Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

B→C 阪田知樹ピアノ・リサイタル

2024年04月24日 | 音楽
 B→Cシリーズに阪田知樹が登場した。1曲目と2曲目はバッハ。まずバッハがマルチェッロのオーボエ協奏曲をピアノ独奏用に編曲した曲(BWV974)から第2楽章アダージョ。バッハがイタリア的な歌に耳を傾ける様子が目に浮かぶ。次に「イタリア協奏曲」(BWV971)。ペダルを使用しないピアノからクリアな音像が立ち上る。

 3曲目は今年没後100年に当たるブゾーニのエレジー集から第2曲「イタリアへ!」。ブゾーニは未来音楽を考察した長い射程と、非ヨーロッパ圏の音楽にも関心を示した広い視野とで興味深い存在だ。「イタリアへ!」はイタリア人の父とドイツ人の母をもつブゾーニの複雑に入り組んだ感情が渦巻く。

 4曲目のリストの「BACHの主題による幻想曲とフーガ」は、3曲目のブゾーニと続けて演奏された。関連深いリストとブゾーニだが、各々の音楽は、いや、それ以上にピアノの鳴り方は、何という違いだろう。ブゾーニのどこか暗い、内にこもった、発散しきれない鳴り方とは対照的に、リストは外にむかって開放的に鳴る。内には何も残さない。

 休憩をはさんで、5曲目はブゾーニのソナチネ集から第5曲「偉大なるヨハン・ゼバスティアンによる小ソナチネ」。ブゾーニのバッハへのオマージュ作品のひとつだ。実演を聴くと、バッハそのものに聴こえる。

 6曲目はマイケル・フィニシー(1946‐)の「我ら悩みの極みにありて」。バッハの同名のオルガン曲(BWV668)を素材とした作品。フィニシーは「新しい複雑性」の音楽が語られる際に、ブライアン・ファーニホウ(1943‐)とともに名前の出る人。わたしは実演では聴いたことがなかった。おもしろい音響体だ。7曲目はハンス・フォン・ビューローの歌曲「ダンテ・アリギエーリのソネット」をリストがピアノ独奏用に編曲したもの。甘い音楽で、リスト、ビューローそしてワーグナーの音楽サークルを思う。なお5曲目から7曲目までは続けて演奏された。その流れが味わい深い。

 8曲目はポール・ルーザス(1949‐)のピアノ・ソナタ第1番「ダンテ・ソナタ」。第1楽章は鐘のような音がガンガン鳴る。第2楽章は海鳴りのような低音に高音が断片的に飛び散る。全体的にピアノの即物的な音に耳を傾けるような音楽だ。演奏は水際立っていた。

 一転して、9曲目のジェラール・ペソン(1958‐)の「判じ絵、ローマ」から「ペンナを読んで」は音の少ない静謐な曲。微かな異音が混じる。最後の10曲目はアイヴズの「スリー・ページ・ソナタ」。多様式の先駆けのような音楽に驚く。アンコールはレジス・カンポの「星月夜」。心優しいきれいな曲だ。
(2024.4.23.東京オペラシティ小ホール)
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オラモ/東響

2024年04月21日 | 音楽
 サカリ・オラモが東響に初登場した。自国フィンランドの作品3曲とドヴォルザークの交響曲第8番というプログラムを振った。

 1曲目はラウタヴァーラ(1928‐2016)の「カントゥス・アルクティクス」。鳥の鳴き声とオーケストラのための協奏曲だ。わたしは何十年も前に一度聴いたことがある。その印象は強烈だった。今回は二度目。オーケストラの細かい動きは忘れていたが、野生の鳥たちの雄大な鳴き声を聴くと、何十年も前の記憶が蘇った。

 意外にオーケストラの動きはシンプルだと思った。でも、それはそうだろう。オーケストラが複雑な動きをしたら、鳥たちの鳴き声が相殺される。オラモ指揮の東響はそのオーケストラ・パートを抑制的に、だが最後は目一杯きらびやかに演奏した。

 2曲目はサーリアホ(1952‐2023)の「サーリコスキ歌曲集」。ソプラノ独唱はアヌ・コムシ。初めて聴く曲だが、サーリアホの音楽が凝縮されたような曲だ。すっかり魅了された。コムシの澄んだ声とオーケストラの繊細な演奏ともども、当夜の白眉だった。

 全5曲からなるが、小川至氏のプログラムノーツによると、最初の3曲はピアノ伴奏の歌曲だったらしい。その後オーケストラ伴奏に書き換え、その際に残りの2曲を追加した。わたしはすでに最初の3曲の耽美的で透明な音楽に惹かれたが、残りの2曲になると、サーリアホのオペラ(たとえば「遥かな愛」)を思わせる濃密な音楽に仰天した。第4曲の地響きのするような音楽、第5曲の凍りついたような音楽、ともにオペラ的な発想で書かれている。繰り返すが、コムシの声ともどもサーリアホの世界に浸った。

 休憩をはさんで、3曲目はシベリウスの交響詩「ルオンノタル」。たぶん(サーリアホの前曲と同様に)初めて聴く曲だ。ソプラノ独唱が入る。コムシのヴィブラートを抑えた声がシベリウスにふさわしい。オーケストラの抑制された音もシベリウスそのものだ。興味深い点はティンパニが2台使われることだ。曲の最後に、静かに沈潜した音楽が続く。その間2台のティンパニが最弱音でロール打ちを続ける。それが効果的だ。

 4曲目はドヴォルザークの交響曲第8番。冒頭のチェロのテーマが始まると、北欧の厳しい冬から一気にボヘミアの春になったような暖かさを感じた。ホッとした。だが、その後の展開は前3曲とは対照的にオーケストラをバリバリ鳴らし、強弱のコントラストを際立たせた熱血漢の演奏だった。わたしは方向感を失った。オラモはどういう指揮者なのだろう。そのような一面があるにしても、それを披露するのは別の機会にして、前3曲と組み合わせる曲は他にあったろうにと思う。
(2024.4.20.サントリーホール)
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高関健/東京シティ・フィル

2024年04月20日 | 音楽
 高関健指揮東京シティ・フィルの定期演奏会。1曲目はリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」第1幕と第2幕より序奏とワルツ集。「ばらの騎士」はロジンスキー編曲といわれる組曲版がよく演奏されるが、当夜の版はシュトラウス自身の編曲だそうだ。そんな版があったのかと驚く。聴いてみると、ほとんど演奏されない理由がわかる。高関健がプレトークでいっていたが、シュトラウスが最後に結末をつけようとして、途中からオペラにはないことを始める。反面それがおもしろい。今後はもう聴く機会がないかもしれないが、聴けて良かった。

 高関健がプレトークでいっていたが、「ばらの騎士」にはこの他にシュトラウス自身が映画用に(無声映画だろう)オーケストラだけで(歌手なしで)演奏できるように編曲した版があるそうだ。高関健はそれを演奏できないかと検討したが、演奏時間が2時間程度かかるので断念したとのこと。休憩時間に友人と会ったときに、その話で盛り上がった。友人によると、その版はドレスデンで演奏されたことがあるそうだ。高関健も何かの機会に演奏できないものだろうか。

 2曲目はシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番。ヴァイオリン独奏は南紫音。南紫音は東京シティ・フィルと2019年にシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲で協演した(指揮は下野竜也)。そのときも確かな演奏で印象に残ったが、今回は突き詰めた表現と集中力でさらにインパクトがあった。東方的で異教的な捉えがたい音楽だ。その一音一音を冷徹に捉えた演奏だ。

 
 なおこの曲はたまたま3月に辻彩奈のヴァイオリン独奏で聴いたばかりだ(オーケストラはリープライヒ指揮日本フィル)。同じように才能豊かな若手の演奏家同士。どうしても比較してしまう。優劣ということではなく、個性の違いだが、辻彩奈の没入感にたいして、南紫音の真摯さといったところか。

 3曲目はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。最後にオーソドックスな名曲で締めるのかと思いきや、これが挑戦的な演奏だった。何にたいする挑戦か。それはオーケストラの弾き癖にたいする挑戦だ。もう何度演奏したかわからない曲。おのずから弾き癖がつく。その弾き癖を引きはがし、きれいに洗いなおす。テンポ、バランス、音色(緊張と弛緩)その他ありとあらゆる見直しが行われたと察する。たとえば(ほんの一例だが)第4楽章の冒頭の部分。雪崩のような音型の最後の音はどうしても引き伸ばしたくなる。それを短めに切り、次の主題とのあいだに間を置かない。結果、テンポが一定に保たれるという以上に、音楽の推進力が保たれる。全体としては目の覚めるようなリフレッシュした演奏になった。個別の奏者ではフルートの首席奏者が光った。
(2024.4.19.東京オペラシティ)
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ヤノフスキ/N響

2024年04月15日 | 音楽
 ヤノフスキ指揮N響の定期演奏会。1曲目はシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」。前日に下野竜也指揮日本フィルで同じくシューベルトの交響曲第3番を聴いたので、どうしても比較してしまう。両曲は同時期の作品だ。またN響も日本フィルも同じ12型の編成。それなのに出てくる音楽は対照的だった。

 下野竜也指揮日本フィルが、軽く明るい音でチャーミングなシューベルトを聴かせたのにたいして、ヤノフスキ指揮N響は、重く渋い音でがっしりした骨格のシューベルトを聴かせた。同時期の作品とは思えない違いだ。好みの点ではどうかといえば、それは人それぞれだろうが。

 シューベルトは第4番の後で小ぶりで愛らしい第5番を書いたので、下野竜也指揮日本フィルの演奏スタイルのほうがシューベルトの創作のうえで連続性がある。一方、ヤノフスキ指揮N響の演奏は、ヤノフスキの生きた時代の演奏様式という気がする。それはいまではだれもやらなくなったが、一昔前のLPレコードで聴いた巨匠たちの演奏スタイルだ。堂々とした威容を誇るシューベルト。ヤノフスキはそれをいまでも保持する。

 ヤノフスキは1939年生まれ。今年85歳だが、音楽はまったく緩んでいない。隅々まで堅固に構築されている。今回はコンサートマスターにドレスデン・フィルのコンサートマスターのヴォルフガング・ヘントリヒが客演で入った。ヤノフスキは最近までドレスデン・フィルの首席指揮者を務めた。ヤノフスキの演奏スタイルを熟知するヘントリヒがコンサートマスターに入ったことも、今回の演奏では大きな役割を果たしただろう。

 2曲目はブラームスの交響曲第1番。N響はもう何度演奏したかわからない曲だが、ヤノフスキはそれを自分の演奏スタイルで演奏させる。緊張したこわもての演奏だ。笑顔を見せないヤノフスキの表情さながらの演奏だ。

 聴きどころの多い曲だが、その代表例ともいうべき第1楽章冒頭の序奏部と第4楽章冒頭の序奏部が、たっぷり溜めて演奏するのではなく、比較的あっさりと進む。物足りないといえばそうかもしれないが、音楽全体の形は崩れない。むしろ力点はそれぞれ主部に入ってからのほうにあると気付かせられる。

 よく聴くと、意外にテンポを動かす。大きく動かすことはないが、小さなギアチェンジはけっこうある。それは音楽の段落の変わり目に入れることが多い。そのギアチェンジがヤノフスキの身にしみこんでいる。微動だにしないヤノフスキの演奏様式を感じる。それを巨匠の演奏と尊ぶ人も多いだろう。
(2024.4.14.NHKホール)
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下野竜也/日本フィル

2024年04月14日 | 音楽
 下野竜也が指揮する日本フィルの定期演奏会。1曲目はシューベルトの交響曲第3番。なんて明るく軽い音だろう。ステージの照度が一段上がったようだ。下野竜也も日本フィルも、いつの間にかこういう音が出せるようになったのだ。加えて、フレーズの区切りが明確で、呼吸感がある。それは若いころからの下野竜也の美質だ。それが柔らかく、ニュアンス豊かになってきた。結果、チャーミングなシューベルトが繰り広げられた。個々の奏者では、第3楽章のトリオでオーボエの杉原さんとファゴットの田吉さんが好演した。それは演奏全体に華を添えた。

 2曲目はブルックナーの交響曲第3番(1877年第2稿、ノヴァーク版)。弦楽器は1曲目のシューベルトが12型だったのに対して16型に拡大された。そうか、1曲目のシューベルトが軽い音だったのは、2曲目のブルックナーと対比をつけるためだったのかと、わたしは浅はかにも考えた。だが、そうではなかった。下野竜也と日本フィルは、ブルックナーでもシューベルトの延長線上のように軽く明るい音で、細かなニュアンスをつけた演奏を始めた。けっして先を急がず、じっくり進める。細かいディテールを一つひとつ積み上げる。第1楽章コーダでも見得を切るような演奏をしない。

 第2楽章では(当日の演奏は第2稿によるので)第3稿にはない部分が出てくる(その結果、方向感を見失いそうになる)。その部分を含めて、ていねいに音をたどる。繰り返すが、けっして先を急がない。

 第3楽章スケルツォでは、さすがに前2楽章と対比をつけて鋭角的な演奏をするかと思いきや、さほどでもない。むしろペースを崩さない。だが(ノヴァーク版なので、最後にコーダがつくが)コーダで目の覚めるような激烈な演奏をした。効果的だ。

 第4楽章は(第2稿なのでコーダに至るまでに多くのプロセスを踏むが)個々のプロセスをじっくりと、ていねいにたどる。それは前3楽章と変わらない。それがいつの間にかオーケストラが轟然と鳴る演奏に推移した。最後は驚くばかりに充実した音で圧倒的に鳴った。

 全体的に見事な設計だった。下野竜也は若いころに「聴いてくださるかたに、今日の音楽は良かった。オーケストラも良かった。指揮は下野という人だった、といわれるようになりたい」といっていた。第一に音楽、第二にオーケストラ、自分はその次でいいという意味だ。音楽の中に、そしてオーケストラの演奏の中に、自分を消し去る。そのとき初めて音楽が姿を現す。下野竜也はほんとうにそういう指揮者になってきた。それは意外に日本人的な美学かもしれない。
(2024.4.13.サントリーホール)
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