Dr. 讃井の集中治療のススメ

集中治療+αの話題をつれづれに

気になる用語の使い方:酸素需要と酸素必要量

2021-05-08 21:54:30 | 呼吸

若いスタッフのプレゼンで、(呼吸状態が悪化して、同じ動脈血酸素飽和度(SaO2)を維持するための)投与している酸素流量が上がったときに「患者さんの酸素需要が上がった」や「患者さんの酸素需要が大きくなり、吸入酸素濃度(FiO2)を上げました」というプレゼンを聞くことがあります。

正しい表現でしょうか。

酸素需要は、英語で言えばOxygen Demand ですから、身体がどの程度酸素を欲しているかを意味していると思います。酸素供給量(Oxygen Delivery: DO2)が十分な(=嫌気性代謝が亢進していない)場合、身体がたくさん酸素を欲している(=酸素需要が大きい)なら、たくさん酸素を使える(=酸素消費量(Oxygen Consumption: VO2)が大きい)はずです。すなわち、酸素供給が十分なら、酸素需要は酸素消費量と同量になるでしょう。酸素需要は、実は医学用語かどうか定かではありませんが、酸素供給、酸素消費と同列の概念なのです。「酸素需要が上がる」のは、例えば「発熱した」「興奮した」「敗血症になった」場合ですよね。

一方、酸素必要量は、Oxygen Requirementであり、低酸素血症を防ぐために(=適切なSaO2を維持するために)必要な酸素投与量のことで、患者がどの程度の流量・FiO2の酸素投与を必要としているかを表します。したがって「酸素必要量が上がった」は「肺の酸素化能力が落ちた」ことを意味し、裏を返せば、酸素必要量は、肺機能(=肺を通過する血液を十分に酸素化する力)の低下の程度を意味する用語になります。

したがって、SaO2が低下して酸素流量を上げた場合に、「酸素需要が上がった」「大きい」などと表現するのは明らかに誤用だと思うのです。SaO2が低くて酸素流量を上げないとならない場合、「酸素必要量が上がった」「大きい」などと表現すべきです。一方、「患者さんの酸素需要が大きくなり、FiO2を上げました」は、確かに酸素需要の増加に伴って低酸素血症をきたすことがあるので完全な間違いとまで言えませんが、「患者さんの酸素必要量が大きくなり、FiO2を上げました」の方が、よりプロフェッショナルな表現と感じられます。

重要臓器に過不足のない酸素を届けることが、急性期重症患者管理に関わる全てスタッフの仕事の大きな部分を占めるので、少なくともプロフェッショナルを目指してトレーニングしている間は用語にこだわり、正しく使い分けることをお勧めします。


モニター学のススメ

2021-04-19 09:52:50 | 集中治療

毎年、当センター集中治療部に新しく入職する若いドクターに贈っている言葉を以下、掲載しておきます。

前提として、集中治療は

急性期重症患者の総合診療

です。僕らがプロの集中治療医として生きていける専門性は、他のどの科の先生よりも重症患者の診療に関して知っていて、うまくて、他職種、他科ドクターからどんな質問にも答えられないとなりません。

また、学問としての集中治療医学は

急性期重症患者の全身管理学

と考えられます。学問としての集中治療医学は、「全身を臓器系統別に分けて考えて、どのような管理を行えば患者が良くなるか」を研究することが主流の学問です。血糖をどの程度に管理すれば患者の予後が良くなるか?、酸素投与は是か非か?、人工呼吸の方法は?、腎代替療法はいつ、どのように?などまさに「全身管理学」と言えるでしょう。どちらかと言えば、診断学の部分は小さい。

では、私がモニターを積極的に使いましょう、駆使しましょう、と提案する背景を説明します。

1。病態の解明、研究発案の手段としてのモニター学
「全身管理学」の一つの主要な分野に「モニター学」があると思います。

病態をより深く、正確に解明しようという動きは医学の大きな柱ですが、集中治療医学で敗血症、ARDSなどの病態の解明が大きな研究テーマである事からわかるように、集中治療医学でも病態の解明が大きなウェイトを占めています。

モニターの存在意義は、病態の解明にある。呼吸や循環を代表とする生理学に根ざした病態の解明ツールの一つの手段としてモニターが存在します。病態の本質にできるだけ近づくために、モニターは一つの重要なツールなのです。

また、医学は医療の発展のためにあり、実践されなければ机上の空論と化します。逆に医療から医学へのフィードバック、例えば臨床的疑問が研究発案につながらなければ医学の発展はありえない。学問としての集中治療医学を医療にフィードバックし、医療から医学へフィードバックする必要がある。

すなわち「学問としてのモニター学」を机上で学んで臨床で実践し、その結果をまた、自分が勉強したモニター学と照らし合わせる。これを繰り返して病態の本質に近づく努力をする。これが「臨床モニター学」の真髄と言えます。そして、このプロセスで自然に臨床的疑問が生じるはずですから、これをリサーチクエスチョンに昇華させることで、自分自身の研究を生み出すこともできる。「研究対象としてのモニター学」です。


2。我々の専門性を発揮するためのモニター
我々は、専門内科医、総合診療医、ERドクター、麻酔科医、外科系医などのバックグラウンドを持っています。それぞれの専門とする診療が交わったところに重症患者診療という括りができ、集中治療はその括りに存在する。我々が集中治療医と呼ばれるには、典型的な専門内科医、総合診療医、ERドクター、麻酔科医、外科系医とは異なる、”重症患者診療が誰よりも上手くて、詳しい”という専門性を持たなければならないのです。

重症患者の診療・管理を行う上で、集中治療医は、一般的な病棟医よりもより、適切な介入という正解に、早く無駄なく辿り着かないとならない。病棟と同じように、基本的な病歴と理学所見と心電図とパルスオキシメーターの数値から、頭の中で色々な仮定を行なった上で(あるいは何も考えずに1対1対応で短絡的に)、血圧が下がれば輸液と昇圧剤、心臓が動かなければ・脈が遅ければ強心薬を選択することは、僕ら集中治療医でなくてもできます。先生たちが、一般的な病棟医と同じ、多くの仮定や教科書的知識や1対1対応短絡思考に基づいた診療スタイルでICU患者を管理するのであれば、それは自らの存在意義を脅かす危険な考え方・やり方だと思います。

僕らは、このような現象と最終的に行う介入の「間」にある本質に迫るべき存在です。すなわち、モニターを駆使して、血圧低下という現象と輸液や昇圧剤などの治療介入の間、あるいは収縮力低下や徐脈という現象と強心薬という治療介入の間にある「本質としてこの患者に何が起こっているか」を見極めようと務めなければならないのです。この本質は、生理学・病態学と言い換えてもよく、通常は複数の因子が多層・多重に絡んで構成されている。

僕が毎朝、先生たちの、この「間」に対する考察が見えないプレゼンにツッコミを入れて、説得力・論拠を求める理由はここにあります。


3。経験からしか得られないものがある
経験してだんだんわかってくることがあります。あるプロブレムに遭遇した時に正答に到達するスピードは、おそらくみなさんより僕の方が早いと思います。裏を返せば経験しないとわからないことが結構ある。モニターも同じで、たくさん入れてじっくり観察してはじめてわかることがあるのです。これを馬鹿にしてはいけません。手技の話を以前にしたことがありますが、その手技の経験がありますよ、と他人に言えるのは30例、それについて「自分の経験では」と評価を述べることができるようになるには100例が目安です。もちろん、僕が臨床的センスと呼んでいるもの、すなわち日々のドクター間・他職種との会話、患者やモニターから得られる情報、読んだり見たり聞く情報に対する感受性の高低で、その必要十分数は変わるでしょう。

何れにしてもモニターも経験がものを言うのです。だから厭わずに、面倒がらずに、入れないとならない。

繰り返しますが、ここは外来でもないし病棟でもありません。ICUであることを忘れないように。真の臨床集中治療医、集中治療医学の研究者を目指して下さい。そのファーストステップは、コンピューターのキーボード打つ時間を最小限に、ベッドサイドで患者、モニター、呼吸器、そのほかの機器を観察し、いじる時間を増やすことから始まります


6月12日(土)日本集中治療医学会関東甲信越支部会を開催します

2021-04-01 13:15:29 | 集中治療

日本集中治療医学会第5回関東甲信越支部学術集会が開催されます。

https://www.jsicm.org/meeting/kanto-koshinetsu/2021/

日時:2021年6月12日(土) 
場所:浜松町コンベンションホール & Hybrid スタジオ(浜松町駅徒歩2分)http://www.hmc.conventionhall.jp/access/#accessmap
テーマ:これからも「ありがとう」と言われるために ~“withコロナ”時代の集中治療~
形式:ハイブリッド開催(現地+リモート)
一般演題登録締め切り:4月9日

https://www.jsicm.org/meeting/kanto-koshinetsu/2021/abstracts.html

基調講演(座談会):「チーム・パフォーマンスを上げるためのコミュニケーション」 演者:瀬古 利彦 さん(東京オリンピックマラソン強化戦略プロジェクトリー ダー)

主な企画セッション
・新たに加わった集中治療コメディカルの現在と未来
・集中治療と医療情報:データをどう活かすか
・集中治療専門医取得後キャリア:先輩からのメッセージ
・Long COVIDとPICS:集中治療スタッフが患者・家族から学こと
・COVID-19診療Pros & Cons 1:ステロイド
・COVID-19診療Pros & Cons 2:非侵襲的呼吸療法
・COVID-19診療Pros & Cons 3:EMCO患者の腹臥位
・COVID-19診療Pros & Cons 4:リハビリ介入のタイミング
・若手甲子園:都県対抗おらがICU自慢 “呼吸・循環管理のワザ“

主な教育講演
・初級者向け(いずれも仮題)
・神経集中治療:基礎編
・呼吸生理:臨床が楽しくなる呼吸生理ポイント
・人工呼吸器誘発性肺傷害(VILI)と自発呼吸誘発性肺傷害(P-SILI)
・VVECMOの生理学
・間質性肺疾患
・腹部臓器移植医療の最前線:周術期管理を中心に
・炎症・免疫・凝固:COVID-19を中心に
・ARDS診療ガイドライン・アップデート
・敗血症診療ガイドライン・アップデート
・集中治療専門薬剤師の役割

中上級者向け(いずれも仮題)
・脳死移植ドナー管理
・大動脈解離の基礎と臨床
・集中治療医として知っておくべき最新の心臓カテーテルインターベンション
・重症心不全管理
・循環モニタリング:ミクロサーキュレーションの基礎と応用
・ポイントオブケア止血凝固能検査:TEGとROTEM
・集中治療における輸血療法アップデート
・集中治療スタッフが押さえておくべきリウマチ膠原病の基礎知識
・災害時の集中治療:東京オリンピックを例に挙げて

集中診療スタッフとしての説明力・交渉力講座(いずれも仮題)
・”頑固な”主治医とどう付き合うか
・患者の本音を引き出すには
・エキスパートナースとして寄り添うには

ふるって演題登録、ご参加下さい。


新型コロナウイルス感染症と死

2020-11-30 02:58:34 | 集中治療

ヒューモニー 特別連載 第28回 新型コロナウイルス感染症と死

新型コロナ感染症患者さんの死が、家族や医療従事者に与える影響について述べました。後遺症は患者さんだけではありません。家族や医療従事者にも精神的後遺症が出る方がいる。

  • 心肺蘇生は感染リスクの高い処置。心臓マッサージや、マスクによる人工呼吸によってウイルスを含んだエアロゾルが大量発生する。
  • 医療従事者は、自分の感染の可能性よりも患者さんの救命を優先して個人防御具なしで心肺蘇生を始める人も多い。
  • PCR陽性のまま亡くなると、ご遺体はエンゼルケア(遺体をきれいに拭くなどの死後処置)を施した後、ポリエチレンなどで作られた非透過性納体袋に入れて密封する。
  • ご家族は、ご遺体に触れることはできない。亡くなった直後はまだぬくもりがあるけれど、次第に冷たくなっていく――このように残されたご家族が死を実感する機会が、新型コロナ感染症では非常に少ない。
  • コミュニケーションが取れず、肌と肌を触れ合うこともできないまま、さらに死を受け入れるためのプロセスもなく別離を迎える…。結果、ご家族は最愛の方の死を乗り越えるのが難しくなる。
  • 現場では、リモート患者面会によって、患者さんが闘い、医療従事者がそれを支えている姿を見てもらい、ご家族の精神的な受け入れを助ける努力をしている。
  • 医療従事者も、一緒に闘った患者さんの死により精神的後遺症を残す可能性がある。
  • 死に慣れてはいけないし、実際慣れることなどない。

第三波が始まり、ベッドの状況は日に日に悪化しています。12月・年末年始を乗り切るために、新規感染者数を今すぐグッと下がらないと現場は耐えられないでしょう。


災害時感染制御支援チームの可能性

2020-10-17 14:13:37 | その他

ヒューモニー 別連載 第21回 災害時感染制御支援チームの可能性

岩手医科大学 櫻井 滋 教授の避難所における感染対策に関するお話。前回に続く後編。

以下、キーメッセージ。

  1. 行政や医療に関連する組織の多くは “縦割り” で、横のコミュニケーションが乏しく、効率的な災害時感染対策の足かせになっていた。
  2. 一方、縦割り組織は、一部の権力の暴走を防ぐ安全弁の役割を果たしてきた。
  3. これを真っ向から批判して新しいシステムを作ろうとすると、非協力的な組織・人が多数出現する。既存の組織・人をうまく活かすために折り合いが必要。時間はかかっても障害を1個1個取り除く努力をすべき。
  4. 現在、学会をバックに、感染対策ドクターをリーダーに、ICD(感染制御医)、ICN(感染管理看護師)、薬剤師、検査技師などを各都道府県単位に配して、災害時に機動的に動かせるシステムを構築中。
  5. 「夢を実現させるために実務に貢献しながら夢を見る」人・組織が必要。

などでしょうか。

成果が出せてやり甲斐がある組織づくりは、個人的に悩みどころだったので、櫻井先生のご発言は滲みました。

JB press:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62475

Yahooニュース:https://news.yahoo.co.jp/articles/bb54efc0efbc1c1d64dfd7e722ec53ee9e18c04e?page=1

関連記事:https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/special/pandemic/topics/201203/523937.html