Neue Caecilianische Bewegung

ローマ・カトリック教会の典礼音楽に関する公文書や中世の典礼に関する論文を中心に掲載していきます。

西欧中世典礼のネットワーク

2010年04月02日 09時29分25秒 | Weblog
 エクスター大学のArts & Humanities Research Councilで中世典礼を研究する研究者たちのネットワークを形成しています。Interpreting Medieval Liturgy c. 500-1500. AD: Text and Performance. http://projects.exeter.ac.uk/mlnetwork/  ワークショップも2009年7 . . . 本文を読む

主の洗礼

2010年01月11日 20時36分25秒 | 典礼暦
主の洗礼  クリスマスと同じように公現はさまざまな地域で八日間を持っていた(8世紀の終わりに始まる)ので、主の洗礼の記事は八日目のための福音朗読として割り当てられた。数多くの中世のミサ典書は預言書からの特別な朗読を付け加えていた。ビザンツのアンティフォナ“Veterem hominem"はシャルルマーニュがギリシアの修道士によって歌われていたものを聞いた後ラテン語に翻訳させ、聖務日課の中で使われて . . . 本文を読む

国井健宏 『ミサを祝う ー最後の晩餐から現在まで

2009年05月15日 22時13分54秒 | Weblog
国井健宏 『ミサを祝う ー最後の晩餐から現在まで』,オリエンス宗教研究所、2009年 目次  序にかえて 第一部 ミサの成り立ち  はじめに  第一章 起源  第二章 形成期  第三章 成長と固定化  第四章 フランク王国の発展  第五章 典礼共同体の崩壊  第六章 規則と儀式主義の時代  第七章 刷新の世紀 第二部 現代のミサ  はじめに  第八章 開祭  第九章 ことばの典礼  第十章  . . . 本文を読む

『教会音楽史と賛美歌学』

2009年04月13日 14時04分32秒 | Weblog
 横坂康彦 『教会音楽史と賛美歌学』、日本キリスト教団出版局、2008年(第6版。初版は1993年) 目次 刊行によせて 第1章 キリスト教音楽とは何か 第2章 ユダヤ教の音楽と初期キリスト教の音楽 第3章 中世の教会音楽 第4章 宗教改革期のキリスト教音楽 第5章 17世紀後半から18世紀半ばまでのキリスト教音楽 第6章 18世紀後半から20世紀のキリスト教音楽 第7章 アメリカの教会音楽 第 . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(33)

2007年06月06日 08時02分44秒 | 西洋における時課の祈り
 未来に起こるだろうことは歴史家が預言することではない。毎日の聖体祭儀はここではとどめ置かれる。わたしは、すべきでないことを望む人は単なる愚か者であると確信している。しかし、テレビの時代に第二バチカン公会議は、そして信心深い人たちも日曜の夜にベネディクションに預かり、そして少なくとも週に一回ノベナの信心に預かる。カール・デーンCarl Dehneがカトリックの個人的信心に関する見事な論文の中で、こ . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(32)

2007年06月05日 09時48分11秒 | 西洋における時課の祈り
しかし、すべてが失われたのではない。柔軟性は第二バチカン公会議後のローマ・カトリックの典礼の顕著な特質の一つであり、共同体が4世紀や5世紀に行なったことを今日行なうことを妨げるものはない。普通の小教区で行なうのに適した信徒が唱える朝晩の祈りの形式が発展している。もちろん、我々はこれを「公式の」ローマ聖務日課と呼ぶことはできないだろう。しかし、それがどんな相違を生み出すか理解することは困難である。こ . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(31)

2007年06月04日 09時31分55秒 | 西洋における時課の祈り
 聖務日課をめぐる論争の中でこの問題が、例えば、聖務日課はあまりにも「修道院的である」という批判のように、表面的であることが理解された。聖務日課が、これが教区の用法よりむしろ修道院的特徴であるかのような共通のやり方のための要素を持っているというのは一体なんということだ!同様に、賛課と晩課の終わりの一般的なとりなしの祈りの導入部に対する反論は、初期のカテドラルの用法に含まれていたそのような祈願の大部 . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り〔30〕

2007年06月02日 08時56分15秒 | 西洋における時課の祈り
 第二バチカン公会議後、伝えられた声明以上に時課に関する議論が起こり、小教区での公的礼拝に適切なポピュラーな「カテドラル」の聖務日課に関する問題が起こった。しかし、アンニバレ・ブニーニAnnibale Bugnini の聖務日課改革に関する委員会の考えに関する説明から、三つのことが明白である。  1) 聖職者と修道者のための聖務日課書を作ることがもっとも重要な関心である。  2) この祈りがたいて . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(29)

2007年06月01日 09時39分38秒 | 西洋における時課の祈り
 詩編書も大きく変わった。一週間で詩編書をすべて読むという長い間の伝統との断絶により、詩編唱の量は四分の三に減らされ、詩編週は一週間よりもむしろ四週間にわたって配分された。さらに、継続的に詩編唱をする修道院の原則は、キニョーネスが行なったように、時課に合わせて詩編を選ぶという「カテドラル」の原則を優先させて、放棄された。改革委員会はいくつかの詩編あるいは詩編の説を「不適切」として削除する勇気を持ち . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(28)

2007年05月31日 09時57分26秒 | 西洋における時課の祈り
II. 第二バチカン公会議  第二バチカン公会議によって始まった1971年のローマ聖務日課書の改革は、ピウス10世のそれ以上の根本的なものであった。ローマの時課の基本構造は多かれ少なかれ、以下の例外を持つものであった。神の言葉を述べるにあたって同時期の刷新にそい、聖書朗読は短い応唱と福音からのカンティクムを伴い各時課に付け加えられたこと、集会祈願は各詩編に対して割り当てられること、イムヌスは朗読と . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(27)

2007年05月30日 10時00分45秒 | 西洋における時課の祈り
 ピウス10世の聖務日課からもうひとつのカテドラルでの聖務日課の要素が無くなった。今度は晩課の要素であり、これも注目に値する。ピウス10世の改革以前には、ローマ聖務日課書(ブレヴィアリウム)の晩課は次の構造を持っていた。 招詞:詩編69 詩編の数:5つ 朗読 イムヌス(賛歌) 先唱句:詩編140.2(土曜日を除く毎日) マニフィカト さて、マニフィカトは後の、すなわちベネディクト会による付加で . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(26)

2007年05月29日 10時27分58秒 | 西洋における時課の祈り
現代の改革 I. ピウス10世  時代の流れの中で行われた小さな適応、特に朗読の適応を別にして、次のローマ聖務日課書(ブレヴィアリウム)の改革は1911年のピウス10世のそれであった。ピウス5世の聖務日課の根本的な問題は、聖人固有が支配的であったキニョーネス時代以前の状況に戻ったことである。それは、聖人共通にあるわずかな数の詩編が酔っぱらっているかのように繰り返されるという結果になってしまっていた . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(25)

2007年05月28日 09時50分03秒 | 西洋における時課の祈り
II. ピウス5世の聖務日課書  ピウス5世のトリエント聖務日課書(1568年)は枢機卿ジャンピエトロ・カラファの原則に戻ることを示している。枢機卿はパウロ4世(1555-1559年)としての自らの短い教皇在位期にキニョーネスの聖務日課書への教皇の認可を取り消した。しかし、その認可は彼の後継者ピウス4世(1559-1565年)により更新された。新しい聖務日課書は新しく作られたのではなく、ローマ聖務 . . . 本文を読む

西洋における時課の祈り(24)

2007年05月25日 09時56分54秒 | 西洋における時課の祈り
I. キニョーネスの聖務日課書  数多くい16世紀の聖務日課書のうち二つだけが聖務日課諸改革プロジェクトの必要性を我々に示す。一つはスペインのフランシスコ会士で枢機卿のフランシスコ・デ・ロス・アンヘレス・デ・キニョーネスの1535年のものとトリエント公会議後の1568年にキニョーネスのものに取って代わったピウス5世の聖務日課書である。キニョーネスの聖務日課書はクレメンス7世によって委託されたいくつ . . . 本文を読む

「西洋における時課の祈り」(23)

2007年05月24日 10時28分26秒 | 西洋における時課の祈り
宗教改革の時代  16世紀は改革の時代であった。この時代、ラテン世界の共唱席の聖務日課の不毛さについての多くの史料がある。そして、新しい修道会の大部分が共唱席を放棄したことは驚くことではない。修道士たちでさえ飽き飽きしていた。福者ポール・ジュスティニアーニ(1476-1528)はイグナティウス・ロヨラの同時代人で、カマルドリ会の隠修士たちの改革者で、モンテ・コロナのカマルドリ会の隠修士会の創設者で . . . 本文を読む