もし、起きられなかったら? 私の場合ガッツり寝ないとも限りません。
そうしたら、野生酵母やらカビやらにひどく汚染してしまいます。

結局、常に米の表面を嫌気状態にしておけば、手もとの時間が不規則になっても
汚染は防げるだろうと、
「手もと」と「手もと」の間は、米の上にビニールを張って、ステンの蓋を落としぶたをしました。これで、4~5時間くらいの睡眠を取れるようにしたり、とにかく、いろいろと手を尽くして、体力を温存しながらやっていました。

しかし、やはり限度があります。特に飽きっぽくて体力がない私は、なおさらです。

手もとも、本来はもっと時間を取るべきだったのでしょうが、「もう、このへんでよくね?」
と悪魔のささやきが聞こえ始め、全体的に、作業のタイミングとペースが早くなってしまいました。

もともと、「酛摺」の開始は朝8時くらい……社員が出社してからやる予定でした。
さすがに一人では厳しいので、酛摺そのものには、部下に応援を頼んでいたのです。

ところが、私は、真夜中に起きた時、
その時の精神状態がおかしかったのでしょう、異常に冷たい米をいじくる苦痛な
「手もと」をしながら、「いいかげん酛摺をしたほうがいいのではないか」
いや「もう酛摺すべきだ」という妄想にとらわれてしまいました。
(まあぶっちゃけ、早く取りかかって終わらせてゆっくり休みたかったのでしょうね……)

それから突然、何かに取り憑かれたように、一人で、午前3時ころから、酛摺を一人寂しくはじめたわけですが……これがけっこう大変ではありました!

そもそも、今回の「酵母無添加」スタイルの生酛は、
フツーの教科書的な「生酛」よりも、さらに水を詰めた配合ですから、
摺るのが難儀なのは目に見えていました。

きっと、手もとの時間をもう少しとったほうが良かったのかも……
気のせいか、まだ水分が均等に物量にしみ込んでいない感じがありました。

ちょっと摺ってみて、水分量を間違って造ったぼさぼさのリゾットのような代物が、
いずれ溶けるのかと、非常に不安に駆られたことは確かです。
しかし、とりかかったもんは仕方ないので、一人で、摺り始めることにしました。

半切り一枚につき、3~40分くらいかけて摺りました。これを5枚。
一周したら、また、連続して摺ります。
これは完全に修行状態です。一時間くらい摺ると、手袋をしていましたが、
手の皮が腫れ上がってきます。

とはいえ、そのうちコツがわかるようになりました。
力任せに、硬化した掛米を摺る必要はないのですね。たぶん。
まずは水分を吸って柔らかくなった麹を摺るくらいの力でいいのだと思いました。

つまり強引に掛米を摺り潰すのではない。
麹を摺り潰すことで、徐々に麹の酵素が、掛米をゆっくりと溶かしてゆく、
そのように誘導するのが正しいのだろう、ということです。

というのも掛米を無理に潰していたら、ネバネバした空気の泡を含んだような
糊になりました。こういう空気が多く含まれた素材は野生酵母に有利だと思いますし、
そもそも、こういう餅っぽく変化した澱粉は、容易に溶けない/糖分になりにくいのですね。

ということで、カスタード状の麹のペーストで掛米を包み、
時間をかけて、これを混ぜ合わせながら酵素の力で溶解性を上げてゆくのが本来の
あり方だろうと思います。

なので、「酛摺」は、適当な時間を置いて、
一番櫂、二番櫂、三番櫂、と酛摺を段階的に進めてゆくのだろうと思いました。

……しかし、私が摺っていると、なかなか教科書のようになりません。
一般的には、三番櫂くらいで「酛摺の櫂棒の先から、ぼとぼと物量が滴り落ちる」くらいに
なるはずが、なかなかそうなりません。

櫂棒を宙に掲げても、先っちょに、ごてごてとくっついた米のカタマリは、一切
落ちる気配なしです。

これはなぜか? 考えましたが……

・そもそも水が少なすぎるので、教科書ほど容易に液体っぽくならない。

・やはり手もと期間が短すぎた。もっと物量全体を混ぜ合わせ、軟化させてから
酛摺にかかるべきだった?

・コツに気づくまで、力任せに、かなり掛米を摺り潰してしまって糊を造ってしまった。

・あとは麹の質の問題もありそう……
 当蔵は麹の精米歩合が40%で、しかもかなり若い麹です。
 理想的な「吟醸麹」ですが、生酛等の酒母に向いたパワフルな麹ではありません。
 対策として麹そのものの使用量をけっこう増やしてますが、それでも液化酵素がぜんぜん足りていなかったようで、米が溶けにくい。

・掛米も問題。初めてのトライなんだから、もうちょっと削れば良かった。
今回の生酛の酒の掛け米は65%精米です。まあそこまで「白い」米とは言えません。
酒こまちという軟質米を使っていますが、それでも酛摺を楽にするにはもう少し削ればよかった
のかもしれません。


こうしたことから、酛摺は、困難を極めました。

午前3時から、朝8時まで、微妙に休憩を入れながら摺りましたが、
ごわごわの飯のカタマリのままの状態が長く続きました。

さすがに、これは大丈夫なのだろうか……?
という気になってきました……。

つづく。

酵母無添加の生酛ができるでしょうか? 2

俯瞰


続きです。
早速、生酛(きもと)の造り方でございます。

生酛系の酒母は、微生物である乳酸菌の力を借りて、腐敗防止の効力を持つ一定レベルの酸を生成させる手法です。乳酸菌が酸を出したその後に、アルコール生産菌である酵母が発育し、アルコールが蓄積されていく過程で、乳酸菌は死滅し、純粋に酵母だけが存在する「発酵スターター」が完成するという仕組みでした。

乳酸菌を活躍させることが特徴である生酛系の酒母には、
1、菩提酛(ぼだいもと) 2、生酛(きもと) 3、山廃酛(やまはいもと)
の3つがあります。

菩提酛については、これまた話が長くなりますので、いずれ……(というか一年くらい前の
このブログに詳しく書いたことがありますので、参照願います)

このうち、生酛 と 山廃酛 
この違いについて述べましょう。写真を織り込みながら……。

生酛は、酛摺(もとすり) という米を摺り潰す工程が特徴でしたね。
生酛 と 山廃の違いは、仕込みに加える水分量と、仕込みの温度が大きく違うことが、
初めにあるのです。

この違いのため、どの程度「混ぜる」必要があるかに違いが生じます。

「生酛」では水が少なすぎて、混ぜるどころでは足りず、米を擂砕する=「酛摺(もとすり)」をするレベルまでやらなくては、速やかに液体にならないし、
一方、「山廃」では仕込水がやや多く、かつ仕込みの温度が高いので、しっかりと混ぜる=「荒櫂(あらがい)」レベルでも、麹の酵素が効きやすく、米は自然に溶けてくれます。

ということで……
生酛は、水分をかなり切り詰めて、低温で仕込まれます。
実際、仕込み直後は単なる米と麹の固形物みたいな代物です。
こんな堅いものは、丁寧に摺り潰しでもしない限り、うまく全体が混ざりません。

さて、おおまかな手順ですが……。

1、酒母用の麹を造って、よく乾燥させておく
2、掛け米を蒸す。柔らかめに蒸したほうがいい。
3、「埋飯(いけめし)」……蒸した掛米を小分けにして布で包んで10時間以上放置し冷ます
4、「仕込み」……何枚かの半切り桶に、埋け飯した掛米と、麹、そして水を小分して混ぜる。
5、「手もと」……数時間毎に「爪」という木製器具で米を混ぜてならす
6、「酛摺(もとすり)」……3~5回にわけて、木の棒で米を摺りつぶすように混ぜる
7、「酛寄せ」……固体からカスタード状になってきたら、半切りをまとめてゆく。最後に酒母タンクに入れる
8、「打瀬」……2~4日くらい、5~6℃の低温で冷やしたままにする。櫂入れだけ行う。
9、「暖気」……木やステンレスなどの筒に熱湯を入れたものを決まった時間、酒母に差して、一時的に温度を上げる。毎日、酒母の温度を2~3℃上げる。翌日、1~2℃下がっているようにする。結果的に、一日、1℃くらいづつ上がってゆく。
10、「酵母添加」……乳酸菌が繁殖し、かなり酸っぱくなり、米もよく溶けてかなり甘くなったら、酵母を添加する。ただし、酵母無添加スタイルでは、これを行わない。
11、「膨れ」……酵母が増え始めると、炭酸ガスが生まれて、酒母の表面が膨らんだように見える。これを「膨れ」という。
12、「湧付」……本格的に酵母が発育して、盛んに泡が出る様子。
13、「湧付休み」……酵母が増殖、アルコール発酵をさかんに行うので、温度がほっといてもキープできる状態。この「湧付休み」まで、毎日「暖気」入れをして、1℃くらいづつ、温度を上げてゆく。「湧付休み」の温度は、18~22℃くらい。
14、「温み取り」……酒母の中の雑菌などを殺すため、酒母のアルコールが10%くらいになった時に、また「暖気」を入れて、一気に温度を28~30℃くらいまで上げる技術。雑菌も少なくなるが、酵母もダメージを受けて減ってしまいデメリットも多いので、「酵母添加」タイプの生酛など、雑菌が少なく酵母の純粋性も高いと思われる場合は、やらないことが多い。
15、「枯らし」……温度を下げて、長期間冷えたままにする。12~13%以上と、アルコール度数が高い状態で、長く置かれるため、この間にも、アルコールに弱い雑菌は、どんどん死んでゆき、酵母の純粋性は高まってゆく。通常10日~2週間くらい枯らしたら「生酛」完成。

このように江戸時代の兵庫・灘地方で完成を見た「生酛」は、実に煩雑な工程で織りなされた、
まさに超工芸的な酒母製法です。完成までには、およそ最低でも30日、酵母無添加の場合等は50日に及ぶ場合もあります。

うまく酒母が完成したら、もろみの仕込みが開始。
三段仕込の「添」仕込みがスタートするのです。


……というのを、追って見てゆきましょう。

荒息抜き


まずは、蒸した米を外気温でやや冷やします。
これを「荒息を抜くといいます」。具体的には30℃くらいを目安として、熱気を逃がします。


そして、この蒸米を、すみやかに布等で包み、じっくりと時間をかけながら、冷まします。
これを「埋け飯(いけめし)」と言います。

埋け飯直前

埋飯


文献によって、手法は違いますが、およそ「埋け飯」の時間は、
16時間以上は行うよう指示されています。
しかし、大正や昭和初期の文献はもうすこし短めで10時間とかだったりします。
(何故なのかよくわかりません。精米歩合の問題でしょうか)

どのみち、この「埋け飯」を行わないと、米によっては、「酛摺」時に、
粘ついてしまうでしょう。そして、一旦、糊のようになってしまいえば、うまく摺れません。このように、「糊化」してしまうと、麹の酵素が効きにくくなってしまいます。
そうなると、糖分が生成されにくくなり、その後の進行が遅れてしまううえ、糖分の力で雑菌を抑制することもできなくなり、非常に危険です。

逆に、「埋け飯」をやりすぎて、米がカラカラにひからびてしまうと、摺ることは摺れても、
同じように、米の澱粉の組織が変化してしまいますので、糖分は出にくくなってしまうでしょう。

よく冷えて、弾力を残しながらも破砕しやすいくらいになるのが良いとされています。
これを、名著「灘の用語集」では<生酛特有の芯の堅い蒸米>と表現しています。

この「埋け飯」の時間は、諸説あって、なかなか決めかねていました。
私の場合、初めに、できるだけ埋け飯の時間を長くとろうと思ったので、乾きすぎないように、布で包んだ米を、さらに、木の半切り桶に入れていました。

*一般的には、半切り桶には入れないようですが、「半切り埋け飯」という手法を知っていたので
これを用いてみたのです。



埋け飯中



埋け飯直前


さて、「埋け飯」は、2~3時間毎に「手入れ」(米を砕いたりひっくり返したりと、均一化する)をします。蒸れた空気を飛ばし、衛生度を保ちつつ、水分や温度を均一にするためなのでしょう。

当初、設計では、木製半切りに入れて14時間以上は「埋飯」しよう……と思ってましたが、
掛米の精米歩合が65%と半端なこともあって、適切なタイミングについて悩んでいました。

折しも、寒波が来たので、温度がかなり下がってしまいましたのもあり、途中で不安になりました。最後に布を開いた時は、ガチガチと弾力ある手応えでした。「あまりに堅くなりすぎたら大変だ。糖分がうまく出なくなるだろう」と、途中で変更して10時間ちょっとで切り上げることになりました。今から考えると、早かったののですが……。

*酛摺の経験がないからわかりませんが、埋け飯しすぎて、全然ボーメが出なかった(=米が溶けなかった)蔵のことも聞いていたのもありました。


包み中

なんとなく、仕込んでも良さそうかな?? というあたりを狙い、
急遽、午前5時に一人で仕込みを開始することになりました……。

生酛の汲水は、酒母の総米に対して95%の使用量が標準です。
しかし、今回は、「酵母無添加」です。

一般的な「生酛」では、培養酵母を添加して造られます。
「酵母無添加」のやりかた等は、現在の教科書には一切書かれていません。
危険すぎて、一般的技術としては薦められていないのです。

「酵母無添加」は、培養酵母を入れないという意味です。
どこかから、なんらかの酵母は入ってこないと、酒になりません。

当蔵の場合は、蔵中のもろみで湧いている「6号酵母」が、侵入してくるに違いありません。

他の酒母に使った培養酵母によって、蔵中のもろみで、酒が醸されています。
このもろみの酵母が、空気にのって、麹室に侵入。これが、麹用の米にくっつきます。
すると、麹菌と一緒に増殖いたしますね。こうしてできた麹を酒母に使いますから、
結果的に、酵母はまた酒母に戻ってきます。
こうして、麹についていた「6号酵母」が酒母で増えてくれる……
というメカニズムになるはずです。

しかし。そうとはいえ、麹には、そうした蔵で涌いている清酒酵母以外にも、
野生型の菌たち(野生酵母、産膜酵母、枯れ草菌、あとは酒母で増えて欲しくはない種類の
乳酸菌やら)が、確実にいっぱいついてます。
というのも、麹造りは、一旦雑菌が侵入しても、それらを後に淘汰するチャンスが
一切ない工程なのです。雑菌が米に付いてしまえば、そのまま麹菌と一緒に、その雑菌も培養せざるを得ないのです。そういう意味では、麹造りは、最も衛生に気をつかう作業場なのです。(このため、見学者を麹室に入れる蔵は、多くないのですね)

というわけで、酒質を害する可能性のある悪い雑菌は、たいてい、麹に付着しています。
酵母無添加の生酛造りでは、これらの悪性の雑菌を、できるだけ抑制&淘汰し、
目的の清酒酵母のみを、最終的には、優先的に増殖させる必要があります。

私は、可能な限り衛生度を上げるため、水分活性をさらに抑えようと思いました。
(以前申しましたが、水分が少ないと、野生酵母や雑菌等の、望ましくない菌は増殖しにくいのです)

まあ、水がいかに少なかろうが、頑張って酛摺をすればなんとかなるだろう……と思ったので、汲水は、85%くらいで入りました。

これは、通常の生酛から10%少なく、通常の山廃よりも20%少ない水分量です。
結果的に成功したのですが、予期せぬ出来事が重なったため、後ほど、
相当に大変なことになりました。これはマネしないほうがいいかもしれません……。

ほか、通常の仕込配合と違う点と言えば、麹歩合でしょう。
当蔵は、全製品で、麹米については精米歩合にして40%まで精白しています。
このため、全体的に生酛に対しては、パワー不足に陥らないか不安でしたので、
麹歩合を、一般的な配合(33%)よりさらに多く、40%以上も使用しました。

麹はかなり乾燥させたので、水を吸います。麹が多いほど、水分は吸われてしまいます。
こうしたこともあって、このたびの生酛は、輪をかけて、水気がない仕込みになりました。

埋け飯した米と麹、そして水。
これらを混ぜます。温度は5.5℃くらい。
低いほうが衛生的に有利ですが、低すぎても、微生物の立ち上がりが悪くなりますので、5~6℃が良いと言われています。(なお教科書では仕込み温度は、7℃の指定になっていますが、酵母無添加のことを考えると、何となく怖くて、私は6℃近辺の仕込みにしました)

さて、仕込むと……すぐに麹が水を吸ってしまい、ガリガリの米だけが残ります。
湿った麹と堅い米が不均一に混ざっている状態です。一般的な酒母仕込みでは、
あまりにも見慣れない様子です。山廃酒母ともかなり違います(まあ、通常より水を
少なく仕込みすぎたのもありますが)

触っていると、これ……大丈夫か? 本当に、いずれ溶けて、液体状になってくれるのだろうか?
……とぞっといたします。これを、とにかく混ぜ合わせて均一化します。重労働です。

この混ぜ合わせる工程を「手酛(てもと)」と言います。
「手酛」は、本来は、木製の「爪」という器具で、米をひっかくようにして混ぜ合わせる工程です。なので「酛掻き(もとかき)」とも言います。

しかし、昭和初期の文献では、手で混ぜ合わせてもいいようなことが書いていたのと、
当蔵に「爪」に値するものがなかったため、私は、やむなく手で混ぜ合わせることになりました。

なお、基本的に、手酛は、2時間毎に、混ぜ合わせます。
これは表面が乾くのを防ぐためです。水分活性が低いので、内部では衛生が保たれますが、表面が乾いてくるとカビの類いが増殖するでしょう。

5~6℃と冷たく、しかもとげとげした米が手に当たります。手を突っ込むだけで痛いです。
これは、素手でやるのはかなり無理があることを、やってみてから気づきました。
半泣きになりながら行いましたが、まさに修行のようです。次は「爪」を使いたいと思います。
まじで。

なお私の場合、連続で手酛をするのが苦痛だったため、2時間おきというか、1時間おきくらいに、手酛をしました。
それに加え、カビを恐れるあまり、手酛と手酛の間は、表面の乾燥を防ぐため、その都度ステンレス製の酒母タンクの蓋をかぶせて、表面が乾かないようにしていました。

というのも、汲水が85%くらいともなると、水分が少ないので、カビ以外の雑菌に対しては抵抗力がありますが、そのぶん、空気にさらされている表面は、ことさらカビには弱いです。

そして、カビは基本的に、人間の健康に対して、非常に悪い代物です。
これは、全力で避けなくてはなりません。……ということで、手酛の期間中は、表面をことさら嫌気的にし、完全にブロックしようと思いました。



ステン蓋


さて、この手酛の期間は、麹が均一に水を吸い込み、全体に水分、ならびに温度が均一化するための期間です。この時間も文献によってまちまちなのですが、少なくても半日以上はかけるのが良いようです。なお、現状の教科書では15時間から20時間となっています。

真夜中もぶっつづけで2時間前に手酛が入りますが、昔の文献では、それぞれの手酛には、細かく名前がついていて、驚きます。「昼掻き」「昼寝起き掻き」とか……。


てもと

仕込み後、半日もしてくると、なんとなく麹がやわらかく溶けてきて、蒸米の表面も緩んでくるようでした。まあ、全体としては、固形物の範疇を出てはいないのですが……。

酛摺直前

とにかく、全体が均一になりましたら、ようやく「生酛」の真骨頂という「酛摺」に入るわけですが、いきなりここで、予想外のことが起こってしまいました。

(つづく)


酛摺

酛摺中

酵母無添加の生酛ができるでしょうか……?

マック

さて、恐怖のXP問題を迎え、当蔵ではほとんどのパソコンが
apple製になりました。昔は本体だけで30万とかだったのに(私にとっては
power mac 7500が初めてのパソコンでした)、
今は4万とかですよ。なぜにラーメンとかの値段が2倍以上とかになるのに、
20数年を経て、パソコンは数分の一とかになるのでしょうか……。

さて、当蔵は毎年、実験作などを無理矢理にかき集めた、
無駄に難易度の高い奇妙な「頒布会」を春先にやっています。

そして今年は、「生酛」で造ったお酒がトリを飾ります。(ほかにも目玉は、
いろいろあります。92%純米とか、5年前の再仕込み貴醸酒とか……)

さて、この生酛、ただの生酛ではありません。
「酵母無添加」の生酛です(成功すればの話ですが……)。
説明が込み入りそうですので、まずは順を追って
「生酛」についておさらいしましょう。

(ほんと、日本酒って難しいですよね……でも、実に奥深い文化的飲料だという証です!!
学んだだけ、きっと飲む喜びも増えるでしょうから、しばしおつきあいください)





「生酛」とは、江戸時代に、兵庫の灘地方で完成した酒母製法です。
水と米(米麹も含む)のみを原料とし、それらを適度に摺り潰したり、
ある温度帯をキープしたりすることで、様々な微生物の連続的な増殖と
その自然淘汰を引き起こし、最終的には酒造りに適した酵母菌が純粋に残るように仕向けるという、
おそるべき……まさに魔術ともいえる技術です。
これは、日本のというか、世界の発酵食品技術の「極北」ではないかと思っています。

簡単にメカニズムを述べると、
乳酸菌の増殖と発酵 → 酵母菌の増殖と発酵 
という主に2種類の菌類を連続的に育て、遷移させることが、
この生酛系酒母の本質と言えるでしょう。

まず、乳酸菌を増殖させて、乳酸を生み出させます。こうして酒母には酸が蓄積され、
酸度が徐々に上がります。そして、酒母がかなり酸っぱくなって、
じゅうぶんに抗菌力が増した状態で、酵母菌を立ち上げます。
(酵母菌は、珍しく酸には強い微生物なのです)

酵母菌が増えると、彼らが出すアルコールの殺菌作用で、乳酸菌などの酵母以外の菌は、
みんな死んでしまいます。
こうして、酵母菌だけが純粋に存在するキレイな酒母になるわけです。

乳酸菌を増やすのに2~3週間。酵母菌を増やすのに1~2週間かかります。
計1ヶ月以上と、吟醸のもろみ期間よりも長い酒母育成期間が必要になります。





これに対して、速醸酒母は、明治時代に開発された手段です。
はじめから精製された酸を買って来て、酒母に加えるのが特徴です。
酸(たいていが液体)を入れた瞬間から、酒母は突然高い酸度になるので、
生酛系のように、わざわざ乳酸菌を育成して、酸を造らせる必要がありません。

生酛系では乳酸菌育成期間がめちゃくちゃ大変で、失敗する可能性も高いため、
こうした過程をまるごと省いて、簡素に安全に醸造を行うのを目的として、
速醸酒母は開発されたのです。

酒母の仕込み直後から所定の安全な酸度が実現しているので、
いきなり酵母菌を増殖させることができ、結果として酒母期間が半分以下になります。
このため「速」醸と呼ばれるのですね。


どちらの酒母でも、重要なことは、
酸度にして3~4以上・phにして4以下という、かなり抗菌力が強い酸性状態にしてから、
酵母を増殖させないとならない点です。

(なお、特に生酛系で酸度が低いうちに、造り手の意図に反して、勝手に
酵母が増えてしまった場合、これを「早沸き」といいます。
こうした早沸き酒母は警戒すべきもので、弱い酵母が多く、雑菌も根絶されていない
ことが多いものです。実際もろみに進んでから、うまく発酵できなかったりして、
失敗することが多いのです)


さて、時折、気になっていたことがありまして、改めてこの場を借りて、
強調させていただきたいのですが……

乳酸菌 と  乳酸  

は別物です!

今までの説明を読んでいただいた方には、文脈的に、自然に理解していただいていると思いますが、一般的に混同されやすいポイントなので、確認の意味も含めて、再度、説明させていただきます。

「乳酸菌」は、顕微鏡で見ることのできる大変可愛い生命体でございます。

かたや「乳酸」は、いわば酸味料であり、単なる酸っぱい物質ですね。


ですから例えば、

乳酸菌 と  乳酸     の違いは、
酢酸菌 と  酢酸(=酢) と同じ関係です。
菌と、その主たる排泄物の物質との関係というわけです。


乳酸菌は、「菌」ですから、我々と同じ立派な生命でございます。
日本酒/味噌/ヨーグルト/キムチ/チーズ等、様々な発酵食品を醸してくれる、
けなげな生き物でございます。いや……それどころではありません。
彼らは、我々の体表にびっちりと棲み着いており、口の中にも大量に棲んでいます。
さらに、体内では腸内細菌の代表格。つまるところ、人体常在菌の王様とも言える存在です。
人間をはじめとする多くの動物が、常に体内の乳酸菌の活動で命を支えてもらっております。
そこんとこ、酸味料と混同しないよう、よろしくお願いします。


*なお、乳酸菌の定義は、ブドウ糖を50%以上、乳酸に変換する能力を持つ微生物の総称です。
乳酸菌にもいろいろな個性があります。
乳酸だけでなく、酢酸やらなにやらと、いろいろと出すものも多いのです。
ちなみに、整腸剤やヨーグルト製造にも使われる「ビフィズス菌」は、
一般的に乳酸菌と思われておりますが、ブドウ糖の乳酸変換効率が
50%に満たないので、現在、分類学上は乳酸菌にはなりません。



さて、また、マックとかビフィズス菌とかで無駄に長くなりました……
次回から、現在取り組んでいる、難易度の高い酒母について、ご説明いたします。
というか、今、この酒母がうまくいかず、非常に難儀なことに陥っていて、
我々は自然の摂理と死闘を繰り広げている最中でございますので、
実況報告させていただきますね。

とりあえず……写真のみダイジェストで↓


俯瞰

埋け飯直前

埋飯

酛摺

酛寄せ

生酛 VS 山廃 again

桶と櫂棒

さて、生酛をそろそろ開始いたしますということで、
何事も形から入る私は、酛摺のために、昔ながらの……
吉野杉製の半切り桶と櫂棒を導入致しました!

当蔵でやっている木桶と同様に、大阪・堺の製樽会社、ウッドワーク様に
造っていただきました。

桶

今回、何事も形から入る私は、はじめて、酛摺をともなった「生酛」をやってみるわけですが……
そもそも、昨年の醸造協会の講習会で、広島「竹鶴」の石川杜氏さんのお話に
たいへん興味をひかれて始めることにしたのでした。

その講義の内容は、生酛は山廃よりも、理に叶った造りであり、「普遍的」な製法、
つまり「安全」であるということなのでした。

特に衝撃を受けたのは、完璧な生酛造りは、安全なものであり、
教科書では必須とされている「亜硝酸反応」(硝酸が変化した殺菌性のある成分)については、
実際は起こらなくても不都合はない、という主張でした。

一方で、山廃は、生酛とは根本的に違うもので、生酛ほど安全ではない。
環境が整った、あるいは技術が高い造り手がやらないと失敗するような不完全な
ものだ、ということでした。

同じ生酛系とくくられる、(酛摺をともなう)生酛と(酛摺をともなわない)山廃では
まったく違う現象が起きている……?

石川杜氏のこの偉大な卓見には、感服致しました。 
造り手なら誰しもが、知的好奇心をそそられずにはいられないのはないでしょうか?

さて、
細かな配合や、作業手順やらコツなどの技術情報は、これは講習会に出られた方の特権でもあるので、突っ込んで申しません。

しかし普遍的な教科書的事項の中から、簡単にその要点を強調した言い方をするなら、
「生酛は山廃より、水っけが少ない」これに尽きるということなのでした。
仕込みに使う水も山廃より少ないし、麹はよく枯らして水分を吸うようにし、
掛米は、埋飯といって蒸した後、かなり長時間、布で包んで放置して、わざわざ
溶けにくいようガチガチに老化させ、そうしてから、これらを摺り潰すわけです。
この物体は、ほぼ固体のようなもの。
ということで、生酛のほうが圧倒的に水っぽくない。
この違いが、大きいということらしいのでした。

そう。生酛は序盤「かなーり、水っけが少ない」。言い換えると「水分活性」が少ない。
そうなると、「酵母」は増えることはできない。特に、たちの悪い「野生酵母」は増えない。
時間がたって米がじゅうぶんに溶け、水分活性が戻る頃には、乳酸菌が増えて、酸が高くなっており、また酵素作用で糖分も多くなっている。
そうした濃糖で多酸の環境にて、唯一増えることのできる酵母は……
(それが天然のものであれ、培養したものであれ)、糖と酸に耐性のある「優良清酒酵母」のみ。
これは強健なアルコール発酵能力を持っている。
こうして、健全に、雑菌に侵されず、最後までもろみを発酵することができる酒母が完成する。
こうしたメカニズムでした。


これを聞いたとき、私は、
「きっと生酛はチーズで、山廃はヨーグルトなのだ」
という悟りを得ることができました。私は自宅でヨーグルトを造るのが趣味なので、
即座に連想してしまったのです。あのインフルエンザに効くというヨーグルトも培養して
食い放題です。

それはさておき、上記のメカニズムは、酵母一般と乳酸菌一般の生態の違いを、
実に巧妙に利用していると思いました。

というのは、酵母は増殖/発酵に水分を必要としますが、乳酸菌は増殖/発酵に
水分をあまり必要としない特徴を持っています。
もっと言えば、乳酸菌はより固体に近いものでも、条件さえ整えば、発酵する力があるのです。

つまりチーズです。
チーズは、ヨーグルトの水分活性を奪ったものです。

もっと簡単に言うと……

牛乳に、生きた乳酸菌を入れますね。
これをそのまま適温でキープして発酵させると、
(乳酸菌は乳糖を食べて乳酸を出すので)、
結果的に、あの酸っぱくてどろどろした汁=ヨーグルトができますよね。

チーズの場合、牛乳に、乳酸菌だけではなく「レンネット」という酵素を入れます。
これは牛から採取した生体酵素です。
これを投入すると、ヨーグルトは凝固してしまいます。酵素の作用で
タンパクが固まるのですね。

こうして水部分だけが分離されるので、これを捨てる……
つまり、これで、水分活性が劇的に低くなってしまうのです。

一方、水分を抜き取られた牛乳に残った乳酸菌たちは、固体的なものでも発酵できる
性質があるので、そのまま発酵(熟成)し続けます。

さて、ヨーグルトと、チーズはどちらが日持ちするでしょうか。
つまり腐りにくい(雑菌が繁殖しにくい)でしょうか。
それは、チーズですねよね。水分活性が少ないからですね。

つまりヨーグルトは、(酸が高いので)牛乳を保存するために役立ちますが、
チーズは、このヨーグルトの保存性をさらに高めるために効果がある、
「もっとも腐りにくい牛乳」とでも言えましょうか。

偉大な日本人の酒造職人の先輩たちも、いろいろ試行錯誤をして、
可能な限り水を少なくすれば、比較的純粋に、乳酸菌だけ純粋に培養できる
ことを理解したのです。劇的に少ない水を使用し、単に麹と米を摺り潰しておくだけ。
これは米のチーズとでもいうべきものです。

あとで麹の酵素がこの米チーズをすっかりと溶かしたころには、
乳酸菌はとっくにかなりの酸を出していて、
都合よく酒造りに適した酵母が繁殖できる背景が整っている
というメカニズムです。

そうなると、明治期以降の研究者が、半切りでの酛摺を行わず
一挙に仕込んで手間を省くため、酒母仕込初期の水分活性を高めてしまい
(一般的に山廃は、生酛より仕込み水の量が、米重量換算で10%程多いのです。
また仕込み温度もやや高く、埋け飯はしないかあまり長くない、という特徴があります)、
結果として酒母が雑菌(特に野生酵母)に汚染されやすくなり、
このため「亜硝酸反応」というものが「必須」だと言い始めたのは、
いわば本末転倒なのかもしれません……。

保存性を高めるために水を取り去ったチーズに、なぜか、また水を入れてしまうがごとし。
それでは腐ります……。

ではではまた長くなりましたが、
また続きをいずれ。










木桶について

みなさまあけましておめでとうございます!
この1月は最繁忙期でございます。
申し訳ないのですが、ブログを更新する暇もなく、連日、酒造りに没頭しておりました。

木桶

木桶につきまして。発酵は、予想を裏切りまして、素晴らしく順調です。
木は断熱材のようなものだから、発酵中の熱が外部に発散せず、
もろみの温度を抑えることができず発酵が進みすぎるだろう……と思ったのですが。

これ以上なくうまいことコントロールされています。

温度がぶっ飛んだら大変なので、私はもろみを冷やすための道具をいろいろと
用意する段取りをこしらえていたのです。

しかし、醸造長の古関くん曰く、

「単に冷温器(長いアルミの筒で中に水や氷を入れる)をブッさせばなんとかなるんじゃないですか」という強気の発言。
さすが90%精白などの難易度の高いもろみ管理で鍛えられてきただけはあります。

あんな細い筒に氷水入れただけの代物で、本当に木桶のもろみが冷えるのか?
まじかよ……と思いながら、「じゃーやってみてよ」と様子を見たら、
全然余裕の冷却能力。
そうね、木桶、小さいですもんね……。
杞憂でございました。

古関醸造長は

「かえって木が断熱材になって、外気の影響をまったく受けないので
コントロールしやすい。1~2月の厳冬期に、冷え込まないのがむしろ嬉しい。
むしろ最高」

と余裕の発言。
どうやら、彼も、木桶を熱烈に愛するようになってしまったようです。
これで来季から木桶が増えること間違いなしですね(?)。

そして味は…?
もろみの分析用の濾液を飲んでの感想なのですが-----

和を感じさせるウッディなテイストが、そこはかとなく感じられる、
たいへんデリケートで奥深い味わいになりそうでございます。
個人的にも楽しみでございます。

さて、この木のテイストについて……
当蔵では、24Byはオーク樽貯蔵もやりました。オーク(楢)の香味はやや威圧的な
ところがありますが、あれもいいもんですね。
しっかりした味の酒に樽添えすると、時々、とんでもない相性を見せてくれます。

またこうした杉の木桶仕込みの酒。あるいは樽酒も素晴らしい。
私など数千円も出してシダーウッドのアロマオイルを買ったりするくらいですから、
特に好きなテイストなのですが、鼻に抜けるあの爽やかな杉の含み香は格別で、
これこそ、日本酒に取り戻すべきニュアンスでは……と思ったりいたします。

なぜ、日本酒は、千年以上も一緒だったはずの、この杉の表現を手放してしまったのでしょうか。
合理性だけで手放されたのであれば、悲しむべきことであります。

もしかして。
日本の芸術には、「付け加える」のでなく「削ぎ落とす」と言う素材文化/ミニマル志向の
傾向が強いところがあります。

樽香は、特に「吟醸」的な表現にとっては、そもそも酒の香りではないので、
「邪魔もの」として排除されたのかもしれませんね。

しかし、この「吟醸」……日本酒業界の伝家の宝刀であった「吟醸」……も、
時代の流れとして、必然的に、陳腐化しつつあります。

「吟醸」は偉大な先達たちの手によって100年ほど前にその原型が生み出された
至高の発酵芸術とでもよぶべきものですが……
長い間、日本酒業界はこれに代わる新たな「武器」を手に入れることができずにいます。

そして吟醸は、今や収穫の時期に入ってしまいました!
とりわけここ数年「一般的」になり、かつ最後の「消費段階」に突入しています。
製法は極限に洗練され、大量生産も可能になりました。

昔は、各蔵でタンク2~3本しか造れなかったような大吟醸/純米大吟醸が、今や、
(質のほどは保証しませんが)コンビニ・スーパー・百貨店と、
名前ばかりはそこらじゅう溢れるようになってしまいました。

吟醸の魅力が、世間一般、あまねく人々に知られることは素晴らしいことです。
現に、最近日本酒が見直されている(?)としたら、それは吟醸のおかげといっても
過言ではないでしょう。

しかし、吟醸を生み出した先達と同じだけの努力が、それ以降ほとんどなされていない、
あるいは、なされていたとしてもピントがずれている、
もしくは、努力のわりに明白な結果が出ていないのであれば問題です。

次はどうなるんだ-----、吟醸の後はどうなるんだ---と、
そこはかとない不安を感じている蔵元さんも少なくないでしょう。
だからこそ我々も、我々自身のため、そして我々以降の世代のためにも、
遅かれながら「ポスト吟醸」の形を探ろうと、同胞の若手蔵と切磋琢磨しながら、
場合によっては訝しがられる可能性が高いかもしれない変態酒を、
凝りもせずに果敢に造っているわけです。

そういう意味では、木桶にしろオーク樽貯蔵の酒にしろ、木のテイストをまとった酒は、
吟醸以前の伝統だったり、もとから日本酒の枠外にある文化であります。
ここ一世紀、日本酒業界が意識を集中させてきた既存の吟醸の美学とは、
かなりずれたラインにありますから、
私ととっては、生モト/山廃や、貴醸酒、白麹、低精米の酒と並んで、
特に将来性が見込まれる面白い対象なのです。

今年は木桶&樽酒でいろいろと可能性を追求したいと思ってます!
あ、気合いが入った樽酒(出来た酒を樽で保管するヤツで、木桶仕込みではありません)は、
本年度の頒布会でやろうと思っております。


神主

1/11は、蔵開きの日でした。
神主さんにお祓いをしてもらいます。現在、氷温庫を建設中で、建設現場も
お祓いしてもらいました。


袋吊り

さらに……。
純米大吟醸の袋吊りも始まりました。こちらは美郷錦30%精白です。

袋上


斗瓶

全体の1/3を過ぎ、試行錯誤や調整もそろそろ終わり……。
米質との相性を探るため、こまごまと微妙に配合を変えたり、
いくつかの温度経過を経過を試したりしていましたが、まずまずわかって
きた感じです。

さて、これから、本番でございます!!
今年もよろしくお願いします~
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