三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

2017年・復活の主日のミサ

2017年04月28日 | ミサ聖祭
サレジオ神学院:地下聖堂の聖母子像
(住所:東京都調布市富士見町3-21-12)

謹んで主のご復活のお慶びを申し上げます。2017年4月16日(日)、私も所属教会で復活の主日の御ミサに与りました。受洗から1年が過ぎましたが(相変わらず、修行の足りない罰当たりな平信徒ではありますが)、これからもカトリック信徒として生きる喜びを強く感じています。ところで、このブログの更新頻度が「季刊」(休眠?)状態となっておりますが、これは受洗を契機に「教会巡りの旅を通して、未信者の思い悩みをあれこれと綴る必要が無くなった」のが大きな要因です。

入門講座でご指導頂いた神父様が仰ったように、洗礼後は「キリスト者として、どのように生きるか」を考えるようになりました。「心を新たにして生まれ変わり、何が神のみ旨か、すなわち、何が善であり、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」(ローマ12・2)。この御言葉を、絶えず自分に問いかけたいと思います。さらに、教皇フランシスコの次の言葉も。「キリスト者を勇敢にするのは希望です。そして怠惰なキリスト者は、希望をもたないキリスト者です」。

そういうわけで、洗礼後の私は世俗の出来事や教会内の不平不満に思い悩むことは少なくなりました(これは本当に不思議ですが、祈りを通して「神様が良いように導いてくださる。しょせん、見えるものは一時的」との希望があります。受洗後、「聖人のような人間に生まれ変わった」とは言えないのですが、毎日を穏やかに過ごせるようになりました)。最近は「ネットから活字回帰へ」と相俟って、更にブログの更新頻度は低下しそうですが、今後とも「三多摩の鐘」をよろしくお願い致します。


サレジオ神学院:ルルドの聖母像
“ O dulcis Virgo Maria... ”
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カトリック東松山教会(旧聖堂)

2016年09月01日 | 埼玉のカトリック教会
カトリック東松山教会(教会堂名:聖ヤコブ)
創立:1956年 ◇ 住所:埼玉県東松山市神明町2-9-3

2016年3月、私は受洗のお恵みに与ったが、その際に様々なお祝いも戴いた。まず、所属教会(東松山教会ではありません)からは雑誌『カトリック生活』半年間の送付、次に代父様からはフランシスコ会訳『聖書』(旧・新約)の贈呈、そしてカトリック新聞社からは『カトリック新聞』5週間の送付等である。その『カトリック新聞』を通して、今年3月に埼玉の東松山教会で新聖堂の献堂式が行われた事を知った。私が東松山教会を初めて訪ねたのは2012年、以下は当時の「旧聖堂」の巡礼記である。

東松山教会の沿革をおさらいしよう。「1956年、奄美大島から飛行場跡地(エウティコ註:旧陸軍松山飛行場か)の開墾のため入植した信者の話を受け、東松山駅南の古い工場をパリ外国宣教会が土地付きで買い取り、内装して献堂されたのが始まりの東松山教会。信徒の増加と共に、1988年、旧幼稚園舎を改築して新聖堂としたが、その後、新聖堂建設計画の取り組みが始まった」(さいたま教区公式サイトより転載)。東武東上線の東松山駅で下車、徒歩10分ほどで東松山教会に到着。

教会の敷地はかなり広く、旧幼稚園の古い園舎や園庭も現存していた。今は園児たちの歓声を聞くことはなく、ただ静寂に包まれている。隣接の「旧聖堂」も森閑としていたが、却って祈りの家に相応しい雰囲気を醸し出していた。この時の訪問から約4年の歳月が流れた。件(くだん)の「新聖堂建設計画の取り組み」も実現したようである。前述の『カトリック新聞』によれば、新聖堂は「地元の木材を使用したいとの希望から、木造で建築した」という。いつかまた、東松山を訪ねたいと考えている。


旧聖堂献堂:1960年(旧園舎)


教会の敷地内にて(上写真3点とも2012年撮影)

◆主な参考文献など:
・「北関東のカトリック」 カトリック浦和教区史誌編集委員会編(カトリック浦和教区事務所・1990年)
・「カトリック新聞」第4334号 (カトリック新聞社・2016年4月17日付)
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年間第17主日のミサ

2016年08月01日 | ミサ聖祭
1877年創立のカトリック八王子教会
(住所:東京都八王子市本町16-3)

7月24日(日)、カトリック八王子教会で年間第17主日のミサに与った。この日は八王子方面に所用があり、所属教会でミサに与ることが出来なかったからである。受洗後、八王子教会でミサに与るのは初めてだ。稲川圭三神父が主任司祭を務めていた頃、未信者の私は毎週のように八王子教会へ通っていたことを懐かしく思い出す。2012年の復活祭後、主任司祭の交代と共に、典礼のあり方や跪き台の一部撤去等の動きに当惑し、「聖座忠誠」を気取っていた私は八王子教会へ通うのを止めていた。

午前10時、ミサ開祭。主任司祭の辻茂神父と助任司祭のロールド・ザビエル神父(ミラノ外国宣教会)との共同司式である。福音朗読は、イエスが祈りについて説かれる場面(ルカ11・1-3)。辻茂神父は「信仰者にとって、祈りは呼吸のようなものです。呼吸をしなければ死んでしまうように、祈りをしなければ“神不在”となってしまう。神様のみ旨ではなく、人の思いだけに生きることが、祈らないという状態を示している。いつも神様のみ旨を聞く姿勢が、祈り続けるということだと思います」と話された。

ネットという不特定多数の人々が閲覧可能な場所では、一部の信者が「典礼のあり方」や「司教団の指針」等への批判を展開しているが、それは信者の務めではない、と受洗後の私は考えている。「洗礼は、わたしたちが、困窮する人、苦しむ人、また隣人の顔のうちにイエスのみ顔を見いだせるように助けてくれます。それはすべて、洗礼の力によるのです」(教皇フランシスコ)。私もイエスのみ顔を見いだそうと思う。そのためには、辻茂神父が言われたように、まず神のみ旨を心に留め、祈り続けたい。


現聖堂献堂:1950年

◆主な参考文献など:
・「秘跡・聖霊のたまもの・教会-教皇講話集」 教皇フランシスコ著(カトリック中央協議会・2015年)
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けがれなき聖母の騎士会(M.I.)入会

2016年05月24日 | ミサ聖祭
カトリック赤羽教会の聖母像
(住所:東京都北区赤羽2-1-12)

聖母月の5月、私は「けがれなき聖母の騎士会(Militia Immaculatae)」に入会した。これはカトリック教会の信心会で、仏教でいえば壇信徒の「講(こう)」に近い(?)ものだろう。1917年にコルベ神父が創立し、現在は全世界に約400万人の会員を有するヴァチカン公認の団体である。けがれなき聖母に自己を全く奉献するカトリック信者であれば、どなたでも入会できる。「騎士会は、なんの束縛もない、やさしい会です。あなたの全てを聖母のみ手に、聖母のものとして、おささげください」。

入会申込みから約1週間後、騎士会から郵便物が到着。入会証書、会則、ふしぎのメダイ、御絵各種、会報、聖母の騎士修道女会の季刊誌『愛』、聖母文庫『ながさきのコルベ神父』(小崎登明著)等が同封されていた。規約によれば、会員の勤めは「マリアの模範にならって、救い主、キリストとの一致を生きるという尺度の中で」生活を送り、「祈り、犠牲、生活の証しの福音的な手段を第一の地位に置く」(規約15条)。メダイを身につけ、その配布も宣教の手段として勧められている。

郵便物には聖母の騎士修道女会シスターからの直筆メッセージも添えられていた。「受洗おめでとうございます。ホヤホヤですね。神さまへの愛が燃えさかっている時に、マリアさまはあなたをお招きになったのですね。マリアさまに導かれたことを感謝し、イエスさまご自身が通られたマリアの道を、ともに歩いてまいりましょう」。たしかに、教会へ悪態をついていた私を、再びカトリックへと導いた方はマリアであった。聖母へのささやかな奉献を通して、日々の回心と成聖に励みたいと思う。


カトリック戸部教会の聖母子像
(住所:神奈川県横浜市西区御所山6)

“ 汚れなき聖母の騎士信心会に属している霊魂は、自分の永遠のことについても、あまり心配していません。自分の意志によっていないのなら、すべては聖母を通して神の御手からくるのだということを知っています。自分のほうからは聖母の思し召しが分かるように努力し、ますますその思し召しを悟るようにし、ますます忠実に、血を流すまでの苦しみを犠牲として果たすよう努力するのです ”(創立者コルベ神父のことば)

◆主な参考文献など:
・「無原罪の聖母 M・コルベ神父のことば集」 セルギウス・ペシェク編(聖母の騎士社・1990年)
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復活徹夜祭・洗礼式を終えて

2016年03月30日 | ミサ聖祭
カトリック泉町教会の聖母子像
(住所:東京都八王子市泉町1287)

復活徹夜祭の3月26日(土)、私は某修道会系のカトリック教会で、受洗のお恵みに与った(上写真の泉町教会ではありません)。昨年6月から主任司祭による個人授業形式の入門講座を受講してきたが、2010年からの「教会巡り」以前、つまり私が幼い頃にカトリック信者の祖父と教会に通った時代までも振り返ると、受洗には相当に長い歳月を要した。だから、復活徹夜祭で御聖体を初めて拝領したとき、それまでの思い悩みは消え去って、キリストに結ばれたという大きな喜びに満たされたのである。

「わたしたちは入信の秘跡によってキリスト者になります。それは出発点です。古い人を捨てて、新しい人になりますが、自己中心な罪への傾きは残っています。わたしたちの命がキリストの恵みに触れられた部分はキリストのものとなり、キリストに従うものとなりますが、自己中心なところが残っていることに気づきます。『キリストが愛してくださったように人を愛する』ようになるためには、まだまだ捨てなければいけない執着や悪い習慣が残っているかもしれません」(国井健宏著『キリスト教入信』より)。

受洗前の私は自分の「舌を制御」(ヤコブ3・1-12)できず、日本のカトリック教会を「無気力で怠惰」などと罵っていた。キリストに倣って生きることに喜びを見出せない者は、教会内外の「取るに足らぬこと」に対して不平不満が湧くのだろう(と私は断言できる)。「キリスト信者は、洗礼のときに、キリストの教えとその義務とをまもると約束するのであるから、キリストのもはんにならって自分のおこないをただす義務がある」。これからの長い信仰生活、私は教皇レオ13世のこの言葉とともに歩みたいと思う。

◆主な参考文献など:
・「キリスト教入信 洗礼・堅信・聖体の秘跡」 国井健宏著(オリエンス宗教研究所・2011年)
・「けんそんのしおり」 レオ13世著、S・デランジェラ訳(ドン・ボスコ社・1953年)
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