ひとりぐらし

ミステリとか、SFとか

お知らせ

2012年08月07日 14時06分07秒 | 雑記
受験を目前にして、かなり余裕が無くなってきました。
しばらくブログの更新はおやすみとさせていただきます。

外の現実、内側の空想

2012年08月05日 19時39分24秒 | 初野晴
『空想オルガン(初野晴)』読了。
(以下ネタバレ)
















『ジャバウォックの鑑札』・・・吹奏楽部地区大会の会場に現れた迷い犬。ハルタが保護したその犬の飼い主を名乗る人物が2人あらわれた。どちらが本当の飼い主か?
決め手は犬鑑札。「ジャバウォック」という名前は『鏡の国のアリス』を連想させる為につけられた名前だった。首輪の「PIE SIMATA」という字を鏡にうつすと「ATAMI2314」→「熱海2314」という隠された犬鑑札があらわれる。これは娘と離れ離れになる母親が、いつか自分を必要とするかもしれない娘のために残したメッセージだった。

『ヴァナキュラー・モダニズム』・・・ホームレスとなったハルタの新居候補のアパートには、幽霊が出没すると言う噂があった。殺された托鉢僧、夜中に響く錫杖の音、退去して行く住人たち。噂の真相や如何に?
真相はバカミスの香りただよう奇抜な発想。防音設備によって生まれたアパートの外壁と内壁の間の隙間を利用し、「500円玉を貯金していた」というもの。声に出して笑ってしまった。錫杖のものだと思われていた音は500円玉を貯金する時の音で、防音設備の音の響きが変わってきたのは500円玉が溜まってきたため。

『十の秘密』・・・大会のダークホースであるライバル校の秘密が一つ一つ語られてゆく構成。それぞれの秘密が伏線として機能し、「メンバーの断酒」という真の秘密との関係が明らかになる様は絶妙。

『空想オルガン』・・・表題作。連作短編のシリーズものという作品の特徴が見事に活かされている。突然、おれおれ詐欺の現場から物語が始まり「え?」と首をかしげたが、そこから詐欺師の男の語りと吹奏楽部の物語が交互に描かれる。終盤で明かされるその男の正体が衝撃的。『ジャバウォックの鑑札』から登場しているフリーライターの渡邉琢哉が語り手の男だった。彼が『ジャバウォックの鑑札』で犬を騙し取ろうとした青年に「俺みたいな悪党になるのなんかやめておけ」と囁いたのは卑下などではなかったのだ。周到すぎる伏線に拍手。

能ある鷹はなんとやら

2012年08月05日 18時40分28秒 | 初野晴
『初恋ソムリエ(初野晴)』読了。
廃部寸前の弱小吹奏楽部を立て直し、普門館を目指す高校2年生の穂村チカと上条ハルタ。吹奏楽経験者達に関係した謎を解決し、彼らを入部させることに成功していた2人だったが、音楽エリートでありアンチ吹奏楽者である芹澤直子には断られ続けていた。
(以下ネタバレ)















『スプリングラフィ』・・・何者かが吹奏楽部員よりはやい時間に登校し、音楽室に侵入している痕跡をみつけたチカは、友人から音楽室の窓に人影が写った証拠写真を手に入れる。
侵入していたのは音楽エリートの芹澤直子で、彼女は音楽室で紛失した補聴器を探していた。彼女は難聴である、と語り手のチカが気づいた瞬間、伏線のほとんどが回収されるという技術のスマートさに惚れる、惚れた。

『周波数は77.4MHz』・・・「街のどこかにあるローカルラジオ局"FMはごろも"」、「地学研究会の不可解な行動」、そしてプロローグでもあった『スプリングラフィ』からの「不登校の打楽器奏者」というそれぞれの謎が収束する。地学研究会はブルー・トパーズの鉱石の埋蔵場所を発見したが、そこは不登校の打楽器奏者・檜山界雄による無認可の老人介護施設だった。そしてその老人介護施設こそが"FMはごろも"、彼らにとって唯一の、世界へ向けた窓であったのだ。

『アスモデウスの視線』・・・タイトルが気になって、「アスモデウス」について読む前に調べてみた。→こんな感じ この時点でかなりオチが見えてきてしまったが、「席替えの理由」から「担任教師が謹慎に至った理由」が解き明かされる様は絶妙。

『初恋ソムリエ』・・・前作に登場した「オモイデマクラ」ばりのトンデモ設定ながらも、幻想的なエピソードから推理されるブラックな結末は衝撃的。思い出から再現されたものと記憶の中での「おにぎりの塩の味の違い」と、思い出の登場人物が相次いで癌で亡くなっていることから、おにぎりに使われたのはその時代で唯一の食塩ではなく工業塩であったという結論が導き出される。登場人物の正体はエスペラント語で暗示されていた。渾名した本人「ベンジャント(復習者)」が仲間(テロゲリ活動をしていた?)を全滅させるため、おにぎりに工業塩を使用していたのだ。

現実的ファンタジー

2012年08月03日 23時43分05秒 | 初野晴
『退出ゲーム(初野晴)』読了。
廃部寸前の吹奏楽部のフルート奏者・穂村チカと、その幼なじみのホルン奏者・上条ハルタ。顧問の草壁先生の指導のもと、普門館を夢見る2人に、様々な難題がふりかかる。「ハルチカシリーズ」第1作。
なぜ今まで読まずにいたのかと思うほどドストライクだった。
(以下ネタバレ)














『結晶泥棒』…化学部の部室から、劇薬である硫酸銅の結晶が盗まれ、掲示板には「要求を呑まなければ屋台の食品に毒を盛る」という、恒例の脅迫状が貼られていた。毎年いたずらで済まされる脅迫状、なぜ今年は劇薬までが盗み出されたのか。
脅迫状はやはりただのいたずらで、硫酸銅を盗んだのは別の人間であるという真相。弱小文化部の利害関係など、ミスディレクションが巧い。生物部で飼育していたコバルトスズメが白点病になり、海水魚用の高価な薬が買えない部員が、薬の代用として使用できる硫酸銅を盗んだ。「生物部であったスズメ泥棒騒ぎ」というのは鳥の「雀」ではなく魚のことで、きっちり伏線を張っているあたり、このシリーズを読み始めたばかりの読者にポテンシャルの高さを示している。

『クロスキューブ』…死んだ弟に縛られ続け、他人を拒み、吹奏楽から離れた元オーボエ奏者・成島美代子。彼女の入部を切望するハルタ達は、ひょんなことからパズルマニアだった彼女の弟が遺した、6面全てが真っ白のルービックキューブに挑戦することとなる。
これは公案、禅問答(如拙の『瓢鮎図』があまりに有名)のようなもので、それまでの常識、論理で解けるものではない。
成島の弟は、まず9箇所のブロックに文字を書き、その上に麻布を貼ってジンクホワイトを塗った。その9箇所以外は、同じように麻布を貼って、シルバーホワイトやチタニウムホワイト、パーマネントホワイト、要するに白ければどれでもかまわない。ジンクホワイトの上に油性塗料で重ね塗りすると剥離を起こす。そのようにして答えがあらわれるのだ。
ハルタが解いたそのパズルの答えは、凍てついた成島の心に暖かい春をもたらした。

『退出ゲーム』…表題作。義理の両親のもとで育ったサックス奏者のマレン・セイは、唐突に「本当の両親」や「本当の故郷」、そして生き別れになった弟の存在を知らされ激しく動揺する。彼はサックスを手放し、友人の演劇部長・名越俊也に勧誘され演劇部に入部した。その元サックス奏者にホルン奏者とオーボエ奏者は「恋をした」。やる気のないマレンに演劇の魅力を伝えたいという名越と、魅力的なサックス奏者に入部してもらいたいハルタ達。何気ないチカの提案から、吹奏楽部と演劇部の即興劇対決が行われることとなった。
対決の内容は「決められたシュチュエーションの中、制限時間内にそこから退出する」というもの。ハルタが仕掛けた、「ワンちゃん」という中国人を犬だと誤認させたまま登場させるという叙述トリックには、思わず笑ってしまった。
物語が持つファンタジー性と現実のシビアさとの落差から生まれる、哀しく優しいラストが非常に印象的。

『エレファンツ・ブレス』…思い出を3つの色に置き換え夢で再現するという、発明部のおかしな発明「オモイデマクラ」。それを購入した中学生の後藤朱里。彼女は「誰も見たことがない色」であるエレファンツ・ブレスを再現してほしいという。
ある日突然、後藤には死んだと説明されていた祖父が帰ってきた。祖母を置いて、美術を学ぶためにアメリカに留学したという彼は「エレファンツ・ブレスをみた」という。しかし、彼はどうしても過去を思い出さない。後藤は祖父がどこで何をしていたのかを知るために、「オモイデマクラ」を欲したのだ。
彼女の祖父は、実はベトナム戦争に徴兵されていた。多くのヒトを殺した彼は、それを息子や孫に話さないまま死のうと考えていたのだ。彼がみたのは「エレファンツ・ブレスという幻の色」ではなく「寝息をたてる象」だった。象が安心して眠ることができる場所に、彼は安息を求めたのだ。
印象深いエピソードが、「人間のもとから脱走した象が、群からはぐれた子象を育てる。成長した子象は、彼を育てたその象に残ったままの鉄鎖を砕いた」というもの。
真実を知った後藤と彼女の父は、きっと祖父の鉄鎖を砕いたのだろう。

不思議の国に死す

2012年08月02日 17時00分00秒 | 綾辻行人
『黒猫館の殺人(綾辻行人)』再読了。
ミステリ作家・鹿谷門実のもとに舞い込んだ、記憶喪失の老人・鮎田冬馬からの依頼。それは「自分が何者なのか調べてほしい」というものだった。唯一の手掛かりである彼の手記には、「黒猫館」で彼が遭遇した奇怪な事件の顛末が綴られていた。
(以下ネタバレ)














「鏡の国のアリス」のモチーフが伏線ともなっていて印象的。
鮎田冬馬=天羽辰也であることには途中で気づいたが、彼が「全内蔵逆位症」であることについての手記の中での伏線や、名前のアナグラムに関しては感嘆してしまった。
鹿谷達が尋ねた阿寒にある屋敷は「黒猫館」ではなく、それと対をなす「白兎館」であり、手記の中にあった「黒猫館」はオーストラリアにある、というオチはかなりのインパクトがあった。