2024年3月17日日曜日

特許権侵害訴訟において数値限定発明の構成要件充足性と均等侵害が争われた事例

大阪地裁令和6226日判決
令和4()9521号 特許権侵害差止等請求事件
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/802/092802_hanrei.pdf
 
1.概要
 本事例は、原告が有する本件特許権に基づく被告に対する侵害訴訟において、被告製品は本件特許発明の構成を充足せず侵害は成立しないと判断された大阪地裁判決である。
 原告が有する本件特許の請求項1に係る発明(本件発明1)は熱可塑性樹脂組成物に関するものであり、「ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤」を構成要件として含む(構成1B)。
 一方、本件特許権に基づく侵害訴訟において侵害が争われた被告製品は、分子式C42H57N3O6で表される化合物を紫外線吸収剤(判決文中では「UVA」と略称される)として含む。被告製品中の分子式C42H57N3O6で表される化合物の分子量は699.91848となり、構成1Bの「700以上」の充足性、及び、均等侵害の成立について争点となった。
 裁判所は、「当業者において、UVAの分子量を、算出された分子量を丸めて整数値とすることが技術常識であると認めることもできない」ことなどを理由に、被告製品は構成1Bを充足しないと判断した。
 また、均等侵害については、「数値をもって技術的範囲を限定し(数値限定発明)、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えられるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分に当たると解すべきである」と判示し、均等の第1要件を満たさないとして均等侵害の成立を否定した。
 
2.裁判所の判断のポイント
争点1(被告製品及び被告方法が「分子量が700以上の紫外線吸収剤」を使用したものとして、構成要件1B、同6Bを各充足するか)について
(1) 本件明細書等の記載
 本件明細書には、別紙「特許明細書(抜粋)」の記載がある。
 特許請求の範囲及び本件明細書には、UVAの分子量がいずれも整数値で記載されているが、分子量の計算方法や整数値(小数点以下1位を四捨五入)とする根拠について明らかにされていない。したがって、UVAの分子量等については、当業者の技術常識をもって解釈することとなる。
(2) 当業者の被告UVAの分子量の認識について
 証拠(89)によると、分子量等の意義は次のとおりと認められ、これによる分子式C42H57N3O6で表される化合物の分子量はエのとおりとなる。
ア 分子量
 分子量は、一定の基準によって定めた化学物質(単体又は化合物)の分子の相対的質量をいい、その基準は原子量の場合に準ずる。ある化学物質の分子量は、その分子を構成する原子の原子量の和に等しい。例えば、酸素(単体)ではO2=31.9988となる。
イ 原子量
 原子量は、一定の基準によって定めた元素の原子の質量をいい、原子の質量は核種によって異なるが、大部分の元素について同位体の存在比は一定なので、各元素ごとに平均としての原子量を考えることができる。その基準の選定については歴史的変遷があり、1962年以降は質量数12の炭素の同位体12Cの原子量を12とする新基準に統一された。
 現在では、質量分析器によって各元素の同位体の質量と存在比とを測定して原子量を求める。
 1919IUPACが組織され、その下部組織としての国際原子量委員会で討議した国際原子量が同委員会より発表されるようになった。日本ではその値が隔年の日本化学会会誌化学と工業に発表される。
 IUPAC原子量表(1995)をもとに、作成された日本版のものの原 子量は次のとおりである。なお、多くの元素の原子量は一定ではなく、物質 の起源や処理の仕方に依存し、原子量とその不確かさ(括弧内の数字で表され、有効数字の最後の桁に対応する)は、地球上に天然に存在する元素について適用されると注記されている。
   炭素 12.0107(8)
   窒素 14.00674(7)
   水素  1.00794(7)
   酸素 15.9994(3)
ウ 原子量表(2003)「化学と工業」Vol.57(2004)日本化学会によるものでは、原子量は次のとおりとされている(8)。数値の意義等は前記イと同様である。
   炭素 12.0107(8)
   窒素 14.0067(2)
   水素  1.00794(7)
   酸素 15.9994(3)
エ 以上によると、当業者において、ある物質の分子量は、その構成する原子の原子量表記載の数値の和として認識されるから、不確からしさを考慮しない場合、本件優先日当時に近い原子量の数値につき前記(2)ウを採用した、分子式C42H57N3O6で表される化合物の分子量は、699.91848となる(不確からしさを考慮すると、小数点以下4位又は5位をJIS等に 示される方法により丸めることになると考えられる。)
(3) 分子量に関する原告の主張について
 前記(1)のとおり、本件各発明に用いられるUVAの分子量の計算において、その基礎となる原子量の数値や、算出された分子量を特定の桁(原告の主張でいう、原子量につき小数点以下2桁、あるいは算出された分子量を整数値)に丸めることは前提とされていないから、前記(2)の分子量の計算と異なる分子量の数値を採用すべき根拠は見出せない。原子量を小数点以下2桁に丸めて分 子量を計算し、更に分子量を整数に丸めるという計算方法は、誤差の原因となり技術常識にもそぐわないし、本件明細書の比較例におけるUVAの分子量の記載が原告主張の計算方法による結果と合致しないとの被告の指摘も考慮されるべきである。
 また、原告は、被告UVAと同じ分子式で表されるUVAについて、カタロ グや他の特許公報等において、その分子量が700と表記されることがあること(571ないし5)を指摘するものの、「699.9」とか、「699. 92」とかと表記される例もある(31ないし7)ことからすると、当業者において、UVAの分子量を、算出された分子量を丸めて整数値とすることが技術常識であると認めることもできない(原告自身、有効数字は整数値をとるか、小数点以下あるいは整数値でも10の位、100の位とするかは、分野や使用目的によってまちまちであることは自認している。)
(4) まとめ
 以上によると、被告UVAは、分子量が699.91848であって、構成要件1B及び同6Bの「分子量が700以上」であるUVAではないから、被告製品及び被告方法は、構成要件1B・同6Bを充足しない。
 争点1に関する原告の主張は、理由がない。
 
争点2(被告製品及び被告方法が本件各発明と均等なものとして侵害となるか)について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、同部分が特許発明の本質的部分ではなく(1要件)、同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用 効果を奏するものであって(2要件)、上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(3要 件)、対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(4要件)、かつ、対 象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除 外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(5要件)は、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技 術的範囲に属するものと解される(最高裁平成6()1083号同10 224日第三小法廷判決・民集521113頁参照)
(2) 1要件について
ア 本件各発明は、耐熱性透明材料として好適な熱可塑性樹脂組成物と、当該組成物からなる樹脂成形品ならびに樹脂成形品の具体的な一例である偏光子保護フィルム、樹脂成形品の製造方法に関する発明である(0001)。アクリル樹脂の透明度の低下を防止するためにUVAを添加する方法が公知であったが、成形時の発泡やUVAのブリードアウト、UVAの蒸散による紫外線吸収能の低下との問題につき、従来技術として、アクリル樹脂に組み合わせるUVAとして、トリアジン系化合物、ベンゾトリアゾール系化合物およびベンゾフェノン系化合物が用いられていた(0003】、【00 05】、【0006)。しかし、これらの従来技術として例示されたアクリル 樹脂(0006】記載の特許文献)には、いずれも分子量が700以上のUVAは開示されていなかった。
イ 本件各発明は、従来技術の化合物には、主鎖に環構造を有するアクリル樹脂との相溶性に課題があり、高温成形時の発泡やブリードアウトの発生の抑制が不十分であったことから、これらの課題を克服するため(0007】、 【0008)、樹脂組成物を構成要件1B記載の構成とし、その製造方法を構成要件6B記載の構成とし(0009】、【0010)、これにより110°C以上という高いTgに基づく優れた耐熱性や高温成形時における発泡及びブリードアウトの抑制、UVAの蒸散による問題発生の減少との効果を奏することとなった(0015)
ウ したがって、本件各発明の本質的部分は、ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上のUVAが、主鎖に環構造を有する熱可 塑性アクリル樹脂と相溶性を有することを見出したことにより、110°C以上という高い優れた耐熱性や高温成形時における発泡及びブリードアウトの抑制、UVAの蒸散による問題発生の減少という効果を有する樹脂組成物を提供することを可能にした点にあると認められる。
エ 数値をもって技術的範囲を限定し(数値限定発明)、その数値に設定することに意義がある発明は、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えられるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分に当たると解すべきである。
 上記検討によれば、分子量を「700以上」とすることには技術的意義があるといえるうえ、本件において、上記特段の事情は何らうかがえない。
オ そうすると、被告UVAの分子量が「700以上」ではないとの相違点は、本件各発明の本質的部分に係る差異であるというべきであるから、被告製品及び被告方法について、均等の第1要件が成立すると認めることはできず、均等侵害は成立しない。
カ 原告は、本件各発明におけるUVAの分子量である「700」に厳格な技術的意義はなく、本件各発明の本質的部分は、分子量が十分に大きいという 上位概念であると主張する。
 しかし、このような上位概念化は、前述の数値限定発明の技術的意義に関する考え方と相容れず権利範囲を不当に拡大するものである。また、本件証拠上、本件各発明におけるUVAの分子量が十分に大きいということが当業者にとって自明であるとも認められないし、分子量が十分に大きいことと、被告UVAの分子量との比較における本件各発明の数値の臨界的意義との関係は何ら明らかにされていない。
 したがって、原告の主張は採用の限りでない。」
 

2024年2月2日金曜日

補正新規事項が争点となり寛容な判断が示された事例

 

知財高裁令和6年1月22日判決言渡

令和5年(行ケ)第10024号 審決取消請求事件

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/665/092665_hanrei.pdf

 

1.概要

 本事例は拒絶査定不服審判審決に対する審決取消訴訟の知財高裁判決である。出願人が明確性要件違反を解消する目的で行った補正を新規事項追加と判断した審決に対し、知財高裁は、補正は新規事項追加には該当しないと判断し、審決を取り消した。

 「水蒸気透過率」は、時間あたりの面積あたりの水蒸気量により規定されるべきものであるが、請求項17では、「10グラム/100in未満」(inは平方インチ)、「1グラム/100in未満」と記載されており、単位時間の記載がなかった。

 拒絶理由通知(特許法36条6項2号明確性要件違反)は、「水蒸気透過率」を「10グラム/100in未満」あるいは「1グラム/100in未満」によって表すことの技術的意味を理解することがでず、よって、請求項17に係る発明は明確でない、と指摘した。

 出願人は、審査段階この拒絶理由(明確性要件違反)を解消するために、請求項17に下線部(24時間当たりであることを示す)を追加する補正を行った。

「前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in/24h未満または1グラム/100in未満/24hの水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。」

 しかし、明細書中には水蒸気透過率の単位として「グラム/100in未満」のみが記載されており、24時間又は1日あたりの単位であることを示す記載はない。

 審決では、上記補正は新規事項の追加に該当し、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさないから、却下すべきものである、と判断した。

 知財高裁は、24時間あたりであることの記載はないことを認めつつも、意外なことに、水蒸気透過率は1時間あたり又は24時間(1日)あたりのどちらかの単位で表現することが通常であること、24時間(1日)あたりとする本補正は、1時間あたりと解釈するよりも狭い範囲に限定する補正であることを考慮して、新規事項追加には該当しないと結論づけた。このような寛容な判断がされた一因としては、この補正が、明確性違反の解消を目的としており、権利範囲を実質的に変更する補正ではなかったことが考えられる。

「本願補正発明2は、本願発明2(注:上記請求項17に係る発明を指す)の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。」

 

2.裁判所の判断のポイント

「・・・当業者が、本願発明2(注:上記請求項17に係る発明を指す)に係る特許請求の範囲及び本願明細書の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載をもって、「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」を意味するものと当然に理解するとは認められない・・・。

ウ もっとも、前掲各証拠上、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in未満または好ましくは1グラム/100in未満」との記載は、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」又は「10グラム/100in/24h未満または好ましくは1グラム/100in/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。そして、「10グラム/100in/h未満または好ましくは1グラム/100in/h未満」を24時間単位に換算すると「240グラム/100in/24h未満または好ましくは24グラム/100in/24h未満」となる。

 そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。

 したがって、本件補正は、本願発明2に関し、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。

(5) 以上のとおり、本願発明2に係る本件補正について、新たな技術的事項を導入するものであって特許法17条の2第3項の要件を満たさないと判断した本件審決には誤りがある。」

2024年1月28日日曜日

製造方法の記載のない化学物質の開示は「刊行物に記載された発明」とは認められないと判示された事例

令和6116日判決言渡

令和4(行ケ)10097号 審決取消請求事件

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/666/092666_hanrei.pdf

 

1.概要

 本事例は、被告が有する特許権に対し原告が請求した無効審判の審決(請求棄却、権利有効の判断)に対する、審決取消訴訟の知財高裁判決である。知財高裁もまた無効理由は存在せず審決は適法であると判断し、原告の請求を棄却した。

 本件特許の請求項1に係る発明は、ジイソプロピルアミノシランに関する化合物発明である。本件特許の発明の詳細な説明には、ジイソプロピルアミノシランを、シリコン含有膜の形成のための前駆体として用いることが記載されている。

 原告は、本件請求項1に係る発明は甲1に記載された発明であり新規性がなく無効であると主張した。

 知財高裁は、甲1には「ジイソプロピルアミノシラン」は形式的には記載されていることを認めたが、製造方法や入手方法が記載されていないから、特許法2913号の「刊行物に記載された発明」とは認められず、本件請求項1に係る発明の新規性は甲1によっては否定されないと結論づけた。

「特に、少なくとも化学分野の場合、化学物質の化学式や名称を、その製造方法その他の入手方法を見いだせているか否かには関係なく、形式的に表記すること自体可能である場合もあるから、刊行物に化学物質の発明としての技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該化学物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法その他の入手方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。」

 

2.裁判所の判断のポイント

「ウ 甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロピルアミノシラン」を特許法2913号の「刊行物に記載された発明」に認定することの可否

()判断基準

a特許法291項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定し、同条2項は、同条13号に掲げる発明も含め、「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたとき」については特許を受けることができないと規定するものであるところ、上記「刊行物」に物の発明が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法21)に鑑みれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。

 特に、少なくとも化学分野の場合、化学物質の化学式や名称を、その製造方法その他の入手方法を見いだせているか否かには関係なく、形式的に表記すること自体可能である場合もあるから、刊行物に化学物質の発明としての技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該化学物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法その他の入手方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。また、刊行物に製造方法その他の入手方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。

b以上を前提として検討するに、上記イ()のとおり、1には、実質的に「SiH3[N(C3H7)2]」との化学式に対応した化学物質の名称である「ジイソプロピルアミノシラン」が記載されているといえるものの、甲1によってもその製造方法その他の入手方法を理解し得る程度の記載は見当たらない。

 したがって、甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロピルアミノシラン」を認定するためには、甲1に接した本件優先日前の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日前の技術常識に基づいて、「ジイソプロピルアミノシラン」の製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえることが必要である。

()「ジイソプロピルアミノシラン」の製造方法その他の入手方法に関する技術常識の検討

a原告が本件審判で本件優先日前のアミノシランを製造する方法に関する技術常識の根拠として提示をした甲12及び甲16には、それぞれ以下の記載がある。

(a)12の記載事項「ジメチルアミノシランはC及びDによってジメチルアミン及びクロロシランの反応から求められた・・・E及びFは、ジメチルアミン及びブロモシランからアミノシランを85%の収率で調整した。・・・G及びHは、ジメチルアミノシランのn.m.r.スペクトルを研究し・・・彼らは、ジメチルアミン及びヨードシランから彼らのサンプルを調製した・・・」(652頁左欄1~19)

「ジメチルアミン及びジエチルアミンは気相中でヨードシランと迅速に反応し、ほぼ定量的な収量で対応するジアルキルアミノシランを生成した。

SiH3I+2NHR2→SiH3NR2+NH2R2I(R=MeEt)(1)(652頁左欄20~24)

「ジメチルアミノシラン-調製。ヨードシラン(522.4mg3.31mmol)は気相中でジメチルアミン(286.1mg6.37mmol)と反応した。装置は説明されている。蒸気が混合されるとすぐに、白い固体が煙として生成された。室温にて15分後、揮発性生成物をポンプで取り除いた;4時間を要した。生成物(237.0mg3.16mmol95%)は、-96°に保持しながら、繰り返し分画することにより精製された。」(654頁左欄下から13~5)

「ジエチルアミノシラン-調製。ヨードシラン(260.6mg1.65mmol)は気相中でジエチルアミン(239.0mg3.27mmol)と反応した。15分後、すべての揮発性生成物をポンプで取り除いた(<1/2時間)-78°に保持しながら、フラクションにより、ジエチルアミノシラン(167.4mg1.63mmol99%)を得た。」(654頁右欄下から6~2)

(b)16の記載事項「ジエチル(シリル)アミンのサンプルは、ジエチルアミンとクロロシランの気相中での反応により調製された。」(34010~11)

bそして、甲12及び甲16の上記各記載事項によると、ジメチルアミノシランやジエチルアミノシランが、ジメチルアミンやジエチルアミンと、ヨードシランやクロロシランの反応により製造できること、当該反応は気相中、室温下で進行することについては、本件優先日前の技術常識であったといえる。他方、「ジイソプロピルアミノシラン」の製造方法が本件特許の優先日前に知られていたことを認めるに足りる証拠はない。

cまた、原告は「アルキル基の嵩高さによる立体障害の存在により、反応が進行しにくくなることはあっても、反応そのものが進行しないわけではなく、反応速度や反応生成物の収率の問題が生ずる程度である」と主張するが、原告作成の甲218(36)によっても「立体障害とは、Rが嵩高いことで、SiNの間の結合が邪魔されて、反応が進行しにくくなること」と説明されているように、一般に、化学反応の進行のしやすさは、分子の立体障害の違いにより変わることが知られているところ、原告が本件優先日当時のアミノシラン類の合成に係る技術常識を示すものとして提出する甲202においても、「ジイソプロピルアミノシラン」の合成方法に関する文献の記載がないことに加え、甲202に挙げられている合成方法に関する文献が記載されたアミノシラン類の7つの化合物(ジメチルアミノシラン、ジエチルアミノシラン、ジフェニルアミノシラン、1-アゼチジニルシラン、1-ピロリジニルシラン、1-ピロリルシラン、1-ピペリジニルシラン)の合成方法や条件を比較しても化合物によって合成の反応条件が異なることからも、仮に反応式が一般化できたとしても、当業者にとって、その下位概念に含まれる化合物の合成方法が直ちに理解できるとか、又は技術常識であったとまでは認められない。

dそうすると、本件優先日前において、甲12及び甲16に記載されるように、メチルアミノシランやジエチルアミノシランが、ジメチルアミンやジエチルアミンと、ヨードシランやクロロシランの反応により製造できることは技術常識であったとしても、ジイソプロピルアミノシランを製造できることまでは知られていなかったものといえる。

eさらに、甲10112は、被告の分割前の会社であるエアプロダクツアンドケミカルズインコーポレイテッド(本件特許登録時における特許権者)が、本件優先日の翌年の2006(平成18)927日に、ジイソプロピルアミノシランをCAS(アメリカ化学会の下部組織であるChemical Abstracts Serviceの略称。アメリカ化学会が発行するChemical Abstracts誌で使用されるCAS登録番号の登録業務を行っている。)に登録し、「公に公開されることを認め、了解します」と陳述したものであって、それ以前にジイソプロピルアミノシランがCASに登録された事実はうかがわれないこと、本件優先日やCASの登録の2006年以降、DIPASが記載された文献が増えており(138)、本件出願の公開やCASの登録が契機となってDIPASに関連する文献が公表されることになったものと認められる。

 そして、このほか、本件優先日前の当業者が、ジイソプロピルアミノシランの製造方法その他の入手方法を容易に見いだすことができたと認めるべき事情はうかがわれない。

()小括

 以上によると、甲1に接した本件優先日前の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日前の技術常識に基づいて、ジイソプロピルアミノシランの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない。この点、原告は甲12及び甲16の記載に基づく実験結果(3031212216)をもって、本件優先日当時、ジイソプロピルアミノシランが製造できたと主張する。しかし、そもそもこれらの実験は、本件優先日後に事後的に行われたものである上に、これらの実験結果についてみると、甲30や甲212に記載された沸点はジイソプロピルアミノシランの沸点と一致せず、甲216には、それらの記載の沸点が誤記であることの説明がされているものの、誤記の合理的な説明がされていないこと、甲31の実験は液相反応であって甲16の実験の条件である気相反応を満たしていないことなどの疑義があり、その信用性に疑問があるほか、これらの具体的な実験内容によっても、当業者が思考や試行錯誤等の能力を発揮するまでもなく、製造方法その他の入手方法を見いだすことができたと評価できるものではなく、原告の上記主張は採用できない。

 したがって、甲1に記載された発明の化学物質として「ジイソプロピルアミノシラン」を、特許法2913号の「刊行物に記載された発明」と認定することはできない。

 よって、甲1に記載された発明として「ジイソプロピルアミノシラン」が記載されていることを前提とする原告の主張はいずれも理由がない。」

2024年1月13日土曜日

図面のみに基づく訂正の適法性が争われた事例

知財高裁令和51221日判決
令和5(行ケ)10016号 審決取消請求事件
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/607/092607_hanrei.pdf
 
1.概要
 本事例は、被告が有する特許権に対し、原告が請求した無効審判審決(請求棄却、特許維持)に対し、原告が求めた審決取消訴訟の知財高裁判決(請求棄却)である。
 無効審判において、被告は請求項12を以下のように訂正した。この訂正で追加された「前記凹槽の下表面は、前記底板本体の下表面よりも下方に突出しており、」という特徴は、発明の詳細な説明には記載がなく、図5を根拠とするものである。
 原告は「特許出願の願書に添付された図面は正確とは限らないから、図面に基づく訂正を認めるべきではない、本件図5は不明瞭であるから、これに基づく本件訂正の結果も不明瞭である」から、訂正要件を満たさないと主張した。
 これに対し裁判所は「本件図5は、「底板本体の下表面」と「凹槽の下表面」の位置関係を理解するために必要な程度の正確さを備え、本件訂正の根拠として十分な内容が図示されている」と判断し、訂正は適法であると結論した。
 
2.訂正の内容
 
【請求項12(本件審決による訂正前のもの)
 前記底板本体の下表面と前記凹槽の下表面間に高低差があることを特徴とする、請求項1から11のいずれか一項に記載のワイヤレススカッフプレート。
 
【請求項12(本件訂正後のもの。下線部は訂正箇所を示す。)
 前記凹槽の下表面は、前記底板本体の下表面よりも下方に突出しており、前記底板本体の下表面と前記凹槽の下表面間に高低差があることを特徴とする、請求項1から11のいずれか一項に記載のワイヤレススカッフプレート。
 
3.裁判所の判断のポイント
「取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)について
(1)本件訂正は、訂正前の請求項12の「前記底板本体の下表面と前記凹槽の下表面間に高低差があることを特徴とする」との事項に「前記凹槽の下表面は、前記底板本体の下表面よりも下方に突出しており」との事項を追加して特定することにより、「底板本体の下表面」と「凹槽の下表面」の位置(上下)関係を明瞭にするものである。
 そして、本件図5(別紙2「本件明細書等の記載事項(抜粋)」参照)から、凹槽211の下表面2111は底板2の本体の下表面22よりも下方に突出していることが見て取れるから、上記訂正は、本件図5に記載した事項の範囲内においてしたものである。
 したがって、本件訂正は、明瞭でない記載の釈明(特許法134条の213)を目的とするものであり、同条9項、同法1265項及び6項の規定に適合するものであって、審決の判断に誤りはない。
(2)これに対し、原告は、特許出願の願書に添付された図面は正確とは限らないから、図面に基づく訂正を認めるべきではない、本件図5は不明瞭であるから、これに基づく本件訂正の結果も不明瞭である旨主張する。
アしかし、まず、特許請求の範囲の訂正は、願書に添付した図面の範囲内においてすることが明文上認められている(特許法134条の21項、9項、1265)そして、本件図5は、「底板本体の下表面」と「凹槽の下表面」の位置関係を理解するために必要な程度の正確さを備え、本件訂正の根拠として十分な内容が図示されているものである
イ「底部」(0022)がどの部分を指すのか不明との点に関しては、訂正後の請求項12の「前記底板本体の下表面」と「前記凹槽の下表面」について、本件明細書【0017】の記載から、それぞれ本件図5の「底52の本体の下表面22」と「凹槽211の下表面2111」を指していることが明らかである。【符号の説明】【0022】では「2111」を「底部の下表面」と記載されているが、「底部」が「凹槽211」の底部を指すことは、本件図5から明らかである。
 

2023年12月10日日曜日

引用文献の「一実施形態」の記載に基づく「阻害要因」の存否が争われた事例

知財高裁令和51114日判決
令和4(行ケ)10113号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許出願人である原告が特許出願に対する拒絶審決(進歩性欠如)の取り消しを求めた審決取消訴訟の、審決維持、請求棄却の判断がされた知財高裁判決である。
 審決は、本件発明は、引用文献1に記載の発明(引用発明)に、引用文献3に記載された「技術常識3」(後述の「照度輝度比例構成」)を組み合わせることにより容易に想到可能であると判断した。
 出願人である原告は、引用発明は周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持するような制御をするもの(以下「最低輝度の維持制御技術」という。)であり、本件補正発明のように照度と放射輝度が比例関係となるような構成(以下「照度輝度比例構成」という。)を採用することには阻害要因がある、と主張した。
 知財高裁は、原告が阻害要因の根拠とする「最低輝度の維持制御技術」に関する引用文献1の記載は「一実施形態」の説明であり、「・・・してもよい。」といった記載からみても、「最低輝度の維持制御技術」は本来の目的から必須の構成として記載されているわけではない、として、阻害要因の存在を認めなかった。
 
2.裁判所の判断のポイント
(5)阻害要因に関する原告らの主張について
ア 原告らは、引用発明は周囲光の照度がしきい値を下回るときに最低輝度を維持するような制御をするもの(以下「最低輝度の維持制御技術」という。)であり、本件補正発明のように照度と放射輝度が比例関係となるような構成(以下「照度輝度比例構成」という。)を採用することには阻害要因がある旨主張する。
 
イ そこで検討するに、引用文献1(1、乙13)には、以下の記載があることが認められる。
 ()本発明は、表示装置のための画像処理方法及び装置に関し、より具体的には、紙モードを含む様々な画質モードを可変制御する表示装置のための画像処理方法及び装置に関する(0003)
 ()表示装置とは異なり、紙は自ら発光するものではなく周囲光を反射するのみである。したがって、本開示の実施形態の発明者は、人が知覚する光学特性は、紙に印刷された画像コンテンツに関しては、変化する周囲光条件の下においては、表示装置に表示される画像コンテンツのものとは異なること...、ほとんどのユーザーが、液晶表示装置及び有機発光表示装置などの一般的な表示装置と比較して、紙のような感じがするものなどの自然な画質を好むことを認識した(0007】、【0009)。したがって、本開示の一態様は、周囲環境下で実質的な紙の光学特性を模倣するための表示装置のための画像処理方法に関する。特定の周囲光条件下で表示装置上において印刷物のような自然な画像品質を提供するために、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性が、その紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣するために用いられることができる(0010)
 ()一実施形態においては、周囲光特性は、周囲光の照度(illuminance)を含み、画像データのスケーリングされたRGB色値は、周囲光の照度(illuminance)がしきい値を下回るときに最小輝度(luminance))を維持するように、ディスプレーのためのプリセット値で補償される(0013)
 ()...紙モードにおける輝度は、周囲光の照度に応じて適用される紙の反射率を用いて示されている。紙モードにおける目標輝度は、周囲光が暗すぎるとユーザーが実際の紙を見ることができず、紙モードも同じであるため、ユーザーの視認性に対するオフセットとして最小発光輝度を有してもよい。...画像特性決定部122は、紙の反射率と周囲光の照度に基づいて紙モードの輝度を決定してもよい(0102)
 
ウ 以上の記載に照らすと、引用文献1に記載されている発明は、表示装置と紙の発光の仕組みの違いを踏まえつつ、表示装置においても印刷物のような自然な画像品質を提供することを目的として、これを実現するため、周囲光特性及び実質的な紙の光学特性を用いて、紙に印刷された画像コンテンツの特性を模倣しようとするものと認められる(本件審決が認定する引用発明の第1段落部分参照)
 
 このような引用発明において、紙の光学特性(紙のような印刷表示媒体を反射面とする外光の照度とその反射光の輝度は比例関係にある)を用いて、表示装置の表示における外光の照度と放射輝度の関係を、印刷表示媒体を反射光とする外光の照度とその反射光の輝度の関係に一致させることにより、外光による印刷表示媒体の外観を模した表示画像とすること、すなわち技術常識3を適用することは、ごく自然なものというべきである。
 引用文献1には、原告らの主張するとおり、最低輝度の維持制御技術の開示があり(上記イ())、本件審決はこれを引用発明の構成要素として認定している(本件審決の認定に係る引用発明の第3段落部分)。しかし、引用文献1の記載事項全体を踏まえてみれば、最低輝度の維持制御技術の位置づけは、「一実施形態」であり、本来の目的との関係で必須のものとはされていない。上記イ()の記載(「・・・してもよい」)も、これを裏付けるものである。
 また、最低輝度の維持制御技術は、周囲光の照度がしきい値を下回るときに初めて発動されるものであって、それ以外の条件下においては、照度輝度比例構成と矛盾・抵触するものではなく、むしろこれを前提とするものといえる。すなわち、最低輝度の維持制御技術と照度輝度比例構成とは、技術思想としては両立・並存するものということができ、引用発明が最低輝度の維持制御技術を有するものであるとしても、照度輝度比例構成の採用を必然的に否定するような関係にはない。
 以上の検討を踏まえると、引用発明に含まれる最低輝度の維持制御技術は、引用発明と技術常識3を組み合わせる阻害要因になるものではないというべきである。
 
エ 以上によれば、引用発明において、相違点2に係る本件補正発明のように、紙の光学特性を模倣して照度と輝度を比例関係として構成することは、当業者が容易に想到し得たと認められる。」

2023年11月26日日曜日

用途が特定された物の特許発明に対する間接侵害が認容された事例

東京地裁令和5228日判決
令和2()19221号特許権侵害差止等請求事件
 
1.概要
 本事例は、原告が有する特許権に基づく特許権侵害訴訟の地裁判決である。
 本件発明1は、下記2の通り、
「複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなることを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。」
という、用途が特定された物の発明であった。
 一方、被告の行為は、「金属マグネシウム粒子」の製造及び販売の申出であった。
 特許法101条第2号の非専用品間接侵害に該当するかが争点となった。
 東京地裁は、製品パッケージの記載や、インターネットショッピングサイトでの商品説明等の記載を考慮し、特許法101条第2号に該当すると判断し、原告による被告製品の差し止めを認容した。
 
2.本件発明1
(構成要件1A) 複数個の、金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子を、水を透過する網体で封入してなる
(構成要件1B) ことを特徴とする洗濯用洗浄補助用品。
 
3.被告の行為
ア被告による被告製品の販売
 被告は、遅くとも令和元年729日から、金属マグネシウムの粒子の販売及び販売の申出を開始し、令和21月ないし3月頃から、業として、被告製品の販売及び販売の申出を開始したが、遅くとも口頭弁論終結時までには販売及び販売の申出が停止された。
 
イ被告製品の商品説明の表示
()被告製品の商品パッケージの記載
 被告製品の商品パッケージには、「BATH」、「WASH」及び「CLEAN」の記載がある。
()インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページの記載
 インターネットショッピングサイトAmazonにおける被告製品販売ページ(以下「本件ウェブページ」という。)には、「DIY」及び「【洗濯に】高純度のマグネシウムペレットを水の中に入れると水道水が弱アルカリイオン水に変化します。この弱アルカリイオン水には臭い成分の分解や洗浄力があります。」、「部屋干しの生乾きの嫌な臭いに・雨の日の洗濯物の嫌な臭いに・タオルの生乾きの嫌な臭いに」などの記載がある。
 
4.裁判所の判断のポイント
「争点1(被告製品の製造、販売及び販売の申出による間接侵害の成否)について
(1)被告製品が本件各発明に係る物の生産に用いる物といえるかについて
・・・(略)・・・
 前記イのとおり、洗濯に用いるために洗濯ネットに被告製品に係る金属マグネシウムの粒子を封入して製造された物品は、本件各発明の技術的範囲に属するから、被告製品は、本件各発明に係る物の生産に用いる物であるといえる。
 
(2)「課題の解決に不可欠なもの」について
 本件明細書の記載によれば、本件各発明の課題は、洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により減少させることによって、生乾き臭の発生を防止しようとするものであり(0006)、かかる課題を解決するために、金属マグネシウム(Mg)単体と水との反応により発生する水素が、界面活性剤による汚れを落とす作用を促進させることを見出し(0007)、構成要件1Aの「金属マグネシウム(Mg)単体を50重量%以上含有する粒子」を洗濯用洗浄補助用品として用いる構成を採用したものであると認められる。
 そして、被告製品は、前記(1)()のとおり、構成要件1Aを充足するものであり、本件ウェブページには、被告製品を洗濯に用いることで、金属マグネシウム(Mg)単体の作用により洗濯後の繊維製品に残存する汚れ自体を減少させ、生乾き臭の発生を防止することができることが示唆されているから、本件ウェブページの記載を前提とすると、被告製品は、本件各発明の課題の解決に不可欠なものに該当するというべきである。
 
(3)「日本国内において広く一般に流通しているもの」について
ア特許法1012号所定の「日本国内において広く一般に流通しているもの」とは、典型的には、ねじ、釘、電球、トランジスター等の、日本国内において広く普及している一般的な製品、すなわち、特注品ではなく、他の用途にも用いることができ、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品を意味するものと解するのが相当である。本件においては、前記(1)アのとおり、被告製品には、購入後に洗濯ネットに入れて洗濯用洗浄補助用品を手作りし、洗濯物と一緒に洗濯をする旨の使用方法が付されている。そして、本件明細書には、洗濯用洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の組成は、金属マグネシウム(Mg)単体を実質的に100重量%含有するものがより好ましく(0020)、洗濯洗浄補助用品として用いられる金属マグネシウムの粒子の平均粒径は、4.0~6.0mmであることが最も好ましい(0022)と記載されているところ、前記(1)イのとおり、被告製品は、これらの点をいずれも満たしている。そうすると、被告製品を洗濯ネットに封入することにより、必ず本件各発明の構成要件を充足する洗濯用洗浄補助用品が完成するといえるから、被告製品は、本件各発明の実施にのみ用いる場合を含んでいると認められ、上記のような単なる規格品や普及品であるということはできない。以上によれば、被告製品は、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するとは認められない。
イこれに対し、被告は、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子と同じ構成を備える金属マグネシウムの粒子が市場に多数流通しており、遅くとも口頭弁論終結時までには、日本国内において広く一般に流通しているものになったといえると主張する。
 しかし、「日本国内において広く一般に流通しているもの」の要件は、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品の生産、譲渡等まで間接侵害行為に含めることは取引の安定性の確保の観点から好ましくないため、間接侵害規定の対象外としたものであり、このような立法趣旨に照らすと、被告製品が市場において多数流通していたとしても、これのみをもって、「日本国内において広く一般に流通しているもの」に該当するということはできない。
 したがって、被告の主張は採用することができない。
 
(4)主観的要件について
 間接侵害の主観的要件を具備すべき時点は、差止請求の関係では、差止請求訴訟の事実審の口頭弁論終結時である。
 そして、前記前提事実(4)のとおり、原告製品は、令和21月頃までには、全国的に周知された商品となっていたこと、本件ウェブページには、被告製品の購入者によるレビューが記載されているところ、令和24月から同年7月にかけてレビューを記載した購入者45人のうち、20人の購入者が、被告製品をネットに封入して洗濯に使用した旨を記載しており、7人の購入者が「まぐちゃん」、「マグちゃん」、「洗濯マグちゃん」、「洗濯〇〇ちゃん」などと、洗濯用洗浄補助用品である原告製品の名称に言及したと解される記載をしていることを認めるに足る証拠(111)が提出されていることからすると、被告は、遅くとも口頭弁論終結時までには、被告製品に係る金属マグネシウムの粒子が、本件各発明が特許発明であること及び被告製品が本件各発明の実施に用いられることを知ったと認められる(当裁判所に顕著な事実)
 これに対し、被告は、被告製品については、構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法などが想定されていたのであり、被告には被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識はない旨主張する。
 しかし、「網」は、被告が主張する意味のほかにも、「鳥獣や魚などをとるために、糸や針金を編んで造った道具。また、一般に、糸や針金を編んで造ったもの。」(広辞苑第7)の意味もあると認められること、本件明細書においては、「網体」の意義について、「本発明の洗濯用洗浄補助用品は、複数個の、マグネシウム粒子を、水を透過する網体で封入したものであるので、使用時には洗濯槽に入れやすく、使用後には洗濯槽から取り出しやすいものとなっている。」(0023)、「この網体の素材は、耐水性があるものであれば、各種天然繊維、合成繊維を用いることができるが、強度が高く、使用後の乾燥が容易で、洗濯時に着色傾向の小さいポリエステル繊維を用いることが好ましい。」(0024)、「この網体自体の織り方としては、水を透過するものであれば各種の織り方が採用できる。」(0025)と記載されているのみで、網目の細かさについては言及されていないことからすると、被告が主張する使用方法も、本件各発明を実施する態様による使用方法であることに変わりはないといえる。したがって、被告が、購入者が構成要件1Aの「網体」には含まれない、布地の巾着袋等に被告製品を入れて洗濯機に投入して洗濯を行う使用方法が想定されていたとしても、被告において被告製品が本件各発明の実施に用いられることの認識があったことを否定する事情とはならなない。
(5)小括
 したがって、被告が、業として、被告製品の販売又は販売の申出等をした行為(前記前提事実(5))について、本件特許権の特許法1012号の間接侵害が成立する。」

2023年11月5日日曜日

「除くクレーム」とする訂正の適法性が争われた事例

 知財高裁令和5105日判決

令和4(行ケ)10125号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、特許権者である原告が有する特許発明についての特許を無効とした審決の取消訴訟であり、争点は、特許法134条の2において準用する同法1265項に規定する訂正要件違反の有無である。

 

 特許権者である原告は、特許無効審判を請求され、甲4発明による新規性・進歩性欠如の無効理由がある旨の審決の予告を受けた後、以下の訂正を行なった。

 訂正の内容は、

訂正前の請求項1

HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」を、

 訂正後の請求項1(下線部を追加)

HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物を除く)。」

に、いわゆる「除くクレーム」へ訂正するものである。

 

 審決では、「除く」対象が、訂正前の本件発明に含まれていないことから、本件訂正は新規事項の追加に該当し適法でないと判断した。

 さらに被告は、本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張した。


 知財高裁は、訂正は適法であると判断し、審決を取消した。

 知財高裁は、被告の上記主張に関して「特許法134条の21項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法1265項及び6)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。」と判示した。

 

 なお、(訂正でなく)補正の新規事項追加に関する審査基準(第IV部第2章3..1(4))では、次のように記載されている。

「補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。

 以下の(i)及び(ii)の「除くクレーム」とする補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので、補正は許される。

(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(29条第1項第3号、第29条の2又は第39)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正

(ii) 請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、第29条第1項柱書の要件を満たさない、又は第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」のみを除く補正」

 上記(i)(ii)は「除くクレーム」として適法な補正の「例」であり、これらに限られることを示したものではないと考えられるが、現実には、上記(i)(ii)以外の補正(例えば、引用発明と重複する部分よりも広い範囲を除外する補正)は除くクレームとして許容されず新規事項を追加するとして拒絶理由が通知される場合がある。

 

2.審決の判断(訂正は新規事項追加)

 本件訂正のような、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、訂正前の請求項1に係る発明・・・において、「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く対象」が存在しないとしても、訂正後の請求項1に係る発明・・・には、「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解される。

 しかしながら、訂正前の請求項1には、HCFC-225cbについての規定はなく、請求項1を引用する請求項2~7においても、HCFC-225cbについての規定はないし、本件明細書等にも、HCFC-225cbについての記載を見いだすことはできず、本件発明1に「HCFC-225cb」が含まれているかどうかは判然としない。さらに、本件明細書等に記載されたいずれかの反応生成物にHCFC-225cbが含有されるものであるという技術常識も存在しない。

 ましてや、本件明細書等には、HCFC-225cbについての記載がないのであるから、その含有量については不明としかいうほかない。すなわち、本件発明1が「HCFC-225cb」を含むことは想定されていないというべきである。

 そうすると、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできない。

 ウ 以上のとおり、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、新規事項を追加するものに該当し、特許法134条の29項において準用する同法1265項の規定に違反する。

 

3.裁判所の判断のポイント(訂正は新規事項を追加せず適法)

「エ 本件審決は、いわゆる「除くクレーム」に数値範囲の限定を伴う訂正が新規事項を追加しないものであるというためには、「除く」対象が存在すること、すなわち、本件発明1において、「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているといえるか、または、「除く」対象が存在しないとしても、本件訂正発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれることが明示されることになるから、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているといえる必要があると解した上、本件では、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物」が含まれているということはできないし、本件発明1に「HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物」が含まれているということもできないから、本件訂正は新たな技術的事項を導入するものであると判断した。

 そこで検討するに、前記イの通り、本件明細書等にはHCFC-225cbに係る記載は全くないものの、前記ア()のとおり、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は、その文言上、HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbを含む限り、それ以外のいかなる物質をも含み得る組成物を意味するものと解されるものである。そして、本件訂正により、「HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物を除く」と特定されたことをもって、本件訂正発明1には、HCFC-225cb1重量%以上で含有する組成物が含まれないことが明示されたということはできるものの、本件訂正発明1が、HCFC-225cb1重量%未満で含有する組成物であることが明示されたということはできない。

オしたがって、本件訂正は、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものというべきである。

(5)被告は、本件訂正は、甲4発明と同一である部分を除外する訂正とはいえず、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていないから認められないと主張する。

 しかしながら、特許法134条の21項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法1265項及び6)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。

 また、被告は、除くクレームの形式で自由に訂正発明の内容を規定することは許されない旨主張しているところ、・・・・本件訂正は、甲4に記載された発明と実質的に同一であると評価される蓋然性がある部分を除外しようとするものといえるから、本件訂正は先行技術である甲4に記載された発明とは無関係に、自由に訂正発明の内容を規定するものとはいえない。

(6)そして、本件審決は、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであることを理由に訂正を認めず、本件発明に係る本件特許を無効としたものであるが、本件訂正が新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないことは前記したとおりである。そうすると、本件審決は同法134条の29項において準用する同法1265項の訂正要件の解釈を誤ったものとして、取消しを免れない。」

2023年10月15日日曜日

発明が解決しようとする課題が理解できないことを理由にサポート要件違反とされた事例

知財高裁令和5105日判決

令和4()10094号特許権侵害差止等請求控訴事件

(原審・東京地方裁判所令和3()29388)

 

1.概要

 本事例は、原告が有する特許権に基づく特許権侵害訴訟の第二審知財高裁判決である。第一審では東京高裁が、分割出願による本件特許が、原出願の明細書等に記載されたものではないため分割要件を満たさず、実際の出願日において新規性を有さないから、無効理由を有し、本件特許権を行使することができない、と判断した。

 知財高裁は、本件発明に係る特許請求の範囲の記載には、分割出願が適法であるか否かにかかわらず、サポート要件違反があることが認められるから、本件特許は特許法3661号違反により無効にされるべきものであり、本件特許権を行使することはできない、と判示した。

 本件特許に係る特許請求の範囲請求項1記載の発明(本件発明)は、次のとおりである。

 

HFO-1234yfと、HFC-143a、およびHFC-254eb、を含む組成物であって、HFC-143a0.2重量パーセント以下で、HFC-254eb1.9重量パーセント以下で含有する組成物。」

 

 冷媒であるHFO-1234yfが低地球温暖化係数(GWP)を有し、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補であることは公知である。

 本件明細書には、HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること、本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC-143aがあること、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されている。

 しかしながら、本件明細書には、特定の追加の化合物が少量で存在することによる作用効果や、本件発明が解決しようとする課題が理解できるように記載されていない。

 

 知財高裁は、

HFO-1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。

本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。」

と指摘しサポート要件を満たしていないと結論づけた。

 

2.裁判所の判断のポイント

1本件発明について

(1)本件明細書には、別紙「特許公報」のとおりの記載がある(2)

(2)本件発明の概要前記(1)の記載によると、本件発明は、熱伝達組成物等として有用な組成物の分野に関するものであり、新たな環境規制によって、冷蔵、空調及びヒートポンプ装置に用いる新たな組成物が必要とされてきたことを背景として、低地球温暖化係数の化合物が特に着目されているところ、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出したというものである・・・。

 

2争点2-2(サポート要件違反を無効理由とする無効の抗弁の成否)について

(1)特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することができると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決することができると認識することができる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件についてみると、本件明細書(以下、原出願当初明細書も同じ。)には、「発明が解決しようとする課題」として、「出願人は、1234yf等の新たな低地球温暖化係数の化合物を調製する際に、特定の追加の化合物が少量で存在することを見出した。」(0003)との記載がある。また、「本発明によれば、HFO-1234yfと、HFO-1234zeHFO-1243zfHCFC-243dbHCFC-244dbHFC-245cbHFC-245faHCFO-1233xfHCFO-1233zdHCFC-253fbHCFC-234abHCFC-243fa、エチレン、HFC-23CFC-13HFC-143aHFC-152aHFO-1243zfHFC-236faHCO-1130HCO-1130aHFO-1336HCFC-133aHCFC-254fbHCFC-1131HFC-1141HCFO-1242zfHCFO-1223xdHCFC-233abHCFC-226baおよびHFC-227caからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物とを含む組成物が提供される。組成物は、少なくとも1つの追加の化合物の約1重量パーセント未満を含有する。」(0004)、「HFO-1234yfには、いくつかある用途の中で特に、冷蔵、熱伝達流体、エアロゾル噴霧剤、発泡膨張剤としての用途が示唆されてきた。また、HFO-1234yfは、V.C.Papadimitriouらにより、PhysicalChemistryChemicalPhysics20079巻、1-13頁に記録されているとおり、低地球温暖化係数(GWP)を有することも分かっており有利である。このように、HFO-1234yfは、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補である。」(0010)といった記載に、【0013】、【0016】、【0019】、【0022】、【0030】、【図1】の記載を総合すると、本件明細書には、HFO-1234yfが低地球温暖化係数(GWP)を有することが知られており、高GWP飽和HFC冷媒に替わる良い候補であること、HFO-1234yfを調製する際に特定の追加の化合物が少量存在すること、本件発明の組成物に含まれる追加の化合物の一つとして約1重量パーセント未満のHFC-143aがあること、HFO-1234yfを調製する過程において生じる副生成物や、HFO-1234yf又はその原料(HCFC-243dbHCFO-1233xfHCFC-244bb)に含まれる不純物が、追加の化合物に該当することが記載されているということができる。しかるところ、HFO-1234yfは、原出願日前において、既に低地球温暖化係数(GWP)を有する化合物として有用であることが知られていたことは、【0010】の記載自体からも明らかである。したがって、HFO-1234yfを調製する際に追加の化合物が少量存在することにより、どのような技術的意義があるのか、いかなる作用効果があり、これによりどのような課題が解決されることになるのかといった点が記載されていなければ、本件発明が解決しようとした課題が記載されていることにはならない。しかし、本件明細書には、これらの点について何ら記載がなく、その余の記載をみても、本件明細書には、本件発明が解決しようとした課題をうかがわせる部分はない。本件明細書には、「技術分野」として、「本開示内容は、熱伝達組成物、エアロゾル噴霧剤、発泡剤、ブロー剤、溶媒、クリーニング剤、キャリア流体、置換乾燥剤、バフ研磨剤、重合媒体、ポリオレフィンおよびポリウレタンの膨張剤、ガス状誘電体、消火剤および液体またはガス状形態にある消火剤として有用な組成物の分野に関する。特に、本開示内容は、2333-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yfまたは1234yf)または23-ジクロロ-111-トリフルオロプロパン(HCFC-243dbまたは243db)2-クロロ-111-トリフルオロプロペン(HCFO-1233xfまたは1233xf)または2-クロロ-1112-テトラフルオロプロパン(HCFC-244bb)を含む組成物等の熱伝達組成物として有用な組成物に関する。」(0001)との記載があるが、同記載は、本件発明が属する技術分野の説明にすぎないから、この記載から本件発明が解決しようとする課題を理解することはできない。そうすると、本件明細書に形式的に記載された「発明が解決しようとする課題」は、本件発明の課題の記載としては不十分であり、本件明細書には本件発明の課題が記載されていないというほかない。そうである以上、当業者が、本件明細書の記載により本件発明の課題を解決することができると認識することができるということもできない。

(3)・・・(略)・・・

(4)以上のとおり、分割出願が有効であり、出願日が原出願日(平成215207)となると考えたとしても、本件発明に係る特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するということができないから、本件発明に係る特許は、無効審判請求により無効とされるべきものである(特許法12314号、3661)。」

 

2023年9月21日木曜日

新規性判断において「中間」という用語の解釈が争点となった事例

知財高裁令和5年9月12日判決
令和4年(行ケ)第10117号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、特許出願人である原告が拒絶査定不服審判の審決(拒絶審決)の取り消しを求めた審決取消訴訟において、審決は適法であるとして原告の請求を棄却した知財高裁判決である。
 下記の本件補正発明の構成要件D及びE中の「カップ容器本体の高さ方向中間位置」が、上端又は下端に偏らない中間位置(真中付近に限られるとする狭い解釈)を指すのか、上端と下端との間の位置(間であれば位置は任意とする広い解釈)を指すのかが争点となった。原告は前者の通り解釈し、本件補正発明は、中皿が中央よりもやや上端寄りに配置される引用発明とは相違すると主張した。審決及び知財高裁は、後者の通り解釈し、本件補正発明は引用発明と相違しないと結論づけた。
 用語の解釈にあたって、用語の辞書的な意味、発明が解決しようとする課題との関係、及び、図面の描写が参酌された。
 
2.本件補正後の請求項1(本件補正発明)の構成
【請求項1】
A コンビニエンスストア等で販売され、加熱して食するカップ状容器に収納されたカップ食品であって、
B カップ容器本体と、
C 前記カップ容器本体の上部を覆う蓋体と、
D 前記カップ容器本体の高さ方向中間位置に形成された2段の段差部と、
E 周面に前記2段の段差部に嵌合する嵌合部が形成され、該嵌合部を前記2段の段差部に嵌合させることにより前記カップ容器本体の高さ方向中間位置において前記嵌合部が前記蓋体と離間した状態で内壁に着脱自在に取り付けられる中皿と、
を具備し、
F 前記中皿の下部の第1の空間にスープ状の第1の食材を収納し、前記中皿の上部の第2の空間に第2の食材を収納し、食に際しては、容器全体を加熱した後、前記中皿を前記カップ容器本体から外して、前記第2の食材を前記第1の食材の上に落下させる
ことを特徴とするカップ食品。
3.裁判所の判断のポイント
「3 取消事由(独立特許要件の判断の誤り〔本件補正発明と引用発明の同一性の判断の誤り、相違点の看過〕)について
(1) 構成要件D及びE中の「カップ容器本体の高さ方向中間位置」について
ア 本件補正発明における「カップ容器本体の高さ方向中間位置」の意義
 原告らは、構成要件D及びE中の「カップ容器本体の高さ方向中間位置」とは、カップ容器本体の上端又は下端に偏らない中間位置を示すものと解釈すべき旨主張する。
 しかし、「中間」の語は、「二つの物事、地点の間、特に、そのまんなか」(広辞苑第4版1663頁、平成3年発行、甲5)、「二つの物の間に(で)あること。」(新明解国語辞典第7版968頁、平成28年発行、乙1)や「物と物との間の空間や位置。」(大辞泉第2版2342頁、平成24年発行、乙2)とされ、二つのものの間を広く含むものと解するのが相当である。そして、本願明細書には、「中間」の語をこれと異なる意義と解すべき記載はない。
 さらに、前記1に認定したところに鑑みれば、本件補正発明は、従来のスープ状の食材を含むカップ食品のうち、冷凍あるいはゼラチン状のスープ等を用いるものは満足な味が得られず、一方、ストレートスープを用いた場合には、スープ状の食材と他の食材を分離状態に保持するのが難しく、またスープ状の食材が容器からこぼれてしまう虞があるという課題を解決するため、カップ容器本体の高さ方向中間位置でカップ容器本体の内壁に着脱自在に嵌合する中皿を配置し、蓋体でカップ本体上部を覆うことによって、中皿の下部の第1の空間と中皿の上の第2の空間を形成し、第1の空間にスープ状の第1の食材を収納し、第2の空間に他の食材を収納することで、スープ状の食材と他の食材を分離状態に保持し、スープがこぼれることもなく、簡単な構成で満足のいく味を実現するというものであって、この課題の解決のためには、中皿がカップ容器本体の高さ方向の上端と下端の間の任意の位置でカップ容器本体の内壁に嵌合することで第1の空間と第2の空間が形成されればよく、カップ容器本体の高さ方向の上端と下端の間の特定の位置と解すべき理由はない。
 別紙1の図1(C)、図4、図7、図8、図11によれば、本件補正発明の実施例において、カップ容器本体30に設けられた2段の段差部31が、容器本体の高さ方向の上端側にやや偏った位置に形成されているのも、上記の理解に沿うものといえる。
 
イ 引用発明における中皿嵌合部の形成位置
 本件補正発明の「2段の段差部」に相当するのは引用発明の「中皿嵌合部」であるから、その形成位置が「カップの容器本体の高さ方向中間位置」にあるといえるかを検討する。
 原告らは、・・・・引用発明における中皿嵌合部は容器本体の「高さ方向中間位置」ではなく、「上端位置」に形成されている旨主張する。
 しかし、引用発明において、・・・中皿嵌合部が「カップ容器本体高さ方向中間位置」に形成されていることは明らかである。
 
ウ したがって、本件補正発明と引用発明は、「カップ容器本体の高さ方向中間位置」の構成において相違点はない。」

2023年9月14日木曜日

訂正が「誤記の訂正」に該当しないと判断された事例

 知財高裁令和5年8月10日判決

令和4年(行ケ)第10115号 特許取消決定取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、特許異議申立の特許取消決定に対する取消訴訟の知財高裁判決である。

 異議申立において特許権者である原告が請求した訂正の適法性(誤記または誤訳の訂正に該当するか)が争点となり、知財高裁は誤記の訂正には該当せず、訂正は適法でないと判断した。

 特許法120条の5第2項の但し書きでは、訂正は、一 特許請求の範囲の減縮、二 誤記又は誤訳の訂正、三 明瞭でない記載の釈明、四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、のいずれかを目的とするものに限られるという要件が課されている。裁判所は、誤記の訂正といえるのは「当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならない」から、誤記の訂正には該当しないと結論付けた。

 なお、争われた訂正事項1は、審査段階に補正において、過誤により追加された事項の一部を削除する訂正であった。審査段階での補正により技術的に適当でない特徴が追加された場合に、特許後にそれを訂正により削除しようとすると、特許法120条の5第2項の但し書きに該当しない訂正となる、いわゆる「逃れられない罠」に陥ることがあり注意が必要である。

 

2.訂正の内容

「訂正事項1」は、本件訂正前の請求項1中の発明特定事項である、

「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」を、

「マイクロクリスタリンワックス、及び水素添加ひまし油から選ばれるもので軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」

に訂正することを含む。

 すなわち、訂正事項1は、非アミドワックス成分(B)が、ポリオレフィンワックスである場合を削除することと、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000」という特徴を削除することを含む。

 

 マイクロクリスタリンワックス及び水素添加ひまし油(判決文中では、これらを総称して「マイクロクリスタリンワックス等」)は、重合体ではないため分子量は1,000未満であり、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000」となることはないことに争いはない。

 原告は、マイクロクリスタリンワックス及び水素添加ひまし油について、重量平均分子量の規定を削除することは「誤記の訂正」に該当するため、上記訂正は適法であると主張した。

 

3.裁判所の判断のポイント

ア 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するか否かについての判断基準

 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するといえるためには、同項本文に基づく訂正の前の記載が誤りで当該訂正の後の記載が正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかで、当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないと解するのが相当である。

イ 本件訂正前の記載について

(ア) 本件訂正前の記載

 前記第2の3のとおり、本件訂正前の記載は、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」というものである。

(イ) ポリオレフィンワックスについて

 ポリオレフィンワックスの中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすものと満たさないものが存在することが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に上記の条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれるものと理解すると認められる。

(ウ) マイクロクリスタリンワックス等について

 マイクロクリスタリンワックス等の分子量ないし重量平均分子量(ポリスチレン換算によるもの)がいずれも1000未満であることが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、当業者は、当該周知の技術的事項に基づき、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし」との条件を満たすマイクロクリスタリンワックス等が存在しないものと理解すると認められるから、そのように理解する当業者は、本件訂正前の記載に接したときは、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中にマイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得ると認めるのが相当である。

(エ) 本件訂正前の記載が誤りであることが当業者にとって明らかといえるか否かについて

 本件訂正前の構成は、非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質について、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」と規定するのであるから、その文言に照らし、当該物質は、マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの全部又は一部であると解される。そして、前記(イ)及び(ウ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれ、他方で、マイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、そのように理解し得る当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質がマイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの一部のみ(ポリオレフィンワックスのみ)であると理解し得ると認められるところ、当該理解は、本件訂正前の構成についての上記解釈(非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質に係るもの)と整合している。このように、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質(ポリオレフィンワックス)が現に存在すると理解するとともに、当該物質の種類が本件訂正前の構成中に掲げられた「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックス」の全てではないとしても、そのことは本件訂正前の構成の「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」に係る解釈と整合すると理解するものと認められるから、結局、本件記載を含む本件訂正前の記載については、当該当業者にとって、これが誤りであることが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないというべきである。

ウ 本件訂正後の記載について

(ア) 本件訂正後の記載

 前記第2の3のとおり、本件訂正後の記載は、「マイクロクリスタリンワックス、及び水素添加ひまし油から選ばれるもので軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」というものである。

(イ) 本件訂正による訂正後の記載としての他の選択肢の存在

 前記イ(イ)及び(ウ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれるものと理解し、他方で、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし」との条件を満たすマイクロクリスタリンワックス等が存在しないものと理解することにより、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中にマイクロクリスタリンワックス等がおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、仮に、当該当業者において、本件訂正前の記載に誤りがあると理解するとしても、当該当業者にとっては、本件訂正前の記載のうちポリオレフィンワックスに係る部分を全部削除した上、マイクロクリスタリンワックス等に係る部分について重量平均分子量に係る条件(本件記載)のみを削除するとの選択肢(本件訂正後の記載を採用するとの選択肢)のみならず、本件訂正前の記載のうちマイクロクリスタリンワックス等に係る部分を全部削除した上、ポリオレフィンワックス(重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすもの)に係る部分のみを維持するとの選択肢(本件訂正による訂正後の記載を「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とするポリオレフィンワックスからなる非アミドワックス成分(B)と、などとする選択肢)も存在し得るものと理解すると認めるのが相当である。

 そして、上記のとおり、当該当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすポリオレフィンワックスは含まれるが、マイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、当該当業者において、非アミドワックス成分(B)に含まれていた物質を維持し、およそ含まれていなかった物質を除外する趣旨の記載が正しいと理解する蓋然性は、決して小さくないものと認めるのが相当である。

(ウ) 本件訂正後の記載が正しいことが当業者にとって明らかであるといえるか否かについて

 前記(イ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の記載からマイクロクリスタリンワックス等に係る部分を全部削除した上、ポリオレフィンワックス(重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすもの)に係る部分のみを維持する趣旨の記載が正しいとも理解することができるものであって、当該当業者においてこのような記載が正しいと理解する蓋然性は、決して小さくないのであるから、仮に、当該当業者において、本件訂正前の記載に誤りがあると理解するとしても、本件訂正後の記載については、当該当業者にとって、これが本件訂正による訂正後の記載として正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないというべきである。」

「なお、原告は、本件記載は手続補正において原告の過誤により追加されたものであるから、本件記載を削除する本件訂正は特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものであると主張するが、仮に、原告が主張するような事情が存在するとしても、少なくとも本件においては、そのような事情が存在することをもって、本件記載を削除する本件訂正が同項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものであると認めるには不十分である。」