アフガン・イラク・北朝鮮と日本

戦争も人権抑圧もNO!万国のプレカリアート団結せよ!

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人生初の万馬券ゲット!

2024年03月27日 19時38分00秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ

ブログでの報告が遅くなってしまいましたが、3月24日(日)に開催された競馬GⅠレースの高松宮記念(中京11レース)で、生まれて初めて万馬券を取る事が出来ました。

このレースは3月末の冬から春への季節の変わり目に開催される関係で、ここ数年は雨が降ったり雨上がりの重馬場状態の中で開催されて来ました。重馬場だと、普段は敬遠されるコースの外側の方が、比較的馬場が荒れていなくて走りやすいと、一般には言われています。そして、前の馬の跳ね上げた泥や芝が後続の馬の顔に当たるので、それが苦手な馬は先頭に逃げて走るか、最後の直線で最後方から追い上げるか、どちらかを選ばなければなりません。そんなこんなで、晴れの良馬場の時とはレースの展開がガラッと変わります。

それに馬のレベルも、一応はグレード最高峰のGⅠレースなので、有力馬が参戦して来ますが、最近はより賞金額の多い海外のGⅠレースに出る馬が多くなり、以前ほど強い馬が出て来なくなりました。それでもGⅠなので、ある程度は強い馬が出て来ますが。超有力馬がいなくて、どの馬のレベルも同じぐらいなので、本命の馬を選ぶのに苦労します。

しかも、レースが開催される中京競馬場も、全国に3つしかない左回りのコースで、第4コーナーに全国一傾斜が急な高さ約3メートルの坂があり、坂を超えた後もゴールまで約200メートルの直線を馬は走り抜けなければなりません。全国一タフさが要求されるコースなのです。

その為に、GⅠレースでありながら、今まで1番人気の馬が1勝しかしていない、荒れるレースとして知られてきました。そんなレースなので、私も上位人気の国内重賞馬ではなく、5番人気の香港GⅠ馬・ビクターザウィナーを本命候補に選びました。同馬は保持タイムこそ国内重賞馬より遅いものの、中京と同様にタフなコースである香港の競馬場で、前走のGⅠレースでも他のGⅠ馬を下して勝利をものにしています。しかも、香港は硬い洋芝のコースなので、同じようにパワーの要る中京の重馬場でも十分通用するはずです。

それに加え、同馬は逃げ馬なので、一番最初に進むことが出来、顔に泥をかぶせられずに済みます。馬場も一番最初に進むので、一番荒れていないコースを走る事が出来ます。

そう考えて、私はビクターザウィナーの単勝・複勝馬券をまず千円ずつ厚めに買い、同馬から他の有力馬に三連複フォーメーションで100円ずつ広く薄く流しました。海外のレース結果は着順と勝ち馬の走破タイムと馬体重ぐらいしか公表されないので、国内の競走馬のように、詳しく成績を分析する事が出来ません。データを集めるのに苦労しましたが、その限られたデータを基に、私は人気薄の同馬が勝つ、負けても最低でも3着以内には来ると予想し、単勝・複勝と三連複で勝負する事にしました。

結果は、他の有力馬のうち、私が相手候補として買ったマッドクールとナムラクレアが1・2着に来て、本命のヴィクターザウィナーは3着に逃げ粘りました。単勝馬券は惜しくも逃しましたが、複勝と三連複の馬券を当てる事が出来ました。しかも三連複の配当は1万20円の万馬券です。今まで7千円ぐらいの配当で儲けた事はあっても、1万円以上の配当の付く万馬券は当てた事がありませんでした。広く薄く馬券を買ってしまったので、万馬券の割りには儲けは9千円台と、比較的少額でしたが。

それにしても競馬予想は難しいです。例えば、私は先に「一番最初に進む(馬は)一番荒れていないコースを走る事が出来る」と書きましたが、実際はそれを見極める事一つとっても至難の業なのです。競馬場のコースはそのほとんどは左回りか右回りです。コーナーを回る時は距離のロスが少ない内側が有利なので、どの馬も内側を通ろうとします。ところが、重馬場になると、使用頻度の高い内側ほど馬場が荒れて来るので、逆に外側が有利になります。

その為に、ビクターザウィナーの騎手もコーナーは外側のコースを選択しました。ところが実際は、重馬場だったにもかかわらず、内側はそんなに荒れていなかったのです。そこで、1・2着馬とも内側を進み、ゴール前では2頭の差し比べとなりました。ビクターザウィナーはその2頭から離されてどうにか3着に逃げ粘り。この辺の「馬場読み」は、もう経験豊富な騎手でしか分かりません。

ひょっとしたら、当日の1レースから高松宮記念の11レースまで、全レースをずっと観戦していたら、素人でもある程度の「馬場読み」は出来るかも知れません。でも、いくら休日の日曜日とはいえ、そこまで競馬に時間を費やせる人はそういません。それに、そこまでしても「読み」が当たるとは限りません。仮に読みが当たったとしても、本命の軸馬まで全部入れ替えて、また一から予想を組み立てていたのでは、馬券を買いそびれてしまいます。緻密な予想をした上で、そういうスリリングな感覚も味わえるのが競馬なのです。

今日の公休日に、万馬券的中のお礼と、今週開催GⅠレース・大阪杯の願掛けの為に、「競馬神社」として有名な京都の藤森神社に再び行って、絵馬を買って来ました。最初はその場で願い事を書いて絵馬掛けに吊るして帰ろうと思っていましたが、「別に絵馬を持って帰って自宅で願い事を書いて室内に飾っておいても願い事はかなう」と聞いたので、今回はそうする事にしました。その絵馬の写真もブログに載せたかったので、今日まで記事を書かずにいたのです。欲張って願い事を多く書き過ぎたかも知れませんが、そこは大目に見て下さいw。

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ブログ更新が滞ってしまった事へのお詫び

2024年03月23日 14時42分36秒 | なにわB級グルメ探訪
 
ブログ更新に一週間以上も間が開いてしまいました。申し訳ありません。私のブログも政治系ブログの端くれなので、昨今の裏金問題について何か書かなければと思っていましたが、どうも気乗りがしません。勿論、裏金問題に対しては私も怒りを覚えます。「一般庶民は重い税金や社会保険料を負担しているのに、政治家だけ何故、裏金で脱税し放題なのか?」
 
それは他の人も同じだと思います。今や岸田政権は風前の灯です。内閣支持率も自民党支持率も2割を切る体たらく。おまけに、国会で政倫審が開催され、裏金議員が弁明を繰り返していたのが、ちょうど確定申告の時期と重なった為に、ネットでは「裏金お咎めなしなら、もう確定申告もボイコットする」という書き込みだらけに。
 
しかし、では自民党の不人気が野党の追い風になっているかと言うと、とてもそんな風には見えません。確かに、群馬県前橋市長選挙では新人の野党候補が勝利し、京都市長選挙でも市民派の野党候補が善戦しました。4月の衆院補選も野党の善戦が伝えられています。でも、それでも選挙の投票に行くのは有権者の約半数。都市部ではもう半分以下です。私の職場の同僚も、ほとんどの人は投票には行きません。自民党は確かに許せないが、野党も「どっちもどっち」なので、投票する気になれず。その為、最後には地力に勝る自民党が勝ってしまう。それで更に嫌気がさして投票に行かなくなる…その繰り返しです。
 
その中で、私は今まで共産党に期待していました。立憲のような頼りない野党でも、維新のような「第二自民党」でもなく、「弱きを助け強きをくじく正義の味方」として期待していました。今、問題になっている自民党の裏金問題も、昨年11月5日に、共産党の「しんぶん赤旗」が「自民“脱法“パー券積りに積もって4千万円」と最初に報じて初めて明るみになりました。政治資金規正法の抜け穴を利用して、記載義務のない20万円以下の小口に分割してパーティー券を購入し、形だけのパーティーを開催して会費を徴収すれば裏金に出来ると報じた。でも他のマスコミは、自民党の目を気にしてどこも報じなかった。その中で、その赤旗報道を見た神戸学院大の上脇教授が、購入先の政治団体の支出報告書と突き合わせる中で、裏金が更に膨大な額になるのを知り、検察庁に告発して、検察が動き始めたことで、他の報道機関も、ようやく重い腰を上げて報じるようになりました。
 
このように、共産党はそれなりに「良い仕事」をしているので、私も今まで支持して来たのです。でも、松竹さんの除名を皮切りに、党内に蔓延するパワハラや「民主集中制」を隠れ蓑にした隠蔽体質に嫌気がさし、もう以前ほど支持する気にはなれなくなりました。「党内の問題は党内で民主的に話し合って解決し、決して外部に持ち出したりしてはいけない」―これが民主集中制の組織原則です。その為に「意見の違いを理由に反対者を排除してはならない」と党規約にも明記されています。でも、いくらそんな事を規約に明記しても、党そのものが自浄作用を失ってしまったら、何の歯止めにもなりません。毒親が「我が家の事は我が家で決める」、ブラック企業が「社内の事は社内で決める」と言っているのと同じです。
 
共産党は民主主義や反戦を主張した為に、戦前の日本では治安維持法で弾圧されました。戦後も自主独立路線を唱えたために、ソ連や中国から干渉され、党内にスパイを送り込まれたりしました。その弾圧やスパイから党を守るために、民主集中制のルールを定めたのです。ところが、そのルールがある為に、党幹部の専横やパワハラが黙認されるようになってしまいました。大阪府富田林市や埼玉県草加市では、党内のパワハラによって一部市議が退職に追い込まれました。私が昔勤めていた共産党系の生協でも、賃金不払いのサービス残業がはびこり、過労死する労働者が何人も出るようになってしまった。これではいくら「良い仕事」をしていても、自浄作用がないと言う意味では、自民党と何ら変わりません。
 
だからと言って、「もう与党も野党も、どっちもどっちだ」と言って、選挙を棄権してしまっては自民党の思う壺なので、投票には絶対に行くつもりです。どこの党に投票するかは、候補者の公約を見て、もうその時々で判断します。但し、まかり間違えても自民や維新には入れたくないので、それ以外の党から選ぶ事になるとは思いますが。
 
 
そういう事なので、今回のブログ更新は、ここ数日の夕食献立の写真を載せておきます。一人暮らしの自炊生活もだいぶ板について来ましたが、「肉じゃが」だけは今も上手く作れません。牛肉は高いので豚肉で作るのですが、どうしても豚汁みたいになってしまいます。多分、汁気が多すぎるからそうなってしまうのでしょう。でも、ある程度、汁気がなければ野菜を煮る事も出来ません。煮る前に先に炒めて、野菜の旨味が逃げないようにしてから、電子レンジで蒸し焼きにしようとしても、野菜がパサパサになるだけで上手く作れません。どうしたら上手く作れるか教えていただければ助かります。
 
以下は、その時に作った「肉じゃが豚汁」のレシピメモですw。
 
材料
新玉葱1/2玉、馬鈴薯1個、人参1/2本、絹さや4切れ、小結白滝蒟蒻1パック、豚コマ1パック、水カップ1.5杯、麺つゆ大匙1杯、砂糖小匙1杯、味醂小匙1杯
 
作り方
①玉葱ザク切り、馬鈴薯・人参乱切り、絹さやはヘタを予め取っておく。
②馬鈴薯・人参は予め電子レンジ500wで4分間温める。
③玉葱、馬鈴薯、人参、絹さや、白滝を鍋に入れ、水カップ1.5杯で10分間煮る。
④馬鈴薯・人参が柔らかくなって来たら麺つゆを鍋に入れて味を付ける。
⑤麺つゆだけでは円やかな味にならなかったので砂糖と味醂を継ぎ足す。
⑥豚コマを入れ、豚肉の色が白く変わるまで煮る。
⑦器に盛り付けて食べる。
 
牛肉が高いので豚肉にした。最初は肉じゃがにするつもりだったが、豚汁みたいになってしまったので、これを味噌汁代わりにして、副菜の鰯生姜煮パックと一緒に食べた。美味しかった。
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大阪にもこんな秘湯があったんだ

2024年03月13日 22時43分01秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 
今日の公休日に、持病の慢性腰痛、足痛、手指のアカギレ治療の為に、大阪の秘湯に行って来ました。大阪にもあるのです。山深い秘湯が人知れず、ひっそりと。それが大阪府南部、泉佐野市の山の中にある犬鳴山温泉です。昔、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いた修験道の霊場を中心に、今も5軒の温泉旅館が営業しています。単純硫黄泉で、硫黄と重曹が温泉の主成分です。その為に、昔から肌がスベスベになる「美人の湯」として有名な温泉でした。
 
南海泉佐野駅前からバスに乗り、和歌山県の方に抜ける府道(62号泉佐野打田線)を、犬鳴川の渓流に沿って山間に分け入って行きます。終点の犬鳴山温泉のバス停で降りたら、道が二股に分かれています。左へ行くと、旅館街を経て、七宝瀧寺と書いて「しっぽうりゅうじ」と読む犬鳴山の霊場に着きます。今回はそちらには向かわず、右の府道を山の方に歩いて行きます。
 
 
府道は和歌山県の方に抜ける主要道路で、自動車やトラックが頻繁に行き交うので、歩く時には注意が必要です。少し歩くと「湯元温泉荘」の看板が現れます。これこそが今回向かう秘湯です。横のプレハブ小屋にも「大岩窟風呂」のペンキ書きの案内がありますが、ペンキが禿げて秘湯感が半端ないです。
 
 
「湯元温泉荘 山乃湯」が秘湯の正式名称です。この古びたコンクリートの建物、まるで資材置き場のような寂寥感、山奥にある飯場事務所の入口みたいなゴツゴツとした感じが、さらに秘湯感を掻き立てます。熊に襲われないだけ、まだマシかも。それでも、この秘湯こそが、犬鳴山温泉の源泉なのです。旅館街の近代的な旅館も、この源泉からお湯を引いています。だから、同じ温泉でも、温泉成分が一番濃いのです。それでいて日帰り入浴の料金も、他の旅館が軒並み900円以上するのに、ここだけは700円と一番安いのです。
 
しかも、バスを降りた他の観光客も、全員が左の旅館街の方に向かい、右のこの秘湯の方には誰一人として来ません。まあ、この寂れっぷりを見たら、誰も来たくなくなるでしょう。だからこそ、落ち着いて入浴出来るのではないかと、私は逆の発想で、敢えてこちらを選んだのです。
 
 
かく言う私も、この寂れっぷりには度肝を抜かれました。入口のドアを開けて入ったら、貴重品入れのコインロッカーがデンと控えています。ロッカーを使用するには百円硬貨を投入しなければなりません。貴重品を入れたら硬貨を投入して鍵を掛けて、帰りに開錠したらまた硬貨が戻る仕組みです。でも、いくら百円硬貨を入れても穴に入りません。鍵を回そうとしても全然回りません。全てのロッカーが壊れています。もう私以外には客はいないので、貴重品も脱衣カゴの中に入れる事にしました。
 
さすがは秘湯と言われるだけあります。隣にはトイレもありましたが、もう使う気がしませんでした。飲料の自販機はライトが点灯していたので、まだ稼働しているようです。
コインロッカーの左側には下の脱衣場・浴場に降りる階段と、上の受付・休憩室に向かう階段があります。上に向かう階段の踊り場にはお爺さんが座っていて、こちらを見ていました。
私は入浴料を払う為に、受付のお爺さんの所に向かいました。そして千円札を出したら、お爺さんは225円しかお釣りをくれませんでした。確か入浴料は大人1人700円だったはず。なのに何故、300円ではなく225円しかお釣りをくれないのか?
 
 
お爺さんに聞いたら、目の前の看板を指差されました。看板には、日帰り入浴客から1人1回に付き75円の入湯税が料金に加算されるようになった事が書かれていました。
「だったら、横着して指差しなんかで済まさず、ちゃんと口頭で説明しろよ。こっちは客だぞ」と。そう一瞬思いましたが、この余りの寂れっぷりに、私は怒る気もしなくなりました。
 
確か、アニメの「千と千尋の神隠し」の中にも、こんな温泉旅館が登場するのではなかったでしょうか。但し、アニメに登場するのは、お爺さんではなく、お婆さんですが。
だったら私も、このアニメ主人公の千尋のように、この異世界の秘湯をとことん楽しんでやれと、腹を括って(?)お風呂に入りました。
 
 
入ったら大正解!温泉成分の濃さが半端ないのです。私は犬鳴山温泉には過去に何度も日帰り入浴に来た事があります。いずれも近代的な旅館街の温泉ですが。そこも今回と同じ温泉なので、お湯には温泉特有の滑り感がありましたが、ここはもう滑り感を通り越して、オーバーに言えば豚骨スープの湯に浸かっているような感じです。
お陰で、あれだけ日頃悩んでいた腰痛も、上がる頃には腰がすっかり軽くなっていました。持病のアカギレも、あれだけカサカサだった皮膚がすっかりスベスベになっていました。しかも入浴中は客は私だけだったので、思う存分、秘湯感を堪能出来ました。
 
でも、温泉が濃い分、お湯の濁り方も半端ではありません。以前入った旅館街の温泉はまだ、お湯の色は無色透明でした。でもこちらは、お湯は濁り、表面には白い粉のような物も浮いています。
この粉は多分、温泉成分が結晶して浮かんだ「湯の花」だと思いますが。粉に混じって埃のような物まで浮かんでいたのには、さすがに閉口しました。
 
脱衣場に掲げられていた温泉分析書によると、この温泉は摂氏17度余りの冷鉱泉で、それを加熱して、ここや麓の旅館に流しているとの事。泉質はアルカリ性の単純硫黄泉で、リューマチや腰痛、関節痛、冷え症、皮膚病、糖尿病、アトピー性皮膚炎、胃腸炎、ストレス症などに効くらしいです。
 
 
どおりで、この温泉に関するネットのクチコミも、★5つに★1つと両極端で、他人によって評価が完全に分かれています。
私はもう、このお風呂は確かに内風呂ですが、実際は露天風呂と同じだと思うようにしました。露天風呂なら、お湯の表面に落ち葉や埃が浮かんでいても、一向に気になりません。それを上回って余りあるだけの効能があるから。
 
 
お風呂に備え付けのアメニティグッズも、椅子とタライとボディソープだけです。シャンプーもタオルもありません。タオルとバスタオルは自宅から持参しましたが、シャンプーまで必要とは思いませんでした。頭はもうボディソープで洗いました。
ちなみに、この温泉に対する私の評価は★3つです。源泉である事と、秘湯感とお肌スベスベ感で、若干下駄を履かせました。
 
温泉のお湯に埃が浮かんでいたのも、管理人が高齢のお爺さん一人だけでは、清掃が行き届かないからでしょう。麓の温泉旅館の賑わいや、泉佐野市の観光収入も、この源泉があるからこそ。だったら旅館組合や行政も、管理をお爺さん一人だけに任さず、もっと積極的に地域振興に取り組んでもらいたいものです。
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井の中の蛙にはなりたくない

2024年03月09日 13時22分38秒 | 当ブログと私の生い立ち

 

先日、X(旧ツイッター)で、「山猫ぽてと」さんという方から、「れいわ新選組」のフレンズ(サポーター)加入のお誘いを受け、丁重にお断りしました。お断りした理由もXで書きましたが、投稿字数に制限のあるXでは十分な説明が出来ないので、自分のブログで改めてお答えします。

お断りした理由は、一言で言えば「井の中の蛙(かわず)にはなりたくない」からです。私は大学生の時に共産党に入党してから40歳ぐらいまでずっと党員として活動して来ました。大学卒業後も20年近く共産党系の生協で働いてきました。生協の労働条件が厳しい事は入る前から薄々知っていましたが、それでも「組合員の生活を守る消費者運動の立場から、今の世の中をより民主的な社会に変えていく」点に魅力を感じて、生協に就職しました。

生協の中では主に商品管理や物流センターの業務に携わって来ました。そこで15年ほど仕事に携わって来ましたが、最後の5年ほどの間に職場環境はガラッと変わりました。それまでは物流センターの職員もパート・アルバイトも全て生協の直雇用でしたが、徐々に外部の派遣社員に置き換えられて行きました。残った職員は派遣社員向けのマニュアル作成や指導業務に追われるようになりました。(参考記事

私の場合はそれに加え、問題ある同僚や部下の管理まで押し付けられました。今から思えば、どちらもアスペルガー症候群(適応障害の一種)の気のあった職員や部下だったように思います。しかし、当時はアスペルガー症候群に関する知識もなかったので、私はどうして良いか分かりませんでした。次第に仕事が回らなくなり、上司との間で板挟みにあい、軽い「うつ状態」に追い込まれていきました。

その頃の労働条件は悲惨の一語に尽きます。朝7時に物流センターに出勤し、冷凍庫・冷蔵庫の中で少ないバイトと商品の仕分けに追われ。しかもバイトの1人はアスペルガーで、そいつのせいで他のバイトはなかなか定着せず。商品の仕分け間違いも頻発。夜もウィンドウズ98のしょうちゅう固まる当時の欠陥パソコン相手に、その頃は私もパソコン音痴で、マニュアル作成は一向に捗らず。

おまけに当時の上司も今から思えばアスペルガー。上司と2人でマニュアル作成に追われる中で、遂に上司がブチ切れ、夜中の2時にそのアスペルガーの上司に机を叩かれ、仕事の遅れをなじられた。そんな時間まで仕事に追われていても、残業代は一切支払われず。職員は専従活動家という扱いだったので、残業代はパートやアルバイトにだけ支払われていて、職員にはほとんど支払われず。

今の私だったら、こんな扱いされたら絶対に黙っていません。尻尾を巻いて辞めるのではなく、徹底的に闘う道を選びます。毎日、退勤時刻を記入し、守衛の警備日報(最終退出者の氏名や退勤時刻が記載される)も秘密裏にコピーさせてもらい、それを証拠に労働基準監督署に告発します。御用組合の生協労組なぞには一切頼らず、自前で弁護士立てて闘います。

でも、当時は生協の中の世界しか知らない「井の中の蛙」だったので、そんな知恵は全然働かなかった。「自民党政府に生協運動弾圧の口実を与えてはならない」という意識にとらわれていたので、告発なぞ思いもよらなかった。「労働者の味方」であるはずの「労働組合や共産党が、最後には助けに来てくれる」と、他力本願でひたすら相手の善意だけを期待していた。そんな状態だったので、最後にはもう自主退職で「緊急避難」するほかなかった。

ここで問題にすべきなのは生協であり、共産党ではない。そんな事は分かっています。生協はあくまで大衆団体であって、政党である共産党とは違います。でも、私が在籍していた生協は、創立者が共産党員だった事もあり、生協の中でも特に共産党色が濃厚でした。私の目から見たら同じ体質の団体に他なりません。

その共産党系生協も、最初は温かみもあり、仕事にやりがいも感じられました。上司も、ダメな部下を切り捨てるのではなく、長所を引き延ばそうとする度量のある人が多かったように思います。専務と言えども、半ば友達のような存在でした。その当時は「民主集中制」がそれなりに機能していたように思います。

でも、やがて生協も大きくなり、経営の実権も、生え抜きの創立者からヘッドハンティングされた外部人材に移っていきます。職員も、学生運動上りの活動家だけでなく、一般の大学生・高校生や中途採用者からも募集するようになります。生協全体が、次第に「資本主義」の色に染まっていくようになります。でも「民主集中制」だけは、職員支配には好都合なので、そのまま維持され続けます。

すると、どうなるか?自浄作用が働かなくなり、資本主義のブラック企業が、形だけ「消費者運動」や「労働者の味方」を名乗り続けるようになるのです。かつてのソ連・東欧や、今の中国や日本の共産党の中で起こっている事こそが、まさにそうではありませんか?

昔は共産党は権力から弾圧されていた為に、権力のスパイが党内に潜入してかく乱するのを防ぐ為に、分派禁止の「民主集中制」が組織原則として採用されました。「めいめいが個人主義で好き勝手にやっていたのでは、革命なぞ絶対に達成できない。党内では民主的に議論するが、一旦決まった方針については全員がそれに従う。その結果、都合が悪ければ、またその時に議論して、新たな方針を採用すれば良い」。共産党の言い分によれば、これこそが「民主」と「集中」の長所を兼ね備えた「民主集中制」と呼ばれる組織原則だそうです。

でも、この原則には落とし穴があります。いくら仮に党内で民主的に議論出来たとしても、党内の事しか知らない、党の体質に染まった人たちだけで議論している限り、「井の中の蛙」で終わってしまいます。過去の私がその良い例です。

生協の中の世界しか知らなかった為に、残業代未払いが労基法違反の明白な「犯罪行為」である事を見抜けなかった。夜中の2時にアスペルガーの上司に机をたたかれ脅されても、それが不当なパワハラ・人権侵害であり、「仕事の速い・遅い」は何ら正当化の口実にはならない事にも気が付かなかった。自分の身を守る事だけで精一杯で、「後輩にも同じ嫌な思いを味わせてはならない」点にも思い至らなかった。

元共産党幹部の松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)さんという方が、昨年、党外の出版物で「党首公選制」と「安保条約廃棄の見直し」を主張し、党を除名されました。それに対し、共産党は「党内では民主主義が保障されているのに、党内では何も言わずに、いきなり党外の出版物で党の方針を批判し始めた。これは民主集中制に反するので除名した」と反論しています。

私もこの松竹さんの本「シン・日本共産党宣言」(文春新書)を買って読みました。確かに、この本に書いてある内容については、少なからず異論はあります。例えば「安保廃棄の公約が野党共闘の障害になっている」と主張している点などです。じゃあ、日米安保条約容認に転ずるべきなのか?今でも米軍基地の治外法権や米兵犯罪に苦しみ続ける沖縄を無視するのか?それで本当に「弱者の味方」と言えるのか?

でも、それ以外の論点については、私も松竹さんの言うとおりだと思います。この本を読めばわかりますが、松竹さんも党の歴史や綱領の先見性は認めた上で、「民主集中制の見直し」と「党首公選制」を主張しているに過ぎません。これが何故「党を攻撃」した事になるのか?私にはさっぱり分かりません。

そんな事言い出せば、前述の生協における不払い残業告発の事例も、生協経営者の側からすれば「生協内部の問題を勝手に外部に持ち出した」として解雇の対象になるでしょう。冗談じゃありません。罰せられるべきは法律違反の人権侵害を行った生協の方です。自浄作用が働かなくなった組織については、問題を外に持ち出して、世論にその是非を訴えるしかないじゃないですか。

第一、これだけネットが発達し、ラインでいくらでも個人同士で自由に意見交換出来る時代に、党中央との縦の意見交換しか認めず、党員間の横の意見交換は全て分派とみなして認めないのは、もう時代錯誤という他ありません。そんな事言っていたら、最後には、もう誰からも相手にされなくなってしまいます。

 

じゃあ、何故「れいわ新選組」のサポーター加入も断ったのか?それは「れいわ新選組」も、党内民主主義の実現という点では、はなはだ疑問に思う点が少なからずあるからです。

一例がそのサポーター制度です。サポーター制度は「れいわ新選組」以外の政党にもあります(ないのは共産党と公明党だけ)。「党友」「協力党員」など、サポーターの名称は様々ですが、どこも党首選挙に参加できません。参加できるのはヒラ党員からで、実際は一人でヒラ党員の何倍もの票を持つ国会議員票の数で党首が決まる。これではサポーターなんてただの将棋の駒に過ぎません。これの一体どこが民主的なのか?これでは共産党とさほど変わらないのでは?

その最たるものが自民党です。自民党の裏金問題も、党内に自浄作用が働けば一切起こらなかったはずです。自浄作用が働かなかったからこそ、政党助成金(国民の税金の一部)を裏金にして私腹を肥やすような事が何十年もおとがめなしでまかり通って来たのです。そんな党が、果たして共産党の事を「非民主的」と批判出来るでしょうか?

だから、私はもうどの党にも所属せず、自由な立場で、政治に関して意見を言いたいのです。

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商店街と歩むローカルスーパー奮戦記

2024年03月04日 20時57分43秒 | 身辺雑記・ちょいまじ鉄ネタ
 
大阪市西成区の鶴見橋商店街にあるスーパー越前屋の特売チラシが隣の住之江区にある私のマンションの集合ポストに投函されていました。3月1日から3日までのひな祭りセールのチラシです。
 
「わざわざ隣の区にまで宣伝しに来るとは、よっぽど特売に力を入れているのだな」と、俄然、興味が湧き、3月3日の午後から電車に乗って見て来ました。
 
 
来て、まず商品の安さにビックリ!きんぴらごぼうや切干大根などの惣菜が安い物では100円から、高い物でも200円台で全て買えるのです。他のスーパーより100円は確実に安いです。
 
それもスーパー玉出やラ・ムーの様な「安いだけが取り柄」の商品ではなく、ライフやイズミヤともそう変わらない商品が、スーパー玉出並みの価格で売られているのです。
 
 
また鮮魚の安さも半端ではありません。魚市場で売っている様な、丸々した一本物の青魚が、1パック480〜580円で売られているのです。
 
お菓子も安かったです。スコーンが68円、キャラメルコーンが108円、マロッシュ69円等々。
 
 
ひな祭りにちなんで、ちらし寿司も売っていました。こちらは、ちらしセット480円、カラフルちらし398円と、他のスーパーともそんなに変わらない値段でしたが、その中で一際目を引いたのが100円の彩りちらし。私もこれは速攻で買いました。
 
勿論、全ての商品がこんな安値ではありません。他のスーパーともそう変わらない価格の商品も少なくありません。でも、例えば日ハムのバラ焼豚切落しが、ライフでは298円、イズミヤでも258円するのに、ここでは248円で売られていました。
 
 
安いのはパンも同じです。ヤマザキの三角蒸しパンが78円、ルヴァンのたまごロールやツナロールが68円、ランチパックが88円と、他のスーパーでは100円以上する商品が、ここでは数十円で買えるのです。但し、品数は限られます。食パン以外はほとんど菓子パンばかりです。でも、この値段には流石に驚きました。
 
勿論、不便な点も少なくありません。取り扱っているのは食料品だけで、雑貨や衣料はありません。支払いで使えるのも現金だけで、カード類やPayPay(ペイペイ)の類は一切使えません。店内には自販機やATM、休憩コーナーもありません。閉店時刻も19時と早いです。
 
 
でも、商店街の中にあるスーパーなので、売っていない商品は近くの店でいくらでも買い足す事が出来ます。自転車も店の前の屋根付きの駐輪場に停める事が出来るので、雨の日も商店街のアーケードから濡れずに入る事が出来ます。
 
何よりもまず惣菜系が充実しているのが嬉しいです。一人暮らしだと、野菜など買っても余って腐らせてしまうだけで、余り手の込んだ調理も出来ません。でも、最近はどのスーパーの惣菜も、少量パックでも200円台、家族用だと300〜400円台もします。その中で、100円から毎日のおかずが買えるのは非常に助かります。
 
近くのイズミヤやスーパー玉出でも、ひな祭りセールを実施していましたが、客の入りは普段と余り変わりませんでした。ところが越前屋では、店内が客でごった返していました。
 
買い物のレジ袋も、他のスーパーでは全て有料になってしまったのに、ここでは今でも2枚までは無料で付けてくれます。
 
 
 
買い物が済んだら、近くの鶴見橋商店街で、定食屋のランチがワンコインで食べられ、食後はレトロな喫茶店で一休み出来ます。近くには「鈴成座」というレトロな演芸場もあるので、休日は丸一日ここで過ごす事が出来ます。
 
近くには新世界や西成のあいりん地区もあり、特に前者はインバウンドで外国人観光客が押し寄せる様になりましたが、その反面、世知辛くなり、昔の古き良き商店街の趣は失われつつあります。
 
でも、ここにはまだそれが残っています。それを今でも毎日味わう事の出来る鶴見橋商店街の人たちを、私は心底羨ましく思いました。
 
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頑張れ!越前屋、鶴見橋商店街!

2024年02月29日 00時23分51秒 | 都構想・IRカジノ反対!
 
私の住んでいる大阪市住之江区のマンションに越前屋の特売チラシが投函されていました。チラシには3月1〜3日の「ひな祭りダヨ‼︎わくわくドキドキセール‼︎」の案内が掲載されていました。
 
越前屋とは、隣の西成区の鶴見橋商店街にある、安いと評判のローカルスーパーです。レジ袋有料化以降も無料でレジ袋を配布している事でも有名です。私も以前ここで一度買い物した事があります。
 
それにしても、お膝元の西成区だけでなく、隣の住之江区にまでチラシを撒きに来るとは。このスーパーの、特売に掛ける力の入れように、一方(ひとかた)ならぬ思いを感じました。
 
しかも、このスーパーの周りには、他にも有力なスーパーが数多くひしめいているのです。まずイズミヤが4店舗(花園、天下茶屋、岸里、晴明通)、スーパー玉出に至っては何と9店舗(花園、大国町、新今宮、今池、恵美須、玉出、鶴見橋、岸里、天下茶屋)も。それ以外にも業務スーパーや個人商店が立ち並ぶ、全国有数のスーパー激戦区なのです。
 
おまけに、そのスーパー激戦区の住民も、西成のあいりん地区を筆頭に、より良い品を一円でもより安く買おうとする、海千山千の強者ぞろいです。そこに越前屋が殴り込みをかけて来たのです。
 
その熾烈な戦いを、私も是非この目で見たくなりました。あいにく時間が取れるのは3月3日(日)の午後からだけですが、是非、越前屋と周辺の店舗を取材して、商品の売れ行きや客の反応を、この目で確かめて来ようと思います。
 
 
他方で、越前屋に対抗するイズミヤとスーパー玉出も、越前屋と同じ西成区が発祥の地です。イズミヤは1921年に今の花園町で「いづみや呉服店」として誕生しました。そこから今のスーパーに変わり、現在は阪急エイチ・ツー・オーグループの傘下に入っています。その1号店が今の花園店なのです。
 
スーパー玉出も1978年に今の新世界で誕生しました。その後、色々と紆余曲折を経て、現在はフライフィッシュという会社が経営するようになりました。その1号店が今も岸里玉出にあります。いわば、この地域は、それら3つのスーパーが創業以来からしのぎを削り、骨肉の争いを繰り広げて来た戦場なのです。
 
3つのスーパーの中では越前屋が一番規模が小さく、経営基盤も弱いです。創業は1969年なのでスーパー玉出よりは古いですが、今も店舗は鶴見橋商店街の1店舗だけで、取扱品目も食料品に限られます。支払いも現金のみで、カードやPayPayなどは一切取り扱っていません。
 
スーパーのチラシも、イズミヤのA3サイズに対し、越前屋はそれよりも小さいB4サイズしかありません。ところが、私が見る限り、その一番小さい越前屋のチラシが一番目につきます。値段の安さや、くじ引き・マグロ解体ショーなどのイベント予定が一目で分かるようになっています。
 
それに対し、イズミヤのチラシも、「火曜市‼︎」や「よりどりSALE」「肉のびっくり市」などで客を呼び込もうとしていますが、どこか総花的で、余り印象には残りません。同じくB4サイズのスーパー玉出のチラシも、「総力祭」や「ミートフェア」を中心に、値段の安さを謳っていますが、満遍なく載っているだけで、客に訴えかけて来るものがありません。
 
それ以前に、イズミヤもスーパー玉出も、2月末の今になっても、いまだに「ひな祭り」セールも組まず、チラシを配らないとは。冬から春に季節が変わるこの時期は、スーパーにとっても、売り込みの絶好のチャンスだと言うのに。少なくともチラシを見る限り、この勝負は現時点で既に越前屋が一歩リードしつつあると感じました。
 
 
今日は、その越前屋「ひな祭りセール」の舞台となる鶴見橋商店街を下見して来ました。鶴見橋商店街は、地下鉄四ツ橋線花園町駅と南海高野線(通称・汐見橋線)津守駅の間にある商店街です。厳密には、新なにわ筋より東側の、鶴見橋1番街から7番街までの間のアーケード街を指します。
 
元々この商店街は、大正時代に、今の津守駅の駅前に、大日本紡績(現ユニチカ)津守工場が出来た事がきっかけで誕生しました。工場に通う通勤客相手に、商店街が形成されていきました。やがて市電も開通し、戦前の鶴見橋商店街は、天満橋・心斎橋と並び「大阪三橋」と呼ばれ、大層繁盛したそうです。1942年には早くも花園町まで地下鉄が開通しています。
 
しかし、第二次世界大戦で工場も商店街も消失し、戦後は産業構造の変化で工場も撤退。市電も廃止になり、鶴見橋商店街は徐々に寂れていきました。現在、紡績工場の跡地は公園や下水処理場、高校となっています。
 
でも、当時の繁栄の跡は、今でもそこかしこに残っています。阪神高速道路のガード下には、かつて存在した十三間堀川にかかる鶴見橋の名残が今でも感じられます。新なにわ筋の交差点に設置された信号機も、鶴を形どった円形のオブジェとなっています。商店街から一歩裏手に入れば、今も鈴成座や梅南座などの演芸場が営業を続けています。
 
商店街で売っている商品も安くて美味いです。今日のランチは商店街の喫茶店で500円のカレーライスと400円のコーヒーを注文しました。非常に美味しかったです。他の飲食店でも、500円台、600円台の値段で定食や丼が食べられ、レトロな喫茶店が今も営業しています。
 
 
それらのお店の中には、入口のドアや壁を全て取っ払って、筒抜けのワンフロアに、陶器や野菜を並べ、展示即売会のような形で営業している所も何か所かありました。その野菜の値段がめちゃめちゃ安いのです。(例えば、ぶなしめじ・小松菜各38円、人参3本入・ブロッコリー各98円、卵10個入158円)
 
その中で、屋台のお好み焼き屋が、客そっちのけで、携帯電話で話し中の場面に遭遇した時は、少し興醒めしました。しかし、嫌な思い出と言えば、それぐらいです。少なくとも、新世界や黒門市場のような、外国人観光客相手のボッタクリ商法を目にするような事は全然ありませんでした。
 
鶴見橋商店街の東側、1番街から3番街あたりまでは今でも買い物客や通行人で賑わっています。それより西側の、4番街から7番街までは寂れてしまっていますが、昔ながらの商店は、むしろそちらの方により多く残っています。それらの商店街が再び賑わいを取り戻すのは、果たしていつになるのでしょうか?大阪府、大阪市の行政当局も、万博やカジノにうつつを抜かすよりも、足元の商店街の活性化に、もっと力を入れて欲しいと思います。政府も、自分たち与党は裏金・脱税し放題で、庶民にばかり重税を課すのは止めてほしいと思います。
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食事制限よりも職場環境改善の方が先だ

2024年02月21日 20時34分07秒 | なにわB級グルメ探訪
 
高野豆腐の食べ過ぎで痛風に?」話の続きです。先週日曜日に、行きつけの鍼灸院で、主治医の鍼灸師さんに、私が整形外科で痛風と誤認されたレントゲン写真を診てもらいました。そうしたら意外な答えが返ってきました。「確かに、あなたは今は痛風ではないが、以前私に紹介した能登半島のメーカー製造の油揚げばかり味噌汁に入れて毎日食べていると、やがて痛風になる」と警告されたのです。
 
豆腐もオカラも揚げも大豆製品ですが、豆腐はいわば豆乳、オカラは大豆の搾りカスなのに対し、油揚げはいわば大豆油の塊で、痛風の原因物質であるプリン体もメチャメチャ多いからです。私は油揚げも豆腐と同じ大豆由来の健康食品と思っていたので、このお揚げも結構重宝していました。
 
プリン体も細胞の元になる物質で、身体にとって必要な物ですが、取りすぎると高尿酸血症になってしまいます。これからは気を付けようと思いました。そうして、食品中のプリン体含有量を調べたら…ほとんど全ての商品が「プリン体を多量に含む食品」に該当してしまいました。痛風鍋の材料になるような酒の肴だけではありません。真鯵や真鰯、鰹節なぞ、従来、健康食品の代表格のように思われていた青身の魚も、軒並み該当しているのです。
 
もう、これを見て、プリン体を制限するのは無理だと悟りました。プリン体が少ないとされる穀類も、取り過ぎると血糖値が高くなり、糖尿病になってしまいます。それではもう、痛風と糖尿病のどちらを取るかという、「悪魔の選択」しかなくなります。
 
そもそも、プリン体とは何か?ネットで調べても、RNAの二重螺旋構造がどうたら、塩基配列がこうたらとか、やたら難しい解説ばかり出てきて、よく分かりませんでした。
 
鍼灸師さんいわく、プリン体の正体は、簡単に言えば「結晶の元になる沈殿物」なんだそうです。痛風の例で説明すると、プリン体を取り過ぎると血液中の尿酸値が増え、尿酸の結晶が出来る。それが腎臓の中に出来ると腎臓結石となり、足の親指の関節の周りにこびり付くと痛風になると。そうなると、風が吹いて足に当たるだけでも痛くて堪らないので「痛風」と言われるようになったそうです。
 
それを聞いて、私は「味の素」を思い出しました。「味の素」の主成分もグルタミン酸という旨味成分です。そうか、プリン体の正体は「味の素」だったのか?旨味成分のない食生活なぞ考えられません。プリン体も脂肪と同じで、身体にとっては必要な栄養素です。ただ、余り取り過ぎると、色々と弊害が出てくるのです。
 
 
 
とりあえず、相模屋のお揚げを毎日、味噌汁に入れて飲むのは止めます。昨日は揚げの味噌汁にしたので、今日の夕食の主菜は高野豆腐にしました。それまで多用していたソーセージも、焼豚に置き換えるようにしました。そうして、1日のプリン体摂取量を目安とされる400ミリグラム以下に抑えるようにしました。
 
痛風の話はそこまでにしておきます。私はまだ痛風ではありませんので。それよりも、職場の労働条件改善の方が、急を要する話です。私の左足親指の関節炎も、それが原因なのですから。そこで、先日所長に、以下のメールと添付写真をLINEで送りました。
 
 
日曜日にいつも通っている鍼灸院で、左足のレントゲン写真を主治医に見せたら、「安全靴履いた事のない医者が、この写真だけ見たら痛風を疑うのも無理はない」と言われました。確かに写真では左足親指の根元の骨が炎症起こして変形していますから。
 
現に私の左右の味を比較すると、左足の方の親指の付け根の方が盛り上がっています。これは多分、私が右利きで、左足を軸に右足を動かして作業するので、「安全靴の影響もあり、左足の親指付け根に負荷がかかり、関節炎を発症しているのではないか」と言うのが、主治医の鍼灸師さんの診断です。
 
だから、最近は、腰や背中、首・肩・腕だけでなく、左足も付け根中心に鍼を打って貰っています。左足に所々ある斑点は、その鍼を打った跡です。
 
安全靴の先の鉄芯は、落下物から足の指先を防護するのに必要不可欠な物でありますが、同時に関節炎を引き起こす元凶にもなります。出来れば、足の衝撃を和らげるクッションの入った安全靴を取り扱って貰えないでしょうか?靴のメーカーさんも交えて検討してくれませんか?お願いします。
 
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高津宮は梅よりロールケーキ

2024年02月14日 22時53分09秒 | なにわB級グルメ探訪

まだ2月だと言うのに、昨日あたりから急に春めいて来ました。その陽気に誘われ、また高津宮の梅を見に行って来ました。高津宮(高津神社)は大阪市内の谷町9丁目にあります。地下鉄谷町9丁目駅を下りて谷町筋を北上、一つ目の角を西に折れたら高津宮の大鳥居の前に出ます。大鳥居をくぐると、柱に何か漢字で刻まれた碑が目の前に現れます。

門柱に刻まれた漢字は「仁風敷宇宙 徳化洽乾坤」。「思いやりのある風が宇宙に満ち溢れるとき、人を思う慈しみは行動となって天と地に広がる」という意味だそうです(参考記事)。その反対が「自分さえよければの風が宇宙に満ち溢れるとき、自民党の裏金政治が天と地に広がる」今の日本です。

この碑を通り過ぎると、梅にちなんだ史跡が現れます。それが梅之橋と献梅碑です。元々ここは梅の名所で、梅川と言う川のたもとに梅が咲き誇っていたそうです。そこにかかっていたのが梅之橋だそうです。多分、下流で道頓堀川に注いでいたのでしょう。今はもう梅川も梅之橋もありませんが、その遺構だけがこのような形で残っています。その近くには梅ノ井や献梅碑も残されています。

今はもう梅之橋も梅ノ井もありませんが、梅は今でも高津宮の周辺に咲き誇っています。高津宮の拝殿に向かう参道の横に小さな公園があります。その公園の中に入り、高津宮の横の小道を北に向かうと、小さな広場に行き当たります。その小道と広場に梅が咲き誇っていました。梅の見頃はもう少し先のようで、今はまだ5分咲きぐらいでした。

高津宮には、南の鳥居からだけでなく、北のこの小さな広場からも階段で上がる事が出来ます。広場から上がったら拝殿の横に出ます。そこには拝殿の他に絵馬殿もあります。昔は絵馬殿の高台から大阪の街や港だけでなく、対岸の六甲山も見渡す事が出来たそうです。江戸時代には、旅人はここで遠眼鏡を買って港や六甲山の眺望を楽しんだそうです。今はもう賃貸マンションや雑居ビルが乱立し、眺望を楽しむ事は出来ませんが。

さらに時代をさかのぼると、飛鳥時代に仁徳天皇が、ここに立って、民家のかまどから煙が立ち上るまで税金を免除したという逸話が残され、大阪市歌の歌詞にも取り入れられています。ところが、今は不景気でも消費税が値上げされ、さらにインボイス導入で小規模事業者が追い詰められています。民主主義の今の世の中より、専制政治の昔の方がまともな政治が行われていたとは、もう皮肉と言う他ありません。

私がここに来たのは梅を見る為だけではありません。高津宮の中に、「富亭カフェ」という喫茶店があり、そこのロールケーキが美味しいのです。「氏子ロール」と言って、この喫茶店の名物です。コーヒーとセットで800円。初めて食べた時に、女の店員さんが熱いほうじ茶を注いでくれて、それが美味しかったので、梅見にかこつけて、たびたび来るようになりました。「花より団子」ならぬ「梅よりロールケーキ」です。

今日はおまけにバレンタインデーにちなんでチョコレートも一つ付けてくれました。ただ、私が行った時は、まだお店がオープンして間もなく、ケーキも冷凍庫から出したばかりのようでした。しかし、これもこれで、アイスケーキみたいで美味しかったです。

高津宮の祭神は仁徳天皇です。仁徳天皇の名前も最初の「仁風敷宇宙 徳化洽乾坤」から取ったようです。そう言えば、最初にこの喫茶店に来た時も、店員さんがしきりに「天皇陛下」や「皇后陛下」の事を話しておられました。でも、同じ神社でも、近くの大阪護国神社とは雰囲気が全然違います。

大阪護国神社は、靖国神社の末社として、戦時中に戦意高揚の為に作られました。祀られているのも、明治維新や日清・日露戦争、太平洋戦争で亡くなった軍人だけです。維新の志士でも、後に西南戦争で政府に楯突いた西郷隆盛などは、「賊軍」なので祀られていません。ましてや、空襲の犠牲になった民間人や、侵略戦争で殺された中国や東南アジアの人たちは、完全に蚊帳の外です。

だからでしょうか、私はこの神社には、全然親しみを感じません。雰囲気が余りにも「上から目線」だから。近くの住之江公園に桜の花見に行った時も、この神社だけは絶対に行く気になれませんでした。でも、高津宮には、そんな「よそよそしさ」はみじんも感じないのです。

逆に、上方落語の演目にもなった「高津の富くじ」や「高倉狐」。前者は、宿代を踏み倒そうと、いかにも自分は大金持ちであるかのように言いふらした為に、宿の主人から逆に高津宮の富くじを買わされる羽目になった旅人が、富くじで大金を的中させ腰を抜かす話です。「富亭カフェ」の名前も、この逸話から来ています。後者も、人間を化かそうとした狐が、逆に人間に化かされる話です。この狐を祀った高倉稲荷神社も、高津宮の境内にあります。いくつか連なる赤い鳥居が目印です。

高津宮の歴史を調べると、そんな話がいっぱい出て来ます。特に、私なぞは競馬ファンなので、「高津の富くじ」に登場する旅人の気持ちが、手に取るように分かります。ところが、大阪護国神社には、そんな話は一切ありません。戦争美化の「英霊物語」だけで庶民の暮らしは一切登場しない。

それは多分、高津宮の成り立ちが大阪護国神社とは全然違うからでしょう。同じ天皇崇拝の神社でありながら、方や「民の暮らし」の事を心配していた仁徳天皇。これを聞いて、かつての民主党政権のスローガン「国民の生活が第一」を思い出しました。それとは対照的に、「兵の命は鴻毛よりも軽し」「一銭五厘の召集令状でいくらでも補充できる兵隊よりも軍馬の方が貴重だ」と、特攻作戦で兵士を捨て駒のように扱った戦時中の日本軍。その生き残りや二世が、今の自民党の裏金議員や、「福祉予算を食いつぶす大阪市なぞ廃止してしまえ」と主張した維新の成り金議員、社員を社畜扱いするブラック企業の経営者たちではありませんか。

勿論、仁徳天皇も、今の基準からすれば、一専制君主でしかありません。「民のかまど」の逸話も、どこまで本当か定かではありません。でも、そんな専制君主ですら、今の政治家よりもはるかにまともだったと言うのでは、もうお話になりません。今はもう仁徳天皇や大岡越前、遠山金四郎の時代ではないのですから。誰か偉い人のお慈悲にひたすらおすがりするだけではダメです。政治がまともでなければ、まともな政治に変えるのは、我々国民一人一人の権利であり義務なのです。せめて選挙の投票ぐらいは棄権せずに行くようにしなければ。

話があらぬ方向に脱線してしまいました。高津宮のロールケーキはお勧めです。

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被災地の商品が再び店頭に並んだ!

2024年02月10日 17時09分00秒 | なにわB級グルメ探訪

先日の記事の続編です。いつも買う刻み揚げが店頭から姿を消した。その刻み揚げは、常温で保存できる乾物の刻み揚げで、既に味が付いており、カットされた形でチャックシールの袋に入っているので、そのまま味噌汁の中に入れる事が出来て、重宝していたのに。商品の表示を見たら、製造元は能登半島地震の被災地企業だった。しかも、商品の誕生秘話を調べると、常にクライアントの言いなりで、自分達だけでは何もできなかった会社が、クライアントから契約を打ち切られたのを機に、新商品の開発に乗り出し、今のヒット商品が誕生したと。私の勤務先の体質にも相通じる問題を抱えていた事を知り、俄然応援する気に。1月末から操業再開の知らせを基に、地元スーパーのライフとイズミヤでも、再び取り扱ってもらうよう、お客様アンケートに書いて出した…ここまでが先日の記事の内容でした。

それから、そのいつも買う相模屋の「おだしがしみたきざみあげ」が、再び店頭に並び始めるまでの経過を時系列にまとめました。
1月29日(月)ライフにアンケート投函。
1月31日(水)イズミヤにもアンケート投函。
2月1日(木)イズミヤから「対応中」の返事がアンケートコーナーに掲示される。
2月7日(水)ライフで代替品購入して使ったが、美味しくなかった。
2月8日(木)ライフで「もうしばらくお待ちを」の返事が店内掲示されるも、既に商品は陳列されていたので早速購入。
2月9日(金)イズミヤの別の店では既に陳列が開始され、何と品切れに。
2月10日(土)イズミヤのアンケート投函店に行ってみたが、まだ陳列されていなかった。

まずイズミヤに出したアンケートの内容と、それに対するイズミヤからの返事について。返事はイズミヤの方がはるかに速かったですが、その内容は「代替品で対応しているが当初の品も少しづつ入荷し始めている」というもので、実際にはまだ今日時点でも代替品しか並んでいませんでした。

それに対し、ライフの方は、返事こそ遅かったものの、途中で「もうしばらくお待ちを」の経過報告があり、陳列後は「お揚げコーナーの最上段にて品揃え再開」と、親切に陳列場所の案内までしてくれる丁寧さに、非常に好感が持てました。

イズミヤに出したアンケートと、それに対するイズミヤからの返事。今日時点でのイズミヤの陳列状況(まだ店頭に並んでいない)。

 

ライフに出したアンケートと、それに対するライフからの返事。2日前のライフの陳列状況(既に店頭に並んでいる)。

ただ、ライフの方も、震災前の陳列をそのまま復活させただけだった点については、非常に勿体ないなと思いました。もし私がライフの店長なら、製造元が石川県中能登町の石川サニーフーズという被災地企業である事を、もっとアピールします。その上で、場合によっては、被災地支援の意味も込めて、敢えて期間限定で5〜10円程度値上げして売ります。その値上げ分は勿論、全額を被災地に送ります。

黙って値上げして、自分達の懐に入れてしまうだけでは、単なる便乗値上げ、ボッタクリにしかなりませんが、値上げ分全額を被災地に送るなら、立派な被災地支援となります。勿論、昨今の物価高騰で私達の生活も苦しい中で、この値上げについては賛否両論あるかと思いますが。被災地支援の一つの方法としては、私は有りだと思います。

それに引き換え、イズミヤの対応の遅い事と言ったら。しかもイズミヤの場合、別の店ではもう陳列を再開している所もあるのです。敢えて店名は出しませんが、私がアンケートを出した店よりずっと小規模の店でした。そこでは既に品切れ状態となっていました。代替品はまだ大量に売れ残っているのに。代替品は私も買いましたが、味付け無しのただの刻み揚げなので、パサパサで全く美味しくありませんでした。

店は違えど同じイズミヤの店なのに。方や品切れ状態なのに、別の店ではいまだに代替品しか陳列していないとは。もし、私がこの店の店長だったら、「せっかくの商機をみすみす見逃して、一体どういうつもりか!」と、売り場の担当者をどやしつけています。私はライフの内実も知っているので、この事だけでライフを手放しで礼賛するつもりはないですが。こと、この件に関しては、私はライフの方に軍配を上げます。そういう点も含めて、私自身も非常に勉強になりました。

尚、私がライフとイズミヤに取り扱い再開の要望アンケートを出した事は、相模屋さんにもメールでお知らせしていました。それに対して、相模屋さんからもお礼の返事をいただいています。春になり、現地の復興が進めば、能登半島にも一度旅行に行ってみようかな、その中で、もしかなうなら、石川サニーフーズにも一度会社見学に寄せていただこうかなと思っています。

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高野豆腐の食べ過ぎで痛風に?

2024年02月07日 18時24分09秒 | なにわB級グルメ探訪

最近左足親指の付け根辺りが痛くて歩きづらい時があります。酷い場合は足を引き摺りながら歩かなければならない時も。そこで先週、行きつけの鍼灸師さんに相談したら、安全靴履いて冷蔵庫内で荷物の運搬作業に就いている為に足の血の巡りが悪くなっていると。前脛骨筋を伸ばすストレッチをしてもらいました。すごく痛かったけど効きました。

 
しかしストレッチだけで済めば良いですが。よく見たら足の痛い部分が外側にくの字に出っ張っているような感じがします。ひょっとして外反母趾では?気になりネットで調べたら、他にも強剛母趾やらモートン病など、今まで聞いた事もない病名が次々と登場。一度整形外科で診て貰った方が良いかなあ…
 
 
…と言う事で、先日の仕事帰りにクリニックに行って来ました。
 
私「あのー、最近時々、左足の親指の付け根が痛くなるのですがー。特に朝方に痛くなり、歩いているうちに痛みが徐々に治るのです。
 
先日、行きつけの鍼灸師さんに診て貰ったら、硬い安全靴履いて寒い冷蔵庫の中で重量物の運搬をされている関係で、血の巡りが悪くなっているのかも知れないと。それで足のストレッチをやって貰ったら大分楽になりました。
 
でも、私の足をよく見たら、親指の付け根付近が外側にくの字にせり出していまして。ひょっとしたら外反母趾かも知れないと気になりまして」
 
診察医「いやいや大丈夫ですよ。外反母趾ならもっと外側にせり出しています。こんなん、せり出しているうちに入らないですよ笑。それでも一応念の為にレントゲン撮りますね♪」
 
と言う事で、軽い気持ちでレントゲン撮影に応じ、結果を聞く為に待合室で待っていて、再び呼ばれたので診察室に入ったら…
 
 
診察医「これ、いつから痛み出したのですか!この骨の状況は尋常ではありません!」
 
確かにレントゲン写真に映った私の左足親指付け根はかなり膨らんでいましたが、
 
私「いや、毎日、安全靴履いているもんで、しかも寒い場所で仕事しているから…」
 
診察医「いやいやいや、血の巡りが悪いとか、そんな話じゃないんで。骨自体に異常が認められるので。痛風の疑いがあるので血液検査をします!」
 
と言う事で、血まで取られました。血液検査の結果は翌日には分かるそうなので、また仕事帰りに、このクリニックに立ち寄ろうと思います。
 
でも、私、全然納得行かないのですが。
 
だって、そうでしょう。痛風なんて、お酒ばっかり飲んで、贅沢三昧している人間がなる病気でしょう。酒ばっかり飲んで、ウニやらイクラやらばっかり食べている為に、コレステロールや血糖値や尿酸値が上がり、関節に尿酸の結晶がこびりついて、筋肉や神経と擦れ合うたびに炎症起こし、痛みを発症する病気でしょう。
 
 
ホリエモンや自民党の裏金議員みたいな連中がなる病気じゃないですか。それとは対極の、慎ましい暮らしをしている、プロレタリアートの私が、何故そんな贅沢病にならなければならないのですか?
 
酒も煙草もやらずに、ワンルームのミニキッチンで、高野豆腐やウインナーやスープ餃子ばかり食べて、社員食堂のメニューも、和食あっさり系のB定食しかほとんど頼まない私が、なるような病気じゃないですやん!
 
確かに、ここ数年は、定期健診の度に、血糖値異常や尿酸値異常で、要観察や精密検査受診を指示される事がたびたびありました。でも、健診の数値なんて、その時の体調や食事時間との関係で、幾らでも乱高下するでしょう。
 
現に私も、そのたびに精密検査を受けましたが、結果はいつも正常でした。飲酒はやらないからγーGTは低いレベルで正常値キープ。コレステロールの値も全く正常。元々、身長が低い(150センチ前後)ので体重も常に40キロ台と女性並み。体脂肪率も完全に正常値の私が、痛風だなんて、絶対に納得出来ません。アンチ自民の私が、何故、自民党の裏金議員なんかと一緒くたされなければならないのか?全然納得が行きません!
 
 
そこで、昨日のクリニックに血液検査の結果を聞いて来ました。結果は異常なし。痛風の指標となる尿酸値は5.0。7.0以下の基準値を完全にクリア。(単位はMG:ミリグラム/DL:デシリットル)。他の指標もほとんど正常値でした。基準値をオーバーしている項目も一部にありますが、HDL(善玉コレステロール)など特に問題ない物ばかりです。
 
毎日の夕食も、最近は煮物系が中心で、炒め物は以前ほど作らないようになりました。味噌汁も、最近は味噌を買って来て自分で作ります。インスタントの味噌汁はもう全然買っていません。インスタントでは野菜の残りを具に使えませんので。
 
ただ、ワンルームのミニキッチンなので、調理に手間のかからない高野豆腐やスープ餃子などのレトルト食品を多用する事が多いのも事実です。豆腐に含まれるプリン体も尿酸の原因物質なので、取り過ぎには気を付けないといけません。
 
 
しかし、レトルト食品を多用するのも、一人暮らしなので、小出しに使える食材でないと、余って仕方がないからです。高野豆腐などの乾物を多用するのも、日持ちする商品でないと、一度に食べ切れないからです。確かに、レトルトより生の食品の方が、はるかに美味しいし、栄養もあります。でも、毎日カップ麺で過ごしているならともかく、昔から愛用されて来た乾物の保存食なら、別に毎日食べても問題ないはずです。
 
もし、高野豆腐の食べ過ぎで痛風になるなら、それを毎日食べている高野山の僧侶は全員、痛風になっているはずです。しかし実際はそんな事ありません。第一、もし痛風なら歩く事も出来ないはずです。毎日出勤なんてとても無理です。では、左足親指付け根の痛みの原因は一体何なんでしょうか?やはり血の巡りが悪くなっているからかなあ…。
 
 
そこで知人に相談したら、足の指のストレッチを勧められました。確かに、知人は指の曲げ伸ばしがちゃんと出来ますが(左写真)、私は指を曲げようとしても余り曲がりません(右写真)。やはり、仕事柄、毎日硬い安全靴を履いて、寒い冷蔵庫の中で、重量物の仕分けや運搬作業に携わっている為に、足の指が硬くなっているのかも。これからは、毎日お風呂上りに、足の指のストレッチを行うようにします。
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