自分自身のマネキンを作るぽよ
私が開発の一部を担当した3Dプリンタで自分自身のマネキンを制作する話
3Dプリンタを開発する
株式会社ExtraBoldでは,EXF-12などの樹脂ペレットを使用した熱押出方式の大型3Dプリンタ(付加製造機)を開発しています.そしてこの度,REX-Series BUTLER fabrication™と呼ばれる,造形テーブル駆動部に協働ロボットのロボットアームを使用したユニークな3Dプリンタを開発しました.
REX-Series BUTLER fabrication™は,協働ロボットが造形テーブル側を動かす仕組みであるため,EXF-12などのコンテナサイズの大型3Dプリンタには造形範囲では劣りますが,比較的コンパクトであり,高温の熱源が移動することもなく衝突検知時に停止することもできます.そのため,設置場所に対する自由度が非常に高いです.また,協働ロボットを囲むように他のツールを配置して連動させることも可能であるため,拡張性も担保されています.ちなみに,テーブルを持つロボットアームがトレイを持った執事のようであることからBUTLERと名付けられています.
何より,開かれた空間で造形される様を近くで見れるのがたのしいですね.
今回,私はREX-Series BUTLER fabrication™展示機の協働ロボット側のプログラムと,PLCと協働ロボットを操作する造形データ再生用のソフトウェアの開発を担当しました.
何を作るか
REX-Series BUTLER fabrication™の発表を踏まえて,造形サンプルを制作することになりました.まず私は,熱押出方式の大型3Dプリンタの特徴である,大きなものを素早く造形できるという点をアピールするために,現実世界とスケールの一致した大きなものを作ることにしました.そして,スケールが一致していて,かつ付加製造として小ロットやワンオフで作ることに意義のあるアプリケーション*1として,私自身のマネキンを制作することにしました.等身大の人体が出力できれば,熱押出方式の大型3Dプリンタの持つポテンシャルを一目で伝えることができますし,加えて,自分自身のマネキンであれば自分が着る服を作るときにトルソーのように活用できるという利便性もあるからです.造形に用いる素材としては,洋裁トルソーのように使うことを想定し,まち針を刺すことができるエラストマー*2を選定しました.
asumism.hatenablog.com
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余談ですが,私はときどきコスプレ用のコスチュームを制作しています.
試作
等身大の人体を造形するフィジビリティを確認するために,まずは片脚のみの造形を行うことにしました.
型取り
まず,簡易的な型取りを行います.自分自身の脚にラップを巻き付け,その上から布テープを貼り付けていき,全体を展開するように切り開き,脱いだ上で再接着します.こうすることで,粗いながらも自分自身の部分的なダミーを作ることができます.この型取り手法はダクトテープダミーという名称で知られています.
スキャン
手元に3Dスキャナがあったので,脚のダクトテープダミーをターンテーブルの上に載せてスキャンしました.
実際にスキャンされた脚部のダクトテープダミーです.手持ちのターンテーブルに載せられる形状と重量であったため,穴が空くこともなく緻密にスキャンされています.このデータを加工することで造形元データとします.
造形
東京にある開発機*3を使って造形しました.実際には造形元データであるポリゴンデータを造形データに変換する作業を挟むのですが,これについては後述します.
テーブルから,脚が,生えていますね.
私がまだ造形に不慣れなこともあり,積層がうまく行われていない部分もありますが,やはりスケールが一致していることによるプレゼンスが絶大であることを体感できました.また,スキャンされたダクトテープダミー自体のディティール*4が造形物に表現されても仕方がないので,わざとローポリになるように造形データを作成したのですが,積層痕とは別にポリゴンの面がしっかりと表現されていて,身体のデジタイゼーションがよく表現されていることに気づきました.
全身を造形する際には,全身を直接3Dスキャンしてデータを作成することを想定していましたが,ハイポリデータではあまりにも生々しいことが想像できました.よって,ディティールの代わりにポリゴン感を出すことで,表現の落とし所にするように方針を固めました.
全身の造形
造形元データの制作,設計
造形データを作成するにあたり,まずは自分の裸体を直接3Dスキャンします.今回は,3Dスキャン技術によってスキャンされた人体であることを鑑賞者に伝え,かつマネキンとしての役割を損なわせないために,Aポーズ*5の状態のスキャンデータを作ることを目的としました.
人体などの動いてしまう対象物をスキャンする場合は,大量のカメラで同時に撮影するフォトグラメトリが有利なのですが,今回は気軽に利用できるスタジオがなかったために断念しました.ちなみに,ここでいう気軽というのは,時間的金銭的ハードルの低さに加えて,ほぼ全裸で撮影してもらうことに対する心理的なハードルの低さも含みます.
同時撮影のフォトグラメトリができない代わりと言ってはなんですが,個人で所有している3Dスキャナよりも画角が広く,安定して大きな対象物をスキャンできる3Dスキャナを借りることができたので,こちらを使用します.被写体がほぼ全裸*6であり,計測者には骨の折れる作業を行ってもらう必要があるため,信頼できる人にお願いをして,3Dスキャナの使い方を十分にレクチャーさせていただいた上でスキャンに挑みます.
一度に全身をスキャンできる訳では無い*7ので,分割してスキャンを行います.具体的には,
- 頭部と手腕部を除いた全身(肩を自然にスキャンするために,手を前後に組み替えながらスキャン)
- 腕部(手先を台に固定して肩までスキャン)
- 手部(前腕を固定してスキャン)
- 頭部(目を閉じ口を噤んでスキャン)
といった順序でスキャンをしました.立位であるAポーズの場合,下肢は末端が固定状態にあり比較的ブレが生じない一方で,上肢は開放されているのでブレが生じやすく,分割してスキャンする方が無難です.
これらのスキャンデータをそれぞれクリーニングしたあと,Blenderにインポートして全身のひとつのモデルとなるように加工します.
具体的には,
- モデル間の位置合わせ
- モデル間での不要な面データの削除
- モデル間の面データのつなぎ合わせ
- つなぎ合わせた部分のスムージング
- モデルの穴埋め(特に足裏に関してはスキャンデータがないため)
- 全体的なポリゴン数の削減
などを行いました.
次にFusion360にデータをインポートして,支持材と架台の設計,造形パーツの分割を行います.今回は基本的にVase Modeのような1枚のPerimeterで造形するため,造形に極力無理のない方向を見つけながら分割していきます.
今回は簡単のため臀部にのみ支持材を設け,架台と締結する設計にしました.また,左右の脚部のみ取り外し可能な設計とし,その他のパーツに関しては接着により固定する方針とします.支持材のみ市販の3Dプリンタ*8で出力しました.
造形
造形テスト
設計の目処が立ったところで,展示機の組み立てが行われているタイに移動します.
展示機は開発機とハードウェア仕様が異なるため,まずはソフトウェア的に仕様の差異を埋めて,造形が正しく行えるかどうかのテストを行っていきます.
造形データ作成
造形データの作成にはRhinocerosおよびGrasshopperを使用します.Grasshopperを用いることで,単純な水平面での積層に収まらない自由な造形データも作成することができます.
自由に造形データが作成できるとはいえ,大型3Dプリンタの性能を十分に発揮するためにはGrasshopper自体の知識はもちろんのこと,造形物の形状,使用する樹脂やノズル径に合わせた各種パラメータの調節や制御が必要であるため,株式会社ExtraBoldの亀山さんにスライス作業をお願いしました.特に今回は人体形状を極力そのまま出力することを主眼に置いたので,要求としては高度なものになりましたが,亀山さんが見事に応えてくださりました.
各パーツの造形
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上記は実際の造形を記録したタイムラプス動画です.ここでは私の大腿にあたるパーツを出力しています.
胴体は造形が比較的簡単で,スケール感やプレゼンスを早期に確認することができます.設計段階で狙っていたポリゴン感が得られるかなどの確認も行います.
腕のように細長いパーツを造形する場合,1層目の内側に向かってBrimをつけることで,テーブルから造形物を剥離させることなく安定して造形することができます.
手部に関しては,水かきのような曲面を立てて一体で造形することで,所謂一筆書きで造形できるようにしています.また,水かき部のみ樹脂吐出レートを下げることで,造形後の加工を行いやすくしています.
顔面に関しては,形状が比較的複雑であるため,個々の造形面に合わせた非平面のスライスを行い,積層ピッチの粗密を利用した造形を行っています.
全てのパーツが揃った状態です.バラバラになっている自分のダミーパーツを1つずつ並べていくと,とても厳かな気持ちになりました.
組み立て
黒色の接着剤を用いて接着していきます.積層方向の違いなどからギャップが生じてしまう箇所に関しては,黒色のコーキング材などを利用してギャップを埋めていきます.
肩部には手腕部が横からぶら下がり,接着部が剥がれる方向に力がかかってしまうため,内側を結束バンドで締結して十分に固定できるようにします.
また,手腕部の接合部には樹脂繊維のベルトを予め内側に接着することで,接着面積を確保します.元々は洋裁トルソーとして使うことを想定してエラストマーで造形を行ったのですが,まち針を安定して刺すことができていますね.
架台はNissen Kohki Thai Co., Ltd.が制作してくださりました.各フレームは溶接されていて,背面のボルトを外すことで,簡単に分解することができます.腹部の造形物と内部の支持材をフレームが貫通することで全体的な荷重に耐える仕組みです.支持材にはヒートインサートナットが埋め込まれており,フレーム側に溶接されたプレートを介して内側で締結されています.
今回使用したエラストマーは静電気を帯びやすく,細かなゴミが付着しやすいので,組み立ての段階で掃除していきます.また使用する接着剤によっては跡が目立ちやすいため,はみ出した接着剤を剥がすように除去していきます.
youtu.be
組み上がりました.漆黒の私の分身が地面からわずかに浮かんで立っている様子は荘厳な印象があります.
私と私のマネキンによるツーショット.マネキンはキャスターの高さ分だけ地上高があるので,私自身より少しだけ高くなりますが,身体形状がよく再現されていてスケールも一致しているので,誰が見てもあすみんぽよ!
展示
架台と下肢が取り外しできるように設計されているので,いくつかのパーツに分けて梱包して運搬します.
タイのバンコクで開催されたASEAN最大級の工作機械・金属加工関連の展示会であるMETALEXの,ExtraBold Inc.およびYN2-TECH (THAILAND) CO., LTD.の共同出展ブースにて,私の作品が展示されました.
METALEXの会期中には多くの方に足を運んでいただき,何度も通路が塞がるほどの賑わいを見せました.
私も記念撮影を行いました.なお,私はブースでの説明員としてButler(執事)の格好をしています*9.
また,METALEX the 1st Additive Manufacturing Forum 2023でも,作例として話題にしていただきました.
METALEXの会期が終了した後は,タイ現地のパートナー企業のショールームに私のマネキンを展示させていただくことになりました.タイに私の分身が佇んでいるのは不思議な気分ですね.
謝辞
今回の作品を制作,展示するにあたり,多くの方にご協力していただきました.
株式会社ExtraBoldのメンバーには,各造形パーツのスライスのアイデア考案やその作業,造形後のパーツの接着アイデア考案やその作業,展示物の梱包や管理に関して協力してもらいました.
また,株式会社ExtraBoldのパートナー企業でもあるYN2-TECH (THAILAND) CO., LTD.さんには,タイ現地での造形作業のサポートや制作に関する部材の調達,METALEX出展に関する全面的なサポートをしていただきました.
そして,Nissen Kohki Thai Co., Ltd.さんには,タイ現地での造形作業のサポートを始め,架台の詳細設計とその部材の調達,組み立て作業の一切を行っていただきました.
皆様のお力添えがなければ,今回のような限られた時間での作品の制作と展示は叶うことはありませんでした.
この場を借りて厚く御礼を申し上げます.