羅針盤

いつか幻のキスで瞳が醒めたら、きっと浦島太郎になっている。ねぇ、幸せに浸り過ぎた代償は大きかった?小さかった?

変態よ大志を抱け

2008-04-25 02:22:33 | (他)短編集
彼は変態だ。

世の中に変態と言われる人間は、ごまんと生息しているが、彼はごまんと生息している変態とは比べ物にならない程の変態だ。

変態と罵倒された回数は日本一、世界一、いいや変態一。

産まれた瞬間、看護師に“変態”呼ばわりされた彼は、恐らく人類初の月面着陸よりも凄まじい快挙だった事だろう。

彼は人類、最初で最後の快挙を産まれて直ぐ様、会得したのだ。

無論、看護師はその場で解雇。

他の看護師に羽交い締めにされ、分娩室から強制退場を余儀なくされた。

羽交い締めにされ引きずられながらも尚、看護師は変態赤ちゃんに向かって「変態」と執拗に投げ掛け続けた。

分娩室に児玉するエコーで信憑性は更に増した。

ただ、変態赤ちゃんを変態思ったから、変態と口にしただけなのだが、変態呼ばわりした相手が、5分前まで羊水の中に浸っていた赤ん坊だった事、そして、その状況下が非常にまずかった。

出産直後、看護師から我が子への“変態”発言を耳にした母親は意識が遠退くどころか覚醒した。

母親は変態発言をした勇気ある看護師の胸倉を掴むと、看護師の顔を自らの鼻先まで近付け、迫力の欠けらが微塵もない幼い顔で「殺すよ?」と凄むくらい非常にまずい状況下だった。

人一人、産んだ直後に人一人“殺すよ”発言するとは…勇気ある発言をした看護師よりも如何なものだろうか。

「おい、さっきから黙って聞いていれば変態、変態って連呼しやがって!俺は変態じゃない」

ええい。この期に及んで囀(さえず)るな、ド変態が。

おっと、これは失敬。

そう、彼は大いに否定しているが彼は正真正銘の“変態”だ。

座右の銘を“変態”にして欲しいと私は切実に願っている。

兎にも角にも彼は変態である。



*補足*

っていう始まりを思い付いて、置く所ないので取り敢えず置いてみました。この続きを書くか書かないかは判らないので悪しからず。

もし、書くとしたら、かなりふざけたコメディー作品になりそうで若干、面白そう。

黄色のタクシー

2008-04-25 02:13:20 | (他)短編集
視界の隅に黄色い車がちらつく。

待ち侘びていただけに手をすっと伸ばす。

黄色い車は嫌がらせの様にパッシングすると、ハザードを点滅させながら路肩に止まる。

勢いよく開かない後部座席のドアに微力ながら力を加えた。

狭いのか広いのか判らないセダンの王道と言われている車に乗り込むと、運転手は他人よりも多く眉間に皺を寄せると言った。

「火」

窓に目をやると禁煙車というステッカーが貼っていた。

仕方なく、飲み始めたばかりのペットボトルへ煙草を押し込む。

短くて1分、長くて5分と持たないかもしれない短命の煙草は、ものの数秒で溺死した。

溺死の一部始終をルームミラーで見ていた運転手は、被っている濃紺の帽子のツバを邪魔そうに右へづらすと不機嫌そうに呟いた。

「どこ?」

実に無愛想で仮にも客に向かって単語しか放たない運転手へ場所を告げると、運転手は聞こえる様に溜め息を吐き、車を発進させた。



*補足*

っていう始まりを思い付いて、置く所ないので取り敢えず置いてみました。この続きを書くか書かないかは判らないので悪しからず。

もし、書くとしても凄い真面目な話になりそうで若干、面倒臭くなりそう。

ファブリーズ~除菌プラス~

2008-04-15 03:13:00 | (他)短編集
 正月休の明けた、一月のある日。
広(こう)の鼻腔を強い香りが通り抜けた。
 パタ、と雑誌を閉じてあたりを見渡すが、誰もいない。いるはずはない…というのも彼は一人で暮らしているのだ。
 六畳一間を一回り二回り、注意深く眺めて、彼は再び雑誌に目を落とした。
 しかし彼の鼻腔の奥にこびりついた強い香りはなかなか消えなかった。香水の‐それも30代の華美な女性が好みそうな‐濃い花の香り。
 雑誌のページをめくりながら、何の花だろう、と、そんなことばかり考えていた。あいにく彼はこれまで草花に興味を持ったことがなかったばかりか、幼少の頃から鼻炎を患っていた経緯があり、香りをたどって記憶を探る作業は困難を極めた。
 香りのことは次第に“頭から”離れ、その日は他に何事もなく過ぎた。

二月になった。
 まだまだ寒い日が連続し、広はコタツに潜ることが多くなった。バイトを辞めた手持ち無沙汰も手伝って、部屋を出る機会はめっきり減った。大学も年度末休暇に突入し、空虚の日々が訪れるかと思われた。
その矢先‐またも彼の鼻を“あの香り”が侵襲した。
びっくりしてコタツから飛び起きた彼は、勢いでベッドの角に肩をぶつけてしばらく悶絶した。痛む肩をさすりながらこの時、彼は香りを確信した。
気のせいではなく確かなものだ、と。過去の記憶が蘇らせた香りではなく、たった今漂った香りなのだ、と。
おもむろに立ち上がると、彼は香りの元を探した。ファブリーズしかないこの部屋。締め切った冬の窓。両隣は共に中年男性が居住…上下は空き部屋…
お隣さんがケバい女性を部屋に連れ込むことまでは否定できない。だが、しかし…
彼は窓の外を見た。樹木の枯れ枝が北風にかたいダンスを強要されている。この強風で掻き消されない香りがあるだろうか…
基本、非科学的なことは考えない彼は、状況証拠をいちいち並べて検証に耽っていたが、ついに諦念。“香り”が現れた時間をメモ帳に走り書き、昼飯を買うため外に出た。
頬を切る冷たい風にひとつ、ウン、と頷いて歩き出した。

その後、“香り”の襲来は二度三度と続いた。
香水の“香り”に鼻腔を侵襲されるときは、決まって広が無警戒の時分だった。
鼻炎持ちの彼は、平素から香りには頓着しない分、強烈な“あの香り”に襲撃されると何度でも驚いた。
しかし、謎の不意打ちに何度驚こうとも、一過性のものであるし、原因も結局分らないままなので、彼の生活の関心といえば、新しいバイト先はどこにしようかとかそんなものに留まった。

三月。
TVがインフルエンザの流行を大々的に報じるのを、広はベッドの上で眺めていた。朦朧となりながら、顔を真っ赤にしてウンウン唸ったり、と思えば一気に青ざめて関節の痛みにひたすら耐えたり。時折り激しく咳き込んでは、脳が撹拌されるような、ひどい気分になったりした。
思い当たるのは三日四日前に赴いた、中古のレコード屋で、換気の劣悪なその店に長居したのが悪かった。
はじめて間もないバイト先に欠勤の旨を伝えると、敗北感に似た虚無感に最後の気力を押しつぶされて、とうとう混沌とした眠りの中に落ちていったのだ。
‐その夜のこと。
カッチ、コッチ…秒針が文字盤の上を歩く音で目を覚ました、という夢を見た。(ややこしいが、彼は「夢だった」と言い切るため、これを夢とする)
薄暗い自室。むせるようなあの香水の香り。出入り口のドアが半開きになり、そこに女性が立っていた。女性は病床の彼に向かって何かを懸命に訴えていた。
残念ながら絶え間ない頭痛と関節痛、耳鳴りに支配されていた彼にその声は届かなかった。彼はただ、(キレイな女性だ…)、と感嘆するのみだった。
女性は30代中~後半で一見するとお水系。メイクは厚めだが華があり、かつ妖艶であった。

四月。例年よりも暖かい春。桜の花も七分咲きの頃。
大学にもバイト先にも広の姿はなかった。
彼は締め切った自室の、重く湿ったコタツに潜っていた。
インフルエンザにみまわれたあの日以来、ずっとこんな調子だった。手足は小刻みに震え、眼球は青黒く落ち窪み、トイレに行くにも這わねばならぬほど憔悴していた。物もろくに口にせず、一日一杯水道水を飲むのがやっと、という生活。いや、生活と呼ぶにはあまりに悲惨な日々を送っていたのだ。
決して食べ物がなかったわけではない。米は3キロも残っていたし、戸棚にはパスタがあり、冷蔵庫にはチーズもあった。
しかし彼は食べなかった。全く空腹を感じなかった。なにより彼自身、断食の継続において、嗅覚だけが異常に研ぎ澄まされるのを実感していた。
彼はほとんど動かない体躯をコタツに横たえて、“あの香り”がやってくるのを待っていた。
朝も…昼も…夜も…

桜がようやく散り始めた頃。
カツ、コツ、とピンヒールが廊下のコンクリートを叩く音が聞こえた。ピンヒールの足音は広の部屋の前でピタ、と止まった。
彼は足音が止まるのを聞き止めると、
「ああ…ああ…」
と、歓喜とも嗚咽ともつかぬ声をあげた。

五月。
「隣の部屋の香水が不快」という苦情を受けたアパートの大家が、広の部屋を訪ねた。呼び鈴を鳴らし、ドアを叩き。しかし呼べども応えぬ契約者にしびれをきらして、押し入った大家が見たものは、半分腐敗した青年の死体だった。
溶けて崩れた死体。その光景とは裏腹に、部屋には香水の濃厚な香りが充満していたという。


おわり

メール

2007-10-03 00:46:02 | (他)短編集
好きな女に好きだ、男として見て欲しいと伝えた。

暫く経って、気まずい雰囲気に耐えられなくなった彼女は俺の前から消えた。

彼女が居なくなって俺は俺を好きだと言ってくれた女の子の事を思い出した。

その子も言った。

好きだよ、一人の女の子として見て欲しい…と。

気まずい雰囲気に耐えられなくなった俺はその子を避ける様になった。

自分の身に降り懸かってその子の気持ちが判った。

どれだけの想いで伝えたか。
どれだけ必要としていたか。
どれだけぶつかって来てくれたか。

あれから1年が経ったけど君はまだ俺を好きだろうか?

これから、きちんと君を見ていこうと考えているけど、もう遅いだろうか?

俺が避けていた君からのメール。

たった一通のメールを送るのにかなり勇気がいる事を今知った。

君は俺からメールが来たら避けないで答えてくれるだろうか?

怖いけど勇気を出して送る。

『久し振り。元気ですか?』

傘 【後編】

2007-04-09 23:16:43 | (他)短編集
「あの傘どうぞ」
「えっ?いや、いいですよ」
「いいんですよ。どうせ誰も取りに来ない忘れ去られた傘ですから」

私が呆気に取られていると指を指しながら彼は言った。

「僕あのコンビニの店員です」
「あっ!あのコンビニの店員さん?」
「そうです。いつも、ありがとうございます」

笑いながら彼はそう言った。

「でも、いいんですか?」
「大丈夫ですよ。それでも、もし心配なようならまた来て下さった時に渡して頂ければ…。僕、大体、昼間のシフトなんで」
「本当ですか?じゃあ遠慮なく借りていきます。ありがとう」
「いや気にしないで下さい。では、また!」

そういうと彼はお辞儀をしニコっと笑うと、反対車線にあるコンビニに颯爽と走っていった。私はというと彼に貰った傘を差し、再び歩き始めた。

今の男性、感じが良かったなぁ、そう呟きながら気が付いたらジーンズの裾の事なんか、すっかり忘れていた。

そんな事を思い出した後、私は憂鬱な気分が少し晴れた。

傘 【前編】

2007-04-03 21:44:29 | (他)短編集
灰色空は気持ちまで憂鬱にする。

それに追い討ちをかけるかの様に空はもっと灰色になり朝3時位から降り出した雨は更に強さを増している。こんな雨の日は出掛けたくないけど友達との約束があるから嫌でも出掛けなくては。

そう思いながら出掛ける準備をして傘を差し出掛けた。歩いている途中、何度か立ち止まって傘を見ては昔の事を一生懸命、思い出していた。

最悪、ジーンズで来るんじゃなかった…。

その日、私はジーンズで来た事をずっと悔やんでいた。何故かというと雨で裾が濡れジーンズの色が落ち靴と靴下に色が付くからだ。雨が途中で降るなんて思わなかった。傘も持ってないし。とりあえず喫茶店の軒下で雨宿り。

雨が止むのを、ずっと待っていた。雨は一向に止む気配がなかった。はぁ…、と溜め息をつき下を向いていると、いきなり目の前が暗くなった。やばい…。喫茶店の人が文句、言いに来たのかな?と思い、

「ご、ごめんなさい。すぐにいなくなりますので…。」

そう言いながら頭をあげると、そこには喫茶店の人ではない見知らぬ男性が立っていた。

交差点 【後書】

2006-01-16 02:30:05 | (完)交差点
短い。実に短い。短さは、一番下にある文字数を見て戴けると判るかと思います。“見守り天使”に比べて極端に短い。

何故、こんな形式で綴ったかと申しますと、答えは簡単。こんな形式の文を綴りたかった。ただ、それだけです。

内容は、名前も歳も不明な男女のダブル主人公です。何故、名前も歳も不明かというと…、人の出逢いとは往々にして、名前も歳も最初は不明です。世界にたくさんいる家族や親友、幼馴染み等々の人類全て、当たり前ですが初めは、名前も歳も知らなかったんですから。

そういうの全てを踏まえて、男女の出逢いを描いてみたいなと思い、これが出来上がった訳です。普通の出逢いの様な、普通じゃない出逢いの様な。まぁ、出逢いに普通なんて物は存在しないですね。なぜなら、個々で違うんですから。

皆さんは、どんな出逢いをしていますか?

では、また。

*補足*
このブログ内にある文章・言葉は管理人:阿久津 柊に著作権があります。無断転載・無断複写は例外なく禁止致します。ご了承下さい。

全文…Word 約2,045文字

交差点 【3・完】

2006-01-16 02:02:26 | (完)交差点
・彼と彼女の場合

あの出来事から一ヶ月…。

お互いに探し続け、二人は知らぬ間にあの交差点にまた、いました。
お互い、横断歩道を挟んだところに。
お互い、まだ気付いていません。

信号が赤から青に変わり、たくさんの人が横断歩道を渡ります。
その時、雨が一気に降り出しました。
いきなりの雨に走り始める人たち…。

彼と彼女は、横断せずに、その雨に見惚れていました。

……そして……。



おわり

交差点 【2】

2006-01-16 01:52:12 | (完)交差点
・彼女の場合

大雨の中で私は彼に出逢った。
大きな交差点。

今日も雨が明け方から降り出し、まだ止んでいない。今日の雨はどんなのだろう?昨日の雨はちょっと悲しい感じだった。ここ最近、悲しい雨ばかり。最近、彼氏に振られた。理由は他に好きな子が出来たから。そんな酷い事ってないじゃない。私は好きだったのに。

みんな足早に歩いている。この中の、どれ位の人が私を見ている?干渉している?そんなヒマはないかな?みんな自分に精一杯かな?男性なんて自分の事しか考えていない。いつでも相手の気持ちはお構いなし。私を心配する人なんていないだろう、あの瞬間まではそう思っていた。

あっ!赤になりかけ、走ろ。青から赤になりかけの時に私は横断歩道に出た。そして一瞬、空を見上げた。雨がたくさん落ちて来る。今日のはキレイだ、そう思い気が付いたら足を止めて魅入ってしまった。クラクションの音がする。男性の怒鳴り声がする。何で、こんなにキレイなのに誰も見ようとしないのかな?

「危ないっ!!」
え?誰かに手を引っ張られた。手に目をやると大きなゴツい手だった。

「何しているんですか?!死にたいんですか?」
私を心配してくれているの?

「ごめんなさい。あまりにも雨がキレイだったから…」
あっ!やばい。変な事を言ってしまった。

「雨なんて梅雨なんだから、いくらでも降っているじゃないですか!」
「そうだけど…。今日の雨は格別キレイだったの」
あっ!ますます意味不明な事を言ってしまった。

「よく、意味がわからないって言われます」
自分で自分にツッこんでしまったよ…。

「雨をキレイと思うのはいいですけど、赤信号の横断歩道で立ち止まっていると確実に死にますよ?」
ごめんなさい。ごもっともです。せっかく心配してくれた、あなたまで殺すところでした。

「そうですね、死んじゃいますね」
見上げると、そこには心配してくれている彼の顔がありました。スーツを着た、声のトーンとは全然、違う若い男性。もっと年配の人かと思っていた。ん…?手が温かい…。あっ!まだ手が繋ぎっぱなし。恥ずかしい。

「あの…もう、そろそろ手を放していただけませんか?」
私は彼の顔をまじまじと見ながら言った。

「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ助けて貰ったのに、まだ御礼も言っていませんでした。ありがとうございます」
「いえ、無事で良かったです」
「えぇ、良かった。それでは、ありがとうございました」

彼が無事で良かった。せっかく助けに入って彼も死んでは意味ないから。本当に彼が無事で良かった。そう心の中で呟きながら、私は走り彼の前から消えた。その日から、私はスーツの男性を見る度に彼ではないか?と探す様になりました。

交差点 【1】

2006-01-15 01:46:52 | (完)交差点
・彼の場合

大雨の中で僕は彼女に出逢った。
大きな交差点。

今日も人の流れが右から左へ、左から右へ。明け方から降り出した雨は、さっき上がった様に思えたけど、また降っている。降ったり止んだり、その繰り返し。今日もいつもと同じ一日だった。会社に朝早くに行き、上司に罵られ、ペコペコ謝り、そして晩までコキ使われ今に至る。

晩になっても雨は止まず。僕に追い討ちをかけるかの様に強さを増す。交差点では、たくさんの人が傘をぶつけ合いながら足早に歩く。いちいち人に干渉していない。そんなヒマはない。みんな自分に精一杯。僕もあの瞬間までは、そうだった。

信号が青から赤に変わり始めた。更に足早に歩く人たち。パシャ…、パシャ…。そんな音が辺りに響いていた。パァッパー!パァッパー!!

「オイ!そこ、どけよ。邪魔なんだよ!」

なんだよ?ちゃんと歩道で待っているけど?そう思いながら車の方に目をやると…、僕じゃなかった。横断歩道の真ん中に女性がいた。赤い傘を差し、大粒の雨たちが落ちて来る暗い空を見上げていた。そこに猛スピードで横断歩道へ侵入して来る車がいた。

「危ないっ!!」
咄嗟に、彼女の所まで行き手を引っ張った。

「何しているんですか?!死にたいんですか?」
彼女は俯いたまま言った。

「ごめんなさい。あまりにも雨がキレイだったから…」
雨がキレイ?何を言っているんだ、この人は。

「雨なんて梅雨なんだから、いくらでも降っているじゃないですか!」
「そうだけど…。今日の雨は格別キレイだったの」
ますます意味がわからない…。そう思っていると、

「よく、意味がわからないって言われます」
ドキッとした。自分の思っている事がバレたかと思った。

「雨をキレイと思うのはいいですけど、赤信号の横断歩道で立ち止まっていると確実に死にますよ?」
彼女は頭を上げると弾んだ声で笑いながら言った。

「そうですね、死んじゃいますね」
またドキッとした。髪の毛は少し濡れ、赤い傘がよく似合う。もっと年配の人かと思っていたのに年齢は僕と然程、変わらない位で、そして凄く綺麗な人だった。見惚れていると…。

「あの…もう、そろそろ手を放していただけませんか?」
彼女は僕を見上げ言った。

「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ助けて貰ったのに、まだ御礼も言っていませんでした。ありがとうございます」
「いえ、無事で良かったです」
「えぇ、良かった。それでは、ありがとうございました」

そう言うと、彼女は僕の前から走り去って行きました。その日から、僕は赤い傘の女性を見る度に彼女ではないか?と探す様になった。