Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

横山幸雄(ピアノ&指揮)/日本フィル

2024年04月28日 | 音楽
 日本フィルが4月の横浜定期と来年4月の横浜定期の2回に分けて、ショパンが書いたオーケストラ付きの曲全6曲をすべて演奏する企画を始めた。ピアノと指揮(弾き振り)は横山幸雄だ。

 1曲目は「《ドン・ジョバンニ》の「お手をどうぞ」の主題による変奏曲」。シューマンがショパンを世に紹介した記念すべき曲だ。シューマンの文章を吉田秀和の訳(岩波文庫「音楽と音楽家」)で引用すると、「この間、オイゼビウスがそっと戸をあけてはいってきた」と始まる。オイゼビウスはフロレスタンとともに、シューマンが創作した架空の人物だ。オイゼビウスは「諸君、帽子をとりたまえ。天才だ」といって楽譜を見せる。オイゼビウスはピアノで弾く。フロレスタンは「すっかり感激してしまって、陶然とよいきったような微笑をうかべたまま、しばし言葉もなかったが、やっと、この変奏曲はきっとベートーヴェンかシューベルトが書いたのだろう、何しろこの二人は大変なピアノの名人だったから、といった」と続く。

 それがショパンという無名の人物が書いたもので、しかも「作品2」だというから、一同びっくりするという展開だ。その一連の流れが生き生きしている。歴史に残る名文だ。吉田秀和の訳もみずみずしい。感激しやすいシューマンの文体と、そこで語られるショパンの音楽が、訳文から匂い立つようだ。

 今回初めてその曲の実演を聴いたが、ピアノはともかく、オーケストラはもやもやとして、何をやっているのかよくわからなかった、というのが正直なところ。

 2曲目は「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」。ピアノ独奏版はポピュラーな名曲だが、オーケストラが付く版が原典らしい。前半のアンダンテ・スピアナートの部分はピアノ独奏だが、後半の大ポロネーズになるとオーケストラが入る。ピアノ独奏版とはちがった派手さがある。ショパンのイメージはそうだったのかと。

 3曲目はピアノ協奏曲第2番。前2曲とはちがって、オーケストラが引き締まった。横山幸雄のピアノは(前2曲もそうだが)音楽の構造がしっかりして、しかも滑らかな歌がある。ショパンはロッシーニやベッリーニのオペラを好んだといわれるが、たしかにベルカント・オペラに通じる歌だ。音楽の構造と歌と、そのどちらも確保した演奏だ。横山幸雄はいまや円熟の境地に入ったようだ。今回は弾き振りで演奏した。小宮正安氏のプレトークによれば、ショパンも弾き振りで演奏した。そもそも弾き振りを想定した曲なのだと。なるほど、そうかと思う。なおアンコールに「革命」エチュードと「英雄」ポロネーズが弾かれた。少々騒々しかった。
(2024.4.27.横浜みなとみらいホール)
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B→C 阪田知樹ピアノ・リサイタル

2024年04月24日 | 音楽
 B→Cシリーズに阪田知樹が登場した。1曲目と2曲目はバッハ。まずバッハがマルチェッロのオーボエ協奏曲をピアノ独奏用に編曲した曲(BWV974)から第2楽章アダージョ。バッハがイタリア的な歌に耳を傾ける様子が目に浮かぶ。次に「イタリア協奏曲」(BWV971)。ペダルを使用しないピアノからクリアな音像が立ち上る。

 3曲目は今年没後100年に当たるブゾーニのエレジー集から第2曲「イタリアへ!」。ブゾーニは未来音楽を考察した長い射程と、非ヨーロッパ圏の音楽にも関心を示した広い視野とで興味深い存在だ。「イタリアへ!」はイタリア人の父とドイツ人の母をもつブゾーニの複雑に入り組んだ感情が渦巻く。

 4曲目のリストの「BACHの主題による幻想曲とフーガ」は、3曲目のブゾーニと続けて演奏された。関連深いリストとブゾーニだが、各々の音楽は、いや、それ以上にピアノの鳴り方は、何という違いだろう。ブゾーニのどこか暗い、内にこもった、発散しきれない鳴り方とは対照的に、リストは外にむかって開放的に鳴る。内には何も残さない。

 休憩をはさんで、5曲目はブゾーニのソナチネ集から第5曲「偉大なるヨハン・ゼバスティアンによる小ソナチネ」。ブゾーニのバッハへのオマージュ作品のひとつだ。実演を聴くと、バッハそのものに聴こえる。

 6曲目はマイケル・フィニシー(1946‐)の「我ら悩みの極みにありて」。バッハの同名のオルガン曲(BWV668)を素材とした作品。フィニシーは「新しい複雑性」の音楽が語られる際に、ブライアン・ファーニホウ(1943‐)とともに名前の出る人。わたしは実演では聴いたことがなかった。おもしろい音響体だ。7曲目はハンス・フォン・ビューローの歌曲「ダンテ・アリギエーリのソネット」をリストがピアノ独奏用に編曲したもの。甘い音楽で、リスト、ビューローそしてワーグナーの音楽サークルを思う。なお5曲目から7曲目までは続けて演奏された。その流れが味わい深い。

 8曲目はポール・ルーザス(1949‐)のピアノ・ソナタ第1番「ダンテ・ソナタ」。第1楽章は鐘のような音がガンガン鳴る。第2楽章は海鳴りのような低音に高音が断片的に飛び散る。全体的にピアノの即物的な音に耳を傾けるような音楽だ。演奏は水際立っていた。

 一転して、9曲目のジェラール・ペソン(1958‐)の「判じ絵、ローマ」から「ペンナを読んで」は音の少ない静謐な曲。微かな異音が混じる。最後の10曲目はアイヴズの「スリー・ページ・ソナタ」。多様式の先駆けのような音楽に驚く。アンコールはレジス・カンポの「星月夜」。心優しいきれいな曲だ。
(2024.4.23.東京オペラシティ小ホール)
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オラモ/東響

2024年04月21日 | 音楽
 サカリ・オラモが東響に初登場した。自国フィンランドの作品3曲とドヴォルザークの交響曲第8番というプログラムを振った。

 1曲目はラウタヴァーラ(1928‐2016)の「カントゥス・アルクティクス」。鳥の鳴き声とオーケストラのための協奏曲だ。わたしは何十年も前に一度聴いたことがある。その印象は強烈だった。今回は二度目。オーケストラの細かい動きは忘れていたが、野生の鳥たちの雄大な鳴き声を聴くと、何十年も前の記憶が蘇った。

 意外にオーケストラの動きはシンプルだと思った。でも、それはそうだろう。オーケストラが複雑な動きをしたら、鳥たちの鳴き声が相殺される。オラモ指揮の東響はそのオーケストラ・パートを抑制的に、だが最後は目一杯きらびやかに演奏した。

 2曲目はサーリアホ(1952‐2023)の「サーリコスキ歌曲集」。ソプラノ独唱はアヌ・コムシ。初めて聴く曲だが、サーリアホの音楽が凝縮されたような曲だ。すっかり魅了された。コムシの澄んだ声とオーケストラの繊細な演奏ともども、当夜の白眉だった。

 全5曲からなるが、小川至氏のプログラムノーツによると、最初の3曲はピアノ伴奏の歌曲だったらしい。その後オーケストラ伴奏に書き換え、その際に残りの2曲を追加した。わたしはすでに最初の3曲の耽美的で透明な音楽に惹かれたが、残りの2曲になると、サーリアホのオペラ(たとえば「遥かな愛」)を思わせる濃密な音楽に仰天した。第4曲の地響きのするような音楽、第5曲の凍りついたような音楽、ともにオペラ的な発想で書かれている。繰り返すが、コムシの声ともどもサーリアホの世界に浸った。

 休憩をはさんで、3曲目はシベリウスの交響詩「ルオンノタル」。たぶん(サーリアホの前曲と同様に)初めて聴く曲だ。ソプラノ独唱が入る。コムシのヴィブラートを抑えた声がシベリウスにふさわしい。オーケストラの抑制された音もシベリウスそのものだ。興味深い点はティンパニが2台使われることだ。曲の最後に、静かに沈潜した音楽が続く。その間2台のティンパニが最弱音でロール打ちを続ける。それが効果的だ。

 4曲目はドヴォルザークの交響曲第8番。冒頭のチェロのテーマが始まると、北欧の厳しい冬から一気にボヘミアの春になったような暖かさを感じた。ホッとした。だが、その後の展開は前3曲とは対照的にオーケストラをバリバリ鳴らし、強弱のコントラストを際立たせた熱血漢の演奏だった。わたしは方向感を失った。オラモはどういう指揮者なのだろう。そのような一面があるにしても、それを披露するのは別の機会にして、前3曲と組み合わせる曲は他にあったろうにと思う。
(2024.4.20.サントリーホール)
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高関健/東京シティ・フィル

2024年04月20日 | 音楽
 高関健指揮東京シティ・フィルの定期演奏会。1曲目はリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」第1幕と第2幕より序奏とワルツ集。「ばらの騎士」はロジンスキー編曲といわれる組曲版がよく演奏されるが、当夜の版はシュトラウス自身の編曲だそうだ。そんな版があったのかと驚く。聴いてみると、ほとんど演奏されない理由がわかる。高関健がプレトークでいっていたが、シュトラウスが最後に結末をつけようとして、途中からオペラにはないことを始める。反面それがおもしろい。今後はもう聴く機会がないかもしれないが、聴けて良かった。

 高関健がプレトークでいっていたが、「ばらの騎士」にはこの他にシュトラウス自身が映画用に(無声映画だろう)オーケストラだけで(歌手なしで)演奏できるように編曲した版があるそうだ。高関健はそれを演奏できないかと検討したが、演奏時間が2時間程度かかるので断念したとのこと。休憩時間に友人と会ったときに、その話で盛り上がった。友人によると、その版はドレスデンで演奏されたことがあるそうだ。高関健も何かの機会に演奏できないものだろうか。

 2曲目はシマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番。ヴァイオリン独奏は南紫音。南紫音は東京シティ・フィルと2019年にシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲で協演した(指揮は下野竜也)。そのときも確かな演奏で印象に残ったが、今回は突き詰めた表現と集中力でさらにインパクトがあった。東方的で異教的な捉えがたい音楽だ。その一音一音を冷徹に捉えた演奏だ。

 
 なおこの曲はたまたま3月に辻彩奈のヴァイオリン独奏で聴いたばかりだ(オーケストラはリープライヒ指揮日本フィル)。同じように才能豊かな若手の演奏家同士。どうしても比較してしまう。優劣ということではなく、個性の違いだが、辻彩奈の没入感にたいして、南紫音の真摯さといったところか。

 3曲目はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」。最後にオーソドックスな名曲で締めるのかと思いきや、これが挑戦的な演奏だった。何にたいする挑戦か。それはオーケストラの弾き癖にたいする挑戦だ。もう何度演奏したかわからない曲。おのずから弾き癖がつく。その弾き癖を引きはがし、きれいに洗いなおす。テンポ、バランス、音色(緊張と弛緩)その他ありとあらゆる見直しが行われたと察する。たとえば(ほんの一例だが)第4楽章の冒頭の部分。雪崩のような音型の最後の音はどうしても引き伸ばしたくなる。それを短めに切り、次の主題とのあいだに間を置かない。結果、テンポが一定に保たれるという以上に、音楽の推進力が保たれる。全体としては目の覚めるようなリフレッシュした演奏になった。個別の奏者ではフルートの首席奏者が光った。
(2024.4.19.東京オペラシティ)
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ヤノフスキ/N響

2024年04月15日 | 音楽
 ヤノフスキ指揮N響の定期演奏会。1曲目はシューベルトの交響曲第4番「悲劇的」。前日に下野竜也指揮日本フィルで同じくシューベルトの交響曲第3番を聴いたので、どうしても比較してしまう。両曲は同時期の作品だ。またN響も日本フィルも同じ12型の編成。それなのに出てくる音楽は対照的だった。

 下野竜也指揮日本フィルが、軽く明るい音でチャーミングなシューベルトを聴かせたのにたいして、ヤノフスキ指揮N響は、重く渋い音でがっしりした骨格のシューベルトを聴かせた。同時期の作品とは思えない違いだ。好みの点ではどうかといえば、それは人それぞれだろうが。

 シューベルトは第4番の後で小ぶりで愛らしい第5番を書いたので、下野竜也指揮日本フィルの演奏スタイルのほうがシューベルトの創作のうえで連続性がある。一方、ヤノフスキ指揮N響の演奏は、ヤノフスキの生きた時代の演奏様式という気がする。それはいまではだれもやらなくなったが、一昔前のLPレコードで聴いた巨匠たちの演奏スタイルだ。堂々とした威容を誇るシューベルト。ヤノフスキはそれをいまでも保持する。

 ヤノフスキは1939年生まれ。今年85歳だが、音楽はまったく緩んでいない。隅々まで堅固に構築されている。今回はコンサートマスターにドレスデン・フィルのコンサートマスターのヴォルフガング・ヘントリヒが客演で入った。ヤノフスキは最近までドレスデン・フィルの首席指揮者を務めた。ヤノフスキの演奏スタイルを熟知するヘントリヒがコンサートマスターに入ったことも、今回の演奏では大きな役割を果たしただろう。

 2曲目はブラームスの交響曲第1番。N響はもう何度演奏したかわからない曲だが、ヤノフスキはそれを自分の演奏スタイルで演奏させる。緊張したこわもての演奏だ。笑顔を見せないヤノフスキの表情さながらの演奏だ。

 聴きどころの多い曲だが、その代表例ともいうべき第1楽章冒頭の序奏部と第4楽章冒頭の序奏部が、たっぷり溜めて演奏するのではなく、比較的あっさりと進む。物足りないといえばそうかもしれないが、音楽全体の形は崩れない。むしろ力点はそれぞれ主部に入ってからのほうにあると気付かせられる。

 よく聴くと、意外にテンポを動かす。大きく動かすことはないが、小さなギアチェンジはけっこうある。それは音楽の段落の変わり目に入れることが多い。そのギアチェンジがヤノフスキの身にしみこんでいる。微動だにしないヤノフスキの演奏様式を感じる。それを巨匠の演奏と尊ぶ人も多いだろう。
(2024.4.14.NHKホール)
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