橋本胖三郎『治罪法講義録 』・第三回講義
第三回講義(明治18年4月29日)
第二章 公訴と私訴を行う者
本日から、公訴と私訴をどのような場合に、誰が行うべきかについて説明していきます。まず公訴を行うべき人について説明し(第一款;今回)、次に私訴を行うべき人について説明します(第二款;次回以降)。
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第一款 公訴を行うべき人
治罪法第1条は、「公訴は、犯罪を証明し刑を適用することを目的とするものであり、法律に定められた区別に従って検察官が行う」と規定しています。この条文からは公訴を行うべき者は検察官であることは明確です。条文には、「法律に定められた区別に従って」ともありますので、これがどのような意味かを理解することは重要です。
公訴を提起する権限には3つの区別があります。
①公訴を実行する権限
②公訴を提起する権限
③公訴提起を命令・指揮する権限
①の「公訴を実行する権限」とは、被告人に対して刑罰の適用を求め、その目的を達成するために必要な手続きを行う権限です。例としては、公訴を提起した後、裁判所で無罪または免訴の判決があっても、それに不服の場合は控訴・上告を行って刑罰適用の目的を達成しようとしますが、この権限が「公訴を実行する権限」です。
②の「公訴を提起する権限」とは、すぐに犯罪者に対する刑の適用を求めるのではなく、裁判所に対して私訴を行うことで、刑の適用を目的とする公訴を起こさせることをいいます。検察官が訴追を行う前に、民事の原告人が私訴の申立てを行うことは、公訴の提起です。
③の「公訴提起を命令・指揮する権限」とは、官吏がその下にいる官吏に対して公訴を起こすよう命令・指揮するという意味であり、治罪法の第67条では、公訴の提起を告達すべき人を定めています。
まず、治罪法第1条で示されている「法律で定める区別」の意味について述べます。
この点、裁判所の種類による区別(重罪裁判所、軽罪裁判所、違警罪裁判所)を指すとの見解があります。
しかし、検察官の職務上の区別を指すと考えるのが妥当でしょう。なぜなら、軽罪裁判所の検事は軽罪のみについて公訴を実行する権限を有するわけではありません。重罪・軽罪・違警罪の三者共に公訴を実行する権限を有しています。軽罪裁判所の検事は、軽罪については、予審公判を求めることもできますし、上訴を行う権利もあります。違警罪については控訴権を持っています。また、控訴裁判所の検事は、重罪や軽罪の控訴について、公訴をなす権利があります。このように「区別」を裁判所の種類による区別と考えることはできず、検察官の職務上の区別を指すと考えるのが妥当です。
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次に、職務上の観点からの検察官の区別を説明しましょう。
第一 大審院の検事長およびその指名を受けた検事
第二 控訴裁判所の検事長およびその指名を受けた検事
第三 軽犯罪裁判所の検事長およびその指名を受けた検事補
第四 違警罪裁判所所在地の警部警察署
これらの四つ以外に、裁判所としては高等法院、重罪裁判所がありますが、高等法院の検察官は大審院の検事がこれを兼任しますし、重罪裁判所の検察官は控訴裁判所の検事がこれを兼任しますので、上記のとおりに四つに分類しました。
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第一節 公訴権を実行する人
公訴権を実行する者は検察官です。よって、上は大審院から下は違警罪裁判所に至るまで、必ず検察官という者を置かなければなりません。そもそも、検察官は裁判所構成の一部分であり、これが欠けてしまうと完全な構成とはいえません。そのため、検察官は裁判所には必要不可欠な者です。
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一 違警罪裁判所の検察官
治罪法第51条には、「違警罪裁判所の検察官は、その裁判所所在地の警部がこれを行う」と規定しています。つまり、違警罪を審理する際には、違警罪裁判所の所在地の警部が検察官の職務を行うのです。
この条項は便宜上のものです。警部が違警罪裁判所の検察官の職務を行うことは、この法律上の規定によって与えられた職務であり、府知事や県令の命令によって職務を行っているのではありません。違警罪の公訴に関わる場合は、府知事や県令の指揮命令によるべきではありません。この点は、皆さんに留意しておいていただきたい重要な点です。違警罪裁判所の所在地の警部は、その検察官としての業務を行うために、特に政府の指名に基づいて任命されているのではありません。警部たる者には、誰彼の別なく公訴権が委託されているのです。よって、違警罪裁判所の所在地にに二人以上の警部がいても、双方とも公訴を行う権利を有しています。
フランスでは、違警罪裁判所の検察官となる者は、我が国の法律と同様に、警部または副邑長であり他から指名される必要ありません(治罪法第144条、第167条参照)。但し、警部が数名いるときは、検事長が指名する等の規定となっています。しかし、このような制度として、実際にはそれほど便利ではないため、我が国においては例外的な規定は採用しませんでした。
違警罪裁判所の所在地の警部は、その管轄内の違警罪については、公訴の全権を有します。
よって、違警罪の裁判に不服であるときは、控訴をすることができます。また、証拠が不十分であると考えるときは、公訴を提起しないとすることもできます。そのような取捨選択はひとえに警部の意見によるのですが、法律上例外が定められています。控訴裁判所の検事長から告達を受ける場合です。この場合は、告達に従って、公訴を提起しなければなりません。
この例外を除いはて、警部は違警罪に対して完全に独立した立場を持ち、その職務を遂行することができます。
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二 軽罪裁判所の検察官
軽罪裁判所の検察官の職務は、始審裁判所の検事及びその指名した検事補が行います。これは治罪法第58条に規定されています。
その職務は以下のとおりです。
1. 違警罪についての控訴を担当すること。
2. 重罪の予審を求めること。
3. 軽罪についての公訴を担当すること。
軽罪裁判所の検察官は、この三種の職務を担当することにより、検察官の中でも最も重要な職権を有するものといわなければなりません。
よって、軽罪裁判所の検察官に有為な人材を得られるかどうかは非常に重要です。
人材を得ることができなければ、予審や公判を行わなければいけないのに、それを行わないこととなります。予審を求めてはいけない事件なのに、強引に予審を求めてしまうのは、人々の利益を害します。
現在の状況は検事に人を得ることができるかどうかは、あまり考慮されていませんが、法律上の観点からは、人を得ることができるかとうかは、地域の人々の利害に大いに関係を有します。
検事補について説明します。
検事補は、検事の指揮がなければ、前記三種の職務を行うことができません。
しかし、現状では検事補の名義で控訴や上告を行っており、これは規定に違反するといえます。本来検事補は、検事の指揮を受けるべきであり、検事の意見に反する控訴・上告は行うことができないからです。
検事補と警部との職権には違いがあることも理解してください。
検事補は、検事の意見に反して控訴や上告をすることはできません。これに対して、警部は、一部例外を除いて、違警罪に関する控訴に対して独立した権限を持っています。
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三 控訴裁判所の検察官
控訴裁判所の検事長及びその指名した検事は次の職務を行うことができます。
1. 軽罪に対する控訴を担当すること。
2. 重罪に対する公訴を担当すること。
控訴裁判所の検事長は、この2つの権限のほかに、管轄内の検察官に対して告達を行い、起訴を命じるという重要な権限を有しています。
この権限は非常に重要です。なぜならば、司法卿は司法部の長官として重要な地位を占めていますが、特別な場合を除いて、公訴の点に関しては直接介入することはできないからです。控訴裁判所の検事長は、検事に公訴提起を命令・指揮する権限を持ち、この一点については司法卿を超える権限を持っているといっても良いでしょう。
控訴裁判所検事長の職務は、このように重要なのですが、一般の国民にはほとんど知られていないようで、少しも注目されていません。しかし、フランスでは、控訴裁判所の検事長の処置に注目し、その職務を尊敬しています。検事は
、政府の代理として活動しているからであります。フランスでは、新聞に国事に関連した犯罪が報道されると、その処分は控訴裁判所の検事長の指示によって行われ、非常に注目されます。
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四 大審院の検事長およびその指名を受けた検事
我国の治罪法では、大審院の検事長および指名を受けた検事は、公訴を行う権限を有しています。これはフランスの法律と異なっています。フランスでは、大審院の検事は裁判の当不当について意見を述べることができるにとどまり、刑の適用につき請求することはできません。しかし、我が国では、裁判の当不当について意見を述べるほかに、刑の適用を求める(公訴を実行する権限)こともできます。
大審院は非常に高い地位にあります。が、大審院の検事長の職務は、控訴裁判所の検事長よりも制限されています。控訴裁判所の検事長が重罪、軽罪、違警罪の公訴に関しては、管轄内の検察官に対して告達をする権限がありますが、大審院検事長はその権限がないからです。
以上のように、我が国では、公訴を行う権利を有する者は検察官です。もっとも、公訴の実行において、各検察官の間に差があることは理解してください。
我が国の法とフランス法との違いについても説明しておきましょう。我が国では、公訴を行う権利を有する者は検察官ですが、フランスでは、森林の犯罪に対する公訴に関しては、森林監視人に公訴権を与えられ、税関に関連する犯罪については税関官吏に公訴権が与えられています。我が国ではどのような場合でも検察官の名目を有する者が公訴を実行しますので、この点が異なります。
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第二節 公訴を提起する人
公訴を提起する者は誰かといえば、民事の原告人ですが、民事の原告人が直ちに公訴を「なす権限」を有する者ではなく、公訴を「提起する資格」を有するに過ぎません。
今、「提起」と申し上げましたが、これはフランス語の「ミーズ・アン・ムーブマン」のことでして、これを直訳しますと「運動に於て置く」という意味ですので、「提起」という言葉で訳しております。
さて、民事の原告人が公訴を提起するには、単に告訴を行うことでは足りません。告訴というのは、犯罪を報告するという意味しかないからです。公訴を提起しようとするのであれば、予審判事の面前において民事の原告人であること、即ち私訴を行う旨の申立てをしなければなりません。これは治罪法第110条第2項に、「予審判事が、被害者から民事の原告人となる旨の申立てを受けた場合、検察官が起訴を行っていない場合でも、公訴と私訴を併せて受理したものとする。」と規定しています。
このように、被害者が民事の原告人となるべき旨を申し立てた場合、検察官の起訴を要せずに公訴が起こるのです。
公訴が起きたときは、予審判事は、被告人を引致し、証人を召喚し、家宅捜査等の処分を行い、事実を取り調べて有罪と認めるときは、これを公判に移す言渡しをしなければなりません。
民事の原告人がこの行為を行う場合、単に公訴を提起するだけであり、直接に公訴を行っているのではありません。ただ、予審判事に向かって公訴を起こすように提起を行っているだけです。
公訴は国家に属するものであり、被害者に属するものではありません。政府は公訴権を検察官に委託しておりますが、公訴提起権を私人にも与えたのは、被害者が泣き寝入りしないようにし、検察官の横暴や怠慢を防ぐためです。仮に、被害者にこの提起権を与えないと、検察官が起訴しない場合は、被害者は起訴をする道がなくなってしまい、泣き寝入りをするほかなくなってしまいます。また、検察官が公訴を起こすべきであるのに、検察官の横暴や怠慢により公訴かを起こさない場合がありえます。この場合、被害者に公訴提起権を与えて、被害者が直接予審判事に対して私訴を申し立てることにより、検察官の横暴や怠慢を防止することかわできるのです。以上が被害者に公訴提起権を与えた理由です。
民事の原告人は直接裁判官に私訴を申し立てることができるだけでおり、その権限は非常に限られています。しかし、予審判事の判断に不服があるときは、不服を申し立てることで、公訴提起権を実行することができます。
ところで、重罪と軽罪については公訴提起権が私人に与えられてるのに、違警罪には与えられていないのは、違警罪が微罪であるからだろうかとの疑問を持たれる方もいるかもしれません。
しかし、これは治罪法が違警罪に予審を認めなかったことにその理由があります。
では、民事の原告人に公訴提起権を認めるとして、どうしてこれを予審に限ったのでしょうか。民事の原告人に公訴提起権を認めて、公判を求めことができてしまうと、何もしていない
人々を裁判所に呼び出すこととなってしまいまって、妥当ではありません。人を誣告し、人を陥れて、私怨が晴らすことに使われる可能性があるからです。それでは、人々の名誉を傷つけるという悪弊が後を絶たないことになってしまいます。
予審においては、事実を詳しく調査することもできますし、私訴が誣告に出たものであるかも発見することが可能です。訴えられた者が無実であることが明らかな場合、直ちに免訴を宣告すればよいのです。
また、予審は秘密主義ですので、被告人が一時的に法廷に呼び出されることがあっても、公衆の目に触れることはなく、被告人の名誉を傷つけることは、ほとんどありません。
公判が行われてしまうと、法廷は公開であり、傍聴を許すものですから、被告人が無罪または免訴となる判決を受けた場合でも、法廷で被告人となって訊問を受けたことで、その栄誉を害されることになりましょう。
このように、濫訴の弊害を防ぐため、民事の原告人に公訴を求める権利を与え被告人の栄誉を損なわない為に、民事の原告人に公訴を求める権利を付与しているのです。
ところで、このように思われる方もいるかもしれません。
「人を誣告する者は刑法により制裁をされます。誰が好んで誣告するのでしょうか。誰かを誣告することにの弊害防止という理由で、私人に公訴を許さないのは、全く理解できません。
」
しかし、この説は実際的ではありません。この説からすれば、法律上既に制裁を科すことになっているのだから、盗賊等するものはいないということになりますが、そうでないことは明白です。
以上のとおり、民事の原告人に公訴をなすことを許さなかったのは、公判を行えば刑を適用することに直結し、被告人には様々な不利益が生じかねないということ、予審がなければ被告人は自己の権利を十分に主張できず、冤罪者が出じかねないからです。
フランスでは軽罪に関しては、民事の原告人が被告人を法廷に呼び出すことが許されており、フランス語では「シタション・ヂレクト」と呼ばれています。フランスのような国では、このような措置を許すことは大きな弊害をもたらすことはないでしょう。人々が知的に進歩しており、誣告されても弊害が大きいとはいえないからです。また、民事の原告人が公訴をなす場合には、証拠を集めて訴えることとなりますので、法官の証拠収集の業務負担を軽減するという利点があります。しかし、我が国はいまだそのようなフランスのレベルに達していないので、治罪法において、予審のみに限定して公訴
提起権を与えているのです。
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第三節 公訴の提起を指揮命令する人
公訴の提起を命令・指揮するのは、司法卿及び控訴裁判所の検事長です(治罪法第435条、第440条、第448条)。実際には控訴裁判所の検事長が行うことが一般的です。
以上説明した、公訴の実行、公訴の提起、および公訴の指揮・命令の三点により、公訴権が完全に実現されます。この三点が機能することで、無辜の不処罰を実現できますし、有罪者の取りこぼしもなくなるのです。
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