短編を読む その28

「ルークラフト氏の事件」(W・ベサントとJ・ライス)
「ディナーで殺人を 上」(東京創元社 1998)

これは中編。「笑いを売った少年」という児童書があるけれど、本作は「食欲を売った青年」といった風。ある老人に食欲を売る契約をした青年。すると自分では飲み食いをしていないのに、腹ははちきれんばかりになり、たいそう酔っ払う始末。味覚を失い、自分のからだを維持するためだけに細ぼそと食べ物をとり、あとは老人の暴飲暴食のために心身を痛めつけられる。ストーリーに意外性はないけれど、古風な文章が楽しい。この作品が読めただけでも、この本を読んでよかった。

「港の死」(E・D・ホック)
「こちら殺人課」(講談社 1981)

ひとりヨットに乗っていた医師が、何者かに拳銃で撃たれ殺害される。一週間後、こんどは漁船にひとりで乗っていた漁師が、同じ拳銃で殺害。レオポルド警部は、スキューバ・ダイビングに詳しい部下に調査を命じる。本書はレオポルド警部ものをあつめた作品集。それにしてもレオポルド警部はひどい目にあってばかりで気の毒だ。

「錆びた薔薇」(E・D・ホック)
同上

3年前に殺された作家の娘が、ある記者から、自分は作家を殺した犯人を知っているという手紙を受けとる。が、その記者は何者かに殺害されてしまう。犯人は作家の娘なのか。娘に好意をもつレオポルド警部は苦悩する。

「ヴェルマが消えた」(E・D・ホック)
同上

ヴェルマという少女が、観覧車に乗ったきり姿を消すという事件が発生。観覧車のかごが地上にもどってきたときには、ヴェルマはいなくなっていた。レオポルド警部は、ヴェルマのボーイフレンドや、ヴェルマの友人だったボーイフレンドの妹、また観覧車の係員に聞きこみを開始する。

「月曜日に来たふしぎな子」(ジェイムズ・リーブズ)
「月曜日に来たふしぎな子」(岩波書店 2003)

ある嵐の晩、パン屋一家のもとに女の子が転がりこんでくる。マンデーと名乗るその子は、親もなければ家もない。仕方なくパン屋一家が引きとるのだが、マンデーは学校へもいかず、面倒ばかり引き起こす。

「おばあさんと四つの音」(ジェイムズ・リーブズ)
同上

小さな家でひとり暮らしをしているおばあさん。ドアはキイキイと鳴り、床板はキュッキュッといい、窓はゴトゴトと音を立て、ネズミはトコトコと歩いていく。隣りの親切な大工さんが、これらの音が立たないように直してくれるというのだが、音がなくなることを思うとさみしい。すると、ある晩、音の妖精たちがおばあさんの前にあらわれる。

「水兵ランビローとブリタニア」(ジェイムズ・リーブズ)
同上

びんの中の船に乗っている、水兵の人形ランビロー。ある日、びんの船が女の子に買われ、ランビローはお屋敷にいくことに。じき、同じ店で売られていたスノードームに住むブリタニアもお屋敷にやってくる。たがいに惹かれあうものの、人形のことなので、2人はなかなか近づけない。

「エルフィンストーンの石工」(ジェイムズ・リーブズ)
同上

大工とおにろく風のお話。腕はいいものの、さぼりぐせのあるマーティン。あと6週間で、教会の塔の胸壁と、ガーゴイルを40体つくらなければならない。マーティンの趣味は密猟で、ある日ウサギとまちがえてエルフを捕まえる。エルフは、マーティンの仕事を手伝おうともちかけるが、代わりにマーティンは娘をやらなくてはいけない。ただ、おれの名前をいい当てたら、娘をよこさなくてもいいし、生きているおれを2度とみることはないだろう。

「フ―の花瓶」(ジェイムズ・リーブズ)
同上

昔、東方のチェン国にまだ音楽がなく、ただ花瓶の横腹を小さな槌でたたいてだす音だけだった頃。やきもの師のフーは、王女さまからごほうびがいただけるような花瓶をつくろうと努力するのだが、審査ではいつも笑いものになるばかり。3回応募しても駄目だったので、ついにフーは投獄されてしまう。

「雪女」(岡本綺堂)
「鷲」(光文社 1990)

奉天に近い、芹菜堡子(ぎんさいほし)という寒村で怪異に出会ったひとが、それを作者に語ったという体裁の短編。そのひとは吹雪の夜、この寒村の一軒に泊めてもらえることになったのだが、家の者はなにかにおびえている。というのも、昔、清の太祖が瀋陽(しんよう)――いまの奉天に都を建てた頃のこと。太祖の寵を得ていた姜氏という女性が妬まれ、太祖の近臣と不義をはたらいていると訴えられて、2人は渾河(こんが)に投げこまれてしまった。それ以来、大雪の降る夜には美女があらわれ、出会う者は命をなくすという。


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短編を読む その27

「シュレミールがワルシャワへ行った話」(I・B・シンガー)
「まぬけなワルシャワ旅行」(岩波書店 2000)

ヘルムの村からワルシャワめざして歩きはじめた、まぬけのシュレミール。途中、ひと眠りして歩きだし、ヘルムの村にもどってきてしまうのだが、ここは別の村だと思いこむ。そして、もとの家族を別の家族と思いながら一緒に暮らす。

「衣装」(ルース・レンデル)
「夜汽車はバビロンへ」(扶桑社 2000)

服を買うのがやめられない女性。夫に露見するのを恐れながら、サイズも確かめず、女性は服を買ってしまう。

「名もなき墓」(ジョージ・C・チェスブロ)
同上

地下鉄の駅で中国人女性の出産を手伝った、元CIA諜報員の画家ヴェイル。女性を密入国させ、売春させている中国人結社に単身乗りこむ。スーパーヒーロー的探偵小説。

「無宿鳥」(ジョン・ハーヴェイ)
同上

訪問した家の夫に殴られている修道女を助けた、出所したばかりの泥棒。友人の警察官にこの件をつたえた泥棒は、ある絵を所蔵している屋敷に侵入する。絵が好きで、バードウォッチングが趣味という泥棒を主人公にした作品。短編だが多視点で、それが話をうまくふくらませている。

「完璧なアリバイ」(パトリシア・マガー)
「新世界傑作推理12選」(光文社 1982)

結婚生活が破綻している男。愛人がいるが、それとは別の若い女性に夢中になり、妻を殺そうとする。殺し屋を雇い、アリバイづくりのため愛人とレストランにいくのだが、すべてが裏目にでてしまう。

「朝飯前の仕事」(ビル・ブロンジーニ)
同上

お屋敷での結婚披露宴のあいだ、プレゼントを置いてある部屋の見張りに雇われた探偵。窓を割る音とともに、何者かが部屋から指輪を盗みだす。状況からみて、外部からの侵入とは思えず、疑いは探偵に向けられるのだが。名なしの探偵(オプ)シリーズの一編。

「ディナーは三人、それとも四人で」(L・P・ハートリー)
「ディナーで殺人を 上」(東京創元社 1998)

ヴェニスにいる2人組の英国人が、食事の約束をしているイタリア人と落ちあうためゴンドラででかけていくが、途中で水死体を拾ってしまう。2人の英国人の会話で話が進む、ユーモラスな怪談。

「三つの詠唱ミサ」(アルフォンス・ドーデー)
同上

17世紀のクリスマスイヴ。城の礼拝堂付き司祭が、クリスマスのごちそうに心を奪われ、第1第2のミサを大急ぎですませ、第3のミサはついにはしょってしまったために、神から罰を受ける。

「しっぺがえし」(パトリシア・ハイスミス)
同上

妻が愛人と共謀し、事故を装ってめでたく夫を殺害。が、その後、愛人との仲がこじれて…と、ひねりの効いた展開が続く。さすがパトリシア・ハイスミスだ。

「いともありふれた殺人」(P・D・ジェイムズ)
同上

人妻と青年の密会をたまたま目撃した男。ある日、人妻が殺害され、青年に容疑がかかる。容疑を晴らせるのは、目撃した男だけなのだが――。


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短編を読む その26

「おい、しゃべらない気か!」(デイモン・ラニアン)
「ディナーで殺人を 上」(東京創元社 1998)

殺人事件好きの劇評家が、ある殺人現場にいたオウムを手に入れ、なにかしゃべらないかと見張ることにする。どこにでも連れていくので周りは閉口し、つきあっていた女性は、元の彼氏のところに逆もどり。劇評家からオウムの見張りを頼まれた〈おれ〉は、うっかりオウムを逃がしてしまい、小鳥屋で別のオウムを仕入れてくる。

「ドゥブローフスキー」(プーシキン)
「スペードの女王」(新潮社 1981)

これは中編。隣家に土地を奪われたドゥブローフスキーは、盗賊団の首領となり、近辺を荒らしまわるが、隣家の娘に恋をしてしまう。

「やきもち娘」(フィリップ)
「朝のコント」(岩波書店 1979)

母がきれいな恰好をして、ひとりででかけていくのに耐えられない16歳の娘。母が帰ってくると、母のことをすみずみまで点検する。

「来訪者」(フィリップ)
同上

老夫婦の家に2人組の強盗が押し入る。強盗におどされるまま、寝室のタンスにしまってあるお金を差しだし、ほかにも隠していた金をとられてしまう。

「人殺し」(フィリップ)
同上

寄宿舎学校の小間使いアンリ・ルロワの頭に、神父を殺害し金を奪うという、よからぬ考えが宿る。その考えをアンリはどうしても振り払えない。

「チエンヌ」(フィリップ)
同上

来年で100歳になるチエンヌじいさん。自分の部屋にいるのがいやで、苦労して階下に降り、住まいの門前にみこしを据える。世話をするのは60歳になろうとする娘。ご近所もよく気をつかってくれ、なんとか100歳を迎えられたらいいと思っている。

「純情なひとたち」(フィリップ)
同上

夫と隣家の妻が駆け落ちした。残された妻と、隣家の夫はなぜこんなことになったのだろうとなぐさめあう。それにしてもフィリップが扱う登場人物は、若い娘から100歳の年寄りまでと幅が広い。、ある状況に置かれた多彩な人物たちは、フィリップの筆により、それぞれその心情をあらわにする。O・ヘンリのような、ストーリーの意外な展開というものはないけれど、最後まで緊張感をよくたもって見事のひとことだ。

「キャビア」(T・コラゲッサン・ボイル)
「血の雨」(東京創元社 2000)

ハドソン川の漁師である〈おれ〉。子どもができないため代理母を雇うが、じきこの代理母と関係をもってしまう。

「とことんまで」(T・コラゲッサン・ボイル)
同上

世界が終ると信じ、家族ともども辺境に引っ越してきた男。この地で世界の終わりをやり過ごすつもりだったが、隣りに暴力的な男が引っ越してくる。

「外套Ⅱ」(T・コラゲッサン・ボイル)
同上

ゴーゴリの「外套」のリメイク。ストーリーは踏襲しているが、舞台がフルシチョフ時代のソ連となっている。


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短編を読む その26

「おい、しゃべらない気か!」(デイモン・ラニアン)
「ディナーで殺人を 上」(東京創元社 1998)

殺人事件好きの劇評家が、ある殺人現場にいたオウムを手に入れ、なにかしゃべらないかと見張ることにする。どこにでも連れていくので周りは閉口し、つきあっていた女性は、元の彼氏のところに逆もどり。劇評家からオウムの見張りを頼まれた〈おれ〉は、うっかりオウムを逃がしてしまい、小鳥屋で別のオウムを仕入れてくる。

「ドゥブローフスキー」(プーシキン)
「スペードの女王」(新潮社 1981)

これは中編。隣家に土地を奪われたドゥブローフスキーは、盗賊団の首領となり、近辺を荒らしまわるが、隣家の娘に恋をしてしまう。

「やきもち娘」(フィリップ)
「朝のコント」(岩波書店 1979)

母がきれいな恰好をして、ひとりででかけていくのに耐えられない16歳の娘。母が帰ってくると、母のことをすみずみまで点検する。

「来訪者」(フィリップ)
同上

老夫婦の家に2人組の強盗が押し入る。強盗におどされるまま、寝室のタンスにしまってあるお金を差しだし、ほかにも隠していた金をとられてしまう。

「人殺し」(フィリップ)
同上

寄宿舎学校の小間使いアンリ・ルロワの頭に、神父を殺害し金を奪うという、よからぬ考えが宿る。その考えをアンリはどうしても振り払えない。

「チエンヌ」(フィリップ)
同上

来年で100歳になるチエンヌじいさん。自分の部屋にいるのがいやで、苦労して階下に降り、住まいの門前にみこしを据える。世話をするのは60歳になろうとする娘。ご近所もよく気をつかってくれ、なんとか100歳を迎えられたらいいと思っている。

「純情なひとたち」(フィリップ)
同上

夫と隣家の妻が駆け落ちした。残された妻と、隣家の夫はなぜこんなことになったのだろうとなぐさめあう。それにしてもフィリップが扱う登場人物は、若い娘から100歳の年寄りまでと幅が広い。、ある状況に置かれた多彩な人物たちは、フィリップの筆により、それぞれその心情をあらわにする。O・ヘンリのような、ストーリーの意外な展開というものはないけれど、最後まで緊張感をよくたもって見事のひとことだ。

「キャビア」(T・コラゲッサン・ボイル)
「血の雨」(東京創元社 2000)

ハドソン川の漁師である〈おれ〉。子どもができないため代理母を雇うが、じきこの代理母と関係をもってしまう。

「とことんまで」(T・コラゲッサン・ボイル)
同上

世界が終ると信じ、家族ともども辺境に引っ越してきた男。この地で世界の終わりをやり過ごすつもりだったが、隣りに暴力的な男が引っ越してくる。

「外套Ⅱ」(T・コラゲッサン・ボイル)
同上

ゴーゴリの「外套」のリメイク。ストーリーは踏襲しているけれど、舞台はフルシチョフ時代のソ連だ。


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短編を読む その25

「クリスマスツリーの殺人」(ピーター・ラヴゼイ)
「服用量に注意とのこと」(早川書房 2000)

ダイヤモンド警部もののクリスマス・ストーリー。シアン化水素により殺された老人には、2人の息子と1人の娘がいた。それぞれ父親の遺産を狙う動機があり、機会がある。はたして犯人は。犯人当てのクイズつき。しかしこの犯行は実行可能なのだろうか。

「大売出しの殺人」(ピーター・ラヴゼイ)
同上

これもクリスマス・ストーリー。玩具売場の女性店員が、馴染みの女の子からクリスマス用につくられた洞窟部屋でサンタが固くなっていると聞かされる。いってみると、サンタの恰好をした店員がクロスボウの矢に射られて死んでいた。あわてて支配人を呼びにいき、もどってみると、死体は消えてしまっている。

「スペードの女王」(プーシキン)
「スペードの女王・ベールキン物語」(岩波文庫 1967)

賭けごとを愛するものの、倹約せざるえない身分にある青年。かつてサン・ジェルマン伯よりカードの必勝法を教わったという伯爵夫人から、その秘密を聞きだそうと、青年は夫人の養女リザヴェータに近づく。見事な完成度。

「その一発」(プーシキン)
同上

騎兵連隊に属していた男から、その昔、決闘沙汰になったものの相手があまりに平素と変わらぬ風だったので、撃つのをやめたと聞かされた〈わたし〉。しかし、決闘相手が近ぢか結婚すると聞いた男は、今度は平然としていられないだろうと、再び決闘におもむく。数年後、この話の顛末を〈わたし〉は聞く。

「葬儀屋」(プーシキン)
同上

向かいの靴屋から銀婚式のお祝いに招かれた葬儀屋。皆が口ぐちに乾杯の音頭をとるなか、あんたも亡者の健康を祝してはどうかとからかわれる。腹を立てた葬儀屋は、自分の新築祝いにやつらは呼ばない、代わりに亡者を呼んでやると息巻く。ちょっとディケンズのようだ。

「贋百姓娘」(プーシキン)
同上

いがみあっている2人の地主。それぞれ息子と娘がいるのだが、大学を出た息子が帰省して近所の評判になると、娘のほうは会ってみたくてたまらない。そこで娘は、腹心の小間使いの助けをかり、百姓娘に化けて、猟にいく青年を林のなかで待ちかまえる。まったく、どちらが狩りをしているのかわからない。

「マッカーガー峡谷の秘密」(アンブローズ・ビアス)
「ビアス選集 3」(東京美術 1971)

ウズラ撃ちにでかけた〈わたし〉が、廃屋で野宿をしていると、訪れたこともないスコットランドのエジンバラの夢をみる。それから女の悲鳴を聞きとび起きる。数年後、その峡谷で白骨死体をみつけたという男から、〈わたし〉はそこで起こった事件の話を聞く。後半笑話調になるのが面白い。

「糖蜜(メイプルシロップ)の壺」(アンブローズ・ビアス)
同上

ひたすら自分の店ではたらいていた男。亡くなってからも店にあらわれる。生前のときのように、男から糖蜜を買ってしまった銀行家は、自分は気が変になってしまったのかと怪しむ。村人たちは幽霊をひと目みようと店に押しかける。ユーモラスな怪談。

「自動チェス人形」(アンブローズ・ビアス)
同上

何者かとチェスをしている友人。〈わたし〉は、チェスの相手が、友人が発明した自動チェス人形なのではないかと思いいたる。友人は相手とのチェスに勝つのだが、その後悲劇が起きる。

「死者谷(デッドマン・ガルチ)の夜」(アンブローズ・ビアス)

冬の死者谷で暮らす男のもとに、ひとりの老人がやってくる。男は老人をもてなすが、早く帰ったほうがいいと告げる。ここにいた中国人が亡くなったとき、弁髪を切って、墓の上の梁に引っかけておいた。すると中国人が弁髪をとりもどしにあらわれるようになった。この2年間、中国人から弁髪を守るのが義務のような気がしていたが、それは間違いだったような気がすると男。そして夜、男と老人が床につくと、2つのベッドのあいだにある床のはねぶたがゆっくりと開きはじめる。なんだがすごい怪談だ。


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短編を読む その24

新年明けましておめでとうございます。
短篇のメモは1年で終わりにするつもりでしたが、まだストックが残っているので、いましばらく続けていきます。

「ハンプルビー」(ギッシング)
「ギッシング短篇集」(岩波書店 1997)

溺れている金持ちの息子を助けた、大人しい少年ハンプルビーは、その父親の斡旋と、浅はかな両親の要望のため、本人の希望とは別に金持ちの会社の事務員になるはめに。その後もハンプルビーは、この金持ち親子に振りまわされる。

「キルジャーリ」(プーシキン)
「スペードの女王」(新潮社 1981)

ブルガリア人で、モルダヴィアを荒らしまわった盗賊キルジャーリの物語。ギリシア神聖隊に入り、トルコ軍に掃討され、ロシアに逃げこんだものの官憲の手でトルコに引き渡される。死刑判決を受けるが、見張りをだまし、まんまと逃げおおせる。

「魔法の書」(エンリケ・アンデルソン=インベル)
「魔法の書」(国書刊行会 1994)

古本屋でみつけた、さまよえるオランダ人が書いた本。一見ただのアルファベットの羅列なのだが、目をこらすと文章になる。しかし一度目をはなすと、アルファベットに羅列にもどってしまうため、また最初から読まなくてはならなくなる。かくして主人公の古代史教師は、ひたすら本を読み続ける。まるでセーブポイントのないゲームのよう。

「将軍、見事な死体となる」(エンリケ・アンデルソン=インベル)
同上

推理小説を読みすぎて完全犯罪を志すようになった外科医。まず殺す相手の名前を決定するのが肝要と思うのだが、その名前をもつ相手がみつからない。少しほっとしたものの、その名前をもつ指導者があらわれる。外科医は覚悟を決める。

「屋根裏の犯罪」(エンリケ・アンデルソン=インベル)
同上

刑事が屋根裏部屋につくられた暗室に入ると、そこには背中にナイフを突き立てられた男が倒れていて――と、典型的なミステリの場面がファンタージーに一変する。

「解放者パトリス・オハラ」(エンリケ・アンデルソン=インベル)
同上

サン・マルティンの軍隊に参加したアイルランド人のパトリス・オハラは、インディオとともに、〈眠りの村〉の人々を解放しに向かう。そのアラウコ族の神々は、村人たちの夢を食って生きているのだという。

「友達同士で」(フィリップ)
「朝のコント」(岩波書店 1979)

友達同士なのに関係をもってしまった男女。女の夫もまた友達であり、2人は夫のもとへ謝りににいく。

「めぐりあい」(フィリップ)
同上

8年前に離婚した2人。たまたま再会し、コーヒー店に入り、近況を語りあう。なんとも味わい深い。

「マッチ」(フィリップ)
同上

チューリッヒ見物にきた男が、ベッドで煙草を吸っていると、火をつけたマッチをどうしただろうと不安に思う。ベッド脇の絨毯をみると、ベッドの下から手がでて、マッチの火を消すのがみえる。ベッドの下にだれかいるのだ。

「最高傑作」(ポール・ギャリコ)
「ディナーで殺人を 上」(東京創元社 1998)

天候不順で客足がとだえ、借金に苦しむレストランの店主。賞金付きの手配書をみていたところ、当の手配者が客としてあらわれる。警察がくるまで引きとめておこうと、店主は腕によりをかけた料理をふるまう。


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短編を読む その23

「聖なる酔っぱらいの伝説」(ヨーゼフ・ロート)
「聖なる酔っぱらいの伝説」(白水社 1989)

セーヌ川の橋の下で暮らす異国者のアンドレアスは、年配の紳士から200フランを受けとる。お金を返すときは、サント・マリー礼拝堂に寄付すればいいと紳士。かくしてアンドレアスは、むやみに酒を飲んだり、旧友や女と再会したり、仕事にありついたり、散財したりと、パリで浮沈をくり返す。

「皇帝の胸像」(ヨーゼフ・ロート)
同上

滅亡した君主国を思慕する伯爵は、自分の館の戸口にフランツ・ヨーゼフ皇帝の胸像をそなえつけるが、新政府の役人から撤去の命令を受ける。今は亡き帝国への哀惜に満ちた一編。

「埃まみれの辻説法」(アーウィン・ショー)
「サマードレスの女たち」(小学館 2016)

戦時中、陸軍にもどる息子をグランド・セントラル駅で見送る父親。息子との日々を回想し、自分は有罪だと父親は思う。おれは有罪だ。こんな事態にならぬよう何か手を打つべきだった。

「ホーキンズ一等兵の受難」(アーウィン・ショー)
同上

戦後のパレスチナ。船に乗ってきたユダヤ人たちの上陸を阻止する任務についた、イギリス軍に所属するアイルランド人が、戦時中よりも複雑になってしまった世界に思いをめぐらせる。船は入港し、ユダヤ人たちはその場で別の船に乗りかえさせられるが、その最中に騒動が起きる。アーウィン・ショーはフラッシュ・バックが上手い。

「いばら姫の物語」(R・A・ラファティ)
「とうもろこし倉の幽霊」(早川書房 2022)

学術エセーの体裁をとった小説。紀元1000年に世界は滅びたが、ひとりの女性が生き残り、彼女は眠り、夢をみている。彼女を目覚めさせてはならない。なぜなら、われわれは彼女の夢のなかの存在なのだ。

「詩人の旅行かばん」(ギッシング)
「ギッシング短篇集」(岩波書店 1997)

詩人志望の青年が、自作の詩をかばんにつめてロンドンにやってくる。下宿をみつけるが、案内してくれた娘にかばんを盗まれてしまう。それから8年後、文筆家として成功し、いまでは片田舎で暮らす青年のもとに、盗まれたかばんに入っていた詩をもっているという人物から手紙が届く。青年はその人物と面会をすることに。ちょっとO・ヘンリのような作品。

「ホール・イン・ツー」(ラルフ・マキナニー)
「夜汽車はバビロンへ」(扶桑社 2000)

頭を撃ち抜かれ、クローゼットに吊るされていた教授の死体。犯人は教授のゴルフ仲間なのか。

「銀幕のスター」(ジャニス・ロウ)
同上

暴力にたえかねギャングの夫のもとを去った女性。たまたまTVでやっていたモノクロ映画に魅せられ、そのヒロインと同じ服装をする。そして、必ず自分を殺しにくるであろう夫に用心しながら、判で押したような、隠者めいた日々を送る。

「碑(いしぶみ)」(中山義秀)

幕末から明治にかけて、武家の子として生まれた頑固者の兄弟がたどった生涯をえがく。性格とは運命のことだということばを思いだした。

「黎明」(中山義秀)

日本人としてはじめてシベリアを横断した嵯峨壽安。シベリアは横断したものの、世渡りは下手で、傲慢で潔癖な性分から、ついに落伍者として終わる。

ことしの更新はこれが最後。
皆様よいお年を。



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短編を読む その22

「レオポルド警部のバッジを盗め」(エドワード・D・ホック)
「怪盗ニック対女怪盗サンドラ」(早川書房 2004)

美術館から絵を盗んだサンドラが、空港でレオポルド警部に逮捕される。美術館では同時に別の絵画の盗難と殺人も起こっており、すべての事件の犯人と疑われたサンドラは、ニックに助けをもとめる。シリーズ・キャラクターの3人がそれぞれ活躍をみせる。まったくうまいものだ。

「ニューヨークの喧騒」(アーウィン・ショー)
「心変わり」(王国社 1985)

妊娠7か月の妻をもつ男が、レストランで食事をしていると客から声をかけられる。客は死刑制度についてなど面倒なことを話かけてくるのだが、レストランの主人から、この男が不幸にあったことを聞く。男は家に帰り、妻のいるベッドに入り、祈る。

「おとなしい凶器」(ロアルド・ダール)
「16品の殺人メニュー」(新潮社 1997)

警官の夫から、衝撃的な話を聞かされた妊娠6か月の妻が、夕食をつくるために冷凍のラム・レッグ(仔羊の脚)をもちだす。

「ギデオンと焼栗売り」(J・J・マリック)
同上

焼栗売りのベン爺さんの屋台が、2組の若者グループに襲われ、爺さんはけがを負った。屋台はなぜ襲われたのか。長年爺さんの屋台で焼栗を買っていた、犯罪捜査部長のギデオンが事件を解決する。ミステリというより犯罪小説といった趣き。

「追いつめられて」(アシモフ)
「16品の殺人メニュー」(新潮社 1997)

編集者が原稿をいつまでたっても掲載しないと憤慨する物書き。なぜその編集者は原稿を掲載しようとしないのか。黒後家蜘蛛の会のメンバーが頭をひねる。

「二本の調味料壜」(ダンセイニ卿)
同上

調味料の行商をしている男が、一緒に住んでいる頭の切れるリンリーさんに探偵仕事をもちかける。その殺人事件では、殺された少女の遺体がどうしてもみつからない。犯人がカラマツを切った理由が、ずいぶんひとを食っている。

「死の卵」(ヤンウィレム・ヴァン・デ・ウェテリング)
同上

復活祭の日曜日、木にぶら下がった死体や、毒の入ったチョコレート製のイースターエッグを食べて重体となった女性の事件のために、2人の警官がアムステルダムの町を右往左往する。

「経帷子の秘密」(岡本綺堂)
「鷲」(光文社 1990)

質屋の娘とその母が横浜見物の帰りに、道ゆく老婆に同情し駕篭に乗せる。が、いつのまにか老婆は消え失せ、駕篭のなかには経帷子が残っている。その後、娘は母の伯父の媒酌で酒屋に嫁ぐことになるが、この酒屋にはある婆さんがたたっており、子どもが生まれてもみな死んでしまうという。娘はすべてを呑みこんで、この家に入り、子をなす。因縁があるのかないのかわからないといった怪談。波間に浮かぶ白い経帷子の場面が印象的。

「あの夕陽」(フォークナー)
「エミリーに薔薇を」(福武書店 1988)

自分の夫に待ち伏せされ、殺されるとおびえるナンシーの話。異様な迫力。

「愛しい死体」(リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク)
「皮肉な終幕」(扶桑社 2021)

妻を殺した男が、さまざまな偽装工作をほどこし、アリバイづくりをするが、偶然がかさなって計画は破綻してしまう。TVドラマ「刑事コロンボ」誕生の端緒となった作品とのこと。


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短編を読む その21

「じっと見ている目」
「アイリッシュ短編集3」(ウィリアム・アイリッシュ 東京創元社 1988)

息子の妻が息子を殺そうとしていることを知った老母。車椅子に乗り、ほとんどまばたきしかできない老母は、なんとか息子にそのことを伝えようとする。

「帽子」
同上

食堂でとりちがえた帽子のなかには、何枚もの偽の20ドル札が隠されていた。最近世間を騒がせている偽札づくりの仕業なのか。驚いていると、2人組の落とし主がアパートを訪ねてくる。

「ローズヴィルのピザショップ」
「休日はコーヒーショップで謎解きを」(ロバート・ロプレスティ 東京創元社 2019)

夫婦が経営する田舎町のピザ屋に、引退したマフィアと思われる男がやってきて常連となる。男は他の困った常連客に良い影響をあたえていくのだが、ある日、男を狙って騒動が起こる。点描される客の描写が楽しい。コージー・ノワールというへんてこなジャンルに属する作品とのこと。

「残酷」
同上

殺し屋がスマートに任務を遂行したと思ったら、逃亡の過程で次から次へとひどい目にあう。

「二人の男、一挺の銃」
同上

押し入ってきた男に拳銃を向けられながら、ひとりの女をめぐる3人の男の話を聞かされるはめになった〈わたし〉。男の指示通り警察を呼ぶのだが。ジャック・リッチー風を狙ったと作者。

「敵」(シャーロット・アームストロング)
「世界傑作推理12選&one」(光文社 1978)

可愛がっていた子犬が毒殺されたことで、少年たちは近所の偏屈な男がやったにちがいないと思いこむ。男を敵視し、報復を考えるのだが、近所にすむ判事の若い友人のとりなしで、少年たちは事実関係の調査に乗りだす。

「我々が殺す番」
「シャーロック伯父さん」(ヒュー・ペンティコースト 論創社 2020)

これは中編。殺人現場を目撃してしまった少年が犯人に狙われ、少年の伯父らが殺人犯を捕えようとする。素晴らしい緊迫感。

「旅商人の話」
「ディケンズ短篇集」(ディケンズ 岩波書店 1986)

旅商人が大雨のなか一夜の宿をもとめた家で、椅子の精霊(?)の力を借りて、未亡人にいいよる男をしりぞけ、自分が未亡人と結婚する。「ピクウィック・クラブ」の一挿話とのこと。

「グロッグツヴィッヒの男爵」
同上

狩りにでかけてはクマと一騎打ちをするのが趣味の、むやみに元気な男爵が結婚。奥方の尻に敷かれ、子どもはどんどん生まれ、義母はやかましく、借金までかかえ、男爵は死を決意する。すると目の前に奇妙な男があらわれる。「ニコラス・ニクルビー」の一挿話とのこと。読むと元気がでる一編。思えば、読むと元気がでる短編というのはめずらしいのではないか。

「チャールズ2世の時代に獄中で発見された告白書」
同上

嫌っていた兄の遺児を引きとり育てていた弟が、遺産目当てで遺児を殺害。が、思いがけずその犯罪が露見する。犯行におよび、そしておよんだあとの心理描写と、露見するまでのサスペンスが素晴らしい。倒叙もののミステリとしても読める。


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短編を読む その20

「船乗りの王」(フェレイラ・カストロ)
「ポルトガル短篇選集」(彩流社 1988)

丘の上の教会に本を読みにきた青年が、奉納物をもって教会からでてきた男にでくわす。泥棒をしているのではない、この奉納物は私のものだという男は、天地創造から現在にいたるまでの不手際に良心の呵責をおぼえていると青年に告白する。復活したキリストの物語。

「密航者」(ジョゼ・ロドリゲス・ミグイエス)
同上

貨物船の石炭庫のそばに隠れ、ボルチモアに密航してきた男。繋船綱をつたい波止場をめざす。

復活(ドミンゴス・モンテイロ)
同上

キリストのモデルを募集した画家のもとに、本物のキリストを名乗る男がやってくる。父に頼んでもどしてもらったのだと男は話す。こうしてみると、復活したキリストというジャンルもあるのかもしれない。

「開運の願」(上林暁)

妹と義弟との3人暮らしを書いた私小説。皆それぞれ目標をもち努力している。「照覧あれ」という最後の一文が胸を打つ。

「白い屋形船」(上林暁)

脳溢血で倒れた経験を書いた私小説。事実と記憶がごちゃまぜになったことや、入院生活の様子などを端正な筆致で書いている。

「エミリーに薔薇を」(フォークナー)
「エミリーに薔薇を」(福武書店 1988)

屋敷に引きこもって暮らしていたエミリーが亡くなる。愛人が立ち去ってから、エミリーの屋敷はひどい臭気がするようになり、またそれ以前、エミリーは薬局で毒薬を買っていた。町のひとたちがエミリーの屋敷に入って目にしたものは。

「追いつめられて」(ディケンズ)
「ディケンズ短篇集」(岩波書店 1986)

生命保険会社の元総支配人が、保険金目当ての殺人とその復讐について語る。保険金殺人をあつかった作品は、どのくらい昔からあるのだろう。

「鉄の神経お許しを」(エドモンド・ハミルトン)
「太陽系無宿/お祖母ちゃんと宇宙海賊」(東京創元社 2013)

「キャプテン・フューチャー」シリーズの1編。フューチャーメンの1人、鋼鉄ロボットのグラッグが気を病み、精神分析医にかかる。そして療養をかね、自動機械による鉱石の搬出がストップしてしまった冥王星第4惑星に調査にでかける。グラッグと精神分析医のかけあいが愉快。

「紙細工の城を盗め」(エドワード・D・ホック)
「怪盗ニック対女怪盗サンドラ」(早川書房 2004)

ある家から紙細工の城を盗むよう依頼を受けたニック。目的の家に入ると、そこには死体があり、ちょうどあらわれた警官に逮捕されてしまう。が、女怪盗サンドラに救いだされ、ニックは紙細工の城と真相を追う。

信号手(ディケンズ)
「ディケンズ短篇集」(岩波書店 1986)

幽霊があらわれるたびに事故が起きるという、鉄道員の怪談。幽霊は何をつたえたいのか、どうして幽霊は事故を回避する方法を教えてくれないのか、などと鉄道員は悩む。


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