毎日毎日いろんなドラマがあって、

寝る時間もないくらいがむしゃらに突っ走って、

ふと気がついたら帰国へのカウントダウンが10に近づいてた。


にほんのみなさん、

私10月20日に帰国します!

といっても、初めに実家に戻るので、東京に戻るのは週末になるかな。。


今までいろんな人が寮から出ていくのを見てきて、

何度も想像してみた自分の番。

悲しいとか、寂しいとかそういう感情は想像してたけど、

怖いものだとは思わなかったな.

日本に帰ることは不安ではあるけど、怖くない。

むしろ友達に会うのがすごい楽しみだし、これからやるべきことにわくわくしたりもしてる。

じゃあなんで怖いのか。

。。。。なんだかすごくemoな日記になりそうなのでここまで。




仲良しのフィリピン人に言われたことば。

kazuraみたいなcrazyな子がいなくなるとつまらなくなるわ。

いい意味で言ってくれた(と私はおもってるw)けど、やっぱ私のやってることは人から見たらCrazyって分類されるのかな。

ふむ。

まあcrazyだろうがなんだろうが、最後の10日間大切な人たちと、我慢せずにやりたいこと全部やりきって、フィリピンを旅立とうと思ってます!

フィリピンにいるみんな、覚悟して待っててねハート


そして、フィリピンにいる日本人のみんな(+まーびん)へ

Japanese Nightほんとにお疲れさまでした!
帰国することに当てつけて、自由にやってた私をいっつも暖かく迎えてくれてありがとう。
みんなにばっか大変な思いさせちゃってごめんね。。
みんなほんとすごいよ!
Salamat talaga!!!!!

たぶんフィリピンで書く日記は今日で最後。

いつも読んで日本から応援してくれてたみんな、ありがとう!
あれ?ピアスしてなかったんだっけー??意外ーー

ってのはもうかなり聞きなれた言葉。

ピアスしたらおばあちゃんが泣くからとか、
ピアスしたら運気が変わるから運が悪くなったら開けるとか、
いろいろと言ってきたけど実際なんで開けなかったのかってきかれたら、面倒くさかったってのがほんとのとこかもw

やっぱズボラ人間なんです、私。笑

フィリピンで出会った人のほとんどは当たり前のようにピアスしてるから、日本にいたとき以上にピアスしてない私はマイノリティ。

でもこの度、ルームメートのAva(覚えてるかな?インド人の子だよーw)の強気な説得に引きずられるまま、ピアスを開けることに。

向かった先はKatipunanっていうUPの近くの地区にあるタトゥーのお店。

お店にはいった瞬間すごい陽気なクヤ(タガログ語でお兄ちゃん)3人に迎えられたものの、彼らのタトゥーとピアスの数に若干圧倒されぎみの私。

そして出くわしたお客さん、カナダ帰りのイケメンFrancoは、なんでも舌にピアスを開けたいんだとか。
怖くないの?って聞くと、
この前やったばかりだというお腹のタトゥーをちゃっかり見せてくれ、
『これに比べれば何でもマシでしょ』
っとめちゃくちゃさわやかな顔で返してくる。

そんな彼らの中で、一人ただ耳にピアスを開けたいだけの私w
おおおーーーっと。。。

クヤたちは、すごく物珍しいものでも見るように、
なんで今までピアスせずに生きてこられたのか
とか、
大丈夫だよー怖くないよー痛くないよーw
とか言ってくるし・・・;

AvaはAvaで、
私がついてるから大丈夫!
あっ!穴あける瞬間写真撮らなきゃ!
とかかなり興奮してるし。。;

まったく怖くも何ともないのに、なんだかかれらに挟まれた私は初めてのピアスに緊張する3才児みたいな気分になったのでした。。。笑

そんな長ーい前置きがあったあと、一瞬で私の穴あけは終わり、無事にピアスホールゲット^^
ひとまず一安心。

そして次はFrancoの番ということで、舌にピアスホールを開ける瞬間を見てきたんだけど。。

グロいとしか言いようがないーー><

舌をペンチみたいなので引っ張りながら、針で刺そうとするあの瞬間。

一番緊張してるのはFrancoなんだから、静かにしてなきゃいけないのは分かってるんだけど、どうにも怖くて、キャーキャー叫ぶ私。
それを制しつつ興味津々のAva。笑
Franco、ほんとにほんとにごめんなさいw

で、Francoはまた爽やかな笑顔で、
『思ったよりどうってことないよ』って舌を見せてくれる。
Franco.....血出てますけど。笑

日本の友達で舌ピ開けたいって人はなかなかいなさそうなので、今後舌ピを開ける瞬間に立ち会うことはもうないかも。
そうかんがえると思わぬ形で貴重な体験をしたなーと。笑

最後にクヤ達にどこにタトゥーをするとSexyか色々解説されたあと(もちろん頼んでないけどw)、お店をあとにしました。

クヤは耳元から襟足にかけてタトゥーを入れるのをゴリ押してたけど、実際どうなんでしょう?笑

Sexyさはまだまだ奥が深いですとぅゆ
私が初めてフィリピンに来たのは、ちょうど去年のこの時期。

開発経済の教授が20年来調査しているフィリピンのコミュニティSt. Pazにホームステイしにきたときでした。
右も左もよく分からない私を、貧しいながらも精一杯もてなしてくれたホストファミリー。
そのホスピタリティーに感動する一方、彼らの話すタガログ語がまったく理解できず、ものすごくもどかしい思いをして日本に帰ったのがちょうど1年前。

そして先週末。

今年も教授がうちの大学の生徒を連れてまた研修に来るということで、お願いして私も同行させてもらってきました。

St. Pazに着いた瞬間。

このコミュニティのおじさんもおばさんも、小さな子から大きい子までちゃんと私を覚えててくれて(ここに来るのは実は3回目)、去年と同じくらいの熱烈歓迎。

まだまだ私は彼らにとって『お客さん』でしかないんだけれど、去年と違うのは彼らの私に対する態度にある種の仲間意識みたいなのが感じられたこと。
なんだかんだでここに来るのは3回目だし、他の日本人と違って日焼けしてるし、フィリピン人みたいな服装してるし、怪しい(?)タガログ語話すしw
彼らにとってちょっとした馴染み顔になってたみたい。光栄なことです^^

でも、去年と決定的に違うのは、St.Pazの人たちが話している事が理解できること。

去年と同じくホームステイさせてもらった家族のこれまでの状況、今抱えてる問題、将来の夢。
どんな些細なことであれ、去年は呪文にしか聞こえなかった音が、今回はちゃんと言葉として耳に入ってきて、その人たちの感じている事をその瞬間にシェアできる。
これもまたうれしい。
何度も勉強するのが嫌になったし、まだまだかなーーーり怪しい私のタガログ語だけど、やっぱり10ヶ月間続けた意味はあったみたい。

そして、10ヶ月間フィリピンで暮らしたことで自然と身についた生活感や物価感覚、NGO活動を通じて見た他のコミュニティでの経験は、St. Pazの捉え方、感じ方を去年とはちょっと違ったものにしてる気もして。

ステイ先の子供が私の分だけ買ってきてくれた、7ペソ(15円)のジュース。
一緒に買い物に行って、1キロ30ペソのお米がある中で、お母さんが選んだ一番高い50ペソのお米。

去年はそういうものなのかなって思ってたけど、そこに込められてる私への気配りや歓迎の気持ちにものすごくはっとさせられたり。

それから、St. Pazのコミュニティとしての特殊性にも気づいたり。

フィリピンは概して人と人のつながりが強くて、それが人々の幸福感の源泉になってるって言われたりする。
でも実際には、住民たちが自分たちの力で住民組織を発足させてるコミュニティはあっても、それがSt. Pazみたく軌道に乗ってうまく回ってる所ってあんまりない。
それは教授のアドバイスであったり、コミュニティ自体の流動性が大きく関係してるのかもしれないけど、
なんだかますますSt. Pazに興味がわきました。
要勉強。

自分の中でまだまだ消化しきれてないことはたくさんあるのだけれど、ひとまずこれくらいで。

帰国まで50日を切って、これまでの留学生活を振り返りはじめてるこの時期に、もう一度スタート地点に立ち戻れたことはほんとにラッキー。

自分がこの1年で少しでも変わったかと聞かれれば、答えは確実にYes.

どんな方向になのかはまだ分からないけど。

でもそれは近い将来、点と点をつなぐように見えてくるものだから、今は焦らず、1日1日しっかり過ごしたいなーと思うのです。

残りたったの47日、されどまだまだ47日。