三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

ポール・オフェット『反ワクチン運動の真実』(2)

2024年05月06日 | 問題のある考え
ワクチンによって子供の命が助かるようになったんから、親はワクチンを信用していいはずです。
ところが、ポール・オフェット『反ワクチン運動の真実』によると、子供にワクチンを打たないという選択をする親が増えており、防げるはずの感染症のアウトブレイクが起き始めています。

テレビの司会者、俳優、コメディアン、記者、議員、研究者、医師、弁護士たちが、ワクチンによって自閉症、糖尿病、多発性硬化症、注意欠陥障害、学習障害、知的障害、発達障害などになると脅し、それを信じた親がワクチンを拒む。
大卒か大学院卒の上層中産階級で、情報化社会で自分もインターネットを使えば専門家になれると思い、自分の健康については自分で決めると考える親たちだ。

1973年、イギリスで小児神経科医のジョン・ウィルソンはロンドン王立医学協会で、百日咳ワクチンは脳に損傷を与え、健康被害を引き起すと発表した。
その半年後、ジョン・ウィルソンはテレビに出演して、百日咳ワクチンが生涯にわたる健康被害を引き起こすと語った。

1972年にイギリスの子供の79%が百日咳ワクチンの予防接種を受けていたが、1977年には31%に減った。
ある調査では、47%の一般医が自分の患者に百日咳ワクチンを勧めないと答えた。
その結果、10万人以上の子供が百日咳にかかり、36人が死亡した。

日本でも1975年に厚生省が百日咳ワクチンの接種を一時停止したため、それ以前の3年間に400件の百日咳感染が起こり、10名が死亡したが、ワクチン中止後の3年間で百日咳の感染は1万3000件となり、113名が死亡した。

イギリス保健省は百日咳ワクチンのリスク調査をデイビッド・ミラーに依頼した。
調査チームは1976年から1979年にかけて調べ、DTPワクチン(ジフテリア・百日咳・破傷風の三種混合ワクチン)を3回接種した子どもの1万人に1人が永久的な脳損傷を起こしていると報告した。

1982年、アメリカで「DTP ワクチン・ルーレット」というテレビ番組が、百日咳のワクチンのために子供が自閉症、知的障害、てんかんなどになり、死亡する子供もいると主張した。

人身被害を専門にする弁護士たちは、ワクチンによって子どもが被害を受けたと信じている親に、正義の裁きと賠償を受けるように促した。
「ワクチン・ルーレット」が放映される1年前の1981年にワクチン製造会社を相手取った訴訟は3件だったが、1986年には255件となった。
原告が求める金額の総額は、1981年の2500万ドルから1985年には32億ドルに増えた。

製薬会社はワクチンの値段を上げ、そしてワクチン製造から撤退した。
1960年に7社がDTPワクチンを製造していたが、1986年には製造供給する会社がなくなった。
麻疹ワクチンを製造する会社も6社から1社に、ポリオワクチンは3社から1社になった。

1986年、アメリカで小児予防接種被害法が成立した。
ワクチン被害を訴える人が訴訟を経ることなく補償金を受け取ることができる、製薬会社を訴訟から守る、ワクチンの研究と製造を続けるよう助成することが目的だった。

1988年、DTPワクチンによって子供が知的障害になったとして損害賠償を請求した訴訟で、イギリスの法廷はジョン・ウィルソンの論文やデイビッド・ミラーの研究の誤りを指摘し、百日咳ワクチンが乳幼児に永続的な脳損傷を引き起こす可能性を否定した。

1989年にイギリス小児科学会とカナダ国立予防接種勧告委員会は、百日咳ワクチンが永続的障害を引き起こすという証拠はないという結論を出した。
1991年、アメリカ科学アカデミーの医学研究所が百日咳ワクチンと脳損傷の関係は証明されていないと結論を出した。

「ワクチン・ルーレット」が放映されてから現在までに、百日咳ワクチンで脳損傷も乳幼児突然死症候群も起こらないことがはっきりした。
つまり、百日咳ワクチンによって脳損傷を起こすという「ワクチン・ルーレット」の主張はでたらめだったわけです。

ところが、その後もワクチンによる健康被害が主張されています。
1998年、MMRワクチン(麻疹・風疹・おたふく風邪の混合ワクチン)を打つと自閉症などになるというアンドルー・ウェイクフィールドの論文が医学誌「ランセット」に掲載された。

アンドルー・ウェイクフィールドがMMRで自閉症になると仮設を提示した1年後の1999年、ワクチンに含まれるチメロサール(エチル水銀に由来する防腐剤)が原因で自閉症になると考える団体が現れた。

チメロサール入りワクチンを受けた子と受けなかった子の自閉症リスクを検証する大規模な疫学研究が行われ、結果はチメロサールでは自閉症にならないという結論だった。
ところが、自閉症児の親と弁護士が損害賠償の裁判を起こそうとした。

ワクチン健康被害補償制度(VICP)は数年にわたって5000件を超えるワクチンが子どもを自閉症にしたと主張する親たちの訴えを検討してきた。
5000人の子どもへの補償金のコストは45億ドルに達する。

総括的自閉症訴訟と命名された裁判では、2つの仮説が問題になった。
・MMRとワクチンの中のチメロサールの組み合わせが自閉症を引き起こすというもの。
・チメロサールだけが原因だというもの。

2009年、VICPの特別主事はMMRワクチン+チメロサールを含むワクチンが自閉症を起こすという主張を退けた。
2010年、特別主事はチメロサール自閉症原因説は科学的に認めがたいと裁定した。

アンドルー・ウェイクフィールドの論文に取り上げられた8人の子どものうち、5人の両親がMMRワクチンが自閉症を起こしたと製薬会社を訴えるところだった。
2010年、アンドルー・ウェイクフィールドは子どもたちを代表して薬害訴訟を計画する弁護士から44万ポンド(約80万ドル)をもらって論文を作成したこと、証拠の捏造や改竄などをしたため、イギリスでの医師免許を剥奪され、イギリスで医師としての診療活動は不可能になった。
しかし、アンドルー・ウェイクフィールドはその後も反ワクチンの人たちからは政府や製薬会社に立ち向かった英雄扱いされている。

HPV(ヒトパピローマウイルス)は子宮頸ガン、頭部、頸部、肛門、性器のガンの共通する唯一の原因であり、ワクチンはこうしたガンの85%を防ぐ。
反ワクチン運動家がHPVワクチンで、脳卒中、血栓、心臓発作、麻痺、痙攣発作、慢性疲労症候群を起こすと主張した。

2013年、厚労省は副作用を恐れ、HPVワクチンの定期接種勧奨を差し控えた。
しかし、HPVワクチンは認可後に百万人以上を対象にして調査が行われ、主張されているような病気は起こっていない。
毎年約1万人の女性が子宮頸ガンにかかり、約3000人が死亡している。

『反ワクチン運動の真実』の日本語版は2018年発行なので、新型コロナウイルスワクチンについては触れていませんが、反ワクチン信奉者の主張は同じものです。
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ポール・オフェット『反ワクチン運動の真実』(1)

2024年04月29日 | 問題のある考え
麻疹(はしか)の感染者が増えています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240312/k10014388191000.html
ヨーロッパでは百日咳が流行しているそうです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/41ade315148a70ca32da31dd76e859552ef68da6
ワクチンの接種率が低下しているからです。

代替医療の治療師は有害な治療法やサプリを勧める一方、ワクチンや抗がん剤といった効果が検証されている治療を否定し、それらを使う医師を非難さえします。

知人がフェイスブックでシェアしている記事に「日本のがん治療の総本山【国立がんセンター】が抗癌がん剤が効かないことを認めた」と書かれていました。
https://dailyrootsfinder.com/gan-center/

まさかと思って検索したら、産経新聞(2017年4月27日)の見出しは「抗がん剤、高齢患者への効果少なく 肺がん・大腸がん・乳がんの末期は治療の有無で生存率「同程度」」です。
記事を読むと、ガンの種類によっては「末期(ステージ4)の高齢患者」には「明確な効果を示さない可能性がある」のであって、抗ガン剤はあらゆるガンに「効かない」とは書かれていません。
https://www.sankei.com/article/20170427-D6AE3ZZEDZIKLKQ5VOLLDKCPBI/

また、「厚生労働省は毎年35万人癌でなくなっていると発表しているが、80%の28万人は癌ではなくて、抗癌剤の他の副作用によって亡くなっている」というのもウソ。
厚労省のHPには「化学療法を受けた患者さん784名のうち、18名、2.3%が抗がん剤による副作用により死亡したと考えられております」とあります。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001vp67.html

このサイトに「遠隔浄化(ヒーリング)を通じて、本当の自分になる。自由になる。情熱的に生きる。思考が現実化する」とあります。
知人がこんなのを信じているのかと驚きました。

新型コロナウイルスのワクチンを打たないと言ってた知り合いがいます。
ワクチンを打てば5年以内に死ぬとか、不妊症になるといったデマを信じてたわけではないでしょうけど。

ポール・オフィット『反ワクチン運動の真実』によると、反ワクチン運動は1850年代に種痘とともに始まったそうです。
現代の反ワクチン運動のすべての特徴、スローガン、メッセージ、影響までも過去の運動にルーツを持っている。

1867年、法廷予防接種法がイングランド議会を通過した。
この法律が反ワクチン運動を発生させた。
1866年に反法廷予防接種連盟が設立された。

種痘で牛のようになる、白人の子どもが黒人になる、種痘が原因の死者は天然痘の死者より多い、種痘でジフテリアやポリオになるなど。
反種痘活動家は、種痘は反キリスト教的で、悪魔崇拝の一種で、子どもを反キリストに変えると説いた。
役人は自分たちに指図する権利もないし、子どもに何を接種すべきか指図する権利などないと考えた親の怒りは政府に向かった。

1810年から1820年の間に種痘のおかげで天然痘の死者は半減したにもかかわらず、1900年までにはイギリスでは200の反種痘連盟が作られた。
なぜ種痘に反対したのでしょうか。

ワクチンのおかげで多くの病気は完全に、あるいはほとんど消え去った。
予防接種が始まる前、ヒブ感染症で毎年2万人の子供が髄膜炎、血流感染、肺炎になり、1000人が死亡し、生き残った子供たちには深刻な脳障害が残った。

百日咳は1940年代にワクチンが使われる以前は、アメリカで毎年30万人が感染発症し、7000人が死亡していた。
近年はワクチンのおかげで死亡する子供は30人以下。

麻疹ワクチンが1963年に使われる以前は、アメリカの子供は毎年400万人が麻疹にかかり、500人が死亡していた。

ジフテリアで1万2000人が死亡。
2万人の赤ちゃんが風疹のために障害を持って生まれた。
ポリオで1万5000人が身体マヒになり、1000人が死亡していた。
B型肝炎ワクチンが認可されるまで、アメリカでは毎年20万人が感染し、そのほとんどが10代、20代だった。

「unicef news」vol.281(2024年春)に「子どもの命と未来を守るため ユニセフの予防接種活動」という記事があります。

天然痘は1950年代に2千万人が罹患し、400万人が死亡したが、1980年に絶滅が宣言された。
1990年に年間1250万人だった世界の5歳児未満の死亡数は、2021年には500万人に減少したことに、ワクチンの開発と普及が大きく貢献した。

ところが、新型コロナウイルスの世界的大流行により、多くの国と地域で子どもの定期予防接種が中断し、2019年から2021年にかけて、6700万人の子どもが予防接種を完全に、または部分的に受けられなかったと推定される。

ポリオは2019年から2021年までの3年間をその直前の3年間と比較すると、ポリオによって麻痺を生じた子供の数は8倍に増加。
10年以上感染者が出ていなかった国々で症例が相次いでいる。

はしかも過去2年間で発生件数が2倍以上に増えた。
2023年には30か国以上で流行した。
https://unicefnews.jp/feature/immunization2024/

それなのに、『反ワクチン運動の真実』によると、反ワクチン運動は今も活発です。

数年前、パキスタンで、ポリオの予防接種を受けた子どもたちが病気になったという偽の動画がソーシャルメディアで広がり、数百万人の子どもたちに予防接種をおこなう全国規模の長年の取り組みが頓挫したと、「unicef news」vol.281にありました。
反ワクチン運動は殺人や傷害と変わらないと思います。
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代替医療(3)

2024年04月20日 | 問題のある考え
 ⑧ 代替医療の3つの中心原理
・自然
代替医療の信奉者は、通常医療では許容できない副作用がある人工的な薬を出すが、代替医療は自然の薬を出すと説く。
代替療法の薬(レメディなど)は自然のもので作られているから副作用もなく安全だ思っている人がいる。

自然だからいいとは限らないし、自然ではないから悪いともいえない。
自然界にはヒ素、コブラの毒、放射性元素、地震、エボラ・ウイルスなど有害なものが存在する。
ワクチン、眼鏡、人工股関節などは人間が作ったものだが有用である。

ジョー・シュワルツ「物質の性質は分子構造によって決まります。由来ではありません。効果と安全性を評価する場合、物質が人工的に合成されたか、天然かは全く関係ありません」

私たちは人工の中で生きているのに、人工だからと否定するのはどういうものでしょう。

・伝統的
通常医療は常に変化するが、代替医療は何百年、何千年も変わらずにいるから信頼できると信じ込んでいる人がいる。

2世紀の古代ローマの医学者ガレノスは医学の集大成をし、その説はルネサンスまでヨーロッパとイスラムの医学で支配的になっています。
ガレノスの言葉です。
この治療薬を飲めば、誰でもたちどころに治ってしまう。これが効かず、どのみち亡くなる者以外は。それゆえにこの薬が効かないのは不治の病人だけであるのは明らかだ。
古代の治療師は物事に対してより明解で、より賢い見解を持っていたわけではないようです。

中世のヨーロッパでは20歳まで生きて成人できたのは約半数。
18世紀までの西洋医学の治療は主に瀉血で、モーツァルト、ジョージ・ワシントンのように瀉血で死んだ人のほうが治った人より多い。

伝統的な治療法だからといって、すべてがいいわけではない。
漢方も数千年の伝統があり、自然のものだから副作用がないと思われています。

・全体論的(ホーリスティック)
ホーリスティックとは、心身の健康を全体としてみていくという医療へのアプローチ。
近代医学は全体を細分化して部分しか見ないし、精神性を欠いて技術的だが、代替医療はスピリチュアルで深い意味を持つと考える人がいる。

しかし、通常医療の医者も、患者の生活習慣、年齢、家族の病歴、遺伝的要因などを頭に入れて、ホーリスティックな治療を行なっている。
医療に標準とか代替とか、補完とか統合とかホリスティックといった区別があるわけではない。
効く医療と効かない医療があるだけだ。

 ⑨ 代替医療からの科学に対する非難
・科学は代替医療を検証することができない
科学はさまざまな治療法が及ぼす影響の測定方法を開発してきた。
追試をして結果を再現することで、その治療法が安全で効果があることが証明される。

しかし、代替医療の場合、一度きりの臨床試験や、データを公開しないなどで、効果があるかを示すことができない。
だから、科学は代替医療の主張に懐疑的なのである。

・科学は代替医療がわかっていない
ある治療法のメカニズムがわからないからといって、効くかどうかわからないわけではない。

17世紀にレモンが壊血病の予防できると知られるようになったが、なぜかはわからなかった。
ビタミンC不足が壊血病の原因であることがわかったのは20世紀になってから。

・科学は代替医療に偏見を持っている
現代科学はガリレオたち反主流派によって築かれている。
科学は反主流派すべてを否定するわけではない。
だからといって、反主流派がすべて偉大な科学者とは限らない。

 ⑩ 代替医療による科学の利用
代替医療は科学を批判するのに、主張に信憑性を与えるため科学を利用する。
エネルギー、波動、共鳴、あるいは患者の電磁回路や体をデフラグするといった科学的と思わせるが意味のなさない言葉を使う。

科学的にみえる装置を使用する。
電磁放射から守ってくれる銅のブレスレット。
ヒーリング力があるクリスタル。
体から毒を排出するフットバス。
体から毒素を排出させる(デトックス)電気式の装置など。

 ⑪ 代替医療による金儲け
代替医療を支持する人には政府、製薬会社、医師は薬を売るために結託していると考える人がいます。
しかし、代替医療こそ高い治療費を要求し、健康食品や健康器具を売りつけて金儲けをしているのです。

代替医療や反ワクチンの本が定価2千円として、印税が10%なら、1万部売れると200万円、10万部なら2千万円です。
講演会の参加費千円で聴衆が千人来たら100万円。

大製薬会社も積極的に代替医療ビジネスに参入している。
代替医療は全世界で数兆円規模の市場に成長しているといわれる。
2018年度の世界のビタミンや栄養補助食品マーケットの売上は約1140億ドルで、アメリカが291億ドル、中国が231億ドル、日本が110億ドル。
https://boueki.standage.co.jp/supplement-overseas-market/
2007年、481万人のアメリカ人がホメオパシーを使用し、レメディーの売り上げは29億ドル。

サイモン・シン、エツァート・エルンスト『代替医療解剖』とポール・オフィット『代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?』を読み、代替医療の手口はインチキ宗教や悪徳商法と似ているように思いました。
ムチ(脅し)で不安にさせ、とアメ(解決法)を与えて金をむしり取るのが基本です。

中には、治療が効くという信念を持つ人、人々を救う大発見をしたと信じる研究者、だまされて代替医療の広告塔になる科学者や著名人もいます。
これもインチキ宗教や悪徳商法と同じ。
しかし、悪意はなくても、人を惑わすという点では罪作りです。
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代替医療(2)

2024年04月14日 | 問題のある考え
 ⑥ 通常医療と代替医療の比較
通常治療は検査や実験の再現などで有効性や安全性が証明されている。
もし医師が無責任なことを言い、効果が証明されていないどころか危険な薬を患者に投与すれば、医師免許を剥奪されるか、裁判の被告席に座ることになる。

また、薬は厳しく規制され、承認されるまで時間も費用もかけている。
ロタウイルスワクチンは、11か国に関わり、7万人の子どもを対象に、3億5千万ドルをかけ、4年を費やした認可前研究をした。
しかし、代替医療は効果があるかはっきりしないし、安全性にも問題がある。

代替医療の診断法にはこんなものがあります。
・バイオレゾナンス 患者の身体から出る電磁放射と電流を電子的に記録することにより、アレルギーからホルモンの乱れまで、あらゆることを診断する。

・虹彩診断法 眼球の虹彩の点はすべて、どれかの器官に対応しており、虹彩の不規則性は、その位置に対応する器官に問題があることを示している。

・キネシオロジー 手で触れて筋肉の強さを調べると内臓の健康状態がわかる。

・ベガ診断 電子的な診断装置でアレルギーからガンまでさまざまな病状を検出できる。

サプリメントは安全性や効果を証明する必要がない。
日本でもアメリカにならってサプリは食品だという前提で、薬事法の規制を受けない。
さらに、政府が規制緩和をすすめて機能性表示食品が認められた。

代替医療やサプリメントがノーチェックでいいわけがない。
どんな療法でも厳しい立証基準が課せられなくてはならない。

代替医療は健康を害するだけでなく、食い物にされて金を失う恐れがある。
なぜなら、保険が適用されないので一回の治療費が高額で、しかも何回も治療を受けなければならない。
しかも、高いサプリを大量に長期間飲み続け、効果のない健康器具を買わされる。
安くて安全、効果がある通常医療のほうが代替医療よりすぐれている。

 ⑦ なぜ代替医療にはまるのか
アメリカ人の50%は何らかの形で代替医療を利用し、ビタミンやサプリメントを摂り、10%は子供にも使わせている。

・現代医療や医師への不信
代替医療を使うきっかけの一つは通常医療への失望である。
患者は理解と共感を示してくれることを求めている。

ところが、通常医療の医者は患者のために時間を割いてくれず、冷淡で尊大で、思いやりや共感を感じない。
患者は自分が人間ではなく数字として扱われているような気分になる。

代替医療の治療師は一人の人間として患者を気づかい、時間をかけて親切に話を聞き、心を安らがせてくれる。
人からの指示や規制を不快に思う患者は、自分の健康は自分で管理できるし、医者にいちいち指示される必要はないと考える。
その一方、代替医療の治療師が、いつ何を食べ、どういう運動をし、シャンプーや洗剤は何を利用するか、料理の作り方、病気の対処の仕方まで具体的に正しいやり方をはっきり教えてくれることを喜ぶ。

代替医療の治療師は高額の料金を請求するので、一人の患者に時間をかけることができるが、通常医療の場合は一人の患者に長時間を費やすことが難しいことは考慮しない。

・有名人が代替医療を勧めるから
研究者(ノーベル賞受賞者もいる)、医師、俳優、歌手、政治家、スポーツ選手などが代替医療を持ち上げている。
チャールズ国王もその一人。

どこの国でもテレビや雑誌などのメディアは代替医療に肯定的で、好意的に取り上げる。
代替医療が新聞や雑誌に取り上げられると、科学的根拠とは真っ向から対立する内容になっていることが多い。
オプラ・ウィンフリーたち人気司会者が自分の番組で代替医療の宣伝をしている。
代替医療の治療者をテレビに登場させ、デタラメを言わせる。
その場合、通常医療の専門家を立ち会わせない。

積極的に代替医療を勧める研究者、医師もいます。
メフメット・オズはコロンビア大学医療センター心臓血管外科学の正教授で、年間250の手術を執刀し、400以上の論文と専門書の項目を書いた。
『タイム』の最も影響力のある100人、世界経済フォーラムの次世代グローバルリーダーなどに選ばれている。
メフメット・オズは自分の番組で、自然療法、ホメオパシー、鍼治療、手当療法、信仰療法、カイロプラクティックから死者との対話まで、多岐にわたる代替医療を勧めている。

ノーベル化学賞と平和賞を受賞したライナス・ポーリングは、インチキ科学者の助言によってビタミンで風邪を予防すると信じ、さらには大量のビタミンとサプリの摂取でどんな病気も治せると説くようになった。

代替医療に対して何もしない研究者が多い。
なぜなら代替医療の検証は手間暇かかるわりに評価されないから。

アメリカの6000の病院に対して行われた調査では、42%が何らかの代替医療を提供していた。
一般医の半数が患者を代替医療のセラピストに差し向ける。
患者が健康食品や代替療法コーナーで売られている薬を試したいと患者に言われたら、多くの医師は肯定的な反応をする。

イギリスには代替医療で学位を授与する大学が16校ある。

・人間の弱い心につけ込む
本人や家族が病気になって心が弱り、治るなら何だってお金を払おうと思った人は、科学的に検証されていない話に騙されてしまいがち。

1990年代後半、自閉症にセクレチンが効果があると言い出す人がいてブームになった。
ところが、検証の結果、セクレチンは自閉症にプラセボ以上の効果がないことが明らかになった。
セクレチンを処方された子供の親も、生理食塩水を処方された子供の親も、ほとんどが子供は進歩を見せたと評価した。
つまり、親たちは結果が出てほしいと願うあまり、生理的食塩水でもセクレチンでも子供が進歩を見せたと確信したわけだ。
親たちはセクレチンと生理食塩水の結果は変わらなかったことを告げられたが、69%が引き続き薬を使いたいと答えた。

効果がないとわかった薬のために何百マイルも旅して何千ドルも払いたいと希望した。親はそのくらい切実なのだ。(略)親たちは自宅を担保に入れてローンをして、老後資金を解約して、偽りであっても希望を約束してくれる人を探す。
親の愛を利用してその生涯の蓄えをむしり取る開業医療者ほど下劣なものはない。

患者や家族の弱い心につけ込んでだますことは犯罪だと思います。
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代替医療(1)

2024年04月09日 | 問題のある考え
小林製薬の機能性表示食品で腎疾患などの健康被害が発生し、死亡された方もいます。
機能性表示食品は企業が届け出すれば、国の審査がないので効果や安全性が保証されていません。
しかも、企業が健康被害を行政に報告する直接的な法令はないそうです。

以前に書きましたが、絵門ゆう子さんは乳がんの告知を受けたのに、手術や抗ガン剤治療を拒否し、大金を払って代替医療を受け続けました。
病状が悪化しても、なかなか病院を訪れることをしていません。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/6920d93d7a8de481d63ae6632980d614

代替医療のどこが魅力なのか不思議で、サイモン・シン、エツァート・エルンスト『代替医療解剖』とポール・オフィット『代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?』を読んでみました。

代替医療の問題点は3つあると思います。
・効果のない治療をする
・安全性のない治療をする
・効果が検証されている治療を否定する

 ① 代替医療とは何か
代替医療とは、現代の科学によっては理解できないメカニズムで効果があると主張する治療法で、多くの科学者や医師が受け入れていないもの。

 ② 代替医療にはどんなものがあるか
カイロプラクティック、ホメオパシー、気功、ハーブ治療、アーユルヴェーダ、アロマセラピー、催眠療法、スピリチュアル・ヒーリング、デトックス、風水、レイキなどなど。
漢方、鍼灸、指圧も代替医療だそうです。

 ③ 代替医療の効果や安全性は
臨床試験でその治療が安全で有効だと証明されれば、それは代替医療ではなく通常医療になる。
効かないという結果が出れば医療ではない。

つまり、代替医療とは、
・検証を受けてない
・効果が証明されていない
・効果のないことが証明されている
・微々たる効果しかない
のどれかだということになります。

ノコギリヤシは前立腺を小さくしない。
コンドロイチンとグルコサミンは関節痛の治療にならない。
ニンニクとコレステロール、イチョウと認知症とは無関係。
指圧は通常のマッサージと同等の効果しかない、などなど。

 ④ 代替医療はどんな害があるか
有害なものを摂取して健康を損ねたり、有効な治療を受けずに命にかかわることがある。

カイロプラクティックスの施術で動脈が裂けたり、マヒを起こすことがある。
鍼でウイルス感染が起きたり、肺や肝臓や心臓に刺さることがある。
メガビタミン(ビタミンを大量に摂取する)でガンや心臓病のリスクが高まる。
ビタミンは人間に必要だが、普通の食事で十分。
栄養サプリで出血、精神障害、心臓の不整脈、脳腫脹が引き起こされることがある。

 ⑤ なぜ効いたと思うのか
病気はよくなるか悪くなるかのどちらかで、時間が経てば自然に治ることもある。
なんらかの症状が出ている時に代替医療で具合がよくなれば、効果があったと思う。
百万人の1%、すなわち1万人がたまたま調子がよくなってもおかしくはない。
通常医療の薬の服用、食事や生活習慣の改善、リラックスする時間を持つなどの効果かもしれない。
医者が患者に何か言ったり、患者が何を信じるかによって、たとえウソであっても患者の状態がよくなることがある。

ハリエット・ホール「多くの病気はそのうち治り、そうでない病気もよくなったり悪くなったりを繰り返す。病気がたまたまよくなる時期にあたっていたとしても、よくなったのはそのとき使った薬のおかげだと、患者は思ってしまうだろう」

代替医療で治ったと思いこんだ人は確証バイアス(何が起こっても先入観を強めるよう解釈する傾向)を持ちやすいから、科学的根拠は重みを持たない。

私は鍼で腰痛が治ったことがあります。
しかし、原因のはっきりしない腰痛の場合、約90%は6週間ほどで大幅に改善するそうです。
腰痛の治療で何回か通ったので、自然に治ったのかもしれません。

代替医療が効果があるとしたら、その多くはプラセボ効果によるものです。
プラセボ効果とは偽薬効果ともいい、小麦粉を「薬だ」と偽って飲ませたら病気が治ったということです。

プラセボ効果の逆がノセボ効果で、偽の治療を受けた被験者の約4分の1に頭痛、吐き気、不眠、疲労感が見られる。
プラセボはラテン語の「私は喜ばせるであろう」という意味で、ノセボは「私は害をなすであろう」という意味。
通常医療の薬もプラセボ効果があるので、医療そのものの効果にプラスされる。

ホメオパシーの薬(レメディ)は原材料から抽出した母液をアルコールと水の混合液で原材料の分子が存在しないようになるまで薄める。
つまりは単なる水だから、効果はプラセボ効果以上はない。

また、平均への回帰といって、病気はよい状態の時と悪い状態があり、平均な状態になる。
だから、少しでもよくなれば、最悪の時に試したのが効いたと考える。

状態が悪くなれば好転反応(毒が排出されるなどの理由で、患者の状態がいったん悪くなってから改善するということ)だと言えばいい。
ホメオパス(レメディーを処方する人)は「適切なレメディを摂取すると、体内の毒素が排出されて、症状が一時的に悪化することがある」と説明する。
デトックス(体内から毒素や老廃物を取り除くこと)を勧める人は「毒素が出ているあいだはかえって気分が悪くなるかもしれない」と答える。
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「死刑囚表現展」のアンケートと平野啓一郎『死刑について』(13)

2024年04月01日 | 死刑
⑮ 死刑と裁判員裁判
裁判員裁判が行われるようになってから厳罰化しているそうです。
裁判員が被害者に同情し、応報感情や正義感情を持つからではないかと言われています。

しかし、被害者が処罰感情を持っているとしても、裁判員が被害者感情に同調して判決を決めるべきではありません。
自分の子供が殺されたらと考えることと、殺人事件の裁判員になることは違います。
裁判員にとってそれは難しいことだそうです。

宮下洋一『死刑のある国で生きる』で、精神鑑定医である村松太郎慶応大学医学部准教授が裁判員裁判について語っています。
精神障害の症状が影響した複雑な事件の判断を、裁判員に委ねるには無理があります。無理を通すために事件が単純化されている。法廷に出てくる前に、複雑な部分が削ぎ落とされてしまう。裁判員裁判が素人判断だからよくないのではなく、裁判員に提出されるデータが限られることが深刻な問題です。限られたデータによって事件が単純化された時点で、もはや真実は分からなくなっていると思います。
鑑定が増えている大きな理由のひとつとしては、裁判員には判断が難しい責任能力のことは、公判前に済ませたいという裁判所の狙いが見え隠れしています。
村松太郎さんは「裁判員裁判にはまったく反対」と明言し、「廃止すべきか、適用を見直すべき」と明言しています。

残酷な殺し方をするのは脳の機能のひとつ。
前頭葉が脳腫瘍、または、血管障害や外傷などで損傷を受けた人は、後天性サイコパスになり得る。
前頭側頭型認知症などの認知症の変性疾患もそのひとつとされ、倫理機能の低下をもたらすことがある。
そういった症状があって犯罪を犯した時、それが本人の責任だとどこまで言えるのか。突き詰めると、先天的にそういう脳を持って生まれた人の責任をどう考えるのかという話になりますが、追及していくと誰の責任でもなくなるのです。
自分は絶対にそんなことをしないと思っていても、脳の損傷などでそんなことをすることがあるかもしれないわけです。

重大事件を起こした人が精神疾患患者だったとしても、極刑が避けられないと思うことがあるかという質問に、このように答えています。
精神鑑定の作業を進めて被告人の病気がよく分かるようになるにつれ、病気がなければこの人は絶対こんなことはやらなかったはずで、それなのに死刑にしていいのか、と思うこともあります。しかしそうすると、次の瞬間に、病気じゃない人は死刑にしていのかという問いが出てきて、私はこれに応えられない状態です。

心神喪失(精神の障害によって自己の行為の善悪を判断できないか、判断したように行動する能力がない者)は無罪とされます。
あるいは、アルコールや薬物の依存症者が事件を起こし、事件のことを覚えていないと主張することがあります。
そうした場合、情状酌量すべきかどうか判断を裁判員はできないと思います。

⑯ 暴力と話しあい
世界各地で争いが絶えません。
スーダン内戦は1983年から。
ソマリア内戦は1988年から。
シリア内戦は2011年から。
イエメン内戦は2015年から。
ミャンマーのクーデターは2021年。
ロシアのウクライナ侵攻は2022年。
イスラエルのガザ攻撃は2023年。

毎田周一「暴力は言葉の放棄だ」という言葉があります。
紛争が起きたら、暴力(武力)ではなく言葉(外交)で問題解決を図るべきです。
しかし、現実は力の強い者の勝ちという状況です。

平野啓一郎『死刑について』にこうあります。
本来、人間の社会の中では、自分の意思を実現させたい時、相手と話し合いをしなければなりません。自分がこうしたいと思っても、そうしたくないと思う人もいる。その時には、相手の意見を聞いて、相手を説得したり、あるいは、自分が譲歩したりという様々なプロセスを経て、たとえ少しであっても、自分の意思が実現できる方向に動いていくわけです。民主主義的な社会の最も基本的な仕組みとも言えます。
ところが、暴力というのは、そうした複雑なプロセスを経ることのない、非常に単純な方法です。相手を力でねじ伏せて自分の言うことを通してしまう。非常に単純であるが故に、無理の大きい方法です。到底受け入れられないと感じている人を従わせるわけですから、これでは、正しいことも、通らなくなるし、そもそも何が正しいのかという議論も失われてしまいます。

犯罪を犯した人に対して、口で言ってもわからないなら、体に教え込むしかないというやり方は間違いです。
力で抑えつけることで犯罪が減り、犯罪者が更生するとは思えません。

入江杏さんはこのように言っています。
最後に私が到達したのは、殺人には殺人で、暴力には暴力で報いたなら、凶悪犯罪が引き起こした暴力の連鎖を断ちきることはできない、という想いだ。人間同士の許しあいは、犯罪の事実をうやむやにすることでも、正しい裁判を行わずに犯罪者を野放しにすることでもない。「ゆるし」とは一つの長い「あゆみ」だ。
https://www.crimeinfo.jp/wp-content/uploads/2018/09/07.pdf

人を殺さない、傷つけないという原則を守っていきたいです。
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「死刑囚表現展」のアンケートと平野啓一郎『死刑について』(12)

2024年03月27日 | 死刑
⑭ 死刑は誰のためにあるのか
「死刑囚表現展」のアンートに「死刑は誰のためにあるのか」と問題提起するものがありました。
被害者や遺族のためというより、復讐が善だと考える第三者のためにあるように思います。

宮下洋一さんの死刑についての考えが『死刑のある国で生きる』に書かれています。
欧米人が死刑を廃止できたのは、人権という理想が、「赦し」という宗教的価値観に支えられているからではないのか。日本人の大半は、凶悪殺人犯を「赦す」ための信仰心は、備えていないように思える。
加害者をゆるすキリスト教文化圏の欧米とは日本は文化が違うということでしょうか。

バド・ウェルチさんとジョニー・カーターさんが加害者をゆるし、死刑に反対するのはキリスト教の影響が大きいと思います。
だからといって、恨みや憎しみを忘れずに敵討ちをすることが日本の文化ではありません。
菊池寛『恩讐の彼方に』に感動するわけですから。

イスラム教国の多くは死刑制度があります。
しかし、マレーシア(イスラム教が64%、キリスト教が9%)では2018年以来、死刑を執行されていません。
しかも2023年には、マレーシアの下院は殺人やテロを含む11の犯罪に必ず死刑を適用してきた強制死刑制度を撤廃する法案を可決しました。
死刑の存廃は文化、宗教で決まるわけではありません。

また、加害者に怒りや憎しみを持つことと、死刑を望まないことは矛盾しません。
平野啓一郎『死刑について』にこうあります。
もし僕の家族が犯罪によって殺されるようなことがあったら、僕は犯人を一生ゆるさないかもしれない。でも、僕は死刑を求めません。これらは両立可能なのです。

犯罪被害者が死刑を求めないからといって、犯人をゆるしたと考えるのは短絡的。
逆に、犯人をゆるせないなら、死刑を求めて当然だと考えるのも同じ。
どちらも被害者に勝手な思い込みを押し付けている。
怒りや恨みという感情と、死刑制度の是非は分けて考えるべきだと思います。

ところが、被害者が怒り、恨み、憎しみを持つのは当然だと考える人がいます。
平野啓一郎さんもこう語っています。
私たちは、被害者の感情を、ただ犯人への憎しみという一点だけに単純化して、憎しみを通じてだけ、被害者と連帯しようとしているのではないでしょうか?。

社会は、被害者は加害者を憎んで当然であり、憎まなければならないと思い込んでいる。
だから、被害者遺族が死刑を望んでいないと話すと、「身内が殺されたのに相手が憎くないのか」「愛する人が殺されたのに、死刑を望まないなんておかしい」「あなたは亡くなった人に対する思いが薄いんじゃないか」などと非難する人がいる。
そのため、ゆるすという形で苦しみを終わらせたいと思っている人が、苦しみを終わらせることができなくなってしまう。

犯人をゆるすなんて信じられないという人は、憎しみは理解できるから共感するが、ゆるしはわからないと突き放すのか。
偽善であり、本心じゃないはずだと批判するのか。

死刑に反対する被害者遺族の原田正治さんは非難されたことがあるそうです。
「良い被害者」と「悪い被害者」とがあるんです。仏壇に手を合わせ、冥福を祈り、黙って悲しみに耐えていく犯罪被害者が「良い被害者」なんです。「悪い被害者」というのは、表に出て、声を出し、国に文句を言い、自分の主張していく人です。さしずめ僕なんか悪い被害者なんでしょうね。僕みたいに声を出す被害者は異常なんです。直接面と向かって言われたこともありました。

平野啓一郎さんはこう問います。
もし、皆さんが殺されて、あの世から残された家族を見守っているとします。その時、家族の周りにただ、犯人への憎しみにだけ共感する人たちが集まり寄っている様が見えたとして、それは本当に喜ばしいことでしょうか?

「被害者の気持ちを考えたことがあるのか」と言う人は、「憎しみ」の部分にしか興味がなく、それ以外の部分で被害者の悲しみをどう癒やすかにはコミットしようとしない。

社会が被害者の抱えている憎しみ以外の複雑で繊細な思いを無視して被害者とかかわろうとするのなら、被害者と社会との接点は憎しみの一点だけになってしまう。
被害者は憎しみだけに拘束されるとしたら、それはあまりに残酷なことではないか。
手助けをしてくれる人たちが気づかってくれるなら、それは憎しみの連帯よりも望ましい。
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「死刑囚表現展」のアンケートと平野啓一郎『死刑について』(11)

2024年03月23日 | 死刑
⑬ 遺族の恨み、怒り、憎しみ

光市事件の遺族である本村洋さんはこう書いています。
犯人に対する怒り、憎しみを抱き続けて生きていくことを改めて心に誓ったのです。(「週刊新潮」1999年9月)

しかし、怒り、憎しみ、恨みを抱え続けることはしんどいものです。
怒ってもすっきりしないどころか、逆に後悔の念にかられることもあります。
それはわかっていても、怒りや恨みを手放すことが困難だからこそ、恨みや怒りを手放すための支援が必要だと思います。

平野啓一郎さんも『死刑について』にそのことを語っています。
復讐心を抱いて、相手を憎み続けるというのは、際限もなく生のエネルギーを消耗させます。被害者を、その人生の喜びから遠ざけてしまうことになります。

連邦ビル爆破事件で娘を失ったバド・ウェルチさんはこのように語っています。
怒りや憎しみ、復讐の気持ちを持ったままでは、癒しのプロセスには入れません。癒しに入るためには、それを越えなければいけないのです。なぜそう言えるのか。私もその道を通ってきたからです。ですから、まだ数家族の人たちが怒りや憎しみ、復讐の気持ちにとらわれていることは、とても悲しいことです。(「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク第10回死刑廃止セミナー講義録)

娘の死によって死刑賛成に気持ちが傾いたバド・ウェルチさんがが、再び死刑に反対するようになったのは、主犯のティモシー・マクヴェイが犯行に至った動機を考えたからだと、布施勇如「米国の犯罪被害者支援―新聞記者の視点から」にあります。
湾岸戦争に出征したティモシー・マクヴェイは心に深い傷を受け、政府を恨んだことが連邦ビル爆破事件の大きな動機になっている。

バド・ウェルチさんは最終的にこういう考えに至ります。
マクヴェイを死刑に追いやることは、彼が娘のジュリーら168人を殺した理由と同じ、復讐と憎しみから死刑に追いやることになる。つまり、因果応報と怒りというのは、人を悪の行動に駆り立てるだけだ。

もう一つ大きな契機はティモシー・マクヴェイの父と妹に会ったことです。
テレビに映った父親の陰鬱な表情を見て、「彼も同じ犠牲者の一人なんだ。息子の犯行によって、心の傷を受けている」と感じた。
「マクヴェイのお父さんは毎朝起きると、自分の息子だけでなく、ジュリーと167人の犠牲者のことがまず頭に浮かぶに違いない。とすれば、一人の娘を失った自分以上の被害者じゃないか」と考えるに至った。

爆破事件の3年半後、バド・ウェルチさんはマクヴェイの父と妹を訪ね、3人で肩を寄せて泣きじゃくった。
そして、「僕ら3人は同じ気持ちだよ。君のお兄さんを死なせたくはない。そのためにできることは何でもするから」と言った。
バド・ウェルチさんは「この時ほど自分が神のそばに引き寄せられたと感じた瞬間はない」と思った。

1990年、ジョニー・カーターさんの孫娘キャサリン(7歳)は性的暴行を受けた後に刺殺されました。
犯人のフロイド・メドロック(19歳)を「この手であの男を絞め殺してやりたい」と思った。

ところが、その年の暮れから2ヵ月間、放射線治療のため入院生活を送る中で命について深く考え、そのうち変化が起き始めた。
そして、足が遠のいていた教会に再び通い、孫娘の命を奪った男への「ゆるし」ということについて、牧師と対話を重ねた。
あらためて気づいたのは、「物事には全て両面がある」ということ。

フロイド・メドロックは幼少時代、性的・精神的に家族らの虐待を受け、高校を中退し、友だちもほとんどいなかった。
家庭環境とか教育環境はフロイド・メドロックが自分の意思で選んだものじゃない。

ジョニーさんは「彼に対する怒りにさいなまれて生きていくよりは、彼をゆるして、多くの人が知らない彼の内面を理解しよう」と思うようになりました。死刑よりは仮出所なしの終身刑を望むようになり、地元の死刑反対グループに参加し、メドロックと文通を始めました。

入江杏さんは中谷加代子さんにゆるしについて質問しています。(「刑事司法と被害者遺族」)
『ゆるし』は加害者のためというより、『被害者』のためにある、と私は思うのです。もし私が、更生教育の一端を担えるなら、加害者の中の被害性に呼びかけるしか、できない気がします。

中谷加代子さんの返事。
被害者から加害者に対しての『赦し』は、こだわりを持っている被害者がそれを手放すことが出来れば、救われるのは『被害者』。また、同じことが加害者にも言えると思います。加害者が、事件を起こしてしまった自分を赦せるかどうか。これを赦すことができる最後の一人は、きっと加害者本人だと。被害者からの赦しは、加害者の力にはなるけれど、それが全てではないと思っています。
https://www.crimeinfo.jp/wp-content/uploads/2018/09/07.pdf

平野啓一郎さんは、憎しみにのみ共感を示すのではなく、それ以外の部分で被害者をサポートしていくことで、被害者の気持ちに寄り添っていくことが可能なのではないかと言います。
子どもたちが父親を殺された恨みを抱えながら、人生の大半の時間を費やして生きていく姿を見たとしたら、僕は彼らに「一度しかない人生だし、もっとほかのことに時間を使ったほうがいいよ」と声をかけてあげたいと思います。
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「死刑囚表現展」のアンケートと平野啓一郎『死刑について』(10)

2024年03月18日 | 死刑
⑪ 死刑執行と気持ちの区切り

死刑執行が遺族にとっての慰めや癒やし、あるいは気持ちの区切りになるでしょうか。

平野啓一郎『死刑について』は否定します。
社会は勝手に、遺族は死刑にならないことには収まりがつかないし、死刑になったらそれで一つ区切りがつくと考えて、犯人が死刑宣告を受けて死刑にされたら、途端に遺族のことはすっかり忘れてしまいます。しかし、実はその時にこそ、遺族は社会の中で最も孤独を感じているかもしれない。加害者を憎むということにおいてのみ被害者の側に立った人たちは、加害者に死刑が執行された途端に、被害者への興味を一切失ってしまいます。

加害者が死亡すれば、恨みや怒り、悲しみが消えるのかというと、そうは思えません。
大山友之さん(坂本都子さんの父親)は「殺してやりたいと自分の中で何度も言ってきた。死刑執行は当たり前と本当は言いたいけれど、良かったという思いはない」と語り、強盗殺人で妻を失った方は「死刑になったら、そこで相手の苦しみはなくなるし、我々も空虚になるだけですよね」と話しています。

布施勇如「米国の犯罪被害者支援―新聞記者の視点から」に、孫娘を殺されたジョニー・カーターさんへのインタビューが書かれています。
ジョニー・カーターさんにメドロックの死刑執行によって区切りがついたのかどうかと尋ねますと、「たしかに私はメドロックをゆるしはした。だけれども、事件や悲しみを決して忘れることはできない。死刑によって区切りがつくなんて、私には想像できない」と言っています。

名古屋の闇サイト殺人事件では、1人が死刑(すでに執行)、2人が無期懲役となり、無期の1人は他の事件で死刑になりました。
娘さんを殺された磯谷富美子さんはこのように語っています。
事件は忘れたくても、大切な娘を失った悲しみは、時間の経過に関係なく、薄れる事も無くなることもありません。深い悲しみに形を変えるだけです。一日たりとも、涙を流さぬ日はありません。だからといって、泣いてばかりでも、憎しみに満ちた生活を送っている訳でもありません。表向きは、ここにいらっしゃる皆様と同じように過ごしています。でも、二度と幸せを感じる事はありません。(入江杏「刑事司法と被害者遺族」)
この喪失感を死刑執行で埋めることはできないと思います。

⑫ 遺族へのケア

弟さんを殺された原田正治さんは被害者への支援を訴えています。
被害者は平穏な生活の中から、加害者やその家族と一緒にがけの下に突き落とされる。で、「助けてくれ」と、がけの上に向かって声をあげる。ところが、「死刑は当たり前なんだ。なくちゃいけない」と言う人たちは、誰一人として下にいる我々に手を差し伸べてくれない。手を差し伸べようとする感覚さえない。そして、加害者を死刑にして、これで終わったと思っている。我々はがけの下に放り出されたまま。

日本では被害者に対するケアが不十分だと、平野啓一郎さんは『死刑について』で批判しています。
被害者がほとんど社会からケアされていない状況では、「死刑制度は反対」とか「加害者にも人権がある」という声に、社会は非常に強く反発します。「被害に遭った人たちはあんなにかわいそうな目に遭っているのに、なんで加害者の人権が守られなきゃいけないんだ」と。僕はこの反応は、ある意味では一理あると思います。しかし、よく考えてください。被害者のケアを怠っているのは、国だけじゃありません。「準当事者」である僕たちですよ。僕たちは、ニュースで見た犯罪被害者のために、一体、何をしているのでしょうか?。
犯罪被害者は犯罪に巻き込まれたうえ、社会からも置き去りにされている現実がある。
傷ついた人たちを受け入れていくという意思を社会が明確に示し、生きていく上で困らない金銭的、精神的、現実的な支援をすべき。
ところが被害者の気持ちを考えろという世間は、被害者への支援制度改革の要望には無関心である。

金銭面についてですが、家計を支えていた家族が死亡すれば収入がなくなります。
被害者が損害賠償を求めても、加害者が支払った賠償金の割合は、傷害致死で16%、殺人で13.3%、強盗殺人で1.2%。
犯罪被害者給付金の額は320万円~2964万5000円で、年齢や被害者の収入額などから算定され、家族の生計を支えている場合はその人数に応じて加算されるそうです。

青木理さんの話だと、日本は予算が少なくて遺族給付金の平均額は約600万円だが、欧米では数百億円規模の予算を組んでいて、日本とは桁が違うとのことです。
死刑を声高に主張するより、生活面の心配を共有し手助けしてくれる人の存在が重要だと思います。
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「死刑囚表現展」のアンケートと平野啓一郎『死刑について』(9)

2024年03月13日 | 死刑
⑨ 被害者遺族の気持ち

被害者や遺族の思いは複雑で、時間の経過とともに気持ちが変わることがあれば、いつまで経っても変わらない部分もあり、一人ひとりが違うそうです。

絶対に死刑、すぐに処刑してほしい人。
死刑とは言い切れない人。
死刑に反対の人。
死刑を望まない理由もさまざまです。
罪に向き合ってほしいと考える人。
執行で区切りがついた人。
執行で区切りがつかない人。
執行されても許せない人。

家族の中でも考えが違います。
オウム真理教の死刑囚が死刑執行された時の、坂本堤弁護士の家族のコメントです。
坂本ちよさん(坂本堤さんの母親)
私も麻原は死刑になるべき人だとは思うけれど、他方では、たとえ死刑ということであっても、人の命を奪うことは嫌だなあという気持ちもあります。

大山友之さん(坂本都子さんの父親)
殺してやりたいと自分の中で何度も言ってきた。死刑執行は当たり前と本当は言いたいけれど、良かったという思いはない。

大山やいさん(坂本都子さんの母親)
私は死刑を喜ぶ人間ではない。
https://blog.goo.ne.jp/a1214/e/574b14ef16537139c29feaf54c6519f0

妹一家4人が殺された入江杏さんは「亡夫もそうでしたが、息子も応報・厳罰派です」と書き、さらに「私は揺れています」とも記しています。
入江杏「刑事司法と被害者遺族」にこうあります。
世間の「被害者遺族はこうあるべき」という「べき論」には違和感を抱いてきた。被害者遺族の中に、憎しみが生きる糧になっている人がいてもいいし、加害者やその家族に寄り添うという考えの人がいてもいい、というのが私の立ち位置だ。刑罰・司法に関して、「厳罰か、修復か」、死刑に関して、「存続か、廃止か」、という二項対立ではなく、柔軟で豊かな論議を望む。
https://www.crimeinfo.jp/wp-content/uploads/2018/09/07.pdf

⑩ 死刑と終身刑

死刑に反対の遺族がおられます。
中谷加代子さんの娘さんは同級生に殺され、加害者は自殺しました。
死刑制度について、私は、「死刑は国家による合法的な殺人」だと考えています。罪を犯してしまった人に必要なのは、向き合い、反省、謝罪、更生、そして本来の自分を生きることであり、そのための時間です。「死刑」は、その贖罪の機会を奪ってしまうことになります。
死刑ではなく、加害者の更生を望んでいるのです。
https://www.crimeinfo.jp/wp-content/uploads/2018/09/07.pdf

終身刑を望む遺族もいます。
仮釈放中の強盗殺人事件のもう一人の被害者遺族への宮下洋一さんのインタビューです。
宮下「もし、遺族の心に平安が訪れないとなると、死刑は何のためにあるのでしょうか」
息子「僕の中では、何も解決しません。西口が死のうが生きようが、母親は帰ってこないわけですからね」
宮下「ならば、死刑でなくとも、仮釈放のない終身刑という考え方もあると思うのですが」
夫「それやったら、まだ分からなくないです。その代わり恩赦がなく、死ぬまで監獄生活。(略)悪い環境の中で一生暮らすなら、いいんやないですか。一瞬にして死刑を受けるよりも、きっと苦しくて、それが死ぬまで続くことを考えればですね」
宮下「酷い殺され方なら、遺族は、何が何でも犯人の死を求めていると思っていたのですが、それは……」
息子「その思いは変わらないですよ。要は犯人が、死ぬ死なんよりも、苦しみを受けろと。それが死刑(の執行)がいつ来るのか分からんという恐怖に慄くのか、一生普通の生活ができないか、どっちのほうが苦しいのかということです」
宮下「苦しむならどんな手段であれ、それを肯定したいということですか」
夫「そうですね。むしろそうですね」
宮下「死んでしまえば、もう相手を苦しませることはできないですよね」
夫「死刑になったら、そこで相手の苦しみはなくなるし、我々も空虚になるだけですよね。(略)死刑をなくすけれど終身刑に置き替える。それやったら考えられんことはないですね」(『死刑のある国で生きる』) 

テキサス大学元教授マリリン・ピーターソンと、ミネソタ大学教授マーク・ウンブライトは、極刑が遺族の感情にどう影響を及ぼすかの研究を行なった。
死刑があるテキサス州と、仮釈放のない終身刑を最高刑とするミネソタ州の遺族を比較している。
調査結果によると、ミネソタ州の遺族のほうが体力的、心理的、行動的に健康であることが分かった。
死刑がある州では、裁判が長引いたり、死刑判決が覆ったりするなどの影響もあり、遺族のストレスが継続する特徴があることを証明した。

日本とアメリカは事情が違いますが、死刑が遺族の負担になることもあるようです。

内閣府による死刑制度に対する世論調査(2019年)によると、仮釈放のない「終身刑」が新たに導入されるならば、死刑を廃止する方がよいと答えた者の割合が35.1%です。
https://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-houseido/2-2.html
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