黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

弁護士の言動と懲戒

2009-04-17 01:25:25 | 法律関係事件
 4月13日、以前黒猫が勤めていた事務所、隠しても意味がないので言ってしまうと、弁護士法人いちご綜合法律事務所の千川健一弁護士が、東京弁護士会から業務停止4月の懲戒処分を受けました。知人から話は聞いていましたが、昨日、弁護士会館の公告で直接確認してきました。
 懲戒の理由は、要するに、受任した債務整理事件を約3年間にわたり放置したというものらしいです。黒猫の知らない事件に関するものなので、懲戒請求事件自体についてのコメントは避けますが、社員弁護士が1人しかいない弁護士法人について、その唯一の社員弁護士が業務停止の懲戒を受けてしまうと、法律上は社員ゼロということで弁護士法人の解散事由になり、しかも清算人を選任できる人もいないので、利害関係人の申立等により裁判所が弁護士を清算人に選任しなければならず、法律上は清算人が選任されるまで、誰も弁護士法人の業務にタッチできなくなるという、厄介なことになります。
 しかも、あの事務所は黒猫が辞めた後、新しく入った別の弁護士も1年ちょっとで辞めてしまったそうなので、あそこの弁護士は千川弁護士1人のはず。
 ・・・あの事務所がおかしな事態になって、黒猫に累が及ぶのは御免被りたいので、とりあえずあの事務所の清算についてどうするつもりなのか、東京弁護士会に問い合わせをかけてみました。今はその回答待ちです。

 そんな事で黒猫が頭を悩ませていたところで、ネット上では別のニュースが流れていました。リンクを貼るのも面倒なので、直接記事を引用します。

「光市事件発言で橋下知事を懲戒審査へ…大阪弁護士会議決
 橋下徹・大阪府知事が就任前、山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審の弁護団に対する懲戒請求をテレビ番組で呼びかけた問題で、大阪弁護士会綱紀委員会が「懲戒審査に相当する」と議決したことがわかった。今後、同弁護士会の懲戒委員会が審査し、懲戒処分に該当するか検討する。
 橋下知事は2007年5月、テレビ番組で、被告の元少年の弁護団が1、2審から主張を変遷させたことなどについて「許せないと思うなら一斉に弁護士会に懲戒請求をかけて」と発言。市民らが同年末、「弁護士の品性を失う非行」として懲戒請求していた。
 発言を巡っては、弁護団の弁護士らが「名誉を傷つけられた」と橋下知事に損害賠償を求めた訴訟で、広島地裁が昨年10月、名誉棄損を認め、橋下知事に計800万円の賠償を命じた。橋下知事は控訴している。
 橋下知事は15日の定例記者会見で「行き過ぎた発言だが法的には問題ない。あってはならない弁護活動だったと思う」と話した。」
(2009年4月16日 読売新聞)

 橋下知事、民事上の損害賠償請求だけではなくて、懲戒請求もされていたんですね・・・。
 光市母子殺害事件については、黒猫も詳しいことは知りませんが、要するに殺人事件の被告人が、上告審で供述を変遷させたり、不可解な弁解を繰り返したりといったことがマスコミで取り上げられていたと記憶しています。
 マスコミや一般市民が、そのような被告人に対して怒りを爆発させるのは分かりますが、被告人を弁護人となった弁護士は、基本的に何があろうと被告人の立場に立って弁護活動をしなければならないので、被告人の意向に逆らうことはできませんし、重大事件の被告人が死刑を恐れて、公判の途中から突如否認に転じたり、精神異常者を装ってわざと不可解な言動を始めたりすることも、実務上は結構あることです。
 黒猫が、光市母子殺害事件に関する一連のニュースを観ていても、同事件の弁護団による弁護活動に、懲戒事由と思しきものは何一つ見当たらなかったのですが、当時の橋下弁護士は、上記記事のとおり弁護団の活動を非難し、同弁護団の弁護士に対する懲戒請求を一斉に行うよう呼びかけ、その発言を受けた一般市民の懲戒請求により、2007年及び2008年の懲戒請求事件は異様な数に膨れあがりました。
 このときの橋下弁護士の言動については、黒猫自身も「懲戒事由に該当する」とコメントしたことがありますが、どうやら橋下弁護士の元親弁(かつて橋下弁護士を雇っていた弁護士)である樺島正法弁護士の呼びかけで、300人以上の賛同者を得て、実際に懲戒請求が行われていたようです。
 最近、マスコミに登場する弁護士の数は徐々に増えていますが、テレビ番組での発言を巡ってこれだけの騒ぎを起こした弁護士は、おそらくこれまでいなかったでしょう。何気ない一言が懲戒事由にまでなってしまい得るということは、テレビに出演する弁護士にとっては、肝に銘じておくべき話だと思います。
 もっとも、橋下弁護士の発言については、素人ならいざ知らず、ちゃんと司法試験に合格して司法修習を経て、刑事事件の弁護人がどういう立場にあるか知っている人間なら容易に間違いだと分かるレベルのものですし、橋下弁護士も、間違いに気付いた時点ですぐ撤回や謝罪などをしていれば、おそらく懲戒請求までの騒ぎにはならなかったであろうに、未だに光市事件の弁護団について、ろくに根拠もなく「あってはならない弁護活動であったと思う」などとコメントしているというのであれば、もはや救いようがありません。
 大阪府知事の職は、弁護士の資格とは無関係のものなので、弁護士会から業務停止などの懲戒処分を受けても、橋下知事の政治家としての活動に直接影響を与えるわけではありませんが、弁護士会から懲戒処分を受けた弁護士が、平然と大阪府知事などという要職に就いていてろくに非難もされないというのは、ものすごく違和感を感じます。

 なお、橋下弁護士(知事)について書いた、以前の記事に対するコメントを見ると、どうやら法曹界に属さない一般市民の方の一部には、「刑事事件の弁護人は、基本的に何があっても被告人の立場に立って弁護活動をしなければならない」という大原則を理解できない人がいるようですが、これは誰が何を言おうが刑事弁護の大原則であり、変わることはあり得ません。
 なお理解できないという人は、仮に自分が被告人の立場になって、刑事事件で無罪を主張しているというケースを想像してみてください。そのあなたに対し、弁護人となった弁護士から、「あなたの弁解はどう考えても不可解で、裁判所が信用するとは思えませんから、あなたは有罪という前提で弁護しますよ」などと言われたらどうしますか?
 普通、自分の味方になってくれるはずの弁護人が、自分の言い分を聞いてくれないというのであれば、何のための弁護人か、と怒りますよね?
 つまり、刑事事件の弁護人というのは、刑事事件の被告人が、法律の専門家である検察官と対等に勝負できるようにして、公正な刑事裁判を行うために、被告人の側に付けられた武器のような存在であり、それ以上でもそれ以下でもないのです。
 実際に刑事弁護の仕事をしていると、しばしばどう考えても認められそうにない被告人の弁解に付き合わされてうんざりすることが少なからずあります。
 むろん、そのような場合、「そんな弁解をしても認められる可能性はまずないから、止めておいた方がいいよ」などと、打ち合わせの際に被告人を説得することは法律上可能ですが、それでも被告人が言うことを聞かなかった場合には、もはや被告人の主張するがままに任せておくしかありません。それが刑事事件の弁護人という立場の限界であり、宿命です。
 ちなみに黒猫の場合、もともと弁護士になろうと思っていたわけではなく、むしろ「刑事弁護は嫌だから弁護士にはなりたくない」と思っていた人間ですから、刑事弁護に対する情熱などは、最初からかけらもありません。
 しかも、司法修習中に、裁判官から「国選事件では、求刑どおりの判決を出してしまうと、国選弁護人は意味がないじゃないかと言われかねないので、ある程度求刑から引くようにはしているが(ただし、求刑が死刑や無期の事件は別)、私選弁護で弁護人の腕が悪いときには、容赦なく求刑どおりの判決を出すぞ」と言われたことがあるので、弁護士登録以来、国選の刑事事件を受任することはあっても、私選の刑事事件は絶対に受任しないという方針を貫くことにしました。
 ・・・まあ、世の中に「刑事事件をやらない弁護士」は多いですが、黒猫のようなケースは、いささか極端な例かもしれません。
 なお、前回の記事で黒猫が弁護士に関する小説を書いた云々という話を書きましたが、殺人事件の刑事ドラマなどに出てくる「弁護士」は、実在する弁護士の実態からはあまりにかけ離れているものですので、くれぐれも勘違いしないで下さい。応募はしてみたものの到底入選の見込みなどはない駄作とはいえ、黒猫が小説で描こうとしたものは、あくまで「実在する」弁護士像です。

 話は逸れますが、最後に一つ気になっていることを書いておきます。
 現在、平成21年5月の裁判員制度施行に向けた準備が行われていますが、裁判官・検察官・弁護士の法曹三者のうち、模擬裁判と現実の裁判実務が最も乖離しているのは、弁護士です。なぜ乖離しているかというと、弁護士は被告人が何を言おうと、被告人の立場に立って弁護しなければならないからです。
 例えば、被告人がそもそも「素人の裁判員などに裁かれるのは嫌だ」と強硬に主張した場合には、弁護人もこれに沿って「裁判員による裁判を強制することは憲法違反だ」などと主張せざるを得ません。
 実際、アメリカで建国当初から施行されている陪審員制度も、韓国で最近導入された「国民参与裁判制度」も、その制度を選択するのは被告人の「権利」であり、素人による裁判を望まない場合には職業裁判官のみによる裁判を選択できますし、実際には素人による裁判の方が職業裁判官による裁判より量刑が重くなる傾向があるので、どちらも制度の利用率は非常に低いそうです。
 欧州諸国の刑事裁判制度については、黒猫も詳しくは知りませんが、おそらく素人による刑事裁判を「強制」している国は、おそらく日本以外には無いのではないかと思います。
 しかし、実際の裁判員制度対象事件となる刑事事件で、弁護人が「裁判員制度は憲法違反だ」と主張する事例が現れたら、一体裁判所はどうするんでしょうね。裁判員となった人に、裁判員制度が憲法違反かどうか判断させるのでしょうか(実際にも、黒猫と違い刑事弁護に熱心で、かつ裁判員制度自体に反対している弁護士は結構多いですから、このようなケースは大いにあり得ることです)。
 もし、裁判所が「それはまずい」と判断して、公判前整理手続で「裁判員制度は憲法違反だ」という主張が弁護側から出された事案については、すべて「被告人の言動、被告人がその構成員である団体の主張若しくは当該団体の他の構成員の言動又は現に裁判員候補者若しくは裁判員に対する加害若しくはその告知が行われたことその他の事情により、裁判員候補者、裁判員若しくは裁判員であった者若しくはその親族若しくはこれに準ずる者の生命、身体若しくは財産に危害が加えられるおそれ又はこれらの者の生活の平穏が著しく侵害されるおそれがあり、そのため裁判員候補者又は裁判員が畏怖し、裁判員候補者の出頭を確保することが困難な状況にあり又は裁判員の職務の遂行ができずこれに代わる裁判員の選任も困難である」場合に該当するものとして取り扱うことにした場合、事実上憲法違反の主張をすることで裁判員裁判の辞退が可能となります。
 そうなれば、裁判員対象事件の被告人の多くは辞退を望むでしょうから、本来は裁判員制度に賛成で模擬裁判や裁判員裁判のための研修に積極的に加わってきた弁護士であっても、被告人の意向で「裁判員制度は憲法違反だ」という主張をせざるを得なくなり、そうやって施行当初から裁判員制度が空洞化するというおかしな事態になります(もっとも、むやみに強行して刑事裁判制度が混乱ないし崩壊するよりは、はるかにマシですが)。
 今のところ裁判員制度には賛成の立場を取っている日弁連も、実際の刑事裁判で被告人の意向に沿って、または被告人の利益のために「裁判員制度は憲法違反である」という主張をした弁護士を、それを理由に懲戒で取り締まるわけには行きませんからねえ。一体どうするんでしょう。

67 コメント

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橋下知事の方が正しい (どら猫)
2009-04-17 23:29:04
やっぱり弁護士数は増やしたほうがいい。
あなたのような意見が弁護士界の常識なら世間一般の常識のわかる弁護士の現れることを期待する。
‘弁護人となった弁護士から、「あなたの弁解はどう考えても不可解で、裁判所が信用するとは思えませんから、あなたは有罪という前提で弁護しますよ」などと言われたらどうしますか?‘だと、そんな野郎の弁護をするな。


Unknown (野良猫)
2009-04-18 10:31:36
世間一般の常識のわかる弁護士??。
ようするに法治主義とはなんたるか知らない弁護士が増えた方が良いと言うことですか。そうおっしゃるなら、そもそも弁護士なんて制度廃止したらどうです?

あなたは中世に生まれれば良かったのに。残念でしたね。

あなたを守ってくれている西洋型文明社会のシステム、人権や権利も常識はずれのものでしょうから、捨てたらどうです?
Unknown (とおりすがり)
2009-04-18 11:29:05
黒猫先生のご意見は至極もっともだと思いますが。
私選ならいざしらず、国選は勝手に辞任などできませんからね。私選を頼める人間などなかなかいないのが現状ですし。
刑事裁判の原則・・・ (通りすがり)
2009-04-18 11:52:27
世間一般の常識と弁護士の常識が一致する必要はないですし、前者が後者よりも優っているという根拠はどこにもありません。
そして弁護士が「私も一人の市民としては被告人は死刑だと思いますが、弁護士としては無罪だと思います」というように、市民感覚をアピールする必要もありません。

弁護士はその職務として、被告人の弁護人となった以上、被告人を警察や検察の不当な捜査から守るとともに効率的に弁解・無罪の主張ができるように手助けをし、どら猫さんのような市民の声から守るのが仕事です。

身近な例ですと痴漢事件が挙げられるでしょう。
あなたが痴漢冤罪で逮捕され、居合わせた乗客の「あいつ、痴漢してましたよ」という証言がマスコミに垂れ流されたとします。そして被害者の涙交じりのモザイクインタビューもです。警察はあなたの家を家宅捜査し、自宅にあった週刊誌にたまたま連載されていた痴漢性癖の特集を根拠に、「加害者は痴漢の趣味があった。それを思わせる多数の証拠が発見された」と発表します。裁判でも被害者は恥ずかしさをしのんで詳細にわたり迫真性のある証言をします。被害者は普通の女子高生です。
さて、市民の感覚に話は戻りますが、市民の感覚だとあなたは間違いなく有罪です。いまだに言い訳を繰り返し被害者を傷つけている反省のない犯人です。
そんな時に弁護士さえも「市民感覚では有罪ですので、とりあえず反省しましょう」だったら、無罪を訴えたい被告人はどうすればいいんでしょうか?
野良猫よ (どら猫)
2009-04-19 00:09:00
法治主義がなんたるかだと、法は一般人が納得するから存在する、納得しないものは消滅するだけ。
屁理屈こくな。

Unknown (一般人)
2009-04-19 00:29:29
どら猫さんへ

魔女裁判みたいになってしまいますよ。
真実を多数決で決める世の中ほど恐ろしいものはありません。
Unknown (傍観者)
2009-04-19 01:39:50
どら猫さん
もし捕まったのが、あなたのご両親、兄弟、息子さん、娘さんだったら、あるいは恋人だったらどうされますか。
ご家族が涙ながらに「俺はやってないんだ!」と語っている場合も、マスコミが有罪と言ってるんだから有罪だよ、と伝えますか。
Unknown (南太平洋)
2009-04-19 14:13:48
>なお理解できないという人は、仮に自分が被告人の立場になって、刑事事件で無罪を主張しているというケースを想像してみてください。そのあなたに対し、弁護人となった弁護士から、「あなたの弁解はどう考えても不可解で、裁判所が信用するとは思えませんから、あなたは有罪という前提で弁護しますよ」などと言われたらどうしますか?

要は不可解な話ですよね?
不可解というのは論理的でないし、証拠も揃っていないということでしょう。
言うだけなら子供でもできますよ。それでいいんですか?それが貴方の弁護方法ですか?

裁判は言いたいことを言うためのところではありません。
裁判所に信用してもらえないなら、どうすれば信用してもらえるかを考えるべきですよ。

裁判は神聖なものです。不可解なお話とやらは居酒屋でも行ってやってください。
Unknown (南太平洋)
2009-04-19 14:26:02
>世間一般の常識と弁護士の常識が一致する必要はないですし

そんなにずれているようには思えないが。
一般人が非常識と思う程度のことは法曹人も非常識と思うだろう。公務員と民間企業の常識はずれているかもしれないが。

>真実を多数決で決める世の中ほど恐ろしいものはありません。

裁判も裁判官の多数決だが。
それはさておき、真実なんて神様にしか分からんからそんなもの決められない。

事実認定についてはアメリカの陪審制もあるように非法曹でないとできないというわけではない。そして陪審員では多数決で決めている。
Unknown (通りすがり)
2009-04-19 19:50:31
いや。あんたたちおかしいだろ。
黒猫先生は「こんな弁護人いたら(というか、自分の弁護人になったら)嫌でしょ?」という例を挙げて、刑事弁護人というのはこういうものだと説明しているだけだと思うのですが、なぜそれで叩いているのか分からないのですが。