武士ーもののふー

菊千代版、真田十勇士

第七話/若武者と好々爺

2016年07月19日 | 三章/経験こそ宝物なり
信繁達が大阪へ出掛けている間も、九度山では住民達がいつも通り、農作業に精を出していた。

その農作業の合間に、一人の若い侍が槍の稽古に勤しんでいる。
歳は二十代前半といったところだろうか。
顔立ちは整っており、中性的な雰囲気を漂わせていた。
女性であれば、さぞ美しかろうと思える程である。

その者の名は由利鎌之助。

信繁の家臣の一人で、信繁達の留守を任されていた。
真田家の重臣達の中で、もう一人、留守の責任者として昌幸の家臣が九度山に留まっていたが、鎌之助はその責任者の補佐をする様な立場である。

そして九度山に住む者は普段、侍も含めて皆、農作業に従事していた。
身分の差はあったが、身分の差に関係なく、自給自足に近い生活をしていたのである。

また、昌幸の教えにより、身分の上の者が積極的に身分の下の者を手助けをする様な事が徹底されていたので、九度山に住む者達は決して裕福ではなかったが、住民同士の絆も強く、平和で充実した日々を過ごす事が出来ていた。

しかし昌幸や信繁の家臣である侍達は、その様な平和な日常を満喫しながらも、自分本来の仕事が出来ずにいる事に、歯痒さも覚えていたのである。

そんな中で、侍達は合間、合間に自己の鍛練を欠かさなかった。
いずれ信繁の下、戦場で自らの力を発揮する日を夢見ていたからだ。

『再び豊臣と徳川は戦になる』

昌幸が元気な頃から、真田家においては、その様な見方がされていた。
しかし中々、その機会が訪れないまま、昌幸は衰えていく。
それでも真田家には信繁が居た。
信繁さえ居れば、信繁と共に戦場を駆け巡る日も来るだろう。

その時に自分の力を思う存分に発揮して、主君に貢献をしたい。
その為に、鎌之助も日々の鍛練を続けている。

その鎌之助の稽古を少し離れたところから眺めている者がいた。
年寄りと言うと失礼になるのかもしれないが、かなり年季が入った男である。
柔和な顔付きで、正に好々爺という感じであった。
身なりは旅装束で、どの様な身分の者かは、はっきりとは分からない。

鎌之助はその者の存在に気付いてはいたが、顔には見覚えが無かった。
旅の者が九度山へ訪れる事など、先ず考えられない事だったので、住民の誰かに縁のある者なのかもしれない。

真田家や真田家についてきた者達の旧知の者なのか。
鎌之助は真田家が九度山に来てからの家臣なので、その辺、全く分からなかった。

いずれにしろ、用件があるのであれば、向こうから何か動きがあるだろう。
少なくとも、敵意の様なものは全く感じられなかった。
だから気にはかけても、こちらから何か動く必要はない。

用心はしながらも、稽古に集中をする。
稽古に集中はしながらも、用心はする。

その事自体も自己の鍛練となるだろう。

すると、男が鎌之助に近付いて来た。

視線の端で男の姿を捉えながら、稽古を続ける、鎌之助。
男が鎌之助に声をかけてくる。

「お若いの、感心じゃな」

「何か、ご用がおありで?」

鎌之助は声をかけられた事を切っ掛けに、稽古を止めて男に用件を尋ねた。
男が応える。

「うむ。ちと、此処の殿様にな」

「大殿に縁のある方でしょうか!?」

鎌之助は男に確認をした。
男が少し困った様に言う。

「いや、知り合いでも何でもないんじゃが、」

「では、何用で?」

鎌之助は再度、男に用件を尋ねた。
男が素直に答えた。

「ちと、この老いぼれを雇って貰えないかと思ってな」

「雇うとは!?」

鎌之助は男に訊き返した。
男が謙遜をしながら応える。

「些か、武術に心得があるのでな」

「なるほど」

そう言いながら、鎌之助は男を値踏みする様に見回した。
そして男が言う。

「是非、真田の殿様の下で最期にもう一花、咲かせて貰えまいかと参ったのじゃが、お目通りは叶うかな!?」

「それは真田家の立場を承知の上での事と、受け取ってよいのでしょうか!?」

鎌之助は男が真田家の立場というものを理解しているのかを伺った。
男がすぐに応える。

「それは言うまでもない事じゃろう」

「しかし大殿はすでに戦場に出られる体ではありません」

鎌之助は昌幸の衰えを男に伝えた。
男が残念がる。

「そうであったか」

「ただ、我が殿であれば、貴方の望みを叶える事は出来るのかもしれません」

鎌之助は信繁の存在に可能性がある事を述べた。
それを受けて、男が信繁への謁見を望む。

「なるほど。すでにご子息の代になっておられたのか。では、そのご子息にお目通りを願いたい」

「残念ながら、現在、我が殿は遠出しておられます。故、そのご希望にはお応え出来ません」

鎌之助は信繁の不在を告げた。
男が再度、残念がる。

「ワシは真田様とは縁が無かったという事なのだろうか」

「ただ、我が殿は優秀な家臣を求めておられます」

鎌之助はまだ、可能性があるかの様な事を言った。
男が訊き返す。

「それは、どういう事かな!?」

「貴方に腕に覚えがあると言うのであれば、私の方で取り計らう事も考えましょう」

鎌之助は取り次ぐ考えがある事を述べた。
男が謝意を述べると共に疑問を口にする。

「それはありがたいが、具体的にワシはどうすればいいのじゃ!?」

「殿が帰って来るまで、九度山に留まって頂くか、一度、帰ってから再度、お越し頂いても構いませんよ」

鎌之助は二通りの選択肢を提案した。
男が選択をする。

「ワシに帰るところは無いのでな。此処で待たせて貰おうかのう」

「ただし、その前に貴方の力を拝見させて頂きたい」

鎌之助は謁見の条件として、男の力次第である事を告げた。
男が鎌之助の言葉を受け流す様に言う。

「そんなに大した事は出来んが、亀の甲より年の功と言うじゃろう」

そう言う男の背後から、何かが現れる。
人の形をした泥人形の様なものが、男に襲い掛かる様に鎌之助には見えた。

咄嗟に鎌之助は男に向かって、無数に槍を突き出す。
男は微動だにしない。

鎌之助は男の背後に現れた、泥人形に槍を繰り出したのである。
あっという間に泥人形は粉々に砕け散った。
傍から見ると、泥人形に襲われそうになった男を鎌之助が救った形に見えるであろう。

しかし鎌之助は見抜いていた。
男に声をかける。

「面白い術を使いますね」

「はて!?何の事やら」

男はすっ惚けた。
鎌之助が男を問い詰める。

「惚ける事は無いでしょう。私の槍を微動だにせず見切っておいて」

「それは、お主がワシを攻撃する気が無かったからじゃろう!?」

あくまでも、男はすっ惚け続ける。
男の言葉を受けた上で応える、鎌之助。

「確かに、私は人形の方を攻撃した。しかし貴方はそれを瞬時に見切ったから、微動だにしなかった」

「動いたら、危ないじゃろう」

男は鎌之助を揶揄う様に言った。
鎌之助が淡々と応える。

「心配は要りません。貴方の動きに合わせて槍の筋を変える事など、造作も無い事」

「ほほう。中々、口が達者な若者じゃな。腕前の方も中々に見込みがある。名は何と云う?」

男は鎌之助に感心しながら、名前を訊いてきた。
答えた上で、男に訊き返す、鎌之助。

「由利鎌之助。では、貴方は一体、何者なのでしょうか?」

「穴山小助という、ただの老いぼれじゃよ」

卑下する様に小助は応えた。
今度は皮肉混じりに鎌之助が小助に言う。

「ただの老いぼれが仕官を求めると!?」

「ふはは。そう言われると、返す言葉も無い」

小助は鎌之助の言葉に苦笑するしかなかった。
つられる様に微笑む、鎌之助。

「ふふふ」

「ならば、もう少し、ワシの力を見て貰おうかのう」

そう言うと、小助は後方に跳んで、鎌之助との距離を拡げた。
鎌之助が小助の言葉を受けて立つ。

「望むところです」

そして青空の下、一人の若武者と一人の好々爺が静かに対峙する。