アキヨシとカレン  ・・・少女漫画風恋愛小説・・・



番外編 ◆本編完結済み・番外編2連載開始◆山口なお美 著


Copyright(C)2006-2012 yamaguchi naomi All rights reserved

イラスト: まったりほんぽ



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目次2

★目次★

※赤い数字を左上から順にクリックしてお読みください。

(初めてお越しの方は、下の、「第一章何かちがってる」からお読みください)

(初めてお越しの方、こちら の注意書きにも一度目をとおしてくださいね)


番外編 2

No.1-1 No.1-2 No.1-3 No.1-4

No.2-1 No.2-2 No.2-3 No.2-4

No.3-1 No.3-2 No.3-3 No.3-4 No.3-5 No.3-6

No.4-1 No.4-2 No.4-3

No.5-1

No.6-1 No.6-2 No.6-3 No.6-4 No.6-5 No.6-6

No.7-1 No.7-2 No.7-3  

No.8-1 No.8-2 No.8-3 No.8-4 No.8-5

No.9-1 No.9-2 No.9-3 No.9-4 No.9-5

No.10-1 No.10-2 No.10-3

No.11-1 No.11-2 No.11-3

No.12-1 No.12-2

No.13-1 No.13-2 No.13-3 No.13-4 No.13-5

No.14-1  ←2/13

目次

★目次★

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番外編

No.1-1 No.1-2 No.1-3 No.1-4

No.2-1 No.2-2 No.2-3

No.3-1 No.3-2 No.3-3 No.3-4 No.3-5 No.3-6

No.4-1 No.4-2

No.5-1 No.5-2 No.5-3

No.6-1 No.6-2

No.7-1 No.7-2 No.7-3

No.8-1 No.8-2 No.8-3

No.9-1 No.9-2 No.9-3(完)

あとがき




本編


第一章 何かちがってる

No.1-1~6    No.2-1~9    No.3-1~6   No.4-1~3

第二章 え?それってデートじゃん?
No.1-1~4    No.2-1~3    No.3-1~7    No.4-1~6    No.5-1~8

第三章 デ・イ・ト

No.1-1~6     No.2-1 No.3-1~9    No.4-1~5    No.5-1~5

第四章 手をつなぎ、キスをした

No.1-1~3   No.2-1~4    No.3-1~4    No.4-1~2    No.5-1~4

第五章 アキヨシをかえして

No.1-1~5  No.2-1~4    No.3-1~8   No.4-1~5

第六章 お友達になりましょう?

No.1-1~5  No.2-1~5    No.3-1~7    No.4-1~8  

第七章 つよい……

No.1-1~5   No.2-1~5   No.3-1   No.4-1~4   No.5-1~3

第八章 会いたい

No.1-1~5 No.2-1~5 No.3-1~4 No.4-1~8

第九章 モデル・Aki

No.1-1~4 No.2-1~2 No.3-1~4 No.4-1~3 No.5-1~3

第十章 ちがうって、言ってるのに

No.1-1~7 No.2-1~2 No.3-1 No.4-1~2 No.5-1~4 No.6-1 No.7-1~4
第十一章 さよなら?

No.1-1~9 No.2-1~2 No.3-1~2 No.4-1~5 No.5-1~7 No.6-1~2

第十二章 反省してます

No,1-1 No.2-1~7 No.3-1~4 No.4-1~6 No.5-1~3 No.6-1~3 No.7-1~4

第十三章 平澤さんちのお嬢さん

No.1-1~6 No.2-1~8 No.3-1~4 No.4-1~2 No.5-1~6

第十四章 夏の終わり

No.1-1~4 No.2-1~8 No.3-1~2 No.4-1~5 No.5-1~5 No.6-1~7 No.7-1

第十五章 なんでだろ? うまくいかない

No.1-1~4 No.2-1~5 No.3-1~2 No.4-1~6 No.5-1~2 No.6-1~2 No.7-1~4 No.8-1~3

第十六章 恋愛のカタチ

No.1-1~5 No.2-1~2 No.3-1~4 No.4-1~8 No.5-1~5 No.6-1~5 No.7-1~3 No.8-1~4

第十七章 佐藤君のおじいさん

No.1-1 No.2-1 No.3-1~4 No.4-1~6 No.5-1~2 No.6-1~3

第十八章 帰らないで

No.1-1~5 No.2-1~8 No.3-1~2 No.4-1 No.5-1~2 No.6-1~5

第十九章 十六歳

No.1-1~5 No.2-1~4 No.3-1~4 No.4-1 No.5-1~3 No.6-1

第二十章 幸福な時間

No.1-1~7 No.2-1~2 No.3-1~5 No.4-1~8

第二十一章 崩れる

No.1-1~5 No.2-1 No.3-1~4 No.4-1~5 No.5-1~5 No.6-1~5 No.7-1~3

第二十二章 ごめんね

No.1-1 No.1-2 No.1-3 No.1-4 No.1-5 No.1-6

No.2-1 No.2-2 No.2-3

No.3-1

No.4-1 No.4-2 No.4-3

No.5-1 No.5-2 No.5-3 No.5-4 No.5-5 No.5-6

No.6-1 No.6-2 No.6-3 No.6-4 No.6-5 No.6-6 No.6-7

第二十三章 春 

No.1-1

No.2-1

第二十四章 九年後、春

No.1-1 No.1-2 No.1-3 No.1-4 No.1-5 No.1-6 No.1-7

No.2-1 No.2-2 No.2-3

No.3-1 No.3-2 No.3-3

No.4-1 No.4-2 No.4-3

No.5-1 No.5-2 No.5-3 No.5-4

第二十五章 雨が、降っている 

No.1-1 No.1-2 No.1-3

No.2-1

No.3-1 No.3-2 No.3-3 No.3-4 No.3-5 No.3-6

No.4-1 No.4-2

No.5-1

No.6-1 No.6-2 No.6-3

No.7-1

第二十六章 ありがとう、そしてさよなら

No.1-1 No.1-2

No.2-1

No.3-1 No.3-2 No.3-3 No.3-4 No.3-5

No.4-1

No.5-1 No.5-2 No.5-3

No.6-1 No.6-2 No.6-3 No.6-4

No.7-1 No.7-2 No.7-3 No.7-4

No.8-1 No.8-2

No.9-1

No.10-1(完)

あとがき
登場人物紹介


No.14-1

 液晶画面に映る男は、一度も会ったことのない、見知らぬ人間だった。顔から下だけを晒し、日本語を話すわけでもないのに、声さえも加工されている。

── こちらは別に何かを要求してるわけではないんですよ。妻はただ彼に会いたいだけなんです。

 字幕を読むのが面倒くさくなって、テレビを消した。

 こんな風に。有名になってしまった人間の身内がしゃしゃり出てきてワイドショーを賑わすのはよくある話。

 ヒモのような男と結婚し、実家への連絡が極端に減ったと訴える女優の母親。CDが爆発的に売れた娘のギャラが少な過ぎると、事務所に対し不平を漏らし、独立をももくろむアイドル歌手の父親。

 その親と子の関係が、後にどうなったのかはわからない。世間の関心の移り変わりは早い。

「朝飯、食おうぜ、明良」

「あ? ああ」

 湯気を立てる味噌汁、白ごはん、卵焼きを見ながら、思わず複雑な顔になった。

「今日、帰んだろ?」

「うん。そのつもり。明良とも今日でお別れと思うと寂しいけどね」

 男は五日、ここへ泊った。

 いくら社長の娘と結婚しているからってそんなに仕事を休んで大丈夫なのか。ひょっとすると、とっくに離縁されていて、実はここに居座るつもりでいるんじゃないのか。正直何度も疑ったね。

「……いくらくらいあればいいんだろうな」

「あ?」

 ぺらぺらに柔らかくなった油揚げを口に入れながら言った。

「金。困ってるって言ってたろ? いくらくらいあればいいわけ?」

 きょとんとしていた男の顔がみるみる呆れた風になった。

「ほんと、信じられないくらい人がいいな、お前は」

 そうかな? 

「だけど、今はやめとけ」

 少し考えてから、

「そりゃまあ、そうだよな」

 頷いた。

 さすがに今はまずいだろう。こんな騒ぎのなかお金なんか渡したら、口止め料だと受け取られかねない。

「お前のママは、方法を間違えたって、ことだな」

No.13-5

「うん、まあ」

「やっぱり父親なんだね。佐藤君のことが気になって、あんな記事見て傷ついてるんじゃないかと思って、居てもたってもいられなくなって、それで来たんだよ、きっと」

「……。どうかな」

 曖昧に笑った。

 そんな風には考えていなかった。

「絶対そうだよ」

 やがて車は人通りの少ない大きな道に出る。遠いところで点灯している信号の青を見ながら平澤は言った。

「佐藤君、あたしね。お父さんのこと、怒ってるの。あんな写真週刊誌を見ただけで佐藤君との結婚を頭ごなしに、こっちの話をちゃんと聞きもしないで反対したお父さんのこと、すっごく怒ってるし、嫌だなって思ったの。お父さんのこと、嫌だなとか、顔も見たくないなって思ったの、実は、生まれて初めてなんだよね」

 どう反応したらいいのかわからなくて黙っていた。

 平澤が隣でふっと小さく笑った。

「うちのお父さん、すっごくお母さんのことが好きで。だから、お母さんに似てるあたしのことも、可愛い可愛いって。他人から見たら全然可愛くないどこにでもいるフツーのコなのに。お父さんにはすごくトクベツに見えるみたいで。……本当に大切に育ててもらったの」

「……わかるよ、それは」

小さく言った。「平澤見てたらわかる。すごく大切に育てられたんだなって、思うよ」

「そう?」

 平澤は笑っている。笑っているのに、泣いてるみたいな声でつづけた。

「あたし、今回のことで家を出ようかなって何度も考えたの。もう大人だし。ひとりで暮してもいいし、佐藤くんのとこに居候させてもらっちゃおうかな、とか。色々考えたの」

「……」

「でもできない」

「……」

「やっぱり、佐藤君とのこと、お父さんにもちゃんと認めてもらってから、家を出たいの」

「うん」

「時間かかると思うけど」

「うん。いいよ」

 信号が黄色から赤に変わり、ブレーキを踏んだ。

 平澤の手が、こちらの空いている手をそっと握る。指を絡ませ持ち上げると、やわらかく唇を当てた。祈るみたいに。俯き。目を閉じている。

「佐藤君」

「うん」

「もう、他の女のコと仲良くしないで」

 こちらの胸が締めつけられるような声で言った。

 平澤が唇を当てているのとは反対の手を伸ばし、平澤の頬に触れた。

 いいや、と思った。今誰かに見られたとしても。写真に撮られたとしても。

 そんなこと構わない。

 ほんの少し首を傾げこちらを見る平澤の額にそっと唇をつけた。こめかみに。頬に。唇に。

 信号の色が青に変わるまで。

 何度も口づけた。

No.13-4

 リポーターやカメラマンがいるんじゃないかと警戒するこちらとは裏腹に、

「佐藤君、あたし、別にいいよ。写真撮られても」

 なんて。平澤が大胆な発言をする。

「え?」

 思わず見遣ると平澤は不服そうな顔で唇を尖らせていた。

「他の女のコと撮られるよりずっといいもん。それに、もし佐藤君とあたしが一緒に写ってる写真が世の中に出たりしたら、あたし、他にお嫁の貰い手なんかなくなっちゃうと思うんだよね。もともとモテない上に佐藤明良とつき合ってる女、なんて、フツーの男のコなら絶対ひくでしょ? そんなことになったらさすがにうちのお父さんも佐藤君との結婚認めないわけにはいかなくなると思うの。いくら父親が娘をお嫁に出したくないって思ってたとしても、一生独身でいいなんて、そんなことは望んでないと思うわけ。すっごく矛盾しててむかつくけど。父親ってそんなもんでしょ?」

 全然笑っていない顔でそんな過激なことを理論的に語られてもね。

 やっぱ、いまはまずいよ。タイミングが悪すぎる。

 肩をすくめると、車のキーを手に取った。一応周りの様子を確かめてから平澤とふたり、扉の外に出る。

「ごゆっくりー」

 なんてのんきな声を。背中で聞きながら。


 うちのマンションから平澤の家までなんて、あっという間だ。車だったら十分もかからない。

「平澤、今日ってまだゆっくりできんの?」

 なるべくいやらしくならないように訊いたつもりなんだけど。助手席に座る平澤が一瞬躊躇するのがわかった。

「うん。大丈夫」

 あ、そう? ってか。下心ありありなのはわかってるんだよね? なんて。

「……どこか遠くに行きたいなー」

 ややあって平澤が言った。気持ちが落ち着いてきたのか、先ほどまでとは違ういつもののんびりとした声だった。

「遠く?」

「うん。明日は当直で夕方からだから。どこかに泊まってってもいいし」

 まじで?

「あ。でも、ダメだよね。佐藤君、お父さん待ってるから」

「え? あ、いや」

 あんなの。

「佐藤君と話しをする為に来たんでしょ? あの週刊誌のインタビュー記事見て。わざわざ、えーとどこだっけ? 兵庫から?」

No.13-3

「違うよっ。違うだろ」

「だって、結婚できないって」

 いっ。

「言ってない言ってない、言ってないだろ、そんなこと」

右手をぶんぶんと顔の前で振った。「結婚を許してもらえなくても、って。そういう意味じゃないよ。許してもらえなくても仕事はつづける、平澤とも別れないって、そういう意味」

 あれ? ああそうか。ここまでは言ってなかったか。

 また。平澤の一重の目いっぱいに涙が溜まっていく。

 そんな可愛い顔で泣かないでくれよ、かれんちゃん。

「別れないよ。俺、平澤と別れようなんて、考えたこともねえよ」

「ほんと?」

「ほんとだって」

 あんなに色々あって。何年も離れてて。ようやくつかまえたと思ってんのに。何で別れないといけないんだよ。

「明良」

「なんだよ」

「お前って、向こうにいるより日本に住んでる方がもうずっと長いんだよな」

 はい。そうですけど、それがなにか。

「……日本語、へたくそすぎ」

「……」

 ほっとけよ。ったく。


 そのあと。

 平澤にはこうなったいきさつをきちんと説明した。

 ゆっくり。丁寧に。こちらなりに言葉を選んで。

 写真を撮られたいきさつとか。母親の話とか。いつの間にか平澤の隣に座った男も一緒になって、何やら懸命に説明してくれていた。

 

「誰もいなかったぜ」

 玄関の扉をそっと閉じながら、男がくいっと親指を立てて見せた。

「ほんとかよ」

「ほんとだって」

No.13-2

「だって、なんかおかしくね?」

「明良?」

「何で俺ら、こんなことになってんの?俺も平澤も、俺ら自身は、ほんのちょっと前と何にも変わってないんだぜ? フツーに真面目にやってんのにさ。俺らの周りの、なんていうか、環境だけが、変わりすぎだろ。そりゃ俺はこういう仕事してるけどさ。だからって、ここまでされないといけないかな。長いこと会ってない母親のことまでさあ、なんであれこれ言われないといけないわけ? ちょっと同じギョーカイのコに親切にしたってだけでつき合ってるとか熱愛とかなんで大騒ぎされないといけないわけ? もうさあ、わけわかんねえっつーんだよ」

 胸の内側に燻っていたもやもやを一息に吐き出した。言ってから、なんだかおかしくて、笑った。ずい分と、自虐的な笑いになっていただろうと思う。

 平澤の前に置かれた湯呑みは、中身を飲んでもらえないまま、湯気を立てなくなっている。平澤は、黙ってこちらを見つめていた。

「だけど、俺、この仕事、やめないよ」

 たとえ。平澤の父親にこれから先ずっと結婚を許してもらえなかったとしても。この仕事をやめることは、もうできそうもない。

 いつやめてもいいと。何度も思ってたのに。おかしいよな。

 面白いんだ。芝居が。映画もドラマも舞台も。自分以外の人間を演じることが今は楽しくて仕方ない。

 どれほどプライバシーを暴かれようと。傷をつけられようと。やめられない。

「だから。平澤、ごめん」

平澤の瞳をまっすぐに見つめ、言った。「ごめんな、平澤」

 こちらの言葉に平澤は何か返そうと唇を開いたけれど、何も言わないまま、やがてその顔を、コドモみたいにくしゃっと崩した。


 え? なんで? なんで平澤が泣き出すわけ?

 わけがわからないまま立ち上がろうとしたこちらを制して、隣の男が平澤の傍の椅子に腰を下ろした。そして右手を伸ばし、そっと肩に触れる。

「大丈夫? かれんちゃん」

「おい」

 いまにも抱き寄せそうなその仕草に思わず立ち上がる。

「明良」

 なのに。逆に怒ったような顔で睨みつけられた。

「何だよ」

「お前、親の前で自分のカノジョに別れ話なんかしてんじゃねえぞ」

「は?」

 別れ話?

「かわいそうに。かれんちゃん、泣かなくていいよ、こんな冷たい男なんかほっといて──」

「おい、別れ話ってなんだよ。別れようなんて一言も言ってないだろ。勝手な解釈してんなよ」

 こちらの言葉にテーブルの向こうのふたりが同時に顔を上げた。

「え?」

「え?」

 平澤の潤んだ瞳がこちらを見る。驚いた顔。コドモみたいな顔。涙でぐしゃぐしゃになった顔すら可愛い。なんて。

「違うの?」

「え?」

「違うの? これって別れ話、じゃないの?」

 だーーーっ。

No.13-1

 いまにも泣きそうに目を赤くした平澤の前に、湯気の立つ湯呑みと赤福を乗せた皿が置かれた。

「どうぞ、かんれちゃん。さ、食べて、食べて。美味しいからさ」

 チョー甘々、と表現してもいいくらい優しい男に、

「ありがとうございます」

 消え入りそうな声で平澤は頭を下げた。

 平澤は、さっきからこちらと視線を合わせようとしない。

 電話にずっと出てくれなかった平澤。まだ怒ってんのか? じゃあ、どうしてうちに来たんだ? ってか。隣に座る満面笑みのこの男。すっげー邪魔なんっすけど。

「あの」

 顔を上げ、言った平澤に、

「何?」

 隣の男がにこにこと応える。

「い、いえ。あ、あの、佐藤君」

 はい。

「ごめんなさい」

 え?

「あたし、この前、佐藤君を責めるようなことばっかり言って。あのとき、佐藤君、それどころじゃないって言った意味、あたし、今日やっとわかったの」

「何? 何? 何の話? あ、そうか。ふたり、喧嘩中だっけ? あの明良のエロそうな浮気写真のせいで」

 おっ前、うるさいよ。浮気写真とか言うなっ。

「あたし、自分のことしか考えてなくて。佐藤君、あのとき変だったのに。あたし、全然気がつかなくて。あの写真とは別に、こんなことになってるなんて、全然知らなくて。ほんとに。ごめんなさい」

 平澤の声が震えてる。

「明良?」

 あ?

「何呆けた顔してんだよ。かれんちゃんに何か言ってあげれば?」

 あ。ああ。

 視線を合わせた平澤の顔は白っぽく見えた。寒い中、平澤のうちからここまで走って来たんだろうか。今日発売された週刊誌の記事を見て。こちらの事情を察して。それで走って来たんだろうか。

「……」

「明良?」

「あー。いや。何言ったらいいかわかんないんだよね、さっきから」

 平澤の顔がさらに悲しそうに白くなる。

No.12-2

 佐藤君のお父さんの大きな背中が目の前から消えた。反射的に足を止め、顔を俯ける。さっき履いたばかりのスリッパが見えた。

「誰?」

 佐藤君の声。ちょっと怒ってるみたいな響き。機嫌、悪いのかな。そう考えたら急に怖くなった。さあっと。顔から血の気が引く。

「なんだよ、にやついて、気っ持ち悪いな。 ──誰だったって訊い……」

 佐藤君の、足元だけが、見えた。顔を、上げられない。

 よく考えたら。あたしってこんな風に突然来てもいいような状況に、いまいるんだっけ? こいつ今更何しに来たんだとか、思われてない?

「あれ? かれんちゃん? どうしたの、入りなよ」

「……」

「明良も。何、固まってんだよ」

 のんびりとした、佐藤君のお父さんの声だけがする。佐藤君は何も言わない。

「かれんちゃん、お茶でいい? 美味しい赤福があるんだよね。食べるでしょ?」

 あ、赤福ーー? 赤福ってどこの銘菓だっけ?

 ……。

 そうだ。

 どうして佐藤君のお父さんがいまここにいるのか。

 ようやくわかるなんて、あたしって、ほんとバカ。

 佐藤君のお父さんもあの記事を見て。それで急遽駆けつけたんだね。頭の中で、すぐに繋がらなかったけど。佐藤君のお父さんと、あの記事のお母さんは、元夫婦なんだから。今回の件は。佐藤君親子にとって、とっても大きくて重要な出来事なんだよ。

 図々しく、電話もしないで突然来たことが、猛烈に恥ずかしくなった。

「あ」

顔を上げ、言った。「あたし、帰ります。ごめんなさい。突然来ちゃって」

 ばっちりと。佐藤君の灰色の瞳と視線が絡んだ。絡んだら、語尾が震えた。

 怖いよ、佐藤君。

 怒ってるのか。呆れてるのか。わかんない顔してる。

「え? 帰るって、なんで? かれんちゃん」

「あの、親子水入らずのところ、お邪魔したみたいですみません」

「そんなことないよ、ってか、明良、何突っ立ってるんだよ」

「……え?」

「え、じゃなくて。あ、かれんちゃん、待って」

 なんか、涙出そう。玄関に向かいながら目許がどんどん熱くなってくる。

 ただひと言、ごめんなさい、って言いたかっただけなのに。

 佐藤君の辛さをちっともわかってなくて。自分の気持ちだけぶつけたことを。ただ謝りたかっただけなのに。タイミング、悪すぎだ。

「──平澤」

 スリッパを脱ぎ、靴に片方足を突っ込んだあたしの耳に佐藤君の声が聞こえた。

 平澤、待って、と。

 ようやく佐藤君の声を聞くことができた。

No.12-1

 インターフォンを押したけれど応答はなかった。

 留守なのかもしれない。ちゃんと電話で所在を確認するべきだったのかもしれない。

 さっき、エントランスの扉を開けるときに使った鍵を見つめる。

 どうしよう。勝手に中に入っちゃっても、いいのかな。本当に。

 何度も電話をくれたのに、出なくて。かけ直すこともしなくて。なのにいきなり家に押しかけるなんて。佐藤君、絶対びっくりするよね。もしも、あとから帰宅してきた佐藤君に、平澤なんでいんの? なんて聞かれたら。びっくりって感じならともかく。責めるように訊かれたら。わたしきっと耐えられない。

 あ。

 インターフォンからの返事はなかったけれど。鍵の回る音がした。心臓が、跳ねる。

 顔を上げ、佐藤君、と言おうと唇を開きかけて、固まった。

 背の高い男の人と目が合った。佐藤君とは違う男の人。

 一旦閉じた扉が再び開かれる。今度は。チェーンはかかっていなかった。

 佐藤君のお父さんは、数秒こちらを見つめたあと、にまーっと笑った。親しみの込められた感じに、にまーっと。

「あの……」

 もしかして、佐藤君、留守なの?

 佐藤君のお父さんは、にまーっとした笑顔のまま、何も言わずに手のひらを玄関の外側から内側に動かして招き入れる仕草をした。沓脱に、見慣れた佐藤君の靴がある。はたして佐藤君はいるのかいないのか。

 廊下の向こう側のリビングに、人のいる気配があった。

 玄関に入ることすら躊躇していると、

「入れば? 明良に会いに来たんでしょ?」

 優しい声で訊かれて、わたしは素直にうなずいた。

 そうだ。ちゃんと言いたいこと、謝りたいことがあって、だから来たのだ。

 靴を脱ぎ、どうぞと出されたスリッパを履く。佐藤君のお父さんの後ろにつづきながら、佐藤君の家の匂いがする、と思った。そう思ったら、途端に胸が苦しくなった。

「明良」

 佐藤君のお父さんがリビングの扉を開き声をかけると、

「誰だった?」

 佐藤君の声がした。

 久しぶりに耳にする佐藤君の声。嬉しい。嬉しいけれど。居たたまれない気持ちのほうが大きい。

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