波打ち際の考察

思ったこと感じたことのメモです。
コメント欄はほとんど見ていないので御用のある方はメールでご連絡を。
波屋山人

心の筋膜はがし

2022-10-07 20:27:02 | Weblog
筋膜はがしという言葉をよく聞く。
科学的にどうなのかよくわからないが、癒着している筋膜をはがすといろいろスムーズになって健康にもいい、という考えのようだ。
まあ、ストレッチもしないよりはした方が体にはいいのだろう。

頭や心も同じだ。同じような日々を過ごしていると、価値判断基準も固定されがち。
自分の価値観に合うかどうかでついつい肯定・否定の反応を起こしてしまう。

歳をとっても新しいものや知らないことに興味津々の人もいれば、若いのに知らないことはついつい否定・拒絶してしまう人もいる。

暮らし方は人それぞれだが、狭い世界に閉じこもって、何でもかんでも否定・拒絶ばかりして不機嫌になったり怒ったりして暮らすのは幸せを感じにくいのではないだろうか。

どうせなら、毎日快適に楽しく暮らしてもいい。
不機嫌になったり怒ったりして文句を言っても何も世の中を変えられず、わびしい生活を続ける人もいれば、穏やかでやさしいのに着々と周辺の環境を整えて幸せな日々をすごす人もいる。


頭や心を柔軟にするには、ストレッチのようなものが効果的だ。

まず、自分が気に食わないものを思い浮かべてみよう。
巨人が嫌い、ホリエモンが嫌い、岸田総理が嫌い、辻元清美が嫌い、朝日新聞が嫌い、産経新聞が嫌い、ロシア人が嫌い、中国人が嫌い、韓国人が嫌い、アメリカ人が嫌い、日本人が嫌い、等々なんでもいい。

嫌な個人や法人などを具体的に思い浮かべてみよう。

そして、彼らの幸せを唱えるのだ。
巨人が優勝しますように、ホリエモンが幸せに過ごしますように、岸田総理が健康で大きな仕事を成し遂げますように、朝日新聞の業績がよくなりますように、ロシア人が平和に過ごせますように。
何でもいいけど、自分の嫌な相手にとってもポジティブなことを唱える。
ちょっと抵抗を感じるかもしれないけど、これがけっこういいストレッチになるのだ。

私の場合、サッカーか野球の日韓戦でオリンピックかWBCだったか大きな大会で日本が負けた時、ちょっと腹立たしい気持ちになりそうだったけど、「おめでとうございます」とつぶやいた。

するとどうでしょう。ムッと来た相手のことであっても、腹立たしい気持ちが薄れて行くではありませんか。


怒る、むかつく、不満に思う、といった心理状態は、頭や心の硬直というか癒着状態が大きく影響している。
べつに、怒ったりむかついたりしたところで、何も問題は解決しないのだ。
世の中には、ムカつくモノとか気持ち悪いモノという属性を備えた物質はない。人間がそのように感じ取っているだけだ。

大声を上げたり悪態をついたり叩いたりしても、自己満足にしかならない。場合によっては状況を悪化させてしまう。

問題を解決する余裕のある人は、まず自分がなぜ不快に思うのか、文句を言いたくなるのか、分析を行う。
自分のどういう価値観や思い込み、判断基準が不快に思う反応を引き起こすのか、そのメカニズムを分析する。
もしかしたら、自分の思い込みが独善的で、客観性に欠けたものであったことに気づくかもしれない。


ところが、世の中にはムカつくことを隠さない人が多い。
第三者から見ればどうでもいいようなことであっても、非難し、問題視し、謝罪を求め、大声を上げる。

最近、ひろゆきという人が何かまた物議を醸しているニュースを見てそんなことを考えた。

きっと、ひろゆきは、咎めたり文句を言ったりしているわけではない。
気になった構造を指摘しただけだ。そこに引っかかった人が不快に思い、自分の感覚を正当化するために文句を言うが、問題は解決しない。

基地反対運動に異論を唱えることは、沖縄本島の政治風土的には許されないことなのかもしれない。
しかし、いくら沖縄のメディアが生理的に不快に感じてひろゆきを非難しても、コメント欄を見ると沖縄のメディアに賛意を示す人は少数派。冷静に分析している人が多い。
その現実は沖縄のメディアの人にとっては受け入れがたい辛いことかもしれないけど、まずは自分たちの頭や心が硬直化していないか分析して、心の筋膜はがしに取り組んでみてはどうだろう。
きっと、より柔軟に沖縄の状況を分析し、よりよくするための方策が見つかるのではないかと思う。
沖縄タイムスや琉球新報、RBC琉球放送の人たちが、穏やかに笑顔の絶えない日々をすごされることを願います。
そうしてはじめて、ひろゆきのように飄々と立ち回る人を捉えることができるのかもしれない。


https://news.yahoo.co.jp/articles/a6f88fce89e22f1fc2190d961a72440b7bd747ba
■ひろゆき氏から謝罪と撤回について返信なし 座り込み「0日にした方がよくない?」投稿に市民反発 
10/6(木) 8:27配信 沖縄タイムス
 インターネット掲示板「2ちゃんねる」開設者のひろゆき(西村博之)氏が3、4の両日、名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート前を訪れた。「新基地断念まで 座り込み抗議 3011日」と記す掲示板を「0日にした方がよくない?」などとツイートし、市民が反発している。(編集委員・阿部岳)

https://news.yahoo.co.jp/articles/5fbafc91836be4de295644f732dcf4bff95452a4
■「座り込み0日にすべきでは?」辺野古めぐり “ひろゆき氏発言”で波紋 沖縄県内は
10/6(木) 19:46配信 RBC琉球放送
名護市のアメリカ軍キャンプ・シュワブのゲート前で行われている辺野古移設に反対する座り込みについてひろゆきさんのSNS上での発言に波紋が広がっています。
ひろゆきさんのツィッター
「座り込み抗議が誰も居なかったので、0日にした方がよくない?」
「『座り込み』その場に座り込んで動かないこと。目的をとげるために座って動かない。知らない間に辞書の意味変わりました?」
「1日20分ぐらいの抗議行動を平日に3回やる事を『座り込み3011日』と表現するのは誤解を招く行為なので、「抗議行動』に変えたら?」と、話しかけられた現地の人に言いましたが、まともな返答はありませんでしたよ。
(略)
コメントの上位5件そのまま
  ↓
adm*****
そもそも最初の投げかけは、日数表記に対してで、運動そのものに対するものでは無いと思うのだけど。普通に返事して終わりのはずだが、自分達の抗議活動に対する攻撃で、我々は被害者だとする動きになるのは、よく見た光景だけど、異論は一切許さない、という圧を感じてしまう。
そもそも道路封鎖も違法なはずなのだけど、そういった意見とかは何故出てこないのかな

mug*****
基地賛成派は悪、ってんならまだ理解できなくもないが、このやり方は、反対運動に文句のあるやつは悪!みたいな論調になってて、なんとも気持ち悪さを感じる。
誰もいない状態になってしまうなら「座り込み」って言葉が破綻してるのは間違いないし、そういった主張の穴の部分には反対運動をしている人たちもきちんと襟を正して対応するべきだと思う。
そういう相手の言動、行動の穴を突いて揚げ足を取り、自分の主張が正しいとするのは活動家ならお互い様なのではないか。
むしろ、辺野古基地移設に反対も賛成も表明していないひろゆき氏が看板の矛盾を教えてくれたんだから「ありがとう、正しい表現に直します」で丸く収まるんじゃないだろうか。

pok*****
活動家により道路を不法占拠している実態が全国に明るみになりましたが、左翼メディアはあれを単に茶化しているとしか報じないのはどうかと思います。
ひろゆきのツイートで、あのような危険な人達が沖縄まで出向いて活動している様子を簡単なツイートではありましたが、「なんだこれは?」とリプライなどを遡っている内に明らかになりました。
左翼メディアはひろゆきが何の動機もなく、また論破できる確証なく、突然沖縄の辺野古を訪問したと思っていますか・・。
そしてこれまでの様に左翼メディアによる傾向報道で、国民を誘導できると思っていますか・・。
傲慢すぎます。

you*****
「現場でずっと3000日あまり(抗議を)続けてきた方々に対する敬意は感じられない」この知事の発言にはびっくりしたわ。
道路を封鎖して自分勝手な正義を振りかざしている人たちへの敬意ってなんやねん。
例えば、国葬賛成派の人たちを批判したら知事が出て来て「賛成している人たちにもっと敬意をはらえ」と言ったらどうなる?沖縄のマスコミに限らず日本中のマスコミが一斉に叩くに違いない。いや、右翼と呼ばれる人でもおかしいと思うはずである。
そんな異常なことをこの知事は平然と言い、沖縄のマスコミはその発言を問題視どころか称賛しているようだ。
ちなみに、単純に比較できないことはわかっているが、敢えて言うと辺野古移設反対派は国葬賛成派よりも少ない。沖縄だけで見ても賛成と反対が拮抗しているのだから。そして国葬賛成派は道路を封鎖するような暴力的な行為も行っていない。

mot*****
>玉城デニー知事「見識の違いということだと思います
沖縄県知事が「見識の違い」と断ち切った答えを出してしまいましたが、県知事は基地反対や軍備拡大を反対し国に「外交は対話で解決するべき」と言っていたはずですし、同じ意見の共産党議員も沖縄メディアも許せない受け入れられないと反応。
こんなにすぐ「見識の違い」で関係を遮断してしまうのはおかしいのではないでしょうか?ましてや言葉も話も通じる日本人相手に。「外交は対話で解決するべき」と強調していた政治家などが、自ら対話を実行しない事が浮き彫りになり残念だと沖縄県民は感じてしまった気がします。
そこが一番の問題ではないでしょうか?


コメント (21)
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「世界の民族」超入門

2022-09-26 21:21:00 | Weblog
いくつかのメディアで紹介されていておもしろそうだったので、『世界96カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社、2022年2月発行)という本を読んだ。

著者の山中俊之さんは、1968年兵庫県西宮市生まれ。東大法学部卒、外務省を経て日本総合研究所へ。大阪府特別顧問を経て芸術文化観光専門職大学と神戸情報大学院大学の教授。

とても読みやすい本で、知らなかった話も多く参考になった。
ざっと世界の概要を見るにはよい本なのではないだろうか。
海外に行ったり、海外の人とやりとりをしたりする機会のある人は読んでおいて損はないと思う。

ただ、世界の民族については、人によってとらえ方はさまざま。見ている角度が違ったり、重視しているところが違ったり。
他の人が書けばまたかなり違った本になるのではないかと感じた。
この本はひとつの見方を提供してくれているけど、まるごと全部正確なことが書かれているとは思わない方がいいだろう。

読んでいるうちに、いくつかあやしい記述も目についた。
編集者や校正者はこれらの記述に違和感を覚えなかったのだろうか。
高校の時に地理を学んだ者としては、流し読みしていても引っかかってしまう。


p87-88
>(略)マレーシアは人口の7割がマレー系。残り1割が中華系、1割弱がインド系というのが大まかな分布です。シンガポールは7割強が中華系、1.5割がマレー人、1割弱がインド系です。

p202
> イスラム教国に旅をすると、時間ごとにモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」が聞こえてきますが、確かに優しく、耳に心地良いものです。

p296
> ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。その過去も、日本人が忘れてはいけないことです。

p301
> アイヌはおよそ3万年前からオホーツク海で暮らす民族。現在の日本の本州北部、北海道、北方四島、千島列島、樺太のあたりで漁業や狩猟を主として行っていました。つまり、現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。

p302
> アイヌは先住民ですが、製鉄技術が発達していなかったため、狩りに欠かせない武器を安東一族から購入するしかありませんでした。


ある程度地理の知識のある人が読めば、上記のような記述には違和感を覚えるのではないだろうか。
順番に見て行こう。


■p87-88
>(略)マレーシアは人口の7割がマレー系。残り1割が中華系、1割弱がインド系というのが大まかな分布です。シンガポールは7割強が中華系、1.5割がマレー人、1割弱がインド系です。

→ 1割が中華系? さまざまな種類の統計があるのかもしれないが、一般的にマレーシアの中華系は2割を超え存在感が大きい。1割ということはない。何のデータを元に書かれたのだろか。

外務省のサイトによると、マレーシアの民族構成は以下の通り。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/malaysia/data.html
> マレー系(69.6%)、中国系(22.6%)、インド系(6.8%)、その他(1%)(2020年マレーシア統計局)

JTBマレーシア支店によると、下記の通り。マレーシアの中華系は何十年も前から2割を超えている。
https://www.jtb.co.jp/kaigai_guide/report/MY/2015/03/ancient.html
> マレーシアの民族は、単純な人口比で言うと、マレー系(約65%)、華人系(約24%)、インド系(約8%)


■p202
> イスラム教国に旅をすると、時間ごとにモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」が聞こえてきますが、確かに優しく、耳に心地良いものです。

→ 祈りの言葉? アザーンは、礼拝を呼び掛ける言葉だ。ついでに言うと、アザーンは落ち着きと抑揚のあるいい声なのだが、イスラム圏の田舎町を旅していると、安っぽいスピーカーから大音量で流されることもあり、うるさく感じてしまうこともしばしば。

アザーンが祈りの言葉ではなくて呼びかけの言葉、ということは、世界を旅している人の間ではそれなりに知られている。
https://seiwanishida.com/archives/6228
> アザーンは、人力で行われており、その内容は世界のどこであっても同じ。
> 簡単にいえば、「お〜い、礼拝の時間でっせ〜、みんなモスクに集まれ〜」というものである。

Wikipediaの記述
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%B3
> アザーン(アラビア語: أذان‎ adhān)は、イスラム教における礼拝(サラート)への呼び掛けのこと。ユダヤ教のラッパ、キリスト教の鐘と同じような役割をしているが、肉声で行われることに特徴がある。「神は偉大なり」という意の句「アッラーフ・アクバル」の4度の繰り返しから始まる。
> イスラム教国旅行記ではしばしばアザーンを指して「一日5回モスクから流れるコーランの朗誦」といった記述が見られるが、アザーンは礼拝への呼び掛けであって、コーランの朗誦ではない。

大音量のアザーンを苦痛に感じる人も多い。
https://www.afpbb.com/articles/-/3372143
> ■モスクの大音量に抗議すると処罰対象? インドネシアの宗教的な不協和音
> 2021年11月3日 8:00 発信地:ジャカルタ/インドネシア [ インドネシア アジア・オセアニア ] AFPBB News
> 【11月3日 AFP】インドネシアの首都ジャカルタの郊外。毎日午前3時になると、イスラム教徒のリナさん(仮名、31)はスピーカーから鳴り響く音声でたたき起こされる。あまりの騒音に不眠症と不安障害を発症し、何かを食べようとしても吐き気がして受け付けられなくなった。それでも、怖くて苦情は言えないと話す。収監されるか襲撃される可能性があるからだ。
> 騒音の原因は、隣のモスク(イスラム礼拝所)だ。大音量でアザーン(礼拝の呼び掛け)を行っている。
>世界最多のイスラム教徒が暮らすインドネシアでは、モスクとアザーンは重視され、批判すればイスラム教への冒涜(ぼうとく)と見なされる可能性がある。場合によっては、最高5年の禁錮刑が科される。
>「思い切って苦情を訴える人などここにはいません」とリナさんは言う。報復を恐れ、仮名で取材に応じた。
>「スピーカーは礼拝の呼び掛けだけではなく、朝の礼拝時間の30~40分前に人々を起こすためにも使われています」とAFPに語った。半年間、騒音に耐え続け、もう限界だと話す。
> モスクのスピーカー放送がうるさいという書き込みはネット上では増えてきている。しかし、反感を買う恐れもあり、実際の苦情の数がどれほどあるのか信頼できる公式の統計はない。


■p296
> ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。その過去も、日本人が忘れてはいけないことです。

→ ミクロネシア・ポリネシアを攻撃? 第一次大戦後、ドイツ領だったパラオ・サイパン・チューク諸島・マーシャル諸島あたりの島々は1919年から日本の委任統治領になった。日本が国連から委託されて統治して守っていたので、戦時中に島々を激しく攻撃して侵略したということはない。
また、第二次世界大戦中に、連合軍との間で激しい戦闘が行われたパプアニューギニアやソロモン諸島のあたりはミクロネシアでもポリネシアでもなく、「メラネシア」だ。
委任統治領であったパラオのペリリュー島などでも米軍との間で激しい戦闘が行われたが、それは「日本軍が激しく攻撃した」とは言えないのではないだろうか。攻撃というより迎撃。
「ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。」と日本軍による暴力行為を覚えておくように述べるのであれば、具体的にどこをいつ攻撃して誰と戦ったのか、記述してほしい。
ポリネシアのサモアもトンガも日本軍は攻撃していないのではないだろうか。ハワイの真珠湾は攻撃したが、ポリネシアというよりもアメリカの軍事施設に対する攻撃だろう。
「ミクロネシア・メラネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく戦った場所です。」ぐらいの表現の方がマシではないだろうか。


■p301
> アイヌはおよそ3万年前からオホーツク海で暮らす民族。現在の日本の本州北部、北海道、北方四島、千島列島、樺太のあたりで漁業や狩猟を主として行っていました。つまり、現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。

→ アイヌが3万年前からオホーツク海にいた? アイヌ民族が成立したのは、12~13世紀。それまでは縄文人の末裔のような生活をしている人々がいたが、日本や中国との交易によって文化が変化・発展し、アイヌ文化が生じた。それが歴史学の一般的な認識ではないだろうか。アイヌ民族は6~7割は縄文人の遺伝子を継いでいる。
また、歴史的にオホーツク海沿岸にアイヌ民族は少なかった。サハリン南部から北海道の東北あたりから千島列島にかけて5世紀から9世紀頃に広がっていたオホーツク文化も、アイヌ系ではない。オホーツク人は平らな顔立ちの新モンゴロイド。
アイヌ民族は現在の北海道南西部の日高地方などを中心に発展し、勢力が強かった頃に樺太や千島にも進出したのではなかっただろうか。3万年前には、日本列島には彫りの深い古モンゴロイド系(というか古代人種系? 縄文人は蒙古斑がなかったと思われる)の人々が住んでおり、弥生時代以降に平らな顔の新モンゴロイド系(弥生人、古墳人など)が増え、現代の日本語に通じる言語も流入してきた。
「現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。」という記述は不正確。アイヌ民族の先祖と同じく、沖縄、南九州、北東北などの住民の先祖も、和人とは言いにくいのではないだろうか。

余談だが、縄文人は言語的にも遺伝子的にも政治的にも地方によってかなり幅があったと考えられる。
同様に、アイヌの人たちも沖縄の人たちもかなり幅がある。ひとくくりにしない方がいい。
アイヌのことを語るのであれば、本州から移ってきたという伝承がある「シュムクル」や対立していた「メナシクル」などといったいくつかの部族の違いに目を向けてもいい。
沖縄においても、島々の違いは大きい。沖縄本島南部の勢力が、久米島や宮古島、石垣島といった島々を支配下に置いて行った歴史を見ると、日本における近畿・関東中心の歴史観に違和感を覚えるのと同様に、沖縄本島南部中心の史観にも違和感を覚える。
日本内部の多様性に目を向ける人は、ぜひアイヌや沖縄の内部の多様性にも目を向けてほしい。

<参考>令和2年度科学研究費助成事業「新学術領域研究(研究領域提案型)」に係る中間評価報告書
「ゲノム配列を核としたヤポネシア人の起源と成立の解明」
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-AREA-8004/8004_chukan_hyoka_hokoku_ja.pdf


■p302
> アイヌは先住民ですが、製鉄技術が発達していなかったため、狩りに欠かせない武器を安東一族から購入するしかありませんでした。

→ 製鉄? 武器? 「製鉄技術が発達していなかった」という記述だと、少しは製鉄技術があったように読めてしまう。アイヌや琉球の文化圏で鉄は重宝されていたが、製鉄技術はほぼ存在しなかったのでは? 鉄は日本や中国から入手していた。そのことをはっきり書くべき。
ついでに言うと、和人から入手した鉄は主に日用刃物(マキリ、タシロ)だったのでは。魚を取るために使った大きな釣り針のようなカギも武器ではない。弓矢は自作だし、基本的に矢じりも金属を使っていない。武器を購入、というと語弊がある。14~15世紀には武器や祭具として日本刀も入手していたようだが、狩りには使っていないし、17世紀に刀狩りが行われている。また、厳密には安東一族ではなく商人から購入していたのではないだろうか。

他にも引っかかるところはいろいろあるが、とりあえずここで止めておこう。


本を作るときには、ファクトチェックが必須だ。
何気なく書かれた記述が事実かどうか、きちんと確認しておかないと後々問題になる。

多くの人がこの本の編集・校正・査読などに関わっていらっしゃるようだが、どういうことなのだろうか。
地理の知識に乏しい人ばかりがチェックしていたのだろうか。謎だ。

p341
> また、長年私の母校である甲陽学院高校で、世界史と日本史の教鞭をとり現在も学術論文の執筆をされている山内英正先生に査読をお願いしました。
> もちろん、いかなる過誤も筆者である私に責任があることはいうまでもありません。
> 本著の執筆にあたっては、ダイヤモンド社の木下翔陽さんに企画段階から編集までたいへんお世話になりました。(略)フリーランス編集者の青木由美子さんには、ライティングのサポートをしていただきました。


さらに、奥付を見ると「校正――鷗来堂」とある。

鷗来堂はよく知られた校正・校閲の会社だ。お世話になっている出版社は多いし、個人的な知り合いも鷗来堂で校正・校閲の仕事をしている。

鷗来堂は、チェックできない分野の本については校正の仕事を受けないはず。
それなりに知識のある人が校正しているはずだ。
もしかしたら、原稿には多くの修正赤字が入っていたのも知れない。
それを誌面に反映するかどうか判断する編集者が、問題点を認識できず、問題ないと思って修正しないでスルーしてしまった可能性もある。
校正者がいろいろ赤字を入れても、結局誌面に反映されていない、ということはよくある。


ブログは論文でも商品でもないので、思い込みで事実と異なることを書いても放置しがち。私も適当なことを書いている。
ただ、本や論文を出すとなると、きちんとチェックが必要だ。
間違いが多いとクレームが来る。クレームに対応するために正誤表を用意したり、ひどい場合は書店から回収したりする必要がある。
そうなると多方面に迷惑をかけてしまう。



ダイヤモンド社はどうしたのだろう。
「地球の歩き方」を手放して、地理に詳しい人材も社を離れてしまったのだろうか。不可解だ。

ダイヤモンド・ビッグ社、「地球の歩き方」などを学研プラスに事業譲渡
> 編集部:湯野康隆2020年11月16日 22:23 トラベルWatch
> 事業譲渡に関するお知らせ
> ダイヤモンド社は11月16日、子会社のダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方」などの出版事業やインバウンド事業を学研プラスに譲渡すると発表した。
> ダイヤモンド・ビッグ社は、海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」をはじめ、旅行関連の出版事業を展開。近年はインバウンド向けの冊子なども手掛けてきた。
> 同社では、「本年に入り、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により海外旅行関連の事業環境が大きく変動したこと等を受け、今般、事業の維持と発展を図る」ため、学研ホールディングス傘下の学研プラスとの間で事業譲渡契約を締結したとしている。
> 「地球の歩き方」などの事業については、2021年1月1日以降、学研プラスが新設する新会社「株式会社地球の歩き方」の下で運営される。



追記
もしかしてアマゾンのレビューでは内容の誤りについて指摘があるのではないかと思ったが、少し見た限りでは見あたらなかった。むしろ、信用できる内容だとのコメントがあった。
まさか、著者も編集者も校正者も査読者も読者も高校の時に地理を履修しておらず、何の問題点も感じないということなのだろうか。謎。
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R3A4YLH9SRWL2Q/ref=cm_cr_getr_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4478112045
> 結論として、誤認・誤り・デリカシーの欠如など問題満載だった宇山卓栄著『「民族」で読み解く世界史』よりずっと信用できる内容で勉強になります。

コメント (17)
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鳥居の起源は取入?

2022-09-07 20:27:58 | Weblog
私は、神社に行くことがあっても、お参りすることには関心が無い。
鈴も鳴らさないし、お守りも買わない。御朱印には何の関心もない。

大事なものは、立派な社殿にはないと感じている。
神社や周囲の空間に雰囲気を感じると、心を鎮めて協調する。
祈ったり願ったりすることはない。
意識を調整して、奥行きを感じとり、その場の聖なる雰囲気のなかにたたずむ。
自分の無意識が何かを感知した場所にたたずみ、感じ取り、調和する。そのことによって意識が浄化され、あらたな知見を得る。
聖域とは本来、そういった場所ではなかっただろうか。

以前、山奥の有名な神社に行った際、並んだ人々が順番にお参りをしているのを見て違和感を覚えた。
誰も関心を示さない社殿脇の大きな岩こそが、かつて畏敬の念をもって人々が向き合っていた象徴だと感じた。

人々は、大いなる自然というか自然の不思議な奥深さ、生命を生み出す強さや人々を不安に陥れる怖さなどを岩や海山に感じ取っていたのではないだろうか。

縄文時代の出土品を見ても、神々や生死について考えをめぐらす精神的な営みが長く続いていたようだ。
だからこそ、仏教や儒教などが海外から入って来た時も、それらを丸飲みするのではなく、それまでの精神的営みによって解釈を行ったり、古来の信仰に変化を加えて調整したりしたと考えられる。

神道の立派な社殿は、仏教や儒教に対抗しようとして作られたのではないだろうか。
本来、日本の天皇は西欧の皇帝や王とは位置づけが異なるにも関わらず、奈良時代は中国、明治時代は西欧に対抗するために君主として扱われたことを思い出す。

かつては、聖域に大きな社殿はなく、入り口に鳥居が目印として置かれていた程度。
沖縄の多くの御嶽のように、鳥居さえない聖域も多かったようだ。


ちなみに、鳥居の起源はいろいろ推察されているようだが、私は、竪穴住居の入り口の柱が起源ではないかと感じている。

竪穴住居には入り口がある。そこに柱を立て、上に草木か土を敷いてひさしを作り、外から雨やゴミなどが吹き込んでくるのを避けていた。

家の出入り口の象徴として、ひさしを支える鳥居のような柱があった。
竪穴住居は胎内にも通じる存在で、住居の中には神様をまつる棚もあったのではないだろうか。
日本列島先住民(縄文人)の子孫であるアイヌの住居にも神様はまつられていた。

竪穴式住居という聖域の入り口として鳥居のような柱があり、そこは神をまつる場所の入り口でもあった。
その後、内と外、俗と聖などの境として、鳥居が認識されるようになったのではないだろうか。
誰もそのような説を唱えたりはしていないようだが、私はそのようなことを想像する。

可能性の一つとしては、寒い日や大雨の日に竪穴住居の入り口を閉じる必要がある際、柱を外してひさしを下げ、入り口のフタにする、ということが行われていたかもしれない。
「取り入れることができる柱」→→とりいれ→→とりいり→→とりいぃ→→とりい→→「鳥居」、というふうにはならないだろうか。鳥居の語源に関して、勝手な想像。



<参考>
https://gogen-yurai.jp/torii/#:~:text=%E9%B3%A5%E5%B1%85%E3%81%AE%E8%AA%9E%E6%BA%90%E3%83%BB%E7%94%B1%E6%9D%A5,%E3%81%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E8%AA%AC%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82
■鳥居の語源・由来(語源由来辞典)
鳥居は、古く神に供えた鶏の止まり木といわれ、鳥が居るところの意味が通説となっている。
その他、鳥居の語源には「通り入る(とおりいる)」の意味や、汚れたものをとどめる標であることから「トマリヰ(止処)」の意味とする説もある。


■駅徒歩8分で竪穴式住居に入り放題(Daily Portal)
https://dailyportalz.jp/kiji/170329199163


追記
そもそも、万葉仮名の時代の日本では「居」は「お」と読んでいた。現在の近畿圏でも、「居る」は「お↑る↓」と読む。
「鳥居」という漢字を見て「鳥がいる」と連想するのは近代の発想ではないだろうか。
近畿圏の人は、「鳥がおる」と表現する。トリイという音のイは、「居る」を意味しなかったのではないだろうか。



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コラボ(Kollabo)

2022-06-16 21:08:21 | Weblog
以前、グルメ評価サイトといえば「ぐるなび」の存在が圧倒的だったが、近年は「食べログ」の存在感が大きい。
しかし、店を評価する点数に疑問を感じ、Googleの口コミを参考にする人が増えているようだ。

「食べログ」でよく言われているのが、食べログにお金を払っている店は評価が高め、払ってない店は低めになるという話。
そういった操作をしているのであれば、店の評価点数の算出方法を公開することは難しいだろう。

ただ、今回はKollabo(コラボ)という焼き肉店が勝訴したようだけど、Kollabo側もちょっと考えておいた方がいいのではないだろうか。

以前、フランス人の友人と神楽坂をぶらついていたとき、Kollaboという看板を見て友人は驚いた顔を見せて歩を止めた。
どうしたのか聞いてみると、「コラボ」というのは、ナチ協力者のことらしい。
フランス人にとってはインパクトが大きい。そのような名前の店には入ろうとしないのではないだろうか。

神楽坂はアンスティチュ・フランセ(旧・東京日仏学院)などがあることもあり、フランス人の姿も珍しくない。
外国人が歩いているな、と思ったらフランス語を話していることが多い。
しかし、Kollaboはその店名によって、フランス人から敬遠されてしまう。
神楽坂店の売り上げがなぜか伸びないな、ということがあれば、店名もひとつの要因かもしれない。

もし、Kollaboが海外展開をしたら、さらに風当たりが強くなるおそれもある。
そういうわけで、店名の変更を考えてもいいのではないかと思う。
「Ko-Labo」などはどうだろう。KoreaとLaboratory、Collaborationを掛けた感じでわるくないのではないだろうか。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%9C%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%B3
■コラボラシオン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
コラボラシオン(フランス語: Collaboration)とは、文字通りには「協力」(コラボレーション)を意味するが、フランスの歴史では特に、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツに占領されたフランスで行われた対独協力行為を指す。しばしばコラボ(collabo)と略される。
ヴィシー政権が行った労働者としての徴用などの組織的なものから、個人的に占領軍に協力したりする者など様々であった。フランス解放後、協力者(コラボラトゥール)たちは怒った市民たちによって報復された。(略)

https://kotobank.jp/frjaword/collabo
■collabo /kɔlabo/
プログレッシブ 仏和辞典 第2版の解説
[名] ⸨男女同形⸩ (collaborateur の略)⸨話⸩ ⸨軽蔑して⸩ (1940-44年のドイツ占領期の)対独協力者.


<参考>
https://news.yahoo.co.jp/articles/98e118fd41091c66c7d3b0c4ea24c46ebe7c33ae
■〈食べログに3840万円賠償命令〉“点数急落”韓国料理チェーン店が勝訴の裏に「異例の意見書」
6/16(木) 21:27配信 文春オンライン
「食べログ」が、チェーン店であることを理由に不当に評価を下げ、売上に影響を及ぼしたとして、韓国料理チェーン「KollaBo」の運営会社・韓流村が食べログの運営会社・カカクコムを訴えた裁判。東京地裁は6月16日、原告側の主張を認め、カカクコムに3840万円の賠償を命じた。
 食べログの評点方法を「ブラックボックスだ」と批判した原告側。一体何が起きていたのか。公正取引委員会の“異例の意見書”の存在をスクープした「 週刊文春 」の記事を再公開する。(初出:「週刊文春」 2021年10月28日号 年齢・肩書き等は公開時のまま)
◆◆◆
「食べログにおいてアルゴリズムの変更で評点が急落したのは、飲食店の公正な競争に悪影響を及ぼし、独占禁止法に違反する」として、韓国料理チェーン「KollaBo」の運営会社・韓流村が食べログの運営会社・カカクコムを訴えている裁判で、公正取引委員会が異例の意見書を出していたことが「週刊文春」の取材でわかった。
 食べログの点数が急落したのは2019年5月21日のこと。韓流村の任和彬(イムファビン)社長が言う。
「悪い口コミが増えたわけでもないのに、当社の店舗では、平均で0・2点、最大で0・45点も急に点数が下がったのです。他にも焼肉トラジ、一蘭、天一なども下がっていました。共通するのはみなチェーン店だということです。点数が下がったことで、当社の売上は月平均で約2500万円も落ち込みました」
 そこで任社長は2020年5月、点数を下げる“チェーン店ディスカウント”で損害を負ったとして、訴訟に踏み切った。任社長が語る。
「カカクコム側はアルゴリズムを変更したことは認めたものの、『公平公正にやっている』と言うばかり。また、ぐるなびなどの競合他社も存在するから優越的地位にないと主張。最大の争点である点数については、『非会員など食べログと取引をしていない店舗にも用いられる指標で、韓流村との取引には当たらない』、だから不公正な取引方法を行った事業者を処罰する独禁法違反にはならないと、言い続けたのです」
(略)

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伏見博明さん

2022-06-12 21:13:24 | Weblog
2022年6月11日(土)の朝9時すぎ、日本テレビの「ウェークアップ」という朝の情報番組を見ていると、旧皇族の伏見博明さんが紹介されていた。
1932年に伏見宮家の第一皇子として誕生。1947年に15歳で皇籍離脱して一般人になった人。
皇室の存続について旧宮家が注目されているのだとか。

伏見博明さんは90歳だけど若々しく、よどみなくインタビューに答えていた。
ウィットに富んだ快活な人といった印象。
番組では皇室との深い関わりについて好意的に紹介。
ただ、伏見博明さんの闇部?についてはまったく報じていなかった。

回想録を出した出版パーティーには、皇族からの花飾りも多く寄せられた。
映像では、「御祝 寛仁親王妃」「祝 彬子女王 瑤子女王」などの文字が確認できた。
パーティーの挨拶では、「上皇后陛下(美智子さま)から直接お電話をいただきまして、『とても興味深くご本を読まさせて頂きましたよ』と…」などと言及。
インタビューでも、「例えば何々天皇の1000年祭だとか800年祭だという行事がありますよね。そういう時に宮内庁から案内が来ますけれど、コロナの前は必ず年に3、4回は天皇家の方々と食事をする機会がありましたからね」などという発言に合わせて、昭和天皇や上皇、今上天皇と同席している写真が紹介されていた。

しかし、もし、伏見博明さんが暴力団関係者と親しく、彼らと握手する仲であれば、天皇や皇后と握手した場合、間接キスならぬ間接握手となってしまわないだろうか。
自分の利益のために詐欺や恐喝で稼いでいるような人と、自分を捨てて神聖な世界に身を投じているような人が、結びついてしまったらどうなるのだろう。
虚飾の世界に生きる人が、ホンモノに触れて改心するだろうか。むしろ、権威を利用してもっと自分を飾ろうとするのではないだろうか。


先日、『旧皇族の宗家・伏見家に生まれて――伏見博明オーラルヒストリー』という本を読んだ。
前書きは青山学院の理事長。聞き書きは青山学院大学の先生。
伏見博明さんが「やんごとなき」人であるかのように、殿下と持ち上げ、畏敬の念?を示している。
国家や民族よりもキリスト主義を優先するようなキリスト教と、神道のトップとしての皇室は、相性がいいとは思えない。
それでも、どちらもお互いに「権威」をたたえ合えば、補完し合えるのだろうか。

しかし、伏見博明さんといえば、顕彰ビジネスや学位商法がらみの反社系の人々の付き合いがささやかれている。
ネットでちょっと検索すれば出てくる情報だ。しかし、この本には「日本文化振興会」総裁としての話は出てこない。
青山学院の先生たちはそのことについて突っ込まなかったのだろうか。
あるいは知っていてもお互いの利益のために伏せていたのだろうか。
伏見博明さんと反社界隈のつながりについて知っておきながら黙って伏見博明さんとの交流を誇れば、青山学院の先生方も反社界隈の仲間入りなのかもしれない。
(版元の中央公論新社、親会社の読売新聞社、関連会社の日本テレビも同罪か? そういえば関連の読売ジャイアンツも暴力団に巨額の支払いをしたという原辰徳監督を易々と復活させたあたりから、反社対応にゆるい会社という印象がある)


戦後一般人になった旧宮家の人々は、近年少し注目されている。
現在の皇族に男子が少ないので、皇室存続のためには旧宮家に何人もいる男子が皇族に復帰することを考えてもいいのではないかと考える人がいる。

ただ、おそらく悠仁親王は、「自分の仕事って、男の子をたくさん残すことなのかな?」とうっすら思っているのではないだろうか。
誰もそんなことを求めていなくても、自分がたった一人皇室に残っている若い男性、という立場であれば、ついつい考えてしまうだろう。

とりあえず悠仁親王がいるので、当面は旧皇族の復帰は検討されないのではないだろうか。
何より、皇族にふさわしい意識や振る舞いからほど遠い人が皇族に復帰して俗っぽい利己心や攻撃性を見せると、皇室の尊厳が損なわれてしまうだろう。

天皇家の人々は、利己的な姿勢を見せず、特定の主義主張をふりかざさず、俯瞰している人が多いように感じる。
彼らがもし、口数多く表面的なことをあげつらい、口角を下げてふてくされた表情を見せながら保身的なことばかり言えば、尊敬されることもないのではないだろうか。


戦後、皇族から一般人になった旧宮家の人々は、あやしげな人々に取り込まれて苦労することもあった。
旧皇族という威光を利用して、ビジネスに利用しようとする人もいた。

日本文化振興会という、検索してみればいろいろ情報の出てくる、顕彰ビジネスのような団体がある。
占い師とか整体師とか気功師とか健康グッズ販売者とか、学術的とは言い難い人たちが「受賞」していることを宣伝に使っている。
https://ja.unionpedia.org/i/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8A%9F%E5%8A%B4%E8%B3%9E
>社会文化功労賞
>(略)日本文化振興会が授与する賞のひとつ。(略)公的な賞と混同しやすいため俗に顕彰商法と言われ、悪徳商法のひとつとして位置づけられることが多い。公的な賞であると勘違いして言われるまま金銭を支払う受賞者と、顕彰商法であることを承知で受賞し経歴に反映する受賞者とがいる。

日本文化振興会は1971年に桟勝正という人が始めたようだが、桟勝正という人の経歴はよくわからない。
以前、桟勝正という人が書いたと思われる富士山の絵がヤフーオークションに出ているのを見たことがある。
売れない画家が独自の美術団体を名乗りはじめ、それからもっともらしい名前の団体をたくさん作り、アンダーグラウンドな人たちとの関係も広げ、顕彰ビジネスや学位商法で利益を上げてきたのかと推察していたが、詳しい情報はなかなか見つからない。

2021年に亡くなった山口組系の英五郎組長は、2002年に日本文化振興会の名誉最高顧問に就任していた。
伏見博明さんは、1996年(平成8年)から現在まで日本文化振興会の総裁だ。

当然、伏見博明さんは、英五郎組長との交流があった。
2005年(平成17年)に、伊東温泉で「伏見博明殿下を囲む会」が開催された。
敬天新聞社のHPにその時の様子が掲載されている。
旧皇族の伏見博明さんが、山口組系の有名組長、英五郎さんに賞状を渡している写真は、一部の人にはよく知られている。
http://www.keiten.info/ph/101_07.htm


この「伏見博明殿下を囲む会」の参加者にはさまざまな人の名前がある。暴力団関係者の名前が多い。
英五郎(全国青少年健全育成会統轄責任者、山口組系の組長、日本文化振興会名誉最高顧問)
松崎忠男(大日本忠誠同志会総裁、浅草高橋組出身)
村上和彦(極道劇画作家)
阿形充規(大日本朱光会・国民協議会名誉顧問、住吉会住吉一家日野六代目)
白倉康夫(敬天新聞社社)・・・暴力団関連新聞? 恐喝で逮捕歴あり
桟勝正(日本文化振興会名誉理事長)・・・顕彰ビジネス?
渡辺謙二(大日本一誠会会長)
村井康太郎(元六代目山口組英組相談役、元若頭)


日本文化振興会の年表を見ると、毎年12月に「伏見博明殿下を囲む会」が実施されていたことが書かれている。
この会にも、アンダーグラウンドな人たちが多く出席していたのではないだろうか。
奈良時代や平安時代から、天皇という「聖」なる存在と、被差別民などの「賤」なる存在は、お互いに一般社会の枠組みから外れた存在として、接近・交流することもあった。

しかし、芸能や清めや殺生などに関わるはみ出し者の被差別民たちは、自分たちも一般社会の中で高く評価されたい、などと言うことはなかった。
むしろ、一般社会の制約の多さや一般社会でしか通用しない権威から距離を置き、一般社会の人から理解されなくても魅力的なものに触れたいと思っていたのではないだろうか。
現在の一部の反社関係の人たちは、虚飾であっても社会的名誉が欲しいのだろうか。
ロックミュージシャンは、国から勲章を受け取ることすら躊躇する人が多い。
偽物の勲章をありがたがったりしたら、アウトサイダーとしての誇りは損なわれてしまうのではないだろうか。

・日本文化振興会の「当会の歩み」から
http://www.nihonbunka.jp/page-ayumi.html
1997 平成9年
 12月 霞ヶ関ビル・東海大学校友会館において「伏見博明殿下を囲む会」を開催
1999 平成11年
 12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会~ 日印文化財団設立記念」を開催
2001 平成13年
 12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催
2002 平成14年
 12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催
2002 平成14年
 12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催
2003 平成15年
 12月 明治記念館において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催
2005 平成17年
 12月 パレスホテルにおいて「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会~ 世界婦人平和促進財団創立10周年」を開催
2006 平成18年
 12月 東京プリンスホテルにおいて「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会」開催
2007 平成19年
 12月 上野精養軒において「国際交流文化パーティー・伏見博明殿下を囲む会~台湾支部設立30周年」開催


6/13追記
マスメディアの中には、もしかしたら旧宮家の伏見博明さんを持ち上げて知名度を高めてから、落とすことを狙っている人がいるかもしれない。
伏見博明さんと天皇家との親密さをアピールした後に伏見博明さんの暗部を報じれば、天皇家へのバッシングにつながりかねない。
さすがに日テレも青山学院もそれを狙ってはいないだろうけど、そのうちバッシング報道が出てきたら背景を注視したい。


<参考>
『旧皇族の宗家・伏見家に生まれて――伏見博明オーラルヒストリー』
古川江里子・小宮京編 中央公論新社、2022年

刊行によせて
            堀田宣彌
     学校法人青山学院理事長
(略)上皇陛下の四従兄であり、天皇陛下の四従叔父にあたる第二十四代伏見宮家当主伏見博明殿下が、自らのお言葉で昭和・平成・令和を語られた貴重な史実である『旧皇族の宗家・伏見家に生まれて――伏見博明オーラルヒストリー』が佳節を期して刊行されますことは、まことに慶賀の至りに存じます。(略)
 伏見博明殿下は、一九三二 (昭和七)年、伏見宮博義王の第一王子としてお生まれになり、本年卒寿を迎えられました。積み重ねられた赫赫(かっかく)たるご功績に、敬意とお慶びを申し上げる次第です。(略)
 日本伝統文化協会の野﨑正史理事長のご紹介で初めて伏見博明殿下にお会いしたのは、三年前になります。(略)
 殿下は、いつも温厚で柔和なお人柄と、笑顔でユーモア溢れる楽しいお話、時には留学で鍛えられた流暢な英語でのスピーチの中にもジョークを交えてのご挨拶等、お会いするたびに拝聴することが喜びであります。いつも君臣水魚のご親交を賜って参りましたことに、深く感謝を申し上げる次第です。
 殿下におかれましては、これからも益々ご健勝でご活躍されますことを心からご祈念申し上げまして、本書刊行のご慶事の辞とさせていただきます。

p61
   ――言葉はいわゆる公家言葉、御所言葉ということになるのでしょうか。
 そうですね。生まれた時から、父は「おもうさま」で、母は「おたあさま」。祖父が「おじじさま」で、祖母が「おばばさま」です。言葉遣いについては、おふくろもなかなかうるさかったです。でも、学校では普通の言葉でしゃべるので、使い分けが大変でした。

p69
   ――皇室や元皇族の方々は、お酒が強い方が多いのでしょうか。 今上陛下はお酒がとても強いと報道されていますね。 昭和天皇もお強かったのでしょうか。
 昭和天皇はほとんど飲まれなかったですね。どうだろう、小さなおちょこでせいぜい一杯ぐらいじゃないですか。
   ――上皇さまもあまりお飲みにならないのでしょうか。
 上皇さまはたぶん一杯ぐらいは飲まれます。この間(二〇二〇年一月二十九日)もクラス会があって。 久しぶりのクラス会だっていうんで三十人ぐらい集まったって言われたかな。で、つい誰かが上皇さまに勧めたらしいんですね。 それで二杯飲まれたら、夜倒れられたと聞きました。

p92-93
   ――(略)戦争に負けそうだ、あるいは戦争が終わりそうだということは、いつ頃から聞かれていましたか。
 おじいちゃんが元軍令部総長ですからね。具体的にいつとは言っていませんでしたが、もう軍艦もないよ、戦争は終わるよ、と言っていました。
 おじいちゃんは僕に接する時はいつもにこにこして明るい顔だったのが、いつのまにか元気がなくなって、悲愴な顔になっていました。そういうのは子どもにも伝わりますよね。
 おじいちゃんの部屋には誰も入ってはいけないことになっていて、僕もあまり入っちゃいけないよとは言われていたのですが、入っても文句は言われなかったんです。おやじが死んで、将来海軍に入って、自分の跡を継ぐのはこの孫だという意識があったのでしょう。かわいがってくれたと思います。
 たぶん中等科一年の頃、昭和十九年頃でしょうか、おじいちゃんの部屋には海軍省で描かせた軍艦の大きな絵が貼ってあったんですがええ、結構細密な絵です――、おじいちゃんは軍艦が撃沈されるたびに、その軍艦の絵に斜めに線を引いて消していくんです。僕の目の前で消していくこともありました。でも、それは、どう見ても大本営発表で聞いたのとは違うんです。 大本営発表で一隻撃沈された、と言っているのに、おじいちゃんは三隻、四隻と消していく。あれを見たのは、家族のなかでも、たぶん僕だけです。僕も大本営発表と違っているけどいいの、とは聞かなかったし、聞けませんでした。それで、おじいちゃんは、日本はもう駄目だな、と言うんです。

p111-112
 むしろ皇籍離脱をした後で、二人で過ごす機会があったんです。桜が綺麗だった記憶がありますから、昭和二十三年、高等科に上がった頃だと思いますが、二人で泊まりがけで乗馬をしに行ったんです。 今の成田空港がある所は、三里塚と言って、当時は宮内庁の牧場(下総御料牧場。昭和四十四年、栃木県に移転)でした。その牧場にわれわれ皇族が寝泊まりする別荘というかコテージみたいなものがあったのです。 そこへ皇太子さまと二人で行って、泊まって、馬で走り回って、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て……。 たぶん今の上皇さまが初めて一緒に風呂に入ったのは――お付きの者を別にすれば――僕なんです。
 僕ら男の子は生まれたら親やきょうだいと引き離されて育てられますからね。親やきょうだいと風呂に入ったこともなければ、一緒に寝たこともないのです。引き離されて、さびしさに耐える、そういう教育なのです。 上皇さまが天皇陛下になられてしばらくして、ある人に「いちばんやりたかったことは何ですか」と聞かれて、「うーむ。 死ぬまでに一回弟と一緒に寝たかったね」とおっしゃったくらいです。 われわれは、いざという時に誰にも頼らず一人で決断できるように育てられていますので、 般の方から見ると、冷たいなと思われる時があると思います。一人でやっているのだから、一人にしておいてくれ、というような一面がある。上皇陛下はとてもあたたかい方ですけれど、たぶん一般の方からすればクールに見える一面もあると思うのです。 たぶんそれは育てられ方から来ているものなんです。

p113
   ――皇籍離脱後の暮らしについて、うかがいます。小田部雄次氏の『皇族』によりますと、伏見家には一時金として約四六四万円が支払われたと。使用人は五人で、月六万から七万がかかったともあります。紀尾井町にあった本邸約二万一〇〇〇坪は、その半分を財団法人住宅研究会に売却されています。
 こんなことを言ってはいけないかもしれませんが、払ったこともない莫大な税金を払わなきゃならないし、使用人の給料も払わなきゃならない。一時金なんて一方的に決められたけれど、そのくらいの金額ではあっという間になくなってしまいます。だから、元皇族の家は、いわゆる“売り食い”で暮らしてきたことになります。それでもうちは土地という資産がありましたから、八五パーセントなんていう税金をかけられても何とかなったほうかもしれません。うちの土地はニューオータニになりましたし、竹田宮は高輪プリンスホテル(現グランドプリンスホテル高輪)。でも、宮内省の土地をただで借りて住んでいた宮さまもいたわけです。たとえば賀陽さんのところなんかは本当に生活に困っていました。他にも、それこそ慣れない商売を始めて財産をなくしてしまった家もありますし、悪い人に騙された家もありますからね。

p131
   ――李玖さまとはケンタッキーまでご一緒ではなかったのですか。
 李玖さんはたしかサンフランシスコに知っている人がいて、そこで何泊かしたんじゃないかと思います。
 僕と李玖さんは、さっきの新聞では「大の仲好し」となってしましたが、仲よしというのとは違っていました。 だいたい性格が違いすぎる(笑)。こういう言い方をしていいのかわかりませんが、李玖さんは真面目で少し暗い方なんです。 それはそうですよね。親が朝鮮から日本に連れてこられて、特に戦後は朝鮮人なのに朝鮮に帰れない、かといって、日本にいれば朝鮮の王族ですからね。戦後は居場所がなくなってしまった感じで、お気の毒な立場でした。彼は後にマサチューセッツ工科大学で建築を学んで、 アメリカの設計事務所に入って、その後、朴正熙政権で韓国に戻って、日本と韓国を行ったり来たりしていました。ある時期までは学習院の同窓会などで時々会いましたが、もう十五年ばかり前に、元々李王家があった赤坂プリンスホテルで亡くなってね。葬式も韓国だったんじゃないかな、僕は行っていません。

p144-145
   ――帰国された時に、その後の進路についてはもう決まっていたのですか。
 前にお話ししたように、本当は外交官になろうと思って留学したのですが、そのためには日本で外交官試験を受けなきゃいけない。まわりに東京大学に入らなきゃ外交官試験に受からないですよ、と言われて、準備を始めたのですが、翌年の試験にはとても間に合いませんでした。
 もう一年頑張って勉強してみようかどうしようかと迷っていた頃、うちに勤めていた鳴子という事務員の親戚が当時のスタンダード・パキューム・オイル・カンパニーの日本支社ナンバー2か3のポジションにいて、その人から「うちへ来ないか」と声をかけられました。それで、話ぐらいは聞いてみようかと、横浜にあるその会社に軽い気持ちで面接に行ったんです。
 スタンダード・バキュームは今のエクソンモービルの親会社で、その後、独占禁止法でいくつかの会社に分かれ、そのうちエクソンとモービルが合併してエクソンモービルとな ったのです。ロックフュラーの会社ですから、石油会社としては世界ークラスです。それで、アメリカ人の人事部長と三十分ぐらい話をしたら、「OK。明日からすぐ来てくれ」って(笑)。「ちょっと待ってください」って言ったんだけど、それで入社ということにな ったんです。まあ、あの頃のアメリカ人は威張っていて、言葉の問題もあったんでしょう けれど、はっきりと物を言う日本人があまりいなかった。こちらはだいぶアメリカナイズ されていたので、好き勝手なことを言ったのが、かえって良かったみたいでした。
 さて、会社は横浜にあります。横浜まで電車でどう行ったらいいかもわからないから、車でいいや、と思って、また運悪く、派手なシボレーだったんだけれど、会社まで運転して行って、駐車場に入れたら、誰だ誰だってことになってしまった(笑)。「あれが伏見だよ」「へえ、入社したばっかりなのに」なんて声が聞こえてきたものだから、これはまずいな、と思って、次の日からは電車で通うようにしました。あの頃は車も少なかったから、うちから横浜まで三十分ぐらいだったですかね。暴走族並みのスピードかもしれないけれど。(笑)

p156-157
   ――皇族の方々と旧皇族の方々を結び付けているものとして、菊栄親睦会というものがあります。この菊栄親睦会という言葉自体は新聞や雑誌などで時々見かけるのですが、具体的にどういうものなのか、実はよくわかりません。(略)
 ええ。そうですね。 菊栄親睦会自体は割合に小さな集まりです。ただ、数年に一度、菊栄親睦会の大会を開いていて、その時は会員だけじゃなくて、たとえばその弟とか妹、あるいはうちの娘たちも出席しています。(略)
 今はそれほどやっていませんね。 今年(二〇二〇年)六月の大会もたしか五年ぶりで、天皇陛下のご即位をお祝いするという趣旨で行われます。 昭和の頃は定期的に行われていましたが、時代も変わって、今の上皇陛下はお忙しくしておられましたからね。
 菊栄親睦会で集まりますと、名誉会員の天皇皇后両陛下にごあいさつするということが当然あります。そういう時には、古い宮家から順にすることになっていました。だから、僕がいつもトップだったのです。 たとえば、両陛下のお誕生日——正式にはご誕辰と言うのですが――に呼ばれた時も、代表でごあいさつをしなければなりませんでした。だけど、昔は僕より年上の方もたくさんいましたし、それはやっぱりまずいんじゃないかと言って、皆さんに賛同していただいて、規約を変えました。今は年齢の順にごあいさつをすることになっています。

p177
 皇族がいちばん楽なのは、生活に困らないことです。生活には困らないのですが、自由がありません。宮さまのままだったら、できなかったことはきっと多かっただろうと思います。ただ、宮さまとしていっとき育ってきたのは事実ですから、復帰したとしてもその経験がない連中に比べれば楽ですよね。僕らだったら、また振り出しに戻るだけです(笑)。天皇陛下に復帰しろと言われ、国から復帰してくれと言われれば、これはもう従わなきゃいけないという気持ちはあります。
 一般人として生活していくのは、元皇族としての自分と今の一般人としての自分とをうまく切り替えれば、何とかなります。 会社の中で宮さまぶっていたらおかしいですし、皇居へ行ったら今度は宮さまぶっていないとおかしい。 言葉遣いだって、多少は違うわけです。
 要するに、今の僕の立場は、元皇族の一員であることを常に頭に置いたうえで一般人として生活することで、皇居に行けば元皇族とはいえ、皇族のような振る舞いをしなければいけない。いわば二重の人生ではあります。まあ、僕はアバウトな性格だから、二重の人生であることに悩んだりはしませんけれどね。

p178-179
   ――「私」のない生活なのですね。伏見さまは民間人になられても、上皇さま、上皇后さまをはじめとする皇室とのつながりがあって、直接的に公務を担われるかたちではなくても、やはり皇室を支えておられるという印象を受けました。
 そうですね。僕は何かあればいつでも陛下をお守りするつもりですし、何かあればいつでも陛下のお役に立てるようにやりますよという気持ちでいます。(略)上皇さまはいろいろなことに興味を持っておられるのだけれども、まわりになかなかそれに答えられる人がいないのです。だから、僕はこれは上皇さまはご関心があるかな、ということは積極的に知ろうと思っています。上皇さまは年も近いし、何かお聞きになりたいことがあると僕に聞いてくださいますから、それにちゃんとお答えできれば、話も結構盛り上がっていきますしね。
   ――最後に、皇室を守るという観点で、今後の皇室について心配されていることなどはありませんか。
 心配していることはもちろんありますけれども、表だって口にすることはできませんよ。ただ、一つだけ挙げるとすれば、さっきも少し言いましたが、人は急に宮さまになれといわれて、なれるものではないということでしょう。
   ――それはむしろ私たちが伏見さまのこれまでの歩みから考えていかなければならないということですね。
 皇室や皇族のことは、知らない人が多くなっているように思われます。 僕の話がそういったことを知るための、何らかの役に立つのであれば、嬉しいと思います。


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バリ島

2022-05-22 07:59:26 | Weblog
コロナ禍の前は、毎年のようにバリ島に行っていた。
空港に着くと歩いてクタの街に行き、翌日はバスかチャーターした車で山の方に向かうことが多かった。
ウブドは騒々しいけど郊外には田んぼや渓谷に臨む静かなバンガローが多く、さらにシドゥメンの方まで行くと棚田を一望するのどかな風景が残っていた。
ブドゥグルのあたりも湖を一望する安宿があり、好きな場所だった。

バリ島が懐かしく、バリ島に関するYoutube動画を時々見ている。
現地在住の日本人を紹介するYoutubeチャンネルでは、いろいろ興味深い人が紹介されていた。

・バリ島【バリ録】バリ島移住36年目!日本人だけどバリ語で生活★青春時代は暴走族★夜の街六本木で日本語を学んだ日本人 2021/12/18
https://www.youtube.com/watch?v=WSfBS2fXXxs

5歳の時に家族でバリ島に移住。現地校に通ったので中身はバリ人、という日本人が紹介されている動画を見た。

興味深いので関連動画を見ると、コロナ禍の前、旅行会社に勤務していた時には同僚たちとウブドの日系ラジオ番組に出てていたらしい。

2時間ほどの長い動画だけど、28分頃から佐助さんに関する話題が続く。
2017年5月16日に、Ubudradioがアップロードした動画。少し気になるところがあった。
・ゲスト:バリ倶楽部 さん 2017/05/16
https://www.youtube.com/watch?v=tFifzTGXCHE
(略)
同僚「佐助君の今の話って全部本になってるんですよ。これ、なんか佐助君から紹介して」
佐助「本の宣伝していいんですか。うちの家族の長い友人で、今はもうだいぶおばあちゃんなんですけど、70歳のおばあちゃんで、35年前からうちの家族と友達なので、半年に1回ぐらい来てるんですよ、バリに。ご存じですかね、あの、オダ… マコトっていう方知りません? 要は、学生運動とかっていう時代の人なんですけど、そのオダマコトさんの奥さんなんですよ。けっこうすごい人で、バリ島に毎年、半年に1回は来てて、それがまあ知り合いなんですよ。で、彼女はすごいバリ島が好きで、うちの家族とかその周りのコミュニティにすごい感銘を受けて、本を書いたんですよ。」
司会「なんていうタイトル?」
佐助「えーと、ポカン亭っていう本なんですけど、アマゾンで売ってるので」
(略)
同僚「ペンネーム何になってる?」
佐助「コダ… コウダキョウコ」
(略)
同僚「主人公じゃないんですけど、その書いている人の目線なんですけど、そこに一番コアに出て来るのが彼とお姉さん」
(略)

オダマコトの奥さんがバリ島を舞台にした本を書いたらしい。ペンネームはコウダキョウコ。学生運動の頃のオダマコトといえば、小田実さんのことだろう。でも小田実さんの奥さんといえば、玄順恵(ヒョン・スンヒェ)さんではないだろうか。

2017年当時、1953年生まれの玄順恵さんはまだ64歳。70歳ではない。
当時37~38歳の人から見て「だいぶおばあちゃん」という歳でもないような気がする。
小田実さんには、玄順恵さん以外に奥さんがいたのだろうか…

> 玄順恵[ヒョンスンヒェ]
> 水墨画家。植民地時代に日本へ渡ってきた済州島出身の両親のもとで、1953年、神戸市に生まれる。82年に作家小田実と結婚。水墨画の他に、装丁、装画、挿絵の仕事を手がける

あるいは、玄順恵さんのペンネームがコウダキョウコなのだろうか。
amazonを見ると、『バリ島クタ蓮横丁のぽかーん亭』(現代企画室、2002/12/1)の著者は、国府田恭子さん。同じ著者名で、他の出版物は無い。

「国府田恭子」で検索すると、英語教室の主催者がいるようだ。この人は、玄順恵さんとは別人なのだろうか。2人の顔の輪郭が似ているような気もするけど、写真が小さいのでよくわからない。
https://www.ekiten.jp/shop_62016848/staff/staff_60239/


いろいろ検索すると、小田実さんと同い年だった元NHKの人による回想が興味深かった。小田さんは大柄で気配りのある関西人だったようだ。
しかし、小田実さんの奥さんのことについてはあまり詳しい情報が見つからない。頻繁にバリ島に行っていたのだろうか。謎。
http://meisternet.jp/hp/index.php/2017-04-17-09-32-39/28-tureduregusa/157-2011-01-03-02-22-09

> 思い出すと、小田は、人に応答するときの相槌が、知遇の度合いに応じて「そうですか」から、自然に「そうなんか」と変化して行き、それに連れて、相手に対する呼称も「貴方(あなた)」から「君(きみ)」に、何時の間にか移行していたように私は記憶している。彼が口にした「あなた」は、標準語と称されている東京地方の言葉では「な」に力を入れているが、彼のそれは違った。それは、「あ」を強く発音するものだったが、本来は、「あんた」が普通だった「関西弁」という「言語生活」の世界にいた彼が、居住まいを正すかのごとく、どこか思い切って「標準語」を口にしているようでもあった。
> 小田には、勿論、自己主張はあったが「自己演出」は感じられなかった。
> また、再会の挨拶も、恐らく、普段は「どや」とか「どやね」と言っていたものを、小田は「標準語」の世界に合わせて、「元気ですか」と言うことにしていたようだったが、親しくなると「元気?」と、どこか女性の言葉の様な、労(いたわ)りにも似た様な言葉が、彼の、あの大きな身体から出てくるのは人知れず可笑しく私には感じられた。
(略)
> そのような接触を通して小田を眺めた私の印象では、小田は繊細で、鋭利な剃刀(かみそり)ではなく、鉞(まさかり)のような男で、強靭な意思を秘め、やや直情径行、しかし、その挙措の波紋や飛沫の掛かる人間たちについても、いちいち具体的な始末までは出来なかったが、敏感に気配りする男だった。運動の参加者に関しても、相手によっては、「俺は《ええ(好い)》けど、彼には《きつい》やろ」などと呟くこともあった。



5/22追記 『バリ島クタ蓮横丁のぽかーん亭』のあとがきを見ると、次のような記述があった。
> p257 (略)今、バリ島が自分の故里だ、と感じているのは確かだ。自分には帰るべき故郷はなく、根無し草だと思っていた私が、半世紀生きて、別世界に故里を見出せたのは、なんという幸せだろう。

2002年刊行の本に「半世紀生きて」と書いているということは、1953年生まれの玄順恵さんと矛盾しない。
やはり、玄順恵さんのペンネームが、国府田恭子なのかもしれない。



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佐藤優というタブー

2022-04-18 21:00:16 | Weblog
佐高信さんという評論家が『佐藤優というタブー』という本を書いたので、佐藤優さんは名誉棄損で訴えているらしい。
昨年、ネットの記事を興味深く読んだ。

・佐藤優批判はタブーなのか!? 佐高信の著作めぐり1000万円の名誉棄損裁判に
2021年4月29日 エコノミストOnline
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20210429/se1/00m/020/001000d

・辛口評論家〟佐高信の反論インタビュー
全文掲載【佐藤優vs.佐高信「名誉毀損バトル」】佐高信「言論人なら法廷でなく『言論』で戦え!」 ZAITEN 2021年07月号
https://www.zaiten.co.jp/article/2021/06/post-192.html


『佐藤優というタブー』(旬報社、2021年)という本は、『創』、『月刊社会民主』、『月刊ロジスティクス・ビジネス』、まぐまぐのメルマガ「佐高信の筆刀両断」の連載などに新しい原稿を加えて再構成した本らしい。
佐藤優さんに関する記述は前半部分に集中している。

遅ればせながら本を入手して流し読みしてみたが、事実がどうなのかはともかく、相変わらず佐高さんの「誹る(そしる)」「貶す(けなす)」といった印象の文体に違和感を覚える。

佐藤優さんのことを「知識の干物」とか「創価の犬」「陰険で暗い」とか「卑しい」と記述。
見下すような表現を使わないと意見が言えないのだろうか。

佐高さんは、「言論人なら法廷ではなく言論で戦え!」と言っているようだが、そうであれば、佐藤優さんも「言論人なら論理的に表現してほしい。唾を吐きかけるような言語表現は暴力や侮辱に相当する。私はそのような態度で対抗したくない」とでも言えばいいのではないだろうか。
言論人であれば、侮辱に侮辱、非難に非難で対抗したりせず、論理の通じない人とは距離をとって裁判所に判断を任せるという選択もありえる。


佐高さんは20年前にはNHKで常連だったみたいだが、安倍政権以降保守的な勢力にパージされたというのは自己評価が高すぎないだろうか。
単純に、むかしは社会で許容されていた暴力的な発言が、現代では通用しなくなったというだけという可能性が高い。
(左派に同調的な職員がこの10年20年で続々と定年退職していることも関係あるのかもしれない。知っている元職員たちもいわゆる左派的な人が多かった)

漫才師だって過激などつき漫才が世の中に受け入れられなくなってきたと見ると、誰も傷つけない漫才を生み出して人々を楽しませている。
佐高さんも自分のスタイルに保守的にならず、周囲を観察して表現を変えてもいいのではないだろうか。
そうしなければ、やがてその暴力的・侮蔑的な表現が跳ね返って来て、佐高さんの世界を狭めてしまう可能性が高い。

おそらく、編集者は佐高さんの原稿をかなり穏健な表現に変えているのだろう。それでも出版するには厳しい状況になってきているのではないだろうか。
そのようなことをうっすらと考える。

タブロイド紙や総会屋系雑誌などでは品のない表現でもある程度許容されるのかもしれないけど、評論家を名乗るのであれば、分析的な説明を端折らないでほしい。
「自分が土下座する人間は容易に他人を土下座させる人間である。よほど人間をバカにしていなければ土下座などできるものではない。」
という一文も説明不足ではないだろうか。因果関係がよくわからない。
「心から謝る姿勢を見せる人は、他人に対しても心から謝ることを強いる。他人を尊重している人は心から謝る姿勢などできない」ということ?
「絶対服従のポーズを見せる人は、他人に対しても絶対服従のポーズを強いる。他人を見下している人は絶対服従のポーズができる」ということ?
なぜ土下座をすることが、人を見下していることにつながるのか、丁寧な説明がない。

私から見れば、むしろ「侮蔑的・攻撃的な表現を多用して人を見下す人は、他人から価値を見出されにくい人である。よほど人を見下していなければ侮蔑的・攻撃的な表現を多用できるものではない」などといった認識の方が理解しやすい。

品性があって思慮深く穏やかな人は、「品がない!」「教養がない!」「バカにしている!」「暴力的だ!」などとあまり口にしない。
「品がない!」「教養がない!」「バカにしている!」「暴力的だ!」と言っている人を見ると、「人に言える立場なのだろうか」と感じることが多い。
ほんとうに教養がある人は、上には上があることを意識し、自分はまだまだだ、などと思っているのではないだろうか。そんなことを考える。
ぜひ、分析的で目を見開かされるような視点がある、知性にあふれた評論を読んでみたい。

敵を設定して罵ってやっつけて問題解決、というような姿勢は、今の時代にはあまり通用しないのではないだろうか。
物事の構造を把握しなければ、問題の解決はむずかしい。
同じような構造を持つ問題であっても敵であれば攻撃、味方であれば擁護、などといった姿勢を見せる人は、問題を解決する力がないと思われてしまうおそれがある。


<参考>
『佐藤優というタブー』佐高信著、旬報社、2021年
P6
 私は二冊も佐藤と共著を出した責任を感じて、ここで佐藤批判を、特に佐藤ファンの読者に届けたい。
 佐藤は端的に言えば“雑学クイズ王”である。確かに博学であり、小さなことまでよく知っている。しかし、それは断片的なものであり、生きてはいない。知識の剥製と言ったらいいか。干物の知識である。

P9
目次
はじめに――佐藤優は雑学クイズ王………3
一――右顧左眄する臆病なオタク、佐藤優………13
佐藤優にとっての三つのタブー………14
佐藤優はソウカの狗………21
(略)
“矮小な思想家”佐藤優が守ろうとした“国益”………36
コウモリ党と創価学会をかばう佐藤優へ………37
(略)

P21
佐藤優はソウカの狗
「喪家の狗」という漢語がある。喪中の家の犬、もしくは宿なし犬のことである。
 やつれて元気のない人をそう呼ぶこともあるが、創価(学会)の犬でもある佐藤優は太ってはいても、やつれてはいない。
 池田大作著とされる『新・人間革命』をそのまま無批判に引き写した『池田大作研究』(朝日新聞出版)を出したり、原発推進の新聞広告に出たり、宿なし犬は誰でも主人にするのかとあきれるほど忙しい。

P32
 自分が土下座する人間は容易に他人を土下座させる人間である。よほど人間をバカにしていなければ土下座などできるものではない。佐藤よ、お前もか! 私は信じられない思い出いっぱいだった。

P51
 陰険で暗いという点で北村と佐藤は共通する。

P83
 二〇年前のこのころは、私はNHKのほぼ常連だった。「日曜討論」などにも何度か出たし、少なくとも忌避されてはいなかった。
 しかし、最近そんな話をすると、
「えっ、サタカさん、NHKに出ていたんですか?」
とビックリされる。
 私の感覚では安倍(晋三)政権になってから、明確にパージされたように思う。


追記
amazonの、30歳ぐらいの人のレビューが興味深かった。佐高信さんも、こういった分析的な記述ができれば、お仲間以外の人にも意見を受け入れてもらえるのではないだろうか。
https://www.amazon.co.jp/%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%84%AA%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC-%E4%BD%90%E9%AB%98-%E4%BF%A1/dp/4845116812
★★☆☆☆ GaMy
(略)
評者の親や祖父母も左派(というよりガチ左翼)であったが、自民党や公明党などに関する一切合切を批判して、与党議員の人格などを全否定してしまうような傾向があったが、左右どちらにも言えることだが、一度強烈なバイアスを持ってしまうと反対意見を持つ者が全て下劣に見えてしまうものである。佐高氏もそういうバイアスの持ち主であるか、もしくは自身はそうでなくても、そういうバイアスを持った人を喜ばせるために叙述活動をしているのだと思う。こういう評者の考えも佐高氏への否定的なバイアスかもしれないのではあるが。
ある立場からの人格攻撃とセンセーショナルな罵詈雑言は、特定の立場の人には受けるが、それ以外の人にはただの汚い言葉の羅列になる。佐高氏の叙述スタイルは、いわばネット右翼の見るに耐えない言説の、左翼バージョンのようにしか評者には映らなかった。評者はいまだに左派という立場を卒業しきれていないが、それでもこの佐高氏の叙述スタイルは好きにはなれなかった。これは佐高氏のような学生闘争世代の攻撃的な言説に慣れている世代と、29歳の評者のようなソ連崩壊後の世界しか知らない世代のギャップなのだろうか。
(略)
評者は佐高信という人物をよく知らないのであるが、彼は広瀬隆のような左派のトンデモ言論人なのだろうか?
もちろん、左派には沢山のまともな言論人がいるのであるが、正直なところ、本書は佐高氏のオヤジギャグのような口の汚いブーイングが、面白いような、不快なような、微妙な感情を抱いたが、内容は薄っぺらいというかなんというか・・・

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国際ヨモギ研究財団推薦よもぎ葉茶

2022-03-07 22:08:48 | Weblog
むかしからヨモギにはなじみがある。
幼少時、怪我をした時にはヨモギを揉んで汁を付けていた。
草餅もおいしかった。
身近な薬草というか、ハーブだった。

田舎でヨモギやミツバや山椒の葉などといった日本のハーブに親しんでいたこともあり、学生時代はハーブのサークル活動をしていたこともあった。
毎週集まってハーブティーを飲んだりハーブを使った料理を食べたりしていた。
サークル代表の男は現在ソムリエ。副代表?だった私は今も植物好き。
それにしても、サークルを作ると女性がたくさん入ってきたのだが、代表の友人も私も一切手出しはしなかった。なつかしい思い出だ。

それはともかく、沖縄に行くとときどきヨモギを買ってくる。
沖縄ではフーチバーと呼ばれ、ヤギ汁や雑炊に入っている一般的なハーブだ。
ニシヨモギという種類のヨモギらしい。関東から九州、沖縄、台湾、東南アジアまで広く分布しているとか。

1月に石垣島に行った時は産直市場でフーチバーを一袋(108円)購入し、持って帰って来ていろいろ料理に使わせてもらった。
刻んで卵と混ぜて焼いて焼いてもなかなかおいしかった。

茎ごと料理に使うこともあるが、今回は残した。捨てるのは惜しくコップの水に挿しておくと、何週間か経つと根が出てきた。
そこで、100円ショップで買ったプランターと鉢と赤玉土とハーブ用の土と鉢底石を用意。
以前牡蠣を食べた時に残しておいた殻を10枚ほど焼いて砕き、土と混ぜ合わせてプランターと鉢に入れた。
沖縄は琉球石灰岩の土地が多いから、アルカリ性に近いのではないだろうか。その状態に近づけたい。

春の日差しを浴びてどんどん成長してくれることを願い、現在はプランターと鉢をベランダに出している。
雑草同然なのでたくましく育ってくれると思うが、どうなるだろう。

そんなことをしているくらいヨモギ好きの私は、以前からときどきヨモギ茶も飲んでいる。
ドクダミ茶の方がやや清涼感があるので仕事中には向いている気がするが、ヨモギ茶もやさしい味わいでわるくない。

今飲んでいるヨモギ茶の袋を何気なく見ると、「国際ヨモギ研究財団推薦」と書いてあるのが目に入った。
奈良県東吉野村産、深吉野よもぎ加工組合のよもぎ葉茶を、国際ヨモギ研究財団が推薦しているらしい。
どういった団体だろう、もしかしてヨモギ好きの私の好きそうな情報があるのだろうか、と思って "国際ヨモギ研究財団" で検索してみたがなかなか情報が出てこない。

> よもぎテラピーdeデトックス | 気まぐれ料理 - Amebahttps://ameblo.jp › akebeecan › entry-12065194660
> 2015/08/23 — 国際ヨモギ研究財団(理事長ことヨモギ博士:大城 築 《おおぎ きずく》氏)の推薦を受けました~. レイコ先生は. 日本にまだよもぎ蒸しサロンが無い時 ...

> 三六五(みろこ)石鹸 ~ますます、シリーズ - ポレポレ ...https://polepolefactory.com › products
> 2020/02/19 — 奈良県吉野郡の無農薬・有機畑で育てられた「ヨモギ粉・花穂(国際ヨモギ研究財団推奨品)」を練り込んだ、優しい緑の石鹸。自然のよもぎの香りが ...

> #さがみっこ Instagram posts - Gramhir.comhttps://gramhir.com › explore-hashtag › さがみっこ
> 米粉のよもぎシフォン一年を通して畑に農薬を使わず、無農薬で大切に育てられた奈良県東吉野村産のよもぎを使用しました☺️ こちらのよもぎは、国際ヨモギ研究財団 ...



「ヨモギ博士:大城 築 《おおぎ きずく》氏」という記述があったので検索してみると、
「よもぎ健康法研究会総本部 創始者・会長 大城築」という人がいるらしい。
https://ameblo.jp/grind-house/entry-12667688418.html

・大城築-よもぎ健康法研究会 創業55周年記念
https://oogi.yomogi.net/?fbclid=IwAR0F3EvP66_qsRCi2DHEbJh9MgxnxzOM9HhZO8OF5I48eqlXsl6HKYH42nk

しかし、どこを探しても「国際ヨモギ研究財団」の名称が出てこない。どういうこと?

公益財団法人や一般財団法人を検索できるサイトで「よもぎ」や「ヨモギ」で検索したけど何もヒットしない。

・国・都道府県公式公益法人行政総合情報サイト 公益法人 i nformation
https://www.koeki-info.go.jp/pictis-info/csa0001!show#prepage2

もしかして、「国際ヨモギ研究財団」という財団は存在していないのか?

「深吉野よもぎ加工組合」が、もし存在しない財団名を宣伝に使っているとしたら、優良誤認の不正表示として景品表示法に違反するのではないだろうか。

「深吉野よもぎ加工組合」のサイトには「大城築先生プロフィール」というページもあるようだが、そこにも「国際ヨモギ研究財団」についての記述はない。
http://uda-yomogi.com/post-1072

もしかして、海外の財団なのだろうかと思って検索すると、下記の団体があった。
代表者は大城築(おおぎきずく)氏なので、「国際ヨモギ研究財団」はこの団体のようだ。
正式な財団法人でないのであれば、「国際ヨモギ研究会」と訳した方がよいだろうか。
しかしなぜハワイで登録しているのだろう。
それに、この団体の公式ホームページが見つからない。活動実態のない、登録だけされている団体なのだろうか。

・INTERNATIONAL MUGWORT RESEARCH FOUNDATION
https://opencorporates.com/companies/us_hi/236464D2
INTERNATIONAL MUGWORT RESEARCH FOUNDATION NONPROFIT
Company Number
236464D2
Status
Inv. Dissolved
Incorporation Date
27 June 2012 (over 9 years ago)
Company Type
Domestic Nonprofit Corporation
Jurisdiction
Hawaii (US)
Business Classification Text
MUGWORT HERBS CONTAIN ALL ESSENTIAL NUTRIENTS FOR HUMAN HEALTH AND BEAUTY. BASED ON OUR SCIENTIFIC AND MEDICAL RESEARCH. WE PROPAGATE THE MEDICINAL USAGE OF THESE HERBS TO PROTECT, RESTORE AND BALANCE THE BODY AND ITS MANY SYSTEMS.
Inactive Directors / Officers
ARTHUR O. YAMADA, agent
OHGI,KIZUKU, president, 1 Apr 2013-
OHGI,KIZUKU, director, 1 Apr 2013-
OHGI,MASAYO, vice-president, 1 Apr 2013-
OHGI,MASAYO, director, 1 Apr 2013-
YAMADA,ARTHUR O, director, 1 Apr 2013-
Registry Page
https://hbe.ehawaii.gov/documents/business.html?fileNumber=236464D2



しかーし、よく見てみると代理人のところに、ARTHUR O. YAMADAの名前が!
> AGENT NAME ARTHUR O. YAMADA

アーサー・O・山田さんといえば、ディプロマミル(学位商法)で有名な非認定のホノルル大学を運営していることで有名。
日本生まれのアーサー・O・山田こと山田乙彦さんは、価値の無い賞を受賞させるビジネスにも関わっている。。。

https://www.tsuhanshimbun.com/products/article_detail.php?product_id=1463&_ssd=1
> 消費者庁表示対策課は3月8日、化粧品通販を展開するリソウが自社商品や技術について「日本初の快挙!国連から特別功労賞!」などと広告していたことが優良誤認に当たるとし、景品表示法に基づく措置命令を下した。これに対し、リソウは「そういった賞があると疑いもしなかった」と被害者然とする。だが、あまりにとぼけたその弁解を、容易に認めることはできない。今回の措置命令は、第三者からの信用を巧みに利用した、安直なマーケティング手法に警鐘を鳴らすものでもある。
(略)
 一方、リソウが説明する受賞経緯はこうだ。
 ハワイに拠点を構え、山田乙彦なる人物が理事長を務める「世界平和文化財団」からある日手紙をもらった。内容は、化粧品原料に自社栽培する無農薬米を使っていることに対し、「"そのような取り組みはそうそうにない"ということで国連顕彰に推薦したいと思っているがどうか」というもの。リソウとしても「せっかくの良いお話であればお願いしたいということで山田先生にお願いした」というのだ。
(略)


世の中にはさまざまな宣伝文句がある。
少しでも価値があるように見せようとして、さまざまなNo.1表記や受賞歴や権威のありそうな肩書を記載する。
だけど、それが張りぼてであることが明らかになると、尊敬されるどころか、残念な人扱いされてしまう。ひどい場合は犯罪人になってしまう。

宣伝文句には要注意。ほんとうの価値を自分の力で見出せるように、気をつけたい。


深吉野よもぎ加工組合さんも、せっかくいい製品を作っているのだから、活動実態のあやしい、HPすらない「国際ヨモギ研究財団」の推薦などと名乗らない方がいいのではいいのではないかと思う。


3/8追記
以前、山田アーサー乙彦? さんについて少し調べたことがある。
現在ネット上で確認できないページもあるが、山田乙彦さんは1969年に鹿児島大学水産学部水産製造学科を卒業した人のようだ。
そうすると、健在だとしても75歳ぐらいだろうか。
学位商法(ディプロマミル)とか顕彰ビジネスといったアンダーグラウンドな世界に興味のある人の間では、少し知られている人だと思う。

※2013年のメモ
  ↓
鹿児島大学水産学部同窓会サイトより
http://www.gyosui.net/hp/honbu-H14.htm
§<平成14年4月10日掲載>
 平成14年3月18日にホノルル大学学長(ハワイ)の山田乙彦先生(昭和44年水産製造学科卒)が来学され,「これからの大学における研究と教育」という演題でご講演いただきました。講演会には,山田先生の水産学部在学時の恩師である柿本大壱先生(魚水会名誉会員)にもご出席いただき,当時の水産学部のお話しをお聞かせいただきました。


財団法人総合教育研究所(米国ハワイ国際大学連合オリエント地区統括研究機関)サイトより
http://ouyoushinri.com/news.html
平成24年度 第26回・応用心理カウンセリング研修開催
(略)
米国ハワイ国際大学(旧ホノルル大学)からは、山田乙彦総長が来県し、健康医学についての講義をされ、酵母の大切さを訴え、生徒全員が講義に集中興奮をしていた。また、米国合衆国、ハワイ国際大学の意向についての説明もあり、留学も叶ことも伝て皆から喜ばれていた。


ビジネス英語雑記帳(別宅)
2009年7月29日 (水曜日)「インチキ大学・ニセ学位(続)」
http://tottocobkhinata.cocolog-nifty.com/bizieizakkicho/2009/07/post-f9fd.html
実は某大手出版社のサイトに、堂々と著者名のあとに(ホノルル大学教授)と表示してある例があるのです。上記記事で、出版社がこういったインチキ学位ないし大学を、知らないとは言え、後押しする格好になっているのは問題ではないかと指摘しましたが、まるで問題意識がないようです。語学物を出されている出版社の方々は、今一度、例のインチキ大学リストをご覧になり、ご自分たちの関与している執筆者達の経歴を洗い直してもいいのではないでしょうか。
食品の不当表示が一時社会問題化しましたが、調べる手だてのない消費者の信頼を裏切っているという意味で、本質的にはそれに通ずるものがあります。法務部門まである立派な出版社が万一、こうしたディプロミルに関わっていたことが露見するに至れば恥の上塗りというものでしょう。



3/14追記
そういえば、「INTERNATIONAL MUGWORT RESEARCH FOUNDATION」という団体に関して、次のような記述があった。
> 7 Dec 2018
> INVOLUNTARY DISSOLUTION

INVOLUNTARY DISSOLUTIONは、非自発的な解散。
この団体は、2018年12月7日に強制的に解散させられている。すでに、国際ヨモギ研究財団という団体は存在していないのだ。
財団法人ではなさそうとか、実体がなさそうという以前に、そもそももはや登録上も存在していないのだ。
そのような団体の推薦を名乗るべきではないのではないだろうか。
奈良県深吉野よもぎ加工組合につながりのある人はぜひ教えてあげてほしい。

ちなみに、「arthur o. yamada」で検索すると24団体がヒットする。国際心理学研究財団、国際カイロプラクティック研究財団、日米教育文化交流協会、国際アンチエイジング研究財団、世界平和子ども財団、国連世界人類機関など、もっともらしい名前の団体が多いが、おそらく活動実態はなかったのだろう。どれも強制解散となっている。
https://opencorporates.com/officers?q=arthur+o.+yamada&utf8=%E2%9C%93

(参考)
https://www.markresearch.com/involuntary-dissolution/
> 会社の解散には会社の議決によって行なわれる任意的解散(Voluntary Dissolution)と非任意的解散(Involuntary dissolution)があります。
> 任意的解散は取締役会または株主総会の決議を経て進める通常の解散手続きです。
> 非任意的解散は、裁判所による解散命令のほか、税金の滞納や年次報告書の未提出などに起因する行政による法人格剥奪処分があります。




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「頭が悪い人」とか「クソだ!」とか

2022-03-06 20:26:20 | Weblog
メディアでよく目にする、ひろゆきとかホリエモンといった人々が「頭が悪い人」とか「クソだ!」という言葉を使うことに違和感がある。

おそらく、一言で否定したい、生理的に受け付けない、といった感覚を率直に表現しているのだろう。
くだけた気軽な言葉として好意的に受け取っている人もいるかもしれない。

だけど、配慮に欠けた言葉ではないだろうか。

「頭の悪い人」という表現は、「体の悪い人」「容姿の悪い人」などにも通じる。
脳機能に問題のある鬱病や統合失調症の人が、「頭の悪い人」という否定的な言葉を聞いたらどう思うだろうか。
病気で歩くのが遅い人が、「足の悪い人だ!」と失笑されたら、どう感じるだろうか。
病気で視野の狭い人を、「目が悪い!」と切り捨てることは、思考の幅の狭い人に対して「頭が悪い!」と言うことにつながらないだろうか。
なぜ拒絶したり見下したりする必要があるのだろう。

世の中には健康体の人もいれば病気を抱えた人もいる。経済的に潤っている人もいればその日暮らしの人もいる。背の高い人もいれば低い人もいる。知能指数の高い人もいれば低い人もいる。若い人もいれば老いた人もいる。
そういった多様性があるのは自然の摂理に沿った状況なのだから、ひとつの観点から「劣っている」「価値がない」と認識される存在を排除・否定しなくてもいいのではないだろうか。

そもそも、なぜ思考レベルの低いことが否定されなくてはならないのだろう。
もっとも、ちょっと意識の高い人が、勘違いをしているというか成功につながらない道に進みがちなこともある。
彼らが自分でその道を選んで進むのは別にいいが、他の人にまで影響を及ぼすこともある。
そのような人たちに関わりたくないから、反射的に払いのけるように「頭が悪い!」「クソが!」と漏らすのならまだわかる。
別に好かれたくもないし、嫌われたっていい。むしろ、自分のことを嫌ってもらっていいからすぐ離れていってほしいと思っているのかもしれない。
あえて、「頭がわるい」という俗悪的な言葉を使って拒絶しているのだろうか。


「クソだ!」という表現もどうだろう。
排泄物は肥料として活用されることもある。排泄物に価値を見出さず拒絶するのは、排泄物に対して失礼ではないだろうか。
排泄物の管理や活用に関わっている人を見下したり蔑視することにもつながりかねない。

自分の体内にもたくさん抱え込んでいる排泄物を価値のないものとして見下す必要はないのではないか?
排泄物には「肥え(こえ)」という呼び名もある。肥溜めとか肥桶とか。
農村部の人にとって人糞は貴重な肥料だった。
私の実家では2000年前後までは人糞を肥料にして何百坪かの畑で野菜を育てていた。
親や近所の人たちが「クソだ!」などと発言する様子は一度も見たことがない。

もしかしたら、ちょっと意識が高いように見えるけど事実上だまされているような人々に対して、「お前たちは稼いでいる人たちのいい養分になってしまっているだけの肥料のような人間だ!」と喝を入れようとして「クソだ!」と言っているのだろうか。


ひろゆきとかホリエモンといった人たちは柔軟な思考や広い視点を持ち、当意即妙の受け答えができる「頭のいい人」だと思うが、どうして視野の狭い子どもがよく使うような、「頭が悪い」とか「クソ」という表現を多用するのか不思議に感じる。

あまり物事の仕組みに目を向けようとしない、自分の頭で考えようとしない人たちにも、自分たちの言葉が届くように、わざと子どもっぽい言葉を使っているのだろうか。

あるいは、そういった人たちの裏をかいて、皮肉として多用しているのだろうか。
「頭が悪い」とか「バカ」といった安易な表現を使う人こそ、本当の意味で頭が悪いんだよ、とか
「クソだ!」とか「ムカツク!」といった感覚的に否定してばかりの人こそ、自分の世界を狭めて袋小路に入って夢想に逃げてしまうんだよ、とか
人をバカにした態度をとっている人を持ち上げることなんて意味ないよ、早く気づけよ、といったことを伝えようとしているのだろうか。


本当に頭の機能にすぐれているというか言語表現に巧みな人は、安易に否定する言葉を多用しない。
アホとかバカとかマヌケとかクソなどといった罵倒語の多用は、猫パンチ並みに破壊力が弱く、客観的に見るとお粗末な印象。そのことをわかっている人は、罵倒語なんて使おうとも思わない。
スマートに関節技を決めるには無駄な威嚇も大声も必要ない。

時代も変わった。
学生運動の頃は、罵倒語や感情的な表現も、士気高揚や熱気演出などのために許容されていた。
しかし、当時の言葉が抜けていない高齢の評論家が熱く語っても、なかなか現在の人々には届かない。
煽情的な表現や罵倒語は、論理的な説明を放棄した暴力的な行為だと思われがち。
評論家の佐高信さんは、相変わらずの論調で名誉棄損か何かで佐藤優さんに訴えられているようだが、現代では有罪になってしまう可能性も高いのではないだろうか。

現在ニュースサイトやメルマガなどで目にする、学生運動世代というか1940~1950年代生まれの評論家たちの文章表現には違和感を覚えることが多い。
佐高信さん(1945年生)、高野孟さん(1944年生)、山口二郎さん(1958年年生)、浜矩子さん(1952年生)、金子勝さん(1952年生)、新恭という人も1952年前後の生まれではなかっただろうか。
けなすような表現を使わなくても、人を追い詰めることは可能なのだが、その技術は磨かなかったのだろうか。

左派の人たちが暴力的な表現を克服できないうちに、右派の人たちが丁寧な表現を磨いてきていないだろうか。
百田尚樹さん(1956年生)などは相変わらず乱暴な言葉も使っているようだが、櫻井よしこさん(1945年生)は、口汚く罵るようなことはしない。
もっとも、右派論客とされがちな櫻井よしこさんや三浦瑠麗(1980年生)などは保守派というよりは、保守リベラルとでもいうような立ち位置ではないかと思う。
それでも、現代の日本において社会主義や共産主義に親和的な人々が大きく勢力を縮小し、核武装論議や憲法改正論議が全否定される風潮が弱まっているのは、右派の人たちが自分たちの価値観を守るために怒鳴ったり罵ったりといった攻撃的な姿勢を見せなくなった(少なくとも目立たなくなった)ことが影響しているのではないだろうか。

ぜひ、学生運動世代の人たちにも、感情を煽るような言辞の多用ではなく、論理的な解説を求めたい。いつまでも「右派はバカだから」みたいな態度でいると負けてしまう。

私がヤフーニュースなどを見ていて感心することが多い記事を書く人は、1970~1980年代生まれの人が多い。
窪田順生(1974年生)、安田峰俊(1982年生)などといったライターさんの記事は実に興味深い。
中川淳一郎(1973年生)、山本一郎(1973年生)といった人の文章もおもしろい。

彼らは、右派の人からは左派、左派の人からは右派と言われてしまうような人たちかもしれない。
だけど、一見して右派とも左派とも判断がつかない、親政府なのか反政府なのかもわからない。主義に基づいて仲間と敵を分けて擁護と攻撃をくりかえすようなこともしない人々こそ、誠実なのかもしれない。
是々非々というか、物事の構造をありのままに認識しようとする人は、時に忖度なく常識やルールを乗り越える。
そういった人々のなかに、ホリエモン(1972年生)やひろゆき(1976年生)も含まれているのかもしれないと感じていた。
彼らが使用する、人を見下したような表現は、1940~1950年生まれの評論家にありがちな表現とは意味合いが異なるのだろうか。これからも注視しておきたい。


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大暴落

2022-03-05 22:12:16 | Weblog
数か月前、オンライン証券のマイページのスクリーンショットを残した。
持っている株が大きく上がり、もう後は下がっていくだけだろうな、と感じたので、株価のピークを記録しておいた。

案の定、翌週から株価は下降してあっという間に半分以下に。
しかも、数百万や1千万でとどまらず、2千万、3千万と大きく価値を下げている。大暴落だ。しがない平社員にとってはかなり大きな損害。

私はあまりお金に興味はなく、少し持っている株も10年以上放置したままだが、それでも今回はそれなりにショックを受けた。気にしていないつもりでも、朝起きると株価大暴落のことが脳裏をよぎったりする。
さすがに何千万円というお金を失うのは、数万円なくすこととレベルが違い、少しは潜在意識にダメージを与えるようだ。

「3千万円失うぐらいだったら宿代を節約せずもっと優雅な旅行をしておけばよかった」とか、「売りに出されている鎌倉の山林を買っておけばよかった」とか、「安い中古マンションを買っておけばよかった」などと、つい後ろを向いてしまう。

しかし、持っている株の評価額がピークに達したと感じた時、私は2つの方向を検討していた。
「多くの人が株価の下落を予想しているので全部売り払って一度現金化する」あるいは、「毎年ウン十万の配当金を受け取り株主優待を利用するために株を所持し続ける」という選択。

私は、リスクを考えつつ、「めんどくさい」ということを理由に株を所持し続ける方を選んだ。
自分で選んだ結果なので、後悔しても仕方がない。
賭けに負けたのだ。
ついでに言うと私は賭けに強くない。スーパーのレジは、私が選んだ方に限って進むのが遅い...


こうなった以上は、状況を分析して、次の行動に移るしかない。

興味があるのは、大きく下落している割安株の購入だ。
しかし、これもまた難しい。底だと思って買ったらまだまだ下がる、ということも珍しくない。

様子見中だが、いくつか気になる株がある。
配当率が4%以上ある安定企業や、現在は配当率が低いけど数年後に大きく成長が見込める企業など。

いちばんリスクが低いのは、数か月のうちに大きく株価が下がったら、瞬間的に配当率が上がった安定企業の株をまとめ買いすることだ。
配当率が5%であれば、手取りは4%程度。500万円の株を買うと毎年20万円手に入る。

株の配当で毎年200~300万円もらえるようになれば、早期リタイア、FIREが視野に入るのではないだろうか。
何もしないでも毎年200~300万円入ってくるのであれば、お金のために働く必要はなくなる。ハーブ栽培とか便利グッズ発明とかギャラリー経営とか、自分の興味のあることを半分遊びのように取り組むことができる。

そういうわけで、株の大暴落バーゲン期間中に、自分なりにいくつか株の購入を検討しておきたい。



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受け流す技術

2022-02-22 22:44:33 | Weblog
以前、同僚と話の流れで、「私は損をしてもいい」というような話をした記憶がある。
同僚の驚いた顔が意外だった。そんなに損をしたくない人が多いのだろうか。

私は少しぐらい自分が損をしてもいい。バカにされたっていい。見下されてもいい。誤解されて咎められても仕方がない。
人はそれぞれ考え方や感じ方が異なるから、その中で自分が困難な立ち位置に追いやられることもあるだろう。
殴られたり蹴られたり盗まれたりといった物理的な被害を受けることは避けたいが、見下し、否定、差別などといった拒絶反応は、受け止める側の姿勢によってダメージを変えることができる。

バカにされようが、見下されようが、嘲笑されようが、プライドの高くない人にはあまり響かない。
自己肯定感の低い私などは、「まあ、しょうがないよね」といった感じで、心理的無抵抗状態というか流されるまま状態。
たまに、バカにされて「悔しい、恥ずかしい」などといった感情を覚えることもあるが、そういった感情を持つ自分に未熟さを感じる。

一般的に、自分を否定されたり価値のないものとして扱われたりすると、生命の維持を脅かすことにつながりかねないので、本能的に反発するのは当然だろう。
だから、世界中で多くの人が見下しや差別や不公平に対して怒りや悲しみを見せている。
(物理や化学、数学といった世界の構造を解明する分野では、「差別は絶対にダメだ」ということを証明することはできない。あくまで、人間が社会の維持存続のために不都合が生じるから「差別は絶対にダメだ」と仮定しているだけである、ということを意識しておかないと、世の中の多くの人権活動家や反差別運動家のように論理を誤ってしまう。「差別はダメだ」「戦争はダメだ」「神様は絶対だ」などと言う人たちは、「地球は動かない」と言う天動説信奉者のようなものかもしれない。それはそれでいいんだけどね。そういう認識の人がいるのも当然だから)

ただ、世の中には、自分の利益どころか、自分や所属する家族・民族の生命の維持を最重視していない人だっている。
自分の利益を求めず、自分の命を削ってまで他人のために献身的にはたらいている人も少なくない。

自分の身を守ることを重視する思考から解放されることで、見えてくる世界も広いのではないかと思う。

鬱病になる人はまじめな人が多いと聞く。私の周囲でも、勉強熱心でアイデアの多い人や誠実で穏やかな人、情報量が多く起業経験のある人など、仕事のできる人が鬱病になったり再発したりしている。

彼らがもし、「私はバカでクズでノロマで臭くてブサイクで仕事できなくて素っ頓狂だから、拒絶されても見下されてもしょうがないね」と認識していれば、何も守ろうとせずストレスを受け流し、鬱にならなくてすんだかもしれない。

他人の価値観に合わせて、他人の視線を気にして行動するのは疲れてしまう。他人が価値がないとして扱うものを、自分もそのように扱う必要はない。
他人が価値を見出さないものに自分なりの価値を見出せれば、視野は広がる。

バカにされても、価値のわからない人をスルーできるようになれば、心は平穏を保てるのではないだろうか。

世の中には、さまざまな価値観にとらわれて、さまざまなものを否定しないでいられない人は多い。
もっとも、何かを肯定する場合は同時に何かを否定せざるを得ないので、人間が何かを感じたり判断をする時点で、否定や見下しとは無縁ではいられないのかもしれない。
だけど、そのことを自覚して、人間は否定や見下し・差別といった意識を切り離してしまうことができない存在だ、ということを意識してこそ、世の中を冷静に分析することが可能になる。

バカにされて強烈な反発を感じる人は、バカにしている人と同レベルの思考レベルにあるのかもしれない。

差別されることに不満を感じる人の多くは、自分が無意識のうちに他者を差別してしまっていることに鈍感だ。
自分に向けられる差別さえ解消されればいい、と思っている人は、差別をする人と同じような人であるともいえる。
バカにされることに強烈な不満を感じる人は、誰かのことを同時に強烈にバカにしているのかもしれない。

低身長だ、肥満だ、知識が少ない、そう言ってバカにされることに怒りを覚える人は、同時に低身長で肥満で知識が少ない人をバカにしてしまっていないだろうか。

別に、低身長で肥満で知識が少なくてもいいじゃないか。
私の身近には、低身長で肥満で知識が少ないが、実に自己肯定感が強い人がいる。
明るくて、独自の視点があり、何より私のようなめんどくさい人間に対しても分け隔てなく忍耐強く明るくつきあってもらえるのはありがたい。

差別だ! と人々を咎め、否定することは、汚い言葉を使う人を口汚く罵るようなものではないだろうか。
乱暴な人を捕まえて暴力を奮うようなものではないだろうか。

そういう人もいるだろうけど、私はそのような世界からは離れて、ストレス少なく日々をすごしたい。

幸いなことに、損してもいい、バカにされてもいい、見下されてもいい、などと思っていると、意外にも損はしないし、バカにもされないし、人のことを悪く言わないすてきな人と出会うことが少なくない。

人をバカにするような人に囲まれて辛い思いをしている人は、いっそのこと、開き直ってしまえばどうだろうか。
自分を守ろうとせず、自分が損をしても、見下されても受け入れる。相手に反発せず、攻撃しない。
するとどうでしょう、周囲の環境がみるみる改善されて快適な日々をすごすことができるようになりました、ということになるかもしれない。


追記
私は自己肯定感がとても低いのは確かだ。学生時代に、友人が「私は結局自分のことがかわいい」と言っているのを聞いて、その感覚が理解できなかったことを覚えている。自分の容姿も残念に思っている。人とせめぎ合うことが苦手で、スポーツも苦手だった。
だけど、自分のことを無価値だと思っているわけではない。学校の成績はわるかったけど、本はたくさん読んでいたから「学校の勉強はできないけど、授業にない科目の知識はある」と感じていたことを覚えている。特に英語の成績がわるく、ろくに英語が話せないのにどこか心の中で「自分は英語ぐらい話せて当然だ」という意識はあったので、下手な英語でコミュニケーションをとるのは平気だった。なぜ自分が自由に話せないのか不思議で、少しずつ英会話は改善されてきたような気がする。もし、最初から私が「勉強が苦手で英語なんてとんでもない」と認識していたら、まったく英会話力を向上させることもなかっただろうし、外国人の友人をつくることもできなかっただろう。自分に自信がなくてもいいけど、あきらめてしまわなければ、扉を閉ざさずにいれば、いつか世界は広がる。


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チュチェ(主体的)

2021-11-22 22:51:06 | Weblog
新興宗教とか、革新政党とか、ブラック企業とか、強力な組織化を感じさせる団体が気になる。
不真面目な私には、とてもついていけそうにない。すぐにはみ出してしまいそうだ。

どうしても、所属する組織の維持発展に没入する、という行動に違和感がある。
組織の維持や会社の存続、国家の死守を絶対視しなければいけないとは思えない。

組織や秩序が維持できなくなったときは、因果関係の中でその状況にたどり着いただけ、と受け止めてもいいのではないだろうか。

あえて自分の所属する秩序や組織の維持発展を死守しなければいけない理由は何だろう?
結局、子孫や組織を存続させることが目的になっている。
生命体としては、それでいいのだろうけど、組織や秩序の維持を目的にすることから自由になれば、もっとさまざまなところに意義を見出すことができるのではないだろうか。

サークルや会社や国といった組織や秩序の維持発展にとって不適切な存在は、アウトサイダーやはみ出し者や犯罪者などとして疎外されがちだ。
だけど、世界全体を視野に入れてさまざまなものに価値を見出すアウトサイダーや芸術家、思想家などに私は魅力を感じる。

そんな私は、「構築系」ではなく「溶解系」の思考だと自覚している。
溶解系は、あたりまえのように考えられている秩序の妥当性を疑い、分解して認識しようとする。
構築系は、会社や宗教や役所といった秩序に没入し、組織の強力化を推進する。

私から見ると、サークルも宗教団体も政治結社も行政組織も、強力な秩序があるように感じる。
特に、異論を認めないように見える共産党は、強力な秩序ではないかと推測する。

保守派にもいろいろ団体はあるようだけど、リベラル・革新系の人に比べて組織化が弱い。
信仰における教理のようなものが少なく、秩序化が弱いのかもしれない。

リベラル・革新系の人は、時にはさまざまな市民団体やダミーサークル?を作って、自分たちの考え方・志向性の浸透を試みる。
漫然・雑然とした普通の人たちというか特に志向性のある思想を持たない人は、リベラル・革新系の秩序にとらわれていく。

ただ、社会や人々にとって都合の良い思想であれば、世の中に広まっても問題がないと思うが、秩序の維持発展を重視する考え方は、どこかにごまかしがある。
なぜ秩序や組織を守らなければいけないのか、という議論もなく、守ることを当然視していることが多い。
絶対的に肯定されるべき「正しいこと」を科学的証拠もなく認定し、「悪いこと」を排除すれば、組織や世の中がより良くなると思い込んでいる。
しかし、「間違っているものを修正・排除すればシステムはよりよくなる」というのは、自然界全体の仕組みを把握していない態度だ。
そもそも、自分たちの価値観によって「間違っている」と認識して排除することが、自然の摂理に適合していない。
害虫や雑草を排除すれば、野菜はよく育つかもしれない。だけど、自然界においては害虫とか雑草という存在はない。あくまで人間にとって都合が良いか悪いかといった観点で、否定されているにすぎない。

秩序や組織の維持発展にとらわれている人々は、自然の摂理というか客観的な因果関係を無視しがちだ。
だから、理想に燃えていても、共産党も社会党も新しい村も、理想の社会を作ることができなかったのではないだろうか。

ほんとうに理想の社会を作りたいのであれば、秩序や組織の維持発展にこだわらない人々を集めた方がいい。
私のような「溶解系」の人たちは、あまり他人を非難せず、自分の利益を優先せず、ぐだぐだしている中で最低限の努力だけでしてなんとか日々を永らえる。

ひろゆきみたいな、冷笑系、シニカル系と見られがちな人は、斜に構えているのではない。
根拠のない正当性を保持して組織化を進める人たちに同調せず、世の中の構造を客観的に把握しようと試みているのだ。


アメリカ大統領も、北朝鮮の支配者層も、日本共産党の特権的なトップ層も、創価学会も、秩序の維持発展をあきらめたらどうだろう。
そこから見えてくる世界もあるはずだ。混沌が視野に入ってこそ、世の中の原理がわかる。
世の中の原理を把握しないで理想社会を目指しても、夢がかなうことはない。

「溶解系」の人々は組織化しないから、アピール力も弱い。「構築系」の人々の陰に隠れ、支配されがちだ。
貧しい人が多い国では、「構築系」の人たちが耳当たりのよい言葉を並べて、人々を取り込みがちだ。南米でも南アジアでも東アジアでも共産主義系の組織は大きな力を持っている。
与党の国もあるが、社会がよりよくなっていると言えない。

そんな中で、日本社会においては共産主義・社会主義の支持層が比較的少ない。
秩序の維持発展を重視する組織の欺瞞を感じ取っているのだろうか。

組織を拡大させ、周囲を巻き込んで巨大化してやがて鬱積した社会を作り上げ、やがて崩壊するというのは、悪質腫瘍の拡大に似ていないだろうか。
悪質腫瘍も、おそらくそれ自身は自分のことを自然な存在だと思っているのではないだろうか、

そんなことをぐだぐだと連想した。元共産党職員の人と保守派を自認する人による本はなかなか興味深かった。


■『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか 日本の教員や大学教授もハマり、拉致問題にも影響を与えた‼』育鵬社、2019年
篠原常一郎(元日本共産党国会議員秘書)
岩田温(政治学者)

P26
岩田「自主的に考えましょう」という考え方は、一見、すごく良いことではないかと思われますけど、それは革命精神を自主的に選択しているかのように思わされているだけです。だから、私たちの側でもチュチェ思想についてきちんと総括する作業は大事です。若い世代がこれにのめり込むようなことがあれば人生を間違えてしまいますから、そうなってはいけません。
篠原 チュチェ思想の、思想としても問題点や構造をしっかり明らかにすることが必要です。彼らは、表に出しているものと裏でやっていることが全然違うんです。秘密主義ですから。それを全部、白日の下にさらすという作業が必要になります。

P31
岩田(略)
 要するに、「チュチェ(主体)」という概念が出てくるのは、ソ連派にも頼らない、中国派にも頼らないで、「自分たちでやるんだ」という事態に陥ったからに過ぎない。両国に頼れなくなったことがきっかけで、国際情勢の中で「主体」ということをやたら言い始めるようになったんです。

P33
岩田(略)
 この国の嘘がすごいのは、金日成は13歳で『資本論』を読み始めて講義をしたということを真顔で言っていることです。無茶苦茶ですよね。そしてマルクス主義をさらに進化させてチュチェ思想を作ったという話になっています。
 ちなみに金日成は朝鮮半島で生まれ、その後、南満州に移住し、そこの小学校で学び、中学は当時の中華民国の吉林省の中国人中学校に入りました。そこでマルクス・レーニン主義に出合っています。
篠原 13歳で『資本論』を読んでいたとするならば、日本語ができないと駄目ですよ。『資本論』の朝鮮語訳はありませんでしたから。辛うじて日本語訳本の中国語訳があるぐらいで、アジアで『資本論』の正式な翻訳があったのは日本語だけでしたから。それなのに、18歳でもうチュチェ思想を語ったことになっています。まるで「マンガ」みたいです。

P37
岩田 金日成のやり方はとても簡単で、「怒り」「認識し」「立ち上がる」、この3段論法なんです。まずは虐殺の歴史があったと怒り、誰がこれをやっているんだということを認識し、そいつらの打倒のために立ち上がる。北朝鮮の映画はこのパターンがずっと繰り返されるらしいです。

P38
岩田(略)
 要するに、「領袖」があって「党」があって「人民」がある。領袖が最高頭脳で、党というのは、人民と最高頭脳をつなぐための血管であり、神経であると言っている。だから、これに逆らうのはいけない。
 この領袖、党、人民という三つから構成される社会政治的生命体というものは、自分が死んでも、この一つの共同体は死なないから、どんどん死んでいいんだという話になっていくわけです。つまり、カルト化した宗教と同じなんです。
篠原 実は日本共産党でも、一時期、それに近い考えを党員たちに持たせようとしたことがあるんです。

P55
篠原 僕が最近になって思ったのは、岩田さんの方が詳しいと思うんだけど、朝鮮半島は地政学的な問題でどうしても事大主義が強くなってしまうので、チュチェ思想はそれに対するアンチテーゼなのではないかということです。
岩田 その通りです。最初にチュチェ思想が出てくる背景というのは、事大主義にはもう陥りたくないというところなんですよ。

P57
篠原 そこで、あんたたちは日本人の妻を得るために、日本人を連れてきなさいということをやる。これが拉致問題につながるんですね。
岩田 私はここには金日成の封建主義的思想が表れているだけだと思います。このチュチェ思想の根本は共産主義プラス民族主義なんです。インターナショナルじゃないんですよね。

P57
岩田 実際にチュチェ思想を作った黄長燁は、金正日が言っているチュチェ思想というのは、「社会主義」と「階級主義」と「封建主義」の三つを組み合わせた「首領絶対主義」だという言い方をしています。

P59-60
岩田(略)
 さらにここがポイントですけど、チュチェの革命観で核心をなすのは、党と領袖に対する忠実性です。社会主義、共産主義の偉業は領袖によって切り開かれ、党の領袖の指導の下に遂行されます。革命運動は党の領袖の指導に従ってのみ勝利することができます。
 従って、正しい革命観を確立するためには、常に党と領袖に対する忠実性を高めることを基本としなければなりません。つまり、自主的に生きるということは、自主的に金家の教えに忠実に従うように生きていくことだと。
篠原 そのように人民を誘導することを「領袖芸術」と呼びぶんですよね。
岩田 何度も繰り返しますが、だからチュチェ思想というのは、本当にオウム真理教などのカルトの論理と似ています。つまり全人類を幸せにするためには、麻原彰晃の言うことを聞くしかないという教えと同じですよね。
篠原 教えを貫徹する手段もきちんと作られているんです。ともかく北朝鮮の国民はすべからく一人残らず社会組織に所属しなければならない。

P62-63
岩田 チュチェ思想は、日本にも広がっていますが、それを考察するにあたっては、『金日成・金正日主義研究』(金日成・金正日主義研究会、第141号までの誌名は『キムイルソン主義研究』)という雑誌を欠かすことができません。
 私は、この雑誌を読んで不思議だなと思ったんです。例えば、「日朝教育・文化交流をすすめる愛知の会」事務局長の竹内宏一という人がいる。この人は、日朝友好運動と同時に反核平和運動にも取り組んできたらしい。だけどそうすると北朝鮮が核武装したことについては、どうやって理解するのか。常識で考えれば、反核平和運動の立場からすれば、北朝鮮の核武装についても反対すべきでしょう。しかし、北朝鮮の核武装については、防衛的抑止力ですと言って擁護している。これは論理が通っていません。だからこのチュチェ思想というのは、思想と言っているけれども、そうではなく、一つの信仰体系に近いのです。
篠原 チュチェ思想研究会の尾上健一氏の『自主の道』(五月書房)もそうだし、新書になっているものもあるんだけれども、宗教論みたいなことを書いているものもあります。尾上氏は、宗教と親和性が高いことを言っています。共産主義というのは、今までは唯物論の立場で宗教とは一線を画すんだけど、チュチェ思想は違います。宗教者と積極的に対話して手をつないでいくんだと言っているんです。

P66
篠原(略)「社会政治的生命体」を構成する者にとって最も重要なことは、「頭脳」と、そこから「手足」への命令をつなぐための「神経・命令系統」からなるシステムを、何があっても擁護すること。特に「何ものにも代えがたい革命的血統」を守るためなら、ためらうことなく肉体的生命は投げ出さなければならないとされています。これについてチュチェ思想は「人間にとって大事なものは政治的生命であって、それは肉体的生命より重い」と表現しています。
 北朝鮮の歴代指導者(金日成、金正日、金正恩)は、「前社会のチュチェ化」「唯一思想体系」の完成を強調しますが、その本質は、冷静な第三者から見れば、現代社会には例のない個人家系(革命的血統)の神格化をベースにした過酷な独裁体制を合理化するカルト思想であることはあまりに明らかです。
 チュチェ思想は「人間こそ自然と社会の主人公」「人間中心主義の復興」などと唱えていますが、「人間が主人公になるには、優れた革命的血統=領袖による領導が必要」として、金一族を「神」のごとく持ち上げています。これは、独裁主義に立った偽りの人間中心主義、徹底した不平等思想です。

P76-77
篠原(略)挺対協は、韓国ではチュチェ思想派だと公然と言われています。同会は、2017年に日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団」という団体と組織統合して、「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連)」と改称されました。
 この問題においては、日本帝国主義は朝鮮半島から20万人の「従軍慰安婦」を「強制連行」した。あるいは戦時労働に奴隷のように使うために、「700万人の朝鮮半島の労働者を強制動員した」などと韓国では広く言われています。だけどその根拠はまったくないんですよね。20万人もの慰安婦を必要とするならば、兵隊は一体何人必要なのか。そういうことを考えると、到底あり得ない話です。まして日本軍が朝鮮半島で朝鮮人女性を「強制連行」したという事実は存在しません。それを裏付ける資料をいくら探しても出てきていないのですから。
 また、朝鮮人労働者は700万人もいませんよ。しかも、彼らのほとんどが応募工、つまり企業からの募集に自ら応募した労働者です。にもかかわらず、彼らは未だに嘘を吐き続けています。もはや定式化されていて、絶対に曲げないんですね。この物語に疑いを差し挟むことは許されないんです。「慰安婦強制連行」だとか、「徴用工は奴隷労働させられた」というストーリーがありますが、チュチェ思想は一つの物語、伝説を作るんです。差別と虐待、虐殺をされてきたという被害者としての民族史ですね。
 実は面白いことに、「20万人の慰安婦と700万人の強制動員」という話は、チュチェ思想研究会のテキストに載っています。だから僕は、チュチェ思想グループの共通したストーリーなのではないかと思っています。
(略)
 それから「全国言論労働組合(言論労組)」。これは今、文在寅政権になってから活発に動いています。放送局や新聞の経営陣の交代運動をやって、労働組合出身の社長も生まれていて、韓国の世論が一気に左傾化しています。
「米基地反対運動」というのもあります。「平和オモニ(母)の会」や「済州島の会」、その他いろいろあるんですけど、この人たちが大挙して沖縄の辺野古にも来ております。
 そういう形で90年代以降、チュチェ思想を信奉する人たちのことを、韓国では「チュサッパ(主思派)」と言うようになったんですね。

P101
篠原 やっぱり保守派は思想的基盤が弱い。この問題に行き着く。実は韓国研究者に会って、驚くべきことを教りました。実は、朴正熙は元々、南労党の党員だったということです。
岩田 南労党は共産主義政党ですよね。朴正熙は日本の士官学校、予備学校に行って、満州国軍の将校をやっていたほどの韓国の代表的な保守派だと思っていましたが……。
篠原 彼の兄が南労党の幹部だったんです。しかも驚いたのは、満州国軍を退役した後に南労党に入っていた。彼も共産主義者だったんです。そこでテロ活動をやったんですよ。兄はそのテロ活動をやっていた時に取り締まりで亡くなっています。

P102-103
篠原 翻って、日本による韓国併合の唯一の失敗は、王朝を失わせたことではないでしょうか。保守層というのはだいたい王朝の集積から出てきて、民主主義体制が進んでいく中でも、そこを軸にして発展していく。日本もイギリスもそうですよね。だけど、韓国の場合は、その軸を日本がはずしてしまったんですよね。(略)
岩田 伝統というものをぶっ壊してしまったら、どうなるのか。(略)自由と民主主義だけやっていると、人間は不安になって寄る辺が欲しくなる。それは、普通のまともな国であれば自国の歴史を経て育まれた伝統になるでしょう。例えば、日本だったら、天皇や神社などいろいろなものがあって、それらが心の支えになったりする。
 だけど韓国は、そういった伝統を全部爆破したような国です。だから、カルト思想に乗っ取られてしまうんでしょうね。結局、南の人は何を保守するのか、ここをしっかりと考えてみるべきでしょう。チュチェ思想とは異なる「保守の基軸」というものがなければならない。しかし今ではそれが「反日」になってしまっている……。
篠原 それしかストーリーがないんですよ。
岩田 保守思想の基盤が薄いことはかなり致命的で、リベラルデモクラシーが根付かない。これではどうやっても韓国の右派はチュチェ思想に勝てません。

P122-123
篠原(略)
 それにしても朝日新聞は今でも同じですね。朝鮮総連の国際統一局がニュースレターを出していて、朝日新聞はそれを送り付けられた通りに書いているとしか思えない記事が出る。僕はそのニュースレターをツテを使って毎号手に入れるようにしています。ニュースレターでの情勢の見方というのが来て、すごいんです。ニュースレターが出たら数日後、その通りの記事が朝日新聞に出るよねということで、「チャンネルくらら」の動画で紹介した際、上念司さんは、びっくりしていました。朝日新聞と朝鮮総連には、未だにそういうつながりがあるんですよ。
岩田 どうしてでしょうか。だって北朝鮮がとんでもない国だということは、もう分かっているじゃないですか。
篠原 とんでもないけれども、朝日新聞は自主的な判断をしないんですよ。
岩田 じゃあ、チュチェ性が足りないな(笑)。
篠原 そうそう、日々に追われていて、長いものに巻かれろになっちゃうんです。日本のマスコミの関係者は駄目な人が多い。「あなたはジャーナリストではなくてスパイだ」と言えるような人がいる。

P127
篠原(略)
 それに対して、北朝鮮側はよど号犯人の亡命を受け入れて、彼らを「招待所」に幽閉しました。一見豪華で、何不自由なく暮らせるんだけれども、人里離れていて、自由がないという場所に。そこで彼らに徹底したチュチェ思想の思想教育を行ったんです。
 先ほども紹介した高沢皓司氏の『宿命――「よど号」亡命者たちの秘密工作』に、ハイジャック犯の人たちが書いた手記が掲載されています。チュチェ思想の教育が日課になっていて、1日の授業が終わると討論の時間があり、教授や指導員たちの気に入る答え以外の答え方をした者には、再び同じ学習が繰り返されたそうです。

P129
篠原 ですから、日本人と朝鮮人の血が交わってはいけない。こういう徹底した血統主義の上に立っている。よど号犯人は、日本人から配偶者を求めることを勧められました。彼らのうち一人は、元々日本に恋人がいたので、その人を呼び寄せることに成功しました。その他の人も、日本人の妻を獲得するということになった。つまり、自分らの「配偶者獲得」という「革命事業の世代継承」に取り組んだわけですね。
 そこで、日本のチュチェ思想研究会に入っている女性労働者のメンバーが、「朝鮮に行ってみないか」と説得されて、北朝鮮へ見に行って、今度はこういう人たちがいるけど結婚しないかと迫られて、やむなく結婚するという形で、配偶者を獲得することになったわけです。だから、よど号犯人の妻たちは、その多くが日本のチュチェ思想研究会の参加者なんです。
岩田 これは、納得ずくとはいえ、一種の日本人拉致ですよね。
篠原 そう思います。チュチェ思想がどれほど有害であるかを端的に示しているのが、日本人拉致問題です。

P134-135
岩田 八尾氏が目覚めたきっかけは、オウム真理教の事件を見たことです。「地下鉄サリン事件」を見て、自分たちがやってきたことは、これとまったく同じではないかと思ったそうです。自分は正しいと思って、人を拉致すれば革命の戦士になるのだから、拉致された人からは後で感謝されるはずだと思っていた。だけど感謝なんかされない。それどころか、その人の人生を破壊しただけだったということに気付いたそうです。
 ヨーロッパで、よど号犯たちが人を拉致してくる時も、なんでこんなに素晴らしい革命に身を捧げることができるのに、不幸がっているのか理解できなかった。
篠原 その人の意思にかかわりなく、「この人にとって幸せなはずだ」と思い込んでしまう。

P136
岩田(略)
 有本恵子さんは、イギリスのロンドンで八尾氏に拉致されましたが、これは有本さんが神戸市外国語大学を卒業した後、語学留学していたところを狙われたんですね。
篠原 有本さんの出身大学の家正治という教授が「金日成・金正日主義研究全国連合会」の共同代表で、拉致される前後に有本さんの家を訪ねているという話を聞いたことがあります。拉致被害者の関係者から聞きました。でも、そういう情報がヒソヒソと聞こえてはくるけど、なぜ公にしないのでしょうか? 家正治氏はまだ大学で教鞭を執っていますよ。今は大阪保健医療大学で「国際社会と日本」という教養科目を教えたりしています。こういう話も含めて、具体的に、チュチェ思想およびチュチェ思想研究会がやっていることを全部明らかにしないといけません。

P137-178
篠原 はい。だけど僕は、藤田さんが特定失踪者にされていること自体が不思議だと思っています。(略)
 被害者の藤田進さんを拉致した工作員の証言が生々しい。藤田進さんは東京都足立区にある西新井病院という朝鮮総連系の病院の一室に、何日も閉じ込められたんです(略)
 ちなみにこの病院は原爆被爆者指定医療機関になっています。なぜかというと、朝鮮人被爆者の問題があったからです。政治的な配慮で取らせたんですよ。
 実は核関連技術もそこ経由で北に漏えいしていることが分かっているんですよね。在日朝鮮人科学者の研究助成を目的に、西新井病院の創立者の金萬有(キムマニュ)が創設した金萬有科学振興会という財団法人があります。この事務局は西新井病院にあります。(略)こういった経緯からか、西新井病院は過去に警視庁の強制捜査を受けています。

P143-144
岩田 篠原さんが、どうしてこの人たちがチュチェ思想にハマるのかとおっしゃった。私は、その理由の一つに、挫折の体験があると思うんです。挫折して、モヤモヤしていて、何か求めるものという人もいる。
篠原 そうですね。左派の人たちは思想的敗北感から、新たなよすがになる思想を求めたということが、このよど号事件の犯人からも伺えます。
 実は、沖縄でも同じような話を聞いています。沖縄ではいろいろな基地反対運動があったんだけれども、挫折感の中でこのチュチェ思想に近づいたという人もいます。僕は、実際に運動をやっていた方から聞いております。そういう思想的敗北感、挫折感に付け込んで、チュチェ思想が普及しているという問題。

P165-166
岩田 そのようにチュチェ思想研究会を批判したのは、日本共産党だけだったんですね。
篠原 はい。(略)チュチェ思想研究会および「自主の会」を公然と批判した勢力は、日本共産党だけだったんです。僕も日本共産党勤務員時代、「外国から日本への運動への干渉であるチュチェ思想研究会の活動」に注意を払うよう指導され、実際に情報収集や行動の監視にも取り組みました。

P167
 日本共産党の組織形態は、暴力革命に照応した組織規律=民主集中制を維持したまま、議会主義を掲げています。何がいいかというと、幹部にとってそれがおいしいんです。チェック機能がないから結構やり放題で、蓄財もできる。不破氏なんて労働組合の書記からすぐ共産党のスタッフになっている。彼は新婚の時はひばりヶ丘の都営住宅に住んでいたんですけど、いつの間にか1500坪の大きな屋敷に住んでいる。コックもいるし看護師もいる。

P169-170
篠原 チュチェ思想研究会は拡大傾向だと思って間違いありません。「辺野古新基地建設反対」運動とかああいうのが騒ぎになるほど、勢いづいていますよ。それを支援する形で、「自主の会」という団体があります。チュチェ思想研究会の別動隊であるこの自主の会が、韓国の親北団体の沖縄での受け入れ窓口になっていて、韓国のチュサッパと連携しています。
 チュチェ思想国際研究所事務局長の尾上健一氏の著書『自主の道』には、自主の会は、「日本の民衆が自ら主人公となって運命を切り拓く自主の道に踏み出すための統一戦線組織」とかいてあるんです。だけど興味深いことに、自主の会は、「日本民族の自主化」というスローガンを掲げつつも、その活動方針には一切「チュチェ思想」のチュの字も出ないんです。「日朝友好運動」「脱原発運動」「アイヌ民族解放」「辺野古新基地反対」などの運動に積極的に参加し、団体自身の活動方針をもって臨んでいるんですが、それは従北派としての実態を隠し、他の運動参加者から敬遠されないように装う一面ゆえでしょう。
 自主の会に入っているのは、沖縄の人だけではありません。今までなかった場所にでき始めています。千葉県にもできたし、群馬や福島、静岡にもある。拡大しています。中心になっているのは日教組のOB、OGたちで、現役教員の人も結構多い。
岩田 日教組とチュチェ思想は、親和性が高いんですね。(略)
 日教組と北朝鮮の関係は根深いですね。“ミスター日教組”と呼ばれた槙枝元文氏は金日成を礼賛し、敬愛する発言をしばしば行っていました。

P172-173
篠原 槙枝氏で思い出したんですが、物議を醸したあいちトリエンナーレで芸術監督を務めた津田大介さんの父親は、衆議院議員をやった高沢寅男という人の秘書をしていました。高沢氏は愛称が“社会党の寅さん”でして、社会党の元副委員長だった人です。ちなみに元日本共産党員でもあります。
 高沢氏が最後の選挙に出た時、僕は直接話を聞いたことがありました。僕は当時、日本共産党の候補者の秘書でした。むかしは立会演説会といって、他党派も含めてみんなで演説する場があって、その控室で雑談していたんですね。
 高沢氏は元共産党員だから日本共産党の候補者といろいろな話をして、「いや、これで落っこちたとしても、僕は北朝鮮の商社の役員になれたから。槙枝君と僕はなってるんだよ」という話をペラペラしていたわけ。「シベリアから材木を回すだけの仕事で、食えるんだよ」なんて話をしていました。これは1990年ちょうど、年があらたまった総選挙の時でした。ああ、なるほどなと思って。
 チュチェ思想の拠点の一つが東京の池袋ですが、今も東池袋にはチュチェ思想関係の本を出版している白峰社があって、チュチェ思想国際研究所の住所も南池袋なんです。池袋周辺にある豊島区の公共施設は、定期的にチュチェ思想研究会が使っていました。
 それを僕は監視していたんです。どんな連中が来ているかなと思って見ていたら、日高教(日本高等学校教職員組合)という高校の先生の組合の人たちでした。教組が主体だということがよく分かりました。
岩田 彼らは、学校で何を教えたいんでしょうか。日本の高校生たちにチュチェ思想を教えたいということなら、恐るべきことです。

P173
篠原 そして、チュチェ思想研究会は大学教授を重点的に組織しています。特に沖縄は信じられない数なんですよ。沖縄には、そんなに大学がないじゃないですか。沖縄大学や琉球大学には、チュチェ思想研究会の関係者が何人もいます。以前、沖縄で勉強会をした際に、沖縄の県民の前でこのことを公表したら、「沖縄県の大学に子供を行かせるの、止めるわ」とみんな言っていました。

P174-177
篠原(略)
 チュチェ思想研究会は、本でも大学教授を取り込むことをすごく重視していますね。それはよく分かります。北海道大学にもいますし、他の私学にもいますから、
岩田 おっしゃる通り、全国の大学がそういう状況にあるんです。(略)
篠原 大学教授らは、市民運動の反差別の勉強会などでよく講師を務めています。2019年9月21日に、東京都小金井市の小金井市市民会館にて『~公正な社会を考えよう~「国連勧告と琉球・沖縄の人々の権利とは」』という勉強会がありました。
 小金井の市議会議員が講師を呼んでいて、一人は武者小路公秀のお弟子さんにあたる大学の先生、この人も国連にしょっちゅう行っています。もう一人は沖縄大学の講師でしたよ。研究課題を見たら、なぜか科研費が出ている人物でした。チュチェ思想派の教授にも、科研費が出ているんですよ。(略)
篠原 元外交官で作家の佐藤優さんっているでしょう。佐藤優氏は、高校時代にチュチェ思想と出合っているんですね。彼は高校時代に「日本社会主義青年同盟(社学同)」に入っていた。そこでチュチェ思想研究会の理論家の鎌倉孝夫氏に出会った。鎌倉氏はマルクス経済学者の宇野弘蔵の弟子で、長らく埼玉大学経済学部教授を務め、その後、東日本国際大学学長にも就きました。
 佐藤優氏と鎌倉孝夫氏の二人は非常に親しいんです。『資本論』に関わる対談本を『週刊金曜日』の版元(株式会社金曜日)から出しています。
岩田 鎌倉孝夫氏によると、チュチェ思想を知って、それを読み解くと、マルクス・レーニン主義をより理解できるようになったそうです。本当なのか不思議に思いました。
篠原 同じくマルクス経済学者の井上周八という立教大学の教授は、チュチェ思想国際研究所名誉理事長だった人ですが、彼は一番まとまった体系的な本『人間中心のチュチェ思想』(チュチェ思想国際研究所)を書いています。
岩田 金日成やチュチェ思想の研究をやっている人たちは、本当にちゃんと読んだ上で、これは革命思想であって、人民を隷属させる思想であるってことを認識した上でチュチェ思想を褒めているのか。それともチュチェ思想というものを知らずに、表向きの自主的に生きることができるという言葉面だけ捉えて言っているのか。どう思われますか?
 私としては、本当に「裏の顔」まで知った上でチュチェ思想にのめり込んでいる人と人間中心だという「表の顔」に騙されている両者がいるように思えてなりません。
篠原 例えば、チュチェ思想研究会のイベントや機関誌『金日成・金正日主義研究』市場によく出てくる池辺幸惠という静岡の音楽家がいます。賞も取っているピアニストですが、あの人は後者に属する。明らかに分かっていないでしょう。平壌に行って、「北朝鮮の芸術は素晴らしい」なんて言っています。それでハマっていっただけだと思います。

P178
篠原(略)
 民主党政権の時に僕はスタッフとして働いていましたけど、その中にもチュチェ派に近いと思われる人たちがいました。法務大臣をされた平岡秀夫氏とか、江田五月氏はあまりに親北的で危ないと思いました。北朝鮮や朝鮮総連と親密な人が何人もいました。ただし、それによって政策が左右されることはなかった。
 だけど、韓国の文在寅は違いますよ。日本の民主党政権をさらにひどくした政権ができているようなものです。(略)
 それと、日本の左派は日本について「日本はこんなおかしな国でいいのか」と言っていますよね。これはチュチェ思想研究会の主張と同じです。いや、おかしいところがあるのは僕も認めるけど、最近は、山本太郎さんの支持者がそういうことをよく言っているのね。だから僕は、「俺、世界中を旅してるけどさ、日本はそんなにおかしくないよ」と言います。いや、「安倍さんのここがおかしい」とか、「ここが間違っている」と言うのはいいんです。僕は山本太郎さんという人の真面目な仕事ぶりは分かるので、「あんたたち、そうやって歪めてプロパガンダやっては駄目だよ」としつこく言うもんだから、彼の支援者たちからは結構ひんしゅくを買っています。でもね、チュチェ思想研究会のそういう刷り込みは成功しています。日本の左派の内部に流布しているんです。

P179-180
岩田 私がどうして今までチュチェ思想に興味がなかったかといったら、北朝鮮という異形な国家の特殊なイデオロギーで、それは北朝鮮の人だけが信じていることだから、日本人は関係ないと思っていたんですね。だけどそうではなかった。拉致問題の原因となった思想だったわけですし、そして日本国内にチュチェ思想研究会というチュチェ思想を勉強し、広め、日本国と日本国民を領導しようという組織があり、活動を活発化させていた。
篠原 本当に拉致事件の周辺に見え隠れしていたにもかかわらず、チュチェ思想に対する理解が欠けていたから、なかなか捜査も進まなかった。
岩田 要は「思想犯」なんですね。国を挙げての宗教、とりわけ危険なカルト宗教と考えるのが一番分かりやすい。

P182-183
篠原(略)
 有馬芳生さんのお父さんは日本共産党の大幹部でした。大阪あたりの幹部だったけど引退しています。有田氏は新日本出版社という共産党系の出版社で働いていたのですが、宮本顕治に怒られてクビになっちゃったんです。腹いせに各界の人たちによる共産党への批判的な注文を集めた『日本共産党への手紙』(教育史料出版会)という本を作っちゃったりしたから、完璧に除籍されました。でもその後、オウム真理教事件のジャーナリストとして売れて有名になったんですね。

P189-190
篠原 ええ。また、日本においてはアイヌ運動や辺野古の米軍基地反対運動、もっと言うと部落解放運動など、日本の左派的な運動団体は、一見バラバラに活動しているように見えますが、チュチェ思想というフィルターをかけて眺めてみると一つの基調が見えるんです。(略)
 武者小路公秀氏は北朝鮮シンパとして知られ、チュチェ思想国際研究所の顧問をしていますが、同時に反差別国際運動(IMADR)の共同代表理事も務めています。この反差別国際運動という団体は、国際人権NGOを名乗り1988年に設立。1993年には国連との協議資格(ロスター)を取得し、2008年委は特別協議資格に昇格するなど、国連での発言権を強めており、ここの紹介で次々にアイヌの人たちや「琉球は先住民族である」といった発言をする人たちを国連に紹介しています。国連に働きかけて、国連の先住民決議を推進する上で大きな役割を果たしました。ここの顧問には元国連女子差別撤廃委員会委員もいます。
 ちなみにこの委員が委員長として在任時に、国連差女子差別撤廃委員会は2015年の日韓慰安婦合意について「被害者中心ではない」と批判する見解を公表しました。(略)
 それもそのはず、この元委員は元朝日新聞記者でフェミニストだった松井やよりの弟子と言われている人物なのです。(略)
 また、ここの理事には北海道アイヌ協会理事長、日教組委員長、部落解放同盟中央執行委員長らが名前を連ね、まさに「サヨクのオールスターチーム」です。彼らは戦略をちゃんと練っている。それこそ領導芸術なんです。

P198-199
篠原(略)
 日本の内閣府に「アイヌ政策推進会議」というのがあるのですが、菅義偉官房長官が座長を務め、他に十四人の委員で構成されています。その中の一人に、阿部一司氏、ご自身は阿部ユポと名乗っている人がいます。彼は北海道アイヌ協会副理事長で札幌アイヌ協会の会長ですが、チュチェ思想にどっぷりの人です。この人は、チュチェ思想関連のNPO法人である「21世紀自主フォーラム」の世話人副代表。いわば、単なる名誉職ではない、幹部です。さらに、金正恩著作研究会の創設メンバーの1人でもあり、チュチェ思想研究会の機関紙である『金日成・金正日主義研究』の常連寄稿者なんです。(略)
岩田 尾上氏は、自著『自首の道』で、「自主の会」の活動と関連させて、「アイヌの解放」「アイヌの民族的自主権の確立」も取り上げ、アイヌ運動に大きな影響を与えていますね。
篠原 はい。つまり阿部一司氏をはじめとする従北朝鮮的な人物および団体が直接、国の政策決定の過程に関与するまでに浸透しているということです。

P202
篠原(略)
 チュチェ思想研究会がなぜ、たかが2700人の団体であるアイヌ協会にしがみつくかというと、アイヌ政策に国から毎年億単位のお金が出るからです。
 国のアイヌ政策には主にアイヌの生活向上とアイヌ文化振興の二つがありますが、近年は2020年4月に開業予定の「民族共生象徴空間」(白老町)関連の予算が大きく、2018年度の国のアイヌ政策関連予算は40億5900万円になりました。
岩田 利権と考えてよろしいですか?

P205
岩田 そもそもチュチェ思想は自主性を重んじる思想のはずです。それを信奉する親北勢力の人たちが国のお金を当てにすることはおかしいですよね。チュチェ思想に則って自主性を重んずるとするならば、国家のお金に頼るような行動を慎むべきでしょう。

P-206
岩田 科研費というのは、文科省の外郭団体である独立行政法人日本学術振興会の科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金)です。人文学、社会科学から自然科学まですべての分野にわたって、基礎から応用までのあらゆる「学術研究」(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする「競争的研究資金」です。ピアレビューによる審査を経て、独創的・先駆的な研究に対して助成が行われます。
篠原 その科研費が、アイヌの研究をやっているという名目で朝鮮学校の校長も女性の対象になっているんです。これは北朝鮮に対する制裁決議違反になります。というのも、朝鮮学校は北朝鮮の組織であり、朝鮮学校の校長は朝鮮総連の役員と同じだからです。そこに公金が入るなんておかしいんです。
 あと、朝鮮系アイヌ人というポジションをうまく利用して、朝鮮大学は今、アイヌの入学枠があるんです。これも公表はしていないので、聞きこみによって分かったことです。たまたま朝鮮大学の卒業写真に、「この人は朝鮮人っぽくないな」と思った学生が写っていたので聞いてみたところ、「この学生はアイヌ枠で入った人」と教えてもらいました。

P209
篠原(略)
 成田得平という人は秋辺得平と名乗っていて、元北海道ウタリ協会(元北海道アイヌ協会)副理事長だった人物です。彼もチュチェ思想研究会のメンバーで、朝鮮学校との関係も深い。成田氏はこんな高邁なことを言ってるけど、アイヌ協会釧路支部の支部長を務めていた時、横領事件を起こして辞任しています。この事件は新聞沙汰になりました。

P220
篠原(略)
 関西生コンは韓国の建設労組ともつながっているんだけれども、同時に関西生コンには、在日朝鮮人関係者が多かったんです。関西生コンの結城久氏という地区統括責任者が、「金日成・金正日主義研究会」の副会長、常任委員を務めていて、チュチェ思想研究会の影響も受けています。
 関西生コンは「日朝友好なにわの翼」という朝鮮と交流する会の一員でもあり、平壌への訪問運動もやっています。(略)
 さらに、関西生コンは関係団体と共に、沖縄の辺野古新基地建設反対運動の支援にも熱心に取り組み、組合員を現地派遣しています。辺野古の運動にお金と組合員をドンドン送っています。僕はその証拠写真をSNSに上げていったりしています。海上デモに使うカヌーには、みんな「関西生コン支部」って書いてありますよ。

P221
篠原(略)
「平和オモニの会」は、チュサッパの代表的なグループです。彼女らは沖縄でやるパフォーマンスにもかかわらず、「朝鮮半島統一旗」を掲げて、「北朝鮮への国際的制裁を解除せよ」と書かれたゼッケンを身につけていました。実にチュサッパらしいですね。
 彼女たちは、名護市辺野古地区の「普天間基地代替施設」の埋立工事が進められているキャンプ・シュワブのゲート前で行われている、米軍車両の出入りや工事車両進入を妨害する座り込みにも参加しています。

P222-223
篠原「平和オモニの会」や「ミンジュン党」といった韓国の親北団体の沖縄での受け入れ窓口が、沖縄の「自主の会」なんです。そして、沖縄には「チュチェ思想研究全国連絡会」もあります。この会は、チュチェ思想を信奉する人々の総本山ですね。沖縄大学名誉教授の佐久川政一氏が会長を務めています。
岩田 佐久川氏は、沖縄問題の解決にはチュチェ思想が重要だと説いていますね。

P231
篠原(略)
 それと、とある沖縄の人が「沖縄は県全体が挫折感の塊みたいなところ」と言っていた。僕が初めて沖縄でチュチェ思想の話をした時、それを聞いていた沖縄の保守の人が、「これは沖縄で流行るの分かるわ」とおっしゃって、さらには「沖縄の人の心を捉えるよ」「東京の感覚では分かんないですよ」と言っていました。ちなみに音楽家の喜納昌吉氏もチュチェ思想研究会に出ています。会合で何回か発言もしているらしいです。

P232
篠原(略)「オール沖縄」の方には佐久川政一氏などのチュチェ思想研究会関係者がいるんですよ。
 沖縄の共産党の人たちは、チュチェ思想というのは沖縄のためでも日本のためでもないという意識が強いんです。彼らはずっと、北朝鮮からの干渉が、いわゆる占領最後の時期からあることを認識している。彼らはあくまで北朝鮮の利害のためにやっている。

P239
篠原 岩田さんが先ほど話したように、やっぱりチュチェ思想を信じている人を見ていくと、何らかの挫折感、敗北感を深刻に味わっている人がかなり多いですよね。事実上のトップの尾上健一氏はあまり多くを語らないけれども、彼自身は元々中核派でした。中核派の活動家をやりながら、在日朝鮮人のハンセン病患者の支援運動をやる中で目覚めたらしいんです。

P241-242
岩田 そうですね。全然、主体的じゃないんですよ、これ。
篠原 違いますね。最初に岩田さんが言われたように、自主的に生きるために自主的に金一族の教えに忠実に従わなければならないという話になる。結局、チュチェ思想というのは北朝鮮の利益のために持ち込まれたものなんです。そこが本質なんです。



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小山先生

2021-11-05 20:23:10 | Weblog
ベトナム中部のフエという町で長年めぐまれない子どもたちの支援をしていた小山道夫さん。
日常を記したブログを長年楽しみにしていた。

その活動に対して少しばかり寄付したこともあるし、東京での活動報告会に参加したこともある。
もちろん、フエの「子どもの家」の日本料理店にも行った。

だが、小山さんの体力の衰えもあり、2015年ぐらいに活動を停止された。
その後、子どもたちがどうなったのか気になる。

ブログは、2015年からずっと更新がない。
・ボランティア・ストリートチルドレン・ベトナム 小山道夫火炎樹日記
http://koyamamichio.com/archives/2009/01/post_1795.html

ご健在なのか、どうしておられるのか気になってたまに検索する。

すると、ツイッターを見つけた。しかし、これも2015~2016年以降更新されていないようだ。
それにしても、温厚で知的、誠実そうな小山さんが口汚く罵る文面に驚く。

事実上、「難病悪化しろ」「知能が低い」「詐欺師」「精神異常者」「ミサイルでも直撃して死ね」などという意味の攻撃的な表現を行うことは、ヘイトスピーチと言えるのではないだろうか。
自分が正しいと思う構造に近づけるためには、暴力や憎しみも肯定される、という考え方なのだろうか。
学生運動世代の人たちは、そのような認識の人も少なくないのかもしれない。

しかし、いくら強い不満を感じても、憎しみを見せつけると、精神的に餓鬼道に落ちてしまうのではないだろうか。
ヘイトスピーチのお粗末さに気がつかない人々と同レベルになってしまう。

あるいは、ネット上では隠れた人格が出てきてしまうのだろうか。惜しく感じる。

たしか、息子さんは福島大学食農学類の小山良太教授ではなかっただろうか。親に助言はしていないのだろうか。
https://search.adb.fukushima-u.ac.jp/Profiles/3/0000204/profile.html


これはひとつの推測だが、共産党がネット世論を動かすために、党員にSNSの活用を指示したことはないだろうか。
SNSに慣れない高齢者が政権批判のコメントを書き込んでみたものの、なかなか感情の距離感を把握できず、心の底の邪悪なものを表出させてしまった、ということであれば残念。


<参考>小山道夫さんらしきツイッター
https://twitter.com/abeno_k2002_7
小山道夫@abeno_k2002_7
·2015年6月10日
早く、ポンポン痛くなーれ!!!、キジルシ安倍晋三!!!

小山道夫@abeno_k2002_7
·2015年4月21日
ベトナム日本語留学生が電動自転車を取られた!!!
キジルシ安倍晋三とキジルシ橋下は何とかしろよ!!!外語人に笑われるよ!!!

小山道夫@abeno_k2002_7
·2014年12月7日
壇上に安倍晋三!!!想像するだけで、胃が傷む!!!早く、下血しろ!!!

小山道夫@abeno_k2002_7
·2014年9月23日
5才児の頭!!!

小山道夫@abeno_k2002_7
·2014年9月16日
××××安倍晋三!!!を低め、ぺてん師ばかり!!!
××××安倍晋三!!!辞めろ!!!
××××安倍政権!!!打倒!!!

小山道夫@abeno_k2002_7
·2014年7月21日
消えて、無くなれ!!!
キジルシ安倍政権打倒!!!

小山道夫@abeno_k2002_7
·2014年7月20日
安倍にミサイルでも、落ちて来ないかなア!!!
キジルシ安倍打倒!!!


<参考>小山さんの経歴
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B1%B1%E9%81%93%E5%A4%AB
小山道夫(こやま みちお、1947年11月23日 - )は、ベトナム・フエ市のストリートチルドレンの保育・教育施設「ヴェトナムの子どもの家」の創設者で、教師。「ベトナムの『子どもの家』を支える会」ベトナム事務所所長でもある。東京都出身。東京学芸大学教育学部幼稚園教諭養成課程卒業。
人物
2012年 国際社会で顕著な活動を行い世界で『日本』の発信に貢献した業績をもとに、外国人プレス関係者により構成される、世界で活躍し『日本』を発信する日本人プロジェクトより、内閣府から世界で活躍し『日本』を発信する日本人の一人に選ばれた。英語名:Profiles of "Passion without borders" Japanese.
日教組分裂 1991.3.6 以前の都教組委員長を務め、1993年9月より、ベトナム・フエ師範大学で日本語教師に就く。同時にフエ市社会工作隊の建物を利用し、ストリートチルドレンの保護、教育を行い、その後、「ベトナムの子供の家」を設立した。小山自身は日本共産党員であるが、旧社会党系(現 民主党及び社民党)の活動家・政治家と親しく、1994.6.30~1997.11.7 の自社連立政権下においてはフエ省知事顧問として、「ベトナムの子供の家」などフエ市内の複数の施設に日本ODA事業を導入することに成功し、地元の信頼を勝ち得た。
日本では、JASS, The Japanese Association of Supporting Streetchildren's home in Vietnam, 「ベトナムの『子どもの家』を支える会」が設立され、全日本教職員組合(全教)・日本民主青年同盟(民青)・ピースボートなどを通じて、児童・生徒・学生による交流活動などが活発に行われている。


追記 2022/07
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-05-09/2013050917_01_0.html
2013年5月9日(木) しんぶん赤旗
第7回中央委員会総会 志位委員長の幹部会報告
(略)
 日本共産党には、この問題で他党にない有利な条件があります。一つは、わが党は、日刊新聞を発行している政党であり、日々生起する問題について、国民の立場に立って情報や見解を明らかにしており、それを党のホームページで毎日発信しているということです。いま一つは、党支部、地方議員、後援会、「しんぶん赤旗」読者網など、草の根の組織を全国にもっているということです。
 全党がネットによる選挙運動を活動の柱の一つとして位置づけ、思い切った開拓と挑戦をはかることをよびかけます。条件のあるすべての同志が、ツイッターやフェイスブックなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、ホームページやブログに挑戦しましょう。選挙期間中もSNS、ホームページやブログの更新が可能となります。政党と候補者は、メールによる選挙運動も自由になります。この条件をくみ尽くした選挙活動を開拓しましょう。都道府県委員会に、SNSに精通している機関や支部の同志、地方議員などによる「ネット活動推進チーム」を置き、集団的に促進する体制をとることを訴えるものです。



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『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』

2021-10-13 21:38:56 | Weblog
近々また沖縄に行く。離島をめぐる気ままな一人旅。

そのうち沖縄に住んでみてもいいかなと思っているので、長い間沖縄でマネジメントの仕事をしていた人に、沖縄での仕事について聞いてみた。
その時に、すすめられたのが『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』という本。
さっそく注文して読んでみた。

今年読んだ本の中でトップクラスにおもしろい本だった。
おもしろい、というと不謹慎だろうか。沖縄の諸問題について長期間の経験や考察に基づき、明確な分析と指針を述べている。
じつに読みやすくストレスを感じない、興味深い魅力的な本だ。

著者の樋口耕太郎さんは、1965年生まれ、岩手県盛岡市出身。筑波大比較文化学類を卒業を、野村証券入社。ニューヨーク大で経営学修士課程修了。金融事業、事業再生に関わり、2012年に沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学科の准教授に。事業再生の会社の社長でもある。

問題解決のプロなのだろうか、論理的思考がいさぎよい。
あくまで分析で、状況を述べているにすぎないので、非難とか攻撃とか見下しとか中傷といった姿勢とは無縁。
この本を読んでおもしろくないと感じる人もいるだろうけど、べつに責められているわけではない。
状況を分析して、処方箋まで提示してくれている。

ぜひ、多くの人に読んでもらいたい本だ。耳あたりのよい表面的な言葉に流されることなく、きちんと物事の構造に目を向けることが、状況をよりよくすることにつながるはずだ。


目についたところをちょっとメモ。
いい本を見ると、ついたくさんメモしてしまう。
いままで、断片的に感じていたこともわかりやすく説明してあった。
沖縄出身の知人が言う「沖縄の諸問題は日本の縮図」という言葉の意味もよくわかった。



『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』樋口耕太郎著、光文社新書、2020年

P12-13
 とはいえ、私は、沖縄の社会問題に直接関わってきた専門家ではない。
 人生のいくつかの偶然が重なって、16年前から沖縄で暮らしているが、私自身は岩手県盛岡市の出身で沖縄に地縁はない。
 8年前に沖縄大学に採用されて以来、国際コミュニケーション学科の教員として、『観光経営論』や『幸福論』などを教えているが、それまでの二十数年間は、野村證券を振り出しに、金融・事業再生が私の主戦場だった。
 貧困も、沖縄も、教育も、かなりの畑違いである。
 その私が、沖縄の社会問題を語るのには、はっきりした理由がある。
 それは、今、私の目の前にいる、一人ひとりの学生が直面している様々な障害を理解する上で、どうしても避けて通れない問題だったからだ。
(略)
 沖縄大学の現場体験は、私の思い込みや常識をいい意味で壊してくれた。
 大学で働き始めて、認識を新たにしたのだが、沖縄は、日本の教育問題が凝縮する地域だということである。

P21-23
 私は、日曜祭日を除くほぼ毎晩(現在は水~土曜日の毎晩)、午後8時半ころから午前2時前後まで、那覇市の繁華街・松山の「ある店」にいる。沖縄県内外の知識人が集まる飲食店として、知る人ぞ知る有名店である。カラオケもなく、女の子もいないので、基本的に会話だけで成り立っている場所だ。(略)
 私がこれから本書で言語化を試みる沖縄の社会問題の原因は、この店での約2万時間の会話に加えて、学生たちから拾った幾千のデータ、学生たちとの直接の会話、及び16年間の私の沖縄での生活体験から導いた仮説をまとめたものである。

P36
 酒税の優遇措置を受けているのは、泡盛業界も同じだ。
 復帰から2013年までの41年間で、泡盛業界は総額約410億円の税金を免除されてきた。既得権を持つ県内の47蔵元は、優遇措置によって安価に商品を販売できる。

P40-41
 零細蔵元を助けるお金が、一部の優良蔵元に過剰に配分されているといっても、上位3社の営業利益の合計は2億円程度に過ぎない。多くの零細蔵元を守るという名目で酒税の減免措置を継続すれば、一方で、オリオンビール1社が20億円を超える純利益を享受するという構造が存在する。
 泡盛業界上位の利権者もまた、オリオンビールというより大きな利益のために利用されているようなところがある。
 そしてさらには、オリオンビールに対して利権を持つ(隠れた)少数が存在する。
 このように、利権は入れ子構造になっていて、「多くの弱者のため」に政治が動き、援助がなされるほど、一部の利権者が多大な配分に与(あずか)る構造が存在するのだ。これらの利権は所得として計上されないことも多く、問題が表面化しにくい。
 社会の権力者たちは、「社会のため」を語りながら、意識的あるいは無意識に自分の利害を最優先する。多くの場合それほどの悪意もない。場合によってはその自覚すらない。
 このように、沖縄振興を目的として大量に注がれた税金が、沖縄社会を激しく歪める原動力になっているのだ。「弱者を助けるため」に活動する沖縄の利権者が、「成果」を上げれば上げるほど、沖縄内部に問題を生み出す原因を作り出してしまう。
 このように、社会を歪め、弱者を助ける名目で(無意識に)搾取し、格差を生み出し、維持しているメカニズムは沖縄社会の内部にある。そして、日本政府からの大量の経済援助が、その歪みの構造を支える重要な役割を果たしてしまっている。

P62-66
 私たちが直視しなければならないのは、例えば給食費や教育費や医療費のすべてが無料化されても、あるいは仮に所得が完全に保障されたとしても、それは貧困を緩和するだけであって、決して解決しないという事実である。
 対症療法は問題解決ではない。モグラ叩きとモグラの根絶は全く意味が違う。貧困に対処することと貧困の治癒は別の概念である。
(略)
 実は、対症療法に反対する理由が存在しないということが、対症療法の最大の問題なのだ。
 すなわち、補助金を投下する対症療法は、(少なくとも短期的には)ほとんどすべての人の利益に適うのだ。これが貧困問題の隠れた最大の問題である。
 一方で、複雑な問題の本質を理解するには時間がかかるし、甲かも見えにくく、組織的に評価もされないため、多くの人の意識が対症療法に向けられるということもある。
 結果として、これらの対症療法は、貧困者を経済的な自立に向かわせるどころか、さらなる依存を招いて、長期的には貧困状態をさらに悪化させることになる。オリオンビールと同じだ。社会では対症療法がもてはやされ、成果を挙げたものがより高い地位につく。彼らには「もっと対症療法をせよ」と圧力がかけられる。大量の副作用が生じて社会の生産性が低下する一方で、税金が非効率に投下され、公的債務は増加を続けていく。

P69
 私たちは根本原因の特定に多くの時間を費やすべきだ。私たちが問題だと思っていることの恐らくほとんどは、単に症状であって本当の問題ではない。根本原因を特定していない状態でなされる「問題解決」はすべて対症療法に過ぎない。
 問題解決の第一歩は、根本原因の特定である。

P76-77
 沖縄社会は、現状維持が鉄則で、同調圧力が強く、出る杭の存在を許さない。
この社会習慣は、人が個性を発揮しづらく、お互いが切磋琢磨できず、成長しようとする若者から挑戦と失敗の機会を奪うという、重大な弊害を生んでいる。善意を持って注意すること、学生に厳しく𠮟ること、部下に仕事を徹底して教えること、友人に欠点を指摘すること、将来のために現実的な議論を戦わせることなどの多くが、沖縄では最も困難なことだ。
 はっきりとした物言いをする人に対しては、表面上はやんわり、目には見えないほどの微妙さで、その発言を取り消せと言わんばかりの強い同調圧力がかかる。
 だから、自分の意見は常に他人の出方を見てから言う。
 自分の意見が際立つくらいなら、いっそ意見を持たない方がいい。うかつに意見を述べると、クラクションを鳴らして、自分が「加害者」になってしまうからだ。
(略)
 クラクションを鳴らすことができない沖縄社会では、人と異なる態度を取ることが難しい。人からのちょっとした誘いに対しても、面と向かって断ることはできな。
 少々大げさな表現をすれば、そこには人間関係に対する絶縁状のような感覚が含まれていて、断られた方は「裏切られた」と解釈しかねない。

P81
 本書の目的は、沖縄の貧困を生み出す根本原因を明らかにし、真の問題解決の処方箋を描くことにある。その過程で、沖縄の社会的な傾向や、ウチナーンチュの心の問題に深く踏み込むが、それは、問題の本質を理解するための手段としてであって、目的ではない。まして、沖縄社会を非難するものでも中傷するものでもない。

P84-85
 人間関係が緊密な「シマ社会」沖縄において、周囲への気遣いは何よりも重要である。沖縄社会で一旦人間関係がこじれると、周囲の人間関係を巻き込んで、一生の問題になり得る。人に対して鳴らした何気ないクラクションで人間関係をこじらせてしまえば、この狭いシマで自分の居場所がなくなってしまう。
 人間関係に波風を立てないためには、現状を維持することが安全な選択である。つまり、昇進や報酬を断ることには合理性が存在するのだ。
(略)
 ウチナーンチュがリーダーになることを避ける第二の理由は、沖縄では、物事を変える人、社会を発展させる人に対して(目に見えない、しかしはっきりとした)同調圧力がかかるからだ。
 乱暴な一般化を試みると、本土のいじめは「弱いものいじめ」である。仕事のできないもの、いつまでも学ばないもの、やる気のないものに強い圧力がかかる。
 これに対して、沖縄のいじめは「できるものいじめ」だ。個性的な人物、一所懸命でまわりが見えていない人物、悪意なくクラクションを鳴らしてしまうタイプがターゲットになりやすい。
 だからだと思うが、私が見る限り、周囲から激しく叩かれて自信をなくし、自己肯定感を失って心を病んでいるウチナーンチュは、もともと個性的で魅力的な人物が多い。

P86-87
 2018年10月29日に放映された日本テレビ系のバラエティ番組『月曜から夜ふかし』で、沖縄社会では、勉強に熱心な子どもをマーメー(マメ、真面目)と呼んで軽蔑する風潮があることを取り上げていた。
 沖縄で「マーメー」と呼ばれるのは最大級の侮辱で、子どもたちが勉強に対して消極的になり、全国最低水準の学力にとどまる主因になっていることを示唆した内容だった。
(略)
 頑張る人(ディキヤーフージー)は、周囲の空気を悪くする。そのような環境では、あえて成功しようという動機付けが生まれず、いかに失敗を避けるかが重要な関心ごとになる。失敗を避けるために最も有効な方法が、現状維持であることは言うまでもない。
 この空気感は、日常の色々な出来事に現われる。

P90
 ウチナーンチュがリーダーになりたがらない第三の、そしておそらく最大の理由は、沖縄社会でリーダーシップを発揮する(つまり、物事を変えることの)難しさを知っていることだ。
 沖縄では、違和感のある人に対抗する典型的な手段の一つが「行動を止めること」だ。多くの場合は無意識である。ウチナーンチュは現状維持を好み、人から指示されることを嫌うから、他人(上司)から圧力がかかると行動が鈍る。そんな意図はないのかもしれないが、仕事が停滞して、結果としてサボタージュのような状況になる。

P99
 沖縄では、目立つことが許されないので、お金持ちであっても高級車に乗ら(乗ることができ)ないのだ。
 沖縄は貧困社会だが、一方でお金持ちは少なくない。ただし、沖縄のお金持ちは、お金を持っていることをひた隠しにするため、消費行動に現われにくい。
 高級品やブランド品を身につけて歩いている人もあまり目にしない。

P107
 このように沖縄経済を捉えると、品質の良いもの、価値のあるもの、優れた商品が生まれない理由が説明できる。
 消費者は、商品やサービスの良し悪しで選ばず、同じ商品を買い続ける性向が強く、沖縄では品質の良いもの、価値のあるもの、優れたサービスを顧客に提供しても、結果(売り上げ)につながりにくい。塚価値の高い事業が収益を上げにくい沖縄の社会構造である。
 これらの結果、沖縄社会では一流を目指す人が力を発揮しにくいのだ。
 人間関係で成り立つ商売は、長期安定的で、本土企業に対して強い参入障壁を作り出すという大きなメリットがある一方で、革新を妨げ、低品質、低付加価値、低報酬を特徴とした、沖縄独特の経済圏を作り上げてきた。

P113-114
 すでに述べたように、沖縄では、人間関係が消費に大きな影響を及ぼし、「定番」が売れる。そのことが新商品の参入障壁になり、本土企業の沖縄進出を阻み、地元企業の利益を確保してきた。この安定した収益に支えられて、沖縄企業は無敵の強さを誇り、非常に安定した(変化のない)事業を、長い間継続している。

P116
 保守的な消費者が同じものを買い続けてくれるために、事業的な変化は少ないほど好ましい。現状維持が経済合理的であるならば、現状を変えないことに全力を尽くすことは、経営者の責務である。
 多くの社会問題を目の当たりにして、「なぜ沖縄は変われないのか?」といらだつ人の気持ちはよくわかるが、実はその問い自体が間違っている。
 企業にとって、そもそも変化する意味がないのだ。

P124-125
 語弊を恐れずに証言するが、沖縄社会が、有能な人材に対して行う仕打ちは残酷だ。典型的なやり方は無視することだ。有能な人材が成果を生み出しても、あたかもその人物かそこに存在しないかのように振る舞う。
 悪気があってそうするというよりも、目立たず、自分の居場所を確保するための処世術がそうさせるような気がする。
 有能で目立つ人を応援することは、自分が目立ってしまう原因にもなるから、賛同する気持ちがあっても、積極的に手を差し伸べることができないのだ。
 周囲から目立つことができない沖縄社会では、社会を変えていくような、有能な人材を見殺しにする習慣が、社会構造に組み込まれているという意味である。
 「有能な」社員を高給で迎えるよりも、毎日変化のない業務を、低所得で淡々とこなしてくれる従業員の方が都合がいい。沖縄の求人で圧倒的に非正規雇用が多いのはこのような理由によるのではないか。
 経営者は「人材が育たない」と嘆いているが、実はその原因の一端は自分自身にある。
後継者や人材不足に悩む沖縄社会の現状は、沖縄の貧困問題と同根であり、それらはすべて、社会の構造的必然によって生まれているのだ。

P128-129
 沖縄の従業員の所得が低いのは、沖縄の経営者が給料を十分に払わないからだ。しかし、従業員にも生産性を高めるために頑張るリーダーをありがた迷惑だと感じるようなところがある。経営者は、そのことをよくわかっているから、あえて生産性を高めようとは考えないし、無理をして、従業員に多くの報酬を支払おうとも考えていない。仮に、変革を試みる経営者がいたとしても、困難で報われない仕事になる。
 従業員は、収入を高めることを重視してい(でき)ないし、自分の能力を高めたり、環境を改善しようとする意欲に乏しい。自分にとって不都合な環境であっても現状維持を望みがちだ。
 従業員が昇給を避け、消費者が無批判に同じものを買い続ける……。現状維持を強く望むウチナーンチュの性向が、沖縄社会を経済的に固定化し、沖縄企業の収益力を安定的に支え、本土企業に対する強固な参入障壁を作り出してきた。その結果、沖縄企業は、本土企業に対して異様に強い力を発揮している。
 その結果、労働者はいつまでたっても、日本最低水準の賃金で働き、貧困は拡大し、子どもたちの将来に暗い影を落としている。
 さらには、日本で最低水準の人件費がイノベーションに乏しい企業の収益を補填して、現状維持を強固に支えている。沖縄の社会構造が若者から創造性を奪い、労働生産性を低下させ、さらなる低賃金を生み出すという悪循環が生じているというわけだ。

P130
 沖縄の貧困が(沖縄の低所得者が)沖縄企業を強固に支えているのだ。極端に言えば、沖縄の社会構造の中では、(悪意なく)変化を止め、(無意識のうちに)足を引っ張り、個性を殺し、成長を避けることが「経済合理的」だったのだ。
 沖縄社会が貧困なのは、貧困であることに(経済)合理性が存在するからだ。
 これが、「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」である。
 世の中の問題の多くは非合理によって生じるのではない。貧困という一見非合理な現象の裏側に、「そうあるべき」事情が存在する。貧困問題を(対症療法で)直接解決しようとしてもうまくいかないのはこのためだ。
 沖縄の貧困を根源的に解決したいと望むのであれば、その合理性に変化を生じさせなければならない。

P132-133
 沖縄人(ウチナーンチュ)が目の前の人にNOと言わない(クラクションを鳴らさない)のは、人間関係の摩擦を避けるためだ。
 しかし、不思議でもある。
 同僚との関係が多少こじれても、自分の成長のためにより責任ある仕事を選ぶことはできるはずだし、実際沖縄を一歩出れば、世の中の多くの人はそうしている。他人から少し変わっていると思われても、自分の好きなものを自由に買っている人は世の中に多くいる。
(略)
 現状を変えたくない、波風を立てたくない、目立ちたくない、失敗したくない、人に嫌われたくない……現状維持の沖縄の社会構造を作り出しているのは、「自分らしさよりも場の空気を優先する」というウチナーンチュ気質である。そのために、自分らしさを諦め、生きづらさに甘んじることになっても、だ。
 さて、ここまで説明した貧困を生み出す沖縄の社会構造の下に、もう一段、根本原因が存在する。
「自尊心の低さ」という心の大問題だ。

P135-137
 自尊心とは、これまでの成功も失敗も、できることもできないことも、優越感も劣等感も、喜びも恐れも、カッコいい自分もカッコ悪い自分も、自分の好きなところも、そして嫌いなところもさえ、すべてを抱きしめる力である。
 それは、自分を愛する力のことだ。(略)
 自分を大切にする人は、他人を大切にできる。自分を尊敬できる人は、他人を尊敬できる。
 自分を愛するから、仕事を大切にし、人生に意味を見つけることができ、何気ない日常に喜びを感じ、」自分を生きる勇気が湧き、友人に優しくでき、社会が大切に感じられる。
 自分を愛する人だけが、人を愛することができる。人とのつながりを感じているから、自分の意にそぐわないことに対して率直にNOと言える。
(略)
 高い自尊心を持つということ、つまり、自分を愛するということは、人を愛し、仕事を愛し、社会を愛するための必須条件であり、幸福に生きるために、どうしても欠かせない心の力である。
(略)
自分を愛するということは、利己主義とはまったく違う。
 自分の力量を誇示したり、家柄を誇ったり、自分を大きく見せようとしたり、自分の姿に見とれたりするナルシシズムとも違う。いわゆる「プライド」とも違う。その正反対だ。
 心理学者エーリッヒ・フロムは、名著『愛するということ』の中で、利己主義は十分に自分を愛していないからこそ、生じるものだと述べている。
(略)
 自分を愛する人は、自分を必要以上に大きく見せる必要を感じないから、威張らないし、自慢しない。彼らは、自分の弱さや欠点を認め、失敗を隠さず、間違えれば素直に頭を下げ、打たれ強い。

P140
 自分の羽が信じられないコンドルに空の飛び方を伝えても、彼らを傷つけるだけに終わる。
 彼らに愛で接する誰かがいなければ、背中の羽が開かれることはない。
 ウチナーンチュの背中にも羽が生えている。しかし、当の本人がそれを信じていなければ、誰が羽を使おうと思うだろう。
 空を飛ぼうと呼びかける上司に対して(無意識に)サボタージュするのは当然である。イノベーションも、創造も、挑戦も、意味をなさない。働くことに情熱が湧かないのも無理はない。羽ばたくことが不可能だと思い込んでいるからだ。

P147
 人間は激しい痛みを感じると、自分の感覚を鈍らせて自己防衛を図る性質があるが、それは絶望の耐えがたい痛みを和らげるために、自分自身に打つ麻酔のようなものだ。
 例えば、沖縄には、しばしば問題から目を背けるために使われる「なんくるないさ」という言葉がある。本来は、マクトゥソーケーナンクルナイサ(人事を尽くして天命を待つ)という素晴らしい意味が、いつからか「何もしなくてもOK」という意味でも使われるようになっている。現状維持は強力な麻酔として機能するため、虐げられ、苦しんでいる貧困層ほど、現状を肯定する。
 麻酔は痛みを和らげるが、同時に他のあらゆる感覚をも麻痺させてしまう。愛、喜び、感動、共感、直感……すべてだ。問題から目をそらせば痛みは減じるかもしれないが、人生のあらゆる豊かさから遠ざかることにもなる。
 まさに人間が「無感覚」になるのだ。
 そして、強い麻酔を打っている人の特徴の一つは、他人にNOと言わ(え)ないことだ。
 行きたくない誘いに応じるときにも、麻酔を打てば良い。感覚が鈍って、嫌な誘いだということが気にならなくなる。だから、表面上は、嫌な顔一つせず誘いに応じる「優しい人」に見える。

P149
 沖縄社会の長男は、文字通りの上げ膳据え膳で、なにかにつけて優遇されてお得な存在にも見えるが、同調圧力を最も受ける宿命に生まれついている。
 それゆえに彼らは自分の声を上げようにも上げられず、失敗も許されず、自分らしく生きられない。自由を奪われた人間は、自分を愛せず、打たれ弱い。
 彼らの多くは、社会的地位が高く、権力を持ったリーダーたちだ。それはすなわち、地域全体が自分を愛せない男性たちによって運営されているということでもある。

P151
「沖縄の長男問題」とは、自分を生きられない男性(すなわち、自分を愛せない男性)を、沖縄社会がシステマチックに生み出し、麻酔を打った無感覚な人間に社会の要職を任せているという現象であり、その結果、本来社会を活かすべきリーダーたちが、社会の足を最も引っ張ってしまっているという大問題である。

P153
「沖縄の男は働かない」と、多くのウチナーンチュ女性は口にするが、男性というのは元来脆く、くじけやすい存在だ。目的を失うと、心が折れて労働意欲を喪失しやすい。甘やかされて育った沖縄の長男は特にそうだ。
 学生に、両親の仕事を尋ねると「お父さんは働いていない」という答えが少なくない。

P165
 自分を愛せない人は、失敗を極度に恐れ、間違いを認めることができず、組織の最善よりも、自分の体面を保つことを優先する。

P166-168
 自尊心の高い沖縄の政治リーダーが存在したとして、彼らがどのような政策を実現するかを想像すると次のようになるだろう。
 自分を愛するリーダーとは、カッコいい人物ではなく、どれだけカッコ悪くても、どれだけ票を失うことになっても、どれだけ損なことに見えても、一人の人間として人の役に立つために、勇気と覚悟を持って行動する人物だ。
 例えば、長年にわたって巨額の経済援助を投下してもなお、貧困問題をはじめとする社会構造の矛盾を解消できないばかりか、その原因を特定すらできていないことを(カッコ悪くも)正直に認め、本当の解決法を見つけるために、党派や主義主張を超え、真に(自分よりも)有能な人たちに権限を譲り、現実を直視した分析をはじめることである。
 例えば、沖縄の振興開発のための大量の経済支援は、ウチナーンチュの自立を助けるものではなく、米軍基地維持のためのバーターとして注がれている面があることを素直に認め、もう一度、真の自立のための、現実的な計画を大胆に作り上げることである。
 例えば、辺野古基地建設反対の方針が、浦添新軍港移設推進の立場と完全に矛盾していることを認め、あるいは辺野古埋め立て反対の方針が、那覇空港第二滑走路開発のための埋立推進の方針と矛盾していることを認め、その理由を(カッコ悪くも)正直に説明し、県民の理解を請うことである。
 例えば、辺野古基地反対に強く反対する行為が、宜野湾市から普天間飛行場を除去することを少なくとも数十年先延ばしにするであろうこと、普天間飛行場を除去する方法にまったく目処が立たないことを、特に、宜野湾市民に対して(カッコ悪くも)素直に認め、それでも沖縄は基地開発に反対すべきであるか否かを県民に問うことである。
 保守であれ革新であれ、自分を愛するリーダーとは、例えば、このような制作を決断する人物である。

P206-207
 ……さて、本書では、これまで「沖縄の問題」という前提で議論してきた。すでに多くの読者は気がついていると思うのだが、実は、そのほとんどすべての議論は、日本社会全体に当てはまる。
 同調圧力があるのは沖縄だけではない。本土社会にも画一を好む強い圧力が存在する。「出る杭は打たれる」という格言は、日本社会の代名詞のようなものだ。日本社会は、新しいことへの挑戦に不寛容で、自分を生きるよりも社会の枠組みを、創造よりも前例を踏襲する社会風土を守り続けている。

P209
 自己主張し(でき)ない従業員、人の目を気にする(不自由な)消費者、横並びの(現状維持を好む)経営者、三者が織りなすバランスが、沖縄の社会構造を作っていると述べたが、その構造は、そっくりそのまま日本社会にも当てはまる。

P212
 沖縄と日本と世界は「入れ子構造」になっている。沖縄問題の本質を理解することは、日本の中からでは気がつくことができない日本問題の本質を理解することにつながる。

P217
 社会学者の宮台真司氏が、著書『これが沖縄の生きる道』(亜紀書房)で印象的なことを書いている。2010年頃を境にした傾向として、沖縄出身の学生が「沖縄が嫌い」だと言い出していると言うのだ。
(略)
先日ジャーナリストの津田大介氏にこの話を投げかけたときに、指摘を受けた。2010年はソーシャルネットワーク元年に当たるのだと言う。

P219
 私の感覚では、確かに2010年頃を境に、県内消費者が、これまでの沖縄の定番ではない商品やサービスを、どんどん受け入れるようになっている。ウチナーンチュを縛っていた同調圧力が弱まり、消費者が自由になりつつあるためだろう。

P232
 ここでもう一度、本書の結論を繰り返したいと思う。「コロナ後の世界」は、一人ひとりの人間が自分を愛することを目的として、デザインされる。なぜならば、それが、人間が幸せに生きる唯一の選択肢だからである。
 ……もちろん、私たちが、それを望めば、であるのだが。




追記10/6

この本を否定的に見ている人もいるようだ。
だけど、全体を把握せず、自分の感じ取れた部分に反発している人が少なくないという印象。
著者から見れば、文脈を把握しないまま文句を言われてもなかなか辛いのではないだろうか。
ちょっと検索すると、やはりたいへん辛く感じられたようだ。それでも、その状況を受け止めて分析を試みている。
https://twitter.com/trinity_inc/status/1300158076348108800

この本について、感覚的・表面的な言葉を多用して貶めてみせても、読解力の乏しさや思考の枠組みの固定化が疑われてしまうかもしれない。
「自分を正当化したい」「現状を維持したい」と無意識に認識している、リベラルを自称していても保守的?な人々は、村の外からやってきた人が何か言うと無条件に反発を感じてしまうのかもしれない。
著者は、思いがけない読み方をする人に対して、説明を試みたようだが、それでも読み取れない人は読み取れないようだ。


著者の論考は、経済学や政治学や社会学の論文ではないし、ノンフィクション小説でもない。
だけど、表面的な、攻撃、非難、侮蔑、嘲笑、などに通じる言葉は使わず、沖縄社会という混沌に身を投げ入れて、問題点を読み取り、表現を試みている。
これは、高度に学際的な姿勢であるとも言える。そのような著者に対して、まるでわかってない、とんでもない、ひどい、ばかにしているのか? などと言った言葉をぶつける人は、誠実だろうか。ありのままの状況を論理的に分析しようと試みる人のことは理解できないのではないか。
特に、本の内容をきちんと認識せず、勝手に「違和感を感じ」て「脱力して」「憚られる」と言われても、著者に無実の罪を着せるようなものではないだろうか。
まあ、そういった反発の多さこそが、「現状を維持したい」「変わりたくない」という意識の人の多さを証明しているとも言える。著者にはめげないで発信を続けてほしい。



<参考>
・平良竜次さんによる樋口耕太郎『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(光文社新書)の読書実況まとめ。
https://togetter.com/li/1580830

・二拠点生活の日記 Aug. 2 – 18 2020 藤井誠二
https://tabilista.com/global4/05%e3%80%80%e4%ba%8c%e6%8b%a0%e7%82%b9%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e6%97%a5%e8%a8%98%e3%80%80aug-2-18-2020/
最近なにかと話題の樋口耕太郎さんの『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』を読んでみて、かなりの違和感が残った。何年か前に氏にはインタビューしたことがあって、当時は、那覇軍港の移転について反対していた浦添市長のあっと言う間の「転向」について構造的な鋭い分析等をしていて、すごいなあと思って話を聞かせてもらいにいった。物腰のやわらかい人だった。が、今回の本については経営者としての記述に刮目するところも多々あるのだが、本書に寄せられている批判に対して「まとめて」樋口さんが反論しているのを見て、がっかりしてしまった。反論というより、ぼくには言い訳のように読めてしまった。
「反論」の中で、[「この本は〇〇の本だ」、と語ることが難しければ、まずは、そうでないものを説明する]、[この本のジャンルを特定することは難しい。沖縄地域研究、経済、貧困問題、文化、心理学、幸福論、哲学、スピリチュアリティ、経営、マーケティング、未来学、教育、子育て、自己啓発、社会学、日本研究、エッセイ、ノンフィクション、物語……どれも該当しそうだが、どのカテゴリーでもないとも言える](「ニューズウィーク」2020.8.3)というくだりにはとくに脱力してしまった。
『沖縄から~』で、沖縄の貧困問題に対する既存の対策を対処療法だと断じた一方で、肝心の政策提言らしきものがなく、問題の本質を沖縄の個々人の心の有り様に求めてしまっているのに、だ。樋口さんに悪意はないのだろうし、沖縄でもよく売れているのだから、賛否両論があることは一般的にいいことだと思う。ぼくもいろいろと嫌われているので「嫌われる勇気」的な気持ちはいつも持っているつもりだけど、「自己肯定感が低い」という物言いを個人以外に対して使うことは、ぼくには憚られる。-->



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狩猟採集生活

2021-09-20 20:43:14 | Weblog
いくつか鉢植えやプランターで植物を育てているが、ほんとうは地面に植えたい。
植物には好きなだけ大地に根をのばしてほしい。
水やりや薬剤散布、除草など人の手を加えず、自然の中で育ってほしい。
私は草木の生育を見守り、美しい花を眺めたり、実ったものをいただいたりしたい。

狩猟採集生活は、無秩序と向き合う意識が日常的だ。
野生の動植物は、一定の場所にひそんでいることが推測できるが、見あたらないときもある。そうかと思えば意外なところから出現することもある。

食べ物が得られない日もあれば、取れすぎる日もある。
それでも人々は命をつなぎ、旧石器時代から縄文時代まで何万年も日本列島に分布していた。

縄文時代にも、クルミや栗の木を山に植えるなど、食物を手に入れやすい環境を整備することはあった。
しかし、収穫の時期以外はほぼ放置。
何かを得るために計画を立て、その一部分の遂行に集中して我慢する、ということはあまりなかった。

それに引き換え、現代はどこを向いても秩序だった組織ばかり。
世の中はさまざまな仕組みで覆いつくされている。
人々は時間を切り売りするかのように、職場で細分化された労働に従事している。
心躍らせながら、心に安らぎを覚えながら、キーボードを叩いたり荷物を動かしている人はどのぐらいいるだろう。

弥生時代以降に稲作が生活の中心になってから、計画に合わせた行動や水の分配の秩序化、富の蓄積の重視などが不可欠になった。
狩猟採集生活を送っていた縄文人は競争に敗れ、同化あるいは駆逐されてしまった。


しかし、ほんとうは、その日暮らしでもいいのではないだろうか。
なぜ、資産を貯めこまないといけないのだ。なぜ、将来に投資しないといけないのだ。なぜ、成長していかないといけないのだ。

方向性を持った価値観は、切り落としてしまうものも多い。
秩序化に重きを置かない。貯金なんて興味ない、影響力の強化も望まない。
そのような姿勢だからこそたどり着ける意識もあるのではないだろうか。


よく、次のような話を目にする。
https://hebinuma.com/2014/09/10/post-4176/
お金持ちが熱帯の漁村へ行って、貧しい漁師にビジネスの巨大化をすすめる。
日々のどかにすごしている漁師はなぜそんなことをしないといけないのかわからない。
お金持ちは、お金持ちになれば海辺のリゾートでのんびりと暮らせるだろ、と言う。
しかし漁師は、その生活はすでに今の生活なのでは… と不可解に思う。

ビジネスジジョークとしてはよくできていると思う。
ただ、お金持ちになってリゾートに住むことは、否定されることではないと思う。

毎日あたりまえのように漁村で過ごしている漁師と異なり、お金持ちは海や風やヤシの木の美しさを強く感じ取ることができるのだ。
同じ環境にいても、意識レベルというか認識の違いによって、見える世界は違う。

お金持ちになっても幼児のような価値観のまま行動する人もいるけど、美術、デザイン、歴史、文化などの知識も深めている人は、さまざまな魅力を感じ取ることができる。

だから、お金持ちが海辺の寒村に住んだり、都会人が山奥の秘境に住んだりするのも、おもしろいのではないかと思う。


私がいま想像しているのが、狩猟採集生活。
山を買って、さまざまな果樹や薬草、ハーブ類を植える。
必要な時に山野草とともに採取。縄文人が使っていたような囲炉裏で鍋をつくる。
主食は里芋とか山芋だろうか。山ブドウのお酒も作ってみたい。

混沌や無秩序に向き合う生活であっても、快適さを追求するために現代の利器との融合を目指したい。
竪穴式住居のように見えながらもガラス窓を使い採光性をよくする。

狩猟採集生活に移行するにあたり、株の配当金などで細々と生活できるような金融資産を確保しておきたい。
医療保険にも入り、生活に不安のない状況をつくっておく。
そうすると、心おきなく狩猟採集生活に入り、山や川と意識がつながった日々が送れるのではないだろうか。
そこで感じた日々のすばらしさをyoutubeかブログで配信すれば、共感者も増えるかもしれない。

人類社会は、秩序化や組織化はもう限界に達しようとしているのかもしれない。
縄文人が見たらめまいがするような数の知識を現代人は求められている。
いちど、複雑な電子機器も数々のアプリも、行動を制約する常識も社会ルールも手放し、無秩序な自然の中に裸足で立ち入ってみてもいいのではないだろうか。
そうすると、またあふれでる活力を補うことができるかもしれない。



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