元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

最近購入したCD(その43)。

2023-11-03 06:09:03 | 音楽ネタ
 ローリング・ストーンズのディスクを買ったのは何十年ぶりだろうか。ロック史に大いなる足跡を残したバンドではあるのだが、ここ18年間はオリジナル曲によるスタジオ録音の新譜もリリースせず、完全に“過去のグループ”と見做されても仕方がない存在だった。しかも、チャーリー・ワッツが鬼籍に入り、いよいよキャリアが終焉を迎えるのだと思い込んでいた。ところが、今回久々にニューアルバム「ハックニー・ダイアモンズ」発表し、健在ぶりを見せつけてくれたのには驚くしかない。

 しかも、内容がすこぶるアグレッシヴだ。別段、新しいことをやっているわけではない。だが、全体に漲る明朗さと前向きな勢いには聴き手を引き込むパワーがある。これはプロデューサーのアンドリュー・ワットの手腕によるところが大きいのだろう。彼はオジー・オズボーンやエルトン・ジョン、イギー・ポップなどのベテランと組んで実績を挙げてきた人材だが、ジャスティン・ビーバーやポスト・マローンら若手のミュージシャンを手掛けて長所を引き出したことでも知られる。そのためか、サウンドの一つ一つに張りがあり、老成した部分などまるで感じられない。



 また、ゲストも豪華だ。ポール・マッカートニーにエルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダーとレディー・ガガ、そしてビル・ワイマンまで“カムバック”し、さらにはC・ワッツの生前の音源まである。とにかく、シングルカットされた「アングリー」に始まってバンド名の由来となったマディ・ウォーターズのナンバー「ローリング・ストーン・ブルース」まで存分に楽しませてくれるこの一枚。ロックファンなら必携盤と言って良いのかもしれない。

 テイラー・スウィフトの初期の音源が本人の同意なしに投資ファンドに売却されていたことが2020年に明らかになり、彼女は過去の楽曲をすべて再レコーディングするハメになったことは巷間に伝わっているが、そのどれもがヒットチャート上位にランクインしているのだから恐れ入る。その第四弾「1989」は、最も期待していたディスクだ。2014発表のオリジナル版はあまりの出来の良さに舌を巻いたものだが、今回の“テイラーズ・ヴァージョン”では、さらなるグレードアップが認められる。



 とにかく、音の“数”が多い。そして音像が分厚い。まるで再生オーディオ機器のクォリティがアップしたかのような手応えを感じさせる。聴き手によってはオリジナルのストレートなタッチが好まれるのかもしれないが、多くのリスナーはこの新録のゴージャスさを選ぶのではないだろうか。おまけに、未発表のナンバーが5曲も追加されている。結果として総演奏時間78分という、お買い得感満載の一品に仕上がった(笑)。

 彼女は現時点で再録プロジェクト残りの2枚となるファースト・アルバムの「テイラー・スウィフト」及び「レピュテーション」に取り組んでいるとのことだが、これらもかなりのセールスを記録するのだろう。自身の楽曲の権利を失うという深刻なトラブルに見舞われながら、それを逆手にとって新たなマーケティングを打ち出している彼女のしたたかさには感服するばかり。当分は快進撃が続きそうだ。

 ベルリン・フィルの首席フルート奏者として知られるエマニュエル・パユは、ソロのプレーヤーとしてもトップクラスだ。一時期は自身の個人的な活動が忙しく、楽団を離れていたほどである(現在は復帰 ^^;)。そんな彼がフルートソナタの新録の題材として選んだのが、シューマン夫妻およびメンデルスゾーン姉弟による作品群。アルバムタイトルは「ロマンス」で、ピアノ伴奏はフランスの名手エリック・ル・サージュ。2022年秋にベルギーのナミュール・コンサートホールで吹き込まれている。



 曲目はロベルト・シューマンの「3つのロマンス(作品94)」にクララ・シューマン「3つのロマンス(作品22)」、ファニー・メンデルスゾーンの歌曲集(フルート版)にフェリックス・メンデルスゾーンの「ソナタ ヘ長調」など。ハッキリ言って、馴染みの無い曲ばかりだ(苦笑)。特にクララ・シューマンの名は知ってはいたが、メンデルスゾーンにファニーという姉がいて、作曲家として活動していたというのは、恥ずかしながら初耳である。だが、どれも肌触りが良くしみじみと聴かせる。

 パユとル・サージュのコンビネーションは万全で、これら比較的マイナーな曲目を有名なナンバーであるかのごとく仕上げている。特筆すべきは録音で、マイクは楽器に寄っており(ホールトーンは控え目の)直接音主体の展開だが、生々しく音像が前に出てくる。まるでフルートが奏でる旋律を、最前列から身を乗り出して聴いているようだ。エコーを効かせたサウンドデザインも良いが、こういうモニター系(?)の組み立て方も悪くない。久々に室内楽のコンサートに足を運びたくなった。
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ジャニーズ事務所の“功績”について。

2023-07-21 06:15:22 | 音楽ネタ
 山下達郎が自身が所属するプロダクションを契約解除になった音楽プロデューサーの一件について、2023年7月9日オンエアのラジオ番組において、事の発端になったらしいジャニーズ事務所をめぐるスキャンダルを絡めてコメントしたところ“大炎上”の様相を呈したことは記憶に新しいところだ。ただし、山下の“(くだんのプロデューサーの発言は)憶測に基づく一方的な批判だ”とか“そういう方々には私の音楽は不要”とかいった物言いに対しては、すでに各方面から数多くのコメントが発せられているので、ここで私があれこれ言うのは差し控える。

 それよりも私が気になったのは、山下の“数々の才能あるタレントさんを輩出したジャニーさんの功績(中略)ジャニーさんの育てた数多くのタレントさんたちが、戦後の日本で、どれだけの人の心を温め、幸せにし、夢を与えてきたか”という発言だ。ジャニー喜多川にまつわる醜聞は別にしても、果たしてジャニーおよび彼が創設したプロダクションが、そんなに持ち上げられるほどの“功績”を残したのか、大いに疑問だ。



 確かに、ジャニーが手掛けたタレントはシングル1位獲得が47組、ヒットチャートのトップに上り詰めたナンバーは439作品という、ギネス世界記録になるほどの実績をあげている。しかし、あくまでそれはビジネス的な成功であり、日本のポップス界全体のレベルを押し上げたわけではない。ジャニーズ事務所は、既存の作曲家などの“現場担当者”たちを、自分たちが売り出したい歌手のスタイルに合わせて起用しただけだ。決して事務所側から何か新しい音楽のスタイルを提案したわけではない。

 加えて、ジャニーズのタレントで人様に聴かせられるような歌唱力を持った者は、どの程度いたのだろうか。中には歌が下手なことをネタにされていた者もいたようだが(笑)、男性アイドルに歌のうまさを期待する方が間違っているというような風潮を作り出したのは、この事務所の姿勢にも原因があったと思わざるを得ない。もちろん、世界進出なんてもってのほか。国内市場でペイできるような体制に甘んじていた間に、KーPOP勢に先を越されてしまった。

 また、山下の“ジャニーズのタレントたちが、戦後の日本で人の心を温め、幸せにしてきた”というセリフに至っては呆れるしかない。まるで戦後の芸能界でジャニーズの一派だけがアイドル的人気を誇ってきたかのような物言いだ。ジャニーズ以前にも、そしてジャニーズ以外にも男性アイドルは存在している。それにジャニーズ事務所は“数々の才能あるタレントさんを輩出した”どころか、不要な忖度や圧力じみたものを振り撒いて他の勢力を駆逐したという見方もあり、だからこそ公正取引委員会から注意勧告を受けている。

 いろいろ書いたが、ジャニーズ事務所およびその“商法”が持て囃されるという構図が、我が国の歌謡界の水準を如実にあらわしていると思う。話は歌謡界に限らず、毒にも薬にもならないシャシンが客を集めている映画界も含め、この“ジャニーズ事務所的なるもの”が罷り通る状況がすなわち日本のエンタテインメントの平均的レベルだということだろう。

 なお、山下は“オレの意見に賛同しない者はオレの音楽は聴かなくていい”というスタンスらしいが、あいにく私は山下の音楽はここ30年ばかり積極的に聴いていないし今さら聴く気も無い。まあ、ベスト盤だけは所有しているのだが(苦笑)、長らくCD棚の奥に放置されたままだ。
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「レコード芸術」誌が休刊。

2023-07-16 06:57:35 | 音楽ネタ

 クラシック音楽のCDやレコードの評論誌「レコード芸術」(音楽之友社)が、去る2023年6月20日発売の同年7月号をもって休刊した。同誌の創刊は1952年3月であり、70年あまりの歴史に幕を下したことになる。同社の説明では、休刊の理由は“近年の当該雑誌を取り巻く大きな状況変化、用紙など原材料費の高騰などの要因による”とのことだが、つまりは雑誌というメディア自体が直面した逆風を避けられなかったということだろう。

 実を言えばこの雑誌は私も若い頃に購読していたが、ネットの普及と共に同誌を含めた雑誌全般を買わなくなっていた。かくいう私が述べるのも何だが(汗)、いくら雑誌の売り上げが左前になったといっても、雑誌メディア自体が衰退して良いとは思わない。「レコード芸術」誌についても紙媒体での発刊が難しいならば、Web上での存続という手も考えられたはずだ。しかし、それでもこの“評論誌”という体裁を保つのは困難だったと想像する。

 エンタテインメント部門における“評論誌”の居場所というのが無くなってきたのだと思う。今や音楽はネット経由で(音質面で多くを望まなければ)いくらでも聴ける。リスナーはネット側が勝手に提示してくれるオススメ音源やプレイリストを“つまみ食い”状態で味わえる。その取捨選択の基準になるのはリスナー個人の好みだけ。あとはせいぜいがSNS上に展開される、どこの馬の骨とも分からない者たちの意見ぐらいだろう。

 しかし、だからといって“音楽なんて個々人の好みで勝手に選べばいい”とは言い切れない。特にクラシック音楽については学校教育のカリキュラムにも取り入れられていることでも分かるように、教養の一環として扱われている。音楽鑑賞についても、識者による権威というか、一種のリファレンスが必要であるはずだ。「レコード芸術」誌に載っていたリリースされたディスクに関する詳細なデータや、評論家たちのレビューはその権威を反映するものだった。

 もちろん、リスナーによっては評論家の意見に賛成できないことも多々ある(私もそうだ)。だが、クラシック音楽についての深遠な知識を持った評論家たちの論評、およびそれを掲載した信頼できる媒体があってこそ、聴き手の個人的な意見も存在価値はあり得たのだ。素人同士で個的な好みを吐露し合うだけでは、何ら教養をカバーできない。

 とはいえ、教養に背を向けても良いようなサブスク時代の音楽の聴き方にあっては、「レコード芸術」誌に載っているような玄人のウンチクは余計なものと片付けられても仕方がない。それどころか、すべてがコスパだタイパだと効率のみが優先される風潮にあっては、クラシック音楽の鑑賞自体も非効率なシロモノだと見做されるかもしれない。

 ただし、昨今のアナログレコードの復権が象徴するように、音楽に対してじっくり向き合うリスナーも少なくないのだ。リリース情報の整理や評価、およびその価値判断基準の提示といったリファレンスを伴ったメディアは今後も必要だと思う。「レコード芸術」誌は無くなっても、それに準じた情報発信元の創設を(小規模でも良いので)望みたいところだ。

 あと余談だが、実家の書棚の奥にあった「レコード芸術・別冊 新編 名曲名盤500」(87年版)を、私は今でもクラシックのディスクを購入する際の参考にしている。執筆陣も充実していて、信用するに値する内容だ。同じ趣旨の別冊はその後も何回かリリースされているが、情報量においてはこの古い87年版が一歩リードしていると思う。これからも重宝していくことになるだろう。
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最近購入したCD(その42)。

2023-06-25 06:05:17 | 音楽ネタ
 ミズーリ州セントルイス出身の女性R&BシンガーのSZA(シザ)が2022年12月に発表したセカンドアルバム「SOS」は、10週全米ナンバーワンを記録するほど評判を呼んだが、長らくネット配信のみのリリースであった。ところが2023年5月にやっとCDでの発売が始まり、早速買い求めた。やはり音楽ソフトはフィジカルで所有した方が安心できる(笑)。

 内容だが、実に質が高い。R&Bだけではなく、ヒップホップやロックなどの複数ジャンルのテイストを取り込んでいるが、いずも自家薬籠中の物としており、それが精緻なアレンジと共に提供される。音像の一つ一つにまで神経が行き届いており、聴くたびに感心させられる。ハスキーな声質は魅力的であり、歌詞の内容もリアルで一切妥協が無い。売れたのも十分納得できる。



 ファーストアルバムの「Ctrl」が発表されたのが2017年だったので、この「SOS」の製作には足かけ5年以上も要したことになる。前作も決して悪くはなかったのだが、やはり2枚目の本作の方がキャッチーで良く練られている。なお、国内盤のCDにはボーナストラックが2曲収められており、お得感が強い。リリース後の国内ツアーも大盛況だったようで、当分彼女の快進撃は続きそうだ。

 東京出身ながら活動拠点を九州に移して意欲的な活動を展開していたジャズ・ピアニストの細川正彦が、2022年8月に急逝していたことを最近知りとても驚いた。まだ若かったのに本当に残念だ。彼の遺作になってしまった最新アルバム「デュオローグ」では相変わらず手堅いパフォーマンスを見せており、惜しい人材を失ったものだとつくづく思う。

 山本学のベースとセバスティアン・カプテインのドラムスを従えたトリオ作で、細田のオリジナル曲が多いが、チック・コリアやビル・エヴァンスのナンバーのカバーもある。細田のピアノは確固としたテクニックに裏打ちされた骨太なものだが、流麗な歌心がありロマンティックで美しい。決して甘くならず、ある意味ビターなテイストも前面に出るが、抜群のリズム感により幅広い層にアピールできると思う。



 なお、本ディスクはレコーディングエンジニアの小宮山英一郎が監修した“小宮山スーパーケーブル”を使用しており、96KHz32ビットのスペックで収録されている。だからというわけではないが、録音はかなり良い。低域から高域まで曖昧さが無く、位相が整ったサウンドだ。音場の掴み方は自然だし、音像の滲みも無い。オーディオシステムのチェックにも十分使える内容だ。

 コリン・デイヴィスがロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を指揮して70年代後半に吹き込んだ「ペトルーシュカ」などのストラヴィンスキーのバレエ音楽3部作をまとめたディスクが廉価版2枚組で出ていたので、思わず買ってしまった。しかも、1963年にロンドン交響楽団とレコーディングした「春の祭典」もオマケに付いている。これが1800円ほどで手に入るのだから、コストパフォーマンス(?)は本当に高い。



 たぶん、それまで野趣に富んだケレン味の強い演奏が多かったストラヴィンスキーの作品を、純音楽的に練り上げたアプローチの嚆矢ではなかったか。どのナンバーも洗練された味わいで、しかも決してエルネギーは失わない。第16回(78年)レコード・アカデミー賞を獲得しており、特に「火の鳥」はこの曲の代表的名盤の一つだと思う。

 クラシックのソフトではアナログ録音の最終時期に当たり、それだけに従来からのノウハウの集大成的な仕上がりになるほど、このディスクの音は良い。音場は前後左右に広く、音像は決してヒステリックにならず中庸をキープ。それでいてボケたところは無い。63年版の「春の祭典」はさすがに古さを感じさせるが、資料的な意味合いはあるだろう。とにかく、買って損の無いCDだ。
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最近購入したCD(その41)。

2023-02-24 06:10:31 | 音楽ネタ
 昨今、音楽ジャンルとしてのロックの退潮がささやかれている。事実、今はアメリカのヒットチャートで純然たるロックナンバーが上位にランクインすることはほとんど無い。ただ、イギリスにおいてはそこまでロックは斜陽化していない。その中で、2017年にデビューした英マンチェスター出身の4人組バンド、ペール・ウェーヴスが昨年(2022年)発表したサード・アルバム「アンウォンテッド」は、ストレートなロック・サウンドを小気味良く叩き出した快作だ。

 前作の「フー・アム・アイ?」(2021年リリース)も良かったのだが、この新作はよりハードなタッチを前面に出し、歌詞も甘さを控えたダークでエッジの効いたものに仕上げられている。しかも、メロディ・ラインはポップで親しみやすく、ナンバーごとにテンポやアプローチを変えてくるなど、捨て曲無しの完成度の高さを見せつけている。



 紅一点のヘザー・バロン・グレイシーのヴォーカルは、蓮っ葉な中にキュートな魅力を湛える優れ物。プロデューサーにブリンク182やマシン・ガン・ケリーなどを手掛けてきたザック・セルヴィーニを迎え、90年代インディー系をも想起させるパワフルな展開は幅広い支持を得られそうだ。それを裏付けるように、本作はイギリスのインディー・チャートで1位、総合チャートでも4位を記録している。ブリティッシュ・ロック好きは要チェックだろう。

 1931年ボストン出身のジャズ系女性シンガー、ボビイ・ボイルが1967年に吹き込んだカバー曲集に未発表音源を追加して2016年に復刻された「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」は、あまりのウェルメイドさに唸ってしまった一枚だ。この隠れた名作とも言えるアルバムが21世紀になって日の目を見たことは、実にありがたいと思う。



 タイトル・トラックはもちろんビートルズのナンバー。フィフス・ディメンションのヒット曲「ビートでジャンプ」や、ハリー・ニルソンの「うわさの男」、先日惜しくも世を去ったバート・バカラックの「ディス・ガール」など、お馴染みのナンバーばかりが集められ、誰にでも楽しめる。ボイルの歌声は絶品で、とても滑らかで温かみがある。もちろん、ジャズ歌手らしいスイング感も満点だ。

 バックを務めるギタリストのロン・アンソニーとベーシストのクリス・クラーク、ドラマーのチャック・ピッチェロのプレイも万全で、決して刺激的な音を出さずにボイルを的確にバックアップしている。また、レコーディング時期を勘案するとかなり音質が良い。ヘンに音像や音場を弄らずに“素”のままで録られており、自然なサウンド・デザインを創出。こういう音源の再発は今後も期待したい。

 映画音楽の大家ジョン・ウィリアムズは、時に指揮者としてオーケストラを率いて自作を演奏している。過去にボストン・ポップス・オーケストラやピッツバーグ交響楽団と組んだディスクを残しているが、満を持して2020年にウィーン・フィルと共演したディスクが「ライヴ・イン・ウィーン」だ。レコーディングは同楽団の本拠地ウィーン楽友協会でおこなわれ、ヴァイオリニストにアンネ=ゾフィー・ムターを起用するという豪華版である。



 取り上げられたナンバーはお馴染みのものばかりだが、一流どころのオーケストラが手掛けると実に格調高く仕上がる。弦の美しさと馥郁としたリズム運びに思わず聴き惚れてしまう。映画音楽というより、クラシックの小品集に接しているような雰囲気だ。ムターのヴァイオリンも豊かな色彩感を醸し出している。また、このディスクはMQA-CDという高音質仕様で、そのせいか聴感上のレンジや音場が見通しが良い。

 なお、本作のリリース後に今度はベルリン・フィルと共演した「ライブ・イン・ベルリン」も吹き込まれているが、そっちは見事にオーケストラのキャラクターを前面に押し出した重々しいサウンドに仕上がっている。同じ指揮者で同じような曲目を扱っても、楽団によってこうも印象が違うのだ。私はウィーン・フィルとのバージョンが好きだが、リスナーによってはベルリン・フィルに軍配を上げる向きも多かろう。ともあれ、映画好きもクラシック・ファンも満足できる斯様な企画は、これからも続けて欲しい。
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二胡のコンサートに行ってきた。

2022-11-25 06:18:03 | 音楽ネタ

 先日、福岡市中央区大濠公園にある福岡市美術館ミュージアムホールで開催された、二胡のコンサートに足を運んでみた。二胡というのは、中国の伝統楽器である。二胡だけではなく、他の楽器も交えた編成で、多様な出し物を披露してくれた。180席の会場は満員で、こういう演目に興味を持っている層が少なくないことを如実にあらわしている。

 公演は二部構成で、前半は地元の愛好家による演奏だったが、見どころは第二部だ。中国の人間国宝に当たる国家第一級芸術家の称号を持ち、現在は福岡市を拠点として活動するベテラン趙国良による二胡と、同じく福岡市在住の古箏の達人である江舟、そして熊本市をフランチャイズとして演奏活動をおこなっている揚琴の使い手である周暁丹の3人によるアンサンブルである。

 二胡は以前にも何度か生の音に接したことがあったが、古箏と揚琴は直に聴くのは初めてだ。その玄妙な音色にはとにかく驚いた。中国映画のBGMとしては御馴染みのサウンドのはずだが、眼前で展開されると豊かな響きに圧倒される。もちろん趙国良の名人芸は申し分なく、メロディを奏でるだけではなく、馬や小鳥の鳴き声まで二胡で表現しているのは感服するしかない。

 趙国良は1941年生まれだから相当の高齢だが、リズム感や音の伸びは(当然のことながら)前半の弟子たちのパフォーマンスを完全に上回っている。そして、このような人材が福岡に居を構えているということ自体、有難いことだと思う。これからも達者で芸を磨いてほしい。

 曲目は日本の楽曲が多く、他にクラシックやポピュラーもリストに入っていたが、やっぱり本国の伝統的ナンバーを手掛ける時が生き生きとしている。また、各楽器に関してのレクチャーが挿入されていたのも有意義だった。二胡が2本の弦で構成されているというのは知ってはいたが、弓は弦の間に挟まれており、琴筒はニシキヘビの皮で覆われていることは初耳だった。また、当ホールは音響的には悪くない環境だったが、もう少し広い会場でも十分に客を呼べると思う。
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最近購入したCD(その40)。

2022-02-18 12:47:15 | 音楽ネタ
 英国の世界的シンガーソングライターであるエド・シーランが、2021年秋に発表した4枚目のアルバム「=(イコールズ)」はすでに好セールスを達成しており、ここであえて紹介する必要は無いとは思ったのだが、あまりのクォリティの高さに言及せずにはいられなかった。とにかく“捨て曲”が存在せず、どのナンバーも濃密な魅力を放っている。

 特に、家庭人としての自覚を探求したり、師であり友人でもあったマイケル・グディンスキーの逝去に接しての心情を綴った曲など、歌詞の内容も円熟味を増している。また、大ヒットしたシングル「バッド・ハビッツ」では、身を固める前の奔放な生活を振り返る余裕まで見せる。そしてもちろん曲調はポップで親しみやすく、メロディは訴求力が高い。



 それにしても、今までのアルバムタイトルが「+(プラス)」「×(マルティプライ)」「÷(ディバイド)」と続いたものの、この新作が「-(マイナス)」ではないのが、シーランのスタンスを象徴していて興味深い。彼にとって“マイナス要因”なんか埒外のことなのだ。そういう前向きな姿勢で、これからも意欲的な作品を発表してもらいたい。

 コペンハーゲンのピアニスト、ニコライ・マイランドが2015年に発表したトリオ作品「リービング・アンド・ビリービング」は、最近よく聴くジャズのディスクだ。とにかく肌触りの良いナンバーとパフォーマンスがずらりと並べられ、いわば“正統派北欧系美メロ(?)”とも言えるテイストを存分に堪能できる。



 最近のピアノトリオのトレンド(みたいなもの)がどうなっているのか分からないが、たまに耳にする新録音のディスクは、ヘンに高踏的だったりフリージャズっぽかったり、あるいは甘々のムード音楽仕様だったりと、あまり積極的に聴きたくないものが目立っていた。その点このCDは“甘すぎず、辛すぎず”の絶妙な線をキープしており、誰にでも奨められる。

 曲はマイランドの自作が中心だが、ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」のカバーなども入っており、飽きさせない。さらに、デンマークの歌姫シーネ・エイが参加しているのも嬉しい。録音の質は中の上といったところだが、各楽器の定位もしっかりしており、決してイヤな音は出てこない。こういうタイプのディスクが増えてほしいものだ。

 73年創設の、スウェーデンのBISレーベルはクラシック音楽中心のレコードブランドとして有名だが、内容が手堅いことでも知られている。私の知る限り、このレーベルの商品で失望したものは見当たらない。少なくとも、独グラモフォンやSONYなどのメジャーレーベルより、品質は安定していると思う。今回紹介するのは。ヴィヴァルディのイタリア・リュートのための作品全集だ。



 リュートを担当しているのは、名手ヤコブ・リンドベルク。他にはニルス=エリク・スパーフ(ヴァイオリン)、モニカ・ハジェット(ヴィオラ・ダモーレ)、およびザ・ドロットゥニングホルム・バロック・アンサンブルといった面子が顔を揃える。84年から85年にかけて、ストックホルム郊外のペトラス教会で録音されている。

 演奏は良い意味での中庸をキープ。一般には馴染みのないナンバーばかりだが、どれもしみじみと聴かせる。音質はレベルが高く、リュートの音が実にまろやか。各楽器の距離感も上手く再現されている。そして特筆されるのがホールエコーだ。演奏陣と背後の壁とがかなり離れていると思われ、反響がスッと後方に消えていくあたりは絶品である。このレーベルのディスクは、機会があればまた手にしたいと思う。
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アナログレコードの優秀録音盤(その8)。

2021-04-04 06:33:51 | 音楽ネタ
 フランスのOCORAレーベルは世界各地の民族音楽や伝統音楽の音源を提供していることで知られているが、その録音の質の高さにおいても定評がある。今回紹介するのは、アラブ古典音楽で使われる葦笛のネイ(またはナーイ)と、アンデスの葦笛であるケーナとのデュエットによる「ネイ&ケーナ 葦の会議」である。82年の録音で、リリースは84年だ。

 演者はネイがクジ・エルグナー、ケーナがザビア・ベレンガー。レコーディング場所はフランス南部のプロヴァンス地方にあるセナンケ僧院だ。パフォーマーに関しての予備知識は無いが、2人ともかなりのテクニシャンであることが分かる。同じ葦笛といっても、ネイとケーナは形状も音階も違うし、それぞれの楽器が使用される音楽自体も異なる。ところが彼らはその“壁”を易々と乗り越え、独自のサウンド世界を演出している。



 曲はすべて即興で、アプローチとしてはジャズのアドリブに近いが、テイストとしては民族音楽と現代音楽のミックスのような高踏的なものだ。それでいて、聴き手の神経を逆撫でするようなエキセントリックさは皆無で、極上のヒーリング・ミュージックのような様相を呈している。

 音質は素晴らしく、広々とした音場の中で、2本の葦笛は絶妙の定位を見せる。そしてオフマイクで捉えたホールエコーが圧倒的だ。上下前後左右とサウンドは拡散し、並々ならぬスケール感を醸し出す。再生装置の質が上げるほどに音の粒立ちが“可視化”されると思われ、オーディオシステムのチェックにはもってこいの優秀録音だ。

 元々はピアニストであったフランスのモーリス・ギが70年に結成した、古楽器合奏グループのル・ミュジシャンズ・ド・プロヴァンスのアルバム「プサルテリオンの芸術」は、再生すると部屋の空気が変わってしまうような典雅なオーラに包まれた良作だ。録音は73年から81年にわたって7回おこなわれ、ディスクのリリースは81年である。



 彼らが演奏するのは、12世紀から17世紀にかけて作曲された南フランスに伝わる器楽曲で、はっきり言ってどれも馴染みのない曲ばかりだ。しかし、どれもしみじみと美しい。哀愁を伴うメロディと、巧みなハーモニー。各プレーヤーの妙技にも感心するしかない。使われている楽器はギターやリコーダー等の現在でもよく使われているものから、タンブランやクルムホルン、そしてアルバムタイトルにもあるプサルテリオン(プサルタリーともいう。木箱にピアノ線を張った弦楽器で、通常は24弦だが、ここでは16弦のものが起用されている)といった珍しい古楽器も駆使されており、そのユニークな音色は飽きることがない。

 そして録音状態だが、かなり良い。レコーディング場所やその環境は不明だが、ホールエコーが効果的に捉えられている。年月を置いての複数回の収録なのでナンバーによって響き方は違うものの、明確な楽器の定位や不必要なエッジを立たせない音色の再現など、いずれも細心の注意が払われている。レーベルはフランスのアリオンで、他にも優秀録音は多く、機会があればまた他のディスクも紹介したい。

 イギリスの2人組ユニットであるエヴリシング・バット・ザ・ガールといえば、90年代にエレクトロニック・ミュージックの要素を積極的に取り入れハウス・サウンドで一世を風靡したものだが、デビュー当時はアコースティックな展開を見せ、一定の評価を得ていた。私が所有しているのは、84年にリリースされた彼らのデビューアルバム「エデン」である。



 トレイシー・ソーンとベン・ワットが作り出す楽曲はいずれも肌触りが良く、そして何よりオシャレだ。聞くところによると、その頃日本では“トレンディな音源に敏感なOL層”向けに売り出されていたという(笑)。録音はびっくりするほど上質というわけではないが、ポップス系ではかなり良い方に属する。レンジは十分に確保され、ヴォーカルは自然で、特定帯域でのおかしな強調感も無い。

 なお、このディスクを入手した理由というのは、何とレコード店で“売り込み”を掛けられたからだ。リリース元としてもプッシュしたいサウンドであったらしく、ショップに派遣されていた(と思われる)レコード会社のスタッフからの猛チャージで、仕方なく(?)買ってしまったというのが実情。しかし結果は良好で、今でも自室のレコード棚にある。なお、ジャケットの材質とデザインは秀逸で、部屋に飾っていてもおかしくない。
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最近購入したCD(その39)。

2020-12-20 06:28:25 | 音楽ネタ
 今回は若手女性シンガーソングライター三題。まず紹介するのが、米カリフォルニア州パサデナ出身のフィービー・ブリジャーズ(94年生まれ)のセカンド・アルバム「パニッシャー」。評判になったデビューアルバムの「ストレンジャー・イン・ジ・アルプス」(2017年リリース)は聴いていないが、この第二作の内容だけでも彼女の実力が十分にうかがわれる。

 ブリジャーズの音楽は一聴すればよくあるウエストコースト系(?)フォーク・ロックのように思えるが、サウンドの端々にエッジが効いており、ほの暗い印象を受ける。ただし決してダークな展開にはならず、乾いたユーモアも感じられる。どこかジョニ・ミッチェルを思い起こさせるが、歌声は清澄で押し付けがましくなく、いつまでも聴いていたい気にさせる。



 またアレンジは精妙で、ギターの弾き語りだけではなくシンセやストリングスなども織り交ぜて曲ごとにバラエティを持たせている。歌詞の内容はおおむね内省的だが、日本に行った際の印象をネタにした“Kyoto”というナンバーもあるのは御愛嬌だ。なお、第63回グラミー賞で4部門にノミネートされており、イギリスの先鋭的バンドThe 1975とコラボするなど、今後の活躍が期待される逸材である。

 ノルウェーのベルゲン出身のオーロラ(96年生まれ)の日本デビュー・アルバム「インフェクションズ・オブ・ア・ディファレント・カインド・オブ・ヒューマン」は、2018年と2019年に発表されたミニ・アルバムに新トラックを通過して1枚に仕上げたもので、収録時間は80分に達する。しかし、中身はし少しも弛緩することなく、密度が濃い。なお、オーロラは芸名ではなく、本名はオーロラ・アクスネスだ。



 彼女のサウンドはびっくりするほどエンヤに似ている。また、ビョークやフローレンス・アンド・ザ・マシーンに通じるものも感じる。だが、エンヤよりロック色が強く、ビョークなどとは違って“濁り”や屈折した部分があまり見られない。あくまでも透明で清涼なサウンドストームに聴き手を巻き込んでゆく。また、けっこうハードな歌詞を扱っても、アプローチはストレートでシニカルな部分が無い。

 エンヤと同じくエフェクトを効かせた多重録音をメインとしながらも、ボーナストラックではアコースティックバージョンでの“素”の歌声も聴かせる。2019年のディズニー映画「アナと雪の女王2」(私は未見)に参加。本人のプロフィールや経歴は面白く、ケイティ・ペリーやアンダーワールド、ショーン・メンデスといった有名どころからも一目置かれる、興味が尽きない北欧の異能だ。

 フィリピンのイロイロ市出身で幼少時にイギリスに渡り、現在はロンドンを中心に活動するビーバドゥービーことビートリス・クリスティ・ラウス(2000年生まれ)のデビュー・アルバム「フェイク・イット・フラワーズ」は、コアなロックファンの間では話題になっている好盤だ。何より、この若さでグランジの真髄を受け継いだような陰影のあるサウンドを披露しているのが嬉しい。



 彼女はスマッシング・パンプキンズやソニック・ユース、エリオット・スミスなどから影響を受けたらしく、楽曲もそのテイストを踏襲している部分が大きいのだが、この年代の等身大の内面を吐露したような歌詞と何の衒いも無いストイックな歌声が聴く者を惹き付ける。プロデューサーに元ザ・ヴァクシーンズのピート・ロバートソンを迎え、若手のポップ・ミュージシャンにありがちな打ち込み多用のライトな展開を廃し、硬派のギター・サウンドで押し切っている。

 先のブリット・アワードではライジング・スター賞にノミネートされ、NMEアワーズではレーダー賞を受賞。他にも各アワードの新人賞を獲得している。すでに大ブレイクしているビリー・アイリッシュと肩を並べるのも時間の問題と思われるような、いわゆるZ世代を代表する注目株と言えるだろう。
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最近購入したCD(その38)。

2020-08-21 06:31:50 | 音楽ネタ
 2002年に英国チェシャー州ウィルムスローで結成された4人組のバンドThe 1975の4枚目のアルバム「仮定形に関する注釈」(原題:Notes on a Conditional Form )は、2020年度のロック・シーンを代表する名盤だと断言したい。とにかく、恐るべきクォリティの高さだ。

 このグループのサウンドは以前から聴いてはいるが、どうもピンと来ないというか、一回流したら“もういいかな”といった具合であまり訴求力は感じなかった(まあ、それでもセールス面では万全だったが)。ところがこの4枚目は、どのナンバーも密度が高い。しかも、曲調がバラエティに富んでいる。あらゆるジャンルをカバーしているかのようだ。それでいて、メロディラインが一貫性のあるエッジの効いたポップさで彩られている。



 本ディスクは22曲収録で、トータルタイムは80分以上というボリュームだが、少しも退屈させない。また歌詞も良い意味で“意識が高い”。現代社会を取り巻く問題について、そして人間にとって一番大事なものは何かという真摯な問いかけもあり、見事と言うしかない。とにかく、現時点で斯様な確固とした世界観を持つバンドが存在していること自体、奇跡だと思う。ロックファンにとっては必携盤だ。

 2020年9月に解散することが決定している3人組の“楽曲派”アイドルグループsora tob sakana(通称:オサカナ)のラスト・アルバム「deep blue」は、その独特のサウンド・デザインを大いに堪能できる内容になっている。アイドル好きだけではなく、一般の音楽ファンが聴いても好印象なのではないだろうか。



 彼女たちのやっている音楽は、プログレッシブ・ロック仕立てのポストロックと言うべきもの。変拍子の多用とエレクトロニカ風味等で、屹立した個性を獲得している。それでいて、アイドル歌謡としてのルーティンもしっかり確保しているというのが面白い。3人の見た目やステージ上での仕草や振り付けは、まさにアイドルそのもの(笑)。しかしながら、バックの演奏やアレンジは精妙で、そのギャップもインパクト大だ。

 それにしても、プログレとアイドルソングというのは、けっこう相性が良い。オサカナ以外にも、それらしい方法論を採用しているグループはいくつか存在するし、日本の“楽曲派”アイドルの動向は今後もチェックしていきたい気になる。今のところ“楽曲派”は女性ユニットばかりだが、男性版も聴いてみたい(でもまあ、この分野は某大手事務所の独占状態なので難しいかもしれないが ^^;)。



 ベルリオーズの幻想交響曲はポピュラーなナンバーだけに過去にいくつも名盤が存在したが、ここにまた一枚加えて良いと思う出来のディスクが登場した。アンドレア・バッティストーニ指揮の東京フィルハーモニー交響楽団によるものだ。バッティストーニは87年生まれの、クラシック界では若手といえる年代に属し、2016年から東フィルの首席指揮者を務めている。

 バッティストーニのパフォーマンスは実に筋肉質。力任せにグイグイと引っ張ってゆく。特に終楽章付近のノリの良さには圧倒される。それでいて解釈自体はオーソドックス。たとえば、この曲の代表盤と言われるシャルル・ミュンシュ&パリ管のような超ロマンティックなアプローチとは異なり、またクリストフ・フォン・ドホナーニ&クリーヴランド管のようなクールで突き放したようなスタンスとも違う。誰が聴いても納得するような、良い意味での中庸をキープする。

 また、録音がとても良い。このレーベル(DENON)らしい、ピラミッド型の帯域バランスで音場感の豊かさを実感出来る。カップリングは黛敏郎のバレエ音楽「舞楽」で、初めて聴く曲だ。雅楽の舞をベースにしているらしいが、ゆっくりした導入部から怒濤の展開を見せる第二部まで、飽きさせることが無い。この演奏だけでもこのディスクの価値は十分ある。
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