気儘に書きたい

受験勉強よりもイラストを書くのが好きだった高校生の頃---、無心に絵を描く喜びをもう一度味わえたらいいのだが。

きっと明るい未来が待っている

2024-01-25 22:16:23 | イラスト

昨年9月に次男一家に二人目が生まれた。五番目の孫はお姉ちゃんになった。

今月2日に長男、次男の家族が私たちが滞在する娘家族の家に集まって新年を祝った。最年長の孫だけは塾で高校受験勉強に励んでいたので会えなかった。

六番目の孫とは初対面だったが、孫はそれぞれ個性があり、将来が楽しみだ。元旦から暗いニュースが続いているが、子供たちは希望の光だ。

孫たちの世代に明るい未来が待っていることを祈っている。


あっという間に今年も終わり

2023-12-30 00:15:32 | 風景画

今週の月曜日と水曜日、町内会の歳末夜警に参加した。一昨年、昨年に続き今年で三度目の参加だったが、昨年の寒さに比べれば、今年は楽だった。

拍子木を持って、「火の用心。カンカン。戸締り用心、火の用心。カンカン」の調子で夜の町を少人数で練り歩きつつ、あっという間に一年が過ぎてしまったことに戸惑いを感じた。

来年はゆっくり年をとりたい。

 


いろいろあった11月

2023-11-30 21:45:22 | 車の絵

娘と孫娘の帰省。 

70歳の誕生日。

大学卒業後初のクラス同窓会で三十年ぶりの東京行き。

初めての浅草観音とスカイツリー。

組合定例会と仕入れ大会で二週連続の出張。

年に一度の健康診断。

インフルエンザワクチン接種。

親父のケアホーム入所。

高校同期友人たちとの飲み会。(18時20分~1時30分)

クラシックカーラリー参加車が栄町アーケードに集合。

妻の誕生日。


もうすぐ70代

2023-10-26 23:52:54 | 風景画

一週間後は70歳の誕生日を迎える。日本年金機構からは「70歳到達届」の封書、協会健保からは「健康保険高齢者受給者証」が送られてきた。

愛車アフリカツインのオーナーになってから22年が経ち、通勤主体で71000Kmを共に走ってきた。光陰矢のごとし。これからの22年が想像できない。

妻や子供達に心配をかけないように健康を維持できるように願うばかりだ。


HONDA HAWK 11

2023-09-30 01:08:43 | バイクの絵

今月、弟がバイクを新車に買い替えた。ホンダ ホーク11。国内専用モデルで年間生産台数1200台、税込1、397、000円。一体成型FRP製のロケットカウルは万一交換することになったら30万円かかるとのこと。レトロっぽいデザインに最新の機能を秘めた大人のバイクで、弟に似あっている。いいなぁ・・・。


仕事に追われる日々

2023-08-31 23:53:30 | バイクの絵

ここのところ時が経つのが異常に早い。商売をしていると借入金の返済、仕入れ代金の支払い、社員の給与の支給に追われる月末が近づくと憂鬱になる。

全ての支払いが片付き月が替わって一息ついたところで、月初めの大口の支払いと役員報酬の支払いが待っている。

日々の業務をこなしているうちにすぐに月末になる。

一か月が瞬く間に過ぎ、ある日爺さんになった自分に気付くのだろうか。

去年の誕生日に長男から貰った喜寿のプレゼントは精巧なレゴのバイクだった。チャレンジする意欲が残っていてよかった。

 


ネタが無いので昔の油絵を!

2023-07-30 22:37:19 | 油絵

自分の人生で一番多くの絵を描いていた時期はいつだったか。

幼少の頃、商品の裏にマーキングするためのチョークを使って店舗併用住宅の通路や店先の道路によく落書きをしていた。

中学時代は机に向っているときは、たいていストーリー漫画を描いていた。自己流ではあるが、白紙の大学ノートにコマ割りして鉛筆で描いた。

高校に入学したとき芸術の選択科目は美術を第一志望にしたが、書道のクラスに振り分けられ、墨や黒インクでイラストを描く楽しさを覚えた。

高3から一浪中はもっとも多くのイラストを描いたが、描き上げると人にあげていたので手元には一枚も残っていない。

大学3年の時、妻と出会って、スケッチブックをプレゼントされて再びイラストを描くようになった。

新婚の時、妻に油絵の手ほどきを受け、一緒に市松人形を描いた。初めて描いた油絵は母にあげた。

40年以上経過した自分の絵に再会して時間が止まっているように感じた。趣味で絵を続けることが出来てよかった。

 


久々のソロツーリング、南九州②

2023-06-26 02:04:01 | 風景画

7時前に目が覚め、部屋のバルコニーから外を眺めると、眼下のえびね市が雲海の中にあった。

朝食は8時半からなので、日課の西野式体操を30分かけて体を十分ほぐし、さらに大浴場と蒸し風呂に入って贅沢な気分を味わった。

9時半にチェックアウト。ガス欠のおそれがあるので、バイクはアイドリング状態で麓まで下った。

前夜にスマフォで調べていた「昭一石油スタンド」へ迷うことなく着いた。

「ガス欠寸前なので20(リッター)くらい入るはず。」と慎重に給油をするオーナーに声をかけた。

「14リットル満タンです。」(340÷14≒24.2)

燃費が24キロを超えている。昨日、人吉あたりでエンジンが不完全燃焼気味なのをガス欠が近いと勘違いしてしまったようだ。

バイクが満タンになり意気揚々とえびの高原に戻っていく。

昨日は素通りした白鳥温泉上湯の手前の白鳥神社にお詣りした。300年前、ここで伐採した赤松の大木二本を東大寺大仏殿の虹梁に使うためにどのように運んだか掲示していた。

11時頃「えびの高原ビジターセンター」に到着。県道1号「えびのスカイライン」方面に向かおうとしたが、道路脇の硫黄山が噴火警戒レベルにあたるため、全面通行止めになっていた。

「えびのエコミュージアムセンター」に立ち寄り、館員に手軽なトレッキングコースを教えてもらった。

完全防寒の上着を脱がずにトレッキングを開始。コシアブラの木、ハイノキ、ミヤマキリシ

マ、植物鑑賞をしながら登山道を上った。えびの高原全体を見渡せるえびの展望台まで来たところで、

スケッチ道具をバイクに置いてきたことを悔やんだ。

さらに30分進むと、火山湖の白紫池(標高1272m)と六観音御池(標高1198m)を見渡せる二湖パノラマ展望台があった。

そこから20分ほど下ったところに六観音堂があり、正面に蒸気を吹き出す硫黄山(標高1310m)がよく見えた。

木立の日陰に佇んで防寒ジャケットを脱いで腰に巻いた。タオルを頭にのせてキャップを被って日射対策をしていたが、飲み物はなかった。

ここから30分歩くと不動池(標高1228m)があって、さらに20分歩くと出発地点に戻るのだが、不動池から先は硫黄山の入山規制のために通行止めになっていたので

六観音堂から引き返すことにした。

三時間アップダウンのトレッキングを経てビジターセンターに帰ってくると、600mlの冷えたアクエリアスを買って一気に飲み干した。

一息つくと、ビジターセンターで貰ったトレッキングマップに載っていた「世界でえびの高原でしか見られないノカイドウの花」を探し歩いたが見つからない。

再びビジターセンターに戻り、ソフトクリームを買うついでに店の女性にノカイドウの自生地を訊ねると花は終わっていた。

えびの高原から霧島温泉に向かった。

ネットで予約していたホテル霧島キャッスルホテルに4時半にチェックイン。

部屋は8畳の和室付きの60㎡くらいの洋室でツインベッド、ソファセット、バストイレ付で一人で泊まるにはもったいなかった。

部屋で荷物を解いて5時に大浴場に向かった。先客は4人の韓国人のグループで、話の輪に入れてもらえなかった。言葉が通じないので無理もないが。

7時から9時まで宴会場で夕食バイキングが始まった。私の宿泊プランは飲み放題、食べ放題だったので、生ビール、ハイボール、冷酒、カクテル等、堪能した。

食事を始めて一時間後、外国人のツアー客が大勢入場してきた。欧米系、南米系、インド系、等様々だった。ホテルのスタッフの話では彼らはツアー客でななく、突然のインバウンドの嵐に驚いてい

るとのこと。

5月17日

6時50起床、8時朝食バイキング、9時半チェックアウト。

朝の霧島スカイラインを快適に駆け抜け、霧島神宮古宮址(高千穂河原)を参拝した。朝早くから観光バスが押し寄せていた。

1234年の噴火で焼失して社殿跡しか残っていなかったが1940年に整備されたものだ。

高千穂河原ビジッターセンター内の自然史博物館はとても勉強になった。

※霧島山は、宮崎・鹿児島県境に位置する加久藤(かくとう)カルデラの南縁部に生じた玄武岩・安山岩からなる小型の成層火山・火砕丘等であり、20を超える火山体が識別できる。 成層火山としては甑岳、新燃(しんもえ)岳、中岳、大幡山、御鉢、高千穂峰などがあり、火砕丘としては韓国岳、大浪池などがある。御池はマールである。山体の大きさに比べて大きな火口をもつ火山が多い。 また、大浪池、大幡池、御池、六観音池など多くの火口湖がある。有史以降の活動は、主に御鉢と新燃岳で噴火を繰り返してきた。 御鉢は霧島火山中、最も活動的な火山であるが、1923(大正12)年の噴火以降は噴火の記録はない。新燃岳では2008年から2010年にかけ小規模な噴火が続き、2011年に本格的なマグマ噴火が発生した。 霧島山の南西側山腹には温泉・地熱地帯が存在し、かつてえびの高原の硫黄山では噴気活動が活発であった。構成岩石のSiO2 量は49.6~66.9 wt.% である。

次に1484年に再興された霧島神社を参拝。

 

帰りのルートは国道223号を東に進み、高原ICから宮崎自動車道~東九州自動車道を走ることにした。

霧島山系の最大の火口湖、御池(みいけ)に10時頃到着。2枚目のスケッチに取り掛かった。

円周3.9km、水深94mの湖面に高千穂峰が映る荘厳な景色に引き込まれた。

絵を描き上げたら午後1時半を過ぎていた。自販機で二本目のポカリスエットとごぼうスナックでお昼をすますと、5時間ノンストップでアフリカツインを走らせ、18時34分に家に帰り着いた。

中津を過ぎたあたりでスピードメーターや積算計が動かなくなったので正確なところは不明だが、今回のツーリングの総走行距離は800kmくらいだった。

 

 


久々のソロツーリング、南九州①

2023-05-28 22:45:45 | 風景画

4月末から十八日間休みが取れなかった見返りに、三連休を取ることにした。

5月13日から2泊3日の日程で里帰りした妻と入れ違いに、15日朝8時20分にソロツーリングに出発した。

田川、英彦山、日田、阿国、経由で11時に阿蘇の一の宮に到着。熊本地震で倒壊した阿蘇神社は再建途上だったので参拝を見合わせた。

宮地駅近くの57号線沿いで「あか牛」を「売り」にした和食レストランが営業を始めたようで、女性スタッフが駐車場に幟旗を掲げていた。

バイクを店の玄関脇に停めてレストラン入口のショーケースを物色して驚愕した。「大人気!あか牛の牛丼2260円」

女性スタッフに普通の牛丼は置いてないか訊ねると、それが店の最安のメニューだと言う。材料に赤牛のシャトーブリアンを使ってるとでも言うのだろうか。

バイクに戻り、隣りのジョイフルに入った。日替わりランチ600円で十分満足した。

昼食を済ませてから「日ノ尾峠」を抜けて南阿蘇へ向かう林道を探した。農作業中の若者たちに聞いた道を進むと、途中で林道が消えた。

行ったり来たり、走り廻って道を探したが、藪へと入っていく火山灰で黒くぬかるんだ林道しか見当たらないので「日ノ尾峠」はあきらめた。

定番の国道265号で「箱石峠」を抜けて南阿蘇に行くルートに変更した。

根子岳を望む雄大な景色に出会い、道路脇でスケッチを始めた。

スケッチに没頭しすぎて2時間の予定時間を大幅に過ぎてしまった。

1日目の夜は「えびの高原」に宿泊しようと前日に電話で宿を探してチェックインを午後4時にしていた。

南阿蘇は諦めて57号線に戻り、「益城熊本空港IC」を目指した。

九州自動車道に入ると快晴なのに風がやたらと強く、ハンドルをとられそうになるので大型トラックの後に付いて走った。

トンネルに入ると横風の心配がないので安心してとばすことが出来た。

八代JCTを過ぎるとトンネルばかりで景色は最悪だった。

標高の高い所を走っているためか、エンジンがかぶり気味に感じた。

出発前に満タンにしてから走行距離が300キロを超えていたので、ガス欠になる前にタンクのコックを予備に切り替えた。

日常走行では300キロ手前で予備になるので、山岳走行や高速走行の為に燃費が伸びなかったのではと思った。

えびのICを出てから給油するつもりが、やっと出会ったスタンドは廃業しており、「えびの高原」への上り坂が続いた。

道順が心配になり、下ってきた軽トラックを止めて、運転していた高齢の男性に恐縮しつつ訊ねたら間違ってなかった。

予約していた白鳥温泉上湯に5時にチェックイン。夕食は食堂で5時半に用意しているとのことで、部屋に荷物を置き、浴衣に着替えると食堂に向かった。

えびの市産の米と焼酎粕をブレンドした飼料で育てた「いもこ豚」の陶板焼きがメインの定食に、生ビールと焼酎ロックをいただいた。

「明鏡」という地元の焼酎が飲みやすかったので、部屋で飲もうと一本追加した。

露天風呂付大浴場は雄大な景色とかけ流しの湯が人気のようで、常連らしい地元の人と話が弾んだ。

大浴場をでると別棟の「秘湯 地獄むし風呂」に向かった。

蒸し風呂の床の簀の子の下は温泉が湧いており、大量の蒸気が湧き出ているので短時間で発汗し、サウナよりも呼吸が楽だった。

風呂上がりに売店で菓子とポカリスエットを買い、部屋で焼酎を楽しんだ。宿のスタッフに聞いた最寄りのガソリンスタンドをスマフォで確認し、安心して寝入った。


タニタの体組成計が好き

2023-04-30 22:32:06 | 車の絵

テレビなどで自分と同じくらいの年の人が映ると、見た目の年齢が気になる。見た目が自分より老けて見えるとちょっと嬉しくなるが、逆の場合は髪で負けていると自虐的になる。

若い人から見たら自分は爺さんに違いないが、自分は毎日ナナハンで通勤して肉体を酷使する仕事にも耐えている働き盛りだ。

風呂上がりに必ず計るタニタの体重計は誕生日ごとに1歳年をとるが、現在61~62歳で推移している。だから好きだ。