心の風景 認知的体験

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ごあいさつ

2021-08-14 | 認知心理学
父 海保博之は、去る令和3年8月9日、78歳にて永眠いたしました。

およそ4年にわたる闘病生活でしたが、手術の時以外はおおむね自宅で穏やかな生活を送り、最後も痛みに苦しむことなく、眠るように息を引き取りました。一貫したポジティブ姿勢、そして終活の段取りの良さは、そばで見ていた家族としても、人生の終い方のお手本を見せてもらった気がしています。

葬儀は近親者のみの家族葬にて見送りました。ご弔問、お香典、ご供花につきましても、故人の遺志によりご辞退申し上げます。

仕事や研究、プライベート、そして闘病生活など、さまざまな局面で父を支えてくださったすべての皆様に心より感謝申し上げます。このブログを通じた交流が、闘病期間中の父の心の支えとなりました。長きにわたるご愛読、本当にありがとうございました。




入院しました

2021-07-11 | 認知心理学
いつも当ブログを訪問いただき、ありがとうございます。

現在、海保博之は体調を崩し入院しています。入院から数週間が経過しましたが、徐々に回復しています。現在は院内を歩き回れるほどになり、好きなものも食べられるようになりました。

ご心配をおかけしましたが、また近々、このブログでお目にかかれることを本人も楽しみにしております。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします(家族代筆)。

安全カウンセリング

2021-07-10 | 安全、安心、
安全カウンセリング ———被害者も加害者もケアが必要
「安全・安心の心理学」新曜社
●心のケア
日本でもようやく心のカウンセリングが定着してきた。そして、その実践もいろいろの場所でみることができるようになってきた。臨床心理士の資格制度の発足や、1995年から、最初はいじめ問題への対処のため、以後は心のケア全般にかかわる問題に対処するために、学校現場にスクール・カウンセラーが、非常勤ではあるが、配置されたのが大きい。
学校や地域で何か事件、事故が起こると、「児童生徒、住民の心のケアのためにカウンセラーの派遣を」が今では定番になっているほどである。これらを安全、安心カウンセリングと呼んでおく。
安全、安心カウンセリングには、被害者の心のケアだけでなく、加害者の心のケアもある。交通事故を考えてみればわかるように、被害者も加害者も心に傷を負う。両方に癒しと回復が必要なのだ。

●カウンセリングとは
ところでカウンセリングとは何をするのであろうか。
定義的に言うなら、「カウンセラーとクライエント(相談者)とが、もっぱら言葉を介したコミュニケーションによって、クライアントの心の悩みを聞き、それへの対処を考ることで、心の回復を計る営み」となる。
医者とは違って、クライエントへの物理的な処方はしないし、できない。あくまで、言葉的なコミュニケーションだけでクライエントの心の回復を支援する。
カウンセリングのねらいは、その段階によってことなるが、次の2つになる。
一つは、自分自身で自分の心の傷(悩み)を知ることができるようにすること。身体の病気でもそうだが、なんでそんな状態になってしまったのかがわからない不安を抱えているのは、そのこと自体がさらなる悩みを生み出してしまう。不安の因って来る原因をカウンセラーと共に探る営みがまず必要となる。
2つは、クライエントが自分で自分の心がコントロールできるように支援すること。心のコントロール不全は、とりわけ感情の領域では誰にでも頻繁に起こる。それだけに、その自己コントロールの方策を誰もが体験的に身につけていて危機的な状況にならないようにしている。クライエントは、その自己統制力を一時的に喪失して感情に流されて日常生活に支障をきたしている。これを回復させるのを助けるのである。そのためにのさまざまな心理療法***注1 や方策が考案されている。

●被害者の心のケア
被害者や家族や周辺の心身へのダメージは推測するに余りあるものがある。それだけに、周囲からの安易な同情は慎むべきだが、ほっておいてよいというものでもない。
そんな時が、安全、安心のカウンセラーの出番である。カウンセリングは、基本的に受け身である。クライエントのほうから出向いてこなければ、何もしない。しかし、ひとたび出向いてくれば、積極的に受け入れて、辛抱強く話を聞く。ただ聞くだけではない。傾聴するのである。相手の話を受け入れ、内容の確認をし、さらに心の内を話せるようにする。
これだけのことでも、心のケアになる。たとえ家族であっても、自分の心の内は明かしたくない気持ちがある。しかし一方では、それをじっくりと人に聞いてもらいたい気持ちもある。そんな時の傾聴は、カタルシス効果も期待できるし、さらに、話すことで、自分自身の心の内を自覚できるきっかけにもなる。
立ち直りるためにどんな方策や心理療法が良いかに関しては、クライエントの状態とカウンセラーの考えにまかせることになるが、心理療法については、非指示療法の立場を取るカウンセラーだと、あれこれとクライエントに指示するようなことはしない。それに物足りなさを感ずる人は、指示的カウンセリングの立場のカウンセラーをみつけるとよい。

●加害者の心のケア
ここでの加害者は、加害を認め、それに対する謝罪の心があり激しい罪悪感に悩んで人である。どんな加害者にも、というわけではないことを最初におことわりをしておく。
ちょっとした過失で加害者になってしまった人も、たとえ上述のような人であっても、法律的には業務上過失の罪が問われることがある。被害者に加えてもう一人の犠牲者が出ることになる。被害者の気持ちを考慮すれば当然という考え方もある。最近の日本社会は、ややこの傾向が強くなりすぎているように思う。一種の仇討ち心性である。
しかし、そう簡単にもう一人の犠牲者を出して良いものだろうか。それよりも、もう一度立ち直りのきっかけを与えるほうが、社会的にもメリットがあるという考えもあってよい。そんな時、本人自身の立ち直りを支援するシステムとして、安全、安心カウンセリングを用意しておきたいものである。
ある宅配便会社では、事故を起こしてしまったドライバーがカウンセリングを受けるようなシステムを作っているとのことである。本人を立ち直らせ、次の事故防止に役立っているらしい。(K)






注1 心理療法は、療法家の数だけあると言われるくらいに多い。主なものだけを挙げておく。精神分析療法、行動療法、認知療法、森田療法、来談者中心療法などなど。
 


危険情報活用力

2021-07-01 | 安全、安心、
05/12/16  「安全・安心の心理学」新曜社
危険情報活用力
———知は力なり

●大学ハザードマップの悲惨
 昔在籍した大学は、理念的にも物理的にも外に開かれている。したがって、誰もが簡単にキャンパス内に入れるようになっている。ということは、必然的に犯罪も多くなる。そこで、ある時、大学当局が詳細なハザードマップを作り、HPや印刷物で公表して注意を喚起した。
 ヒューマンエラーの授業で早速、ハザードマップ公表のことを話してみた。なんと9割の学生が公表の事実を知らなかった。残りの学生も公表のことは知っているが内容は知らないと答えた。内容までチェックした学生はわずか2名であった。
せっかくの危険情報がこれではまったく意味がない。もっとも、あまり危険を強調し過ぎて、若者の冒険心、挑戦心の旺盛さを殺ぐようになってしまっても困るが。

●まずは危険情報の収集が大事
 一般に情報活用力と言う時には、情報の収集、編集、保持、運用の4つのフェーズがある。それぞれのフェースごとに危険情報活用力を高める方策を考えてみることにする。
まずは、危険情報の収集から。
危険情報の特徴は、そのほとんどが、マスコミ、教師、保護者さらに、仲間などからの間接情報というところにある。危険にみずからが遭遇することは極めてまれだからである。そこで、間接情報をどれほど自分に引きつけて収集できるかどうかが、ポイントになる。
前述の我が大学の例では、情報活用力の最初のフェーズがまったくだめなのだから、その後に続くフェーズも当然、機能しないことになる。
危険情報の収集は、お仕着せものではあまり役に立たない。通学路の危険性が指摘されるようになってからは、子どもと保護者、教師が一体になって、危険箇所の点検をして危険マップを作成するような試みが見られるようになったが、自分に引きつけて自分から情報を収集していくことが絶対に必要である。
そのことを支援するために、さまざまなメディアを使った犯罪、事故の告知、さらにそれらの発生現場には、道路でよく見かける「死亡事故発生現場」の看板のように、その旨を一定期間報知する仕組みがあるとよい。それ以外にも、いわゆるリスク・コミュニケーション(−>)に工夫を凝らす必要がある。
筆者はドライブが趣味である。しかし、事故を起こすのが怖い。そこで、新聞の最下段にある事故欄は必ず目を通すようにしている。事故原因にまで言及した記事は少ないが玉に瑕だが、それでも、何時頃、どんな状況で事故が起こったのかはわかる。これには、危険感受性を高める副次的な効果も期待できる。

●危険情報の編集
行政や警察がその地域の危険情報の網羅的な収集には一番適切な役割を果たせる。それを公開して個人的な危険情報の編集や保持に役立てなくてはなにもならない。
その点の認識が行政、警察にも、個人にもないように思えてならない。通り一遍の危険情報の広報や告知が多すぎる。もっと住民一人ひとりが自分に引きつけて読んでくれるような工夫をする必要がある。
たとえば、空き巣の具体的な手口をイラストで示す、被害の場所を地図で示す、被害者の声を載せる、効果的な対策を示すなどなど。
いずれにしても、そうした公共的な危険情報は、個人的な危険情報の収集の限界を越えた情報を提供してくれるので貴重である。両者を適切に組み合わせて編集することで、有効な知識として保持されることになる。
さらに情報編集力に抜きんでた力を発揮するマスコミに期待するところも大きい。いたずらに低劣な好奇心だけを刺激するような報道も多いが、次の危険を防止するという観点からの解説的な報道にも目を向けてほしい。その効果ははかりしれないものがある。

●危険情報の保持と運用
保持されている情報は、新しい情報を取り込むことによって更新されるが、一方、使われることによっても、どんどん新たに編集され内容が更新される。情報の取り込みと活用が、危険情報の有効な運用の決め手になる。
危険な現場で、頭の中にある関連情報が活用されることが一番であるが、頭の中の知識は、いつもそれほど都合よく引き出すことができるわけではない。
こうした知識運用のくせを考えると、一つには、前述したような、過去に発生した危険の現場に、その旨を告知、表示することが、一つの有効な対策として考えられる。それを見るたびに、関連知識が想起されることが期待できる。
さらに、危険が発生したら、その背景まで含めた解説情報を点検することである。ニュース解説でもよい。関連する本のざっと見でもよい。それによって、知識が高度化し、断片的な知識を体系化することができるからである。
危険は発生頻度が低い。したがって、この2つの方策だけでは限界がある。防災の日、交通安全週間などのように、危険について考える時間や日を定期的に設けることも、知識の活性化という点で効果がある。
さらに有効な方策は、危険予知訓練(=>)であるが、それについては、項をあらためて考えてみる。(K)

 



安心、安全の心

2021-06-25 | 安全、安心、
05/11/24
安心、安全の心———安全も安心も心の問題としてみると

●安全、安心は人の基本的な欲求
図に示すマズロー*の5段階の欲求階層説はよく知られている。人は自己実現を目ざして成長していく存在ととらえ、その過程で、4つの欲求満足の段階を踏むとするものである。
この2段階目に、「安全(safety)と安心(stability)」の欲求満足がある。これが満たされた上での、自己実現へ向けてのさらなる成長ができるというのである。
「安全と安心」は、このように、人にとっての基本的な欲求の一つなのである。それが今、脅かされつつある(満たされない)日本社会は、このままほっておけば、自己実現が脅かされることにもなりかねない。

●安全と安心を保証するもの
 「安全と安心」の欲求に限らないが、およそどんな欲求も、すぐれて人の内部の心の問題である。しかし、それが保証されるためには、人をとりまく状況の力も大きい。「安全と安心」の心をもたらすのは、幼児であれば、親からの愛に満ちたケアーであるし、大人であれば、よそから侵害を受けない、いつもと同じ安定した生活環境である。
しかし、だからといって状況の力の強さにだけ目を向けば、「安全と安心」にまつわる問題は、解決するというわけではない。人の心にも充分に配慮する必要がある。人の心への配慮を欠いた「安全と安心」環境の設計は、へたをすると自己実現を妨げるものになってしまう可能性もあるからである。
たとえば、危険を恐れて子供を家の中に閉じこめてしまったり、失敗を恐れて挑戦的な仕事をしなくなってしまったりでは、本末転倒である。

●安全と安心は手段である
マズローもそうであるが、「安全と安心」は、それ自体が目的ではない。「安全と安心」ができる環境で、何かを達成することがねらいである。「安全と安心」はあくまで手段でしかない。誤解を恐れずに言うなら、仕事の内容、たとえば、戦争などでは、「安全と安心」は手段としては最適でないこともある。
「安全と安心」を自己目的化してしまうと、過度の法律的な規制、自由闊達な行動の抑制、些末安全主義への傾斜、リスクを恐れた保守主義が跋扈してしまう恐れもある。

●安全と安心を組み合わせてみると
「安全と安心」は、実は一体ではない。やや強引であるが、それをあえて直交させてみたのが、図である。安全の反対語「危険」、安心の反対語「不安」で4つの象限に分けてみた。こうしてみると、「安全と安心」は、ごく一部の世界をとらえているだけで、他にも関連する世界のあることに気づかされる。
第2象限「安全と不安」な世界は、遊園地などの遊具に作り込まれている。恐怖に耐えられるかどうかの不安が、遊具での楽しみを深めている。
第4象限「安心と危険」な世界は、旅客機に代表されるように、最新技術を駆使しての便益と安全の提供の一方では、ひとたび何かがあればすべて終わりという世界である。高度技術社会では、こうした世界が拡大の一途をたどっている。
第3象限「危険と不安」な世界は、「安全と安心」な世界の対極になる。この世界を極小化し、「安全と安心」の世界を極大化することが、「安全と安心」の科学や施策の大きなねらいとなる。また、個人の心の問題として、「危険と不安」を心の底に抱いてこそ「安全と安心」への努力がなされることになる。その際、第2象限,第3象限のような世界の存在も忘れてはないことを、この分類は教える。

●不安は安全の番人
 安全な状態が続くと、人は誰しもが安心する。しかし、それがあまりに長く続くと、安全を確保するための工夫や努力が次第になされなくり、安全を脅かす事が起こりやすくなる。そして、心の不安も高まってくる。それが危険の発生を防ぐ工夫と努力をさせることになる。
このように、不安は、安全の心理的な番人のような役割を果たしている。ところが、不安も安全馴れしてしまうと、感度が鈍くなってくる。それを防ぐには、1部で述べる危険予知力を磨くことであるが、ごく日常的な努力としては、事故、災害、犯罪のニュース内容をできるだけ自分の身に引きつけて考える習慣をつけることである。幸いなことに?、ニュース報道では必ず何件かのそうしたニュースを報道してくれる。これを活かすのである。(K)


 

図 「安全対危険」と「安心対不安」とを
組み合わせてみると
     安全
旅客機       警察


不安—————————安心
 BSE        
 戦争
    危険

脚注*
Maslow,A 1943  「A  theory of  human motivation」 Psychological
Review,50, 370-396


挨拶

2021-06-23 | ポジティブ心理学
① 挨拶の意義
・ 社会の安全な一員であることの宣言
・ 心のファーストタッチ、そして、ボティタッチへ

② 挨拶が面倒なのはなぜ
・ TPOが難しい
   近隣の聴覚障害者との出会い
・ 相手が挨拶返しをしてくれない不安

③ あいさつの仕方
・ TPOを心得る
・ 先にあいさつ
・ 親しい人には目をみて
・ 見知らぬ人には目礼で

ほンわか、1日10回運動「ポジティブ心理術トレーニング

2021-06-20 | 認知心理学
ほンわか、1日10回運動「ポジティブ心理術トレーニング
2011-06-18 | ポジティブ心理学

ほンわかあ」1日40回運動
――ポジティブコミュニケーションで自分も周りも元気にーーー


第1 「ほ」める
① 何をほめる
・ すばらしいと思ったこと
・ 感心したこと
②どのようにほめる
・ 具体的に
「あなたはすてき」より「あなたの笑顔がすてき」
・ 結果よりプロセスを
「がんばった」「精一杯やった」
③ ほめるにあたり、注意すること
・ ほめすぎない
  お世辞になってしまう
  ほめられすぎると、舞い上がってしまい、学びが甘くなる
    ほめる時は、森を見る
    叱るときは、木を見る
・ 7つほめて、3つ叱れ
    正解=>ほめる >こうればよい という学びができる
    誤解=>叱る >それはだめ はわかる しかし、ではどうすればよいかはわからない
    正解は一つ
    誤答は無数  みんなが同じように間違うのは、カンニング
・ ほめ言葉を豊富にしておく
  万能な魔法のほめ言葉もある
   「さすが」「えらい」「すごい」
・ ポジティブにみる
「これしかない」ではなく「まだこれだけある」
「――しないと、―――できない」ではなく、
  「――すると、―――できる」
「ちょこまか」ではなく、「よく動く」
「愚鈍」ではなく、「落ち着いている」
「きたない」ではなく、「使い古している」
「くさい」ではなく、「独特のにおい」


第2 「わ」らう
 笑い転げる猫
① なぜ笑う
・ おかしいから(中枢起源説) 
普段とは違ったこと、しかし、安心できることが起こっている
・ 笑うから(末梢起源説)
   笑うからおかしいのだ
     笑顔作りのすすめ

② 笑いの効果
・ 健康効果
   血糖値が下がり、中性脂肪も減し、病気も防止<<寄席効果
・ 心ポジティブ効果
   笑いには自分の心も周りの人の心もポジティブにする
   笑いは、伝染する
・行動促進効果
「野球のピッチングの練習を、笑顔でやるのと苦しそうな顔でやるのとでは、笑顔のほうが球速を持続させられる、というスポーツ心理学の実験研究もある。心理学の有名な実験に、氷水の中に手を入れておく時間を、笑顔の人と苦しい顔の人が競争すると、笑顔の人が勝つ確率が高い、というものもある。」
・ 善人宣言効果
   笑っている人に悪者なし
   まわりから受け入れられるし、好かれる
・周りを明るくする効果(「顔施;がんせ」効果)
  仏教用語であるが、笑顔で周りに施しをする
  顔施(がんせ)とは、にこやかな表情で人に接するということで、
和顔施(わがんせ・わげんせ)ともいう。
これなら誰にでもできる。
出家して以来、私はつとめてこれを心がけてきた。
和やかな表情に会い怒る人は、まず、いまい。

あらゆる職業の人にこの行を心がけてほしい。
生まれつき器量が悪くても、笑顔は人をチャーミングにも美人にも見せる。
私はそういって特に女性に和顔施をすすめている。
──瀬戸内寂聴

布施(他人を助け、施しをする)というと何か難しく感じてしまうが、瀬戸内寂聴さんのこの言葉に触れ、目からうろこが落ちる思いがした。

笑顔を振りまくこと、それ自体がひとつのお布施になるのだ。
いつもなごやかで穏やかな顔つきで人や物に接すること。
第3 「か」んしゃする

読売新聞朝刊5月30日付けの「気流/U-25」から東京立川の中学生宮本くんの声をご紹介します。

 大切な感謝の一言
 部活から帰宅する途中、住宅街の細い道で、ボール遊びをしている親子を見かけた。その横を通ろうとした時、ボールが目の前に転がってきた。すぐに拾って渡すと、親から「すいません。ありがとう」と言われた。
 この親子と顔見知りだったわけではない。お礼の言葉をまったく予想していなかったので、あわてて会釈し、その場を後にした。家に帰ると、何だか温かな気持ちになっていた。感謝の一言をもらっただけなのに、ことは一つで気持ちは変わるものだと思った。今度は自分から声をかけよう。

① 感謝するのは何のため
・ 自分のため
   感謝することで、謙虚になれる、自分一人ではないことを自覚
     少年院での「感謝療法」
・ 周りのため
   うれしい気持ちを伝える
②感謝の仕方
・魔法のことば「ありがとう」を惜しむな
・「すみません」より「ありがとう」
・ 「なになにしてくれて」、ありがとう
  ありがとうの真実味がでる
  相手も得心する

第4 「あ」いさつ

① 挨拶の意義
・ 社会の安全な一員であることの宣言
・ 心のファーストタッチ、そして、ボティタッチへ

② 挨拶が面倒なのはなぜ
・ TPOが難しい
   近隣の聴覚障害者との出会い
・ 相手が挨拶返しをしてくれない不安

③ あいさつの仕方
・ TPOを心得る
・ 先にあいさつ
・ 親しい人には目をみて
・ 見知らぬ人には目礼で



投げ込み広告禁止

2021-06-19 | 安全、安心、
とうとう決断した。
毎日、5枚以上配布される。
先日、広告と広告の間にはがきがあったのを見逃して
ゴミ箱に捨てそうになった。
身を守るためです。
よろしくお願いします。


「いい加減」な援助でいいの

2021-06-18 | 高齢者
「いい加減」な援助でいいのだ。がんばりすぎると、つい自分のやり方をおしつけて相手のンーズを置き去りにしてしまう。
しんどくなって長続きしないことも多い。
それに、やってあげすぎると、援助を受ける人たちの生きる力を弱めてしまう。
(鎌田實「いいかげんがいい」集英社)

援助 ———助け助けられは当然なのだが

2021-06-18 | 安全、安心、
「安全・安心の心理学」新曜社より良い

援助
———助け助けられは当然なのだが

●都会の不思議
 最近、立て続けに、マンションで、姉妹が殺され、さらに女子高校生が殺害されるニュース報道をみた。例によって、近隣の人々の顔を隠したインタビューがある。そして、「どさどさというような大きな物音が聞こえた」「きゃー助けて、という叫び声や争う音が30分くらいにわたり聞こえた」などなどという。
不思議なのは、自らがその時に積極的に何かをした形跡がないことである。「助けてー」の悲鳴が聞こえた時に、近隣の方々が一斉に表に出てみるだけでも、状況はかなり違った展開になるかもしれないのにと思うのだが。

●傍観者効果
そうは言っても、実は、援助行動も援助要請行動もそれほど単純にはいかないことが知られている。
たとえば、傍観者効果。
衆人のいるところで、突然、胸を押さえて倒れたとする。周囲の人々が一致協力して助けてくれるであろうか。実際にこんな実験をした社会心理学者がいたのである。注1***
結論は、そんなことにはならない、周囲の人々はあくまで傍観者のままとどまっていた、となる。そこで、これを傍観者効果と呼んだのだ。他者の存在が、素直な援助行動を抑制してしまったのである。
周囲の人々が冷静なのだから援助を必要とはしない事態なのかも、と考えてしまったり、何もあえて自分が渦中の栗を拾うようなことをしなくとも、と考えたり、もし自分だけが援助行動をして失敗したりすると恥ずかしい、と考えたりしてしまうらしい。
いずれにも、そう言われてみれば、というところがある。

●それでも困っている人を助けたい
多彩なボランティア活動の存在にもみられるように、それでも、誰もが心のどこかに、困っている人をみたら、素直に返報なしに助けてあげたいという気持ちを持っている。その気持ちを実現する行動を愛他的行動という。傍観者効果は、衆人監視の社会的な場面での緊急事態であるがゆえの効果と考えたい。
愛他的行動は、他者に対する同情が基本になる。他者のつらい気持ちや困った状況を見て、自分も他者と同じような気持ちになれないと、行動にはならない。ただ、防犯、防災、事故対応にかかわる場面では、同情だけでは不足である。困った状況にいる人を見たら助けるのは、社会的な義務でもある。周囲の人々が自分のできること、するべきことをそれぞれがすることである。

●援助を良質なものにするために
地震災害地に援助物資として古着がどっさりと届き困惑している映像が報道されたこともあるように、助け、助けるにしても、ただやみくもに行動すれば良いというこものではない。
まず、援助要請行動のほうである。
何をおいても、援助してほしいことをしっかりと表現することである。
援助をためらわせる心理的な圧力もある。衆人に向けて援助の声をあげるのは、時と場所と状況によっては、かなり勇気がいる。警察に駆け込むほどには切迫していないのかもとの状況認識の甘さもある。これが、事態を悪いほうに向かわせてしまうこともある。注1*****
援助を受けるのは何も恥ずかしいことでもない。とりわけ、防犯、防災、事故対応の場では、それは当然の権利と言っても良い。それくらいの「強い」気持ちがないと、援助要請行動にためらいが出て、結局、どんな助けが必要かの表現が十分にはできないことになる。
さらに、必要な援助は素直に受けることである。日本人の美徳とて、遠慮と返報の心が強い。これが、援助の受け入れを屈折してものにさせてしまうことがあるので、要注意である。とりわけ、そすいたメンタリティを強く持つ高齢者では、その援助が必須であるにもかかわらず、そのことを言わない、受けとらないようなケースもある。
次は、援助行動のほうである。
援助要請行動ができないほど壊滅的、危機的な状況にさらされていることも多い。その状況の中から、何が最も緊急かつ重要な援助かを見きわめなくてはならない。事態認識力である。緊急時には無用な援助ほど迷惑なものはない。地震災害などにかけつけたボランティア活動の中に、そんなケースがたまにあったらしい。同情心に加えて状況認識力も必要である。
援助行動を効果的なものにするにはさらに、援助する人々の組織化が不可欠である。日本の行政組織は、その点、いつも見事な力を発揮する。上意下達型でもよい、あるいは、ネットワーク型でもよい。人々が組織の中で援助しているという意識を持つことが、円滑で効果的な援助行動につながるし、援助を受ける側にも安心感がある。一人でできることには限界がある。なお、別項で考えることになるが、その組織をより一層、効果的に機能させるためには、リーダー、サブリーダーの役割も、事態が緊急度を増すほど大切になってくる。日本社会では、この点が弱点ではないかと思うが、昨今の小泉政権をみていると、このあたりも改革が期待できそうである。(K)

注1 Latane,B, et al,1970   
注2 自宅には、防犯ブザーが5個、あちこちにおいてある。ある時、間違ってそのうちの1個を鳴らしてしまった。あわてていたので、止める操作をするまでにかなり時間がかかってまった。隣近所の様子をうかがったが、なんの変化もなかった。







私たちは交友のために生きているのではない」名言の心理学

2021-06-17 | 社会
交友関係

私たちは交友のために生きているのではない。
人間として生きてゆくうちに自然と生じるのが交友であり、これにいちいち気をとられているのはばかげています。
その意味で職場の人間関係でくよくよ悩むのは私はあまり同情できない。
 仕事を愛してさえいれば充分です。 
[出典]
高橋揆一郎[たかはし・きいちろう]
 (小説家、1928~2007)
名言ナビサイトより

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「お仕事クリニック」というサイトで、仕事上の悩みの相談スタッフをしていた。
実にさまざまな悩みが持ち込まれるが、圧倒的に多いのは、会社での対人関係、ここで言う交友関係である。
仲間と、上司と、部下との対人関係。
人が社会的動物である限り、対人関係なしというわけにはいかない。ましてや職場となれば、その重要性ははかりしれない。それがゆえの悩みの多彩さと多さであろう。
名言には、気にするな、くよくよするな、とあるが、そうとばかりも言っていられない危機的状況もしばしば発生する。そこの心理学や精神医学が登場することになる。
最新の「お仕事クリニック」では、上司のいじめ的な対応にまいってしまった32歳の男性には、こんなアドバイスをした
まずは、すでに危機的な段階にいるので、メンタルヘルス専門家の助けを求めるようというもの。
次いで、上司との関係が仕事のやり方をめぐって発生しているようなので、一時の方便として、まず、仕事を捨てて、上司との関係を改善するほうを優先させる。上司の意に迎合、おもねることに意を注ぐように進言した。仕事は永遠、上司との関係は一時、その一時のほうに注力してみたらどうかというアドバイスである。
実は、このアドバイスをするかどうかで迷った。
名言の言うように、仕事を愛せよ、もありかなーとの迷いであった。しかし、相談者は、ほとんどうつ病状態であったので、あえて、こちらのアドバイスはしなかった。心が強い人なら、仕事こそ永遠、そちらのほうに注力せよ、と言いたかったが、人をみて法をとくほうを優先させてみた。


●表情」心理学基本用語

2021-06-17 | 心理学辞典

●表情(facial   expression)
表情は気持ち(情動)のあらわれであると同時に、他者への無言のメッセージ、たとえば、嫌悪の表情は他者を遠ざけるし、喜びの表情は他者の喜びを誘導する機能を果たす。
表情には、幸福、悲しみ、怒り、嫌悪、驚き、恐怖の6つの基本表情があり、その組合せで他の微妙な表情が作り出される。
6つの基本感情は、どの文化圏でも存在するが、その表出の仕方や強弱には微妙な文化差がある。


朝8時。排便コントロール不安のため、デイケアおやすみ。うっすら晴天。野菜スープを流し込む

2021-06-17 | 癌闘病記


食事「心を元気にするもの

2021-06-16 | ポジティブ心理学
食事「心を元気にするもの

「腹が減っては戦はできぬ」

  • 食事は心身に強く影響する
日本の食事は、栄養的にも、味覚的にも世界に冠たるところがあるようです。
日本食そのもののすばらしさに加えて、世界の料理の一流どころを取り込んでいるのですから、それはそうだろうという思いは、日本人なら誰しもが持っているのではないかと思います。自分の限られた海外生活でも、日本の食事そのものも、食事文化は飛びぬけているように思います。
それは、さておき、食事からだにも心にも強く影響します。その影響の仕方は、医学的にかなり広く深く解明されています。
ここでは、その話は脇において、食事と心の元気について、心理学の観点から少し考えてみたいと思います。

  • 心を元気にするコツ
  • 気持ちと食事を連動させておく
だいたい食事の大枠は習慣化されています。
自分の場合は、朝はバン、昼や弁当、夜は晩酌しながらとなります。その時々で変わるのは、パンや弁当や酒の種類ということになります。
 この習慣は、食事メニューをまっさらから考える面倒を省いてくれますので、助かります。
 これはこれで大事なのですが、心の元気という点では、この習慣やぶりも必要です。
うれしいことがあったときの、とっておきの外食やメニューを決めておくのです。これによって、心の元気を倍加させるのです。この日常的な習慣破りの習慣が心の元気にはおすすめになります。お祝いごとには食事はつきものですね。それを自分スタイルでやることになります。
  • 仲間と一緒に
 実は、私は昼食を一人でとるほうなのです。誰かと一緒だと、どの店にするか、相手とメニューを調整するとかの気づかいが面倒だからです。
 でも、食事は、やはり誰かと一緒が一番です。食事ときの相手は、食事に誘発されて、表情の話す内容もポジティブになりますし、友達づくりにもなります。
  • この一品はというものをもつ
 グルメを自称する方々に共通するのは、あそこのあれがうまい、というものを持っていることです。それを語る時のうれしそうな顔。
 あなたもそんな一品をもつことをおすすめします。考えただけでも、元気になれます。
最後に例によって引用です。
「北野武氏が言っていたことであるが、回転寿司を3回がまんしても、おいしい寿司を食べない限り、貧乏を脱出する気にも頑張る気にもなれないということがある。」(和田秀樹)

◆ヒューマン・エラー」名言の心理学

2021-06-16 | 心理学辞典

◆ヒューマン・エラー(human error)〔心理学〕
人は必ずエラーを犯す。エラーは人であることの証であるかのようである。機械・システムの設計は、このことを前提にしないと事故が発生してしまう。事故につながるような行為は努力しないとできないようにするフール・プルーフ(fool-proof)、仮にエラー(故障)をしても、すぐには事故につながらないようにするフェイル・セーフ(fail-safe)といった工夫が必要である。
ヒューマン・エラーには、大きく二つのタイプがある。ひとつはミステイク(mistake)。思い込みや誤解によるエラーである。もうひとつはスリップ(slip)。うっかりミスやしそこないによるエラーである。