極端に面食いだが結婚願望が強すぎる男がいた。どんなに美しい人でも、男の理想像とは遠く、結婚できない。
あきらめかけたあるとき、街中で理想そのものの後ろ姿の女性を見かける。男は、これ以上の女性はないと考え、その女性の顔を見ないで、結婚することに決め、すべてを告白し、女性に結婚を申し込む。
女性はプロポーズを受ける。理由は不明。それから、かれらの特殊な結婚生活が始まる。
男は妻となった女性の顔を全く見ない。男の立ち位置は、妻の半歩後ろ。並んでいても、男は前しか見ない。どうしても向かい合う必要があるときは、男が目隠しをするか、妻がマスクを被る。
食事は並んで食べるが、男は前しか見ない。二人そろっての写真はとるが、男は見ないか、彼用に妻の顔が塗りつぶされたものを見る。家に鏡はあるが、すべて蓋付きであったり、手鏡のような小さいもので、慎重に隠されている。
しかし、男は主婦となった彼女が台所に立つ様子を眺めて、幸福を感じる。
年月が過ぎ、子供が生まれても、夫婦の生活は人知れず続いていく。二人の呼吸は、達人並に研ぎ澄まされたものになり、子供は成長するまで二人の奇妙なやりとりに気付かなかったほど。
奥さんの顔が見たくならないのか、と彼らを知る友人が男に聞いた。
男は、見たくならないと答えた。
「なぜなら、僕は既に彼女の顔を知っているからだ。僕の理想そのものの顔を、僕は生まれたときから知っていたんだから」