ったく、どいつもこいつもくだくだしい繰言ばっかでちっとも《夜》について語れていない。しかもアンリエットをのぞいてあいつら自分の名前さえ喋っていない。不親切極まりないというか、なんというか、いいかげんさらせと怒鳴りつけてやるところだが、まあ、オレも疾うに「死者」となった身分だからな。おとなしく、《夜》の登場人物らしく振る舞ってやるよ。 昔むかし、といってもオレ様の生きていた時代から百五十年ほど前のこと。 このエリゼ公国にエリス姫とよばれるたいそう美しいお姫様がいた。彼女は初恋のひとであるヴジョー伯爵と相思相愛ながら帝都へと旅立った。十年後に帰国したときには、彼にはべつの婚約者がいた。モーリア王国の王女様だ。 え? エリス姫が帰国したときには伯爵はまだ、王女と婚約していなかったじゃないかって? あなたは、「私」の著書『歓びの野は死の色す』の良い読者なようだね。どうもありがとう。作者である「私」