それらがファンク一家直伝のスピニングトーホールド(ドリーはこの技でジン・キニスキーからNWA王座を奪取)。さらにはハイアングルから相手を叩き着けるバックドロップ。そしてテキサスブロンコ(ダブルアーム)スープレックスの3つでした。試合開始から10分、20分と時間が過ぎていく中、ドリーは不用意にヘッドロックを取って来た猪木をこの急角度から落とすバックドロップでマットに叩き着け、満員の観客から一斉に悲鳴が起こります。
そして30分が過ぎ、観客たちはこのドリーと猪木がお互いに1本も許さずに終始アグレッシヴに動きまくる気迫が漲った試合展開に大声援を送り始めます。
猪木は当初から自分が目指した「60分3本勝負のこの試合、敢えてお互いが1本も取らずに動いて動いて動きまくる!」という言わば“未知の挑戦”を、王者ドリーが真っ向から受けて立って来た事に心の中で感動さえ覚えていました。
そしてドリー自身も自分と同年代の日本人の挑戦者が挑んで来た純粋で崇高なストロングプロレスに対して、心の中で静かなる闘志を燃やしていたのでした。「イノキよ、ユーがババとは全く違う新しいファイトスタイルでミーと闘う事でババにも勝とうとしている事は判っているさ。ミーもNWA世界チャンピオン、それこそ毎日が60分フルタイムの連続だ。それも世界各国のトップレスラー相手にな。ミーは60分フルタイムならその60分の攻防で15分1本勝負を4回やるつもりで闘う。そう、観客は15分に1回、私のスープレックスやバックドロップが炸裂する度に総立ちになるんだ。さあ、イノキ、残り30分でミーの底無しのスタミナにユーが何処までついて来れるか見せて貰おうか!」
試合は40分を超え、ドリーのテキサスブロンコスープレックス、猪木のブレーンバスターが交互に決まり、さらには冷酷な王者振りを見せるドリーがセコンドのハーリー・レイスのアシストを得て負傷した猪木の指を攻める事で観客は大興奮状態となります!
そして55分が過ぎ、さらに残り1分となった時、猪木のコブラツイストがドリーを捕えます!!王者ギブアップか!?それとも時間切れで逃げ切り防衛か!?試合は懸命にロープに手を伸ばしたドリーが猪木と同体でコーナーに崩れ落ちた瞬間、60分フルタイム引き分けのゴングが鳴ったのでした。
目の前で珠玉の名勝負を目撃した大阪府立体育館の観客が万雷の拍手で2人のプロレスラーを讃える中、ドリーと猪木は疲れ切った身体と共に無言で歩み寄り、お互いにリング中央でガッチリと握手を交わしたまま暫しの間、立ち尽くしていました。それは自分たちが挑んだ“未踏の境地”を共に全力で走り切った2人のプロレスラーだけにしか判り得ない“真実の瞬間”だったのです。